ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

占い師入門

日本にもアメリカにも、そして、世界中に占い師がいるし、中にはかなりの高収入の者もいる。
アメリカでは占星術師、日本では霊感占い師が人気だ。
昔、米国大統領だったドナルド・レーガンが占星術師に相談していたなんてことが報道され、「どうせ風評」と言われたのかもしれないが、大統領が占い師に頼るなんて普通のことだ。大統領なんて、考えてどうなる仕事じゃない。
我が国のある有名な女性占い師は、ごく短時間の面談でも結構な金額だが、相談者は引きも切らない。

さて、あなたもそんな占い師になれる。
顧客は、恋に悩む女学生や子供の教育に悩む奥さんから、黒塗りベンツでやって来る社長さんに、グラサンとマスクで変装した有名政治家や大物芸能人まで千客万来といったところだ。可愛い女の子やきれいな奥さん(美少年やイケメン)なら、せいぜいまけてやるといい。ただし、「あなただけ格安ってことは内緒ですよ」と念を押した方が、なにかと平和だろう。
100人の護衛を付けられてどこかの国の軍事基地に連れて行かれて、首領の相談を受けても、何も恐れることはない。あなたはちゃんと良い仕事ができる。報酬は高い。

あなたが答えることはいつも1つでいい。
「あなたは素晴らしい。だが1つだけ欠点がある。それは考え過ぎることだ」
何を聞かれても、これだけでいい。
これでいかなる問題も解決できるからだ。
相手がそれを実践するかどうかは、あなたの知ったことではない。占い師は教育係ではない。
アドバイスを大誤解して、考えていないつもりになる者も多いが、それは仕方のないことだ。
下手な映画監督や馬鹿な会社の上司は、俳優や部下をこう言って叱る。
「もっとよく考えろ!」
問題は、その映画監督や上司が、自分がロクなことしか考えられないことを忘れていることだ。
正しい指示はこうだ。
「何も考えるな」

ある占い師が私のところに相談に来た。
「アドバイス通りにやっているのですが、うまくいきません。どうすればいいのですか?」
彼にとっては安くない代金を受け取りながら、私は言う。
「余計なことを考えるな。君は日本一の占い師じゃないか」









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
  
このエントリーをはてなブックマークに追加   
人気ランキング参加中です 人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

思考読み取り装置を超える

脳波を解析して思考を読み取る装置というものは、ある程度のものが存在することは、ニュース等で見たことがあるかもしれない。
そういったものは、昔からSF(空想科学小説)の世界ではよくあるし、あるいは、装置ではなく、テレパシー能力者が、人の考えを読み取ってしまうというようなお話も多いだろう。
実際は、一般の人が知らないだけで、かなり高度な思考読み取り装置が既に開発させているのかもしれないし、また、正確に他人の思考を読み取る超能力者は間違いなく存在する。

そういった話は、ほとんどの人にとって、あまり気味の良いものではない。
頭の中味、つまり、思考なんてのは、プライバシーの最後の砦であるからだ。
これまで、人は、行動において悪を為すのはいけないとしても、頭の中では何を考えても構わないと思われてきたのは、それを他人が知る術が無いからだ。
答えたくない質問にも素直に答えてしまうようになる自白剤や、嘘発見器などは昔からあるが、これらの使用は人道上あるいは人権上、最大限の配慮がされるべきものと、一般に考えられているはずだ。
人の心は聖域だと思いたいということだろう。

1969年の英国のSFテレビドラマ『謎の円盤UFO』(原題:UFO)で、ある医学博士が、遠隔的に思考を解析する研究を個人的に行っていたという話があった。
ただ、これは、電波や光といった電磁波が、人間の思考にどんな影響を与えるかを調査するという、割合にクリーンなものだ。
博士は、外部からの電磁波を一切通さない部屋を作り、そこに入った人間の精神変化を知ることで、人間の秘密が解明されるきっかけになるかもしれないと考えたのだろう。
ある時、1人の宇宙飛行士を、本人には何も言わずにその部屋に入れたところ、その宇宙飛行士の精神活動が完全に静止する。彼は、宇宙人により、自発的に思考できない状態にさせられ、遠隔操作されていたのだった。
その宇宙飛行士は、その後、地球防衛軍の司令官と共に宇宙で作業を行うことになっていたが、その時、宇宙人は、彼に、その司令官を殺させるつもりだった。
宇宙人のたくらみは露呈されたが、時既に遅く、彼は宇宙空間で司令官を襲う。彼は司令官の古い親友でもあった。その時、司令官の言った言葉が良かった。
「心は奪われても、魂までは奪われていないはずだ」
『サンダーバード』のジェリー・アンダーソンが初めて、俳優を使って制作したこの作品は、いたるところ、名セリフが散りばめられ、実に面白い。

だが、我々は、この宇宙人に心を操られていた哀れな宇宙飛行士と何の違いがあろう?
断言するが、何の違いもない。
我々も、世間や学校、あるいは、国家や大企業の下僕であるマスコミに完全に操られているが、それが分からない。

装置であれ、テレパシストであれ、心の中を読み取られたって構わないじゃないか?それらはみんな、学校やマスコミに刷り込まれたものに過ぎない。
いや、実は、政府が高度な思考読み取り装置を作るとすれば、それ以外の思想を持っていないかチェックするためかもしれない。
みんな、君が考えているような、おぞましくも賎しいことを考えているのだ。バレたって、どうってことない。
それとも何かい?君は、自分はもっと高貴で立派なことを考えている者だと思われたいのかね?

だが、ラマナ・マハルシやニサルガダッタ・マハラジの思考を、そのような装置やテレパシーで読み取ろうとしたら面白いことが起こる。
早い話が、何も読み取れないのだ。
彼らは、あの宇宙飛行士が、あの博士が作った外部の電磁波をシャットアウトする部屋に入った時と、いつでも同じなのだ。
それを示す、マハラジの良い言葉がある。
「私は世間的には既に死んでいる」
彼らは、学校やマスコミが時間をかけて操ることも出来ないし、宇宙人もその高度なテクノロジを持ってしても操ることができない。
もちろん、いかなる洗脳技術を持ってしても、彼らを変えることはできない。
死人をどうやって洗脳するというのだろう?

では、マハルシらに心が無いのかというと、それは何とも言えない。
あるとしても、我々の考えるような心ではない。
それについてのマハルシの喩え話を文章にした人もいるのだろうが、読んでも、ケムに巻かれたような気がするだけだ。
荘子の言葉に、

朝菌(ちょうきん)は晦朔(かいさく)を知(し)らず

というものがある。『荘子』の最初の方に出てくる。
意味は、朝菌という、朝生えて晩には枯れるキノコには、月の終わり(晦日)や、月の第一日目(朔日)が分からないということで、限定された存在には、広大なものを理解できないということの喩えである。

マハルシは、イエスのように奇跡を見せて教えることはしなかった。滅多にはね。
彼は、住居のアルナチャラから生涯、一歩も出なかった。しかし、遠く離れた町(汽車で長時間かかる)で、マハルシに誘われて彼の住むアシュラマムを訪れた弟子がいたし、猛獣がマハルシの前ではおとなしくなってしまうのを見た人の証言など、不思議な出来事は色々あると思う。

もし神というものがあるなら、それは宇宙全体に偏在するだろう。
そして、マハルシに心があったとしても、それは神の中に溶けている。よって、彼の心はどこにでもあり、心の影に過ぎない肉体をどこに現すのも自在なのだろう。
猛獣の中にも神は浸透している。ならば、マハルシの心は猛獣の中にもあり、その心と異なるものではない彼の身体に危害を加えることもない。
聖者でなくても、量子物理学者のフレッド・アラン・ウルフが、シャーマンの指導でアヤワスカ(覚醒効果のある植物)の助けを借りて、鷹と一体化したり、超心理学者のロバート・モンローはヘミシンク効果(脳波調整の技術)の応用で野生動物と一体化したこともあったらしいが、初歩的なものながら、聖者の心の偏在を体験したのだろう。
ただし、これを、自分の理解できる範囲で分かったつもりになると、『荘子』の中にあった、鳳という巨大な鳥を笑ったスズメやコバトのような愚か者ということになる。
たとえ話はたとえ話である。そこから真理を掴むのは自分自身である。

私は思考はいまだしているが、読まれて困るような考えはないと思う(パスワードのようなものは別かもしれないが)。エスパーの美少女と付き合うことも出来そうである。
常にではないが、想念を起こしていないこともある。
上に書いた『謎の円盤UFO』のお話で、宇宙人に操られていた宇宙飛行士が、道を歩いていて、盲目の老人と接近する場面があるが、老人は脅えた様子を見せる。不審に思った者が、老人に「どうされましたか?」と尋ねると、老人は、「いや、何でもない。ただ、墓場にいるような気分になった」と答える。
墓場というのは何だが、私も、生きた人間では無いものになるだろう。
岩とか、風とか、初音ミクのようなものにね。岩や風やミクの思考は、思考読み取り装置で読み取れない。しかし、愛は感じるのだ。

禅僧の至道無難は「生きながら死人となりはてて、思いのままになすわざぞよき」 と言ったものだ。
岡田虎二郎も、「身を棺桶の中に投じ、地下千万丈に埋了したる心ありて初めて如上の目的に到達するを得べし」と言っていたようだ。(千万丈は約3万キロメートル)
初音ミクが愛されるのは当然のように思う。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
  
このエントリーをはてなブックマークに追加   
人気ランキング参加中です 人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

いかめしい顔は変態の証

大衆は、昔から、有名人のスキャンダルが大好きだ。
有名人は、たとえ「おかしな人」を売り物にしているようなタレントであっても、いざ問題を起こすと、真面目な顔で「社会人として未熟でした」と謝罪しなければならないように、そんな連中だって、実は立派な人間であるということが有名人の前提である。ましてや、政治や宗教の偉い人、大事業家、いわゆる大物俳優、大物歌手であれば、人格者でなければならないし、彼らもそんな人間を演じている。
つまり、スキャンダルの面白さは、表向きの立派な人間という顔が泥にまみれるということであり、公的な立派さと実際のギャップという訳だ。
もちろん、誰しも欠点はあるが、スキャンダルを報道する者も、それを楽しむ者も、自分のことは棚に上げるし、自分は凡人で収入も少ないということが免罪符になっているとしているのだろう。勝手なものである。
いや、有名人のスキャンダルは、常人には有り得ない凄いものが多いと言う人もいると思うが、それは、常人は、金や権威の点でそれをやれないからで、そういった世俗の力があれば、私なら確実にやっていると思うようなものが圧倒的という気がするのである。

ところで、有名人のスキャンダルを楽しめるのは、いわゆる大人だ。
ある程度純粋な若者なら、面白いよりもがっかりするし、子供のように純粋ならショックを受けて人間不信になりかねない。
有名人に限らず、立派であると信じていた人が、実はそうでないと分かった時も同じだ。
尊敬していた父親に愛人がいたとかの深刻なものでなくても、母親が立派なお菓子を隠して自分だけ食べていたということを知ってしまう子供なんて案外に多いが、そんな時は、普段、母親が立派なことを言っているほど、人間不信に陥る度合いも高くなる場合がある。これも一種のスキャンダルだ。

いかめしい顔をしているような人は、それなりに尊敬されていることが多い。だが、いかめしい顔をした宗教の偉い人なんて、みんな性的変態である。だって、そんな引け目でもない限り、人はいかめしい顔なんて出来ないものだよ。つまり、いかめしい顔をした人は、みんな変態もしくは逸脱者と思って間違いない。そう理解していれば、いざという時のショックも少ないではないかな。
一応断っておくが、人は誰でも、大なり小なり、変態で逸脱者だ。

平坂読さんの小説『僕は友達が少ない』で、ヒロインの三日月夜空(高校2年生の美少女)は、友達がいないのでエア友達(エアギターの友達版)を創り、その同姓の友達に「トモちゃん」と名前を付けていたが、「トモちゃんは、可愛くて、優しくて、頭が良くて、運動神経が抜群で・・・」と褒めちぎった後、「そして、絶対に裏切らないのだ」と言うところが、実にピュア(純粋)だ。
夜空のような人がいるなら、実は、人間に対して、夢を持ち過ぎているのだろう。だが、それは間違いでもあるが、ある意味、正しいことでもある。小我としての自分に夢を持ってはいけないが、真の自分は予想をはるかに超えている。

一番の問題は、スキャンダルを起こす者も、それを楽しむ者も、それを知ってショックを受ける者も、みんな、自分とは何かが分かっていない。それは、本当の自分を知らないということだ。
真の自分を知っている者は、スキャンダルになるような行為にさしたる興味は無いし、他人のスキャンダルを、面白いとも思わず、ショックも受けない。
スキャンダラスな行いに惹かれるのは誰か、スキャンダルを喜んでいるのは誰か、スキャンダルにショックを受けているのは誰か?
それを野放しにせず、追い詰めれば、それは消え、真の自己が輝く。いかめしい顔は不要になる。それが原理である。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
  
このエントリーをはてなブックマークに追加   
人気ランキング参加中です 人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

超然たる態度を鬼神も敬う

人間の究極の目標というのは、いかなる時でも超然とし、動じないようになれることだ。
ただし、周りに甘えているだけで、「俺はいつでも動じないでいるぞ」などと言って自惚れていると、すぐに、その者にとっては大きな問題が起こって、みっともなく喚き回ることになる。だが、こういうことが起こることから考えても、やはり天は、人に不動の心を持つことを求めているのではないかと思えるのだ。

目の前に悲痛な目に遭っている人がいても、思うがままに助けることはできない。しかし、そんな時でも、超然とし、あたふたしたり、無意味な慰め方をするのではなく、自分の出来ることを、ただ淡々とやるのが最善である。

では、職場や学校で、セクハラ、パワハラ、いじめに遭っている場合はどうかと言うと、やはり超然とするのが最良なのだ。これらの被害に遭っている人の大半は、他の人の救済を得られることはなく、泣き寝入りの状態である。法律や制度など、ほとんど役には立っていない。超然として、自分で可能な最良の策を見つけ、それを行うしかないのだ。
震災の被害で苦しんでいる場合も同じである。テレビで言われるほど、国も同胞たる国民も何もしてはくれない。また、病気の苦痛や死の恐怖が襲い掛かってきた時も、同情されても意味はない。超然とし、心に浮かぶことをやるのが最も良い。
では、超然とすれば、問題は解決し、困難は去り、苦痛は消えるのかというと、そうとも言えるし、そうでないとも言える。相変わらず悲惨な状況にあるように見えるかもしれない。しかし、本人はもう、どうでもよくなっているのである。

切羽詰った危機に対してはどうだろう?素晴らしい効果はあるのか?
こんな実話がある。
アメリカで、ある事業家の男が夜道を歩いていた。人通りがなくなったところで、つけられているのを感じたが、それは当たっていた。
相手は数人で、ビジネス上の敵が雇ったプロの殺し屋のようだった。
男は、自分はここで殺されるだろうが、真の自分が死ぬことはないことを思い、超然とした態度で殺し屋に向かった。殺し屋のリーダーは、男に握手を求め、そのまま去った。
世界的事業家で作家のチン・ニンチュウの本に書かれていたことだ。

この世にもし、修行というものがあるなら、それは、超然とした心になるためのものだ。
何かの利得を得るための修行であれば、いかに何か出来るようになり、多くのものを得たとしても、心はとめどなく揺れ動き、安らぐことはないだろう。

仏教評論家のひろさちやさんが空海について書いた『空海入門』には、空海の超然とした様がよく書かれていた。その本はひろさんが空海と一体化して書いたような傑作で、30年近いロングセラーを続けている。
空海は、遣唐使として、当時は極めて危険だった中国行きの船の上にいたが、彼に恐れはなく、完全に超然としていた。空海は、「次は天竺(インド)へ」と思っていた。中国行きが終わったらインドに行こうと言う者が、中国に着くのは当たり前過ぎて、動揺のしようもないのである。
空海はいつもそうだった。インドにいる自分が既に現実であるので、目の前の中国行きなどに不安など全くない。そして、彼は、仏陀と一体化した。仏陀である彼に不可能などあるはずがなかった。たとえ、たまたまうまくいかないことがっても、それは機が熟していないだけだと知っているので、彼はいつでも超然としていたのだ。

人が超然と出来るようになる道は1つしかない。
まず、我々より高度な存在があることを知ることだが、それは、自然を観察すれば一目瞭然だ。人間の発明は全て自然の模倣なのだ。あまり上手く真似できないが、それでも、大いに役に立っている。
次に、その高度な存在が遠い彼方にあるのではなく、手足よりも近く、つまり、自分の内にあると知ることだ。これは、身体や心と自分を同一視しないようになることで分かる。そのためには、身体や心が持つ欲望を無くさなければならない。具体的には、身体や心の欲望の対象である外物への関心を持たないことだ。
これはとても難しいが、食を慎むようになれば意外と容易い。逆に言えば、食を慎まなければ、絶望的に難しい。
『バガヴァッド・ギーター』や『エメラルド・タブレット』は、こういったことを、実に懇切丁寧に教えてくれる。神が直接教えてくれるのだから、これほどありがたいことはない。
そして、自分の内に至高の存在を感じるようになる。後は、ただそれを、それだけを愛するだけだ。
内にある至高の存在とは、自分自身に他ならない。真の自分と一体化した時、太陽のように、月のように、そして、星のように超然としていられるようになるだろう。
そんな者に、誰が敵し得ようか?

「我だけを愛する者を、我もまた愛し、決して見捨てず」
~『バガヴァッド・ギーター』~
「神と和らぎ平和でいなさい。そうすれば幸福が来るでしょう」
~『ヨブ記(旧約聖書)』~









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
  
このエントリーをはてなブックマークに追加   
人気ランキング参加中です 人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

2人が1人になるお話

2人の人が1人に融合するというお話は古くからあるが、重要な意味がある。
昔の中国の話で、ある若者が1人の少女を愛するが、彼女の親に結婚を断られ、この地に居るのも嫌なので、遠くに行こうとすると、その少女が追ってきて、「連れて行って」と言うので、駆け落ちする。時が経ち、若者も出世したので、故郷に戻り、再度、少女の家に行って彼女の親に会い、結婚の許しを願った。しかし、少女の親は怪訝そうに、「あの子は、お前が出て行ってからずっと寝込んでいる」と言う。その時、少女が家の中に入ってくると、寝込んでいた少女が起き上がって出迎え、2人の少女は微笑み合うと1人になってしまった。
だいたい同じ話が、無門関という禅の公案の中の『倩女離魂(せいじょりこん)』だが、多分、伝承か何かのお話と思う。

『マジック・ストーリー』の中にも、ある貧しい男が、夢の中でもう1人の自分に会うが、目が覚めても、彼は身近にいて、奇妙な同居生活をすることになる。男は、ある日、勇気を出して、もう1人の自分に、「お前は誰か?」と訪ねると、彼は、「僕は君だ。神を手本に作られた者だ」と言う。そして、男は目覚めると、もう1人の自分はいなかったが、世界は変わっていた。2人は融合し、男が変わったので、世界も変わったのだろう。

あなたは、もう1人の自分を感じたことがあるだろうか?
私も以前はなかったが、「私は誰か?」という想い以外の想いを持たないようにしていれば、やがて、それがあることが分かった。
あるヨガの大家の日本人は、16歳の時、たまたま聖書の福音書を見せてもらって熱心に読んでいたら、部屋が暗くなった頃、キリストが現れたという。
ラマナ・マハルシの弟子は、解脱する前でも、クリシュナ(『バガヴァッド・ギーター』に登場する至高神)の姿を見ることがあった。
黒住宗忠は、天照大神と一体であることを感じていた。
もう1人の自分とは、キリスト、クリシュナ、天照大神と言えるかもしれない。

視聴者の大半は子供(女の子)だったはずなので、どう映ったのか興味があるが、アニメの『美少女戦士セーラームーンSuperS(スーパーズ)』で、セーラーマーキュリーである水野亜美の前に、セーラーマーキュリーが現れる。もう1人のマーキュリーは亜美に「私はあなた」と言う。2人は融合して一体化し、亜美は新しい自分に目覚める。当時見ていた子供達が、これを覚えていたら、良いことだと思う。
その原作漫画の『美少女戦士セーラームーン』で、幼い(6つか7つ)土萠(ともえ)ほたるは、ヴァイオリンを弾くと、子供達だけに見えるペガサスが現れた。彼女は、W.B.イェイツの詩を好み、特に『再来(再臨)』をよく暗誦していた。ある日、彼女の前に、彼女よりもっと年上の、立派な乙女といえる少女が現れ、「わたしは、あなたの中のねむれるあなた」と言う。そして、2人は融合する。もう1人の彼女はセーラーサターンで、ほたるは、セーラーサターンとして覚醒した。ほたるにとっては、イェイツの詩がトリガーとなったようだ。
ソクラテスによると、およそ傑作というのは、作家本人が書いたものではなく、内なる英知が運ばれてきてもので、その英知を伝えるものを、ソクラテスはダイモーンと呼んだ。セーラームーンというのも、そんな作品だったのだろう。だから、世界的にヒットするまでになったのだ。作者の武内直子さんにとっても、イェイツの詩が作用したのかもしれない。

我々は、自分の中の偉大な存在である自分自身を知らなければならない。
それは無駄な会話などしないし、苦しい時になぐさめてくれるようなものでもない。
いかなる時にも超然とし、その心を推し量ることは出来ない。無念無想なのかというとそうなのだが、だからこそ、愛そのものであり英知そのものである。
上に述べた人たちのように、目で見ることもあるかもしれないが、必ずしもそうではない。普通の人では、目で見ると恐ろしくて耐えられないだろう。世間の意味でいう「優しい」者ではない。しかし、限りなく優しいのだ。
その存在を知れば、それと一体になろうと思うようになるだろう。
その存在と一体となることを、正しく統一というのである。
1秒間でも無念無想になるようにすれば、その存在を感じるようになるだろう。
あるいは、私がやったように、ラマナ・マハルシの教えるように、「私は誰か?」と問い続けるのが良いと思う。













↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
  
このエントリーをはてなブックマークに追加   
人気ランキング参加中です 人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
Kay Twitter Home

執筆のご依頼




最新コメント


月別アーカイブ
記事検索
ブログバナー&Mail


メールはこちらへ

PV since 2010/09/08
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

人気ランキング参加中
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ ひきこもりへ


タグクラウド
QRコード
QRコード