神頼みをしたいくらい切羽詰まった時はどうするか?
例えば、夏休み最終日になっても宿題が全然出来ていない場合だ。
時々、悟ったふうな人が、「それで死ぬわけでもないからあわてるな」とか言うが、そんな言葉に何の力もない。
そこで、ゲーム理論に則り、宿題をしなくて良いルールを作ってしまう。
だが、IQを高める機会がなかった子供には、自殺を選ぶ子がいる。それも確かに、宿題をしなくて良いルールを作ったことにはなるが、全く良いルールではない。
他にも、学校を爆破するとか、教師を殺害するといった過激な方法もあるが、そんな面倒なことをするくらいなら、仕方がないから、今からでも多大な労力をかけて宿題をやる方がマシと思う。
友達が多い子なら、宿題を写させてもらえる子を探すが、そんなことが出来る子は、それなりに宿題を終わらせている。友達を作る能力と、宿題をやる能力は案外に近いものだからだ。

ところで、私は、中学の時は、そこそこ宿題をやったが、高校からはやらなかった。一応の進学校だったから、学校はそういうことには厳しかったが、それでもやらずに済ませた。
どうやるのかというと、「神様の奇跡が起こる」と1日のうちに1万回唱えるのである・・・というのは、私はやらなかったが、似たことをやった。
腕立て伏せを100回とか、スクワットを1000回といった、ギリギリ「出来なさそうな」ことをやると決めるのである。
それでチャラというルールを勝手に決めてしまうのだ。
すると、かなり無理があっても、命がけなのだから、何とかやってしまう。
それで満足して放置する。
すると、確かにいろいろはあるが、さほどのことはなしに済んでしまい、どう考えても、それが自分の人生にマイナスになったってことは全くない。
つまり、しなくて良いことをしなかっただけだ。
だが、逆に言うと、本当にしなくてはならないことなら、代替ルールを作る方に失敗する。
とはいえ、本当にやらないといけないことだと分かったら、それに向き合えば、驚くほど簡単に片付く。
夏休みの宿題は、全くやる必要がなかったことが分かる。

子供の寝方
AIアート296
「子供の寝方」
Kay


法然や親鸞の念仏も、代替ルールのようなものだ。
つまり、念仏を唱える以上のルールはないのだから、他のことは一切しなくて良いのである。
これを信じられるなら今でも有効だが、これは結局、「思考を消す」ことなのである。
つまり、思考を消す以上のルールは、地球にも宇宙にもないので、これをやれば、他には何もする必要はない。
それが分かれば、「私は誰か?」とずっと問い続けることが本当に出来る。これをやれば、確実に思考が消えるからね。ただ、とんでもない数は必要だ。
そこで、普通の人は、ダイエット効果も期待し、いつもご紹介している「4の呼吸」をやった方が良いだろう。
出来る人は、いきなり「5の呼吸」や「7の呼吸」をやっても良い。








  
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