アファーメーション、口ぐせ、祈り、自己暗示、力の言葉・・・いろんな言い方があるが、よく知られているものは、どれも効果が薄い。
それらは、脳波をスローアルファー波にし、右脳を活性化させるものでなければならない。
しかし、よく知られているものはそうではないから、唱えないよりはマシだが、目覚ましい効果がない。

おそらく、恋と愛のことを考えればよく分かる。
恋と愛の違いをご存じだろうか?
と聞きながら何であるが、おそらく、ほとんどの人が知らない。
同じだと言いたい人も多いだろう。
井上昌己さんの『愛の神様 恋の天使』(作詞は古賀勝哉さん。作曲は井上昌己さん)という歌で、
「愛は炎、恋は火事」
「愛はすべて、恋は全部」
「愛は嵐、恋は風」
「愛は薬、恋は媚薬」
その他沢山の表現をしていたが、うまい言い方をするものだと感心したし、案外に合っている。
ただ、その原理・・・というか、根本を、誰も気付かない。
この歌の中で、最も真理に近いのは、
「愛は花のような微笑み、恋は笑顔」
「愛は瞳(暖かい眼差し)、恋は視線」
「愛はメロディー、恋はリズム」
だろう。

答を言うと、
恋は快感。
愛は表現。
である。
ただ、これは科学的表現で、抒情的でも詩的でもないので、抒情的で詩的であるべき愛や恋の表現としては面白くないが、非常に重要だ。

たとえば、小学生の女の子が素敵な男の子を見て、「好き」と思うのが恋で、これは快感である。
しかし、これはまだ愛ではない。
その男の子が辛い目に遭っているのを見て同情したり、力になりたいと思っても、まだ愛ではない。
では、どうすれば愛になるかというと、表現しなければならない。
例えば、彼女が彼に「私がついているわ」と言うことである。これは愛の言葉であり、これが言えれば愛していると言える。

恋の天使
AIアート318
「恋の天使」
Kay


『新世紀エヴァンゲリオン』で、綾波レイが碇シンジに、
「あなたは死なないわ。私が守るから」
と言ったのが、表現であり、愛である。
『サクラダリセット』で、春埼美空(あるきみそら)という少女が、中学2年生と高校1年生の時、同級生の浅井ケイに、
「浅井ケイ、私はあなたに従います」
と言ったのも、表現であり、愛である。
ちょっと古いが、『愛と誠』という漫画で、中学生の秀才、岩清水弘が、ヒロインで同級生の早乙女愛への手紙の最後に、
「僕は君のためなら死ねる」
と書いたのも、表現であり、愛である。

最も簡単なものが、赤ん坊に微笑みかけ、赤ん坊がキャッキャと喜ぶもので、
微笑を見て嬉しいと感じる=快感
キャッキャと喜ぶ=表現(愛)
である。
志賀一雅博士は、彼が考案した「よかった・ありがとう」呼吸の説明の中で、この赤ん坊のたとえを使ったが、
よかった=快感
ありがとう=表現(愛)
である。
だから、「よかった・ありがとう」呼吸は愛の呼吸であり、脳波をスローアルファー波にし、右脳が活性化するのであり、結果、引き寄せが出来るなど、高い効果がある。
ただ、志賀一雅博士は頭が良過ぎるのか、難しい説明しか出来ないのが玉に瑕である。

ちょっとここで切り、この原理に沿って、有名なアファーメーションを完全なものに変えるのは、今夕の記事とする。








  
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