ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

想定の法則をパーフェクトにする方法

短期的に言えばだが、直接、引き寄せを教えても、全く駄目な者が2割、結果があやふやな者が6割以上で、それなりに明白にうまくいく者は2割以下と思う。
だが、引き寄せでも、「想定の法則」に関しては、実験しようと思わない。
なぜなら、やる限りは必ずうまくいくと納得出来るからだ。

想定の法則は繰り返し行えば良いので、そのうち必ずうまくいくと思う。
だが、うまくいかないとしたら、願いが叶った時のことが全くイメージ出来ないからで、それは、そもそも願望が間違っている。
引き寄せを試してもらった者の中には、おこがましくも「二十歳の彼女が欲しい」とか「社長になりたいですね」などと言う者がいたが、そいつが二十歳の彼女がいるとか社長になっている姿が、私にはイメージ出来ないし、そもそも、そいつにもイメージ出来ないのだろう。
想定の法則においては、詳細なイメージは必要ないが、願望と言うからには、何らかの叶った時のイメージはあるはずだ。
そのイメージは、無自覚かもしれないが、カラーで明るく、大きいはずだ。

また『葬送のフリーレン』の話で恐縮だが、あれで言う「魔法はイメージ」というのは、実に的確だ。
つまり、イメージ出来ないことは、いかなる魔法でも起こせない。
こんな話があった。
どんな超一流の魔法使いでも切れないものを、ユーベルという未熟な少女の魔法使いが簡単に切ってしまう。
なぜ、誰にも切れないのかというと、わずかでも知性でもあれば、それを切るイメージが出来ないからだ。
だが、ユーベルは全く考えないことで、感覚だけで切れるイメージを作ってしまう。
それを知って、超一流魔法使いのゼンゼは「こいつは狂ってる」と思う。狂ってると思う相手には、ゼンゼですら勝てない。

だが、「私は在る」を感じることを続ければ、丁度、ユーベルのようなことが出来る。
なぜなら、「私は在る」は、あらゆる「在る」の親なので、いかなるイメージも「在る」に出来るからだ。

想定の法則は、ただ、「願いが叶った時の気持ちを想像する」だけである。
その気持ちが想像出来ないということは、全くイメージが出来ないからで、それは、そもそも願いが間違っている。
たとえば、私は、アメリカの大統領になった自分がイメージ出来ないので、そうなった時の気持ちが想像出来ない。
まあ、アメリカの大統領にならなくても良いが、日本の総理になりたい人が、そのイメージが出来ないとしたら、ユーベルのようにやれば出来るかもしれない。
ユーベルは、切れるはずのないものを切った後、言う。
「みんな、頭を使い過ぎなんだ」
「私は在る」を感じれば、頭を使わず、何でもイメージ出来るようになる。
補助的には、良い絵画を見たり、良い音楽を聴いたり、良い本を読んだり、良い舞台を見たりすれば良いと思う。
おそらく、日本人は『古事記』を読むことが助けになると思う。
石ノ森章太郎さんが、古事記は全く漫画だと言ったが、それは日本人にとってで、漫画ほどイメージし易いものはない。
天才、石ノ森章太郎がイメージ出来ないものをイメージする感覚を教えてくれると思う。
とはいえ、やはり、想定の法則は子供でも出来るほど簡単なものである。

シュリンクス
AIアート776
「シュリンクス」
Kay


◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)ワイド版 マンガ日本の古典1-古事記(石ノ森章太郎)
(2)古事記 (石ノ森章太郎デジタル大全)
(3)超訳 古事記(鎌田東二)
(4)現代語訳 古事記(福永武彦)
(5)葬送のフリーレン(Amazon Prime Video)
(6)アイ・アム・ザット~私は在る~ニサルガダッタとの対話
(7)世界はどうしたってあなたの意のまま(ネヴィル・ゴダード)※『AT YOUR COMMAND』翻訳書
  
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やる気にさせたいと思って書いた話

神とは何かというと、ネヴィル・ゴダードによれば、「私は在る」という自覚であるらしい。
その根拠は、旧約聖書で、神がモーセに、「私は『私は在る』という者だ」と言ったことによるのだが、ゴダードは、旧訳聖書をヘブライ語(へブル語)の原典で読めたらしい。
自分でヘブライ語で読めたのではないかもしれないが、ウィリアム・アーネスト・バトラーは、言語学者の様々な解釈を研究した上で、 「私は『私は在る』という者だ」の解釈に疑問を唱えているが、こういうことは疑問がなければむしろ信じることは出来ない。
そして、異なる解釈も、結局は 「私は『私は在る』という者だ」という意味になることが分かれば、信憑性が高まる。

神とは絶対的真理だという方向から探求することも出来る。
これに関しては、ニサルガダッタ・マハラジが、「あなたが確信出来る唯一のことは『私は在る』だけである」と言ったが、では、眠っていて夢を見ていない時は「私は在る」と感じないのだから、私はないのかという疑問が生まれる。
これに関しては、古来から「夢のない眠りにこそ、本当の『私は在る』がある」と言われているが、当然ながら科学的根拠はない。

つまるところ、全て聖典頼みということになる。
ただ、古代仏教の教典を研究した者が、これに究極の真理が書かれていると信じざるを得ないと言うことがあるが、それはどういうことかというと、人間の知を超えた真理が書かれていることを、直観的に感じたり、ある程度は類推したり、帰納的(個々の特殊な事実から普遍的原理を導くこと)に考えたということだろう。

だが、私は、ゴダードが説く教えは、私の子供の時からの経験とかなり一致するという特殊な事情があって、かなり信じている。
また、私が初めてビートルズを聴いた時、英語は得意ではない私が極めて印象的に憶えていた歌詞が"AT YOUR COMMAND"だが、ゴダードが初めて書いた本のタイトルがまさに"AT YOUR COMMAND"だったということも面白い。

そしてもう1つ。
私は上に書かれてあるようなことを知る前に神の存在を理解し、理解した時はかなり高揚したものである。
それはデカルトの『方法序説』によるもので、これ(方法序説、あるいは、デカルトの思想)には欠陥があることは分かっているが、それでも価値がある。
デカルトは究極の真理を探究していたが、それは当然ながら、なかなか見つからなかった。
どれほど正しいと思えることも、疑おうと思えばあっさりと疑えた。疑えるからには真理ではない。
真理とは疑うことが出来ないからだ。
たとえば、母の愛が真理かというと、そんな馬鹿でも疑えることが真理であるはずがない。
だが、デカルトは気付いてしまった(笑)。
疑えるということは、自分の中に真理があるからだと。それが神である。
これを見て私は感動のあまり恍惚としてしまった。
それでデカルトは「疑っている私は確実に存在する」を究極の真理としたが、なぜそれが「われ思う、ゆえにわれあり」という不純なものになったかは不明だ(笑)。

ちなみに、本人は隠していたが、やはりというか、デカルトも魔法研究をしていた(笑)。
それはニュートンも同じであった。
というか、ニュートンは、メインの研究は聖書や魔法で、数学や物理学はついでにやっていたのである。
だから、魔法・・・これは旧約聖書から出ているものだが、それこそが真理なのである。
尚、デカルトの自己評価について述べておこう。
デカルトは、名門校の出身で、その学校の中でも優等であった自分が優秀であることは認めていた。
ただし、自分よりずっと上の者達がいることも分かっていた。実に聡明であると思う。
そして、さらに偉いのは、書物の学問は全て捨てたと宣言していることだ。
さっきも書いたが、デカルトにも欠点はあったが、これほどの人物はそうはいない。
デカルトは、究極の真理の柱を「疑う」と「在る」の2本としたが、「疑う」は、もっと洗練させて「気付き」とすればより完璧だった。
そうすれば、「私は在る」が神であるという古代の英知にたどり着けた。

そんなわけで、私にとっては「私は在る」が神であることは明瞭になった。
後は、「私は在る」の自覚から離れなければ神になるのだが、これは簡単であって難しい。
これに関しては宇宙人に聞いたことがある。
「適度にやれば超人になるが、やり過ぎるとこの世から消える」
なるほど、確かにいろんな賢者も同じことを言っていたと思う。
尚、正確に言うと、その宇宙人は、茶目っ気があったのかもしれないが、私に、存在の自覚を加速させるメソッドを教えてくれたのだ。
その上で「1日3回にしろ。それ以上やると消えるぞ」と言ったのだった。
まあ、それで結局、全くやらなくなるうちに、やり方を忘れてしまった。
いや、思い出せるが(笑)。
だが、そんなことは知らなくていいから、「私は在る」と感じることを、なるべく長くやることである。
それで十分に魔法使いに、超人に近付く。

眼差し
AIアート775
「眼差し」
Kay


◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)方法序説 (角川ソフィア文庫)
(2)方法序説ほか (中公クラシックス)
(3)アイ・アム・ザット~私は在る~ニサルガダッタとの対話
(4)世界はどうしたってあなたの意のまま(ネヴィル・ゴダード)※『AT YOUR COMMAND』翻訳書
(5)ラマナ・マハルシの教え
(6)聖書(フェデリコ・バルバロ)
  
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人間は2種類に分かれる

今後の人間は、明確に2種類の人間に分かれると思う。
まだ当面は、「どちらの人間か」と言うよりは「どちらの傾向が強い人間か」という感じであるが、いずれにしても、2種類しかなくなる。
1つは、従来型の人間で、外界ばかり見ている者。
もう1つは、新しい人間で、外界から関心を引き上げ、内面に意識を向ける者だ。
別に、新しい人間は、部屋に閉じこもって、目を閉じて膝を抱えてじっとしているわけではない。実は、そんな人こそが、外界に最も関心を向けている。
新しい人は、普通に猫を撫でて可愛がるし、スイーツも食べるし、仕事もするし、コンサートにも行く。
それらを、情熱や責任感を持って、一生懸命やるかもしれない。
つまり、外界は外界で楽しみもするし、悲しみもする。
それは、喩えて言えば、映画を見ていることに少し似ている。
良い映画やアニメなら楽しむべきだが、自分は見ているだけで何もしていない。
それと同じで、たとえ偉大な仕事をしたとしても、自分は何もしていない。

外界から関心を引き上げるとどうなるか?
これは逆に、外界に関心を持つとどうなるかで説明する方が分かり易い。
これまで、1つのことにしか関心を持たなかった者が、別の1つのことに関心を持つと、脳が1つのパーティションで区切られ、これまで1つの領域だったのが、2つの領域が出来る。
さらに別のことに関心を持つと、また1つパーティションが増え、脳は3つの領域に分かれる。
脳の領域が分割されると、エネルギーも分割される。
丁度、国土が分割されることで、兵力や財力が分割されるようなものだ。
全体で兵士が1万人いるのに、百に分割されたら、百人の部隊単位でしか戦えない。
無自覚ながら、普通の人は外界の非常に多くのことに関心を持っているので、エネルギーがとても小さなものに分割されてしまっていて、わずかな力しか発揮出来ない。

だが、外界から関心を引き上げるごとに、脳のパーティションが消え、エネルギーは統合され、大きくなる。
そして、外界から全ての関心を引き上げ、たった1つの内面にのみ意識を向けると、エネルギーは無限大になり、不可能はなくなる。
たった1つの内面とは、真我(本当の自分)とか魂とか神とか、いろいろに言われるが、それはあえて言葉で言うなら、「存在の自覚」である。
ひたすら、「私は在る」ことを感じると、容易に外界に関心がなくなる。
なぜなら、外界のいかなるものより、「私は在る」の方が魅力的だからだ。
よって、「私は在る」と感じると、脳のパーティションは消えていき、使用出来るエネルギーが高まり、全知全能に近付いていく。

幽玄の湖
AIアート774
「幽玄の湖」
Kay


◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)アイ・アム・ザット~私は在る~ニサルガダッタとの対話
(2)世界はどうしたってあなたの意のまま(ネヴィル・ゴダード)※『AT YOUR COMMAND』翻訳書
(3)オプティミスト(ヘレン・ケラー)※『Optimism』翻訳書
(4)楽天主義(ヘレン・ケラー) ※『Optimism』翻訳書
(5)ラマナ・マハルシの教え
  
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子供に学ぶ奇跡の起こし方

子供は、基本的には引き寄せは出来ない。
ジョセフ・マーフィーの本でも、ロンダ・バーンの『ザ・シークレット』でも、子供が自転車などの欲しいものを引き寄せた話があるが、違和感を感じる。
なぜなら、子供が引き寄せで欲しいものをどんどん手に入れるなんてことは自然と思えないからだ。
一方、子供は想像力があって固定観念が少ないという、引き寄せのための理想的な条件を備えているのも確かだ。
だが、やはり、子供には基本的に引き寄せは出来ない。

イエスは「幼子のようでなければ天国に行けない」と言ったが、子供が天国に行けるとは言っていない。
ラマナ・マハルシは「子供と賢者は似ている」とは言ったが、子供は賢者ではないし、子供じみた賢者もいない。あくまで、特定の部分で似ているだけだ。
『トワイライトゾーン/超次元の体験』(1983)という映画の第3話 「こどもの世界」(『IT'S A GOOD LIFE』)で、思ったことを即座に現実化出来る少年が登場するが、彼がいる世界はディストピアで、主人公の女性教師は最後、少年に、その奇跡の力を使うことを止めさせる。

また、ジョセフ・マーフィーの『人生に奇跡をおこす』の中で、女優になりたいという願望を持っている若い女性に対し、マーフィーは、潜在意識の法則でその夢を叶えさせるのではなく、「子供の夢は卒業しなさい」と戒める話がある。

ところが、私は子供の時は引き寄せの超人みたいなもので、テレビ放送に干渉してただちに見たい番組を放送させたり、満天の星の中から一瞬で土星や木星を特定したり、交通量の多い車道に目をつぶって飛び込んで平気だったり(決して真似しないよう)と、やりたい放題だったが、テストで満点ばかり取っていたわけでも(むしろ成績はかなり悪かった)なく、教師は意地悪だしと、嫌なことも多かった。

総合的に見て、子供には物質的な引き寄せは出来ないよう制限がかかっているのだと思われるが、本来は万能というほどの引き寄せの力を持っているので、特定の状況では奇跡を起こすこともあるのだろう。
そして、イエスやマハルシが言うように、子供の特定の性質は非常に良いものなのだろう。

『ザ・シークレット』のDVDの中で、若い男性が高級スポーツカーを引き寄せるため、その車を運転している様子を詳細にイメージし、「ヒャッホー!イエイ!」とノリノリになっていたら、その車を手に入れられるような話があるが、それは絶対ない(笑)。
それは、悪い意味での子供っぽさ、幼稚さをやったもので、全く駄目だ。
まあ、そんなやり方の中で偶然、引き寄せの条件を満たしてうまくいくことも考えられないでもないが、いずれにしても、そのDVDでのやり方は最悪だ。
私も、子供の時、奇跡を起こした時も、そんなやり方では全くなかった。
私は、小学4年生の時、欲しかった反射式天体望遠鏡を引き寄せた(不意に譲ってもらった)が、その時のやり方が全く正しいやり方だった。
それは、「その天体望遠鏡が手に入ったら、どんな気持ちか」を想像したのだ。
それだけだ。詳細なイメージングも必要ない。
これはまさに、ネヴィル・ゴダードの「想定の法則」のやり方である。
そして、おそらくは、あらゆる奇跡を起こした時がそうなのである。
それと、意図的に言葉を使わなかったことを、何となく憶えているが、これもネヴィル・ゴダードの『AT YOUR COMMAND』(翻訳は『世界はどうしたってあなたの意のまま』)に書かれている。

朝霧の中
AIアート773
「朝霧の中」
Kay


◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)想定の『超』法則(ネヴィル・ゴダード) ※『The Power of Awareness』翻訳書
(2)その思いはすでに実現している! (ネヴィル・ゴダード) ※『The Power of Awareness』翻訳書
(3)世界はどうしたってあなたの意のまま(ネヴィル・ゴダード)※『AT YOUR COMMAND』翻訳書
(4)人生に奇跡をおこす(ジョセフ・マーフィー)
  
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実は偉大な十七条憲法

今朝は、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康について、我々が完全に嘘を信じ込まされていることを述べた。
このように、当たり前のことを当たり前に考える能力を奪うことによって、無能化した国民は支配し易い。

今回は軽く、もう1つのロクでもない教育について述べる。
それは、摂政であった聖徳太子(厩戸皇子)が制定した「十七条憲法(憲法十七条、十七条の憲法)」についてである。
小学校では、「十七条の憲法は604年に制定された」と暗記させられ、テストに出題されたと思う。
しかし、十七条憲法の中身は全く見せられなかった。
これは「群れ寄(604)る人に十七条の憲法」のように憶え、「十七条の憲法は604年」と憶えることだけで満足するよう誘導されたということだ。
人々は、せいぜいが「大昔の憲法なのだから、読むに値しないものだろう」などと思い込んでいることだろうし、大半の人は、そんなことすら考えない。

ところが、十七条憲法は、人類の至高の英知というほどのものである。
敢えて言えば、一部に改ざんはあるかもしれない。それでも全体の精神は損なわれていない。
十七条憲法を一言でまとめると、「立場が高い人間ほど高潔でなければならない」であると思う。
それを、多少、具体的に説明している。
これがあれば、憲法も法律も、国内においては必要ない。
海外には契約で国家・社会が成り立っている国が多いので、国際法の制定のためにも、日本にも一応の法律は必要かもしれない。
また、法律とは、権力者が不正を行う危険を避けるためのものでもあるが、世の常として、法律は、権力者に都合のよい抜け穴がいっぱい出来るものであるので、あまり意味はない。さらには、富裕者は権力者と結託し、自分達にも都合が良いように、法律の抜け穴を作ってもらう。
だから、たとえば、一般庶民は税金を厳格に取られるが、富裕層は、収入に対してわずかしか税金を払う必要がない。
アメリカや日本のトップ企業の中にも、ほとんど税金を払っていないところがある。

十七条憲法が尊重される世の中であれば、不正が起こるはずがない。
私が知っている事業家は、経営する会社が高収益を上げていたが、節税みたいなことは一切せず、多額の法人税を納めていた。もちろん、明らかな経費は経費として計上していたが、交際費などはほとんどをポケットマネーで払い、会社で計上する交際費は年間数万円だった。
そんなだから、税法に詳しくなる必要がなかった。
そういえば、オクシデンタル石油の伝説のCEO、アーマンド・ハマー(ドクター・ハマーの通称で知られる)は、自分に関する全ての経費をポケットマネーで支払っていると自伝に書いていた(まあ、信じる信じないは人の自由だが)。
漫画家の手塚治虫も節税は全くせず、「納税王になる」と宣言していたほどだった。
こういった心掛けは十七条憲法にも通じると思うが、このような心掛けを持つ者は不思議と栄えるのである。
上の、私の知り合いの会社も、トップが代わり、節税をするようになってから、業績は下がる一方になった。

穏やかな水
AIアート772
「穏やかな水」
Kay


引き寄せには、必ずしも高潔な精神は必要でない。
そもそも、自分では高潔だと思っていても、実際はそうでない場合が多い。
だが、アメリカの歴代の大統領顧問で大投資家であったバーナード・バルークが、問われて、成功の秘訣は「欲張らないこと」と言ったように、せめてもの高潔さがなければ引き寄せも起こらないと思う。

◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)聖徳太子II憲法十七条(梅原猛)
(2)ドクター・ハマー―私はなぜ米ソ首脳を動かすのか(アーマンド・ハマー自伝)
(3)運とつきあう(マックス・ギュンター)
(4)葉隠 (知的生きかた文庫)
  
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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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