願い事が、願った通りの形で叶うことは滅多にない。
少し違う形で、あるいは、かなり異なることとして叶ったりする。
ただし、いくら最初のイメージとは違っていても、やっぱり願いが叶ったと分かるのである。

なぜそんなことになるのかは、割と常識的な理屈だ。
例えば、器に余る大金や地位を得ると、まあ、ロクなことにならないが、そのあたりは、「英知」というものが、うまく調整するのである。
だから、願った額と比べたらかなり少ないお金が入ってきたり、勝利を願ったのに何度も敗北し、その後で勝利したりする。
それでも、「うまくいかなかった」とは思わず、成功するとはこういうことなのだと納得するのである。

そんなものだと知っておくと願いは叶いやすい。
なぜなら、最初に思い描いた通りに実現すべきだという観念が強いと、いろいろ余計なことを考えてしまうのだ。
そして、いつも言っているが、神のような力を得る秘訣は思考を消すことなのである。
だから、自分の心で考えた目標に固執すると、かえって願いは叶わない。

妖精のフリか人のフリか?
AIアート110
「妖精のフリか人のフリか?」
Kay


私も、本当に奇妙な形で願いが叶ったことが何度もある。
最初に思い描いた願いとは、かなり違っていたが、叶ってみれば、最善の結果であることが分かるのである。
恋愛においても顕著である。
どうしてもA子さんだと思っていると、本当に散々な目に遭う。
清純可憐だと思っていた彼女がすごい遊び人だったり、嫌な男に彼女を盗られたりである。
しかし、あまりこだわらずに、なりゆきにまかせると、A子はロクでもない女だと分かるが、代わりに、本当に素晴らしい彼女が現れたりするのである。

いういったことを知ると知らないでは、人生はまるで違ってくる。
だから、子供には、是非そう教えると良い。
俳優だった丹波哲郎さんは、子供の時から、こだわりがないので、いつも幸運に恵まれたと度々本に書かれていたが、当然、そのようになるのである。
そして、こだわりがないとは、上に述べたようなことなのである。








  
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