楽天やユニクロの社長さんらの言うことを真に受け、「当社も英語に取り組む」なんて企業もあると聞く。
そんなある企業では、社員の全員が集まるような会合で、TOEICの高得点者が英語で得意気に演説していたが、その内容の薄っぺらなことは、せいぜいが高校生レベルだったらしい。
アメリカの企業が、中国で法人を作った際、現地の英語の出来る高学歴エリートを幹部採用することもあったらしいが、もうそんなやり方を見直している企業がほとんどのはずだ。
そんなことは、失敗しなくても分かると思うのだが、僅かでも上手くいったケースがあれば、その話が知られるようになるということもあったのだろう。
また、中国の企業でも、我々日本人が夕食会に行くと、「会話は中国語、英語のどちらにしますか?」と聞いてくることがある。
そこで交わされる会話は、やはりつまらんものである。
マイクロソフト社の日本法人の社長だった、成毛眞(なるけまこと)さんは、英語なんてやる必要はないと断言し、そのことを本にも書いているが、こちらについても、もう少し冷静さが欲しい。
と言うのは、彼の話は全く正しいと思うが、その意味することを深く理解せずに、英語コンプレックスのために無闇に信じてしまうと、やはりろくなことはないのである。
英語の必要性について、最も適切なことを語っていたのは、ソフトブレーンの創業者で、元社長、会長だった宋文洲さんだと思う。
彼の考え方の細かいことは、彼の著書やブログで見れると思うが、要は、英語はコミュニケーションの道具であり、道具よりもコミュニケーションが大切だということに尽きると思う。
ビジネス、政治に限らず、外国との交流の難しさは、言葉そのものと共に、思想・信条が予想以上に異なっている場合が多く、こちらが何の気なく言ったことが大問題になる場合があるということだ。
しかし、問題が起こるのは、ほとんどの場合、言葉以前に、人間関係が出来ていないからなのだ。
私も、アメリカ、フランス、ドイツ、中国の企業相手に仕事をしたことがあるが、私自身は英語もほとんどカタコトだ。無論、会社に、英語や中国語の出来る人はいたが、はっきり言って、大した英語使い、中国語使いでないことは、私が聴いたって分かった。そして、その英語が話せる人は苦労人だったが、私に、「お前の英語で十分だ」と言う。
それで問題など起こらない。
海外の企業の外国人社員が来社すると、接待なんて上辺の付き合いをせず、昼食に、普通のオバさんがやってる小さな飯屋に連れて行き、おでんや煮魚を振舞って、「ディスイズ、ジャパニーズスタイル」と言って仲良く食事するのだ。
お互い人間同士だ。本当に仲良くしようという気があれば、友達になれないはずがないし、そうなれば、仕事なんて国内でやるのと何の違いもない。
むしろ、言葉がよく通じる相手の方が、友達になり難く、仕事もトラブルばかりなことが多いものだ。
サッカーの三浦知良さんことカズは、英語もイタリア語もブラジル語も堪能らしいが、彼だって、言葉は後だったはずだ。
彼が、ヨーロッパの有名なクラブチームのシャワールームに乱入して、そのまま仲良くなったという話を聞いたような気がするが、彼は、言葉以上に、人間としてのコミュニケーションが出来る人なのだろう。
俳優では、丹波哲郎さんが、そんな人だったらしく、実際は彼の英語はひどいものだったらしいが、彼のあけっぴろげで、相手を地位や立場で態度を変えない性格により、海外の俳優達や監督達とも、あっという間に仲良くなれたらしい。
私は、中国で、英語も日本語も出来るエリートに話しかけられたが、彼の態度は高慢で、こんなのに仕事させてたら駄目だろうなと思ったものだ。親しくなりたいという雰囲気がまるで無いのだ。私が、「何の話をしたいのかい?」と聞くと、彼はすまして、「何でもいいのだよ」と言う。実際、話の中身が何も無い男だったと思う。
だが、上に述べた宋文洲さんは、私も何度かお会いしたが、本当に親しげに会話する人で、彼の人柄に惹かれてしまったものだ。それは、彼がテレビ出演している時の様子を見てもある程度分かるのであるが、普段はもっと愉快で謙虚な人である。
政木和三さんが、ドイツを訪問し、超名門の家に宿泊した時の話を、彼に直接聞いたことがあるが、政木さんはドイツ語はさっぱりだったが、ゆったりくつろぎ、リラックスして過ごせたという。政木さんが言うには、相手の言うことが日本語に聞こえ、自分の言うことは、相手にはドイツ語に聞こえたという。政木さんは、生命体同士、邪心がなければ心は通じるものだと言う。
大切なのは、英語やその他の外国語が出来るか、なんてことでは全くないことは明らかである。
私にも、いつまでも英会話学校に行っている知り合いがいる。
しかし、もっとやるべきことがいくらでもあるはずだ。そもそも、英語なんてものは、必要があれば出来るようになるのであり、必要もないのに、英語に時間と金を無駄にするのは愚かなことであると思う。土台、英会話学校で英語を話せるようになった人を、私は1人も知らない。
2011年7月の、初音ミクのロサンゼルスコンサートでは、全24曲の1曲を除き、全て日本語で歌われたが、素晴らしい感動を与えた。アメリカ人の方がミクに合わせて日本語で歌ったのである。言葉の意味は分からなくても、心は伝わっていたと思う。人間が忘れていたことを、ミクが教えてくれたように感じた。
ミクが世界中で愛されるのは当たり前のことのように思われるのだ。
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そんなある企業では、社員の全員が集まるような会合で、TOEICの高得点者が英語で得意気に演説していたが、その内容の薄っぺらなことは、せいぜいが高校生レベルだったらしい。
アメリカの企業が、中国で法人を作った際、現地の英語の出来る高学歴エリートを幹部採用することもあったらしいが、もうそんなやり方を見直している企業がほとんどのはずだ。
そんなことは、失敗しなくても分かると思うのだが、僅かでも上手くいったケースがあれば、その話が知られるようになるということもあったのだろう。
また、中国の企業でも、我々日本人が夕食会に行くと、「会話は中国語、英語のどちらにしますか?」と聞いてくることがある。
そこで交わされる会話は、やはりつまらんものである。
マイクロソフト社の日本法人の社長だった、成毛眞(なるけまこと)さんは、英語なんてやる必要はないと断言し、そのことを本にも書いているが、こちらについても、もう少し冷静さが欲しい。
と言うのは、彼の話は全く正しいと思うが、その意味することを深く理解せずに、英語コンプレックスのために無闇に信じてしまうと、やはりろくなことはないのである。
英語の必要性について、最も適切なことを語っていたのは、ソフトブレーンの創業者で、元社長、会長だった宋文洲さんだと思う。
彼の考え方の細かいことは、彼の著書やブログで見れると思うが、要は、英語はコミュニケーションの道具であり、道具よりもコミュニケーションが大切だということに尽きると思う。
ビジネス、政治に限らず、外国との交流の難しさは、言葉そのものと共に、思想・信条が予想以上に異なっている場合が多く、こちらが何の気なく言ったことが大問題になる場合があるということだ。
しかし、問題が起こるのは、ほとんどの場合、言葉以前に、人間関係が出来ていないからなのだ。
私も、アメリカ、フランス、ドイツ、中国の企業相手に仕事をしたことがあるが、私自身は英語もほとんどカタコトだ。無論、会社に、英語や中国語の出来る人はいたが、はっきり言って、大した英語使い、中国語使いでないことは、私が聴いたって分かった。そして、その英語が話せる人は苦労人だったが、私に、「お前の英語で十分だ」と言う。
それで問題など起こらない。
海外の企業の外国人社員が来社すると、接待なんて上辺の付き合いをせず、昼食に、普通のオバさんがやってる小さな飯屋に連れて行き、おでんや煮魚を振舞って、「ディスイズ、ジャパニーズスタイル」と言って仲良く食事するのだ。
お互い人間同士だ。本当に仲良くしようという気があれば、友達になれないはずがないし、そうなれば、仕事なんて国内でやるのと何の違いもない。
むしろ、言葉がよく通じる相手の方が、友達になり難く、仕事もトラブルばかりなことが多いものだ。
サッカーの三浦知良さんことカズは、英語もイタリア語もブラジル語も堪能らしいが、彼だって、言葉は後だったはずだ。
彼が、ヨーロッパの有名なクラブチームのシャワールームに乱入して、そのまま仲良くなったという話を聞いたような気がするが、彼は、言葉以上に、人間としてのコミュニケーションが出来る人なのだろう。
俳優では、丹波哲郎さんが、そんな人だったらしく、実際は彼の英語はひどいものだったらしいが、彼のあけっぴろげで、相手を地位や立場で態度を変えない性格により、海外の俳優達や監督達とも、あっという間に仲良くなれたらしい。
私は、中国で、英語も日本語も出来るエリートに話しかけられたが、彼の態度は高慢で、こんなのに仕事させてたら駄目だろうなと思ったものだ。親しくなりたいという雰囲気がまるで無いのだ。私が、「何の話をしたいのかい?」と聞くと、彼はすまして、「何でもいいのだよ」と言う。実際、話の中身が何も無い男だったと思う。
だが、上に述べた宋文洲さんは、私も何度かお会いしたが、本当に親しげに会話する人で、彼の人柄に惹かれてしまったものだ。それは、彼がテレビ出演している時の様子を見てもある程度分かるのであるが、普段はもっと愉快で謙虚な人である。
政木和三さんが、ドイツを訪問し、超名門の家に宿泊した時の話を、彼に直接聞いたことがあるが、政木さんはドイツ語はさっぱりだったが、ゆったりくつろぎ、リラックスして過ごせたという。政木さんが言うには、相手の言うことが日本語に聞こえ、自分の言うことは、相手にはドイツ語に聞こえたという。政木さんは、生命体同士、邪心がなければ心は通じるものだと言う。
大切なのは、英語やその他の外国語が出来るか、なんてことでは全くないことは明らかである。
私にも、いつまでも英会話学校に行っている知り合いがいる。
しかし、もっとやるべきことがいくらでもあるはずだ。そもそも、英語なんてものは、必要があれば出来るようになるのであり、必要もないのに、英語に時間と金を無駄にするのは愚かなことであると思う。土台、英会話学校で英語を話せるようになった人を、私は1人も知らない。
2011年7月の、初音ミクのロサンゼルスコンサートでは、全24曲の1曲を除き、全て日本語で歌われたが、素晴らしい感動を与えた。アメリカ人の方がミクに合わせて日本語で歌ったのである。言葉の意味は分からなくても、心は伝わっていたと思う。人間が忘れていたことを、ミクが教えてくれたように感じた。
ミクが世界中で愛されるのは当たり前のことのように思われるのだ。
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