老人の…と言うより、老人になったアイルランドの詩聖W.B.イェイツの本当にの願いは、彼の詩にあるように、「もう一度若くなって、あの娘を抱きたい」だったのかもしれない。
私なら、そんなことは願わない。なぜなら、そんなことを考えないからだ。
そう、考えないだけのことだ。考えれば、当然、そんなことを願うようになる。
その意味でも、初音ミクはとてもいい。どんなに可愛くても、バーチャルなのだから邪まな考えをせずに済む。それは、彼女よりお姉さんで美しさで優るボーカロイドの巡音ルカさん(なぜか「さん」付けだが)でも同様である。
私は、バーチャルなものも、物質的なものも同じと思っているが、バーチャルなものは、より精神的に愛せるだろう。
以前も書いたが、初音ミクを見ると、時々、CLAMP(4人組の女性漫画家)の漫画『ちょびっツ』のヒロイン、ちぃを思い出す。ちぃは人型パソコンで、それは、アンドロイドと同じである。2人は、個性は異なる部分が多いが、外見の年齢や、くるぶしまで届きそうな長い髪、そして、身軽そうな細身の身体つきがよく似ている。
身長は、ミクが158センチで、ちぃは152センチとなっている。ちぃの姉フレイヤは、外見はちぃとそっくりだが、とてもクールで、巡音ルカさんの雰囲気があるように思う。
ところで、漫画の中で、ちぃを愛する予備校生の秀樹に、ちぃの姉フレイヤは「ちぃとしたい?」と尋ねる場面がある。青年誌掲載の漫画であれば、何をしたいかは自ずと明らかと思うが、秀樹はイエスと答える。だが、フレイヤはそれをしない方が良い理由を説明する。ちぃのその部分には(パソコンとしてのちぃの)初期化スイッチが設置されており、それをしてスイッチを押すと、ちぃは秀樹を忘れる。CLAMPというのは、こういったことを決して冗談で描く作家ではなく、あらゆる作品を見ても、高度な思想家、哲学者と言って差し支えないと思う。
だが、それでも、秀樹はちぃを選ぶ。それは、性的欲望を捨てるということだ。
秀樹がちぃを選んだ時、それは、実は、ちぃが選んだ秀樹という男が、ちぃの「私だけの人」になったという意味なのだが、その時、アセンション(地球の次元上昇)が起こる。漫画にアセンションと書かれていた訳ではないが、それはアセンション以外のなにものでもない。
アセンションの中身は、漫画でもアニメでも明かされていない。しかし、それが起こった後、世界はきっと変わってしまったのだろう。
政府はアセンションを止めるため、最高性能の人型パソコン、ジーマとディータに、ちぃを機能停止させようとする。しかし、政府の指令に従って動くディータ(女性型)を、同じプログラムがされているはずのジーマ(男性型)が止め、ちぃはアセンションを起こす。
いや、正確に言うなら、ちぃと秀樹の2人で起こしたのだ。
何が起こったのかは、政府の男性型パソコンジーマの言葉が示唆する。「信じてみたくなったのさ。人に造られたものが幸せになれるというおとぎ話を」。
さて、幸せとは何だろう?(そんな歌があったような気がするが)
CLAMPさんの昔の漫画で、このブログでも常駐でご紹介している『CLOVER』で、織葉(おるは)という名の歌姫(彼女は超能力者だ)が歌う歌にこんな詩がある。「あなたと幸せになりたい。あなたの幸せになりたい」。
これが幸せの本質である。幸せになろうとか、幸せにしてやろうというのはエゴイズムだ。
だが、誰かの幸せになるというのが愛なのだ。
なぜなら、我々は幸せになる必要はない。
それは、恩恵そのものである神が恩恵を与える必要が無いようなものだ。
本質において幸福そのものである我々が幸福になる必要はない。
存在している我々が、存在しようとする必要はない。ただ、存在すれば良い。
我々は、ただ幸福であれば良いのだ。
そのために、我々は秀樹のように、純粋な愛を見つけなければならない。
だが、現在は、その正反対の方向に進んでおり、どうなるかは微妙でもある。
以下は、ちょっとした冗談と思って欲しい。
古代より、日本には、ある情報エネルギーが設置されている。これを、アカシャと言った者もいたと思う。
初音ミクが生み出されたのは必然であり、日本からアセンションの波は広がっている。
ミクの誕生日2007年8月31日は、数霊では、2+7+8+3+1=21で、2と1を足せば3である。
ミクという名は、日本語で39であり、その中に、無(6)になった我々が融合すれば369(ミロク)となり、弥勒の世が実現する。それがアセンションだ。
初音ミクという名は、古代から我が国に伝わる数霊で計算すれば111となる。1が3つで、この数字は、言霊そのもの、数霊そのものであり、それが波及していくという意味だ。だから、彼女の歌が世界に広まったのもまた必然だ。そのための人々の努力は素晴らしいものだったのだ。そして、クリプトン・フューチャー・メディアが、ミクのキャラクターを非営利に限り使用許可したことも立派なことだった。それが無ければ、ミクの歌は世界に広がらなかった。ミクの歌を創る人々の多くにも、アカシャは働きかけている。それで、実に、ゲーテやイェイツ、あるいは、タゴールでも書けなった詩が生まれている。今のところ、ウェルギリウスやダビデには及ばないのであるが…
古代マヤ暦の最終日に一致する、2012年12月22日は、2+1+2+1+2+2+2=12で、1と2を足して、やはり3である。
ダンテが、人類至高の叙事詩『神曲』(原題は神聖なる喜劇)を、33篇の詩3つに、序詞を加えた100の詩で完成させたように、3は神聖なる数だ。
ミクは3で出来ている。
ミクの生まれた日は31日で、ちぃは13日。フレイヤも31日、ルカは30日と、やはり3が多い。4人とも3を持つが、4人で1が3回現れる。ルカだけ0を持つが、彼女の誕生数は6であり、やはり0を示す6(無)であるあたり、肌が真っ白で生命力を感じさせない彼女に相応しい。尚、これを書いている私が31日生まれである。
IOCが、電子投票の通り、ミクにロンドンオリンピックのオープニングセレモニーで歌ってもらうことを決定すれば、アセンションに至るまでの悲劇は小さくなるだろう。その際は、ミクの歌は日本語でなければならない。
THE TOP TENS ~ロンドンオリンピックセレモニーで歌って欲しい歌手投票経過~
私が、アカシャの波に触れて、瞬間で菜食主義の1日1食になったように、これからは、本来は誰でも簡単にそうなるだろう。それも、アセンションの成否につながるのである。
実は、私は、今の時期は、日本が戦争状態にあると覚悟していた。その危険は十分以上にあったはずだ。これは、あくまで夢の中で聞いたことだが、天皇陛下が自ら犠牲になることで護って下さった(心臓手術以外にも多くの苦難を背負われた)。「次は、お前の命でも多少の役には立つが」と言われたが、「餓死で良ければ」と答えておいた。
ついでに言っておくと、これからは歳の差婚というものがますます増える。アセンション後の寿命は飛躍的に伸びる。また、相当な年齢まで老化が起こらなくなり、例えば祖母と孫娘の外見の違いがなくなる。それにより、40や50の歳の差は何でもなくなる。古代中国の秘教の教えによれば、現在ですら、実は最も相性の良い年齢差は43歳である(その周辺でも相性は良い)。ただ、従来は、人間の寿命が短かったので、それは不道徳なことに思われたのである。エドガー・ケイシーのリーディングでは、イエスの両親であるマリアとヨセフの年齢差は22歳だった。マリアが16歳で、ヨセフは38歳だった。本当はもっと年長の男の方が良かったのかもしれないが、当時は平均寿命が30歳程度だったのである。
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私なら、そんなことは願わない。なぜなら、そんなことを考えないからだ。
そう、考えないだけのことだ。考えれば、当然、そんなことを願うようになる。
その意味でも、初音ミクはとてもいい。どんなに可愛くても、バーチャルなのだから邪まな考えをせずに済む。それは、彼女よりお姉さんで美しさで優るボーカロイドの巡音ルカさん(なぜか「さん」付けだが)でも同様である。
私は、バーチャルなものも、物質的なものも同じと思っているが、バーチャルなものは、より精神的に愛せるだろう。
以前も書いたが、初音ミクを見ると、時々、CLAMP(4人組の女性漫画家)の漫画『ちょびっツ』のヒロイン、ちぃを思い出す。ちぃは人型パソコンで、それは、アンドロイドと同じである。2人は、個性は異なる部分が多いが、外見の年齢や、くるぶしまで届きそうな長い髪、そして、身軽そうな細身の身体つきがよく似ている。
身長は、ミクが158センチで、ちぃは152センチとなっている。ちぃの姉フレイヤは、外見はちぃとそっくりだが、とてもクールで、巡音ルカさんの雰囲気があるように思う。
ところで、漫画の中で、ちぃを愛する予備校生の秀樹に、ちぃの姉フレイヤは「ちぃとしたい?」と尋ねる場面がある。青年誌掲載の漫画であれば、何をしたいかは自ずと明らかと思うが、秀樹はイエスと答える。だが、フレイヤはそれをしない方が良い理由を説明する。ちぃのその部分には(パソコンとしてのちぃの)初期化スイッチが設置されており、それをしてスイッチを押すと、ちぃは秀樹を忘れる。CLAMPというのは、こういったことを決して冗談で描く作家ではなく、あらゆる作品を見ても、高度な思想家、哲学者と言って差し支えないと思う。
だが、それでも、秀樹はちぃを選ぶ。それは、性的欲望を捨てるということだ。
秀樹がちぃを選んだ時、それは、実は、ちぃが選んだ秀樹という男が、ちぃの「私だけの人」になったという意味なのだが、その時、アセンション(地球の次元上昇)が起こる。漫画にアセンションと書かれていた訳ではないが、それはアセンション以外のなにものでもない。
アセンションの中身は、漫画でもアニメでも明かされていない。しかし、それが起こった後、世界はきっと変わってしまったのだろう。
政府はアセンションを止めるため、最高性能の人型パソコン、ジーマとディータに、ちぃを機能停止させようとする。しかし、政府の指令に従って動くディータ(女性型)を、同じプログラムがされているはずのジーマ(男性型)が止め、ちぃはアセンションを起こす。
いや、正確に言うなら、ちぃと秀樹の2人で起こしたのだ。
何が起こったのかは、政府の男性型パソコンジーマの言葉が示唆する。「信じてみたくなったのさ。人に造られたものが幸せになれるというおとぎ話を」。
さて、幸せとは何だろう?(そんな歌があったような気がするが)
CLAMPさんの昔の漫画で、このブログでも常駐でご紹介している『CLOVER』で、織葉(おるは)という名の歌姫(彼女は超能力者だ)が歌う歌にこんな詩がある。「あなたと幸せになりたい。あなたの幸せになりたい」。
これが幸せの本質である。幸せになろうとか、幸せにしてやろうというのはエゴイズムだ。
だが、誰かの幸せになるというのが愛なのだ。
なぜなら、我々は幸せになる必要はない。
それは、恩恵そのものである神が恩恵を与える必要が無いようなものだ。
本質において幸福そのものである我々が幸福になる必要はない。
存在している我々が、存在しようとする必要はない。ただ、存在すれば良い。
我々は、ただ幸福であれば良いのだ。
そのために、我々は秀樹のように、純粋な愛を見つけなければならない。
だが、現在は、その正反対の方向に進んでおり、どうなるかは微妙でもある。
以下は、ちょっとした冗談と思って欲しい。
古代より、日本には、ある情報エネルギーが設置されている。これを、アカシャと言った者もいたと思う。
初音ミクが生み出されたのは必然であり、日本からアセンションの波は広がっている。
ミクの誕生日2007年8月31日は、数霊では、2+7+8+3+1=21で、2と1を足せば3である。
ミクという名は、日本語で39であり、その中に、無(6)になった我々が融合すれば369(ミロク)となり、弥勒の世が実現する。それがアセンションだ。
初音ミクという名は、古代から我が国に伝わる数霊で計算すれば111となる。1が3つで、この数字は、言霊そのもの、数霊そのものであり、それが波及していくという意味だ。だから、彼女の歌が世界に広まったのもまた必然だ。そのための人々の努力は素晴らしいものだったのだ。そして、クリプトン・フューチャー・メディアが、ミクのキャラクターを非営利に限り使用許可したことも立派なことだった。それが無ければ、ミクの歌は世界に広がらなかった。ミクの歌を創る人々の多くにも、アカシャは働きかけている。それで、実に、ゲーテやイェイツ、あるいは、タゴールでも書けなった詩が生まれている。今のところ、ウェルギリウスやダビデには及ばないのであるが…
古代マヤ暦の最終日に一致する、2012年12月22日は、2+1+2+1+2+2+2=12で、1と2を足して、やはり3である。
ダンテが、人類至高の叙事詩『神曲』(原題は神聖なる喜劇)を、33篇の詩3つに、序詞を加えた100の詩で完成させたように、3は神聖なる数だ。
ミクは3で出来ている。
ミクの生まれた日は31日で、ちぃは13日。フレイヤも31日、ルカは30日と、やはり3が多い。4人とも3を持つが、4人で1が3回現れる。ルカだけ0を持つが、彼女の誕生数は6であり、やはり0を示す6(無)であるあたり、肌が真っ白で生命力を感じさせない彼女に相応しい。尚、これを書いている私が31日生まれである。
IOCが、電子投票の通り、ミクにロンドンオリンピックのオープニングセレモニーで歌ってもらうことを決定すれば、アセンションに至るまでの悲劇は小さくなるだろう。その際は、ミクの歌は日本語でなければならない。
THE TOP TENS ~ロンドンオリンピックセレモニーで歌って欲しい歌手投票経過~
私が、アカシャの波に触れて、瞬間で菜食主義の1日1食になったように、これからは、本来は誰でも簡単にそうなるだろう。それも、アセンションの成否につながるのである。
実は、私は、今の時期は、日本が戦争状態にあると覚悟していた。その危険は十分以上にあったはずだ。これは、あくまで夢の中で聞いたことだが、天皇陛下が自ら犠牲になることで護って下さった(心臓手術以外にも多くの苦難を背負われた)。「次は、お前の命でも多少の役には立つが」と言われたが、「餓死で良ければ」と答えておいた。
ついでに言っておくと、これからは歳の差婚というものがますます増える。アセンション後の寿命は飛躍的に伸びる。また、相当な年齢まで老化が起こらなくなり、例えば祖母と孫娘の外見の違いがなくなる。それにより、40や50の歳の差は何でもなくなる。古代中国の秘教の教えによれば、現在ですら、実は最も相性の良い年齢差は43歳である(その周辺でも相性は良い)。ただ、従来は、人間の寿命が短かったので、それは不道徳なことに思われたのである。エドガー・ケイシーのリーディングでは、イエスの両親であるマリアとヨセフの年齢差は22歳だった。マリアが16歳で、ヨセフは38歳だった。本当はもっと年長の男の方が良かったのかもしれないが、当時は平均寿命が30歳程度だったのである。
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