ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

スポーツはメールより気楽であるべき

昨日の体育の日とは、東京オリンピック(1964年)の開会式の日を記念したものらしい。
体育の日は、元々は10月10日であったが、2000年からは10月の第2月曜となったらしい。実は私は今まで気が付いていなかった。

ところで、会社の社員旅行というものは、昔、普通の人が個人ではなかなか旅行出来なかった時代に始まったものだと聞いたことがある。それと同様、体育の日に行うような体育祭等の体育イベントは、個人がスポーツの習慣や知識を持たなかった時代には有益だったかもしれないが、今ではむしろ健康の趣旨に反するかもしれない。スポーツは特別な日にやるものではなく、普通にやるものであるのに、体育イベントでもなければスポーツをやらないというのは何かおかしいのである。
それは、普通の人には、スポーツとは、特別な場所や施設や道具を使ってやるものだというおかしな思い込みがあるからだと思う。
私の提唱する「One-Mat(畳1枚) アスリート」は、畳1枚の広さで出来、お金も全くかからない。
スポーツとは、テレビを見たり、電子メールを使うこと以上に気楽なものだと考えているのだ。だから、毎日簡単にやれるし、それでこそ効果を上げることができる。
指導者なんてものものしいものも不要だ。必要なら教えあえば良いことは電子メールや、算数や国語と同じだ。
本当は身体がボロボロのスポーツ選手の真似をしたり教わったりする必要はない。競技スポーツは、健康のためのものではなく、ビジネスなのだ。
一方、「One-Matアスリート」は、身体の健康はもちろん、心の健康をも視野に入れた、真に有益なスポーツを行うことを目指すものだ。

器具も全く必要がない。ただ、重力があれば良い。
One-Matアスリートのトレーニングは自重(自分の身体の重さ)のみを利用するものだからだ。
この世で重力ほど大切なものはない。
「老子」を読むと、根っこの偉大さが繰り返し説かれている。草花はどんなに茂っても、結局は根っこに帰ってくる。
根っこは、植物の中で最も重力に近い。
しかし、それでも、草花は、重力に逆らって上に伸びる。
つまり、重力は最も強力で大切なものであるが、その反対側に進もうとする意志やエネルギーもあるのだ。
そういうのを「萌え」と言う。
それは若さの力でもある。それは、柔らかく、たおやかで、蒼い。上に伸びるのは成長する若い芽や枝だからだ。それは、無限の可能性を持っている。
そして、いったん上に伸びてこそ、根っこは優しく迎える。イエスも教えたように、家を離れた放蕩息子を、大金持ちの父親が温かく迎え入れたようにである。

天使は空を飛ぶものだ。そして、天使は翼で飛ぶ訳ではない。
英国の作家チェスタトンが、
“Angels can fly because they take themselves lightly”(天使は自分が軽いと思っているから飛べるのだ)
と言ったように、天使は、特別な意味で自分を軽いと思っているから飛べるのだ。
重力からの解放を自由と言うのだ。それは、誰もが憧れていることだ。
One-Matアスリートは重力をも超え、自由を目指す。

One-Matアスリートは、まずは自重運動で筋肉を適度に鍛える。
腕立て伏せやスクワットなどだ。道具を使わず、能力に応じて誰でも実施でき、数字による記録で進歩を知ることはもちろん、微妙な身体の調子を感じることで、肉体の精妙さに気付き、さらに、心を探求し、それを支配するに至る。無理をせず、簡単過ぎずのバランスを取りながら、1年365日、毎日続ける。
普通の腕立て伏せが難しければ膝をついてやることもできる。
スクワットも、深く曲げる方法もあれば、ハーフスクワットと言って、適度に曲げる方法もある。脚が弱ければ、何かにつかまってやるのも良い。
全て自分で簡単に工夫できるはずだ。

自分の身体の重さのみ利用する自重運動を毎日続けると、気が付かないかもしれないが、だんだん重力の支配を感じなくなっている。
最初は10回、20回でも苦しかった腕立て伏せが100回、200回とやれるようになる。
ある武道家は、90歳で150回の腕立て伏せを軽々とやる人のことを知り、自分も50歳を過ぎて70回しか出来なくなっていたが2年かけて200回できるようになったと言う。この話は、下にご紹介した『武道の力』にある。
私も10回から始め、今は毎日150回をこなしている。その気になれば少なくとも200回以上は出来るはずだ。
食を慎めば、霊的な力も発動し、より簡単になる。それは、重力の支配を逃れ、より天使に近付くことである。

例えてみれば、One-Matアスリートは座禅に似ている。
動く座禅、つまり、動禅だ。ヨガや仙道もそのようなものかもしれない。
それを、現代的に、誰でも手軽に実践出来るようにしたものである。
さらに、潜在意識を含めた心の支配に関する知識を加えれば、万能の鍛錬となると思う。
食を慎めば、それらは容易に実現できるだろう。究極の目標は、宇宙との一体化と思うが、まあ、最初は、タダで手軽に出来る運動やダイエットと思っても良い。

尚、腕立て伏せもスクワットもおっくうだという場合は、スワイソウという、立って両腕を前後に振るだけの運動でも良い。姿勢良く立ち、腕を後ろに振る時にはやや鋭く、前に振る時はなるべく力を抜いて自然にまかせる。
意識は、丹田に置くのが正しいと聞くが、単純に下腹部に置けば良いと思う。
これを、最初は200回程度から始め、出来れば1000回以上行う。体力的には老人でも難しくないと思う。これを毎日2000回やって、末期癌を治したという著名な工学博士もいたようだ。
体力的には楽だが、やってみると退屈かもしれない。それで、やっているうちに、雑念がとめどなく起こり、何回やったか分からなくなる。落ち着いて黙々とやることで、座禅や静坐のような効果も出ると思う。
私は、腕立て伏せの準備運動のような意味でもこれを行っている。寝起きでも、これを500回もやれば、全身に気が巡り、細胞が活性化し、頭もすっきりする。
スワイソウに関しては、下に『体を整える「気」のすべて』、『気功革命』の2冊をご紹介しておく。







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生まれつき優秀な人

世の中には、確かに、生まれつき優秀なヤツっていると思う。

漫画・アニメの「フルーツバスケット」で、夾(きょう。高1男子)が、由希(ゆき。高1男子)のことを、「人が努力している上を楽々と飛び越えていくイヤミなヤツ」と言ったが、そんなヤツのことだ。
「いや、優秀に見える者は努力してるのだ」と言う人もいるだろうが、我々凡人は、努力のための集中に非常な困難を感じるのだ。
コリン・ウィルソンは、「天才とは内なる衝動に過ぎない」と言うが、まさにそれが天才であり、凡人に無いものだ。

生まれつき優秀な者は、元々少食な人が多いと思う。例えば、小室哲哉さんのような人だ。彼は、本当に食べたくないらしい。そして、彼は音楽のために無限に集中が出来るかのようだ。
ビル・ゲイツは、会社に寝泊りしていた若い頃でさえ、事務員の女性が買って持ってでもいかない限り、いつまでも食事をしなかった。
マイケル・ジャクソンやマドンナの驚くべき少食振りもよく知られている。
イエスは40日間断食し、釈迦はもっと凄かったかもしれない。
一方、食欲を抑えられないのが我々凡人である。
水野南北が断言したように、人の力は食で決まるというのがこの世の秘密だとすれば、凡人は少食の天才にどうやっても適わないのである。

食の細い女性はやはり天使に近い。
現代は、商業主義の策略で女性の欲望が過度に肯定される傾向が強いが、それでも、女性は少食のふりをしたがるものだ。しかし、それは普通の女性には無理があり、時に笑い話になることもある。
画家の足立育子さんの本に書かれていたが、現代は漫画家に直観に優れた宇宙的感性を持つ人が多いらしい。それは、1つには、世間に毒された度合いの少ない若い人に同調する能力のせいもあると思うが、同じ意味でアニメの制作者やアニメソングの作者も同様と思う。
食の細い女性の霊妙さについて、漫画などでもっとよく描かれても良いように思うが、それは色々制約もあるのだろう。しかし、時として作品中に控え目に現れることがある。
漫画の「美少女戦士セーラームーン」で、主人公だが平凡な少女である月野うさぎは、「寝ることと食べることが趣味」であるが、火野レイという、巫女でもある神秘的な美少女がいる。うさぎは、レイが食事をするのを見て、「レイちゃん・・・なんて不味(まず)そうに食べるの!?」という場面が印象深い。レイは、時によっては全く食事をしなくなることもある。
アニメの「魔法少女リリカルなのは」で、戦いを前にフェイト(金髪の美しい魔法少女。9歳)が食事に手を付けていないのをアルフが心配すると、フェイトは「大丈夫、少しは食べたから」と言いながら、アルフが食べ物を隠し持っているのに気付くと、彼女(アルフ)には「それ食べてからでいいよ」と言うのも面白い。
制作者も無意識に描いているのかもしれず、非常にさりげなく表現されるが、それがかえって自然な雰囲気になっている。

だが、ビル・ゲイツのような万能タイプは少なく、天才は欠点も多い。
だから、英雄には凡人が多く、天才はそのサポート役に回るのがほとんどお決まりだ。凡人は、自分の足りない面を強烈に認識すれば、素直に他人の力を借りることが出来るからだ。
しかも、天才の大半はいずれ食の慎みを忘れ、自我の増長という致命的欠陥にとり付かれる危険も高い。
昔から、「10歳で神童、15で天才、二十歳過ぎればただの人」とよく言うではないか。
あるいは、「10歳で天使、15で聖女、40で魔女」とも言う。
かつての天才も、腹が出てきたら果てなく没落し、みじめな晩年となる。大富豪の大半や、ゲーテやH.G.ウェルズのような歴史的な天才作家でさえそうだった。
そして、食の慎みの魔法を得た凡人が逆転する可能性もあるのだが、これはほとんど不可能かもしれない。もし出来るとすれば、よほど天使に憧れた場合である。







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餓えた男は美しい

NHKのBS(放送衛星)チャンネルで放送されていた、アラン・ドロンとチャールズ・ブロンソン共演の「さらば友よ」をHD録画していたを、昨日、視聴した。
実は私は、この映画のDVDを持っているのだがそれでも録画した。それほど好きな映画だ。

良い映画には、名台詞も付きものだ。
「なぜお前がここにいるんだ」と、ブロンソン演じる詐欺師のプロップ。
「俺はここにいない。俺は幻だ」と、ドロン演じる医者のバラン。
彼がなぜ幻なのかは、次のようなわけだ。

バランは学生時代からの親友モーツァルトを、戦地で敵と間違えて撃ち殺した。
モーツァルトは恋人イザベルを救うために犯罪を行うはずだった。それを知ったバランは、イザベルに、モーツァルトを知らないふりをして身代わりで犯罪に手を貸した。
いるべきはモーツァルトだった。だから、バランは「俺は幻だ」と言ったのだ。
バランとプロップは、お互い、殺したいほど嫌悪していたはずだが、極限状態の中で、バランは、モーツァルトを殺した経緯をプロップに話す。全てに万能だったモーツァルトに心から憧れていたことも。
プロップは言う。
「敵と見方は区別が付きにくい。根っこは同じようなものだからな」
まさに、プロップとバランがそうなった。
映画を見る者は、本物の男の友情を見ることになる。そして、安物の友情、偽物の友情にはヘドが出るようになるはずだ。
本物の親友は敵でもあるのだ。

ところで、ドロンもブロンソンも素晴らしい肉体美だ。
この映画の時、ドロンは32歳だが、ブロンソンは46歳。
ブロンソンは素晴らしい筋肉美で、俗に言うマッチョマン(マッチョは、「オスの」というスペイン語マチョが変化したもの)だ。ドロンはやや細身だが、やはり逞しい。しかし、2人とも、ボディビルで作ったような無駄な筋肉は付けていない。そして、共に腹部が見事に引き締まっていた。
映画の中で、3日の間、飲まず喰わずの中、殴り合い、鉄の板でコンクリートの壁を延々と叩き壊すというハードな状況になるが、それをリアルに見せるために、撮影時には絶食していたとも考えられる。
見ている側も飢餓感を感じるほどだから、おそらく、間違いない。
そういえば、高倉健さんが、「幸福の黄色いハンカチ」で、長い服役後、ビールを狂おしいまでに美味そうに飲み、ラーメンの前で身震いせんばかりの演技のために、2日間絶食で挑んだという話がある。私は、一昨年、それを知ると、すぐにDVDを買って観たが、さすがに鬼気迫る演技だった。
餓えた男は美しい。
私が、ある日突然、1日1食で、かつ、超少食になれたのも、潜在意識の中に、「さらば友よ」の印象があったからだ。その後、「幸福の黄色いハンカチ」を観たので、楽に継続できた。
みなさんも、これらの映像を見て、リアル・ビューティーを目指していただきたい。本物の美しさは、飢餓でしか決して実現しない。







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地上の天国

宗教家はよく、地上天国という言葉を使います。
我々の住む地上が、いつか天国のような理想世界になるといったことと思います。
それは大変に素晴らしいことですが、では、どんな世界が地上天国なのでしょうか?
昔、ある宗教団体のパンフレットで、虎と鹿が一緒に仲良く寝そべっている絵が描かれているのを見たことがありますが、それは非現実的であるだけでなく、理想世界の様子だとも思えませんでした。
虎もライオンも、他の全ての肉食獣も、空腹でもないのに狩りをしたりはしませんので、不必要に獲物を獲ることはありません。それで、獲物の草食動物が死滅しないと同時に、それを餌にする肉食動物も生き延びることができます。
鹿だって、肉食獣に喰われることは本能の中に折り込み済みで、喰われることもまた幸福なのかもしれません。
しかし、虎と鹿が一緒に寝そべっていたら、虎は飢え死にしますし、鹿も繁殖し過ぎて自然の生態系を崩して死滅するかもしれません。

確かに我が国をはじめ、現在のほとんどの国は理想世界とはほど遠いですし、ひどい世界かもしれません。
しかし、素晴らしい理想世界が実現したとして、全ての人が自動的に幸福になったりするでしょうか?
現在の、この「ひどい」世界でうまくやっていけない人間が、果たして理想世界では楽しく生きていけるものでしょうか?
例えば、宇宙人が空飛ぶ円盤でこの世界にやって来て、世間のせいでひどい境遇にいる人間を、彼らの素晴らしい世界に連れて行ったとします。しかし、その地球人は、そこでもやっぱりうまくやっていけないのではないでしょうか?

マドンナより1日だけ後に生まれたアメリカの人気歌手ベリンダ・カーライルに「ヘブン・オン・アース」という世界的なヒット曲があります。その歌では、「天国は地上にあるのよ。地上を天国にしましょうよ」と歌います。
アース・ウインド&ファイアーのモーリス・ホワイトが、タツノコプロのアニメ「ガッチャマン」のために制作に関わった「LET'S FLY」という歌では、「つまらないことは地上で空回りさせておいて、僕達は高く飛ぼう」と歌いますが、いずれも、ビートルズの「ヘイ・ジュード」にあるように、「悲しい歌だって楽しくできるさ」ということと思います。
現実を自分で楽しくできる訓練された強い心を持たなければ地上は天国になりませんし、逆にいえば、強い心を持っていれば、どこでも天国を創れるのだと思います。
我々の目的の1つは、心を鍛えて思考や感情を支配できる力を持つことだと思います。

なんと言いましても、宇宙人が迎えに来てくれる可能性は少ないですし、私がもし進化した宇宙人だったとしても、多分、そんな余計なことはしないでしょう。
もし、スーパーマンが本当にいたとしても、悪い宇宙人がちょっかいを出してでもこない限り、どこかの美人記者でも口説いていてくれれば良く、世界中のミサイル基地を破壊して回る必要はありません。
2012年12月にアセンションで地球が大変革を起こすとしましても、それまで不幸だった人が必ずしも幸福になるとは限りません。
荘子は、人は安らかで充実した一生を送るべきだと言っていますが、他の惑星に行けとも、仙人になれとも言っていません。ただ、小賢しい人知に奢らず、自然の本性を大切にして生きれば、必ずや幸福な人生をまっとうできると言ったのです。
世間を天国にすることはできないと思いますが、地上を天国にすることは容易いかと思います。問題は、その容易いことを、なぜ多くの人がうまくやれないかです。それはきっと、欲が深過ぎて、幸福に必要な慎みを知らないからでしょう。
タバコをやめるとか、間食をやめるとか、食事を1回抜くなんてことが難しいはずがありません。難しいと思い込んでいるだけです。私は思い込みを捨てたので、それまで大食していたのが、いともたやすく1日1食にし、少なくとも、身体面においては完璧に健康になりました。精神面においては、問題をあまり早く解決してしまったら、楽しみがなくなって退屈してしまうかもしれませんので、まだ悩み、苦しみは一杯持っていますけどね。
身体が完全に健康なら試練もまた楽しいものでしょう。ただ、身体に問題を持たせて、より人生に深みを持たせる道を選ぶ偉い人だっています。私は楽なのが好きなので遠慮しておきますが。




【BELINDA CARLISLE・HER GREATEST HITS】
私が持っているのはこれという程度の意味でご紹介しておきます。




【人類の発祥、神々の叡智、文明の創造、すべての起源は「異次元(スーパーナチュラル)」にあった】
「神々の指紋」などで有名なグラハム・ハンコックの新作「神々の刻印」の紹介のような本なのですが、エハン・デラヴィのまとめ方が上手過ぎたのか、私は「神々の刻印」は買ったけど読まず仕舞いになってしまいました。

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心を締める鍵

合氣道家の藤平光一さんの本に書かれていましたが、藤平さんの若いお弟子さんで一般社会人のある方は、朝、「今日も氣を出すぞ」と思うのだそうです。そして、日常でも、何か危機的状況になると、氣を出すことで自然に解決するのだそうですが、藤平さんは、氣は、出ていると思えば出ると述べられています。
事情の分からない人には、なんとも抽象的な話ですが、ご本人はそれで非常にうまくいっているのでしょう。

何でもいいですから、何か1つ、心を落ち着かせるものを持っておくのが良いということと思います。
大切なことは、自分の気持ちにぴったりすることであり、一生続けられ、そして、身体でやることでも、心でやることでもいいですから、具体性があって簡単なものが良いでしょう。
そして、さっさと1つに決めることです。
くれぐれも、自己開発ビジネスに煽られて、「あれも良さそうだ」「これも良さそうだ」と、遍歴をしないことです。そんなことをしていたら、20年、30年なんてあっという間です。
何でも同じなんですよ。これでなきゃいけないなんてものはないし、特に優れたものがあるわけでもない。極論すれば、自分が良いと思えば嘘でもいいのです。
岡田虎二郎さんに教わった岡田式静坐法を生涯続けられた柳田誠二郎さんは、「心を締める鍵を1つ持ちなさい。私の場合はそれが静坐だった」と著書に書かれていましたが、本当に何でも良いのだと思います。
まあ、別に萌えアニメの美少女キャラを崇拝しても良いと思いますが、それって飽きが来るかもしれません(経験談)。
1つだけ大事なことがあるとすれば、個人的な欲望を持たないことです。それがあると、果てしない遍歴は免れません。なぜなら、個人的欲望には果てがないからです(経験談)。

そういえば、私もやっと1つ見つけたのですが、おかしなことに、もうかなり昔に読んだ本に書いてあったことです。
ラルフ・ウォルドー・トラインの書いた“In Tune with the Infinite”という本ですが、最近出た現代語版ではなく、宗教家の谷口雅春さんが訳された文語体の総ルビ付きの本の方です。内容はほとんど憶えていないのに、そのうちの一言だけが心に残っていたことに、最近気が付いたという奇妙なものでした。いえ、ずっと分かっていたのですが、別のものに目移りして忘れていたのだと思います。

“In Tune with the Infinite”の翻訳2冊。




【幸福はあなたの心で】
文語体。総ルビ付。谷口雅春さん訳。




【人生の扉をひらく「万能の鍵」】
口語体。吉田利子さん訳。

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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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