ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

ダイエットはあまりに簡単で1円もかからない(実体験)

ダイエットなんてあまりに簡単なことだし、健康になるとか、体調を良好に保つことまで含め、お金なんて全く、1円もかからない。
食を慎めばいいだけなのだが、そのためには、世間の人々には、どうしても困難なことがある。
しかし、その困難は、単に奇妙で厄介というだけのものなのだ。
それは2つあって、
(1)沢山食べないと身体に悪い
(2)肉や魚介類、ケーキなどを食べないと人生が楽しくない
という、馬鹿げた思い込みだ。

私が、
「1日1食で完全な菜食。肉も魚介類も卵も乳製品も食べない」
と言うと、必ず返ってくる言葉が、
「身体が悪くならないですか?」
「何の楽しみがあるのですか?」
といったものである。
だが、真実はこうである。
●肉や、過度に美味しいものを沢山食べているから身体が悪くなっている。
●菜食でシンプルなものを少ししか食べない私の身体は抜群に健康で強い。
●美食など身体的快楽に耽るから、本当の楽しさを知らない。
●身体的な快楽をあまり求めなければ、本当の楽しみがやってくる。

私は、食事は夕食だけで、パン、野菜、果物、ナッツくらいしか食べない。
(ただ、お菓子も、1日に、決まった時間に1回だけで、素材の良いものを適度な量なら問題はなく、私もクッキーなどを食べる。)
その食生活で、私の身体は全く健康で、年に1回、会社に受けさせられる健康診断でもオールAで、健康体の見本のようなものだ。1日3食で肉食中心だった頃は、健康診断では「要精密検査」「要検診」といった項目が多かったものだ。それが、ただ食を慎んだだけで完全に健康になったのである。
しかも、180cmで63kgと、少しも痩せておらず、ウエストは73cmで、現実的には理想的なサイズと、我ながら思う。
(ただ、10代であれば、180cmで55kg、ウエスト68cmでも健康であると思う。ただ、身体が出来てからそれでは痩せすぎかもしれない。私も、2年前はそんなサイズだったが、少し疲れ易かった。)
さらに、以前はあった、アトピー性皮膚炎、メニエール氏病、頭痛、眩暈、近視(0.1以下)も全て治り、昨年の免許更新では、「眼鏡等」の条件も消えた。これには、私が普段からお奨めしている、腕振り運動の効果も入っていると思う。
最近、ある程度の年齢の、社会的に立派な方々に、「タンパク質はどうやって摂っていますか?」「炭水化物は足りているのですか?」と何度か聞かれたが、そんなこと知らない。現に健康なんだからそれでいいじゃないですかと言うのだが、栄養神話にとりつかれた彼らには、それが納得できず、どうしても不要なものを食べて、結果、不健康で苦しんでいるのである。

人々は、本当に楽しいことを何も知らないので、美味しいものを食べたり、酒を飲んだり、性的な欲望の満足を求めたり、海外旅行に行ったり、金を溜めたりすることにうつつを抜かしているのだ。
これらに興味すらなく、何もしないと言うと、「何のために生きているのですか?」と本気で言ってくる。私は、笑う気にもなれず、どんな顔をしていいか分からない。
私とて、そんな楽しみに執着し、かなり得ていたことはあるのだが、だからこそ、今は、それらがあまりに下らないものであることが分かるのである。
かといって、そんな人々に、真の楽しみについて語っても、さっぱり理解されないことは分かっている。
「人間は、自分の見たいものしか見えない」「人間は、自分の見たくないものは見えない」というのは、忘れてはならない至言である。一般に言う名言など、何の役にも立たないが、これらの言葉は、時々思い出して噛み締めるべきだろう。

私の食事の習慣から、私が非常に不活発だと誤解する人もいる。
私は、さほど運動しないが、朝晩のトレーニングは楽しみになっている。ただ、それは快感ではない。確かに少しは苦しいのだが、だからこそ楽しいのである。これが、真の楽しみの非常に浅いものの1つだ。ただし、あくまで「非常に浅いもののほんの1つ」だ。ここまでくどく言わないと、「へえ、真の楽しみとはトレーニングなんですか?」と言う馬鹿は必ずいるのである。人間は自分に分かることしか見えないのだ。
私がやっている運動を少し述べると、夜は、腕振り運動、ストレッチの後、
・大きな動作の腕立て伏せ20回
・ヒンズースクワット200回
・負荷の高い腹筋運動30回
・高速な腕立て伏せ百数十回
は必ずやっている。
芸能人などで、腹筋1日2千回とか、腕立て数百回とか言う人もいるが、私も以前はそうだった。
しかし、回数にこだわると、どうしても雑なやり方になり、身体の一部に歪みが起こって、いずれ身体を悪くする。私も、毎日腕立て伏せ連続240回やっていたところ、右肩を痛めて方向を変えたのだ。スポーツ選手でもないのに、無理をしてはいけないということもあるが、スポーツ選手は驚くほど不健康なのだ。
だが、以前、ヨーロッパの名門クラブで活躍するプロサッカー選手が、テレビで、腹筋運動が好きで毎日部屋でやっていると言ったところ、司会の芸能人が、「何回やるのですか?」と尋ねた。数千回とか、少なくとも、千回近いという答えを期待する雰囲気があったが、そのサッカー選手は「20回」と答えた。芸能人のゲスト達は、まるでそれが聞こえなかったという様子で、失望とは言わないまでも、あきらかに当てが外れて戸惑った顔をしているのが分かったのか、彼(サッカー選手)は、「回数じゃなく、僕は、毎日やるというのがいいんです」と言ったが、やはり、聞いている人はいなかった。
しかし、私はよく聞いていた。
そうである。たかが1ヶ月やそこら、まして、数日だけ無理なことをしたり、やったりやらなかったりでは駄目である。
1年365日、1日も欠かさず続けてこそ、やがて良いことがあるのである。
私も、3年、ほぼ1日も欠かさず、無理のないことを続けて、最近、ようやく驚くべき効果が出てきた。尚、私も、最初は、腕立て伏せ10回、スクワット30回から始めたのである。









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本当に必要なことは片手の指でも多過ぎる

我々は、その1/1000も知らない法律を守ることを強要されている上、学校では校則、会社では社則を、やはりほとんど知らないのに、法律以上に守れと命じられている。
国や学校や会社のエゴには、ほとほと呆れる。
神がモーセに与えた戒律はたったの10だが、それすら、野蛮で無知な人間のために敢えて多くしたのだ。
我々は、当時の人々の何千倍も馬鹿で愚かだと白状しているようなものだ。

もし、地球より数万年進歩した惑星があるなら、断言する。その星に法律なんて絶対にない。
アメリカの作家カート・ヴォネガットは、「私が知っているこの星の規則は1つだけだ。他人に優しくしろ」と述べた。
イエス・キリストも、モーセの十戒を守れとは言ったが、「その中で一番は?」と尋ねられると、「神を愛せ」と即答した。
「神を愛せ」の意味がまた分かり難い。これは、内なる英知を重んじよという意味であり、簡単に言うなら、直感に従えという意味だ。
進化の極みに至った星とは、それが自然に行われる星なのだから、いかなる規則も不要なのである。
また、我々もそれを守るなら、どんな規則も知る必要はない。
ヴォネガットの言葉は、そこへの道筋を示しているのである。

私は、個人的には2つの規則を持っている。法律や社則などは全く知らない。
1.食を過ぎることなかれ
2.毎日決まった時間に腕立て伏せとスクワットをしろ
なぜ規則にするのかというと、そうしないとやらないからだ。
つまり、まだ欲望に楽勝でないのである。
しかし、これらに従う限り、その他のことは自然に良いようになるのである。つまり、無駄遣いをしないぞと思わなくても余計なものを買わないし、性的禁欲をしようといちいち決意しなくても自然にそうなるのである。
また、聖典(私には『古事記』『聖書』『バガヴァッド・ギーター』)を読むことも、思わなくても出来るので規則には入れていない。
この2つの規則が消えた時が、解脱が叶う時であろう。

初音ミクの『ワールドイズマイン』(作詞・作曲:ryo)という歌の中で、ミクが、彼女の好きな男の子にこう言う。
その一 いつもと違う髪形に気付くこと
その二 ちゃんと靴まで見ること
その三 私の一言には三つの言葉で返事すること
それなら、この3つが消えた時に、全てはうまくいくのである。
ポール・マッカートニーが、ロンドン・オリンピックのオープニングセレモニーで歌った『ヘイ・ジュード』にもあったじゃないか?
「彼女を受け入れろ。そうすればうまくいくんだ」
ってね。他のことは必要ないってことだ。









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願いが叶うかどうかは、これで分かる

願いが叶うかどうかということについて、経験と直感から、間違いないと言えることを述べる。

普通には、願いが叶うかどうかは全く分からない。
一言で言えば、願いが叶うかどうかは運命次第である。
心のあり方や努力、行動は何の関係もない。
叶う運命であれば嫌でも叶うし、叶わない運命であればどうあっても叶わない。
その運命を変えることは出来ない。

だが、願いが叶うかどうかは、ある程度は分かるし、もしかしたら完全に分かるかもしれない。

叶うことを願ってはいても、それが叶うかどうか、どうでもいいと思えるようになったら、その願いは叶う。
これをもって、「願いは諦めれば叶う」と言う人が時々いるが、それは正しくない。
諦めていなくても願いが叶う場合も当然ある。
諦めようが諦めまいが、叶う願いは叶うし、叶わない願いは叶わない。
上にも述べたように、人間の心と、願いが叶うかどうかは何の関係もない。
そして、自分の意思で、自由に諦めることなどは出来ないのである。
諦めるか諦めないかといった想いですら、運命によるのである。

ただ、自然に、願いが叶うかどうかがどうでもよくなったなら、それは叶うサインである。
諦めれば叶うのではなく、欲望が無くなったら叶うのである。
では、どうやれば欲望を捨てることが出来るかというと、それは実に色々あるのだが、これも、私の経験と直感からのみ述べよう。
1つは、食を厳しく慎むことだ。
物欲、性欲が無くなる訳ではないのだが、食を慎んでいると、これらを容易く支配できることに私も驚いたものだ。
これに関し、「第2の福音書」と言われる『キリストにならう』にも、「食を慎むと、他の欲望に打ち勝つのは容易い」と書かれていたが、本当にそうだと実感した。

物欲、性欲を支配できるようになると、つまらない願いは持たなくなる。
そんな、欲の無い時に出てくる願いがあれば、それは叶うことが多いのではないかと思う。
水野南北は、普段の食事の1/3を神仏に捧げれば(食べずに、心の中で捧げれば良い)、小さな願いで1年、そこそこの願いで3年、大きな願いも10年で叶うと言ったが、結果的に見ると、そういうことになるのかなと私も思う。

もう1つは、余計なことを考えないことだ。
しかし、人間の脳は、余計なことを考えるのが本性とさえ言える。
だが、呼吸を希薄にすれば、脳はまず論理思考を停止させる。
生命維持に影響が出るほどに呼吸を制限してはいけないが、理屈を考えることがなくなる程度に呼吸を希薄なものにすれば、頭の中は澄み切る。
欲望というのは、理屈と結びついているのである。食欲や性欲は、本来は本能的なものだとしても、その欲望が過剰になるのは、人間の浅はかな知性によるのである。

食を慎み、座っている時などはなるべく呼吸を静かで希薄なものにしていると、不要な欲望がなくなり、願いがあるとしても、それが叶うかどうかはどうでもよくなる。
叶わないまま死ぬとしても別に構わない。
そんな願いは必ず叶うが、そうでなくても全く意に介さないほどでなければならないのである。









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成功しても不幸にならない人の特徴とは

世間で成功しない方が良く、世間の褒賞は得ない方が良いというのは、単なる事実である。
それ(成功や褒賞)自体は、良いものでも悪いものでもないが、それを得た本人に大変な害を与える場合がほとんどだ。
逆に、悲劇的と言われるほどの不運な状況にある者は、本当は大変に幸福なのであるが、そんな場合も、本人が自分で自分を不幸にしてしまうことが多いのである。
もし、世間で成功し、名誉や賞賛を得ても、それに大した価値を置かず、それを得たのはたまたまだと本当に思えれば無害であるが、それが出来る者は滅多にいない。
これらについて、例を挙げて話してみよう。

世間で最も成功した例は、マイクロソフト社の創業者の一人で、現在も同社会長であるビル・ゲイツだが、彼は成功した理由を「ハードに働いたからだ」とよく言う。17歳の時から週7日フルタイムで働いてきたが、これからもずっとそうすると彼は言う。
だが、彼がそれほどに働いたのは、生まれつきの性質だ。彼に相応しく、コンピュータに喩えるなら、ビル・ゲイツという人間は、年中働くようプログラミングされて生まれてきたのだ。そして、マイクロソフトを作り、パソコンを世界中に普及させ、大成功するという運命が与えられていたのである。
一方、スティーブ・ジョブズという人の最大の仕事は、大衆にコンピュータを得させたことで、それはむしろ、ゲイツ自身がよく自分の使命として語っていたが、いずれか一方だけでは、これほどにはいかなかったはずだ。しかし、ジョブズは自分でも言っていたが、「コンピュータ世界の偉大な先人達からのバトンを落としてしまった」のは間違いないと思う。大衆受けするコンピュータを作り、最後は、タブレット型端末をおかしな普及のさせ方をしてしまい、コンピュータ本来の役割である、「考えるための道具」に相応しくないものにしてしまった。

ジョブズのことが出たついでに、少し、タブレットPCなどのデバイスの話をしよう。
ゲイツが、キーボード付きのノートパソコンの方が絶対に重要と思っていることは違いない。彼も一応は、それは、「ビジネス、教育においては」と言うが、タブレット型端末の用途は、非常に小さいものである。私も、タブレットPCやiPdod touchを使ってみたが、ほとんど役に立たないし、これらを必要以上に使うと、脳や神経に悪い影響を与えることは調査するまでもなく分かる。iPod touchは初音ミクの動画と音楽鑑賞専用に使っているが、タブレットPCは電源を入れることも無くなった。元々は、タブレットPCは聖書を読むつもりだったが、いくら試しても、タブレット端末の読書は非常に質の悪いものでしかなかった。
私もIT技術者の端くれだが、生涯、紙の本を読むだろうし、電子書籍はごく補助的に使う程度だろう。

タブレットPCがあれば、膨大な資料を、これ1冊で持ち運べるとも思ったが(SBの孫正義社長がそんな使い方を勧めていたが)、それが便利なことは決してない。
まず、タブレットPC用の資料を作ることが大変だし、紙の資料で間に合わないことは決してない。もし、タブレットPCに紙の資料以上の情報量を持たせても、絶望的なほど検索が困難で効率が悪い。よほど単純な資料なら、少しは役に立つのかもしれないが。
コンピュータは、情報を受ける道具として使えば、その価値は極めて低いものとなる。考えるための道具、創造するための道具としてこそ、本来の価値を発揮するのであり、入力デバイスの機能を重視するのが、コンピュータを優れた使い方をすることである。
そして、ほとんどの場合、紙のノートと、書き易いペンに優る入力デバイスは絶対に無いのである。現在でも、たとえコンピュータが得意なクリエイターであっても、皆、紙のノートとお気に入りのペンを持ち歩いているのである。

だが、ジョブズが、タブレット端末のような、本来は人類にとってあまり好ましくないものを普及させたのも運命であり、必然だった。
全ての人間と同様、彼も神の道具であった(イエス・キリストすら!)。
彼の功績は、それが神の意思なのであり、実現されねばならなかったのだ。
大衆はこれを使い、人間性も能力も低下させねばならなかった。その理由は分からない。神の意図を知るのは、人間には不可能である。
ゲイツは、あれほどの成功者でありながら、驚くべき健全さを保ち続けているのは、普通の人以上に質素な生活をしているからだ。
今はどうか知らないが、世界屈指の富豪になってからも、車を自分で運転し、飛行機はエコノミークラスに乗り、大衆食堂で食事し、そして、非常に少食だ。
宮崎駿監督も、数年前に見た情報では、25年以上、毎日、ほとんど同じ質素なものを食べ、むしろ、彼の会社の若いスタッフの方がよほど良いものを食べているらしい。
そういったことは、自分をことさら成功者だと考えている者には出来ないことと思う。
衣食に関しては、彼らをはるかに超える贅沢をしている者が圧倒的だが、それが彼らを惨めにしている原因なのだろう。
ジョブズについて少し言えば、彼も少食で粗食であったと思うし、家具のほとんどない家で質素に生活していたが、彼は極めて特殊なプログラミングをされて生まれてきた稀有な人間であったと思う。彼のスタンフォード大学での講演を聞いたが、悟っているほどに感じるし、愛すべき人間であったかもしれないが、やはり特異な人間だった。彼が幸福だったかどうかは彼次第であるし、神の意図は分からないが、彼自体が特殊な現象であったのだろう。









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世の中を複雑にするものは何か?

世の中というものは、本当はもの凄くシンプルに出来ることは間違いないと思う。
しかし、実際には、あらゆることがあまりに複雑で、それに合わせることで、皆、不安と緊張で疲れ切ってしまっているのだ。
なぜ物事がかように複雑になったのかというと、人間があまりに欲深だからだ。

歩きながらタバコを吸うとか、電車の中で携帯電話で通話する等は、膨大というほどの被害が無いことから黙認され勝ちだが、罰せられないからというう理由で、こういったことを平気でやる者がいる。だから、大きな被害が出るものであれば、罰則でもって抑えないといけない。しかし、そういった規則はどうしても複雑になってしまう。
世の中が複雑になるのは、そういった、自分の快楽の欲望を抑えない者が多いからである。
昔は、セクハラやパワハラをしても、ほとんど罰を受けることはなく、やり放題だった。今はそうではないが、それはあくまで法的に罰せられるからである。しかし、セクハラやパワハラを防止するためのルールは恐ろしく複雑なのである。それを導入せざるをえないのは、自分の欲望を抑えられない愚か者のせいなのである。

皆、自分の利益をわずかでも失うまいと必死だ。
ずっと前に、iPod touchでアップルのApple Storeに接続すると、新しく改定したという凄い量の契約書が表示されたが、私はそれを閉じて、Apple Storeの利用をやめた。それで何の不都合もないばかりか、最初から私には不要なものだと分かった。
自分の利益を守るために社会を複雑にするものにを私は認めたくないのだ。
もし、地球よりはるかに進歩した惑星があるなら、そこには、版権などという概念は絶対にないと私は確信する。

初音ミクというボーカロイドソフトウェアは、楽器としての扱いであり、それを使って利益を得ようが全く構わない。
しかし、他の会社であれば、それを許可しなかった可能性もあるだろう。
また、初音ミクの開発販売会社であるクリプトン・フューチャー・メディアでは、営業目的でなければ、初音ミクの絵を利用することも許可している。これは、他の会社では滅多にないことだ。
そして、同社の運営するCGM(消費者創造型メディア)サイトであるピアプロでは、会員がサイトに投稿する音楽作品、イラスト、文章について、作者に、作品の第三者による利用や二次創作を許可するかしないかを自由に選んでもらっているが、多くの作者が自由な利用を許可している。
その結果、初音ミクの楽曲には、アマチュアの作品でありながら、非常に高品質であるばかりか、プロでは絶対に創れないと思えるような素晴らしい作品も数多く生まれているのである。
ここにも、個人の欲望を捨て、ものごとを単純にすることの大切さが感じられるのである。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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