スピリチュアル界隈では、地球が流刑星だということは、よく言われていると思う。
それはその通りだが、いわゆる「犯罪者だから地球という刑務所に送った」という単純発想では駄目だ。
なぜ地球に送るかというと、「いて欲しくない」からだ。
会社の中でだって、優秀とか善良であるとかに関係なく、主流派にとって、居て欲しくない人っているだろう。
そこで、そんな居て欲しくない人を送り込み、何も出来なくするための追い出し部屋みたいなものがある企業も多いだろうが、そんな追い出し部屋に似ているのが地球だ。
もちろん、ちょっと似ているだけで全然違う・・・という当たり前のことをいちいち言わないと、本当に同等に扱う馬鹿が多い。
実は、地球は、送り込まれた者を、そんな馬鹿にしてしまう仕組みがあるので、むしろ、そんな連中を馬鹿と気付く者は、少しマシかもしれない。
これも、あくまで「少しマシ」と言っているだけで、「賢い」とまでは言っていない。
元々は天才的な者だって、地球に送り込まれたら、かなりの馬鹿になる。
なぜ、かなりの馬鹿になるのかというと、これもいつも言う通りで、地球には、高度なテクノロジーで作られたマインドコントロール装置があり、それが、地球に来た者の魂を無力で愚鈍な状態にしてしまうからである。

AIアート49
「瞑想」
Kay
よく、社会主義国家だとか、ユダヤ人勢力が、民主主義国家を侵略するため、民主主義国家のメディアに介入して、その国の国民を洗脳しているといった、まことしやかな話を聞くかもしれない。
確かに、そう見えるかもしれないが、そうではない。
社会主義国家が民主主義国家のメディアに介入しているのが事実でも、それはただのなりゆきだ。
社会主義国家も民主主義国家も、国民は全部馬鹿なのである。
例のマインドコントロール装置の影響で。
ところが、その装置の影響を弱めることが出来た賢い人は、社会主義国家にも民主主義国家にも同等にいる。
そんなことは一目瞭然のはずだ。
民主主義国家は社会主義国家より優れていると思っている人が多いだろうが、仮にそうだとしても、国家を構成する国民の優劣とは何の関係もない。
だって、民主主義国家の中も、そこら中、馬鹿だらけではないか?
それで言えば、個人個人では、むしろ、社会主義国家の人間の方が賢いかもしれない。
なぜなら、マインドコントロール装置の影響を少なくする方法は、思考を消すことだが、偶然にも、社会主義国家の人間は考える権利があまりなく、ものを考えずに済む場合が多いからだ。
まあ、一般人の偏見を示すために長々書いたが、実際は、こんなことはどうでも良い。
重要なことは、マインドコントロール装置の影響を脱し、本来持っている、全知全能の無限の力を取り戻すことだ。
そのためには、思考を消すことが大切なのだが、思考を消すと、それこそ馬鹿になると思っている人が多い。
そうではない。
馬鹿なことを一生懸命考える者が馬鹿なのだ。
本当に思考を消し、頭の中のおしゃべりを止めれば、間違いなく天才である。
そのための最良の方法は、いつも言う通り、「私は誰か?」と自分に問うことである。
やってもらえるなら、とりあえず呪文と思っても良いのではと思う。
ただし、他人に問うのではなく、あくまで自分に「私は誰か?」と問うのだということを忘れてはならない。
他人は、必ずや馬鹿な答をしてくるからね。
「私は誰か?」
問えば問うほど賢くなり、引き寄せが自在になるが、そんなこともどうでも良いことである。
求めるのは自由だけである。
魂は絶対的に自由な存在である。
それはその通りだが、いわゆる「犯罪者だから地球という刑務所に送った」という単純発想では駄目だ。
なぜ地球に送るかというと、「いて欲しくない」からだ。
会社の中でだって、優秀とか善良であるとかに関係なく、主流派にとって、居て欲しくない人っているだろう。
そこで、そんな居て欲しくない人を送り込み、何も出来なくするための追い出し部屋みたいなものがある企業も多いだろうが、そんな追い出し部屋に似ているのが地球だ。
もちろん、ちょっと似ているだけで全然違う・・・という当たり前のことをいちいち言わないと、本当に同等に扱う馬鹿が多い。
実は、地球は、送り込まれた者を、そんな馬鹿にしてしまう仕組みがあるので、むしろ、そんな連中を馬鹿と気付く者は、少しマシかもしれない。
これも、あくまで「少しマシ」と言っているだけで、「賢い」とまでは言っていない。
元々は天才的な者だって、地球に送り込まれたら、かなりの馬鹿になる。
なぜ、かなりの馬鹿になるのかというと、これもいつも言う通りで、地球には、高度なテクノロジーで作られたマインドコントロール装置があり、それが、地球に来た者の魂を無力で愚鈍な状態にしてしまうからである。

AIアート49
「瞑想」
Kay
よく、社会主義国家だとか、ユダヤ人勢力が、民主主義国家を侵略するため、民主主義国家のメディアに介入して、その国の国民を洗脳しているといった、まことしやかな話を聞くかもしれない。
確かに、そう見えるかもしれないが、そうではない。
社会主義国家が民主主義国家のメディアに介入しているのが事実でも、それはただのなりゆきだ。
社会主義国家も民主主義国家も、国民は全部馬鹿なのである。
例のマインドコントロール装置の影響で。
ところが、その装置の影響を弱めることが出来た賢い人は、社会主義国家にも民主主義国家にも同等にいる。
そんなことは一目瞭然のはずだ。
民主主義国家は社会主義国家より優れていると思っている人が多いだろうが、仮にそうだとしても、国家を構成する国民の優劣とは何の関係もない。
だって、民主主義国家の中も、そこら中、馬鹿だらけではないか?
それで言えば、個人個人では、むしろ、社会主義国家の人間の方が賢いかもしれない。
なぜなら、マインドコントロール装置の影響を少なくする方法は、思考を消すことだが、偶然にも、社会主義国家の人間は考える権利があまりなく、ものを考えずに済む場合が多いからだ。
まあ、一般人の偏見を示すために長々書いたが、実際は、こんなことはどうでも良い。
重要なことは、マインドコントロール装置の影響を脱し、本来持っている、全知全能の無限の力を取り戻すことだ。
そのためには、思考を消すことが大切なのだが、思考を消すと、それこそ馬鹿になると思っている人が多い。
そうではない。
馬鹿なことを一生懸命考える者が馬鹿なのだ。
本当に思考を消し、頭の中のおしゃべりを止めれば、間違いなく天才である。
そのための最良の方法は、いつも言う通り、「私は誰か?」と自分に問うことである。
やってもらえるなら、とりあえず呪文と思っても良いのではと思う。
ただし、他人に問うのではなく、あくまで自分に「私は誰か?」と問うのだということを忘れてはならない。
他人は、必ずや馬鹿な答をしてくるからね。
「私は誰か?」
問えば問うほど賢くなり、引き寄せが自在になるが、そんなこともどうでも良いことである。
求めるのは自由だけである。
魂は絶対的に自由な存在である。
| 人気ランキング参加中です |
|


AIアートの、陽射しの中で幸せそうにくつろいでいるミクさんを見ると心がすーっと穏やかになります。
誰も死んでないし誰も生まれてない、般若心経の不生不滅みたいなことに思いを馳せています。