ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

星の影響

星座は別として、単一の星で最も印象の良い星は金星ではないだろうか?
「明けの明星」「宵の明星」などと言われるように、曙光および夕暮れの空に明るく輝くその美しさから、ギリシャ神話の美の女神アプロディーテ、アプロディーテのローマ神話での名であるウェヌス、および、その英語名のヴィーナスの名が付けられ、他の地域でも、代表的な女神の名を冠することが多い。
一方、ひどく印象の悪い星が火星だろう。その赤い色が血や炎を思わせるためだろうが、ギリシャ神話では、オリュンポス12神の1神である戦いの神アレスの英語名であるマーズの名が付けられている。アレスは、男神の中で1、2を争うイケメンと言われるが、ヘパイストスという、やはりオリュンポス12神の1神である偉大な神を夫に持つアポロディーテの浮気相手となり、フォボス、ディモスという子供を産ませた(フォボス、ディモスは火星の衛星の名になった)。また、アレスは、やはり戦いの神とも言われる、知恵の女神アテーナと戦って破れたりと、いまひとつイメージが悪い。米国の、アレスと名付けられた火星ロケットを含む宇宙開発計画は2010年に中止となり、やはり、どこかアレスという名に不運の影がある。
(もっとも、ギリシャ神話の婚姻関係、父子および母子関係は、一般的な感覚とかけ離れてはいる)

また、太陽神は、元々はヘリオスであったが、その後、アポローンが太陽神とされるようになった。アポローンは、本来は理性の神である。1960年代から70年代のアポロ計画(アポロはアポローンのローマ神話での名)では、そのアポロの名を冠した宇宙船で人間を月に送ったが、月の女神とされるアルテミスはアポロの双子の妹である。ただ、元々の月の女神はセレーネであり、アルテミスは純潔の女神、あるいは、狩猟の女神であった。他にも、星座の女神アステリアの娘ヘカテーが月の女神とされていてややこしい。セレーネを「明るい月」、ヘカテーを「暗い月」、アルテミスを「新月」を表す女神であると言うこともある。
いずれにしても、アポローン、アルテミスとも、オリュンポス12神の中でも最も輝かしく人気のある神であると思う。

さて、金星と火星、あるいは、太陽と月の評判に関しては、見た目のイメージが影響したということが容易に想像できるが、不思議なのは、木星と土星だ。
木星は英語でジュピターであり、これは、ギリシャ神話の神々の王であるゼウスの英語名だ。つまり、木星は最上の名を冠せられた惑星である。
一方、土星のサターンは、ローマ神話のサトゥルヌスからきており、ギリシャ神話のクロノスである。ところが、サトゥルヌスおよびクロノスのイメージは最悪である。それは、ゴヤの我が子を食らうサトゥルヌスという絵画に特に表れている。
クロノスは最初の神々の王であるウラノスの子で、ゼウスの父である。
クロノスは、巨大な鎌で父ウラノスの男根を切断し、その王座を奪った。

余談だが、武内直子さんの漫画「美少女戦士セーラームーン」の中で、クロノスの英語名を持つセーラーサターンは、セーラー戦士の中でも最も可憐な少女で、他のセーラー戦士達が中学生、高校生(1人は大学生)である中で、ただ1人小学生(6年生と推定)だった。元々は病弱だったが、際立って美しく神秘的で、石化石膏のような肌をしているとも言われた。そのセーラーサターンが、巨大な鎌(サイレンス・グレイブ)の武器を持つのだが、セーラーウラヌス(ウラノスの英語名がウラヌス)である天王はるかを「はるかパパ」と呼び、そのはるかは、男っぽい女であるところは、ギリシャ神話に詳しい者にとっては笑えない冗談のように感じる。尚、セーラームーンはプリンセス・セレニティという月の王女であるが、このセレニティは、元々の月の女神であるセレーネの名から付けられたものと思う。セーラームーンの恋人である地場護ことエンディミオンは、ギリシャ神話で、セレーネに愛されたがゆえに、不老となるため永遠に眠る絶世の美少年の名である。

クロノスはその後、息子ゼウスとの長い戦いに敗れ追放された。
アイルランドの大詩人W.B.イェイツの詩に“Under Saturn”(1919)がある。「土星の影響の下に」とでも訳そうか(そう訳された翻訳がある)。
詩の冒頭、イェイツは、自分の陰気で弱々しい様子を述べるが、当時は、土星の影響を受けるとそうなると言われていたのだ。

なぜかくも、土星がこれほどの悪評を受けたのか不思議である。
時々書くが、私は小学4年生の時に反射式天体望遠鏡を大学生だった従兄から譲り受け、土星を見ようと思った。土星に関する何の知識も情報もなかったが、なぜか簡単に土星を見つけて観測することができた。簡単と言うよりは、満点の星の中からでも迷わず特定できた。明るさだけで言えば、ずっと明るい金星や火星を見たのはずっと後であったのだから、単に明るさで土星を見つけた訳ではない(天体の明るさを示す等級は、金星-4.7、火星-3.0、土星-0.4で、土星はシリウスやカノープスより暗く、肉眼で見て他の明るい恒星と実際的な差はない)。
個人的には、土星には何らの悪印象を感じることはなく、むしろ、清浄に感じた。
現代科学的には土星は希薄なガス状の惑星とされるが、エマニュエル・スウェーデンボルグによれば、その住人は極めて清らかで敬虔な精神の持ち主であり、アダムスキーも、土星は最も公正な人々の住む星で、太陽系の審議機関の役割を担うと言う。そして、土星の悪評には、何らかの存在が関与し、土星の公正さや敬虔さを貶める目的があったとされる。
いずれにせよ、何事も世間、外部の信念や教義を信じるものではないということと思う。







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生まれ変わりはあるのか

人は死んでも生まれ変わるという輪廻転生を信じている人も、そうでない人もいるだろう。
意外と言って良いかどうかは分からないが、エマニュエル・スウェーデンボルグは輪廻転生を完全に否定していた。人が地上で身体を持って生きるのは一度きりで、死んだ後は永遠に霊界で生きると言う。
一方、霊界の方を否定し、人は死ねばすぐに転生すると言ったのがジョージ・アダムスキーだ。
だが、突き詰めて考えると、2人は案外に同じことを教えているようにも思えるのだ。
スウェーデンボルグもアダムスキーも一般にはひどく誤解されているところがあり、特にアダムスキーは「世紀のペテン師」「大変人」と言われるほどである。
だが、エマーソンは「偉大であることは誤解されること」と言ったが、誤解されないなら偉大でない。誤解されない思想は、単に世間と迎合したものに過ぎない。私なら、むしろ世間が褒め称えるものを警戒する。

ところで、誰かが、昔の歴史的人物の生まれ変わりであると主張した場合、輪廻転生を認めないスウェーデンボルグはもちろんだが、アダムスキーもそれはほとんど否定する。
また、ダライ・ラマがそうなのであるが、前世の記憶を持つ人達のそれなりの信憑性のある研究結果などに関しても、2人共、それは転生のためであるとは認めないと思う。

過去の人の記憶を持っていると感じるのは、スウェーデンボルグは、それは霊が人の中に流入することがあるためであるとする。
アダムスキーは、出来事や思念を永久に保存するものがあり、保存された過去の人の思念に感応する時に、それが前世の記憶のためであると勘違いされることがあると言う。アダムスキーは輪廻転生は肯定するが、前世の記憶はむしろ他人のことのように感じると言う。
そして、スウェーデンボルグの言う霊の流入も、アダムスキーの言う過去の記録への感応も、いずれの場合も、それは極めて頻繁に起こることであり、我々はそれに対して警戒をしなくてはならないものであるようだ。
トラインは、「善なる霊に対して心を開き、悪の霊に対し心を閉ざせ」と言う。
目には見えないが、空間の中に、おびただしい数の想念が存在し、我々の脳はそれに感応しているのかもしれない。それは1秒間に数千という数のものかもしれないが、我々はその大半を無視し、好みの想念や自分の性向に適合する想念を受け入れるのではないかと思う。ただし、極めて強かったり、継続的な想念の影響は受けるものであり、それが大衆を操作することもあるのかもしれない。
印象やフィーリングに対して、我々はもっと注意しなくてはならない。そして、トラインが言ったように、その良いもののみを受け入れなければならない。そのためには、個人の欲望を捨て、悪しき想念に感応して心に進入されることを赦さないようにしなければならない。低い想念の誘惑を我々は常に受けるが、そんな時、「誘惑に勝てるかどうかが人格を決める」という古い格言を思い出さなくてはならない。
我々の周りには、美食、飽食、異常性欲、虚栄をそそのかす想念に満ち満ちているが、既にそれに負け、取り込まれてしまった者達が、目に見える形でさらに我々を煽っているのである。もはや世界は終りに近付いているのであるが、そういった低レベルの誘惑に打ち勝って人格を示し、この流刑地から脱出したいものであると思う。







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囚人の顔

私は、地球は流刑地(流刑惑星)で、地球人類は皆囚人であると考えています。
それは、人々の行動や言葉にはっきりと現れていますし、他人の心は一応は分からないですが、自分の心を観察してみても、やはり我々が囚人に相応しい人間であることが理解できます。
それともう1つ。我々の顔の相とでもいうものに、囚人らしさが恐ろしいまでにはっきりと感じることが出来るのではないかと思います。強欲、不親切、傲慢、高慢、無思慮、あるいは、狡猾や卑屈。歳を取るほど顕著になる場合が多いのですが、ごく幼い子供の顔にもそれがかなり見られ、天使のような子供がそんなに多い訳ではないと感じます。
日本で特に人気があると言われる映画「小さな恋のメロディ」のアラン・パーカーの原作小説(パーカーは映画の脚本も書いた)にも、主人公の11歳の少年が、大人達の表情を観察してその異様さを指摘する場面があります。映画でも、そのあたりを映像でよく表現していたように思います。
多分、当たっているのではないかと思いますが、外国のことはいざ知らず、日本人の顔の相は、ますます悪くなってくるように思います。それは、経済至上主義、物質崇拝主義がもたらす歯止めのない欲望のためで、特に、食欲、性欲、差別欲(優越感)が強く煽られて人々がそれに負けて支配されているためであるに違いありません。
歴史的なプロテニスプレーヤーであったアメリカのジミー・コナーズは、一頃、放埓な生活に耽っていましたが、ある日、鏡で自分を見て、愕然としたそうです。
「まるでパンクしたタイヤだ。太っていて、顔も醜い」
彼は節制を始め、金や名誉のためにプレイすることをやめ、結果、極めて長くトップで活躍しました。
個人的に感じることかもしれませんが、人気アイドルの顔にも欲望に満ちた厭らしさばかり感じてしまいます。
周囲の人々の顔、テレビで見るスター達の顔、そして、鏡に映った自分の顔をよく観察すれば、悲惨な醜悪さを感じるはずです。それは囚人の顔です。
もし、囚人の顔でない者がいたとしたら、他の星の人か天使かもしれません。稀にそういう人を見ることもあります。それは、単に美男、美女であるとかとは別のことです。
水野南北は、生涯をかけて極めた観相術(顔や身体の相で運命を鑑定する占術)により、顔や身体の相を見れば、生まれつきの運命はほぼ明らかであることを突き止め、牢屋敷に入れられるほどのゴロツキであったのが、天皇から貴族に叙せられるまでになりました。しかし、食の慎みは、観相を超えると断言します。観相的には最悪の相である自らが、当時では異例の75歳まで健康で幸福に生きました。彼は、「食が全て」と言います。また、食を慎む者は、顔の相も良くなるのではないかと思います。少食の人はどこか澄んだ顔をしているように感じます。
きっと、美食、飽食の欲望を筆頭に、あらゆる個人的欲望を捨てるごどに、囚人らしい顔でなくなり、やがては、地球という流刑地を離れるか、地球自体を流刑地で無くすこともできると思います。昔は監獄島と言われたアルカトラズ島が、今ではその美しさから有名な観光地として愛されるようにです。







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才能とは閃きである

江川卓さんといえば、ご存じない人も増えてきたかもしれないが、全盛期はおそらく、日本野球界でNo.1のピッチャーだった。
かなり以前、テレビで見たが、江川さんは、息子さんを野球選手にしたいかと聞かれ、「全く思わない」と答えた。
プロゴルフの石川遼選手が以前、弟や妹にプロゴルフ選手にはなって欲しくないと言っていたことがあったが、それは、過酷な世界であるからという理由で、苦労人の俳優などが、よくそのように言っていると思う。
しかし、江川さんの理由は違う。息子にはセンスがないと言うのだ。
センス(sense)とは、辞書によれば、「物事の感じや味わいを微妙な点まで悟る働き。感覚」という意味だが、これは、訓練して身に付くようなしろものではなく、天性のものであり、それがなければ、いくら努力しようがどうにもならない。逆に、センスがあれば、過酷な世界だとか、そういったことは何の関係もない。それは、どんな職業だろうが違いはないと思う。

私は、コンピュータプログラマ(私は、システムエンジニアとプログラマを区別しない)をやってきたが、時に、「どんな人がプログラマに向いているか?」と聞かれることがある。以前は、「理系発想」「論理性」とか思っていたが、根本は、どんな職業も同じと思うが、「閃きがあるかどうか」だと考えるようになった。閃きとは、早い話が直観である。これも、センスと同じだと思う。
プログラマというのは、さして高い能力が必要な職業ではないと思うが、どうにも使い物にならない人は確かにいる。真面目とか、根性があるとかいうのは、あまり関係がない。そして、実際的には、指導や教育で良いプログラマになるということは無い。ビル・ゲイツは「純粋に知能指数の問題」と言うし、知り合いの国際的なITコンサルタントも、確信を込めて、「所詮、知能指数ですよ」と言っていたが、知能指数が高くても、閃きがなければ駄目だと思う。
つまり、どんな仕事をしていても、何か問題が発生した時に、考えることなく、直感的な衝動を感じ、それをやってみたら解決につながるといった感じでないと、成功はもちろん、一人前にすらならない。いや、おそらくは、大事なのは一人前になるかどうかであり、成功するかどうかは、運とか、職業能力とはまた別のビジネスセンスの問題であるはずだ。天才プログラマだって成功するとは限らない。
芸術家の場合は、このセンスの有る無しというのが際立つ世界であると思うが、どんな世界でもセンスが必要というのは絶対に同じと思う。異なるのは、芸術家は本物でないと職業として成り立つ可能性はないが、多くの職業では一生半人前でも食べていけるという違いであろう。いわゆるサラリーマンと言われるものである。芸術家は、センスがないと絶対に食べていけないし、食べていくには、加えて最低限のビジネスセンスがあるか、運良くパトロン(後ろ盾)を得なければならない。世俗的な面では、「俺は物好きでやってるんだ」というくらいの気楽さでないとやっていけない世界であろう。
伝統芸能の世界では、外部の者を受け入れず、世襲でのみ継承を行うものもあるが、幼い頃や、あるいは、母親の胎内にいる時から、その世界に馴染ませてセンスを育てるのだろうが、それでも、その世界でのセンスが無かったり、他の世界でのセンスを持っている者も、実際にはいるのだろう。見る人から見れば、「この○代目はセンスがない」と感じていることもあるはずだ。しかし、血筋という、遺伝的な才能は確率の高いもので、外部の者を採用するよりはずっと確実かもしれない。
世間にある英才教育は、子供が本来持っているセンスを潰すものが多いように思えてならない。なぜなら、それは、子供の才能を発見するものではなく、親のエゴで有りもしない才能やセンスの幻想に執着するものだからだ。
天皇というのは、最大のセンスが必要で、しかも、それが無ければ、国民は違和感を感じてしまう恐ろしいものかもしれない。武力で天下を取った者は権力者のセンスはあっても、権威者としてのセンスがあるかどうかは全く別のことである。日本では、ずっと、権力者が皇室を重んじてきたし、そうでない権力者は早々に滅んだ。ただし、皇室の権威に対し、時の権力が幻想でその姿を歪めたのも確かと思う。それは、恐るべき幻想となる。貴いものであっても、危ういものであるのかもしれない。







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誘惑に耐えることで人格が決まる

一昨日も書いたが、地球が流刑地で、我々は囚人のようなものだと考えると、全てが合理的に理解でき、そして、我々のなすべきことも分かり、私は大変な平安を覚えた。
ただ、我々は、罰として地球に送られたという訳でもない。そのあたりを説明しよう。
進化し、天国のような世界で暮らしていた我々であったが、その中に、どうしても、個人的欲望を捨てられない者達がいた。他の人より広い住居を望み、良い女や男を見れば情欲に駆られ、必要以上に美味しい食べ物を沢山欲しがるといった人達である。
とはいえ、そんな者達も悪人という訳ではなく、ちゃんと平和に暮らしていた。しかし、より高い進歩を目指す他の人々の深刻な妨げになるし、何より、自分達自身が後ろめたい思いを持っていた。
そこで、そういった我欲の強い者達は、別の星に移ることで、心苦しさをあまり感じることなく、ある程度は利己的に好きなことをやる自由を得、それによって必然的に味わう苦難を甘受することで学んでいくということに、全ての者が同意した。
我欲が強い連中とはいえ、現在の我々とは比較にならないほど進化していたし、科学を理解していたので、当時の原始的な地球に来てから、あっという間に立派な都市を建設した。しかし、彼らの個人的欲望に対する歯止めは、自分自身の自制心だけであり、しかも、以前いた星のように、近くに優れた手本となる人々がいない。彼らは、より豪華で広い住居を所有するようになり、男なら、好みのタイプの女性を奪い合い、女も同様であった。美食や酒といった肉体を喜ばせるものに耽るようにもなり、肥満したり、病気になる者も多くなった。
時が経つにつれ、争いは多くなっていった。最初は争いの規模が小さく、仲裁も容易であったが、やがてグループで争うことが多くなり、それぞれのグループは仲間を集めてより大きく強くなっていった。争いに高度なテクノロジが利用されるようになると、危険であるので、強制的な取り締まりも必要になり、強大な警察組織も必要になった。
そして、やがて、いくつかの致命的な出来事が重なり、それが大きな災厄を生み、ついに、恐るべき事態に発展し、彼らは滅びた。そして、生き残った人達は、具体的なテクノロジは失ったが、その原理を魔術的秘法として口伝した。現在の科学も、元々は魔術のようなものから発展している。そうして、何度も文明は復興し、そして、何度も滅びた。
その中で、彼らの元々いた星(複数)の仲間達は、決して彼らを見捨てたのではなく、彼らの自由意志を尊重しながらも、密かに支援を続けていた。それは、精神による伝達(テレパシー)のようなものであったり、時には、直接、地球にやってきて、手本を見せつつ道を説いた。釈迦やイエスも、そういった人達である。
そして、地球人類の中にも、元の星(複数)の住人のレベルに達すると、その天国のようなところに帰っていった。イエスの言う天国や、仏教の極楽浄土として例えられたところである。

「パピヨン」という、1973年制作のフランス・アメリカ合作の歴史的な映画がある。主演は、スティーブ・マックイーン、ダスティン・ホフマンで、原作小説は1000万部の大ベストセラーのようだ。
マクイーン演じる銀行強盗パピヨン、ホフマン演じる大詐欺師ドガら、重大犯罪者らは絶海の孤島にある刑務所に送られる。
それは、太古の昔の我々の姿を思い出させる。そして、この映画は、我々の歴史を比喩的に見事に描いている。単に出来事としてだけでなく、むしろ、精神的にだ。
だから、この映画は見た者に、本物の深い感銘を与える。
我々は、パピヨンとドガに分かれる。

この映画の中で、「誘惑に耐えられるかどうかで人格が決まる」というドガの言葉を、パピヨンが、その恐るべき精神力で示す。
高貴な人と、そうでない人の違いを示すこのことが、エマニュエル・スウェーデンボルグと土星人との対話の中に現れている。土星は進歩した星で、我々の中には、そこから来た者もいる。
土星人は、自分が真理に背く危険がある時、「パピヨン」でいう、誘惑に負けそうな時、手に小さなナイフが現れる。精神の力で出現させることが出来るのだ。
そして、真理に背くくらいなら、誘惑に屈するくらいなら、そのナイフで死を選ぶ。
ただし、本当に自殺するのではない。そういった気持ちをナイフに込めるのだ。ただ、これも昔の話である。今の土星人にはほとんど必要ない。日本人の、元々は、腹を切って誠意を示すための切腹は、この記憶から来ている。
私が所有するライナーロック方式(片手で操作できる)のナイフ。
私は、幼い頃からナイフが好きだったのだが、やはり土星にいた頃の記憶の影響だ。地球では、思念の力でナイフを出せない。
そして、何度も書いたが、私は子供の頃、何の手がかりも持たずに、満天の星から土星を見つけ、天体望遠鏡で観測したのである。それも、何の苦労もなく。理屈の上ではあり得ないことである。







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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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