不安があまりに大きいと、魂に目覚めるための探求(具体的には「私は誰か?」と問うこと)がやり辛いかもしれない。
実際には、魂に目覚める度合いが大きいほど不安はなくなるのであるが、ここで少し、物質面での不安をなくすための引き寄せのやり方を述べておく。
まず、世の中にある引き寄せメソッドは全部、無意味であることが分かっている。
引き寄せが出来るかどうかは、テクニックの問題ではなく、どれほど魂の力が出せるかだけにかかっている。
魂の力が出ていれば、願わずとも何でも引き寄せるし、魂の力が出ていなければ、いかなる評価の高い引き寄せメソッドを賢明にやっても、全く効果はない。
何せ、魂は全知全能なのだから。
「私は誰か?」と自分に問えば、魂が出てくる(実際には、魂を覆う心が消える)のだが、あまりにも魂が隠れている場合は、「私は誰か?」と問うことが続かない。そして、現代人は、ほとんどがそうなのである。

AIアート39
「お花の挨拶」
Kay
そこで、唯一、引き寄せメソッドで有効なものを教えると、アファーメーションだ。
ただし、必要なのは、アファーメーションの内容ではなく、回数だ。
斎藤一人さんという方が千回唱えれば良いと本に書かれていたが、それでうまくいった人などいまい。
正しくは「1日1万回」だ。
それで、まともなアファーメーションなら、何でも優れた効果を見せる。
江戸時代、ハンセン氏病になった武士に、キリスト級の聖人であった神道家、黒住宗忠は、1日1万回「ありがたい」と唱えるよう指示した。
素直にそれを実施した武士は1週間で完治した。
あるホームレスの男性は、1日中、「神様の奇跡が起こる」と唱えたというから、やはり、1万回は唱えていた。
それで、2週間ほどで、彼は1憶円の宝くじが当たり、その後、さらにもう1回(1憶円が)当たった。。
ただし、最初から宝くじの当選を狙っていたわけではなく、何が起こるかは神(実際は自分の魂)にまかせた。
正確に1万回でなくても良い。
要は、起きている時間の全部でやるつもりで行うことだ。
私の知人は「お金がある」と1日中唱え、ついに、2部ではあるが、東証上場企業を作った。
こんな回り道をする必要もないとは思うが、もし引き寄せを行うなら、有効な方法はこれだけである。
なぜ効果があるかというと、欲望を利用していることも確かだが、それほど唱えれば思考が消え、いくらか魂が現れるからである。
それをするためのエネルギーとして欲望を利用するのである。
ただ、これだけでは幸福になれない。
最終的には、魂を全面的に現さない限り、これまで何万年も続いてきた惨めな状態は終わらない。
さて、次回は本当に『聖なる名前の哲学』に進む。
たった2ページであるが、中世以降、最高の聖典である。
実際には、魂に目覚める度合いが大きいほど不安はなくなるのであるが、ここで少し、物質面での不安をなくすための引き寄せのやり方を述べておく。
まず、世の中にある引き寄せメソッドは全部、無意味であることが分かっている。
引き寄せが出来るかどうかは、テクニックの問題ではなく、どれほど魂の力が出せるかだけにかかっている。
魂の力が出ていれば、願わずとも何でも引き寄せるし、魂の力が出ていなければ、いかなる評価の高い引き寄せメソッドを賢明にやっても、全く効果はない。
何せ、魂は全知全能なのだから。
「私は誰か?」と自分に問えば、魂が出てくる(実際には、魂を覆う心が消える)のだが、あまりにも魂が隠れている場合は、「私は誰か?」と問うことが続かない。そして、現代人は、ほとんどがそうなのである。

AIアート39
「お花の挨拶」
Kay
そこで、唯一、引き寄せメソッドで有効なものを教えると、アファーメーションだ。
ただし、必要なのは、アファーメーションの内容ではなく、回数だ。
斎藤一人さんという方が千回唱えれば良いと本に書かれていたが、それでうまくいった人などいまい。
正しくは「1日1万回」だ。
それで、まともなアファーメーションなら、何でも優れた効果を見せる。
江戸時代、ハンセン氏病になった武士に、キリスト級の聖人であった神道家、黒住宗忠は、1日1万回「ありがたい」と唱えるよう指示した。
素直にそれを実施した武士は1週間で完治した。
あるホームレスの男性は、1日中、「神様の奇跡が起こる」と唱えたというから、やはり、1万回は唱えていた。
それで、2週間ほどで、彼は1憶円の宝くじが当たり、その後、さらにもう1回(1憶円が)当たった。。
ただし、最初から宝くじの当選を狙っていたわけではなく、何が起こるかは神(実際は自分の魂)にまかせた。
正確に1万回でなくても良い。
要は、起きている時間の全部でやるつもりで行うことだ。
私の知人は「お金がある」と1日中唱え、ついに、2部ではあるが、東証上場企業を作った。
こんな回り道をする必要もないとは思うが、もし引き寄せを行うなら、有効な方法はこれだけである。
なぜ効果があるかというと、欲望を利用していることも確かだが、それほど唱えれば思考が消え、いくらか魂が現れるからである。
それをするためのエネルギーとして欲望を利用するのである。
ただ、これだけでは幸福になれない。
最終的には、魂を全面的に現さない限り、これまで何万年も続いてきた惨めな状態は終わらない。
さて、次回は本当に『聖なる名前の哲学』に進む。
たった2ページであるが、中世以降、最高の聖典である。
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質問させてください。お答えは任意でお願いいたします。
心が消えて、魂が活性化した状態になったら、自分でそれとわかるものでしょうか。何か具体的な兆候の例はありますでしょうか
逆に、心がわさわさしていて魂が不活性なとき、どのような自覚症状があるでしょうか。(不幸感とか?)
心はひとたび消えたなら、元の木阿弥(心が魂を覆う)になることはあるでしょうかないでしょうか。(つまり安心していいのか、油断禁物、いつも、つまり肉体が死ぬまで見張っていないといけない?のでしょうか)