ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

この世で一番の厄介者

私は、このブログでよくご紹介する腕振り運動を10年以上続けていると思うが、これだけは無目的でやることにしている。
健康になるためとか、若返るため、運を良くするため、あるいは、摩訶不思議な能力を目覚めさせるためだとか、決して考えない。
腕振り運動を毎日やっている結果、重い病気になったり、人に騙されたり、裏切られたり、また、これ以上はないと思いたいが、もっと蔑み疎まれるようになるかもしれない。
腕振り運動というのは、得をするためにやるのではなく、どんな状況も受容できるようになるためにやるのだ。
私は、実際、昨年の9月に、乾癬という重い皮膚病になった。自然に治ることは決して無いと言われるものだし、ある段階を越えて進行すると2年以内に死ぬとも聞いた。そして、指の関節にまで及んでいたので、その危ない段階まで後少しだったかもしれない。その頃は、服を脱ぐと、身体から剥離した皮膚で、決して誇張ではなく、床が白くなった。
恐ろしい痒みといった辛さに耐えられず、自殺した人だっている。
腕振り運動は続けていたが、病状が改善する様子もない。しかし、病気を受け入れたら、治るはずのないものが、あっさり治ってしまった。
メニエール氏病で立つことも出来なかった時、病院に連れていかれて点滴を打たれてしまったことがあった。だが、その後は、親が泣いて病院に行ってくれと懇願しても、二度と行かずにいたら、すぐに治ってしまった。これも自然治癒はあり得ない病気である。しかし、事実なのだ。
ただ、医療を拒否したら治ると言っているのではない。その結果、もっと悪くなっていたかもしれないのだ。

何があっても、「これが運命なのだ」と、創造主の意志を受け入れることが、腕振り運動によって心身に宇宙の法則を適用することなのだろうと思う。
優れた聖者だって、重い病気で苦しんだ人も少なくない。だが、彼らは、それを受け入れていたところが普通の人と異なるのだ。
人間的な欠点で、家族仲が良くなく、それどころか、妻や子に捨てられた聖者すらいるのだ。
もっと進歩した世界になれば、そういったことはなくなるのかもしれないが、今の時代では、病気になったり、苦悩することもまた、創造主への奉仕なのかもしれない。
だが、苦悩する自分というものが消えてしまえば、苦悩は存在できないであろう。
賢い人達は、自分を笑い、自分を蔑み、自分を軽蔑することを教えてきた。しかし、世間では、自分を尊重しろだの、君は貴いだのと言うのだ。
自尊心がある限り、自我は消えない。そして、苦しみは続く。だが、それで良いのである。苦しみとは受け入れるものである。
自分を笑い、狂うことを忘れない限り、不幸になることもまたない。私は、この世で最低の厄介者なのである。









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忍者最大の秘法

忍者というのは、超人的に鍛えられた身体と心でもって、重い使命を持ち、不屈の信念でそれを成し遂げる・・・といったような者達であったらしい。
それが善いか悪いかはさておくが、一般的に知られる忍者のイメージには、当然ながら色々おかしな飾りも付いているにしろ、だいたいそのような者達はいたのである。
ところで、これはほとんど知られていないが、忍者は、ある1つの特別な忍術を必ず修得したのである。
それがなんと呼ばれていたかは色々なのであるが、一言で言えば、「狂いの術」とでも言えるものである。ここでも一応、狂いの術と呼ぶ。
これは忍者最大の秘法であるが、実は、世俗においては、人間最大の秘法である。闇に住む者とは言え、忍者もまた世俗にしか生きられない存在なのだ。
いざという時、忍者は狂いの術を発動させる。
すると、なんと、忍者は、一番大切な使命を忘れてしまう。本当にきれいさっぱり捨ててしまうのだ。
徳川の忍者が捕らえられて、「お前の使命は?」と聞かれて拷問されたりしても、忍者は不屈の精神で耐え抜き・・・なんてことはアニメや映画の世界であるが、徳川がそんな個人的スキルというあやふやなものに頼ったりはしない。
「使命は?」と聞かれたら、ペラペラ喋ってしまう。それは全部本当のことだ。しかし、何か違うのだ。使命を忘れた者の言うことは、全く重みが無い上に、齟齬だらけだ。いくら喋っても大した問題ではない。
狂いの術は、一見、自己暗示のようにも見える。しかし、そうではないのだ。暗示とは、心を変化させる手段であるが、そんな心そのものを捨ててしまうのが狂いの術である。
それは高度な秘術である。
「くノ一(くのいち)」などという女忍者を指す言葉があるが、本当にそんな言葉があった訳ではない。それはともかく、忍者の里では、忍者に育てている少女にこんなことをさせる。着飾るというほどではないが、清楚で可憐な身だしなみに整え、わざと野蛮な男達がたむろする場所を歩き回らせる。当然、たちまち捕まってしまう。だが、何の被害にも遭わずに帰って来る。別に凄い戦闘力を持っている訳ではない。狂いの術によって、自分が女であることを忘れてしまうのだ。娘も10歳にもなれば、かなり女を背負っているものであるが、それを捨ててしまうのである。すると、相手にも女に見えなくなってしまう。
それがどれほどの威力あるものであるか、なかなか分からないであろう。
人間の抱える問題の多くは、プライドを捨てれば簡単に解決する。たかが自尊心を捨てるだけでそうなのだ。
しかし、心を捨てきれば、その者へのいかなる攻撃も無効化される。
我々は、もっと狂いを学ぶべきである。









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加速体験

あまり良いことではないのかもしれないけれども、普通の人間の動作の遅さに耐えられないことがある。
特に、駅の通路や階段で、急いでいる風な人が、自分が追い越されることなどまるで考えられない様子で道を塞いで歩いていることがよくあるが、私には止まっているのとさほど変わらない。
階段では、私は、他の人に決して接触しないよう注意してはいるのだが、私にとっては、「なぜこの人たちは止まっているのだろう?」としか思えない人たちが隙間なく階段を塞ぎ、全く前に進めないように感じて私は困惑してしまうのだ。
改めて考えると、私は身体の重さをまるで感じていない。しばらくは気のせいかと思っていたが、本当にそうらしい。
なぜそうなったかはよく分からない。
関英男博士が言ったように、毎日腕振り運動をしているから、体内に活性化したGTP(グラヴィトン粒子)が多量に存在するせいかもしれないし、3年以上、1日も欠かさず、腕立て伏せやスクワットをしているせいかもしれない。また、2年以上完全な禁欲を保って性エネルギーを昇華しているためかもしれないし(これには、ナポレオン・ヒルやミゲル・ネリらの説を思い出す。富に興味はないが、ヒルの話は少しは役に立つかもしれない)、4年以上、1日1食の菜食主義者でいるからかもしれない。
しかし、これもよく考えれば、全てがその原因かもしれない。

そして、こればかりは思い過ごしかもしれないが、思考速度も加速されているように感じる。
私の仕事のコンピュータプログラミングなんて、良い精神加速の訓練になるかもしれない。
だが、考えながらプログラミングしている時は、遅いし、間違いも多い。
自分で作っていると感じないほどになれば、完全なプログラミングが高速に、勝手に出来てしまう。
それには、会社が受託したがる、多人数でよってたかってやる大きなシステムではなく、1人で出来るものがいい。もっとも、私が1人でやる範囲と思っていても、大きな開発会社に話をもっていくと、何人かで作るとして、高いものになってしまう。
ある有名なWebサービスは、開発の際、有名な大手開発会社に見積もりを出してもらったら数億円と言われたが、実際は、1人の学生が作って10万円もかからなかったという話を本で読んだことがある。そのまま信じる気もないが、それだけお金を取らないとやっていけない大手は大変だなあと思う。

皆さんも、取り入れられるところは試していただき、成果を教えていただければと思う。








  
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見せかけに騙される人達

自然界には擬態というものがあることをご存知と思う。
擬態と言っても色々あるが、自分は毒を持たないのに、毒のある虫やヘビの外見上の特徴を持つことで、外敵となるものを近寄せないためのものもあれば、逆に、ある種の虫のメスに似た姿をした植物が、その虫のオスをおびき寄せて食べてしまうとかいったものもある。
そういえば、人間にも、本当は弱いのに強いフリをしたり、あるいは、美人で気立ての良い風を装って男を引き寄せるが、実は自分勝手で欲深な女であるということもあるのかもしれないが、これらも一種の擬態と言えるのかもしれない。
私は、幼い頃、ある非常に堅そうな黒い色の物体を見た。その艶、光沢、直線的に張った感じが、いかにも堅そうだった。しかし、触ってみると非常に柔らかく、ちょっと指で押すと簡単に穴が空いた。私は、驚くと同時に面白かったし、また、とても感銘を受けた。

昔から人間は、「見かけに誤魔化されちゃ駄目だ」ってよく言うが、そんなエピグラム(警句)を肝心な時に思い出さないものなのだ。
私は以前、あるアメリカの成功プログラムのカタログを、そのプログラムのセールスマンに見せられた。そのプログラムを使えば、富も人間関係も、家庭の幸福も、その他、あらゆるものが得られるというものだった。その豪華なカタログの中に、そのプログラムの制作者自ら登場し、自分の豪邸の庭で、にこやかな大勢の親族達に取り巻かれ、幸福そうにしてみせていた。そして、「人生の成功者○○○○(彼の名前)」というキャッチフレーズが大きな文字で書かれていた。
今の私なら、さしたる直感を働かせるまでもなく、それは嘘だと分かる。みんな作り物の偽りの笑顔だ。
これも愚かな客を引き寄せ、金を儲けるための擬態というものか?
私は高額なそのプログラムを購入し、熱心に使ってさらに実践し、とことん惨めになったものだった。
だが、当時の私だって、心の奥では、それがまがい物だって気付いていたはずなのだ。しかし、欲望が心を支配し、真実を歪ませて見せるのだ。

幸せそうな者が幸せなのではないし、美味しそうなものが美味しいのではない。
いや、美味しそうであり、実際に食べてみても美味しいと感じるものだって、身体や心にとっては有害なものも多いだろう。
そして、人間は、偽りの自分を装う者ほど、薄っぺらで馬鹿げた見かけに騙されるものである。
逆に、自分を本物以上に強く見せることに興味がなく、実際には持っていない美質があるように思わせたいという願望の無い者は騙されることがない。
自然界の擬態は、弱い者を守るための自然の英知なのかもしれない。
しかし、人間の卑しい欲望が作り出す擬態は、愚かで浅はかな小知である。
人間は本質において強く、擬態の必要はない。見かけを過度に重んじる者は、自分の本当の強さを知らないし、そのままでは、せっかく神が与えた真の力を知らずに終るのである。









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役に立つただ1つの言葉

私は、何か役に立つ言葉を1つと言われたら、それは、「心配するな、なんとかなる」と言うつもりだ。
イエスは、人々に対し、心配しなくて良いことを納得させるために、いろんなたとえ話をしたものだった。
確かに、イエスはいろいろお堅いことも言い、人々が正道を離れていることを嘆き、諌めたが、人々が悪い状態になってしまうのは、心配をするからなのではと思う。
一休禅師は臨終の際、弟子達に1通の封書を手渡し、本当に困った時に、これを開いて読めと遺言して亡くなった。
そして、月日が流れ、弟子達にどうしようもない大きな困難が襲ってきた時、遂に、弟子達は一休が残した文書を開いたが、そこにはまさに、「心配するな、何とかなる」と書かれていたのだ。

色々な小説、映画、漫画などで、誰かが、「心配するな、なんとかなるって」と言う場面があったが、それは1つの例外もなく、輝いたものとして記憶に残っている。
だが、残念なことに、現実に誰かがそう言ったのを聞いたことがない。その反対に、「どうすればいいんだ」「もう終わりだ」「もうどうにもならない」という言葉なら、いくらでも聞いたのだ。
私もある時、大変なトラブルに巻き込まれ、すっかり参っていたが、ラマナ・マハルシが言った、「全ては神の至高の力が動かす。汽車に乗ってまで、あなたの小さな荷物を頭に乗せて苦労する必要があろうか?荷物を降ろして安心しなさい」という言葉を思い出した。
すると、不思議なことに、私の抱えていた問題が何だったのか、全く分からなくなり、今でも思い出せないでいるのだ。
それでも、生きている限り、心配ごとがなくなることはないだろう。しかし、いつでも結果は同じことになるのだ。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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