ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

英語などより絶対的に大切なことがある

楽天やユニクロの社長さんらの言うことを真に受け、「当社も英語に取り組む」なんて企業もあると聞く。
そんなある企業では、社員の全員が集まるような会合で、TOEICの高得点者が英語で得意気に演説していたが、その内容の薄っぺらなことは、せいぜいが高校生レベルだったらしい。
アメリカの企業が、中国で法人を作った際、現地の英語の出来る高学歴エリートを幹部採用することもあったらしいが、もうそんなやり方を見直している企業がほとんどのはずだ。
そんなことは、失敗しなくても分かると思うのだが、僅かでも上手くいったケースがあれば、その話が知られるようになるということもあったのだろう。
また、中国の企業でも、我々日本人が夕食会に行くと、「会話は中国語、英語のどちらにしますか?」と聞いてくることがある。
そこで交わされる会話は、やはりつまらんものである。

マイクロソフト社の日本法人の社長だった、成毛眞(なるけまこと)さんは、英語なんてやる必要はないと断言し、そのことを本にも書いているが、こちらについても、もう少し冷静さが欲しい。
と言うのは、彼の話は全く正しいと思うが、その意味することを深く理解せずに、英語コンプレックスのために無闇に信じてしまうと、やはりろくなことはないのである。

英語の必要性について、最も適切なことを語っていたのは、ソフトブレーンの創業者で、元社長、会長だった宋文洲さんだと思う。
彼の考え方の細かいことは、彼の著書やブログで見れると思うが、要は、英語はコミュニケーションの道具であり、道具よりもコミュニケーションが大切だということに尽きると思う。
ビジネス、政治に限らず、外国との交流の難しさは、言葉そのものと共に、思想・信条が予想以上に異なっている場合が多く、こちらが何の気なく言ったことが大問題になる場合があるということだ。
しかし、問題が起こるのは、ほとんどの場合、言葉以前に、人間関係が出来ていないからなのだ。
私も、アメリカ、フランス、ドイツ、中国の企業相手に仕事をしたことがあるが、私自身は英語もほとんどカタコトだ。無論、会社に、英語や中国語の出来る人はいたが、はっきり言って、大した英語使い、中国語使いでないことは、私が聴いたって分かった。そして、その英語が話せる人は苦労人だったが、私に、「お前の英語で十分だ」と言う。
それで問題など起こらない。
海外の企業の外国人社員が来社すると、接待なんて上辺の付き合いをせず、昼食に、普通のオバさんがやってる小さな飯屋に連れて行き、おでんや煮魚を振舞って、「ディスイズ、ジャパニーズスタイル」と言って仲良く食事するのだ。
お互い人間同士だ。本当に仲良くしようという気があれば、友達になれないはずがないし、そうなれば、仕事なんて国内でやるのと何の違いもない。
むしろ、言葉がよく通じる相手の方が、友達になり難く、仕事もトラブルばかりなことが多いものだ。

サッカーの三浦知良さんことカズは、英語もイタリア語もブラジル語も堪能らしいが、彼だって、言葉は後だったはずだ。
彼が、ヨーロッパの有名なクラブチームのシャワールームに乱入して、そのまま仲良くなったという話を聞いたような気がするが、彼は、言葉以上に、人間としてのコミュニケーションが出来る人なのだろう。
俳優では、丹波哲郎さんが、そんな人だったらしく、実際は彼の英語はひどいものだったらしいが、彼のあけっぴろげで、相手を地位や立場で態度を変えない性格により、海外の俳優達や監督達とも、あっという間に仲良くなれたらしい。

私は、中国で、英語も日本語も出来るエリートに話しかけられたが、彼の態度は高慢で、こんなのに仕事させてたら駄目だろうなと思ったものだ。親しくなりたいという雰囲気がまるで無いのだ。私が、「何の話をしたいのかい?」と聞くと、彼はすまして、「何でもいいのだよ」と言う。実際、話の中身が何も無い男だったと思う。
だが、上に述べた宋文洲さんは、私も何度かお会いしたが、本当に親しげに会話する人で、彼の人柄に惹かれてしまったものだ。それは、彼がテレビ出演している時の様子を見てもある程度分かるのであるが、普段はもっと愉快で謙虚な人である。
政木和三さんが、ドイツを訪問し、超名門の家に宿泊した時の話を、彼に直接聞いたことがあるが、政木さんはドイツ語はさっぱりだったが、ゆったりくつろぎ、リラックスして過ごせたという。政木さんが言うには、相手の言うことが日本語に聞こえ、自分の言うことは、相手にはドイツ語に聞こえたという。政木さんは、生命体同士、邪心がなければ心は通じるものだと言う。
大切なのは、英語やその他の外国語が出来るか、なんてことでは全くないことは明らかである。
私にも、いつまでも英会話学校に行っている知り合いがいる。
しかし、もっとやるべきことがいくらでもあるはずだ。そもそも、英語なんてものは、必要があれば出来るようになるのであり、必要もないのに、英語に時間と金を無駄にするのは愚かなことであると思う。土台、英会話学校で英語を話せるようになった人を、私は1人も知らない。

2011年7月の、初音ミクのロサンゼルスコンサートでは、全24曲の1曲を除き、全て日本語で歌われたが、素晴らしい感動を与えた。アメリカ人の方がミクに合わせて日本語で歌ったのである。言葉の意味は分からなくても、心は伝わっていたと思う。人間が忘れていたことを、ミクが教えてくれたように感じた。
ミクが世界中で愛されるのは当たり前のことのように思われるのだ。









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高速キーボード・タイピングに本当に必要なこと

楽天やユニクロの社長さんらが言うことより、よっぽど役に立つ英語の話を書こうと思ったが、キーボードタイピニングについて質問があったので、それにお答えしたい。
英語の話は今後するので期待して欲しい。

私は、ソフト開発の仕事をしていて、私が作ったシステムや、それを搭載した製品が、新聞、テレビなどで取り上げられたこともある。ただ、その際、取材を受けたり解説をするのは、私ではなく、ユーザーであったり、大学教授であるのだが、その理由は、私がほとんど個人の立場だったということもある。マスコミというのは、情報伝達と言うよりは宣伝の場なのだ。
ところで、私は、ITに関して、自分は半分以上、素人だと思っている。
ただ、私は、ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズだってそうだと思う。ジョブズはプログラムは書けないし、ゲイツが作ったのは、彼自身が言うように、30年以上前の8080BASICくらいで、それだって、ほとんどはポール・アレンが作ったものらしい。だからといって、彼らの偉大さが損なわれるどころか、むしろ、人間の能力の本質に気付くのである。

話が逸れてしまったが、私がIT専門家になったきっかけは、最近、時々書いているように、ワープロでキーボードを高速で打てるようになったことだった。
親しかった国際的なITコンサルタントが、「ITに強くなる秘訣は、キーボードを速く打てるようになること」と言ったことも何度か書いたが、私がその標本である。まあ、大して強くはないのだけれども。
私のキーボードタイピングは相当速かったらしい(やや過去形で書くが)。
ある会社を訪問した時、暇だったので、そこにあったPCを借りてプログラミング言語だけでグラフィックを描画させていると、アルバイトの素晴らしい美人の女子大生が、私の自慢のグラフィックではなく、私のタイピングの速さに驚いていた。彼女自身も、相当自信があるらしいが、「負けちゃうかも・・・」と言うと、側にいたその会社の社長が「負けてるよ」と突っ込みを入れていた。
グラフィックの方を無視された私は、ヤケで、彼女に、「僕はキーボードのホロビッツだ。今夜は君を奏でよう・・・」と(本当に)言って、彼女に、「ホロビッツって何?」と言われてしまう始末だった。
※ウラジミール・ホロビッツはウクライナ出身の歴史上でも屈指のピアニスト。

まあ、それはともかく、キーボードタイピングの速さは重要だ。
いくら頭が良くて、知識があっても、キーボードを速く打てないと、ITに強くなることはない。
逆に、キーボードタイピングが速い者は、少々馬鹿で性格がアレでも(私もだが)、そこそこIT世界で活躍しているのである。
だが、タイピングのためのタイピングであっても仕方がないのも確かだ。
私は、タイピング検定なんてものに何の関心も無いし、多分、最下級でも通らない。
10本指タイピングだの、ブラインドタッチだのにも興味が無い・・・と言うより、出来ない。
多分、左右のそれぞれの2本の指しか使わない。まあ、自分がバルタン星人だと思えば良い。
※バルタン星人は、ウルトラマンの宿敵である、高度文明と超能力を有する宇宙人。映画『シザーハンズ』に登場する人造人間同様、手がハサミ状で、いわば2本指である。

『新世紀エヴァンゲリオン』で、コンピュータに侵入した使徒を封じるため、超高速でキーボードをタイピングしながら「まだ1秒以上余裕があるわ」と冷静に言う赤木博士が、ITスペシャリストの姿の一面をよく表しているではないかと思う。
あるいは、『美少女戦士セーラームーン』で、天才少女、水野亜美ことセーラーマーキュリーが、敵と戦いながら、モバイルパソコンを片手で超高速タイピングする場面があったが、スマートフォンでは、ああはいかないだろう。
あの格好良さに憧れることである。
そして、速く正確にタイピングする必要性に迫られる状況を作ることだ。
キーボードタイピングの学習なんてものは必要ないと私は思っている。必要があれば出来るようになるのである。
10本指で器用にタイピングする人で、タイプ以上のことが出来る人を、私自身は1人も知らない。
私は、別に、タイピストになれと言っているのではない。
ただ、タイピングを高速に、意識せずに出来るようになったら、コンピュータの霊と交感し、ITの力が付くのである(もちろん比喩だが、そんな感じだ)。
実をいうと、最も肝心なことは、「どうすればタイピングを速く出来るようになるか?」なんてことを人に聞こうなどと思わないことだ。
私だって、そんなことを誰かに聞こうなどと、想像したこともない。
速く走りたければ、速く走る必要性が無ければならない。
最初に英語のことを少し述べたが、英語なんてものも、「出来ないと、これからの世の中ではやっていけなくなる」などという英語学校の宣伝に騙されて勉強したって絶対に駄目で、必要に迫られなければ身に付かないのだ。半分冗談だが、楽天やユニクロの社長さんらって、英語学校と融通し合う理由でもあるのではないかと私は思っている。

岡本太郎が、「私が描くような絵は誰でも描ける。あなたも、本日ただいまより芸術家になれる」と言ったのは嘘ではないと思うが、描く必要性、芸術家になる必要性がなければ、そうはならないのである。
だが、それは、世間的な必要性ではない。
描きたいと強く思えれば、それが真の必要性だ。

ITだって、強くなる必要性があれば、自然にキーボードを沢山打つだろうし、速く打てなければならなくなる。
スマートフォンやタブレット機器は、単なる道具であり、遊び道具だ。言って見れば、タワシやトランプのようなものである。タワシに強くなるのも良いことだが、人生を賭けるほどのものではない。
ITに強くなる必要も感じていない人に、「どうやればキーボードを速く打てるようになるか?」と聞かれても、返事のしようがない。
それには、ITをどう使うか、それをどう活かし、特技にし、社会で活躍するかといった話も必要だが、そんなことはいかなる学校でも1%も教えない。
それらは、また今後、お話しよう。









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困難を歓迎する理由

私は、最近、多忙で、緊張ある仕事が続いているのだが、その中で思い出すのが、ラマナ・マハルシの言葉だ。
「財務長官は、責任感と熱意を持って仕事をしているように見える。しかし、彼は何もしていない」
「あなたは、大きな事業を為しつつあるかもしれない。だが、あなたは何もしていないのだ」
「仕事は、自分がその行為者であるという自覚と共にしなければならないという決まりはない。あなたとは何の関わりもなく、仕事は自動的に進んでいく」

凡人たる私には、なかなかそうはいかない。
私が手がけている仕事はうまくいくかもしれない。
あるいは、大失敗をし、会社に損害を与え、関係者には迷惑をかけて、私は面目と信用を失うかもしれない。
しかし、全ては運命である。
もし、最悪の結果が運命付けられているから、私にそれを避ける術は何もない。
だから、上手くいったからといって、それを私が誇る理由は何もない。
逆に、どんな悪い結果になっても、私には何の責任もない。

TM(超越瞑想)を創始したマハリシ・マーヘーシュ・ヨーギは、こんなことを言ったと記憶している。
「瞑想に熟達すると、意識の深い領域に馴染んでくる。それは丁度、水の深いところに慣れれば、浅いところでの行動は子供の遊びのようになるようなものだ。それと同じように、毎日、意識の深奥に潜る人にとって、この世の活動はあまりに簡単であり、自動的に進んでいくことだろう」
私自身は、TMはやめたが、それは正しいことであると思う。

少し腹の座った人間であれば、何事も、自分1人の問題であれば、どうでもいいことだと開き直ることも出来るだろう。
だが、本当は、たとえ、友人、恋人、家族、会社、自分の町や村、あるいは、映画のヒーローのように、国家や地球の運命を背負ったとしても、ラマナ・マハルシや、マハリシ・マヘーシュ・ヨーギの言ったことは当てはまるはずである。

こういったことを理解するためにも、困難というものは、起こった方が良いに違いない。
だが、まだ未熟で、聖者達の言うことが理解できない場合は、誠実を指針とした方が満足することになるだろう。決して、それが善であるとか、世間に対して誇らしいといった理由ではなく、なぜだかは分からないが、その方が悟り易いというだけの意味で、慈悲や自己犠牲を選ぶことが好ましいと思えるのである。









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特技を持たないとどうなるか?

現在劇場公開中のアニメ『魔法少女リリカルなのは The MOVIE 2nd A's』のテレビシリーズ『魔法少女リリカルなのは A's』が放送されていた2006年は、アップル社がiPhoneを発表した2007年の前年だった。
そのテレビアニメの中で、フェイトという名の異世界から来た金髪の9歳の美少女が、日本に住み、小学校に通うようになる中で、カタログを見て携帯電話を選んでいたのだが、友達の同い年の女の子達が、色々アドバイスをする。
1人の、大人しいが、優しくて考え深い少女が、「見た目で選んでいいと思うよ」と言う。まあ、小学生が使う分には、大して機能は違わないからという意味であったと思うし、たかが携帯である。
だが、見た目で選ぶというのも、時と場合によるだろう。
昔のことだが、あるデパートの女子職員の採用試験が、こんなだったらしい。
やって来た就職希望の女性達を横一列に並ばせ、採用担当責任者が、1人ずつ見ながら、指の動き(「来い」と「行け」)で可否を決めていった。
つまり、見た目だけで選んだのである。

夏目志郎さんという、かつてのトップセールスマンの著書で、こんな話があった。
昔、彼が百科事典の販売会社のマネージャーをしていた時のことだ。当時は、百科事典をセールスマンが訪問セールスで販売していた。
今では御存知ない方も多くなったと思うが、百科事典はかなり高価な商品である。
夏目さんのセールス部隊では、外国人が多かった。その中に、西洋人の若い男性セールスマンがいたが、さっぱり売れなかった。
ところが彼は、大変な美男子・・・今でいうイケメンであった。セールスの相手は主婦なのに、それで売れないとはおかしいと夏目さんは思った。
夏目さんが、彼とよく話すと、彼には特技があることが分かった。プロ並のピアノの腕前があったのだ。
そこで、夏目さんが彼にやらせたのは、裕福そうな立派な邸宅を狙って訪問し、奥さんが出てきたら、「ピアノを弾かせて下さい。今、ピアノのない生活をしているので、ピアノが弾きたい」と言って上がりこみ、言った通りピアノを弾く。金髪の若いイケメンが見事な腕前でピアノを弾くのだから、これで売れないはずがない。彼の売上げはうなぎ上りとなり、大金を稼いで帰国したという。
私も、社会人になって初めての仕事がフルコミッション(完全歩合制)のセールスマンだったが、二十歳そこそこの若い男なら、誰でもそれなりの外見であるので、よくセールスマネージャーに、「奥さんの手を握って売って来い」と、真面目に言われたものだった。
また、若い女性セールスが、訪問先の家の主人にセールスし、惜しくも制約を逃した報告をすると、マネージャーは、「なんでそこでスカートの1つもまくってみせないのだ」と、半分冗談かもしれないが、つまり、半分本気で言ったものだった。そんな世界もあるのだというのを知ったのは、私にも良い経験だった。

つまり、特技というものを持っていないと、性的魅力しか生きる武器が無いということになってしまうのだ。
それは確かに強力な武器であるが、若い間限定のものであるし、それを利得のために使うのは惨めな結果にしかならない。
『Wの悲劇』という映画で、三田佳子さんが演じた大女優が、他の女優に、「あなた、(女優として出世するために)オンナ使ったこと無いって言うの?私はあるわよ」と言う場面がある。言われた女優はうつむく。つまり、あるけど、悪い思い出だし、後ろめたさもあるということだ。
私の知り合いが、ある財団で係長をしていたが、彼に、50代と思われる職員の女性が相談に来た。
「課長は、私と○○さんの扱いがまるで違う」
という訴えだ。
彼は苦笑して答えた。
「そりゃ、当たり前じゃないの?」
○○さんは、美女というほどでもないが、そこそこに可愛い若い女性だったからだ。
相談者の女性は複雑な顔をしていた。特技を磨かなかった女の末路である。

世間的な特技は、ちょっとしたもので良い。ただし、あまりにささやかでもいけない。
前にも書いたが、私は、ワープロのキーボード入力を、他人が呆れるほど速く打てるようになったところから始めて、ソフトウェア開発の特技に結び付いた。
個人的にもよく知るようになった、アメリカでのビジネス経験も豊富な国際的なITコンサルタントが、「ITに強くなる秘訣は、キーボードを速く打てるようになること」だと言うのを聞いたが、なるほどと思ったものだ。
今、十分にキーボードを打てる人も、倍速、3倍速を心がけて打つと良い。頭が鋭くなり、精神的加速者になれるに違いない。
そのために、スマートフォンやタブレットPCで、単純で短い文言ばかり打つのではなく、ちゃんとしたキーボードの付いたパソコンを使うことだ。
ビル・ゲイツが、「教育分野で必要なのはタブレットPCではなく、キーボードの付いたノートパソコン」だと言ったのは、非常に意味のあることと思う。
タブレット端末は、使い方によってはとても良いものだが、そればかりいじっているようでは駄目で、ITにも強くなれない。
そして、今の時代は、ITに強いことは実に有利なことであり、あらゆる分野での力になるだろう。









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敵は仮想世界から我々を侵略する

「テレビのチャンネルをガチャガチャ回す」という表現が理解できない人も多くなってきたと思う。
無線リモコンというものが存在しなかった時代のテレビは、チャンネルを選局するためには、テレビに付いている、直径7~10cmほどの円盤ダイヤルを回したのだが、それがチャンネルの数だけのストッパーで止まる度にガチャガチャ音を立てたのである。
だが、便利な点もあった。
チャンネル選局ダイヤルの表面には、1本の筋、あるいは、そこを摘まんで回せる直線の突起があったので、それを見れば、現在、何チャンネルが選択されているか分かるのである。
現在のテレビでは、今、どのチャンネルになっているのか分からないことが多いだろう。

テレビに限らず、物理的に動くスイッチ類やダイヤルはどんどん少なくなっている。
同じスイッチと言っても、昔のものは、押すと、押し込まれた状態で止まっていたものが多かったが、今のデジタル・スイッチは、押しても形状の変化が無いので、光でも付いていないと、押したか押してないのか分からない場合が多い。

だが、(液晶に表示された)文字や光で確認するよりも、レバーが起きているか倒れているかといった形状で判断する方が、素早く確実であり、また、いつでも何度でも確認可能な場合が多く、精神的にも疲れないものである。
自動車の運転方法は、ほとんどが昔のままであり、ハンドルはもちろん、シフトレバーやアクセル、ブレーキが、稼動部分の無いデジタル式になることはないと思う。
実は、AT車には、ボタンによるシフトチェンジが可能なものもあるらしいが、全く良くないと思う。
飛行機やヘリコプター、あるいは、最新鋭のジェット戦闘機や宇宙ロケットだって、アナログ的なスイッチやレバーだらけだろう。
その中には、形状こそアナログだが、実質デジタルというものもあるのだが、やはり、操作すれば形状が変化するのである。
人間は、それなりの抵抗を皮膚や筋肉に感じて操作しないと、ミスがあったり、精神的な負担が蓄積されるのだと思う。

基本的には、アナログスイッチというものは、スイッチそのものが、通電や断線を行うが、デジタル・スイッチは、スイッチ自体は、微かな電気を使って信号を送り、それを受け取った装置や回路が実際の仕事を行うのである。
そのように、電子化、情報化されるに従い、人間が実際に動かすものが少なくなり、また、人間の身体も動くこともなくなってくる。
それが、本当はどういうことか理解している人は少ないのだ。
単に、運動不足になるとか、感覚が衰えるといった程度の問題ではない。

アメリカのSFテレビドラマ『スター・トレック』(日本では『宇宙大作戦』というタイトルで放送されていた)で、こんな話があったと思う。
ある惑星で、戦争が起こる。しかし、爆撃情報などはあるのだが、実際の被害らしいものがない。
そして、戦闘後、多くの人々がある場所に向かう。そこは、人間処理場である。
つまり、こういうことなのだ。
その星での戦争は、仮想戦争であり、そのぞれの国に設定された戦力などのデータを元に、コンピュータが戦争状況を創作する。
結果、コンピュータにより死亡と決定された人間は、処理場で処分されて消えなければならないのだ。
一見、非人道的に見えるが、物理的な被害がなく、あらゆる資産が無傷で保持され、労力も無用というのは、実際の戦争よりずっと良いと判断された時から、このようなことが行われるようになったのだ。
彼らにとっては、本当の戦争をするような惑星は、時代遅れで野蛮であり、自分達はそれに比べるとはるかに進歩していると主張する。
その考え方の裏には、人間は戦争をやめられないのだという結論があるのだろう。
アルベルト・アインシュタインと、ジクムント・フロイトの歴史的な書簡のやり取りの中で、「どうすれば人間は戦争をやめることができるのか?」というアインシュタインの問いかけに対し、フロイトは、「それは不可能です」と断言した。
だが、フロイトは、H.G.ウェルズも言ったように、世界政府のようなものが構築され、その統治が成功した場合には何とかなるかもしれないといったことも述べていた。
だが、世界政府が出す最良の策は、このスター・トレックの話に似たものになるかもしれない。
この仮想戦争は、究極の情報戦であり、いってみれば、現在も存在するバーチャル・ゲームのようなものだ。
つまり、ゲームや情報の世界が主になり、物理世界がそれに従うのである。
しかし、間違えてはならない。
それは、実は、物理世界を何よりも重要視した結果なのだ。
物や身体を愛するあまり、それ以外のことの支配権を第三者に渡してしまった結果なのだ。
情報や精神は、目に見えないから、価値の少ないものであると軽んずれば、そういう恐ろしいことになる。
実際は、形のないものの方がはるかに重要で強力なのだ。
それをないがしろにしてしまえば、情報や精神の支配権を握った者に、身体や物を支配されてしまうのは当然なのである。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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