宮本武蔵と佐々木小次郎の「巌流島の決闘」の際、指定の刻限にはるかに遅れてやってきた武蔵を前に、小次郎は、長い刀を抜くと、その鞘を投げ捨てた。
これを見た武蔵は、「小次郎、敗れたり!」と言い放つ。
小次郎は、何か言い返したと思うが(「何を妄言を!」とか)、武蔵は、「勝って引き上げる者が、なぜ鞘を捨てるのか」といったことを言ったらしい。
これはあくまで、小説の『宮本武蔵』の話で、作者の吉川英治氏の創作である。他にも、お通さんという有名なヒロインも、実際には存在していない。
小説における、上記の武蔵の言葉は、小次郎の動揺を誘って、勝負を有利に進めようという意図であったとしているのだろう。
私は、武蔵自身が書いた『五輪書』は読んだが、小説『宮本武蔵』は読んだことがない。
映画やテレビドラマはいくらか見たが、それらは小説に基づいており、ほぼ全て、上のような、武蔵と小次郎のやり取りがあるはずだ。
無論、『五輪書』には、そのようなことは書かれていない。単に、武蔵は、自分は小次郎と戦って勝ったと書いているだけである。
ただ、小説による、その部分はやはり面白く、すっかり定説のようになってしまった。
ところで、タイトルも詳しい内容も忘れてしまったが、永井豪氏のギャグ漫画で、その部分を利用したものがあったが、私は、これが妙に印象に残っている。
その漫画では、武蔵も小次郎も、セクシーな若い女の子だった。
そして、待たされて怒った小次郎が、刀を抜いて鞘を捨てると、やはり、武蔵は「小次郎、敗れたり!」と言う。
一瞬、動揺を見せた小次郎だが、「だが、なぜだ?」と武蔵に問い返す。
すると、今度は、武蔵が、赤くなって、「それは、つまり…」と、しどろもどろになる。
永井豪氏は、もしかしたら、元々、小説の武蔵の言葉に疑問を感じていたのではないかと思う。「なぜ、鞘を捨てたからといって、小次郎が負ける理由になるのだ?」といった感じだろうか。
私は、武蔵のあの言葉は、武蔵が、「俺が勝つと決まった」という、思い込みを作りたかったのではないかと思っていた。
もし、その通りであれば、武蔵は、狙い通り、勝利の確信を高めることに成功したように思う。
吉川氏も、武蔵は小次郎の動揺を誘うと同時に、「俺が勝つんだ」という自己暗示をかけたという意味も持たせていたのではないだろうか?
しかし、永井氏の漫画のように、小次郎に言い返されたら、武蔵の意図は呆気なく崩れ去る。
吉川氏から見れば、永井氏の作品は反則である。
小説『宮本武蔵』の世界では、著者である吉川氏は神であり、全て、彼の決めた通りでないといけないからだ。
歴史と同様、小説にも、「もしも」は有り得ないのだ。
しかし、運命というものを正しく理解すれば、どんな物事もシンプルに理解できるようになる。
武蔵の『五輪書』に書かれてある通りなら、武蔵と小次郎の決闘は実際に行われ、武蔵が勝利したのだろう。
そうなることが2人の運命だったということだ。
仮に、武蔵と小次郎の間で、吉川氏の小説にあるような会話のやり取りがあったとしよう。
すると、武蔵が不意に思い付いて、「小次郎、敗れたり!」と叫んだのも、運命によって決められていたことだ。
武蔵とて、なぜそんなことを自分が言ったのかなんて分からない。後で、「小次郎を動揺させる作戦だ」と自分で思い込むかもしれないが、実際は、武蔵の意志に関係なく、彼の心に浮かんだに過ぎない。
また、実は、武蔵が船の上等で、事前に、「小次郎は、あの長い刀の鞘を、戦いに先立って捨てるのではないだろうか?もしそうなら…」と考えたのかもしれないが、たとえそうであったとしても、そんな想いが浮かぶのが武蔵の運命だったのであり、武蔵の期待通り、小次郎が鞘を捨てたのも運命であった。
そして、そう言われた小次郎が動揺したのも運命だったのだ。
小次郎が、永井氏の漫画のように、「なぜだ?」と聞き返さなかったり、何か機転の効いたことを言い返さなかった(「鞘の代わりはあるのだよ」等)のも運命だ。
その結果、小次郎は敗れる。それが、2人の間に神が定めた運命であったということだ。
そして、運命である限り、起こるはずの出来事は決して避けられない。
決闘というものでなくても、スポーツでも、広い範囲に大きな影響をもたらすものとなると、真相が隠されて見えないことがよくある。
例えば、サッカーの2006年ワールドカップ・ドイツ大会決勝(イタリアVSフランス)での、あのジダンの頭突きも、本当は何があったのかはっきりしない。
しかし、サッカーの国際大会というものは、スポーツと言うよりは代理戦争に近いと言った人があったが、当たらずといえども遠からずであるかもしれない。だから、このジダンの頭突きに限らず、いろいろ分からないことがあるものなのだろう。
だが、やはり、いかなる出来事であれ、運命についての認識が高まれば、これまで重大に思われたような疑問も、全て取るに足りないことになる。
日本史上に名高い決闘に、『昭和の巌流島の決闘』と呼ばれた、力道山対木村政彦の、プロレスリング日本ヘビー級王座決定戦があった。
1954年12月22日のことである。
超人的柔道家であった木村政彦の実力は恐るべきもので、力道山もそれはよく分かっていたが、力道山は木村の挑戦を避けることが出来なかったのだろう。
この試合に関しては、謎の部分が多く、そして、あれから60年近くも経った今でも、『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』という本が出版され、ベストセラーになるほど関心を持たれているものなのである。
信憑性のあるらしい説では、この試合は、事前に引き分けの約束が出来ていたのだが、なぜか力道山が裏切り、力動山は、木村の頭部に危険な張り手を連打し、木村は意識不明になってKOされたということだ。
これについては、木村自身、この通りであったということを、著書に書いており、また、テレビでも話しているかもしれない。しかし、力道山は一切を語らないまま死んだので、その話がもし本当だとしても、力道山がなぜ、引き分けの約束を反故にしたのかは分からない。
一説では、力動山は、試合中、木村の方が裏切ったと誤解し、木村の強さゆえに恐怖したか、あるいは、木村が裏切ったと誤解して激怒した力道山が、危険な技で木村をKOしたという話があるが、力道山自身がそう言った訳ではなく、あくまで推測だ。
だが、これも、こう理解すべきなのだ。
まず、2人の対決は、運命であり、どうあっても避けられなかった。
また、この試合で八百長が仕組まれ、2人がこれに同意することも運命だった。
だが、どんな理由にしろ、力道山が裏切って木村をKOしてしまうことも運命だった。
力動山が木村を裏切った理由は、何かあるのかもしれない。
それを、力道山は、その気になれば話せたかもしれない。しかし、そうだとしても、力道山は、「こういった理由で、やむなく木村を本気で叩きのめした」と自分で思い込んでいたというに過ぎないことを述べただけだろう。
これは、どういう意味だろうか?
それは、申し合わせを裏切ろうという想いが、力道山の意志に関係なく、ただ起こり、力道山はそれに逆らうことは決してできず、それを行ったということなのだ。
そもそも、2人が八百長に同意したことも、本当は彼らの意思とは何の関係もなかった。彼らは、「その時は、不本意ではあったが、やむなく同意したのだ」と思っているかもしれない。しかし、人の思考とは、その考えが勝手に起こった後で、自分でそう考えたと思い込む構造になっているのである。それが科学的事実である。
これら全てが、木村政彦や力道山が生まれる前から定められていた運命であり、それが起こることは決して避けられなかったのだ。
だが、八百長に同意した後で、木村が、「俺は武道家として、あんな約束をすべきでなかった」と後悔したとしたら、それは、彼の意志である。
釈迦の教えで説明すれば、「八百長に同意しよう」と思ったのは「第一の矢」と彼が言った瞬間的な想いで、「そんなことをすべきでなかった」と思うのが「第二の矢」という、時間の中で浮かび続ける想いである。
そして、聖人は、第二の矢を受けないのである。
聖人が八百長をしたとしても、彼は後悔しないし、罪悪感も持たない。
彼は、自分が八百長の行為者ではなく、八百長がただ起こっただけだということを知っているからだ。自分の身体や心は、単に八百長の道具であっただけである。
その結果、彼は、非難を受け、名誉を失う結果になるかもしれない。
それは、聖人とて苦痛であろう。しかし、聖人はその結果を受け入れる。心の苦しみは一時的である。なぜなら、時間の中で流れ続ける想いである「第二の矢」を聖人は受けないからだ。聖人の想いは、常に瞬間的なのだ。
釈迦は言った。「行為はあっても、行為者はいないのだ」と。
それが真理である。
この真理を受け容れることだけが、魂を重荷から解放するのである。
力道山も、木村政彦も、苦しむ必要はなかったのである。
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これを見た武蔵は、「小次郎、敗れたり!」と言い放つ。
小次郎は、何か言い返したと思うが(「何を妄言を!」とか)、武蔵は、「勝って引き上げる者が、なぜ鞘を捨てるのか」といったことを言ったらしい。
これはあくまで、小説の『宮本武蔵』の話で、作者の吉川英治氏の創作である。他にも、お通さんという有名なヒロインも、実際には存在していない。
小説における、上記の武蔵の言葉は、小次郎の動揺を誘って、勝負を有利に進めようという意図であったとしているのだろう。
私は、武蔵自身が書いた『五輪書』は読んだが、小説『宮本武蔵』は読んだことがない。
映画やテレビドラマはいくらか見たが、それらは小説に基づいており、ほぼ全て、上のような、武蔵と小次郎のやり取りがあるはずだ。
無論、『五輪書』には、そのようなことは書かれていない。単に、武蔵は、自分は小次郎と戦って勝ったと書いているだけである。
ただ、小説による、その部分はやはり面白く、すっかり定説のようになってしまった。
ところで、タイトルも詳しい内容も忘れてしまったが、永井豪氏のギャグ漫画で、その部分を利用したものがあったが、私は、これが妙に印象に残っている。
その漫画では、武蔵も小次郎も、セクシーな若い女の子だった。
そして、待たされて怒った小次郎が、刀を抜いて鞘を捨てると、やはり、武蔵は「小次郎、敗れたり!」と言う。
一瞬、動揺を見せた小次郎だが、「だが、なぜだ?」と武蔵に問い返す。
すると、今度は、武蔵が、赤くなって、「それは、つまり…」と、しどろもどろになる。
永井豪氏は、もしかしたら、元々、小説の武蔵の言葉に疑問を感じていたのではないかと思う。「なぜ、鞘を捨てたからといって、小次郎が負ける理由になるのだ?」といった感じだろうか。
私は、武蔵のあの言葉は、武蔵が、「俺が勝つと決まった」という、思い込みを作りたかったのではないかと思っていた。
もし、その通りであれば、武蔵は、狙い通り、勝利の確信を高めることに成功したように思う。
吉川氏も、武蔵は小次郎の動揺を誘うと同時に、「俺が勝つんだ」という自己暗示をかけたという意味も持たせていたのではないだろうか?
しかし、永井氏の漫画のように、小次郎に言い返されたら、武蔵の意図は呆気なく崩れ去る。
吉川氏から見れば、永井氏の作品は反則である。
小説『宮本武蔵』の世界では、著者である吉川氏は神であり、全て、彼の決めた通りでないといけないからだ。
歴史と同様、小説にも、「もしも」は有り得ないのだ。
しかし、運命というものを正しく理解すれば、どんな物事もシンプルに理解できるようになる。
武蔵の『五輪書』に書かれてある通りなら、武蔵と小次郎の決闘は実際に行われ、武蔵が勝利したのだろう。
そうなることが2人の運命だったということだ。
仮に、武蔵と小次郎の間で、吉川氏の小説にあるような会話のやり取りがあったとしよう。
すると、武蔵が不意に思い付いて、「小次郎、敗れたり!」と叫んだのも、運命によって決められていたことだ。
武蔵とて、なぜそんなことを自分が言ったのかなんて分からない。後で、「小次郎を動揺させる作戦だ」と自分で思い込むかもしれないが、実際は、武蔵の意志に関係なく、彼の心に浮かんだに過ぎない。
また、実は、武蔵が船の上等で、事前に、「小次郎は、あの長い刀の鞘を、戦いに先立って捨てるのではないだろうか?もしそうなら…」と考えたのかもしれないが、たとえそうであったとしても、そんな想いが浮かぶのが武蔵の運命だったのであり、武蔵の期待通り、小次郎が鞘を捨てたのも運命であった。
そして、そう言われた小次郎が動揺したのも運命だったのだ。
小次郎が、永井氏の漫画のように、「なぜだ?」と聞き返さなかったり、何か機転の効いたことを言い返さなかった(「鞘の代わりはあるのだよ」等)のも運命だ。
その結果、小次郎は敗れる。それが、2人の間に神が定めた運命であったということだ。
そして、運命である限り、起こるはずの出来事は決して避けられない。
決闘というものでなくても、スポーツでも、広い範囲に大きな影響をもたらすものとなると、真相が隠されて見えないことがよくある。
例えば、サッカーの2006年ワールドカップ・ドイツ大会決勝(イタリアVSフランス)での、あのジダンの頭突きも、本当は何があったのかはっきりしない。
しかし、サッカーの国際大会というものは、スポーツと言うよりは代理戦争に近いと言った人があったが、当たらずといえども遠からずであるかもしれない。だから、このジダンの頭突きに限らず、いろいろ分からないことがあるものなのだろう。
だが、やはり、いかなる出来事であれ、運命についての認識が高まれば、これまで重大に思われたような疑問も、全て取るに足りないことになる。
日本史上に名高い決闘に、『昭和の巌流島の決闘』と呼ばれた、力道山対木村政彦の、プロレスリング日本ヘビー級王座決定戦があった。
1954年12月22日のことである。
超人的柔道家であった木村政彦の実力は恐るべきもので、力道山もそれはよく分かっていたが、力道山は木村の挑戦を避けることが出来なかったのだろう。
この試合に関しては、謎の部分が多く、そして、あれから60年近くも経った今でも、『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』という本が出版され、ベストセラーになるほど関心を持たれているものなのである。
信憑性のあるらしい説では、この試合は、事前に引き分けの約束が出来ていたのだが、なぜか力道山が裏切り、力動山は、木村の頭部に危険な張り手を連打し、木村は意識不明になってKOされたということだ。
これについては、木村自身、この通りであったということを、著書に書いており、また、テレビでも話しているかもしれない。しかし、力道山は一切を語らないまま死んだので、その話がもし本当だとしても、力道山がなぜ、引き分けの約束を反故にしたのかは分からない。
一説では、力動山は、試合中、木村の方が裏切ったと誤解し、木村の強さゆえに恐怖したか、あるいは、木村が裏切ったと誤解して激怒した力道山が、危険な技で木村をKOしたという話があるが、力道山自身がそう言った訳ではなく、あくまで推測だ。
だが、これも、こう理解すべきなのだ。
まず、2人の対決は、運命であり、どうあっても避けられなかった。
また、この試合で八百長が仕組まれ、2人がこれに同意することも運命だった。
だが、どんな理由にしろ、力道山が裏切って木村をKOしてしまうことも運命だった。
力動山が木村を裏切った理由は、何かあるのかもしれない。
それを、力道山は、その気になれば話せたかもしれない。しかし、そうだとしても、力道山は、「こういった理由で、やむなく木村を本気で叩きのめした」と自分で思い込んでいたというに過ぎないことを述べただけだろう。
これは、どういう意味だろうか?
それは、申し合わせを裏切ろうという想いが、力道山の意志に関係なく、ただ起こり、力道山はそれに逆らうことは決してできず、それを行ったということなのだ。
そもそも、2人が八百長に同意したことも、本当は彼らの意思とは何の関係もなかった。彼らは、「その時は、不本意ではあったが、やむなく同意したのだ」と思っているかもしれない。しかし、人の思考とは、その考えが勝手に起こった後で、自分でそう考えたと思い込む構造になっているのである。それが科学的事実である。
これら全てが、木村政彦や力道山が生まれる前から定められていた運命であり、それが起こることは決して避けられなかったのだ。
だが、八百長に同意した後で、木村が、「俺は武道家として、あんな約束をすべきでなかった」と後悔したとしたら、それは、彼の意志である。
釈迦の教えで説明すれば、「八百長に同意しよう」と思ったのは「第一の矢」と彼が言った瞬間的な想いで、「そんなことをすべきでなかった」と思うのが「第二の矢」という、時間の中で浮かび続ける想いである。
そして、聖人は、第二の矢を受けないのである。
聖人が八百長をしたとしても、彼は後悔しないし、罪悪感も持たない。
彼は、自分が八百長の行為者ではなく、八百長がただ起こっただけだということを知っているからだ。自分の身体や心は、単に八百長の道具であっただけである。
その結果、彼は、非難を受け、名誉を失う結果になるかもしれない。
それは、聖人とて苦痛であろう。しかし、聖人はその結果を受け入れる。心の苦しみは一時的である。なぜなら、時間の中で流れ続ける想いである「第二の矢」を聖人は受けないからだ。聖人の想いは、常に瞬間的なのだ。
釈迦は言った。「行為はあっても、行為者はいないのだ」と。
それが真理である。
この真理を受け容れることだけが、魂を重荷から解放するのである。
力道山も、木村政彦も、苦しむ必要はなかったのである。
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