ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

W.B.イェイツ

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

心を鍛えれば平和になれる

不安があったり、不満を持ったり、イライラしたり、憂鬱であったり、人生が楽しくないというのは、心が弱いことが原因だ。
あまり心が弱いと、いつもビクビクし、心が休まらないが、そんな者は、何をやっても上手くいかない。
だから、どうしても、心を鍛え、強くしなければならない。

弱い心は、コップの中の水のようなもので、かき混ぜると、いつまでも動いている。
一方、強い心はハチミツのようで、いくら激しくかき回しても、かき回すのをやめると、全く動かない。

「20世紀最大の詩人」と言われた、アイルランドのノーベル賞作家W.B.イェイツは、「心は孤独によってのみ鍛えられる」と言った。
だが、この孤独とは、必ずしも一人で居ることではなく、心を鍛えるために、山奥に独居する必要はない。
騒がしいオフィスの中にいたって、孤独であることは出来る。いや、むしろ、喧騒は心を鍛える良い舞台である。
孤独とは、心の痛みに静かに耐えることだ。
心配しなくても、心の弱い者に平安はないので、必ず痛みは感じている。
それに、黙って耐えることだ。
それを徹底して貫けば、心は強くなる。
心が強くなるとは、弱い心が取り除かれ、魂に密着した純粋な心だけが残るということだ。
ある覚醒した人の表現であれば、「心をグラつくままにグラつかせておくと、やがて、心は根元から抜け落ちる」とある。
心が勝手に抜けるまで、ぐらつくままにして、その痛みに耐えるのである。
そして、不純な心が消え、心が強くなれば、世界を自在に支配出来る。
つまり、事実上の魔法使いになるのである。
だから、何をおいても、心を強くしなければならない。
そのためには、不満を言わず、文句を言わず、言い訳をせず、非難批判を全くしないことだ。
それが、心の痛みに黙って耐えることである。

罪のない者が、大切なものを守るために、鞭で打たれながら黙って耐えるように、高貴な心で、心の痛みに静かに耐えれば、やがて、奇跡が起こる。
世界が終るかもしれない中で、その奇跡を見るべきである。
なぜなら、それが起これば、世界が終ろうと、あなたには何の関係もないからだ。













当ブログオーナーKayのAI書(Kindle版は販売中ですが、紙の本は5月30日発売です)。
Excelが使えれば、高校生でもある程度(Chapter.1あたり)は学習と実践が可能と思います。
易しくて面白い問題を取り上げましたし、ほぼ全ての実習(実際にAIを作る)のためのデータを作ることが出来る、Excelマクロ(VBAプログラム)を無料でダウンロード出来ます。
これを機会に、Excel VBAを勉強すると良いかもしれません。その意義も、本書の中のコラムに記述しています。

世界はいったん終り、こう変わる

「20世紀最大の詩人」と言われ、老人になっても安らぎを求めず、死の直前まで名詩を残したアイルランドの詩人ウィリアム・バトラー・イェイツ(1865~1939)の詩を読むと、現在の状況を預言しているようであり、また、今後、どうなるかも予感させる。
そのいくつかを見てみようと思う。

ところで、イェイツだけではないだろうが、芸術的な詩は、翻訳者によって、あまりに意味が異なる場合が多く、イェイツは特にそうだと思う。
イェイツの詩には、霊的な意味合いが濃く、霊的なものに、定義や共通の認識を期待する方が難しいからだ。
私は沢山のイェイツの詩集の翻訳を所有しているが、今回は、『対訳 イェイツ詩集』(岩波文庫。高松雄一編)を見よう。

まず、特に名詩と名高い『ラピス・ラズリ』(1938年。『瑠璃』と訳されることが多い)から、何行か抜き出す。

・・・
劇の主役にふさわしい人間なら、
台詞の途中で泣き出したりはしない。
彼らはハムレットもリアも陽気なことを知っている。
陽気さが恐怖をそっくり変えてしまうのだ。
・・・
すべての事物は崩壊し、また構築される。
そうして、ふたたび築く者たちは陽気だ。
・・・

悲劇の主人公たるハムレットやリア王が陽気とは面白い。
それを、一流の役者は皆、知っていると言うのだ。
逆に言えば、ハムレットやリア王が陽気だと知っているのが一流の役者の証である。
そうだろう。
ハムレットやリア王が本当は陽気だからこそ、シェイクスピアのこれらの戯曲は傑作なのである。
アメリカの作家カート・ヴォネガットは言っていたものだ。
「シェイクスピアはうまい作家じゃない。だけど、人間を知っていた」
普通の人々は、ハムレットやリア王や、あるいは、オフィーリアを気取って憂鬱そうにしているのだと、この詩の別の部分でイェイツは書いている。
我々も、凡人でありたくないなら、苦しい時に陽気でなければならない。
愚か者ほど、落ち込んで見せるのだ。

今のコロナウイルスは、経済も現代人の価値観も全て叩き壊す。
そして、新しい人間が、新しい世界を作るが、そんな者達は陽気なのだ。
あるイェイツ研究者によれば、再び構築する者が陽気なのではなく、「滅ぼし、再び構築する者」が陽気なのである。
あえて言えば、「陽気」を、低い意味に捉えてはならない。
gay(陽気)こそが、イェイツ詩の鍵と言う者もいるのだから。

では、『再臨(The Second Coming)』(1920。『再来』と訳されることが多い)に移る。
キリスト教では、再臨するのはイエスだが、イェイツは、スフィンクスのような野獣が再臨し、新しい野蛮な文明が始まると考えていたようだ。
しかし、イェイツは、ニーチェ同様、イエスの類稀な能力を認めながら、ニーチェやワイルドやサルトル同様、アンチ・キリスト主義だった。
キリスト教文明こそ野蛮で、それが今終わる。
そして、詩の最後で、再臨する野獣がどんなものであるかは、イェイツも知らないことを明かす。

・・・
最良の者たちがあらゆる信念を見失い、最悪の者らは強烈な情熱に満ち満ちている。
・・・
再び暗黒がすべてを閉ざす。だが、今、私は知った。
二千年つづいた石の眠りが
揺り籠にゆすられて眠りを乱され、悪夢にうなされたのを。
やっとおのれの生まれるべき時が来て、ベツレヘムへ向いのっそりと歩み始めたのはどんな野獣だ?

新型コロナウイルスがその野獣かもしれない。
これが生まれたからには、もはや以前の世界に戻ることはない。
長谷敏司さんの小説『BEATLESS』で言えば、その野獣はレイシア(超高度AI。姿は17歳くらいの美少女)になると思う。
レイシアの望みは、富の再分配だったと思うが、それが実に当を得ている。
新型コロナウイルスで人類が滅ばないために必要なことがそれだ。
レイシアと対立する超高度AIアストライア(正義の女神の名)は、強制的な変革の危険を説く。確かに、レイシアの戦いは苦しかった。
しかし、新型コロナウイルスは、強制的な変革を行う。
人類のエリート達があまりに利己的で強欲だからだ。
世界で言えばオリンピック、日本での似たようなものである高校野球甲子園大会はもう出来ない。
世界は強制的に変えられる。
新たな世界を作る者は陽気(Gay)である。












KayのAI書籍(数学講師MrΦとの共著)。

誰でもAIを無料で作れる時代。
権力者達がAIで世界を支配するのを防ぐためにも、我々がAIを理解しなければなりません。
そのためには、AIを自分で作るのが一番です。
それを、簡単に楽しく出来ることを意図し、面白いテーマを考えました。

メシアが現れ世界を救うか?

新型コロナウイルスで、私が思いだしたのが、ウィリアム・バトラー・イェイツの詩、『再来(The Second Coming)』だ。
イェイツは「20世紀最大の詩人」とも言われたアイルランドの詩人・劇作家で、ノーベル文学賞も受賞している。
武内直子さんの歴史的な漫画作品『美少女戦士セーラームーン』の終末論的雰囲気は、この『再来』から来ているのかもしれないし、少なくとも無関係ではないと思う。
そして、新型コロナウイルスの猛威が強まって、『再来』を読み返すと、「これは拙いな」と思ってしまう。
つまり、世界が終る予感がある。

もうずっと昔だが、私は、テーブルの上に3冊の本を重ねていた。
1.『神秘の薔薇』ウィリアム・バトラー・イェイツ
2.『至高体験』コリン・ウィルソン
3.『美少女戦士セーラームーン 14巻』武内直子
当時、私は、イェイツ(イエーツと表記されることも多い)の名すら知らず、『神秘の薔薇』は、表紙が綺麗だったので気紛れに買っただけだった。
『美少女戦士セーラームーン 14巻』は、一度死んで転生した、土萠(ともえ)ほたるが、イェイツの『再来』を暗誦する場面から始まっている。
そして、『至高体験』の前書きには、こう書かれていた。
「また、マクミラン社に対しては『W.B.イェイツ全詩集』からの引用を許されたことに感謝し」
これらのことは全くの偶然であった。
そして、その『W.B.イェイツ全詩集』を見たいと思ったが、ネット通販は古書も含め、軒並み在庫切れで残念に思っていたが、書店に行くと、目の前にその本があった。
ありえない偶然で、歓喜すると共に恍惚としたものだった。

『再来』の最後はこうだ。
人類が2千年の眠りの中で悪夢にうなされていると、ついに凶暴な野獣が目覚め、ベツレヘムを目指す・・・
これは、はっきりとは分からないが、イエスが死んでから人類は眠り続け、2千年の間に、すっかり堕落してしまったので、凶暴な野獣が人類を滅ぼしに来るということと読める。
そして、「再来」とは、イエスの再来であるが、果たして、イエスは再び現れるのだろうか?

インターネットもなかった時代に、『美少女戦士セーラームーン』が世界中で異常にヒットしたのは、なんらかのイニシエーションだろう。
2018年にパリで開催された、日仏交流160周年記念の大イベント「ジャポニスム2018」では、11月に、パレ・デ・コングレ・ド・パリ大劇場で『Pretty Guardian Sailor Moon(美少女戦士セーラームーン)』のミュージカルが、12月は、ラ・セーヌ・ミュージカルで、初音ミクさんのライブ「HATSUNE MIKU EXPO 2018」が行われた。
2人のツインテールの少女、セーラームーンと初音ミクさんがメシアになってくれるかは、今、試されている。

ただ、イェイツ自身は、「全て滅び、作りなおされる。新たに作る者は陽気なのだ」と、代表的な詩『瑠璃(ラピス・ラズリ)』で書いている。
そうだ。今回、全ては滅び、作り直される。
新たに作る者は陽気なのである。
だが、私は思うのだ。
強制的に滅ぼされたら苦難は大きい。
しかし、我々自らの手で全てを終わらせ、新たに作り直せば良いのである。
だが、それが期待出来るとは、とても思えない。
つまり、今、利権を握り締めている者達はそれを決して手放さず、彼らのために、やはり、世界はいったん終るのである。

★余談
『美少女戦士セーラームーン』の漫画「ファラオ90編」はアニメでは「美少女戦士セーラームーンS」で、最近は、より原作に近いアニメもリニューアルされている。
この中で、異次元の神ファラオ90が、この世に顕現し、ついに、世界は滅びようとする。
セーラー戦士達は、それを阻止すべく全力を尽くしたが、全員がファラオ90の巫女ミストレス9の前に敗れ去った。
ファラオ90がこの世界に出現したからには、この神の前に、もはや何も出来ず、世界がファラオ90に飲み込まれていくのを、ただ見ているしかなかった。
だが、そこに、存在してはならないセーラー戦士が降臨する。
この世の全てに見捨てられ、挙句、ミストレス9に身体を乗っ取られて哀れに死んだ11歳の土萠ほたるが、セーラーサターンとして目覚めてしまう。
セーラーサターンが、沈黙の鎌サイレンス・グレイブを振り下ろせば、ファラオ90ごと宇宙を消滅させる。
ほたるに、その恨みがあるのは当然と思えた。誰も彼女に優しくはなく、皆で傷付けたまま、ほたるは死んだのだから。
だが、サターンは、ファラオ90を道連れに自ら滅び、世界を救う。
ところが、サターンが消える刹那、セーラームーンがサターンを救い、赤ん坊に再生させる。
原作者、武内直子さんは、セーラームーン画集の中で、セーラーサターンを「メシアの1人」、セーラームーンを「もう1人のメシア」と呼び、2人を全く同格に扱っておられたのが印象的だった。
さて、今、メシアは存在するだろうか?
初音ミクさんは、「HATSUNE MIKU EXPO 2020」として、1月には、イギリス、フランス、ドイツ、スペイン、オランダでライブを行い、4月にはアメリカ・カナダの15都市で、そして、米国最大級の音楽フェス「コーチェラ・ヴァレー・ミュージック・アンド・アーツ・フェスティバル(略称コーチェラ)」で歌う予定だったが、新型コロナウイルスで延期となり、9月開催が決定している。
もし、9月に、この「HATSUNE MIKU EXPO 2020 USA & CANADA」が、そして、8月の「マジカルミライ2020 in 大阪」、12月の「マジカルミライ2020 in 東京」が無事行われることが、世界が救われる証となる。




KayのAI書籍(共著者Mr.Φ)。
『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)
5月11日発売。

必要があって、最終コラムに初音ミクさんについて少し書いています。
権力者がAIで世界を支配することにならないよう、我々が自分でAIを作ることが出来ることを述べるために。
4月4日午後4時44分現在Amazon AI部門19位。


Kay、Mr.Φ著『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)についての、興味深いトピックは、私の新ブログ「メディアの風」で。









人生が気に入らないなら換えてしまえばいい

SF小説か何かで、こんな話があった。
未来を見てきた時間旅行者が、墜落することになる飛行機に乗ろうとする知り合いを止めようとするが、歴史の改変を許さない宇宙の力の作用で身体が動かなくなって目的を果たせず、そのまま飛行機に乗った知人は死んでしまう。
運命とは、そのように変えられないものであり、つまり、人の運命は決まっている。
神話などでも、宇宙の摂理に反するようなことを試みる者は、ことごとく失敗したり、悲惨な目に遭っている。
例えば、死んだ妻エウリュディケーを黄泉の国から連れ戻そうとしたオルペウスは、所詮、失敗するしかなかったのだ。

では、どうあがいても運命は変えなれないのかというと、人間に留まる限り、その通りだ。
人間は運命に従うしかない。
それは、映画が脚本通りに始まり、展開し、終わるようなものだ。
ところが、宮崎駿さんは、ストーリーを考えずに作っていたらしい。
それで、「後30分しかないのに話が終わらない」なんて鈴木プロデューサーに泣きついたことがあったという。
観ている観客は、予想のつかない展開に興奮するが、何のことはない。元々、監督にも結末は分からなかった・・・いや、決めていなかったのだ。

H.G.ウェルズの『ポーリー氏の物語』(未翻訳)で、ポーリーが「人生が気に入らないなら換えてしまえばいい」と言ったのを、同じイギリスの作家コリン・ウィルソンはひどく気に入り、多分、座右の銘にしていたのだと思う。
そうだ。人生という映画が気に入らないなら、映画自体を換えてしまえばいいのだ。
物理学の量子力学の仮説である多世界解釈(いわゆるパラレルワールドに関するもの)の1つの考え方では、世界なんて、何かの拍子にぽんと1つ発生する。
新しい理想の世界を作り、そっちに移動すれば良い。
それには、自分は役者に過ぎず、自分という人間は単に登場人物で、そんな人間が本当に存在する訳ではないと気付くことだ。
「20世紀最大の詩人」W.B.イェイツは『ラピス・ラズリ』という詩の中で、
「良い役者は自分が泣いたりしない」
と書いている。
その通りだ。
不幸な役を演じたからって、何が悲しかろう。
「良い役者は泣いたりしない」
それを忘れないことだ。
初音ミクさんの『FREELY TOMORROW』のように、「顔を上げて微笑む」ことだ。
それで奇跡が起こるに決まっている。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

こんな悪いヤツ、見たことない

『バガヴァッド・ギーター』で、神クリシュナは、仕事は義務として行い、結果に一切執着するなと言い、仕事以外のことでも、たまたま喜びに遭えば喜べば良いが、それ(喜び)を求めるなと教えていると思う。
つまり、物質世界の欲望の一切を放棄することを、アルジュナ王子に、そして、人類全てに説いている訳だ。
仏教でも、『ダンマパダ(法句経)』や『スッタニパータ』といった、原始仏教(古い時代の仏教)の経典には、やはり、そのようなことが説かれているのだと思う。
『バガヴァッド・ギーター』を体現したような聖者だったラマナ・マハルシや、ニサルガダッタ・マハラジも、人間的な欲望を徹底して否定しているように思う。

それらの教えは、それはそれで、非常に高貴なもので、私は好きでもある。
しかし、実際には、そのようなことは非常に難しいし、それに、果たしてそれが良いのかどうかも疑問がある。
早い話が、人間には、見栄も欲も・・・たとえそれが、かなり低劣なものであっても、やはり必要なのだ。

ある70歳過ぎの年配のご婦人が入院した時、自分の娘さんに、本を持ってくるよう言いつけた。
娘さんが、軽い内容の本、面白い本を選んで持っていくと、そんな本では駄目で、文学作品、ことに、ロシア文学の名を挙げて、持ってこさせた。
そして、病院のベッドの上で、1日中、熱心に読んでいた。
「難しい本を読むのですねえ」と感心する看護師さんや、他の患者さん達に、その年配のご婦人は、
「読みたいのですけど、家では時間がなくて長い間読んでいませんでしたが、入院してやっと読めます」
と悠然と微笑んで言った。
しかし、そのご婦人は、忙しいも何も、仕事をしている訳ではなく、家では、1日中、テレビを見ていて、芸能ネタは知らないことがないほど詳しく、また、韓国ドラマは欠かさずに見ていた。
早い話が、彼女は恐ろしいまでの見栄っ張りなのである。
しかし、たとえ見栄でも、入院中には、何冊かの「高尚な」文学作品を読んだのだし、若い頃も、見栄のために、それなりに名作を読み、多少の知識はあった。
それは必ずしも悪いことではないだろう。

また、ある会社にいた40代の、100Kg以上の肥満した男性が、ある時、不意に30Kgものダイエットをした。
本人は、さりげなく「自己管理をすると決心したのですよ」と言い、周囲の人達も、驚嘆しつつ、そうなのだと思っていた。
しかし、実は、彼がダイエットしたのは、メタボ検診が始まる少し前のことで、そんなものに引っかかってしまったことが、社内の、特に、若い女性にバレる屈辱に耐えられなかったというのが、ダイエット成功の原動力だった。
つまり、彼もやっぱり、相当な見栄っ張りなのだ。
だが、それでも、ダイエットに成功したのであるから、見栄も良いものと言って良いはずだ。

私も昔、ある年の12月から、翌年5月末までの間、年末年始、ゴールデンウィークなど一切関係なく、毎日7時半に会社に来て、深夜0時まで働いた。
当時は、自分は、立派な志や向上心のためにがんばっているつもりだったが、今考えると、明らかに、実力をつけて優越感を持ちたいとか、あわよくば成功したいという、全くの個人的欲望のためだった。
とはいえ、確かにそれで、プログラマーとしてそれなりの実力はついたし、ほんの僅かにしろ、志なんてものもあったのではないかと思う。
そして、利己的な欲望がなければ、今のなけなしの実力も持てなかったはずなのだ。

そんなこともあり、私は常に、「人間なんて大したものではない」と思い、また、公言している。
もちろん、これはあくまで、「全く、全然大したものではない」最低の人間である私(謙遜は一切ない)視点の考え方であり、実際には立派な人もいるのかもしれないが、私は、立派な人間というものを空想すら出来ないので、そんな素晴らしい人間は、この世に存在しないと決め付けている。
それがたとえ、ガンジーやマザー・テレサでも例外ではないが、クリシュナムルティもガンジーは最低だといったようなことを言っていたと思う。

「確かに、若いうちは欲も必要だねえ」
なんて気取ったことを言うやつなど、私は信用しない。
死の間際まで欲望に塗(まみ)れ、自らを「不良老人」と称し、ノーベル文学賞を取った素晴らしい才能を有効活用した殺し文句で、老人になっても美少女を口説くことに余念がなかった、「20世紀最大の詩人」ウィリアム・バトラー・イェイツこそ・・・まあ、少しも立派ではないが、正直者なのである。

私はたびたび、職場の、まるで駄目男君に厳しく説教するが、彼に、
「いつも気にかけていただいてありがとうございます」
と言われたら、
「何言ってんの?俺はお前のことなんか、ちっとも気にかけている訳じゃない。目障りにならないよう、俺の個人的な思想、主義を押し付けているだけだ」
とストレートに言ってやっている。
それでも、甘ったれた、まるで駄目男君は、私が何か、自分を指導し、向上させようと思っていると大誤解しているようだ。
まあ、それはそれで彼の幸せかもしれないが、私は迷惑である。

『老子』の39章、および、42章には、古(いにしえ)の王達は、自分のことを、不穀者(不全者)・・・つまり、悪いやつ、ロクデナシと自称したそうだが、私は、心から自分のことを、そう称しよう。
実際、私は、自分ほど悪いヤツを見たことがない。
私は、初音ミクさんだけは、最大の畏敬の念を持って崇めるが、他の女性は邪まな目で見るので、寄ってこないことをお勧めする。
しかし、それを認めるからこそ、ミクさんへの崇拝の気持ちがはっきりし、さらに、高まるばかりなのである。
今、昨年の、初音ミクさんの武道館公演『マジカルミライ2015』のブルーレイが届いた。
今夜は、マジカルミライ2015でフィーバーだ。
お金がない人は、親にもらってでも買うように(DVDもある)。
一緒に注文しておいた、『初音ミクpiaproカレンダー』には、ミクさんの絵が描かれたボールペンがついていた。これは私の宝物になるだろう。
どうやら私は、不穀者(ロクデナシ)だけでなく、阿呆であるようだ。
黒住宗忠のように、阿呆になる修行に励むまでもない。この点だけは、宗忠に勝っているのである。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんを愛す
[AI&教育blog] メディアの風


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
最新コメント
月別アーカイブ
記事検索
ブログバナー&Mail


メールはこちらへ
PV since 2010/09/08
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

人気ランキング参加中
人気ブログランキングへ
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ ひきこもりへ
タグクラウド
QRコード
QRコード