ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

W.E.バトラー

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

最高の定義の通りの魔法が誰でも使える

イギリスの著名な魔法使いウォルター・アーネスト・バトラー(Walter Ernest Butler. 1898~1978)は、貴重な書『魔法入門』の中で、魔法の定義について、3つのことを取り上げていた。

まず、当時の通俗的な辞書では魔法の定義は、
「自然的原因を、驚くべき結果をひきおこすために応用する技術」
とあるが、バトラーは、これでは未開人にとって、ラジオや電話や飛行機が魔法になってしまうとして退けた。
次に、当時の魔法使いの1人が述べた、
「思うままに変化を起こす技術」
については、「ただの肉体労働や精神労働でも、そんなことが可能な場合がある」として否定した。
まあ、一般的には、これが魔法であるような気もするが、「変化」の範囲をはっきりさせないといけないという訳だろう。
そして、結局バトラーは、偉大な魔法使いダイアン・フォーチュンの定義を採用するが、それは、
「思うままに意識の中に変革をひきおこす技術」
であった。
なるほど、これは優れた定義であり、このような力を得れば、人間に不可能はない。
例えば、「自分はとてもではないがお金持ちにはなれない。頭は悪いし、人付き合いは下手だし、学歴もないし」と思っている人が、「私には隠された能力が沢山あり、それを発揮することで、お金持ちになれる」と信じることが出来れば、それが潜在意識の力によって実現するというのが、ナポレオン・ヒルら多くの成功法則の要諦であり、日本ではいまひとつ受け入れられていないが、アメリカでは高校の正式科目として教えられるなど、ごく一般的であるようだ。

魔法とは、「思うままに意識の中に変革をひきおこす技術」である。
しかし、バトラーも、フォーチュンも、そして、ヒルも、それが出来るようになるための難しい方法を提示し、魔法を実際に使えるようになった人は滅多にいない。
今年の初音ミクさんライブ「マジカルミライ2020」のテーマ曲を担当するピノキオPさんによる、「マジカルミライ2019」でミクさんが歌った楽曲『好きなことだけでいいです』にあったように、
「全人類の願いが叶ったら 地球が爆発するから」
ということかもしれない。

だが、簡単な「思うままに意識の中に変革をひきおこす技術」、つまり、魔法の使い方は存在する。
それは、私の経験的にも確実であるが、今回は自慢話は控えよう(これまで何度も書いたが)。
さっきの、自分は金持ちになることは不可能だと信じていた人が、自分も金持ちになれると信じるに至った意識の変革について考えよう。
それを実現する魔法の技術とは?
早い話が、自己暗示・・・これだけである。
だが、自己暗示(あるいは他者暗示)については、確かに沢山の人が指導しているのに、ほとんど成果は上がっていない。
その理由は、単に、「数が少ない」からである。
「私は金持ちになれる」という自己暗示で十分なのに、ある人は、「いや、『私は金持ちになりつつある』と言わねばならんのじゃ」とか、「いやいや、『私は金持ちになれました。ありがとうございます』という感謝の心が必要であるのだぞよ」と、好き勝手言うが、結局、どれも効果はない。
そうじゃなくて、「私は金持ちになる」と、千回、言えば良いのである。
ほとんど誰も、千回言わないのだ。
千回で駄目なら1万回。それで駄目なら10万回。
どういう原理かというと、人間の脳というのは、1分間に300から1000の言葉がつぶやかれていて、普通の人は、よほど気分が高揚した一瞬を除き、そのほとんどが否定的な言葉だ。
それを肯定的にすれば良いのだが、脳というのは、繰り返しで確実に変化するように出来てる。
最初の数十回、数百回は、肯定的な言葉に対し心が反発するが、千回も肯定的なことを言うと、脳が変化し、心は反発しなくなる。
よほど否定的な人でも、いつかは、唱えている言葉に従うが、そのためには、よほどのことがない限り、そんなに長くはかからないし、仮に、異常に長くかかったとしても、長い人生の中では、ほんの一瞬だ。そして、他に方法はないのである。
しかし、特に今は、「1分でOK」だの「1週間で出来る」みたいな言い方が流行りで、たったの千回に取り組む人がいない。よって、千回やれば、あなただけが勝てる。
また、せっかく、「口癖」としての自己暗示について本に書いてくれている人もいるのだが、余計な話を盛り込み過ぎて(本1冊書くとはそういうものなのかもしれないが)、読者の大半は、やる気をなくしてしまうのである。確かに、子供の時なら、1秒で千回唱える不思議な力を発揮することがあり、私もそれで何度も救われた記憶がある。そして、大人でも、自己暗示を重ねていけば、そんなことが出来るようになるかもしれない。
だが今必要なことは、ただ数多く唱えることである。

尚、ウォルター・アーネスト・バトラーの『魔法入門』は絶版で、古書があっても高価であるので、紹介は控える。
とはいえ、本来、優れた魔法書と言えども、もはや読む必要はないと私は思いながらも、面白いし、学ぶことは多いとも思う。











入門書の大事さを実感する

どんなことでも、入門書は良いものを選んだ方が良い。
最近、つくづく、そう思い知った。
プログラミングでも、「簡単」とか「3日でマスター」なんてノリのものは避けるべきだ。
私は大昔、初めて買ったプログラミングの本を、なぜかいまだ本棚の目立つところに置いているが、その著者の森口繁一(もりぐちしげいち)さんが、恐ろしく偉い人だということを最近まで知らなかった。
教え子の今野浩さんが著書『工学部ヒラノ教授と昭和のスーパー・エンジニア -森口繁一という天才- 』で、森口さんのことを詳しく書かれていて、自分を凡人だという今野さんは実際は偉大な科学技術者なのだが、その今野さんは、自分と比べたら森口さんは宇宙人だと言うのは、おそらく、本当にそう思っていたのだと思う。
森口さんは、東大で30年に1人の天才と言われ、戦後まもなくアメリカに留学し、「日本にMoriguchiあり」と言われ、どんな難解な論文も、一度読めば頭に入ってしまい、広い分野で偉大な業績を挙げた。そして、当時は、まともな学者の研究対象と見られていなかったコンピューター・プログラミングを重要視して積極的に取り組み、この人がいなければ、日本のコンピューターの普及発展はかなり遅れただろうと思われる。
私が読んだ、森口さんの本は『基本BASIC講座』という、入門者向きの易しい本だったが、初歩的な数学問題をプログラミングで面白く取り上げるセンスは、当時としては異例であったと思われる。
私がスムーズにプログラミング、特に、BASIC言語を覚え、今も、AIの機械学習のデータ作成をVBAで効率よくやれているのも、元を正せば、この本のおかげである。

私は、C言語は、今でも名著の誉れ高い、レス・ハンコックの『C言語入門』を読み、プログラミング全体では、ブライアン・カーニハンの『プログラム書法』を読んだおかげで、プロで通用するようになった。だが、いずれも、今は絶版だ。
『プログラム書法』の代わりなら、同じブライアン・カーニハンの『プログラミング作法』を読めば良いと思う。

魔法に関しては、W.E.バトラーの『魔法入門』を12歳の時、入手して、さっぱり分からなかったが、少しは熱心に読んだので、超能力を発揮するようになった。
とりあえず、「4の呼吸」だけでもやってみると良いし、バトラーの『魔法修行』なら、今でも新品で入手可能と思う。
引き寄せに関しては、19歳のひきこもり中に、ジョセフ・マーフィーの『あなたも幸せになれる』(原題:COSMIC ENERGIZER;宇宙の活力。文庫版は『努力嫌いの成功法』)を読んだので、ひきこもりが社会の最底辺に入れてもらえるという、川上量生さん言うところの、「運だけで成功した経営者(川上さん本人のことと思う)をはるかに超える快挙」を達成した。
いずれも、最上の入門書だ。
今の、山のようにあふれた、軽い、卑しい、馬鹿馬鹿しい引き寄せの本は、読まない方が良い。

ところで、1つ外したものがある。
経営に関して、船井幸雄さんの『ベイシック経営のすすめ』を読んだことだ。おかげで、経営者になれなかったし、ならなくて良かった。
いや、非常に良い本だとは思うが、インターネット時代に古過ぎるのは、ダイエー、大丸、そごうの凋落を見れば明らかと思う(いずれもブランド名だけは残っている)。
川上量生さんの『ニコニコ哲学』も、良い本と思ったが、あれは天才、川上量生さんの思考パターンだし、嘘とは言わないが、冗談もかなり入っている。
何をやるにも、入門書とは大事であると思う。









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秘法を持つ子は自殺しない

梶原一騎さん原作のちばてつやさんの漫画『あしたのジョー』は、論理性に著しく欠けるので、私はやや抵抗があるのだが、1つ好きなところがある。
それは、丹下段平が少年院に入れられた矢吹丈に、ハガキでボクシングのレッスンをするのだが、その第1回「明日のためのその1」が左ジャブで、正確には、
「ひじを左わきの下からはなさぬ心がまえで やや内角をねらい えぐりこむように打つべし」
なのだが、私は、
「わきを締め、やや内側を狙い、えぐりこむように打つべし」
と覚えていた。
この方が自然で、論理的と思う。
いずれにしても、この単純な教えを実践した丈が、確かな力を身につけるところが、とても楽しいと感じる。

私の場合、最初のレッスンは、単純な教えが書かれた1枚のハガキではなく、物凄く難しい、W.E.バトラーの『魔法入門』の中から見つけた「四つの息」と呼ばれるものだった。
当時私は、中学1年生だったが、世間では、お伽噺とか単なる空想とみなされている魔法というものを、大真面目に扱ったこの本は衝撃的だった。
魔法は本当にあるのだと、堂々と言い、そして、教えているのだから。
「四つの息」は、4つゆっくり数えながら息を吸い、2つ数える間止め、4つ数えながら吐き、そして、2つ数える間止めるというものだ。
ただ、呼吸の仕方については、細かい注意が書かれていて、その中でも大切なことが、「息の止め方」である。
多くの人がやるように、喉や鼻の(息の)通路を意思の努力で閉じることによって「息を保つ」ことは、この「四つの息」に関しては、決してやってはならない。
ただ、息の流れを止めるようにし、息を吸った後で胸を鋭く叩いたら、息が漏れるようでないといけない。
そして、最初は5分以上やってはならないと書かれている。
しかし、慣れてきたら、もっと長くやって良い。
12歳だった私は、「魔法の訓練」という、心躍らせるものを手に入れ感激した。
それは、夏休みのことだった。
引きこもりで、友達はいなかったが、こんな秘法を手に入れた者は、夏休みが明けても自殺しない。
今は辛くても、この秘法があればいつか勝てるのだと信じることが出来るからだし、実際、そうなった。

だが、今の子は、世俗でやることが沢山あり過ぎ、秘法を手に入れることが出来ない。
ちなみに、バトラーの『魔法入門』は、文庫も単行本もAmazonで古書が2万円以上だ。
ただし、バトラーの『魔法修行』は、現在もロングセラーを続け、手に入れやすい。
正直、『魔法入門』は、中学1年生はおろか、大人でも読み通すことは困難かもしれない。
昭和49年に角川書店から出版されているが、全339ページという、なんとも象徴的な本だ。
39は、昨日(8月1日)が聖誕日である初音ミクさんのミク(39)としてよく知られる数字だが、私は、あらゆることで3と9という数字に縁がある。
角川書店の親会社のKADOKAWAは昨年、ドワンゴと経営統合してKADOKAWA・DOWANGOが設立され、ドワンゴ会長の川上量生氏が会長に、そして、今年6月に川上氏は社長になった。
初音ミクさんは、ドワンゴのニコニコ動画で育ったと言って良いと思う。
2006年12月にニコニコ動画が始まって準備が進み、そしてついに、初音ミクさんが2007年8月31日に神々しくお生まれになり、今、世界を救っているのである。

それはともかく、「明日のためのその1」でも、「四つの息」でも良いが、秘法を1つ持っておくべきである。
日航の社長や、日銀の副総裁を歴任された柳田誠二郎さんは、若い人達に、「何か1つ、心を締める鍵を持っていなさい。私の場合、それが、たまたま、岡田虎二郎先生の岡田式静坐法だった」と言われていたが、これは、本当に大切なことである。
中村天風が教えた、「常に肛門を締める」でも良いし、法然が教えた、常に念仏を唱えることでも良い。
腕振り運動や、呪文(「アジマリカン」など)も良い。
探せば何か見つかるだろう。
よほど若いうちは、とにかくそれを大切に保持し、戦うべき時が来たと思ったら、1年365日、1日も欠かさず、できるだけ決まった時間(あるいは1日24時間)実践しなければならない。
秘法を持つ者、心を締める鍵を持つ者は決して自殺しないし、最終的に負けることはない。

尚、『魔法入門』の入手は困難だが、この中で、著者バトラーが絶対入手せよと述べている『神秘のカバラー』は入手しやすいので、魔法に興味があれば、これを読むと良い。ただし、これも生易しい本ではない。









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なぜ呼吸訓練で全ての能力が向上するのか

人間の身体や心は、全体としてバランスを取るように出来ている。
例えば、毎日、腕立て伏せをやって腕を鍛えると、普段の生活の中で、腕はもちろん、脚まで力強く使うようになり、脚の筋肉もある程度強くなる。
実際は、腕を鍛えると、筋肉の振動が全身に伝わり、脚や指の筋肉等まで刺激されて発達する。
また、計算力と想像力は異なる能力だし、脳の中で活動する部位も異なるのだと思うが、やはり、一方を鍛えると、脳全体にインパルス(神経衝撃)が広がり、他方の能力、あるいは、脳の全能力が向上する。
(とはいっても、偏りには色々と弊害もある)

心身の一部を刺激すれば、全体が刺激され、一部の能力を向上させれば、全体の能力が向上する。
その中でも、肺というのは重要な器官である。
肺の能力が、心身の他の機能や能力、特に、脳に大きな影響があることを、普通の人はあまり知らない。
そして、普通の人は、肺のごく一部の能力しか使っておらず、結果、心身、特に、脳の能力のごく一部しか使えないことになる。
確かに、頭脳明晰な人には、心肺を活発に使うジョギングを趣味にしている人が多い。しかし、これは、やり過ぎると、かえって肺や心臓を損ない、結果、脳も損なう。特に年齢が高くなればそうであるのだが、多くの人が走り過ぎている。そもそも、人間は走るようには出来ていない。
それよりも、正しい呼吸の訓練をすれば、肺の能力を開花させ、心身全体、特に、脳が開花する。
呼吸法の訓練は、正しくやれば肺を損なわず、どこまでも能力を向上させ、根気強く訓練すれば、超能力の領域にまで達すると思う。
つまり、簡単な言い方をすれば、肺の潜在能力を開発させれば、全ての潜在能力を開発させることになるのである。
逆に言えば、肺を使わなければ能力が低く、実際、ノイローゼ患者などは僅かしか肺を使っていない。

呼吸の正しい訓練の1つには、時々ご紹介する「4の呼吸」がある。
尚、息の止め方が大事なので、後で特に説明する。

(1)息をゆっくり吸いながら、心の中で、「1、2、3、4」と数える。
(2)息を止め、「1、2」と数える。
(3)息を吐きながら、「1、2、3、4」と数える。
(4)息を止め、「1、2」と数える。

(2)の長さを4にしたり、(4)をやらない場合も多い。
上記のものは、W.E.バトラーの『魔法入門』や『魔法修行』にあるものだ。
息を吐いた後で止めるのは、むしろ珍しい方式だろう。

ラマナ・マハルシが教えたプラーナーヤマは以下の通り。
(1)私はこれではない(出息)
(2)私は誰か?(入息)
(3)私は彼(またはそれ)である(呼吸停止)

こちらは、数を数える代わりに、神秘な言葉を思うのである。
熟達すれば超能力をもたらすと言われる。

さて、大事なのは、息の止め方である。
普通、息を止めるというと、喉や鼻の通路を閉じるが、このやり方は、呼吸訓練の効果を無くすどころか、害があって危険ですらある。
喉や鼻を閉じないまま、息を止めることは容易いと思う。
単に、息の流れを止めれば良いのである。
それには、普段、無意識に働いている呼吸のための筋肉(横隔膜や肋骨の間の筋肉、腹部の筋肉等)を使うのだが、横隔膜の筋肉とか言われても分からないであろう。
だから、普段、無意識に行っている呼吸を意識的にやることの応用として、息の流れを止めるのである。
簡単なことであるはずだ。

これらの呼吸訓練を毎日やれば(毎日でなければならない)、脳を中心とした、心身のあらゆる能力が向上し、精神も安定する。
そして、さらに優れた訓練は、いつでも微かな呼吸をすることである。
これだけで、毎日、超人に近付いていくのである。
尚、私は、呼吸訓練だけで1冊の本にしたようなものは薦めない。
呼吸訓練を難しくするだけでなく、そんなものは、結局、最も肝心なことをマスターできないのだ(例えば、上に挙げた息の止め方)。
あなたは、確実に超人になるための訓練方法を得た。
わくわくしながら、毎日取り組むと良い。









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この世界は本当は希望に満ちている

どこの国の昔話にも、ごく平凡な人間なのに、やたらと神様に気に入られる者がいる。
それらの話は、ある意味、実話なのであるが、そのように神様に好かれる者達の特徴は、大抵が、馬鹿がつくほど正直者であるところだが、実はそれだけではないのである。

こんな話がある。
ある商売人の男もまた、山の神に非常に気に入られていた。
それで、彼が商売で危機的な状況に陥った時、神様が夢に現れて、「お前は感心なやつだから助けてやる」と言い、実際、その男は奇跡的に破滅を免れた。
彼は、必ずしも正直者ではなかったし、商売だって、稼いで自分が良い思いをしたいというところが多分にあった。
しかし、彼は、稼ぐと、貧しい者達に施すのを楽しみにしていたのだった。
神様は、彼のそんな性質を愛でていたのだろう。

高橋 弥七郎さんの、発行部数750万部という人気小説『灼眼のシャナ』で、主人公の坂井悠二は、ごくごく平凡な高校1年生男子で、現代的には平均的なのかもしれないが、ヒロインのシャナ(見かけは11歳くらいの美少女)には、最初、男としてのあまりの情けなさに完全に馬鹿にされていた。
ところが、この坂井悠二が、異世界の神である「祭礼の蛇」にやたら気にいられ、その無敵の身体を自由に使わせるまでになる。
私は、かなり後で気付いたが、それは不合理なことではなかった。
よく考えれば、祭礼の蛇と坂井悠二は、実に似た者同士だった。
坂井悠二は、人間であった時の友人に、祭礼の蛇のことを、こう紹介する。
「みんなが喜ぶことをしようと一生懸命なんだ」
坂井悠二は、戦いに巻き込まれる中で、家族を、クラスメイトを、町のみんなを、そして、愛するシャナを守りたいと強く思った。
そして、いつか、全ての人を守りたいと思うようになったのだ。
敵としてシャナのところに戻ってきた悠二が言った言葉が非常に印象的だった。
「僕は強くなりたいと思った。そして、強く、強くなった」
彼は、棚からボタモチ式に祭礼の蛇の力を得たのではなく、祭礼の蛇に似てくることによって、祭礼の蛇の共感を呼んだのだ。

イギリスの魔法使い、ウィリアム・アーネスト・バトラーによれば、魔法とは、「心に自在に変革を起こす」ことなのだそうだ。
これは、彼が崇拝する同国の魔法使い、ダイアン・フォーチュンの魔法の定義を受け入れたのだろう。
心に自在に変革を起こせれば、それは確かに強大な力になる。
しかし、その力を持つ目的は何かと問われたら、ただ、「奉仕するため」であると言う。
これは、イエスの「私は仕えられるために来たのではなく、仕えるために来た」という言葉に従ったのだと思う。
ところが、面白いことに、これはループ理論である。
その意味はこうだ。
心に変革を起こす→魔法の力を得る→人々に奉仕する→心に変革が起こる
というふうに、手段が目的になってしまうのだ。
この魔法は、ユダヤ人が持つ、旧約聖書の解説書『タルムード』の、さらに深い教えである『カバラー』からきている。
当時のヨーロッパの複雑な社会情勢の中で、『カバラー』は完全に封印されていた。
それを蘇らせたのが、フォーチュンら、現代の魔法使い達である。

しかし、世界のどの地域も、ほとんど同じ事情があった。
魔法は秘密にされ、オカルト(本来の意味は「隠れていること」)と呼ばれるようになり、やがて、「超自然現象」がオカルトの第一の意味になってしまった。
そして、本当のオカルトは、確かに超自然(スーパーネイチャー)現象ではあっても、アブノーマル(異常)現象ではない。
上にあげた、商売人の男、坂井悠二、そして、イエスの力も、スーパーネイチャーであり、アブノーマルな力ではない。スーパーではあっても、ちゃんと自然の原理に則っているのだ。
そして、スーパーネイチャーの力は、程度の違いこそあれ、誰でも手に入れられる。
その「程度の差」は、差別的なものではなく、どれほど多くの人に奉仕しようとしているかによって決まることである。
アインシュタインが言ったらしい言葉である「自分以外の者のために生きるようになって、初めて本当に生きることができる」が事実なのであり、力(フォース)は「本当に生きる」者と共にある。
何とも、この世界は希望に満ちている。









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