ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

英雄である自己

アメリカの偉大な哲学者で詩人のラルフ・ウォルドー・エマーソンは、英雄の物語を読む時は、自分のことだと思って読めと述べたが、その通りだと思う。そして、偉大な文学や思想を読む時は、自分が著者であると思って読まなければならないとも述べた。この「思う」とは、空想するということではなく、そうであると知るということだ。
サルトルも、本を読むということは、自分でそれをもう一度書くことだと言う。
ジョセフ・マーフィーは、旧約聖書を読む時は、かつて自分がそれを書いた時のことを思い出して読めば意味が自ずと分かると言う。
ショパンの音楽を聴いていると、自分が完全にショパンになると言う人がいるが、それは自然なことである。
あなたは学校で、こういった読み方、聴き方を学んだだろうか?
これら、人類史上最高の賢者達と同じ見解を少しでも学校で聞いたことがあるだろうか?
そうではなく、全く正反対のことを教わったはずだ。

旧約聖書にしろ、古事記にしろ、そのまま読めば、荒唐無稽な馬鹿話だ。
しかし、宗教の権威者達は、書かれているままに読めと言う者は多いのだ。
これらのお話は、1人の人間の物語と見れば、すんなりと理解できる。
アダムとイヴは、生まれたばかりの無垢な自分の2つの性質だろう。そして、片方が何かの欲望を持つようになり、もう片方を取り込み、結局、私は欲望に従って生きるようになり、必然として人生の苦難を味わうことになる。自分の中に、汚れも崇高さも繰り返し現れ、様々なことを学んでいく。そして、自分がどうあるべきかを感じ、それを目指し努力すれば、どうなるかを予言し、それはことごとに実現する。そして、予言はイエス・キリストによって実現され、「私の物語」も完成したはずなのだ。
古事記も、やはり、イザナギとイザナミという人の2つの性質から始まる。それらは影響し合い、欲望をエネルギーに創造していくが、片方が欲望に飲み込まれて滅び、汚れた食物(より低い欲望)を食べて腐敗する。だが、理性は欲望に打ち勝ち、それらの穢れを客観視することで純化して、最後に人の基本的な3つの性質をはっきりと見た。それが、アマテラスオオミカミ、ツクヨミノミコト、スサノオノミコトの三貴神として象徴される。それぞれ、理性、潜在意識、生命力である。
もちろん、私の世俗的知識の中での解釈であり、この通りでなくて良く、あくまで大筋である。

およそ、世界中の神話や伝承の全ては、このようなものと思う。
昨日もご紹介した、2万年前にアトランティスのトートによって書かれた『エメラルド・タブレット』を読む時も、あくまで私の読み方だが、解説の一切を見ず、自分の物語として読み、自分の心の中の出来事と見れば、人間の作ったどんな大スペクタルも、大海と比べた、髪の毛1本を100に砕いたもので救い上げた僅かな水のごときものとなる。それほどのロマンの高揚の中で、宇宙と1つになることだろう。









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食の慎みが力をもたらす圧倒的な証拠

このブログの主要なテーマの1つであるが、江戸時代の観想家、水野南北は、人の運命は、食の多い少ないで全て決まり、いかなる方法で確認しようが、万に1つの外れもなかったと自信を持って断言した。
あのラルフ・ウォルドー・エマーソンをして、人類史上最大の偉人の5人の中の1人と言わせた、万能の天才にして神秘家エマニュエル・スウェーデンボルグは、祖国スウェーデンからイギリスに亡命していた時、突如現れた天使のような存在に、食を慎めと言われ、それを決して忘れないと誓ったことを日記に記していた。

私は、2008年7月から、食事を1日1食の菜食とし、既に4年以上守っているが、食の慎みが魔法の力をもたらすことを必ずしも確信してはいなかった。しかし、今は信じられるようになってきた。
インドの至高の聖典『バガヴァッド・ギーター』にも、至高神クリシュナは、アルジュナに対し、「食べ過ぎてはいけない。だが、少食過ぎてもいけない」と教えた。
食の慎みとは、決して、断食することでも、極端な少食になることでもない。正しい食べ物を適切に食べることだ。
ただ、正しい食べ物といっても、あまりにこだわるのもいけない。少々悪いものであっても、健康な身体は正しく処理できるのだ。私も、会食の時だけは、肉は食べないなが
ら、魚介類やケーキは存分に食べる。
あのラマナ・マハルシさえ、最高の行とは、清らかな食物を適切な量食べることだと教えているのだ。

水野南北は、食の慎みの教えは、法華経に書かれてあると言う。私は、大無量寿経の中にも見つけた。
イエスは、人に断食は薦めていないが、それが力をもたらすことを十分に示唆していたと思う。

そして、2万年前に書かれた、最古にして最高の知恵の書『エメラルド・タブレット』にも、食欲は魂を束縛するので、それを克服するために食を節せよと書かれている。
『エメラルド・タブレット』を読むことは、必ずしもお奨めしない。あまりに偉大であるからだ。だが、それにさえ、食の慎みについてはっきり書かれている。
これだけの証拠が揃えば、食を慎まざるをえないと私は思うのだ。

霞ヶ関書房の『エメラルド・タブレット』が、Amazonで新品が在庫されているのを見たが、これは珍しいことだ。読むべき人は入手されてはと思う。









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彼女がサンタを信じ続けている訳

「クリスマス商戦」なんて言葉を当たり前に感じるようになってはいけないと思う。
イエス様の本当の誕生日は実は不明だという説もあるが、それでも、いやしくもイエス様の誕生日と世界中で信じられている日だ。
商売自体は立派なことだが、利用して良いものと悪いものがある。
イエス様も、神殿で商売をしている人を、怒って追い出されたのではなかったか?

谷川流さんの小説『涼宮ハルヒの憂鬱』は、「サンタクロースをいつまで信じていたかはなんてことは、たわいもない世間話にもならないくらいのどうでもいいような話だが」という、主人公で、キョンというあだ名の、高校に入学したばかりの男子の言葉から始まる。
そして、キョンは、「最初から信じてなどいなかった」と断言する。
その根拠として、「幼稚園のクリスマスイベントに現れたサンタは偽サンタだと理解していた」と言う。

ちょっと待て、キョンと言いたいね。
君は、幼稚園のクリスマスイベントの偽サンタを見るまでは、少なくとも半信半疑だったのだよ。
世間体だけを考えた、通り一遍の、ものを考えない大人によって行われたクリスマスイベントで、君は夢を壊されたのだよ。
サンタをどうでもいいことにしてしまったのは、「クリスマス商戦」なんてことを、度の過ぎた破廉恥さでやってしまう世間ではないのかね?
「最初から信じてなどいなかった」なんて言うんじゃない。
君の可愛い妹は(君から見れば面倒でもあるのだろうが)、小学6年生にもなってサンタを信じているじゃないか?もちろん、彼女だって、サンタを卒業した部分は持っているだろうけどね。だが、彼女が夢を持ち続けているのは、君のおかげでもあるのだよ。君は、無意識にかもしれないが、彼女の心が乾くのを防いでいたのだ。それは、兄として賞賛に値するよ。

・・・以上、分かる方は、佐々木(キョンの中学時代のクラスメイトの女子)の声で(といっても、まだ聞いた人はいないだろうが)読んでみて欲しい。
私は、9月に、宝塚市の手塚治虫記念館で、佐々木の絵(いとうのいぢ画)を見て、そんなことを考えたものだ。
ハルヒは、キョンのような兄がいなかったから、夢を壊されてしまって、心が荒れたというところもあったのだろう。だから、今になってキョンを求め、キョンが彼女の精神安定剤になっているのだろうね。

『涼宮ハルヒ』シリーズでは、妙に名前が無い登場人物が多い。主人公のキョンからして、キョンというあだ名しかない。
キョンの妹に至っては、「キョンの妹」という言い方しかないのだ。
そもそも、涼宮ハルヒだって、神様に仮に付けた名前だろう。なんと言っても、「宮」と「張る霊(はるひ)」だ。
しかし、それで良いのだろう。
人類がもし、遠い未来に素晴らしい進化をとげれば、人々に名前なんてなくなるかもしれない。
「ここにその名を刻んで、永遠に栄誉を讃え」なんて、馬鹿なことも言われなくなる。
どんな偉業だろうと、それをやったのは誰かなんて、サンタをいつまで信じていたかなんてことよりどうでもいいことだ。
誰がやったって訳じゃないのだ。
ソクラテスに言わせれば、『涼宮ハルヒ』シリーズは、谷川流さんが書いたものじゃない。もし、谷川さんがそれに気付いていないなら、ソクラテスはいまだがっかりする訳だ。しかし、谷川さんって人は、それに気付いている人じゃないかな。
・・・と、やはり、我が愛する佐々木さんの口調になってしまう。

北口駅も、ハルヒ達が集合場所にしていた公園の時計台や石段も無くなってしまった。
やれやれだ(佐々木から受け継がれたキョンの口癖)。
kitaguchi

下に、佐々木さんの絵が表紙の本をご紹介する。手塚治虫記念館で額入りで飾られていたのもこの絵だった。
ところで、スコットランド出身の哲学者で、チベットで大師(解脱した聖者)方の教えを受けたM.マクドナルド.ベインがイエスと一体化して語ったことを正確に記述した『心身の神癒』がAmazonで大量に在庫されている。驚くべき内容だ。よければ是非読んで欲しい。









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世界を創るのは心であるという証明

星野富弘さんという画家(詩人でもある)の描いた草花の絵を初めて見た時、実に不思議な印象を受けたものだ。上手いのかどうかは、私にはよく分からないのだが、どこか子供が描いたとうか、まさに、良寛さんが描いた絵のように、今でも感じる。良寛さんが、子供と全く対等に遊んだことはご存知かもしれない。子供は、心そのままの存在だ。良寛さんもそうだったのだろう。そして、星野さんの絵は、人の心そのままだと思った。
星野富弘さんが、首から下が全く動かないと知って驚いたものだ。
彼は中学校の体育教師だった。スポーツ万能で、身体には絶対の自信を持っていた24歳の時、学校の部活で、器械体操の指導中だったと思うが、床に落下して頚椎を損傷し、以後、そんな身体になってしまったようだ。
だが、彼は、筆を口でくわえて絵を描くことを始め、数多くの詩画集を出版するようになったのである。

首や背骨を損傷して神経の断絶を起こし、身体が動かなくなったという人の話は時々聞く。
印象に残っているものでは、アメリカの自己啓発分野の世界的企業の社長の友人が、自動車事故でそのような状態になり、最高の医者が、一生、手足を動かすことはできないと言ったことから始まる話だ。だが、この社長は、その友人に、「医者の言うことなんか信じるな。絶対に治るさ」と言って、自分が開発した自己開発プログラムのカセットテープを彼に毎日聞かせた(当時、CDは存在しなかった)。
その社長の友人は、見事回復し、やがて、彼の会社の社長を務めることになった。私は、その社長と会った日本人の友人から、この話を聞いた。その社長は有名な人物だが、一応、名は伏せる。
他にも、ロンダ・バーンの『ザ・シークレット』にも、飛行機事故で重症を負った男が奇跡の回復をした話とか、ナポレオン・ヒルが、耳の器官を持たずに生まれた息子が、一生音を聴くことができないという医者の話を決して受け入れず、結果、息子はなぜか聴くのに不自由することはなかったという話を読んだことがある。

プロレスのジャイアント馬場さんは、試合中、アルバート・トーレスという選手に、彼の得意のフライング・ヘッドシザーズという技を受けて、マットにもろに頭から落ちた時、全身がしびれ、意識ははっきりしているのに、身体が全く動かなくなったことがあるらしい。タッグマッチだったので、試合は続いていたが、馬場さんは試合終了まで、そのままの格好だったようだ。普通の人なら、そのまま全身麻痺になったかもしれないが、プロレスラーの身体は常識外れだ。常識外れの訓練をするので、プロレスラーの常識は普通の人間とは全く違う。馬場さんは、辛いながらも、何と、翌日の試合も出場したという。もちろん、何の後遺症も残らなかった。
常識外れの訓練ということでは、プロ野球選手でもあった馬場さんは、こんなことを言っていた。「ぶっ倒れるまでやるのがスポーツの訓練だと思っていたが、プロレスの訓練というのは、ぶっ倒れてから始まるんだ」。科学的には正しいことではなく、身体を壊すことになるだろうが、プロレスをやる人というのは、ハートが違うのだろう。
昔は、1マイル(1609メートル)を6分以内で走れば即死するというのが定説だったらしいが、誰かがそれを達成したら、次々にそれをやれる選手が出たものだ。

私、自然に治ることは無いと言われるメニエール氏病を、医療を全く頼ることなく治したことがある。
また、この9月は、かなりの重症の乾癬という皮膚病にかかり、全身赤黒くはれ上がり、手の関節部分まで侵されるという、かなり危ないところまでいったが、これも、一度も病院にいかず、薬品も一切使わずに治してしまった。服を脱ぐと、床が大袈裟でなく白くなる(剥離した皮膚が一瞬で積もった)、まさに乾癬であった。乾癬を治す方法はなく、何十年も苦しみ、あまりの辛さに自殺をした患者すらおり、本当に死なないまでも、死にたいと思っている患者は少なくないと聞く。
私もまた、心の力で治したのだと思う。
正直、メニエール氏病は、ストレスの強い時には現れることはある。どうも業病のようだが、その都度、治している。私にとっては、何かを教えてくれる有難い病気だ。
身体に限らず、世界を創るのは心であることは間違いない。それを忘れないでいただきたい。









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コツは忘れることだよ

先日、テレビ放送されていた映画『アラビアのロレンス』の録画を少しだけ見た。最初の10分程度だが、それだけで傑作だった。
あれほどの男がバイクの事故で死ぬところから始まり、様々な人たちに、ロレンスがどんな男だったか尋ねると、その評価はてんでばらばらだった。実績はともかく、その人間性においてだ。人間のクズだと言わんばかりの者もいれば、偉人だったと言う者もいる。
岡本太郎の言ったことを思いだす。
「誤解されたっていいじゃないか?いや、誤解されないといけない」
「嫌われたっていいじゃないか?いや、嫌われないといけない」

ロレンスが、マッチの火を指で消すという芸当を見せる。誰かが真似をしてやると、本当に熱くて飛び上がる。
「コツは?」とロレンスに尋ねると、ロレンスは「熱さを忘れること」と言う。
砂漠を旅している中で、ロレンスは渇きを覚えた。砂漠の民の男と2人だったが、その男に、一杯だけ水を飲んで良いと言われ、水筒の水を汲むが、その男に「君は?」と聞くと、彼は、自分は飲まないと言う。ロレンスは、「では、私も」と、水を水筒に戻す。
ロレンスは、渇きを忘れることだってできたのだ。

マッチの火を指で消すくらい簡単だと言う者もいるかもしれない。
能力開発の世界的教師であるアンソニー・ロビンズの火渡りは有名だ。火のついた墨の上を、自分だけでなく、セミナー受講者達にも歩かせる。
ロビンズの師で、NLP(神経言語プログラミング)の開発者として世界的に名高いリチャード・バンドラーも、著書の中で、ロビンズの名を上げないまでも、彼の火渡りはまやかしと断ずる。単なる歩き方のテクニックだと言う訳だ。
だが、世界的量子物理学者フレッド・アラン・ウルフは、自らロビンズのセミナーで火渡りを体験し、物理学者の名にかけて、科学的には説明できないと著書で述べた。
ところで、念のため言っておくと、私は、ロビンズよりバンドラーを信頼している。ロビンズは目立ちたがり屋だ。本当に有益なことを学べるのはバンドラーだと思う。

私は、ライターの火で自分の手をあぶって平気な男を見たことがあるし、自分でもやってみた。
逆に、ただの十円玉を、「火であぶった後で熱い」と思わせることで火傷をさせることもできる。

「熱さを忘れる」
ロレンスのこの100万ドルのコツを覚えておくと良い。
忘れるには、恐れないことだ。熱さを恐れるな。
恐れなければ忘れる。恐れを消すことを常に考えろ。
熱さを恐れなければ、熱さを忘れる。熱さを忘れれば、熱さはない。
そして、何も恐れなければ、全て忘れる。全てを忘れれば、自己を忘れる。自己を忘れれば神になる。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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