私は、今年(2023年)1月に『エイリアン・インタビュー』を読んでから、あらゆる聖典や優れた精神的書籍の意味が全て明確になった。
そもそも、真に優れた教えは全て同じで、しかも、シンプルな一点のこと、即ち、「思考を消せ」あるいは、同じ意味であるが「心を消せ」とだけ言っているのである。
『エイリアン・インタビュー』の内容が事実かどうかは、どうでも良い問題で、そもそも、そんなことを確かめる方法などあるはずもなく、これを、事実だ、いや、そうではないなどと言う者は愚かである。
心を消す最良の方法は、20世紀初頭に、ラマナ・マハルシが提示した「私は誰か?」と自分に問うことで、マハルシがそんなことに気付いた理由は定かでないが、アルナチャラという山に意識を向けたことと、何らかの関係があると思う。
彼は明らかに、アルナチャラに仕組まれた何かに引き寄せられたが、そんなことを探求しても意味はない(アルナチャラを訪問するのは良いことだ)。
だが、そんな本質と関わらないことに夢中になる馬鹿はいるものである。
そんなことにうつつを抜かすのではなく、ただ、「私は誰か?」と問えば良い。
『エイリアン・インタビュー』から読み取れることは、人間を低い状態に落とす、何らかの強い力が働いていることである。
これは、過去、多くの直観力に優れた者達に指摘されてきた。
しかし、それ(人間を堕落・低下させる力)を回避する方法が分かった者は少なかったし、分かった者がそれを教えようとしても、ほとんど誰も聞かず、聞いても理解しなかった。
そこで、ただ、やりさえすれば確実に成功する方法「私は誰か?」と問うことが教えられたのだが、これも、ほとんどの者がやらない。
人類はすっかり蒙昧になっているからで、マシなレベルにある者は少ないのである。

AIアート118
「月のしじまと共に」
Kay
そこで、最近書いているが、このシミュレーテッド・リアリティ(コンピューターが作った仮想世界)である世界を制御するコンピューターに対するプロンプト(命令入力)の待機用インターフェースを呼び出すコマンドを提示している。
プロンプト呼び出しの形式は「私はXXXXX」であると決まっていることは、割と知られていて、XXXXXの部分は無限の種類がある。
その中の上位のコマンドを受け付けるプロンプトをたまたま発見した者は、爽快な人生を送っている。
例えば、荘子は、老子と違って、聖人というより、プロンプトを発見した人だし、矢追純一氏の本を読んでも、彼は稀な偶然なのか、それを発見出来たのだと思う。
無論、他にも沢山いる。
だが、最重要なものは、おおよそ、2400年前に荘子が全て発見している。
「私は何も考えない」
「私は何も信じない」
「私は何も好まない」
「私は何も嫌わない」
「私は何も是としない」
「私は何も非としない」
つまり、現代の人間がやることと完全に真逆である。
とはいえ、自然と共に暮らす人々・・・例えば、昔の日本人は、こんなことは当たり前だった。
アメリカの先住民であるインディアンも、オーストラリアのアボリジニもそうだったかもしれない。
上のコマンドのいくつでも、特に、上にあるものを使い、それに馴染めば、即座にあなたは世界を支配するのである。
そもそも、真に優れた教えは全て同じで、しかも、シンプルな一点のこと、即ち、「思考を消せ」あるいは、同じ意味であるが「心を消せ」とだけ言っているのである。
『エイリアン・インタビュー』の内容が事実かどうかは、どうでも良い問題で、そもそも、そんなことを確かめる方法などあるはずもなく、これを、事実だ、いや、そうではないなどと言う者は愚かである。
心を消す最良の方法は、20世紀初頭に、ラマナ・マハルシが提示した「私は誰か?」と自分に問うことで、マハルシがそんなことに気付いた理由は定かでないが、アルナチャラという山に意識を向けたことと、何らかの関係があると思う。
彼は明らかに、アルナチャラに仕組まれた何かに引き寄せられたが、そんなことを探求しても意味はない(アルナチャラを訪問するのは良いことだ)。
だが、そんな本質と関わらないことに夢中になる馬鹿はいるものである。
そんなことにうつつを抜かすのではなく、ただ、「私は誰か?」と問えば良い。
『エイリアン・インタビュー』から読み取れることは、人間を低い状態に落とす、何らかの強い力が働いていることである。
これは、過去、多くの直観力に優れた者達に指摘されてきた。
しかし、それ(人間を堕落・低下させる力)を回避する方法が分かった者は少なかったし、分かった者がそれを教えようとしても、ほとんど誰も聞かず、聞いても理解しなかった。
そこで、ただ、やりさえすれば確実に成功する方法「私は誰か?」と問うことが教えられたのだが、これも、ほとんどの者がやらない。
人類はすっかり蒙昧になっているからで、マシなレベルにある者は少ないのである。

AIアート118
「月のしじまと共に」
Kay
そこで、最近書いているが、このシミュレーテッド・リアリティ(コンピューターが作った仮想世界)である世界を制御するコンピューターに対するプロンプト(命令入力)の待機用インターフェースを呼び出すコマンドを提示している。
プロンプト呼び出しの形式は「私はXXXXX」であると決まっていることは、割と知られていて、XXXXXの部分は無限の種類がある。
その中の上位のコマンドを受け付けるプロンプトをたまたま発見した者は、爽快な人生を送っている。
例えば、荘子は、老子と違って、聖人というより、プロンプトを発見した人だし、矢追純一氏の本を読んでも、彼は稀な偶然なのか、それを発見出来たのだと思う。
無論、他にも沢山いる。
だが、最重要なものは、おおよそ、2400年前に荘子が全て発見している。
「私は何も考えない」
「私は何も信じない」
「私は何も好まない」
「私は何も嫌わない」
「私は何も是としない」
「私は何も非としない」
つまり、現代の人間がやることと完全に真逆である。
とはいえ、自然と共に暮らす人々・・・例えば、昔の日本人は、こんなことは当たり前だった。
アメリカの先住民であるインディアンも、オーストラリアのアボリジニもそうだったかもしれない。
上のコマンドのいくつでも、特に、上にあるものを使い、それに馴染めば、即座にあなたは世界を支配するのである。
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