ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

Excel

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

Excelに優るものはやっぱりない

会社の業務アプリを誰でも簡単に作れますというソフトウェアの宣伝メールが毎日のように来る。
それらの決まり文句は、「Excelはもう古い」、「Excelのスキルをこのソフトウェアで活かそう」といったものだ。
どんな会社からかというと、かつて一世を風靡したようなシステム会社だが、やや(あるいはかなり)落ち目になっているようなところが多く、このソフトで復活、あるいは、巻き返しでも計りたいのだろう。
そして、それらのソフトを使うには、月額、かなりの金額がかかるものがほとんどと思う。
だが、安価で、ずっと使えるExcelの方が、ずっと有益だ。
もちろん、誰でもExcelを使って業務を効率化出来る訳ではないし、生半可なスキルでExcelを使うと、かえって害をもたらす場合も確かにある。
しかし、Excelをちゃんと使えないなら、何を使おうが同じことだ。
ならば、お金を無駄にしないExcelを使った方が絶対に良い。

それらの「新しい」ソフトウェアを売る会社は、あたかも、Excelが全ての会社に害を与えているかのようなことを言うが、ちゃんと使えば、Excelほど良いものはないし、多くの会社が、Excelを、それなりにちゃんと役立てている。
確かに、Excelでものすごく業務効率を向上させている会社も少ないが、それが出来る者なら、SEやプログラマーで通用する。
だから、特に特技はないが、有用な人材になりたければ、Excelに内蔵されているプログラミング言語のVBA(Basic言語の一種で、Visual Basicとほぼ同じ)を高度にマスターすれば良い。
未来永劫Excelがなくならないとは言わないが、後10年や20年で無くなるものではない。
それに、Excelと同等の機能のソフトを含む無償のオフィススイート(主には、マイクロソフトオフィスの互換ソフト)である、OpenOfficeやLibreOfficeもある。
ただ、今はまだ、Excelや、それを含むマイクロソフトオフィスを使った方が良いだろう。

ところで、業務で使うデータ量が、昔と比べ、比較にならないほど大きくなり、Excelもそれに伴って性能向上しているが、いよいよ、同じマイクロソフトオフィスのプロフェッショナル版に含まれているAccessを使った方が良くなってきた。
Accessも、もう古いと言う者が多いが、高度な業務効率化のために、これほど良いものは、相変わらず存在しない。
特に、SQL Serverというデータベースシステムと連携すれば、巨大なデータも扱える。
無償のSQL ServerのSQL Server Expressでも、そこそこの規模の基幹システムで十分使える場合が多いのである。
Accessに唯一対抗出来るものとして、アップルの子会社のファイルメーカー社のFileMakerがあり、これは非常に良いソフトなのだが、バージョンアップの度に仕様が変わり過ぎるし、独特なところが多いソフトである。個性が強いのは、アップル譲りの感もあるが、私はアップル系は全く駄目で、iPhoneやiPadも全く使う気がしない。まあ、これは単に好みの問題で、どちら(アップル対マイクロソフト、アップル対グーグル)が良いというのではないとしておきたい。

私は、システムエンジニアやシステムコンサルタントとして、数多くの企業を見て、社員が、ExcelやAccessに通じていれば、そして、いくらかの人がVBAを自在に使えれば、さぞ、仕事が楽で生産性が上がるようになると思うことがよくある・・・と言うより、ほとんど全ての会社がそうなのだ。
それが出来ない会社で、最初にお話した高いソフトを導入しても、全く無駄とは言わないが、元が取れることもないだろうと思う。
また、正直言って、職業プログラマーでもない者が、スマートフォンアプリやWebアプリを作るための勉強をして、良い思いをすることは、まずない。
それらを仕事でやっている者も、あまり幸せな人はいないくらいだ。
稀に、普通のOLがiPhoneアプリのヒット作を作ったなんて話もあるが、それは特例中の特例、超たまたまであり、実際にそれを作ったOLさんも、その後は全然良い思いなんかしていない。
ついでに言っておくと、スマートフォンアプリを売ることで儲けることは、ほとんど全く出来ない仕組みになっている。









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IT時代の英雄

ITの発達は広大な範囲で、実に多様な影響を与えているのだが、その中で、ある1つの非常に面白いことを起こしている。
それは、学歴も特技もない者が、ITの発達のおかげで、かなり良い思いをするとか、立派になって、良い人生を送ることがよくあることだ。
1983年に、ある大企業に勤務する45歳の男性がパソコンに出逢う。
当時のパソコンで出来ることといったらBASIC言語でプログラミングをすることくらいだったが、その男性はこのBASIC言語をしっかりマスターして仕事に適用し、高卒ながらその企業で次長にまで出世するという、本来、有り得ないことを成し遂げた。
全てはBASIC言語のおかげだった。
こういった人達を「ITの英雄」とでも言っておこう。
1980年代の特に前半の頃のITの英雄には、ワープロ専用機を使える人達がいた。当時は、それだけでスペシャリストで通用したのだ。
80年代から90年代初期にかけては、上に挙げたような、パソコンのBASIC言語で自在にプログラミング出来る人が、代表的なITの英雄だった。
当時のパソコンはBASIC言語が必ずと言って良いほど付いていたが、言い換えれば、BASIC言語以外には何もなく、パソコンというのはBASIC言語でプログラミングするものとすら言えた。
だが、BASIC言語をマスター出来るのは百人に1人とも言われ、それが出来れば英雄たる価値があった。
その後は、ITの英雄も多様化する。
90年代は、ロータスのマルチプランやマイクロソフトExcelといった表計算ソフトでマクロプログラミングまで出来たり、dBASEやR:BASEといったパソコンで使えるリレーショナルデータベースでプログラミングができる人達がITの英雄だった。
また、一方、90年代に、WWW(World Wide Web)が発達すると、WebページをHTML言語で作成できる人がITの英雄に加わった。
さらには、CSS(カスケーディング・スタイル・シート。単にスタイルシートを言うことも多い)を使って綺麗なWebページを作ったり、JavaScriptを使って動的なWebページを作れる人のITの英雄としての価値が高まった。
さらに、Webでは、Perl言語やPHP言語で本格的なWebシステムを作れる人が、昨日まで惨めだったのが、ITの英雄として輝いた。
また、90年代に、マイクロソフトオフィスが企業で不可欠なものになってくると、ExcelでVBA言語プログラミングまで出来る者がITの英雄に加わり、AccessをVBA言語まで含めて使いこなせば、トップレベルの英雄だった。

現在でも、HTML+CSS、JavaScript、PHP+リレーショナルデータベース、Excel+VBA、Acces+VBAのいずれかでも駆使出来る者がITの英雄であるが、ITの多様化、高度化で、これらが出来る者達のITの英雄としての値打ちは下がる傾向がある。
これらを高度に使える者は相変わらずITの英雄であるが、逆に言えば、高度でなければITの英雄とは認められない。
だが、こういったものを高度にマスターしていれば、不思議なほど、これらを使う仕事を引き寄せ、自然にITの英雄としての価値を高めるのである。
今後、どんなことが出来る者が、新しいITの英雄になるのか、よく分からない。
Google Apps Script(基本はJavaScript言語)は有望であるが、まだ分からない。
スマートフォンアプリの開発や、FileMakerもどうかは分からないのだが、とはいえ、これらを高度に出来るなら、やはり、仕事を引き寄せて、ITの英雄に加わるだろう。
だが、実はこうだと思う。
自分がたまたま出逢い、興味を持ったものに熱心に取り組み、実力をつければ、その能力を活かせる環境を引き寄せ、ITの英雄になれるに違いない。
だが、それをやる者が少ないのである。
それは、ただ、やろうとしないだけなのだ。その理由は、普通の人達が、自分に出来そうにないこれらのことに反感を持ち、貶すことが多いという理由もあると思う。
そんな抵抗には構わず、確固とした武器を持ったITの英雄になってはどうかと思う。









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権威ではなく自分を信じる

私は、16歳の時におこづかいで新約聖書を買って、毎日熱心に読んでいたことがある。
キリスト教という宗教には全く関心がないが、イエスには興味があったのだ。
私が買ったのは、日本に来て日本語を学んだイタリア人宣教師フェデリコ・バルバロが、ギリシャ語版聖書を参照しながら、ラテン語版聖書から日本語に訳した、素晴らしいものだった。
現在は、旧約と新約が一緒になったバルバロの聖書が販売されていると思う。
私は、旧約の方はあまり読んだことはない。
新約も、私自身は、全体として良いものだとは思っていないのだろうが、いくつかのイエスの言葉は私の中に入ってきているのだと思う。
尚、牧師などの聖書の解説は一度も聴いたことがないし、全く聴く気もない。
アメリカ最大の賢者ラルフ・ウォルドー・エマーソンは、子供の時、牧師が教えることに疑問を感じて、後でその牧師に、疑問について問いただしたところ、牧師に、
「君の考えは、悪魔から出ている」
と言われたらしい。
そうしたら、エマーソン少年は、
「それなら、僕は悪魔になりきる」
と言ったのだそうだ。
エマーソンは、少年であったにも関わらず、教会や牧師の権威を受け入れず、自分を信じたのだ。
私も、ことイエスの言葉に関しては、それぞれが、自分の深い心を信じるべきと思う。
そうすれば、イエスの言葉は力になる。
それは、水の上を歩き、パンや魚を増やし、病気を癒し、悪魔に打ち勝つ力だ。
イエス自身が言ったように、それは誰もが使える力である。

そして、人に騙されることもなくなる。
騙そうとする人は、なんとなく分かってしまう。
私はコンピュータープログラマーになりたての頃、部長に、
「君は、汎用機でもパソコンでも、また、どのプログラミング言語でもできるようになってくれたまえ。どんな仕事が来ても、それきたとばかりに引き受けられるような立派なSEになっていただきたい」
と言われたが、部長が誠実でないことは一瞬で分かった。
何でもできる社員は、会社にとって都合が良いだけで、本人にとっては最悪の未来しか作らない。
私は、割といろいろなプログラミング言語ができたが、「MAGICしかできません」と言い張っていた。
そして、それで間違いなどなかったのだ。
1つのことを磨き上げると同時に、プログラミングのアルゴリズム(問題を解決する手順)をじっくり考えることができたからだ。
これこそが最上の選択であり、そうできたのは、イエスの言葉の影響があったのだと思っている。
これからの世の中で大切なことは、アルゴリズムだ。
それは、1つには、プログラミングを熱心にやることで身につく。
ただし、あれもこれもやっていたら、天才でもない限り、アルゴリズムの能力は身につかない。
ExcelとVBAで良いのである。
というより、Excelの素晴らしいユーザーインターフェースをそのまま使いながらプログラミングができるVBAが、最もアルゴリズムに専念できるのだと思う。
アルゴリズムさえ修得しておけば、何でもできると思う。









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私は雑用をさせられたことがない

時々言うが、全てのことを、そこそこにしかできない、あるいは、そこそこにもできないというのは、どちらも最悪で、何か1つで良いから、磨き抜くことだ。
その際、「この技能は、これからの世の中で有望そうだから」というのは、考えない方が良い。
あまりに的外れなものではいけないかもしれないが、それでも、自分が本当に興味を持てるなら、それをやれば良い。
昔、塗装機械が出来て、塗装工の仕事が無くなったなんて言われたが、腕の良い塗装工は、むしろ、儲かるようになったのだ。
仕事が無くなったのは、そこそこの塗装工だ。

戦国時代、太刀だ、槍だ、弓だ、柔術だ、馬術だと、あらゆる修行をしたって、天才でもない限り、どれもせいぜいが「そこそこ」で、手柄どころか、あっさり殺されてしまうものだ。
しかし、「俺は弓だけ」と決めて、弓術を磨きに磨けば、弓の名手として敬われ、弓以外はやらなくて良いということになり、安全なところにいられるようになる。
自分ではそうなるように画策などしなくても、不思議と自然にそういう状況になるものである。

私も、ある時期から、仕事ではプログラミングしかやらなくなった。
初めのうちはC言語ばかりやっていたが、次は、楽だからという理由でdbMAGIC(現在のMagic)ばかりやり、面白くて比較的楽だからVisual Basicに落ち着いたが、それから、もっと楽なAccessとVBAしかやらなくなった。
今は、さらに楽なものはないかと思い、FileMakerとか、Google Apps Scriptとかを物色している。
私は、ExcelとVBAだけとか、Cobolだけで高収入な人もちゃんと知っている。
PHPしかできない世界的プログラマーだっている。
一方で、JavaにRubyにObjective-CにC++と、やたらいろいろできる人達は、私の知る範囲では、皆、例外なく低収入だ。そんな者は、会社にとっては都合が良いだろうが、やっている者は何も良いことはないはずだ。
私は、特化型に徹していたら、若い頃から、雑用なんて一切やらされなかったし、プログラムの仕事がない時は、他の仕事なんかせずに、プログラミングの腕前を磨くか、そうでなければ、遊んでいた。
遊ぶ時は、堂々と遊んでいたが、誰にも文句は言われなかった。

もちろん、仕事はプログラミングだけではないので、自分の好きな1つの技能を磨き、それ以外は一切やらないと決めてしまえば良いと思う。
我々は、学校で、「赤点が1つでもあってはならない」と、全科目、万遍なく勉強するように癖付けられているが、それは、教師の雇用とプライドのために、そうさせられるだけであって、生徒にとっては最悪のやり方なのだ。
前にも述べたが、私は中学2年から、数学しかやらなかったが、それで別に困りはしなかった。
私は、木枯し紋次郎の時代に生きていたら、紋次郎のような長脇差(ながドス)よりは、短剣投げに特化し集中したと思う。
そうであれば、不思議なほど、それだけで困らない状況になるのである。
どうもこの世は、何かを磨き、高度化すると、その力を守るように、宇宙が力を貸す仕組みになっているのではないかと思うのだ。
絵ばかり描いていたら、ゴッホのように、弟がお金のことは全部面倒みてくれたりするのである。
もし、ゴッホが、弟に悪いからと、意に沿わないが、他のことを色々やっていたら、あんな傑作は描けなかったし、弟だって充実して生きられなかったと思う。
好きなことを磨くのは楽しいし、傍目には修行のように見えても、本人は楽しんでいるだけだ。

上に書いた通りではなくても、参考になるのではと思う。









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WindowsタブレットPCの欠点

WindowsタブレットPCの売上げが伸び、シャアが高まっているらしい。
WindowsタブレットPCの最大の利点は、豊富なWindows用ソフトが使えるということだ。
Windowsのストアアプリはまだ少ないが、そんなものはなくても良いと思う人も多いだろう。
私も、完全にそう思っている。私はWindowsに限らず、ストアアプリという仕組みは大嫌いだ。
Windows用アプリは、しっかりとした実用的なものが多く、特にビジネス用途のものは信頼性が高い。
ここらは、全体として、iPad用アプリやAndroid用アプリとは、圧倒的な違いだ。
つまり、WindowsタブレットPCは、タブレットPCと言いつつ、中身はWindows PCそのものなのである。
USBもコネクタがフルサイズで付いている場合が多く、USBメモリ等の周辺機器をそのまま接続でき、もちろん、Blu-ray/DVD/CDドライブもそのまま接続できるといったことも、iPadやAndroidタブレッととは大変な違いだ。

だが、同時に、中身がWindows PCで、Windows用ソフトが使えることが、Windowsタブレットの欠点なのだ。
Windows PCに限らないが、時代が経つにつれてディスプレイは大型化していき、最近は、ノートで15インチ、デスクトップなら少なくとも18インチ以上で、20インチ以上が普通だと思う。
ビジネスやデザイン用途では、ディスプレイは大きければ大きいほど作業効率が高い。
そして、最近のタブレットPCは解像度が高く、WindowsタブレットPCの場合、7~8インチでHD(1366×768ピクセル)、10インチならフルHD(1920×1020ピクセル)のものも多い。
22インチのディスプレイでもフルHDで十分にきれいなのに、10インチ以下なら、HDでも非常に緻密だ。
しかし、画面が小さい上に高解像度だと、その分、表示が非常に小さいのである。
つまり、22インチと10インチの両方がフルHDなら、そのまま縮小されるのだから、本当に馬鹿みたいに小さく、指でなど、とてもではないが操作できないことが多い。
タッチペンは反応が鈍い場合が多く使い難い。
私は、10インチならせめてHD以下にすべきと思う。画面の表示範囲は狭くなっても、多少は大きく表示され、操作性は少しはマシだからだ。
しかし、やはり、Windows用ソフトは15インチ以上が前提で、しかも、15インチ以下ならHD以下でなければ、文字等が小さ過ぎて使い難いのだ。
ここらは、最初から小さな画面を前提に作られた、iPadやAndroidタブレットのアプリが比較的、機能は単純ながら、ちゃんと指で操作できるのとは違うところである。

用途にもよるが、私は、まずは、しっかりとしたキーボードの付いたノートPCを買うべきと思う。
キーボードで文字を沢山、速く入力することで、ITや、その他の能力を高めることができるのだからだ。
タブレットPCは、便利なことも多いだろうが、これを使っても、ITや仕事の能力を高めることはできないのだ。
私は、高解像度のタブレット端末の用途は、高品質な動画を見る以外にはないと思っているが、ブルーレイディスク等の映像を取り込むことは法律で禁止になってしまったので、もう何の意味もないと思っている。
せめて、法律施行前に取り込んだブルーレイの動画を見ているが、新しいブルーレイディスクは滅多に買わなくなった。
ノートPCを買って、例えば、ExcelやAccessのVBAをマスターし、良い立場で高い給料を取って欲しいと思う。









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