ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

あなたを強くする「秘密力」

特別な秘密を持っていない者は駄目である。
駄目とは、平凡な人間であるということで、世間の教義や信念にひれ伏し、自分が自分として在ることが出来ないということだ。
秘密と言っても、下らない秘密ではなく、とっておきの秘密でなければならない。
「僕はM78星雲から来た宇宙人、ウルトラセブンなんだよ」
これは、『ウルトラセブン』最終回『史上最大の侵略(後)』で、ダンがアンヌに言った言葉だが、この位の秘密があれば最上だ。
しかし、なかなかそうはいかないであろうが、何か自分で出来る限りのものを得なくてはならない。

胸の中に隠し持った、世間の人が全く気付くことのない、あなただけの秘密があなたを守り、あなたに勇気を与えるのである。
オリンピックで日本人選手が金メダルを取るのを見たところで、せいぜいが一瞬ハイになるだけで、長期的に効力のある精神エネルギーという意味での勇気など、絶対に得られないことくらい、お分かりと思う。
だが、それを持っていることで、いつでも、どこでも、力が注がれるような秘密というものがあるのである。

『犬夜叉』というアニメのエンディング曲だった、Dreamの『My Will』(作詞は松室麻衣さん)の中で、

あなたのことを想う それだけで心が 強くなれる気がするよ

という歌詞があったが、この人にとっての「あなた」は、多分、秘密の存在だ。
一方、あなたが素晴らしい人だと思っている人であっても、あなたが危機の時、その人のことを想っても、ちっとも心が強くなれないなら、秘密にするほどの価値はないのだ。
単に人気があるとか、世間での評価が高いとか、外見がいいという程度の人間など、たかが知れている。
そんな安っぽい偽物ではない、キリストのような本物の「あなた」は滅多に出逢えるものではないかもしれない。
だが、天使とでも仲良くなれれば、それは叶う。そして天使は、本当は人間と親密であるのだが、それを知ることが出来る者が少ないだけなのだ。
そこで、まずは、自分で成し遂げられるものを得ることだ。
そして、素晴らしい秘密を手に入れれば、天使のことも知ることが出来るようになるだろう。

そして、あなたが得るべき、素晴らしい秘密は世間の価値評価と何の関係もないということを説明しよう。

梶原一騎さん原作の伝記漫画で有名になった不世出の空手家である大山倍達さんは、海外で、プロレスラーやプロボクサー、そして、その他のあらゆる格闘技と戦い、一度も負けなかったと言われるが、これについては、いろいろ疑問もあるようだ。
その漫画も、多くの部分が梶原一騎さんの創作であると言われている。
それで、私も、本当の大山さんがどんな人だったかは分からないが、それでも、私は、大山さんを非常に素晴らしい人だと思っているのだ。
その理由は、彼が、著書にこんなことを書かれていたからだ。
「漫画では、私が勝ったのは、私の空手の強さのためであるかのように描かれているが、本当の一番の理由は、相手が空手というものを知らなかったからだ」
無論、たとえそうであったとしても、超人的な格闘家に勝利することは生易しいことではなく、やはり大山さんは強かったのであるが、大山さんが正直に述べたことも本当だろう。
ところで、大山さんは初めてアメリカに行った時は、プロモーターは、大山さんを客集めのための、道化師のような役回りの日本人レスラーとして呼んだのであり、本気の勝負をさせようなどとは思っていなかったらしい。
だが、大山さんは、空手の必殺の技を磨きに磨いて備えていた。
その必殺の技とは、目潰しと金的(男性の股間)攻撃である。
大山さんは、これに関しても、誠実に、「空手が最強であるのは、この2つの技があるからである」と言う。
この2つは、いかなる格闘技の試合でも禁止であり、故意にやれば即反則負けである。
しかし、決闘にルールはない。
宮本武蔵の『五輪書』を読むと、武蔵は、決して、正々堂々戦えなどという、平和ボケした寝言など書いていない。「どんな手を使ってでも勝て」と書いているのである。
大山さんは、宮本武蔵を非常に崇拝していたというが、確かに、大山さんは、宮本武蔵のような武道家であったと思う。(これを武道と言うか武術と言うかは難しいかもしれないが)

総じて言えば、大山さんにとっては、磨き抜いた必殺の目潰し攻撃と金的攻撃が、「秘密」なのであり、それを持っているから、彼は、どんな相手との戦いにでも挑めたのだ。
あなたが得るべき秘密も、世間の価値基準や評判といったものと、何の関係もあってはならない。
むしろ、世間に蔑まれ、非難されるようなものの中に素晴らしいものであるのだ。

あなたが、片手でリンゴを握り潰せるほどの握力を鍛え、それを秘密にしていることが、あなたに名状し難い(表現し難い)自信や勇気を与えるなら、良いことである。いざとなれば、それは確かに力になる。

神道の最大の祝詞である『大祓詞』を完全に暗記し、毎日唱えているとしても、それがあなたにとって価値ある秘密かどうかは、あなた以外には分からない。
それを想えば、力がみなぎり、何も恐れないようであれば、それはあなたにとって大切な秘密である。
私の場合、大祓詞を数ヶ月に渡り、毎日欠かさず1時間以上、休日となると、6~7時間も唱えていたが、私の持つべき秘密にはなってくれなかったのである。

ニサルガダッタ・マハラジは、師である聖者に、「あなたは至高の実在である」と言われ、その言葉を覚えていた。彼は、修行は何もしなかったが、その言葉を覚えていただけで、やがて悟りを開き、偉大な聖者となった。彼にとって、その言葉は貴重な秘密であった。
だが、彼の師が彼にその言葉を教えたのは、彼が誠実であったからだ。
聖者は、弟子のための秘密の一言をいつも探しているのだ。だが、それを受け取るには、誠実でなければならないのだ。

だが、まずは、自分で何かを得ようとして努力するのが良いだろう。
努力と言っても、学校でやれと言われるような下らないものではなく、自分を守る真の力になるものであるから、その努力は楽しく、充実したものになるだろう。
すぐには叶わなくても、そうは経たないうちに、少なくとも第一段階の秘密が与えられる。人間とは、そのように出来ているのだ。
別に難しいことではない。
毎日、腕振り運動をしていたら、それがあなたにとって特別な秘法となり、「毎日2千回腕振り運動をしているから、何があっても大丈夫だ」と思えるようになれば、本当に、何があっても絶対に大丈夫になる。
あるマタギ(日本に古来からいる狩猟者)は、祖父から受け継いだ古い小刀を、いつも肌身離さずに隠し持っているが、そうすれば、とても心が落ちつき、いかなる危機的状況も乗り越えてこられたと言う。まさに、秘宝の小刀である。

尚、秘密と言っても、必ずしも口外してはならない訳ではないが、黙っていた方が間違いが無い。話すと、否定されたり、からかわれて不愉快な思いをするかもしれないからだ。
何と言っても、それは世間の価値観と何の関係もないものなので、その危険は高いのである。
腕振り運動すら、世間的にはそうかもしれないのである。
大山倍達さんほどになると、目潰しと金的攻撃が最大の必殺技だと言って、周囲に非難されても、ビクともしなかったかもしれないが、おそらく、彼も余計なことは敢えて言わなかったと思う。
あなたも、特別な秘密を持つことで、無限のエネルギー、揺るぎない勇気、絶対の自信と不思議な安心感を持てるのである。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
  
このエントリーをはてなブックマークに追加   
人気ランキング参加中です 人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

お坊様の法話とデートのプランは引き算の思想が大切

今月4日に、叔父のお葬式に行ったことを前にも書いたが、この時のお坊様が良い声でお経を読まれる方だった。
ところが、このお坊様の法話(仏法に関するお話)にちょっと困ったことがあった。
浄土真宗のお坊様なので、親鸞聖人のお話をしたりするのであるが、それが、多過ぎるのである。1つお話が終わっても、「他にもこんな話があります」、「さらにこんな話もあるのですが」と、延々と続く。聞いている方は、もちろん、表面的には神妙な顔で聞いているが、私がそうだったが、皆、心の中では、「まだ終わらないの?」と思っていたことだろう。しかも、お坊様だけあって、あまり世俗的でない、つまり、普通の人には現実感のないお話ばかりであるから、なおさらと思う。
お経の声が良かったことは上に書いたが、本人も自信があるのだろう。葬式自体は終わり、骨上げ(こつひろい)も済ませた後で、再度焼香をしたのだが(こんなことは私は初めてだった)、お坊様は長い「大無量寿経」を唱え、焼香が終わっても、これを延々聞かされ、終わった時には、悪いがほっとした。そして、それに続いたのが、この法話だったのである。
お坊様の場合、それで文句を言われることもないだろうが、やはりお寺に人が来なくなるということもあると思う。
世俗に合せれば良いというのではないが、自己満足もまた駄目である。
法話をしても、一般の人にとって面白く聞けるような工夫をしたり、普通の人が集中力を保てる時間というものに配慮するお坊様であれば、人気があって寺も流行るのだろう。
しかし、基本は、あれもこれもと何でも詰め込まず、その時の状況で、最善と感じるものを選んで、それに集中することだろう。それこそが仏縁というものではないだろうか。
無論、法話に限らず、ビジネス・プレゼンテーション、講演も全く同じであろう。

ところで、デートの時に同じ間違いをする男性も多いと思う。
女の子を楽しませて好印象を持ってもらおうと思ってのことだろうが、1回のデートの中にイベントを詰め込み過ぎて、慌しくなってしまい、女の子がどれも思い切り楽しめないということになってしまっていることがよくあると思う。
まあ、男の方は、次のチャンスは無いと思ってがんばっているのだろうが、やはりそれがモテない男の特徴かもしれない。
まして、男の方が、自分が楽しみたいと思って、自分が面白いと思うプランを用意する者もいるのだが、その場合、相手の女の子が菩薩様でもない限り、次はないだろう。

イタリアにフィアットという自動車メーカーがあり、ここの個性的な小型車が素晴らしい。
ルパン三世の車として知られるフィアット500は、ただの小型大衆車なのだが、日本はもちろん、世界で人気がある。
フィアットも経営状態が悪いこともあったが、1979年に人気車種パンダを発表して以来はほぼ順風漫歩と言って良いと思う。そして、このパンダの哲学は、「何を付けるかではなく、何を省くか」である。
これを、上にあげたお坊様や、下手なデートの計画を立てる男の子は、よく考えると良いだろう。
そして、この哲学は、全ての人にとって有益なものであるはずだ。
真に大切なことさえしっかりしていれば、後のことは適度で良いのである。

そう言いながら、関連した余談を付けておく。
イギリスでオリンピックが開催されているが、イギリスのアスリートと言えば、プロレスのビル・ロビンソンを思い出す人もいると思う。
技もスピードもパワーもスタミナも抜群のオールラウンドな選手で、実力は極めて高く評価されていた。
日本での有名な名勝負としては、1975年12月に行われたアントニオ猪木との61分3本勝負があり、結果は1対1の時間切れの引き分けだった。
観戦していた「プロレスの神様」カール・ゴッチは、「完全に互角」としたが、「地上最強の鉄人」ルー・テーズは、ややロビンソンが押していたと見ていた。
ところが、その半年後の7月、ロビンソンは今度はジャイアント馬場と対戦することとなり、大いに注目されたが、試合は馬場の完勝に終わり、改めて馬場の強さが認識されることになった。
ところが、馬場は、ロビンソンの実力そのものは認めながらも、全く恐くない相手と言っていた。後に、AWA世界王者になった弟子のジャンボ鶴田がロビンソンの挑戦を受けた時も、馬場は、「相手がロビンソンだから大丈夫だと思いますが、油断しちゃいけないですね」といった、どこかロビンソンを馬鹿にした雰囲気すらあった(ただ、その時はロビンソンも年齢的にピークを過ぎ、かつてほどの強さは無かった)。
実は、ロビンソンは、上に挙げたお坊様やデートが下手な男の子と似た傾向があったのだ。
つまり、こういうことだ。彼は、リングに上がると、自分の良いところを全部見せずにはいられないのだ。まあ、見せるほどのものではあるのだが、馬場に言わせると、「馬鹿」なのだそうだ。
実力差のある相手なら、それで良いし、お客さんも楽しいだろうが、強豪で、頭の良い選手が相手だと、いいようにあしらわれてしまうことがあるのだ。特に馬場は、ロビンソンのような相手を暴走させるのが得意だったようだ。
また、馬場は、「プロレスの神様」カール・ゴッチもまたそんなタイプと見ていたようで、ゴッチのことは、コーチとしては超一流だが、それほどの選手とは思っていなかったようだ。
猪木やルー・テーズのように、真正面から受けてくれる相手であれば、ロビンソンやゴッチの素晴らしさが出るのだが、彼らが、実力の割には、世界チャンピオンになったといったことが無いのは、良い言い方をすれば真面目過ぎてプロらしくなく、悪く言えば、頭の悪いレスラーであったということなのかもしれない。
プロレスは武道ではない。
一部の本格派のマニアにとっては、猪木対ゴッチ、猪木対ロビンソンは最高の試合であるが、一般の人が見れば、あまり面白い試合ではないはずだ。
かといって、プロレスで言うセメントマッチ(真剣勝負)であっても、馬場はめっぽう強かった。いや、馬場が、老獪な駆け引きが上手くなった理由は、無用な程本気になって相手に大怪我をさせたくないということがあったはずだ。馬場には、そんな苦い経験があったからだ。
馬場は、あらゆることが実によく分かった、頭のいいレスラーであり屈指のプロモーターでもあったのだ。
プロレスというのは、本当に多くのことが学べるのである。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
  
このエントリーをはてなブックマークに追加   
人気ランキング参加中です 人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

部外者があなたの仕事を理解してくれるはずがないじゃないか?

自分の仕事の苦労を理解してもらえないといった不満を言う者がよくいる。
しかし、そんなことが理解されないのは当たり前ではないだろうか?

ほぼ全てのプロ野球ファンは、プロのピッチャーやバッターの苦労を全く分かっていないはずだ。
しかし、そんなファン達が、選手達のことを何でも分かっているような顔で、選手達に対し、好き勝手な非難や要求を言っているが、誰もそれをおかしなことだと思っていない。
そんなものである。
それに対して、選手達が、自分達の実態や苦労を話しても、誰も関心を持たないだろう。

幼稚園の先生になった娘に、サラリーマンの父親が言う。
「いいなあ、子供相手に遊んでたらいいんだから。大人を相手にするのはしんどいんだぞ」
こう言われて激怒した娘は、
「私だって、同僚や園長、そして、父兄と対しているが、話の通じる大人相手の方がずっと楽だ」
と反論するが、父親は、
「同僚?園長?そんなの身内じゃないか?甘いもんだよ。父兄?彼らは節度を守ってくれるだろ?本当の大人相手の仕事はそんなもんじゃない」
と言いながらへらへら笑って相手にせず、ますます娘を怒らせた。
どっちもどっちである。
自分がやってもいないことを理解できるはずがないじゃないか?

私はコンピュータソフト開発者で、世間ではシステムエンジニアと呼ばれる職業に就いている。
多くのシステムエンジニア達も、ユーザーはもちろん、会社の中ですら、自分達の仕事が理解されていないことに不満を抱えている。
ユーザー企業の担当責任者や、これらの企業から仕事を取ってくる営業、自分の会社のマネージャーや経営陣が、ソフトウェア開発というものを全く理解していないので、仕事がうまくいかず、果ては、ソフトウェア業界が不健全なのだとまで言い出す始末だ。

早い話が、システムエンジニア達は、部外者が思っているよりも、システムエンジニアの仕事はずっとずっとはるかに大変なのだと言いたいのだ。
しかし、それはどんな仕事でも同じではないだろうか?
誰もが、自分の仕事は大変で、他の仕事は楽なものだと思っている。
多くのシステムエンジニア達自体も、システム開発以外の仕事に対してそうであるはずだ。

だが、いくら理解してもらえなくても、立派な仕事をしなくてはならないのだ。
それがプロというものである。

ところで、いじめられた男子中学生等が自殺した話が世間を騒がせているが、学校や教師の言い分が、まさに、「我々の仕事の大変さが理解されていない」というものだ。
他に忙しく難しい仕事が沢山ある中で、そこまで気が付かないことは仕方がないことだと言いたいに違いない。
まるで、医者が「輸血の手順は大変なので、血液型を間違えるくらい仕方がない」と言うようなものである。ただ、冗談でなく、そういった間違いを本当に起こす病院も増えているのであるが・・・
もちろん、教師の仕事の大変さは、部外者には分からない。
だが、学校の不手際で子供が自殺したという最低最悪の結果を出すなら、それは大人の仕事というレベルからはほど遠いのだ。企業でいえば、駆け出しの新人でも赦されないほどのことに違いない。

イチローが、トレーニングの大変さ、同僚やコーチ、監督、あるいは、球団やスポンサーとの複雑にして難しい関係と、それに対処する困難さをいくら説明したところで、球団が期待する活躍から遠ければ解雇され、ファンの期待に応えなければ見放されるのである。
そもそも、イチローはもちろん、よほどの未熟者(俗にヘタレ)でない限り、多少はともかく、そんなことを言うプロ選手はいない。そして、一流であるほど、自分のことに関しては、黙して語らないのだ。松井秀喜などは、まさに一流中の一流の器である。

私も、営業が勝手に客と交わしたシステムの仕様や開発スケジュールに営業を殴りたくなったり、それを気楽に承認するマネージャーの自宅に爆弾を仕掛けたくなる気持ちを起こすことはあるが、プロなのだから、黙って冷静に対処しなくてはばらないのだ。
無理と思うことでも、なんとかならないか、あるいは、代替案は無いかと考えれば、案外、何とかなるものである。それが知恵というものだろう。
営業や顧客にも悪気は無いし、彼らには彼らの立場や考え方があり、そして、よく考えれば、私が理不尽とか無茶と思っても、案外に筋が通っていることも多いのである。

また、他人の仕事を理解しようと思うのは悪いことではないが、それが出来るなどと夢々思わないことだ。
「百聞は一見にしかず」と言うが、見たって分からない。やってみない限り分からないのだ。

イチローが全盛であった頃、シーズン開始前に彼にインタビューした記者が、「今年の目標についてお聞きしたいが、まずは200本ですか?」と言った時、イチローは「一番の目標を、『まず』と言われるのは愉快じゃない」と答えた。イチローはさぞ不快であったはずだが、それは仕方がないのも確かだろう。

我々もまた、他人が不愉快なことを言うことを受け容れないといけない。
そして、不愉快なことを言われなくなったら、もう終わりである。

ちなみに、主婦という仕事も同じことだし、その主婦に仕事の大変さが分かってもらえない旦那も同じだ。
さすがに学生は、学業ということに限定するなら、大人に比べれば楽なものだが、それでも、それなりの苦労はあるものである。
皆、自分の仕事の苦労は分かってもらえないものと諦めることだ。
そして、誰しも(私やあなたも)、自分の仕事は困難が多く、他人の仕事は楽なものだと見なすものであることを忘れてはならない。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
  
このエントリーをはてなブックマークに追加   
人気ランキング参加中です 人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

肚(腹)に秘められた魔力

ここで何度も書くのだが、岡田虎二郎(明治、大正時代の思想家、教育家で、岡田式静坐法の創始者)が、人々に精神的な訓話をしていた時、一人の男が、自分はそんなことより金に窮していることが問題なのだと言ったら、虎二郎は、「金?金は腹に力がつけばいくらでも出来ますよ」と答えたという。
これは、たまたま金の話だが、女房の浮気が問題だろうが、病気が問題だろうが、息子がニートで問題だろうが、何でも同じだろう。
金なんて世界中にいくらでもあるし、駄目な女房なら別れてもっといいのをもらえばいいし、病気のまま充実して生きている人もいるし、ニートでも立派になるかもしれない。要は心配しないことだ。
ところで、岡田虎二郎は、静坐法で、腹の鍛え方を教えたが、私は、あまり岡田式静坐をやることをお奨めしない。
今となっては、やり方が分からないからだ。
そりゃ、本を見ればやり方は書いてあるが、「鳩尾を落とす」とか、「下腹の一点に力を入れる」といったことは、書いた人には分かっているのだろうが、早い話がさっぱり分からない。つまり、岡田虎二郎に直接指導を受けるのでなければ、無理なのだが、虎二郎は昔の人だし、彼は書いたものを何も残していない。
ただし、虎二郎の思想は、弟子達に残したものも、やはり素晴らしいので、一度接しておくと良いと思う。

では、腹を鍛えるには、どうすればいいだろう?
まあ、慌てないで欲しい。
虎二郎は、「生活しながら静坐してはならない。静坐しながら生活するようでなければならない」と言い、「常に腹に力を入れよ。人間は、腹から力が抜けた時に悪い考えが起こるものだ」と言ったらしい。
それが、腹を鍛えるということであり、それでこそ、世界中のお金は自分のものなのである。
ある非常にモテる男が、「世界中の女は俺のワイフだ」と言っていたが、悪い考え方ではない。また、ベアード.T.スポールディングという人は、世界中の家が自分の家だった。彼は全米を講演しながら、どの地区に行っても、どの家にでも平気でずけずけと入って行き、居間に腰を降ろすと、そこで快適に食事が出来なかったことは一度もなかったという。
つまり、そんな人達は、みんな腹に力があるのだ。
江戸末期の偉大な神道家、黒住宗忠も、常に下腹に力を入れ、座っていても、いつも手を下腹にやっていたそうだ。彼の時代は当然、自動車もバイクも無かったが、そんなものが無い限り不可能な遠方、あるいは、多数の場所に用があっても、宗忠は歩いて楽々用をこなしてしまった。本人も不思議に思っていたが、そんなことはよくあることだった。
腹に力がつけば、金どころか、何でも出来る。

さて、腹を鍛えるには、虎二郎も言うように、腹に力を込めなければならない。しかし、腹筋ならともかく、下腹には力を入れるべき筋肉などない。
つまり、直接、腹に力を入れる訳ではないということだ。
まず、肛門を閉めれば腹に力が入ることを覚えておくことだ。
そもそも、肛門の肛という字は、腹の本来の字である肚とよく似ている。
これらの字を見ると、月の右が、工か土の違いであるが、これらの字は、天と地の間に柱があるのであり、なんと、古事記に繰り返し述べられた、磐根の磐石な土台に太い柱を建て、天である高天原(たかあまはら)に千木高知りて、つまり、そこに届くまでに高いことを示しているのである。

昔、ある船が沈没した時、一人のお坊さんだけが生き延びたということがあった。
そのお坊さんは、溺れながら、肛門を一生懸命締めたのだそうだ。普段、そんな修行をしていて、それが気力を充実させていたことから、無意識にやったのだろう。
この話について、肛門を締めることで、気を外に漏らさないからと言う人もいるが、そんなもので気を閉じ込められるはずがない。気はそんなケチなものでない。そうではなく、肛門を締めることで、肚の中の気が活性化するのだ。
人間は死ぬと肛門が開く。だから、下手に首吊り自殺なんかすると、かなり見苦しいことになるので、やめたがいい。
それよりも、肛門を締め、肚の気力を高めることだ。
また、手を握ると、腹(肚)に力が入る。普段から、手を握ったり開いたりのグーパー運動をすることだ。
それと、笑うと臍と肛門が閉まる。
癌や膠原病 (こうげんびょう)といった重病の患者が、辛気臭い医療現場と縁を切って、喜劇や漫画で笑う生活をしたところ、奇跡的に治ってしまったという話を、あなたも聞いたことがあるかもしれない。
ただ、最近は、品格のない笑いが多い。本来は、笑うべきでないことで笑う恐ろしいことが横行している。あなたは良い笑いをして欲しい。
それはともかく、黒住宗忠も、笑うことを奨め、それで難病が治った人も数知れない。
肚の偉大さが分かるではないか?
ぐずぐずせずに、さっそく肚を鍛え、その万能の力の恩恵に与ると良いだろう。
肛門を締める。グーパー運動をする。よく笑う。こんないつでもどこでも出来ることが、「一日中、肚に力を入れること」になる。
グーパー運動をいつでもやるのが無理なら、小指に力を入れて手を握る。人差し指は開く。正しく木刀や野球のバットを握る時がそうだ。そうすると、肩の力が抜け、肚と肛門も閉まるのである。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
  
このエントリーをはてなブックマークに追加   
人気ランキング参加中です 人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

握力は万能の力に通じる

『古事記』において、力自慢のタケミナカタは、タケミカヅチに力比べを挑み、タケミカヅチの手を取ると、タケミカヅチの手は氷や刀に変わった。
一方、タケミカヅチがタケミナカタの手を取ると、若い葦の芽のごとく、その手を握り潰した。
タケミナカタとて、千人でやっと動かせる岩を片手でお手玉にするほどの怪力であったが、タケミカヅチはレベルが全く違っていたのだ。
そして、恐るべきは、タケミカヅチの握力である。

普通の人は、握力の重要性を知らないが、古事記では、このようにさり気なく教えている。
統計においても、握力の強い人ほど、健康で長命であるそうだが、知的能力と握力の関係もまた高いのである。
それよりも、本質的に、生命エネルギーと握力は比例するのである。
『老子』にも、赤ん坊の握力が強いことが、特に述べられているが、それは、赤ん坊の気が充実している、つまり、気のエネルギーが極めて高いということなのである。

気力が無いとか、何もする気が起きないというのは、生命エネルギーが低下しているのであり、気が活性化していない状態である。
腕振り運動をすれば、GTP(複数の重力子から構成された粒子で、中国の気やインドのプラーナと同じ)が体内に蓄積される。しかし、それが活性化されないとエネルギーにならない。そのために、このブログでは以前、ヨガの呼吸法であるクンバクによって気を活性化させる方法を述べたが、握力を強化することは、そのためにも極めて効果的である。

昔、フリッツ・フォン・エリックというプロレスラーがいた。彼は、ジャイアント馬場さんの最大のライバルの一人だった。エリックが強いレスラーだということは分かっていたが、実は、知られているよりも恐ろしく強く、彼が世界チャンピオンになれなかったのは、強過ぎたからとも言われている。
ところが、彼のファイトは、ひどく単純だった。必殺技は、ブレーンクローという、相手の額全体を手で掴む技と、ストマッククローという、相手の胃袋を手で掴む技といったものだが、握力が極めて強いので、そんな単純な技が必殺技になったのである。
そして、エリックのその他の攻撃は、ほとんどがパンチとキックだけだったが、これがまた凄い威力だった。
エリックは、元々は大したレスラーではなかったが、自分の握力が強いことに気付き、何のきっかけか知らないが、野球ボールを持ち歩いて、常に握って鍛えたようだ。
エリックは、握力の向上と共に、体内の気を活性化させ、無限のエネルギーを得ていたのだ。さらに、頭脳も人間性も高度になり、世界最大のプロレス団体の会長も務めた。

プロボクシング世界ヘビー級王者だったモハメッド・アリは、兵役を拒否して世界王座もボクサーライセンスも剥奪され、3年半のブランクの後、世界王者ジョー・フレイジャーに挑戦するも破れ、さらに、ケン・ノートンにも破れ、30歳も超えたことから限界と言われた。
だから、フレイジャーを破って新王者になった、怪物と言われていた25歳のジョージ・フォアマンに挑戦した時は無謀と言われたものだが、アフリカのザイールでフォアマンと戦い、「キンシャサ(ザイールの首都)の奇跡」と言われた奇跡的な逆転KOでフォアマンを倒した。アリの奇跡の復活の要因に、アリが手首や握力を大幅に強化していたことが、一部で知られている。
そして、アリは、その後も長く世界王座に君臨する。36歳で25歳のレオン・スピンクスに敗れて王座を失うも、リターンマッチ(復讐戦)で奪回した。

『サンダーバード』の制作者であるジェリー・アンダーソンは、世界的な特撮作品のプロデューサーであるだけでなく、実は深遠な英知に通じていた。
彼が初めて人間の俳優を使って制作したSFテレビドラマ『謎の円盤UFO(原題:UFO)』で、こんなお話があった。
地球防衛組織(対地球外侵略者)の最高司令官ストレイカーが部下のフォスター大佐と共に、自ら、海底の宇宙人の基地に侵入するという無謀な作戦を実施した。
そして、見事、宇宙人の計略を暴いた後、そこからの脱出をする際、ストレイカーとフォスターは別れて行動した。どちらかが生きて帰る必要があるからだ。フォスターはうまくいったが、ストレイカーは、迷路のような基地の中で迷ってしまう。
ある時刻になれば、その基地を魚雷攻撃するよう命じてあった。それは、例え、彼らが脱出していなくてもだった。その時刻までいくらも残っていなかった。
しかも、ストレイカーがやっとたどり着いた脱出場所には、宇宙人のサイボーグが待ち構えていた。
戦いを挑むストレイカーだが、相手のサイボーグは人間離れした強靭さで、殴ろうが蹴ろうがびくともせず、パワーも桁違いで、ストレイカーはまるで歯が立たない。
一方的な攻勢の後、サイボーグは、ストレイカーを頭上高々と抱え上げる。そして、堅い床に叩き付けて終わりになるはずだった。
その時、ストレイカーの右手が、するすると、サイボーグの首に伸びる。
サイボーグの首の付け根あたりを掴んだストレイカーの手が強く握られ、サイボーグの動きが膠着した。そして、サイボーグの身体が震えると、そのまま崩れ落ちた。
特に説明されることは無かったが、ストレイカーは超人的な握力を身に付けていたのである。
古代ギリシャでは、特に握力を鍛え上げることは、競技格闘技の秘法であったとも伝えられている。まあ、それで言えば、我が国の古事記も同じである。
抜群の握力を持っていれば、喧嘩をしても、滅多なことでは負けない。

手を握ると、腹に力も入り、私が普段から度々言う、腹を鍛えることにもつながる。
ただ、握力を鍛えるといっても、いきなりハンドグリップなどを握っても駄目だ。
どうすればいいかと言うと、やったことがあるかもしれないが、手を握って開いてという動作(いわゆるグーパー)を繰り返す訓練をしなければならない。
苦しい訓練ではあるが、誰でもどこでも出来る。
単に握力が筋力的に強くなっても仕方がないのである。意志の力でもって、単純な動作を数多く繰り返さないといけない。
また、握るだけでなく、その反対の開くという動作も大切なのである。
特に、風呂の湯船の中でやると、水圧の抵抗があるので効果的である。
無理はいけないが、できるだけ多数回やって鍛えれば、握力のみならず、心身のエネルギーが増し、脳も活性化し、瑞々しく若返り、腹にも腹筋とはまた違う本物の力がつくのである。
意外なことに、視力も良くなる場合が多いが、実は意外でも何でも無く、自然なことである。
こんな良いことを、なぜ今まで言わなかったのかと言うと、私もうっかり忘れていたのである。しかし、夢の中で守護天使に教えられ、他で教えていいかと尋ねたら、「よい」と言われたので、ここに書く次第である。
ただ、握力は、世俗の側の力である。その掴むということから、物質的なものを得る効果がある。しかし、不要なものを得る力としてはならない。
だが、生きた人間である限り、物質的、肉体的にあまりに弱くてもいけない。
そして、不要なものを手放せば手放すほど、真に強くなるのである。
しかし、不要なものを得れば得るほど、自我が中心になり、不安と恐怖に悩まされる惨めな人間になり、平和を得ることが出来ない。
それを忘れてはならない。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
  
このエントリーをはてなブックマークに追加   
人気ランキング参加中です 人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
Kay Twitter Home

執筆のご依頼

最新コメント


月別アーカイブ
記事検索
ブログバナー&Mail


メールはこちらへ

PV since 2010/09/08
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

人気ランキング参加中
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ ひきこもりへ
タグクラウド
QRコード
QRコード