ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

進歩する文明、退化する大衆

2014にTEDで、当時MITメディアラボ所長だった伊藤穣一さんが『革新的なことをしたいなら「ナウイスト」になろう』というタイトルで講演したが、そこで「BI(Before Internet インターネット以前)」を示す画像として原始時代の風景を大型パネルに写して観衆を笑わせた。
大袈裟とはいえ、確かにインターネットがなかった時代は原始時代のようなものだ。
だが、今(2026年5月)と比べたら、当時は原始時代とまでは思わないが、江戸時代のような感覚かもしれない。

2014年といえば、ウーパータクシーが東京でサービスを開始した年で、当時はインターネットでタクシーを呼ぶという発想がなかったし、その後しばらくは、大都市でなければネットタクシーが使えなかった。私が住んでいるところは田舎なので、2018年頃はまだまださっぱり使えなかったが、今では、ウーパータクシーやGOタクシーなど、いろいろなネットタクシーが使える。
昨年、大阪のホテルで、昔からの習慣ということもあるが、フロントでタクシーを呼ぶよう頼んだら、フロントの人は普通に引き受けてくれたが、来たタクシーがGOタクシーだったので少しおかしかった(自分で呼べば良い)。大阪の街にGOタクシーが溢れ返っていたが、その2年前は、そんなことは全くなかった。
私はウーパーイーツ等は全く使わないので知らなかったが、少し前に、ウーパーイーツが間違えて私の家に配達に来たので、こんな田舎でもウーパーイーツが使えるようになったことを知って感動した。

2014年が江戸時代と感じると言っても、当時は、Amazonでは、大半の商品で時間指定配達が出来たが、今は時間指定配達はない。即日配達は増えたが、夜8時以降に配達されることも多い。Amazonの配送から佐川急便とヤマト運輸が撤退したが、配達員不足が深刻なのではないかと思う。
今は普通になった置き配も、2014年くらいでは考えられなかった。やはり、配送会社が苦しいのだろうと思う。
逆に、平成や昭和では、稀にだが、玄関の前に配達された大型本が置かれていたり、目立たない場所に配達の荷物が置かれて後で電話で「あそこに荷物置いてます」とかかってくることがあった。大型本の方は、人に見られたら困るような本だったので、ちょっと焦った覚えがある(うんとヤラシイ本だったかもしれない 笑)。

テクノロジーの進歩は加速するということは憶えておくべきだろう。
つまり、昔なら百年で起こる進歩が、今は1年で起こるし、将来は1日で起こる・・・といった感覚だ。
一昨年だったか、私は誰かに「え?君は今どきChatGPTを使ってないの?」と言った覚えがあるが、当時のChatGPTはデタラメな答も多く、使い物にならないので、私もそんなに使っていなかった。
しかし、今はChatGPTだけでなく、GeminiもCopilotも、その他の新興のAIも(そうでないこともあるが)正確無比、詳細高度で、それこそ「え?本当に使ってないの?」とマジで言いたくなるが、果たしてそれが良いことかどうか疑問だったり、使うべきでない部分もあると思う。

人間の脳は200万年から300万年かけて進化し、2万年程前に完成したと考えられる。
その能力は、AIなど全く及ばない。
だが、AI以下にしか脳を使えない人が多いし、ますます少しの能力しか使えないように誘導している者がいて、今や大半の人間がそうさせられている。
昔、中山正和さんがXあるいは「命」と呼んだ、脳の中の神にも匹敵する力を解放しなければならない。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)洞察力 本質を見抜く「眼力」の秘密(中山正和)
(2)運のいい人、悪い人 運が運を呼ぶ発想原理とは何か(中山正和)
(3)考えて仕方があること・仕方がないこと(中山正和)

フェアリー
AIアート3093
「フェアリー」
Kay

  
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本当の日本の伝統とは

昔、NHKだったと思うが、徳川家康を特集した番組があり、これが非常に意義深いと思った。
昔は、その番組内での、最も良い徳川家康のエピソードだと思ったのは、天下取りの秘訣を尋ねられた家康が、「長い方と短い方、どっちが良い?」と尋ね返し、「両方」と言われた家康は、「短い方は、上を見るな。長い方は、身の程を知れ」だと答えたものだ。
ギリシャのデルポイにあるアポロン神殿の柱にも「身の程を知れ(グノーティ・サウトン)」と書かれている。
ところで、このアポロン神殿の柱には「何事も過ぎたるは及ばざるがごとし」とも書かれているが、家康もこの言葉を好んでいた。
面白い偶然である。

私が、そのテレビ番組の中にあったもので、今、最も重要と思うエピソードは次のものだ。
一枚の半紙が風で部屋の外に飛ばされると、家康はそれを必死で追いかけて庭に降り、ようやく捕まえた。
それを見ていた人達が笑うと(親しい人達だったのだろう)、家康は「お前達は笑うが、わしはこれで天下を取ったのだ」と言った。
実話かどうかはともかく、家康の倹約、節約の精神を示すお話である。
老子も、倹約を3つの宝の1つとしていた。
倹約せずに取った天下は長続きしない。
倹約すれば、自分の器を生かせるのであると思う。

男系天皇、相撲の土俵や歌舞伎舞台の女人禁制といった伝統を振りかざす人達がいる。
だが、日本の本当に美しい伝統は、倹約、節約の精神である「もったいない」と、全てがつながっていることを想う「おかげさま」である。上の伝統など、本当にどうでも良いと私は思う。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)節約する人に貧しい人はいない(中川淳一郎)
(2)老子 (岩波文庫)
(3)漫画版 徳川家康 1 (横山光輝、山岡荘八)
(4)ソクラテスの弁明 クリトン (岩波文庫)

精霊
AIアート3092
「精霊」
Kay

  
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たった10万回と思う話

いろいろなところで見たり聞いたりしたが、真言とか呪文は10万回唱えると大きな成果が得られるようである。
10万と言うと多いようだが、1日千回でたかだか百日、1日百回でも千日で3年かからない。
プロ向きでは空海が虚空蔵菩薩の真言を百日で百万回とか、神道では山蔭神道の山蔭基央さんが「アジマリカンを百万回」と本に書いたりと百万回というものがある。
つまり、百万回は上位と言えるのかもしれないが、10万回唱えれば並の人間ではなくなる。
唱えるものは何でも良い。
だが、自分が勧める真言なり呪文が他のものより優れていると言い、それにこだわる態度を見せる者は、私の見解では、商売でやっているか見栄っ張りの偽物である。
たとえな「トホカミエミタメ」が他の一切のものを超えると主張する者がいたが、その理由を見れば即座に偽物と分かる。
「アジマリカン」は間違いで「アチマリカム」でないといけないと言う者もいたが、私はどちらでもいいと思う。
どれも全く良いのだが、そんなことを言う者のことを思い出してしまうので、私は「トホカミエミタメ」も「アチマリカム」も嫌になってしまった。

10万回唱えればお金に困らなくなるのかというと、そういう話ではないのだが、まあ、そうなってしまうだろう。
10万回唱えると結婚出来るかというと、そりゃ出来ないはずはないが、そんなことは考えない方が良いと思う。
結婚するために10万回なんて続くはずがない。
それと、もったいないのが「10万回唱えました」と言ってしまうことだ。話のついでとか、必要があって言うのは全く構わないが、見栄や自慢や優越感で言うと、別に効力がなくなるわけではないが、余計なものにとりつかれてしまって効果が保留になったり、悪いことになりかねない。やはりもったいない。
これは、「バガヴァッド・ギーターを百回読みました」と言うのも同じで、私はつくづく「言うなよ」と思う。
「マーフィーの『あなたも金持ちになれる』を100回読んで、私はお金に困らなくなりました」なら全然良いし、よくあることと思う。

何を唱えるかは、縁あるものを唱えれば良いが、どちらかというと、若いうちに憶えたものが良い。
適当な年齢で10万回に達し、丁度良い時期に力がつくからだ。

念仏に関し、私はあるお葬式で、お坊様に「では皆で念仏を唱えましょう。私の後について唱えて下さい」と言われ、皆で「南無阿弥陀仏」と唱えたのだが、「いつまでやらせんじゃい」と思うほど延々とやらされ、念仏がすっかり嫌になった。
このお坊様は、念仏は「唱えさせられる」ものではないということが分かっていないらしい。頭が悪いお坊様は本当に困るのである。まあ、そもそもが、念仏は葬式用ではないのだが。

私は若い時に、中岡俊哉さんの『守護霊占運学』を読んで阿弥陀如来真言を唱え始め、紀野一義さんの『「般若心経」を読む』を読んで、般若心経を呪文部分のみだが、そこに書かれたサンスクリット語で唱えるようになった(もちろん、「ぎゃていぎゃてい」の方でも良い)。
そのことを考えると、若い時のことを思い出すが、真面目に唱えていたわけではないけれども、いつも驚くほど幸運である。

本当に何でも良い。いつか10万回とか、生涯で100万回とか思っていると、すぐにも何か起こるだろう。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)守護霊占運学(中岡俊哉)
(2)「般若心経」を読む (紀野一義)
(3)あなたも金持になれる(ジョセフ・マーフィー)
(4)神道の神秘(山蔭基央)
(5)密教の聖なる呪文(正木晃)
(6)空海「般若心経秘鍵」(空海)

光
AIアート3091
「光」
Kay

  
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意思の力が全てを決める

大女優ジョディ・フォスターが13歳の時に主演した『白い家の少女』は、原作小説にかなり忠実な作品だ。
この原作を翻訳したのは、英文学者でW.B.イェイツの詩集を翻訳する他、老荘思想家でもある加島祥造(1923~2015)で、1977年の出版だから、ほぼ半世紀前だ。
この小説および映画は、ジョディ演じるリンの14歳の誕生日である10月31日のハロウィンから始まる。
イギリス人のリンは、父親と共に、アメリカの立派な家に住んでいた。
リンは、誰が訪ねて来て、父親に会わせてくれと言われても、「父は仕事中は誰にも会わない」と断る。
彼女の父は有名な作家だった。
時には、大人が高圧的に「父親に会わせたまえ」と命じるように言っても、リンは怯まない。
実は、リンは学校に行っておらず、当時としてはリンは弱い立場にあったはずで、そこを突いてくる大人もいたが、リンは負けなかった。

リンの父親はリンに言っていたのだ。
「大人は個性的なお前を認めないだろう。だが負けるな」
彼女は、父親がいなくても1人で生きる力を持っていた。
父親も彼女を信じ、彼女に生きたいように生きることを要請したのだ。
父親はもう必要なかった。
我々はリンのように生きるべきかというと、現実の世界では、引くべきところは引かなければならない。
どんな時も自分の主義を通せるわけではない。
だが、リンは、どこにも引けなかった。戦うしかなかった。
彼女の味方になってくれそうな人が2人いた。
1人は16歳のマジシャンのマリオで、もう1人は中年の男性警官のミリオリティだ。
彼女がマリオのみに頼ったことは正解だった。
いかに心優しく、彼女のことを思いやってはいても、警官であるミリオリティは、彼女の自由を尊重しないだろう。

この作品を見終わった時(読み終わった時)、我々は彼女は所詮弱いと思うだろうか?
私はそう思ったのだ。
そう思わなくなった時、我々は世界に勝つだろう。
意思の力が全てを決めるのである。

余談だが、『スター・ウォーズ』で、ルーカス・チームがレイア姫をやらせたかったのはジョディ・フォスターだった。だが、ジョディはディズニー映画に出演することが決まっていて、受けることが出来なかった。
ジョディはレイア姫によく適うと思う。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)白い家の少女 HDリマスター版【Blu-ray】
(2)白い家の少女(レアード・コーニッグ著。加島祥造翻訳)
(3)The Little Girl Who Lives Down the Lane ( Laird Koenig) ※『白い家の少女』原書英語版
(4)最後のロマン主義者 イエーツ訳詩集(加島祥造翻訳)

白い少女
AIアート3090
「白い少女」
Kay

  
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自信が大事

日本においては、モテる男性の身長はかなり圧倒的に175~179cmで、次は意外に170~174cmとなり、180cm以上はその次という調査報告が多い。ただ、これは高精度な統計では全くなく、異説も多い。
また、アメリカの、こちらは相当厳密な調査では、出世する男性は、アメリカの男性の平均身長である175~177cmより高い183~188cmの割合が非常に多いと言われている。
ただ、イーロン・マスクは188cmだが、ジェフ・ベゾスとマーク・ザッカーバーグは171cmと平均よりやや低く、ビル・ゲイツは178cmのようだ。
ところで、日本でもアメリカでも、芸能人とプロレスラーの身長は、ほぼ全員盛っていて、俳優で実際の身長が公称なのは「うっかり本当の身長で公表した」人だけらしい。

結論を言えば、身長が直接、モテる要因、出世する要因ではない。
身長が高いと自信を持ち易いことが、身長が高い男がモテる本当の要因、出世する本当の要因だと考えられる。
実は、昔の日本では、高身長の男は今よりずっとモテた。
その理由は、昔は男の子の間では、取っ組み合いの喧嘩というのが結構あって、どんな男の子でも何度かは取っ組み合いの喧嘩をしたことがあったが、特に子供のうちは、よほどの体力差がない限りは身体の大きさが圧倒的有利になる。それで、たまたま身体が大きく、取っ組み合いの喧嘩で強かった子が、生涯に渡る自信を持つことがよくあった。
それで、昔は、取っ組み合いの喧嘩で自信を持った高身長の男が「三つ子の魂百まで」で、モテたということが多かったのだと思う。
今は、子供でも取っ組み合いの喧嘩は少なく、運動全般では、身体が大きいことが有利になることもあるが、日本では、子供のうちは、体重が軽くすばしっこいことがメリットになる場合も多く、背が高い男の子が自信を持つ機会が少ない。
それで、アンケートで「理想の身長は?」聞とかれると、女の子も多少は高い身長を上げるが、実際に付き合う男の子を選ぶ時、身長が要因になることは、見栄っ張りの女の子でない限り、ほとんどないと思われる。
やはり、女の子は、自信を持った男の子を選ぶのである。これは、経験的にも確かと思う。
アメリカでは、日本と比べ、子供のうちからパワー系の運動や、身体を使った労働をさせられることが多いので、今でも身長が高い男が自信を持ち易く、大人になっても、高身長の男が出世し易いのではないかと思う。

面白いのは、日本では頭髪が薄い男は圧倒的にモテないが、アメリカでは案外モテるという話がある。
というのは、アメリカの男は自主独立の精神があり、それはアグレッシブさにつながり、禿げてモテないと思ったら、努力して別のことでモテるようになろうとするからのようだ。
あるアメリカ人の禿げた男がこう言っていたことが印象的だ。
「俺は禿げていて良かったと本当に思っている。禿げていることなんか気にしないことで男らしさを見せられるからで、おかげで俺はモテモテだ。俺は禿げていることを、心から神様に感謝している」
そう言う彼は、男らしい自信に満ちた顔をしていた。

つまり、男に大切なものは自信である。
ただ、自信を持つためには、勇気を持ってチャレンジするしかない。
恐くて震えが止まらないようなことでも、勇気を奮い起こして挑戦し、克服することで、モテモテになる自信が得られる。
引きこもりが全くモテず、キモいとすら言われるのは、勇気を出したことがないので自信がないからだというのは明白だろう。
少しずつでも勇気ある行動をすることで自信を強めていき、仕事にも挑戦出来るようになる。
これが、引きこもりの唯一の対策である。
だが、年齢が高ければ、徐々に・・・などと言っている猶予はない。少々、荒っぽくチャレンジしなければ人生終わりだ。
吉本隆明さんが「引きこもりは彼女が出来たら、彼女のために頑張って働こうと思うようになる」などと言っていたが、頑張って働かなかった男に彼女が出来るはずがない。まずは仕事でチャレンジである。

いや、女も、男ほど明白でなくても、根本的には自信であると思う。
婚活市場で、実家暮らしで働いていない(いわゆる家事手伝いの)女性が売れないのは、やはり、勇気がなく挑戦しなかった女性は自信がないので魅力がないからであると思う。
慎ましやかでも魅力的な女性は、やはりどこか自信がある。その自信は、エステなんかで身に付くものでは決してない。
自信は勇気あるチャレンジでのみ得られるのである。

無論、賢い慎重さは必要であるが、ある程度無理が効く若いうちに、少しは無茶をしておくと自信がつくし、楽しい思い出になる。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)アルケミスト 夢を旅した少年(パウロ・コエーリョ)
(2)銀河パトロール隊 レンズマン・シリーズ(E.E.スミス)
(3)成功の扉(マイク・ハーナッキー)

雨フル
AIアート3089
「雨フル」
Kay

  
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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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