ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
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至高体験を起こす方法(4)

前回述べたが、至高体験を引き起こす重要な鍵は、緊張の後の弛緩(しかん。ゆるむこと)である。
それで、コリン・ウィルソンは、ペン先などに極端に集中(10秒くらいだろうか)し、その集中を一気に解くことを繰り返せば、至高体験に近い状態になることを発見し、セミナーなどでも教えていたようだ。しかし、これは、普通、ごく浅い至高体験にしか到達出来ないと思う。
そういった「短い強い集中」ではなく、「長時間の弱い集中」が良いと思う。
ウィルソン自身、トラックをヒッチハイクした時、そのトラックのエンジンの調子が悪く、エンジン音にずっと集中していたら精神の高揚を感じたと述べていたが、これも弱い至高体験だと思われる。ただし、ウィルソンは、集中を解いて弛緩した時にそれ(至高体験らしいもの)を感じたのではなく、集中している時に感じたような述べ方をしていた。しかし、実際は、やはり集中を解いた時に感じたのだと思う。

そんな雑な至高体験もどきでは、魔法使い(まあ、引き寄せの達人みたいなものと思って欲しい)になるほどの効果はない。
しかし、ウィルソンは、超能力者じみた魔法使いになった男の事例を知っていて、こちらは優れた方法で行った。
それは、妻が(おそらくは病気で)意識を失った状態にあった男の話だ。
その期間は数か月の長さだったかもしれないが、男は、妻の意識の回復を待ち、出来る限りずっと意識を妻に向けていたようだ。
そして、妻が意識を回復して男の緊張が解放された時、男は以前とは別人になっていた。
強い直観力が備わり、詩人になり、造形作品を作る芸術家になったようである。
おそらく、その他にも、卓越した能力が備わったり、幸運に恵まれたり、無意識的かもしれないが、引き寄せ能力も得たはずなのだが、ウィルソンは何も述べていない。しかし、そういった能力が備わったことは間違いないと思う。
そのような、長時間の弱い集中が強い至高体験のために有効であると思う。

至高体験の最もドラマティックな例の1つが、江戸末期の神道家、黒住宗忠のものだろう。だが、このことに気付いた人はいないかもしれない。
彼は30歳過ぎの時、病気になり、ずっと寝たきりでいた。
尚、それまでの彼は、普通の神道家で、どこにでもいる神社の神主のようなものだったと思う。
宗忠の病状は悪くなる一方で、ついに宗忠は生きることを諦め、最後にということで入浴させてもらい、日光に当たったが、その時、宗忠が言うには、天照大神の命が自分の中に入って来て、病気が癒された。
この出来事を説明するとこうである。
宗忠の病気の原因は、精神ショック(両親が相次いで亡くなった)に始まるストレスで、病気の間中もずっとストレス状態で、一種の緊張にあった。
しかし、生きることを諦め、入浴して少しはさっぱりし、そして、暖かい日光に当たっている時に緊張がほぐれることで、至高体験に達したのだ。
そのことによって病気が快復しただけでなく、宗忠には不思議な力が備わり、イエス並の奇跡を起こせるようになった。
それで、宗忠は、こんな素晴らしいことを早く他の人にも教えないといけないと思い、人を集め説法したが、ひょっとしたらうまく伝えられなかったのかもしれない。
私のように体系立てて理解していなかったからだ。それは、当時と今の違いを考えると仕方がない。
それで、宗忠は、神道の教えや伝統的な考え方を織り交ぜて良いと思えることを教えたのだと思う。
宗忠の教えは、一言で言えば、神に全てをまかせる・・・「まること(まるごと)」の教えで、文字通り、丸ごと神に投げてしまうことであった。
だが、もっと重要なことは、宗忠自身が体験した至高体験の方であると私は思う。

流れ星
AIアート713
「流れ星」
Kay


これを書いているうちに、私は核心的なことに気付いた・・・というより、子供の時に知っていて普通にやっていたことを思い出した。
それは、言葉で言えば奇妙だが「世界を消す」ことと「新たな目で見る」ことである。
次回に書く。

◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)至高体験(コリン・ウィルソン)
(2)右脳の冒険(コリン・ウィルソン)
(3)黒住宗忠 (人物叢書 新装版)
(4)いのちの教え: 黒住宗忠に学ぶ自然体の生き方
(5)悪霊(上)(ドストエフスキー。江川卓訳。新潮文庫)
(6)悪霊 (1) (ドストエフスキー。亀山郁夫訳。光文社古典新訳文庫)
  
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至高体験を起こす方法(3)

至高体験が起きた人は、圧倒的な幸福感を感じる。
ただし、平凡な人間は、至高体験が起きたとしても、それに留まる時間が非常に短いので、その時のことを忘れてしまう。
何度か書いたが、アブラハム・マズローが、至高体験は偉大な人間のみに起こると言ったのに対し、コリン・ウィルソンは、至高体験は誰にでも起こるありふれたものと言った。
一応は、ウィルソンが正しい(至高体験は誰にでも起こる)ことになったが、十分な時間、至高体験でいられるのは偉大な人間だけだ。
では、どのくらいの時間なら十分か?
次の、最高の文学の引用を見ていただきたい。
「ある数秒間がある。それは一度にせいぜい五秒か六秒しかつづかないが、そのときだしぬけに、完全に自分のものとなった永久調和の訪れが実感されるのだよ。これは地上のものじゃない」
~『悪霊(下)』(ドストエフスキー。新潮文庫)より。キリーロフのセリフ~
確かに5~6秒ならそこそこ長い。
だが、釈迦やイエスは、もっともっと長く至高体験でいられたのだと思う。

3つの至高体験の例がある。

1.「アラビアのロレンス」で知られる、T.E.ロレンスが、早朝の砂漠で、何度か起こった。
2.コリン・ウィルソンが、家族旅行中、立ち寄ったドラッグ・ストアの中で幼い娘が急にいなくなり、探し回った挙句、無事でいるのを発見した時。
3.ある平凡な主婦が、朝食を食べている夫や子供達を見ていた時。

この3つには共通点がある。
ロレンスは、軍の指揮官(中佐)として厳しい状況にあって緊張を強いられていた中、目を覚まして雄大な砂漠を見て心が解放された。
ウィルソンは、娘を心配する緊張が続いた後、娘が全く無事であることを知って緊張から解放された。
最後の主婦も、この時、非常に忙しく緊張していたらしいが、朝陽の中、平和に朝食をとる夫や子供達を見て解放感を感じた。

つまり、緊張の後の解放が、至高体験に至る1つの鍵であることが分かる。
そして、このことに気付いて、自己開発セミナーに取り入れて一時的に成功した人を私は知っているが、全体としてはあまり良いものではなかったと思うので紹介しない。
一応言うと、それは小林充氏のMT法で、「一時的に成功した」とは言っても、柔道の山下泰裕氏やプロ野球の原辰徳氏その他の有名人らを指導した。

コリン・ウィルソンは、ペン先等に強く集中し、その集中を一気に解くことを繰り返すと、至高体験に近いことが起こることを、いろいろな書籍で書いていると思う。
これは、一応は効果はある。
しかし、これは、以前に書いた、息を沢山吸って止め、額などに意識を集中することと同じ原理で、こちらの方が効果が高い。
息を吐く際には、自然に集中を解くので、効果的に、集中と弛緩が行えるのである。
一度では、なかなか至高体験に達しないので、何度か行うと良い。

天啓
AIアート712
「天啓」
Kay


◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)至高体験(コリン・ウィルソン)
(2)右脳の冒険(コリン・ウィルソン)
(3)悪霊(上)(ドストエフスキー。江川卓訳。新潮文庫)
(4)悪霊 (1) (ドストエフスキー。亀山郁夫訳。光文社古典新訳文庫)
(5)砂漠の反乱 (T.E.ロレンス。中公文庫)
(6)プラス・イメージ成功法(小林充)
  
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至高体験を起こす方法(2)

至高体験(Peak experience:絶頂体験)は、プチ悟り、瞬間的な悟りと言って良いと思う。
悟りを開いた人物は人類の歴史の中でも多くはないと思う。私の認識では、釈迦とイエス、それに、黒住宗忠とラマナ・マハルシを入れてもいいかなという程度である。
しかし、パートタイムの悟りである至高体験なら、誰でも起こすことが出来る。長く多く起こせた者が偉大な人物になる。
悟りを開いた人間は全知全能であるが、至高体験を起こすほどそれに近付き、引き寄せ程度であれば自在になる。
必ずしもそうではないが、子供の時は至高体験になることが多く、私ですらあり得ない出来事を数多く起こしたし、物理学者のフレッド・アラン・ウルフもテレポーテーションを体験したことを明かしている。

今回は、かなり強烈な至高体験の例と、その起こし方だ。
なぜこの話にしたのかというと、たまたま思い出したからだ。
ところで、至高体験では、「たまたま」ということがとても重要になる。
悟り自体がたまたまのもので、望んで得られるものではないが、至高体験にも似た性質がある。

今回の話は、アイルランドのノーベル賞作家でもある「20世紀最大の詩人」W.B.イェイツが気に入っていた話で、イェイツ自身が作ったものかどうかはっきりしない。
あるアラブ人の賢者(男性)の話だ。
そのアラブ人は、生涯に3度、最高の歓喜を体験する。イェイツはそう言ってはいないが、それは特に強烈な至高体験と言えると思う。
そもそも、イェイツの時代には至高体験という言葉はなく、イェイツは至高体験と思われることを、普通にエクスタシー(忘我、没我、法悦)と呼び、これ(エクスタシー)を芸術の目的と断じた。
そのアラブ人が最高に歓喜する原因になった出来事は3つ。
1つは家族を皆殺しにされたこと、1つは家を奪われたこと、1つは自分の死を悟ったことだ。
もう滅茶苦茶で、それでなんで歓喜するのかということに、普通はなるだろう。
なぜ歓喜したのかというと、彼はそれらの時、神になった・・・とまでは言えないかもしれないが、それに限りなく近づいたからだ。
そして、重要なことは、彼は、この3つの歓喜の体験によって、間違いなく、いつでも至高体験を起こせるようになったに違いないことだ。
つまりこうである。
家族が殺されたことは不幸な出来事だが、それを起こしたのは神である。
だが、彼は、それを神の思し召しとして受け入れたのではない。
それを自分の意思としたのだ。そうすれば、自分が神ということになる。
そして、いかなる偶然も自分の意思とすれば、いつでも自分は神なのである。
たまたま電車が遅れて遅刻したとしても、それ(電車が遅れたこと、遅刻したこと)を自分の意思とすれば、その出来事は神である自分が起こしたことになる。
好きな女の子にフラれたことも、目の前で黒猫が横切ったことも、何かの会場でたまたま知り合いに出会ったことも、全て自分の意思である・・・そう見なした時、自分は神である。
このように思うようになれば、至高体験が度々起こり、やがて当たり前になる。
まとめて言えば、いかなる出来事も自分の意思であると見なすのである。
風が吹いたことも、猫が鳴いたことも、岸田首相が野田元首相の圧力に屈し「政治資金パーティーはもうやらない」と言ったことも、受験に落ちたことも、ライブコンサートのチケットの抽選が外れたことも、宝くじで1億円当たったことも。

天地開闢
AIアート711
「天地開闢」
Kay


いきなり究極的な方法になってしまった。
だが、これを実行するのはなかなか大変かもしれない。
とはいえ、これこそ、子供なら簡単に出来ることかもしれない。
私など、小学4年生くらいまでは、いつもではないが、この世界は自作自演の劇であると思っていたくらいだ。
家や学校やテレビの洗脳のため、だんだん全知全能から離れていったが、とんでもない場所で好きな女に子にぱったり会った時は、自分でやったことに気付いていたものだ。
偶然を自分の意思であると思うようになるほど、どんな偶然でも起こせるようになるのである。

◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)至高体験(コリン・ウィルソン)
(2)右脳の冒険(コリン・ウィルソン)
(3)イェイツ(渡辺久義。あぽろん社) ※あまり知られていないが重要な書
(4)幻想録(イェイツ) ※原題はヴィジョン。イェイツ作の聖書のようなもの
(5)イェイツ詩集(対訳) (岩波文庫)
(6)まだらの鳥: 自伝小説(イェイツ) ※自伝小説というより自伝的小説
  
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至高体験を起こす方法(1)

至高体験とは、目覚めていながら完全な没我になることと言える。
常に至高体験にあれば、いわゆる悟りを開いた人ということになると思う。
だが、我々には、そこまで必要ない。自在に、10秒でも至高体験にいられれば、その恩恵は計り知れない。

アメリカの心理学者アブラハム・マズローは、「偉大な人間と平凡な人間の唯一の違いは、至高体験があるかないかだけだ」と言った。
至高体験とは、それほど重要なものである。
だが、イギリスの作家コリン・ウィルソンは、「至高体験は誰にでもある普通の体験」と言い、マズローもこれを認めたという話である。
だが、この話には、あまりに欠けた部分がある。
普通の人が至高体験になるのは、かなり稀で、しかも、ごく短い時間だ。
それでは、あまり恩恵はない。
偉大な人間は、頻繁に、そして、ある程度の時間、至高体験にいられるのである。
尚、至高体験を超越意識状態と言うことがあるようだ。
「至高」は「絶頂」で、「超越」は「限界を超える」だから、確かに同じようなもので、どちらでも良いと思う。

我々は、常に至高体験、あるいは、超越意識状態にある必要はない。
短い時間でいいから、自在に起こせるようになれば良い。
なぜなら、表現は難しいが、至高体験状態の時は、我々は神のようなものになっているからだ。
エマーソンは、このことを、
「神の魂が私の魂の中に流れ込むと同時に、私の魂が神の魂の中に流れ込む。この体験は忘れることが出来ない」
といったドラマティックな表現をしたが・・・それよりも、やり方を教えてくれれば良かったのだ(笑)。
自在に至高体験を起こすことを魔法と言うのである。
そして、長い時間至高体験に留まれるほど魔法の力は大きいのである。
このくらい単純な話なのだ。

ラマナ・マハルシに誰かが、
「息を止めて額に意識を集中すれば超越意識(至高体験と同じだろう)に達するというのは本当ですか?」
と尋ねた。
それに対し、マハルシは否定しなかったが、意識を集中する場所は胸の方が良いと言ったという話がある。
これは本当で、私は何度も、これで危機を乗り越えた。
集中する場所は、私は胸の方がやり易いが、額でも出来る。
さらに言えば、本当はどこでも良いそうで、マハルシもそう言っていたと思う。
だが、様々な実力ある魔法使い的な人物の話をまとめると、やはり、胸、額、下腹部(丹田)、ヘソ、太陽神経叢(胃の裏側あたり)などを奨めている。ヨガで言うチャクラのある場所と一致するように思う。
D.H.ロレンス(『チャタレイ夫人の恋人』で知られるイギリスの作家)は太陽神経叢を推奨していた。
やり方としては、息をいっぱいに吸って止めてから、特定の場所に意識を集中すれば良い。
一度ではなかなか至高体験に達しないが、何度か繰り返すと、それに近付いていく。

TM(超越瞑想)では、至高体験時の意識や超越意識を、純粋意識と言うようだ。
TMは、全く意味のない短い言葉(マントラ)を心の中で20分ほど繰り返す。
私見であるが、これだと、至高体験に達するとしても、あまりに頻度が低く、そして、その継続時間が短い人が多いと思う。
デヴィッド・リンチやクリント・イーストウッド、あるいは、ビートルズの人達は、たまたま、TMで頻繁に、そして、長い時間至高体験にいられたので、TMを絶賛しているのかもしれないが、だからといって、あなたにも合うとは限らない。私には、全くではないが、あまり合わなかったし、合わない人が多いのではないかと思う。

青い光景
AIアート710
「青い光景」
Kay


私は、他にも至高体験に達する沢山の方法を知っているが、いったいいくつあるのか、すぐには分からない。忘れているものもある。
おいおい話そうと思う。

◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)至高体験(コリン・ウィルソン)
(2)右脳の冒険(コリン・ウィルソン)
(3)ラマナ・マハルシの教え(山尾三省翻訳)
(4)超越瞑想(マハリシ・マへーシュ・ヨーギー)
(5)無意識の幻想(D・H・ロレンス)
  
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やはり至高体験が重要

昭和の時代に、引き寄せは脳波がアルファー波でないと起こせないことを理学博士の橋本健さんが発見し、橋本さんは、脳波をスムーズにアルファー波にするアルファコイルという装置を開発した。
ただ、アルファー波の脳波は目を閉じるだけで出るのだが、引き寄せを起こすには、スローアルファー波まで周波数を下げないといけない。
橋本さんのアルファコイルも、おそらくスローアルファー波まで脳波を下げるものだったのだと思う。
しかし、工学博士の志賀一雅さんが松下幸之助さんに教えたというから、随分前から知っていたのだと思うが、「よかった・ありがとう呼吸」をすれば脳波がスローアルファー波になることを、志賀さんは脳波測定でも確認していたようだ。
「よかった・ありがとう呼吸」とは、「よかった」と思いながら息を吸い、「ありがとう」と思いながら息を吐くというだけのものだ。
それなら、誰でも、「よかった・ありがとう呼吸」をすれば引き寄せが出来ることになる。

しかし、スローアルファー波でも素晴らしい効果は沢山あるが、おそらく、本当に引き寄せを起こすには、さらにシータ波まで脳波の周波数を下げないといけないと思う。
シータ波まで脳波を下げるには、説明は省くが、バイノーラルビート現象を利用したヘミシンク効果を起こす装置を使うという手があり、ロバート・モンローがそういった装置を作ったし、日本でも、政木和三さんがパラメモリ(後にアルファ・シータ、バイオソニックという名の装置になった)を開発し、今でも同じ効果があると謳う装置やスマートフォンアプリがあるが、あまり普及しておらず、中身もよく分からない。
そして、これらの装置を使っても、必ずしも脳波がシータ波になるとは限らないのではとも思う。

シータ波の脳波は睡眠中の脳波であるが、高僧やヨギ(ヨガの行者)が瞑想中の時や、将棋名人が対局中の脳波がシータ波であることが知られている。
だが、おそらく、アブラハム・マズローが「至高体験(英語でPeak experienceで、直訳すれば絶頂体験)」と名付けた精神状態の時が、脳波がシータ波になっているのだと思う。
至高体験は、今で言うゾーンやフローと同じと思われる。
また、昔から、エクスタシーとか法悦(英語ではやはりエクスタシー)と呼ばれた精神状態、ロマン・ロランの言う大洋感情、夏目漱石の言う天賓なども同じで、およそ一流の文豪であれば、必ず作品中で描いていると言われている通り、文豪と言われるほどの優れた文学者であれば皆、この精神状態を体験し、密かに重んじていたと思う。
「20世紀最大の詩人」と言われたW.B.イェイツも、特別な名はつけなかったが、そのような特別な精神状態があることは明らかに知っていた。
イェイツは芸術の目的はエクスタシー(法悦、忘我、没我)であると述べたが、それがまさに、脳波がシータ波の状態である。
イェイツの言うエクスタシーも至高体験であることは間違いない。

至高体験も睡眠中も脳波はシータ波であるとしても、至高体験jは、意識がある状態であるという明確な違いがある。
言い換えれば、意識がありながら脳波がシータ波であることを至高体験(法悦、エクスタシー、ゾーン、フロー、大洋感情、天賓)と言うのである。

はないろの目
AIアート709
「はないろの目」
Kay


ここまで明確に引き寄せ状態を語った人はいないと思うが、さらに重要なことがある。
それは、至高体験の継続時間は短いということだ。
作品中から読み取るに、ドストエフスキーは10分位が限度と思っていたのかもしれない。
しかし、普通の人では数秒かもしれない。
そして、ここで勘違いしてはならないのは、至高体験の間に願望をイメージすれば叶うという誤解である。
至高体験時にはイメージなど出来ない。
そうではなく、至高体験を何度も起こし、それに慣れていくに従って、望まずとも幸運に恵まれ、願いが叶うのである。
また、至高体験を繰り返すうちに、願望も変わっていき、正しいものを求めるようになる。
場合によっては、それまで持っていた願望に価値や魅力を感じなくなるし、全く別の願望が起こることもある。
そういうわけで、今後、至高体験の起こし方を改めて述べる。
それは簡単なものであるが、方法は1つではない。

◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)至高体験(コリン・ウィルソン)
(2)右脳の冒険(コリン・ウィルソン)
(3)神さまの周波数とシンクロする方法(志賀一雅)
(4)魂の対外旅行(ロバート・モンロー)
(5)驚異の超科学が実証された(政木和三)
  
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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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