ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

H.G.ウェルズ

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

超能力復活計画

そろそろ、本格的に超能力を復活させようと思う。
いや、真面目とも言えないが冗談ではないし、不真面目ではないのだが、それほど生真面目でもない。
そう、何事も、9割のいい加減さと1割の生真面目さが大事なのだ。

ただの珍しい偶然に、過大な意味を持たせるのは考えものだ。
しかし、奇跡としか言いようのないことを、意図的に何度も起こしていたのなら、それは必然だし、自分の意志が働いたものだ。
それを、一応、超能力と言っているのである。
現実を自在に創造する。
イメージとしては、H.G.ウェルズの『奇跡を起こせる男』のようなものだが、まあ、あそこまで露骨で下品ではない。
とはいえ、ウェルズだって、未翻訳だが、自伝的小説『ポーリー氏の生涯』で、「人生が気に入らないなら変えてしまえば良い」と言い、それが、コリン・ウィルソン(イギリスの世界的作家で、最も多く日本語訳されている作家とも言われる)の座右の銘となっている。

私の超能力は、子供の時が最も頻繁に起こったと思うが、二十歳過ぎても、結構使えてたし、馬鹿げたほどの奇跡も起こしたものだ。
よく取り上げた話では、以前見た時代劇のある回を録画したくて、ただ録画装置を持ってテレビを見ていたら、本当にそれが始まり、録画出来たのだが、私は特に驚いてはいなかった。
ごく単純に言えば、超能力発動の鍵は、信じきって疑わないことだが、別に、信じようとした訳でもない。
いわば、「疑うことを知らない馬鹿」状態だったのだが、それで子供の時、何度も命拾いしているのだから、まさに馬鹿は尊い。
何をやったかというと、交通量の多い車道に目をつぶって飛び込んだのだ。何度もね。
ただ、「車は来ない」って思ってね。
いや、これは絶対、真似しないで欲しい。
とはいえ、日常では、嫌な先生に嫌な目に遭わされていたし、学校での忘れ物が多いことも改善されなかった。
おそらく、そういった場面では、馬鹿になり切ることが出来ないからだと思う。

偉大なる神道家、黒住宗忠は、阿呆になる練習に励んでいたと言うから、私の言うことも、あながち間違ってはいないかもしれない。
宗忠のイエス並の超能力は、もちろん、どこまで本当かは分からないが、ある流れを感じ、私には信用出来るもののように思えるのだ。
阿呆と言っては失礼だが、私が好きな話がある。
プロレスラーだった前田日明さんがプロレスラーになったきっかけが、ウルトラマンの仇を討つためだったということだ。
ウルトラマン(初代)は、最終回で宇宙恐竜ゼットンに破れたのだが、前田さんはテレビでそれを見て、涙を流して悔しがり「俺が仇を討ってやる」と誓ったらしい。
前田さんは、その時、それほど幼かった訳ではないし、本人も、理屈には合わないことは理解していたらしい。
しかし、そんな思い込みが出来ることが、世界を創造するために必要なのだと思う。









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世界は柔らかい

イギリスの作家コリン・ウィルソンは、23歳の時、『アウトサイダー』で、ヒッピーの労働者だったのが一瞬で世界的作家になり、人生が一変した。
もっとも、彼の世界が変わったのは、19歳の時、まさに、青酸カリ(超がつく毒薬)を口に入れようとした時だった。
その時、カチリと音がして世界が変わったのだ。
ウィルソンは、ロシアン・ルーレットをやった後で人生が変わった者の話も好んで引用していたと思う。
そのウィルソンの座右の銘は、彼が崇拝するイギリスのSF作家H.G.ウェルズの自伝的小説『The History of Mr. Polly (1910)』(『ポーリー氏の生涯』未翻訳)で、ポーリー氏が言う、
「人生が気に入られないなら変えてしまえばいい」
だ。
(ウィルソンは、ウェルズを「女性のスカートの中にしか興味がない色キチガイ」と断じていたが、それでも崇めていたのだと思う)
「それが出来れば苦労はない」と誰もが言うかもしれないが、そう言うのは世間的な大人だ。
私は、ごく若い、経済的な苦労を知らない頃は、世界は本当に柔らかかった。
小学生の時、大学生の従兄にもらった天体望遠鏡で土星を見たくて、夜空の星の1つをデタラメに選んで見てみたら、ちゃんと輪がついていた。
高校生の時、ローラ・インガルス・ワイルダーの自伝小説『大きな森の小さな家』の中で、ローラの父親が、森で「お前は誰だ?」という声を聴いて逃げ出した話をローラにするのを読んだ後でテレビをつけたら、男性の老人の声で、
「フクロウは人間に話しかける。『お前は誰だ?』ってね」
と言うのを聴いた。
※フクロウの鳴き声は、「フー(誰だ?)、フー(誰だ)、フーアーユー(お前は誰だ?)」に聴こえる。
油断すると、世界はずっとそんな感じで、ユングのシンクロニシティー(共時性)どころの話じゃなかった。
小さい時は、それこそ、交通量の多い車道に目をつぶって飛び込んだものだ(決して真似しないように)。
kzさんが作った初音ミクさんの歌『DECORATOR』のように、「君のちょっとで5分後は変わる」し、「未来は弱い」のである(あの人、悟ってるなあ)。

世界は柔らかかったのだが、経済的になるにつれ、世界は固くなった。
このあたりは、経済的な苦労を知らない少年の方が支配力があることを、アメリカ最大の賢者ラルフ・ウォルドー・エマーソンも『自己信頼』に書いていた。
まあ、経済的なことが悪いのではなく、経済的な不安を持つことが悪いのだろう。
岡田斗司夫さんの本のタイトル「ま、金ならあるし」を呪文のように唱えていたら、世界はだんだん柔らかくなっていくだろう。
ただし、欲張らない限り。
魔法を使う子供の特徴は「欲張らない」ことで、ある世界最高の投資家が言う成功のコツも「欲張らないこと」だ。
意外に投資家ってのは、子供っぽい感性を持ってないといけないのである。
ラマナ・マハルシも「賢者と子供はある意味似てる」と言い、荘子は、「賢者の心は鏡のようだ。来るものはそのまま写すが、去ってしまえば痕跡を残さない」と言ったが、マハルシの言う、賢者と子供に共通する特性がそれだ。
投資家ではなく事業家だが、スティーブ・ジョブズはそんな達人だった。

コツを掴めばそれで良いのだから、まあ、心配しないことである。
H.G.ウェルズの『塀についたドア』と『奇跡をおこせる男』を読むと良いと思う。









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フューチャリストかナウイストか

キリスト教でもイスラム教でも、「預言者」というものが尊敬される。
預言者とは、未来予知する者で、平たく言えば予想家であるが、レイ・カーツワイルのようなスーパーな予想家は未来学者、あるいは、フューチャリストと呼ばれ、やはり、非常に重んじられる。

たとえ有名でなくても、高い予測実績のある者は優遇され、政府や大企業から高額で予測依頼されることも多い。
だが、ペンシルバニア大学教授のフィリップ・テトロックの20年に渡る研究によれば、「普通の専門家の予測は、チンパンジーが投げるダーツとだいたい同じ」であることが解っている。
つまり、マスコミでいかにも信憑性があるように取り上げられる専門家の予測は、当てずっぽうと全然変わらないのである。

話半分と考えた方が良いかもしれないが、イギリスのSF作家H.G.ウェルズの『世界はこうなる』に書かれた未来予測は、国連の成立や核兵器の開発等、解り易いものから、政治形態や文化・風俗まで、恐いくらい当たっていると言われる。
彼の、『宇宙戦争』や『タイムマシン』は、いまだ人気が高いが、これらだけでなく、彼のSFには、一種の未来予測的な面白さが確かにある。

MITメディアラボ所長の伊藤穣一氏は、TEDでの講演で「私はフューチャリストではなく、ナウイストでありたい」と言ったが、ウェウズは実際はナウイストだった。
ナウイストこそが、優れたフューチャリストなのである。
なぜか未訳と思うが、ウェルズの『ポーリー氏の生涯』は、コリン・ウィルソンのお気に入りの作品で、その中でも、ウィルソンが座右の銘にしていた言葉が、
「現実が気に入らなければ変えてしまえばいい」
だった。
『BEATLESS』(長谷敏司氏のSF、あるいは、そのアニメ作品)で、レイシアはアラトに言った。
「デザインして下さい。アラトさんの望む未来を。私にはその未来を引き寄せる力があります」
ウェウズも伊藤穣一氏も、未来をデザインしつつ現実に生きているのだろう。
だから、伊藤氏は、「地図よりコンパス」と言ったのだろう。

そして、レイシアは言った。
「超高度AIは、人間が妄想するように、未来を予測する」
未来は、正確であるほど妄想のように見える。
それほど、実際の未来は謎だし、テクノロジーの進歩がどんどん速まる世界では、さらにそうなのだ。
しかし、力ある妄想が出来る人間は少ない。それこそ預言者なのだろう。
とりあえず、ウェルズ等のSFを読み、思考のフレームワークを学ぶと良いかもしれない。
優れたSF作家には、驚くべきフューチャリストがよくいると思う。









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人生が気に入らないなら換えてしまえばいい

SF小説か何かで、こんな話があった。
未来を見てきた時間旅行者が、墜落することになる飛行機に乗ろうとする知り合いを止めようとするが、歴史の改変を許さない宇宙の力の作用で身体が動かなくなって目的を果たせず、そのまま飛行機に乗った知人は死んでしまう。
運命とは、そのように変えられないものであり、つまり、人の運命は決まっている。
神話などでも、宇宙の摂理に反するようなことを試みる者は、ことごとく失敗したり、悲惨な目に遭っている。
例えば、死んだ妻エウリュディケーを黄泉の国から連れ戻そうとしたオルペウスは、所詮、失敗するしかなかったのだ。

では、どうあがいても運命は変えなれないのかというと、人間に留まる限り、その通りだ。
人間は運命に従うしかない。
それは、映画が脚本通りに始まり、展開し、終わるようなものだ。
ところが、宮崎駿さんは、ストーリーを考えずに作っていたらしい。
それで、「後30分しかないのに話が終わらない」なんて鈴木プロデューサーに泣きついたことがあったという。
観ている観客は、予想のつかない展開に興奮するが、何のことはない。元々、監督にも結末は分からなかった・・・いや、決めていなかったのだ。

H.G.ウェルズの『ポーリー氏の物語』(未翻訳)で、ポーリーが「人生が気に入らないなら換えてしまえばいい」と言ったのを、同じイギリスの作家コリン・ウィルソンはひどく気に入り、多分、座右の銘にしていたのだと思う。
そうだ。人生という映画が気に入らないなら、映画自体を換えてしまえばいいのだ。
物理学の量子力学の仮説である多世界解釈(いわゆるパラレルワールドに関するもの)の1つの考え方では、世界なんて、何かの拍子にぽんと1つ発生する。
新しい理想の世界を作り、そっちに移動すれば良い。
それには、自分は役者に過ぎず、自分という人間は単に登場人物で、そんな人間が本当に存在する訳ではないと気付くことだ。
「20世紀最大の詩人」W.B.イェイツは『ラピス・ラズリ』という詩の中で、
「良い役者は自分が泣いたりしない」
と書いている。
その通りだ。
不幸な役を演じたからって、何が悲しかろう。
「良い役者は泣いたりしない」
それを忘れないことだ。
初音ミクさんの『FREELY TOMORROW』のように、「顔を上げて微笑む」ことだ。
それで奇跡が起こるに決まっている。









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造られた嘘の世界を抜け出す

自分にとって、この世界が楽しくて生き甲斐のあるものなら、それが幸福というものだろう。
しかし、ほとんどの人は、世界に満足している訳ではないが、さりとて、特に文句を言うこともなく、何となく惰性に流されて、適当に生きているのだろう。
ところが、ごく少数の人が、
「この世界は何かが間違っている」
「この世界に耐えられない」
と強く思っている。
世界の仕組みは冷淡で、非人間的で、人々は自己中心的で、他人に関心がなく、人間関係はギスギスしている。
こんな世界がまともであるはずがないと思っているのだ。

そんな人は、H.G.ウェルズの日本語未訳の小説『ポーリー氏の生涯』でポーリー氏が言った、「人生が気に入らないなら、変えてしまえばいい」のように、「世界が気に入らないなら、変えてしまえばいい」と、考えればよいのだが、実際は、改革者になるよりは、引きこもってしまうかもしれない。
世間にも、「引きこもり救済プロジェクト」みたいなものが時々あり、引きこもりの人達が社会に出て行けるよう支援などをするらしい。
しかし、引きこもりが、世界のあり方に疑問を持っているのなら、そんなものに意味はない。
それは当たり前で、そんな引きこもりは、世の中を適応すべき価値のあるものだと思っておらず、自分を変えたいとは思っていないのだからだ。
引きこもり支援で有効なものがあるとすれば、つまらない指導や説教ではなく、お金の支援である。
「説教するなら金をくれ」ということである。
まあ、そんな支援があるはずもなく(あったら恐い)、多くの、社会不適応の引きこもりは、世界を厭いつつ、なんとか社会の中で生きているのだろう。

この社会では、ほとんどの人が催眠状態にある。
そんな社会が歪んでいて、間違っているのは確かである。
だがそれは、喩えて言えば、ほとんどの人は牢獄にいるのだが、牢獄が世界の全てだと思っているようなものなのだ。
この精神的牢獄・・・幻想の牢獄を抜け出すことが出来れば、本当の世界は・・・まあ、行ってみれば分かる。
その方法を、目覚めた人達は、「高く飛ぶ」と表現する。
牢獄の天井は開いているのだが、我々は、自分は高く飛べないといいう強い暗示がかけられているのである。

初音ミクさんの『トリノコシティ』という歌で、ミクさんが歌っているのが、まさに、我々の状況なのである。

自分だけどこか 取り残された
音の無い世界 造られた世界
傷んだ果実を 捨てるだけなら
2人もいらない 1人で出来るから
~『トリノコシティ』(作詞、作曲、編曲:40mP、歌:初音ミク)より~

我々は、ミクさんと一緒に、高く、高く飛ばなければならない。
そのためには、自分は飛べないのだという欺瞞(ぎまん。あざむくこと)に満ちた催眠術を解き、翼を広げなくてはならない。
砂埃は地上で空回りさせたまま、我々は、そんなものと関係のない高い所に行くのである。

それにはどうすれば良いかと言うと、この世界の嘘を見抜けば良い。
実をいうと、社会の牢獄を抜け出すのは簡単なのである。
幼い時に、細い杭と紐につなれた象が、今はそんな杭は楽々と引き抜く力があるのに、自分には出来ないという催眠術にかかっているのと同じなのだ。
世界を、無の心で眺めた一瞬、光を見る。
それは、いつも言う通り、愛する人と視線が交差した瞬間、指先が触れる瞬間、触れられる瞬間である。
あるいは、人差し指を立てたり、顔を上げて微笑むと、一瞬、さーっと幻想が晴れる。
その時感じたことに最大の価値を置き、忘れないでいるなら、悪い魔女の魔法を破り、高く飛ぶことが出来るだろう。
お伽噺として伝わっている多くのお話の真意はそれなのである。









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