ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
ソフトウェア開発技術者、Hikikomori、スーパーダイエッター、神秘思想家Kayのブログ
決して、一般受けするブログではありません。誠実に人生を遊びつつ、誠実に世間の幻想を叩き壊すことを目的とします。

BLOOD-C

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
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[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。
[2010/12/12]詳細なlivedoorプロフィール設置しました。[livedoorプロフィール]

食の慎みと沈黙があなたを自由にする

学校で傲慢な教師や、たちの悪い級友に耐えたり、社会で頭を叩かれるのは、皆、魂を解放するための修行でしかないのだろう。魂を何から解放するのかというと、暗闇のベールとでもいうものだ。だが、我々の魂は、漆黒の夜空に輝く星のように、闇に消されるようなものではない。
多くの人の魂は、世間という闇に覆われて、輝きを失くしてしまっている。
だが、魂を解放して輝きを夜闇に放てるようになれば、我々は自由だ。
ベートーヴェンの第九の中の歌『歓喜の歌』で、歓喜とは、神の美しい火花(あるいは霊感)、楽園の乙女と表現されているが、それは、解放された魂の輝きのことだ。そして、魂そのものは、神あるいは楽園と一体のものである。

では、魂を確実に解放する良い方法とは何だろう。
最も重要なことは、食欲を克服することだ。食欲は魂を縛るのである。だから、飽食が蔓延っている世間の中の人々の魂は、牢獄にいる。牢獄は個室だ。本来、分離されていないものが分離されているのだ。
もう1つ重要なことを言えば、無駄なおしゃべりをしないことだ。沈黙は金というが、これはお金のことではない。魂を輝かせるということだ。
ラマナ・マハルシは、実相である神を知った後も、何年もの沈黙の行をしたが、口でも心でも、なるべく沈黙を守ることは優れた行である。

食を慎むのは楽しいことだ。それだけで魂が解放されていくのだ。これほど嬉しいことがあろうか?
沈黙もまたしかりである。話すときは、必要なことだけを端的に言うのだ。人の想念というものは、話さなくても照射されるのである。「大切なことは、言わなくても伝わる」のだ。

「ありがとうございました」
「何もしていない」
「はい。ずっとそばに居て下さいました」
~『BLOOD-C』より。小夜(さや)が、話す犬に言った言葉~

言葉では人を慰められない。心を癒すことはできない。沈黙が人の心を溶かすのである。

私は、食事を1日1回にし、肉食を絶って4年以上になるが、半年くらい前から、ようやく、食欲を克服できた。だが、そうなるまでも、食の慎みは楽しいものであった。魂が現れてくるのを感じるからだ。また、最近では、ほとんどの会話もやめてしまった。もちろん、話すべき時は話すが、私自身は何も話していない。口が話しているだけだ。
無愛想になれというのではない。むしろ、沈黙を守るなら、芝居の愛想良さよりずっと親切かもしれない。

好機が来ても私は打たない。拳自らが打つ。
~『燃えよ!ドラゴン』より。リーが師に言った言葉。~

魂を解放すればするほど、我々は自由になり自在になる。世界は意のままになる。
我々の魂から放出される光は、神の光、楽園の乙女・・・つまり、この上なく美しいものだ。
それが、ベートーヴェンの第九、天啓を得て書かれたシラーの詩『歓喜に寄せて』の意味するものだ。日本人だけの習慣かもしれぬが、年末に第九を聴くのは良いことだ。









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最低の駄目男がソクラテスになれた訳

学校時代、他の子達が、70点は取っていて、よくできる子は100点を取っていた試験で、せいぜい10点か20点しか取れなかった。
スポーツもさっぱりで、友達もいなかったし、憧れた女の子はいたが口も利けなかった。
大人になってからも、人付き合いは下手で、要領も悪いので、ずっと、底辺のみっともない仕事しかやれなかった。
そんな男が、「俺はなんて駄目なやつなんだ」と思わず呟いた時、誰かが、「君はちっとも駄目じゃない。自分でそう思っているだけさ」と言った。
その時、男は何かを感じて、何日もずっとその言葉を考え続けた。「俺は駄目なやつだと、自分で思っているだけだ」
男はすっかり変わってしまった。誰もが、彼を偉大な賢者と見るようになったのだ。

これは実話だし、著書に引用した世界的作家もいる。しかし、彼に何が起こったか、誰も説明していない。いや、できないのだ。有名な作家にも、本当のことは分からないのだ。

この男は、わずか数日で、ソクラテスと同じになってしまったのだ。
ソクラテスは、自分が知恵者だの賢者だのとは、本当に、全く思っていなかったのだ。
そして、ソクラテスは、世に賢者の誉れ高い人の噂を聞くと、すぐに訪ねて行き、熱心に対話した。その結果・・・。ソクラテスは自分の方が知恵があると結論せざるをえなかった。だが、それでも、ソクラテスは、自分は何も知らないと、本当にいつも実感していたのだ。
例えば、ソクラテスは有名な作家を訪問し、その作家の作品について尋ねてみた。すると、その作家は、自分の作品についてソクラテスに多く語るのだが、ソクラテスは、作家がその作品のことを何も知らないことが分かったのだ。
だが、作家は自分ではそのことに気付いていない。
もし、ソクラテスが孔子を尋ねたらどうなっただろう?
ひょっとしたら、ソクラテスは、孔子は何も知らないことを見抜いたかもしれないのだ。
だから、荘子は、孔子をずっと馬鹿にしていたのかもしれないのだ。荘子もまた、自分は何も知らないと知っていたのだ。

インドの聖者ラマナ・マハルシに誰かが言った。
「あなたは、なぜセミナーをしないのか?」
マハルシは答えた。
「やってるじゃないか?私は毎日、演壇に登って熱弁をふるっている」
もちろん、マハルシのそんな姿を見た者はいなかった。マハルシが会話をすることすら稀だった。
沈黙に勝る雄弁は無いのである。
毎年、世界中の何十万の人々が、マハルシの沈黙の雄弁を無意識に求め、彼のところに来たのだ。

小賢しい人の知恵が消えた時に現れる真の英知、光の生命・・・それを掴むと、あの不幸な男のように、瞬間に人を超えたものになることもあるのだ。
黒住宗忠は、死の手前で、まさに、光が自分に来るのを見たのだ。それを受け入れると、死の病はたちまち癒えた。そして、彼には、イエスのような知恵と力が備わった。
きっと、自分の駄目さ、どうしようもない煩悩、無知、弱さ・・・それを、本当に、腹の底から分かった時、光が訪れるのだと思う。

アニメ『BLOOD-C』で、ヒロインの少女、小夜(さや)が、時々、不思議な光を見るのだが、どうしても掴めないというのが、とても興味深かった。私も、あれと同じ光を見たことがある。だが、私は恐れてしまったのだ。あの作品を見て、自分の経験を思い出した人は、他にもきっといるだろう。また、あの光をUFOと感じることもあると思う。









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『太陽がいっぱい』を400回以上見た映画解説者の心の牢獄

映画解説者の淀川長治さんが、映画『太陽がいっぱい』の解説の際、この映画を400回以上見て、見る度に必ず涙を流すという話をされていたのを、印象深く憶えている。
これは、映画の作品としての力であると共に、淀川さんの生まれ育ったバックグラウンドの強い影響があったのだろう。淀川さんは、非常に複雑な育ち方をしたが、生まれた時の事情も特殊であった。彼は父より30歳若い妾の子だった。父の本妻は、長治さんが生まれて数日で他界。その後、長治さんの実母が本妻になっている。妾とかの話は、私は全く何とも思わないが、いかに昔とはいえ、いろいろあったはずだ。長治さんは、慶応の入学試験に失敗して、日大に入学するが、出席することはなかった。表面的に述べれば、「ああそう」程度の話かもしれないが、同じような学校時代を送った私は、彼にいったい何があったのだろうと考えざるをえないのだ。

画家の横尾忠則さんとの対談では、淀川さんは幽霊を見た話を真面目に語っていたが、横尾さんも、霊や宇宙人の存在を認め、また、宇宙人と逢った話も著書に書かれていたこともあり、淀川さんも、気分よく話し、かなり饒舌になっていたように思う。

非常に気に入った、あるいは、心を動かされた映画やテレビドラマ、アニメ、小説を繰り返し見たり読んだりすることはよくあると思う。
しかし、いかに『太陽がいっぱい』が傑作とはいえ、400回以上見て、しかも、見れば必ず涙を流すというのは、普通の人からすればやはり異常であり、これは、淀川さんの抑圧された心の苦しみがいかに大きいかを感じるのである。

単に面白いとか、楽しいと思う作品をこれほど見たりはしないものだと思う。
淀川さんは、アラン・ドロン演じるトムと自分を重ね合わせていたことは間違いないと思う。トムの育ちは、映画の中で、あまり語られていないが、幸福な子供時代を過ごしたはずがないということは容易に想像できる。そして、トムはとても有能だが、それは、自分を守るために、身に付けざるを得なかった、汚く惨めな能力だ。
汚れた、卑しい、誰にも誇れない能力を得て、それに頼る人間・・・象徴的な言い方をするなら、黒い手、あるいは、悪魔の手を持った人間だ。淀川さんも、自分は黒い手を持っていると思っていたに違いない。

最近、私は『BLOOD-C』(原作:Production I.G、CLAMP)というアニメの最終回を短期間に30回は見た。それは、名作だからとか、感動的だったという理由ではない。
この作品の主人公の小夜(さや)ほど、心を踏みにじられた人間は、まずいない。ただの不幸ではなく、仕組まれた最悪のシナリオだった。
身体もぼろぼろになって、波にさらされ、雨に打たれ、夜闇にうなだれながら、ずっと心の傷の痛みをなめ続け、そして、遂に、心を奮い立たせて立ち上がる。それは、恨みを晴らすためと、願いを叶えるためのどちらが、小夜にとって強いのだろう?
小夜もまた、悪魔の黒い手を持っている。それを、今後、どう決着を付けるのだろう?(続きは、来年6月の映画になるようだ)

人は、心のままに生きられないことがある。
誰も、本当は、自分の心を自分で踏みにじるような醜いことはしたくない。しかし、そうせざるを得ないこともある。
トムは、惨めでいたくなかったから、野望を持ち、栄光に近付くためなら、何でも、たとえ悪いことでもしてきたのだろう。恵まれない境遇からスタートせざるを得ない者なら、仕方のないことだ。だが、そうする度に、かえって心は傷付き、その醜い傷口を隠すようになったのだ。
それが分かる者なら、あの映画は涙を流さずに見ることはできないだろう。

淀川さんは、表向きには、明るい、愛想の良い人間になったが、傷付いた心の牢獄に住んでいたことは間違いないだろう。
人が生きる目的は、心の牢獄から自分を救い出すことだ。

トムは、最後に悪事がばれたから不幸なのではない。
自分を救い出す道が閉ざされた悲劇を生きなければならないのだ。淀川さんにはそれが分かるのだ。
アイルランドの詩聖W.B.イェイツは言った。「人生が悲劇だと認識した時に、初めて人は生き始める」と。イェイツは、年老い、死の直前になっても、自分に安らぎを赦さなかった。イェイツのあの険しい顔を見れば、彼の抱えていたものが見えるようだ。

だが、人は、自分を心の牢獄から救い出すことを諦めてはならない。
それは、いかなる罪を犯した者でも可能である。どのようにしてそれをやるかはともかく、まず、それができることを信じるべきである。









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あらためて生命の話

私は、平坂読さんの『僕は友達が少ない』という小説が気に入っていて、現在刊行されている7巻までを再読し、アニメも録画を何度も繰り返して見ている。面白いだけでなく、良いお話だとも思う。しかし、どうしても承服できないことがある。
2人の美しいヒロイン、夜空と星奈は、人間的な美点もあるが、根本的には未熟で欠点が多いのは仕方がないところもある。しかし、それでも、この2人が、「殺す」「死ね」という言葉をやたら使うことは(使わせることは)良いことではない。
最近は、若い人に限らず、簡単に、そういった言葉(あるいは、そんな意味を込めた言葉)が使われるように思われる。

密林の聖者と呼ばれたアルベルト・シュヴァイツァーが行き着いた哲学は「生命への畏敬」だ。つまるところは、命を何よりも大切なものとして崇拝することであるが、それを権威的に受け入れるのではなく、また、知的に理解するのでもなく、我々は生命の大切さを知らなければならない。
シュヴァイツァーは、文字通り、虫一匹殺さなかった。殺せなかったというのが正しい。彼が診療所を開いていたアフリカの未開地には、病原菌を運ぶハエも沢山いたが、シュヴァイツァーは、紙コップを常備し、部屋の中のハエを捕らえて外に出し、また、実験のため、やむなく蚊を解剖する時も、苦しげな顔で行ったという。

CLAMP(4人組の漫画家ユニット)の1995年頃の漫画作品『魔法騎士(マジックナイト)レイアース』という作品で、ヒロインの14歳の少女、光(ひかる)が、異世界の青年イーグルの命を救うため、2人とも消滅する危機に陥る場面がある。イーグルは不治の病に冒されており、もう長くはなく、彼は愛する光に、そのことを思い出させて自分を置いていくよう説得する。その時、光が言った、「それでも、せいいっぱい最後まで生きなきゃ」という言葉をよく憶えている。実は、作品のその部分で、著者は、確かに素晴らしいことを沢山書いてはいたのだが、この一言で十分であったと思う。
CLAMPといえば、最近の『BLOOD-C』(共作)でもそうだが、作品の中で、容赦なく大勢の人間を殺すことがある。もちろん、決して殺人奨励ではなく、少し前の『ちょびっツ』では、人型パソコン(アンドロイドと同じ)一体の命すら厳粛に描いて見せるところは、アシモフの『われはロボット』すら彷彿(ありありと想像すること)させ、それがCLAMP作品の本質だとは思う。しかし、やはり、人が簡単に死ぬシーンは精神への刺激が大き過ぎると思う。(実際、私は病状を示した)

最近は、原発の話題が巷に溢れているが、平井和正さんと桑田次郎さんの漫画作品『デスハンター』で、主人公の青年、田村俊夫は、もうすぐ原発が爆発する島を脱出するヘリに乗ることをやめ、島に残ることを決意した。それは、島に残っている、リュシールという少女を見捨てることができないからだった。リュシールは、死んでいるかどうかも分からなかったし、生きているとしても、長くはなかった。テロリスト達の拷問を受け、全身に赤くなるまで熱した鉄の棒の焼きごてを当てられ、顔の皮を剥がれた上、全身に銃弾を撃ち込まれていたからだ。俊夫が島に残ることに、何の意味もなかった。だが、彼はそうした上、さらに、俊夫の仲間の林石隆もそれに倣った。実は、俊夫も林も、それまで、冷酷非情な殺し屋であったのだ。

これらの、理屈で考えると不合理で馬鹿げたことでも、真剣によく考えてみたいと思う。
生命というものは、我々が頭で考えるよりはるかに神秘なものだ。
生命と自然と神は同じものだ。「自然な」ということほど、全てにおける適切な指針がないことに気が付かないだろうか?
「殺す」「死ね」という言葉は、どんな悪人、どんな未熟者が使っても、やはり不自然なのだ。
上にあげた、光や俊夫の行為は、どんなに馬鹿げて見えても自然なのである。
自然な行いをする時、人は神と一致しているのである。奇跡を起こす鍵もそこにあることは、容易く分かると思う。









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達人の秘法

本物の武道の達人というのは、競技武道のレベルを超越したものらしい。
かなりの空手選手と立ち会っても、突きや蹴りを繰り出してくる相手の鼻をつまんだりと、能力の差があり過ぎて全く相手にならないほどであるという。
大勢が相手でも、微笑みながら、少しの動作で軽くさばいてしまう。どれほど体重差があろうと、また、老齢になっていようと、何の問題もない。
そんな武道の達人の1人が、「戦うための武道は私で終わり」と言ったのが心に残っている。
元々が、我が国の武道家は、「対戦」とは言わない。「立ち会う」と言う。戦うことが目的ではないのだ。そして、実際、剣を交えなくても、文字通り立ち会って、つまり、対峙しただけで勝負は決まり、そのままお互い立ち去ったと言われる。
おそらくだが、宮本武蔵が足元にも及ばないような武道家もいたのではないかと思う。ただ、好き好んで武蔵と立ち会うようなことをしなかったのだ。

私も、そんな武道の達人に1つだけ教えてもらったことがある。
事の発端は、私が、ある人から、名刺で割り箸を切るという妙技(?)を教えてもらったことだった。
その武道の達人に、私が「出来るか?」と尋ねると、「分からないな」と言いつつ、その達人がやってみたら、きれいにスパっと切れた。
私よりはるかに上手い。また、こんなことを気楽に頼めるような気楽で気さくな人だった。
それで、片手で持てる木刀の振り方を教えてもらった。まず、息を吐いて、心を落ち着け、息を吸いながら振り下ろすだけだった。普通は、息使いは、この逆になることに気付かれると思う。
尚、刀を握った手の人差し指は力を抜くという。武道では、人差し指は使ってはいけない指らしい。余談だが、ナイフでの格闘術では、人差し指と親指を開く。素人が刃物や武器を振り回すのは危険なことのようだ。
練習すれば、30cm程度の木立で樫の木の木刀を折れるようになるようだ(勿体無いからやらないが)。
『BLOOD-C』というアニメで、小夜(さや)という少女が、真剣で、古きもの(妖怪の一種)の強敵に必殺の一撃を加える前に、ふーっと息を吐いたのが印象的だった。それがまたサマになっていた。小夜の声を演じる、歌手でもある水樹奈々さんは、自伝を読むと、歌の練習中にトランス状態(変性意識状態)を体験をしたことがあるらしく、それがこんなところに表れるような気もするのである。彼女の書く詩の中にも、その神秘はかなり現れていると思う。

ところで、以前、「ここまで秘法をバラしていいのか心配」と書いた、合気道の達人で神道家の佐々木の将人さんの『数霊のメッセージ』の古書が入手しやすくなっている。やや危ないが、貴重な書と思う。心正しく使う決意があるなら、入手をお奨めする。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・MCSD、MCDBA資格者
・タオイスト、神秘思想家
・1日1食の完全菜食主義者
・幼児期からの引きこもり気質
・医療不要で難病を数々克服


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手塚治虫へのアンサー
みっともないジェラシーを表現できるということ (ゴルフィーライフV3 〜 Face the Strength(自分のなかの強さに向き合おう))
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コンサイス英和辞典 (昭和を思い出すレトロなデザインが好き)
世間での狂い方をマスターする
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萩尾望都さんの漫画紹介


半神
小学館文庫

わずか15頁の至高の傑作「半神」を含む短編集。
数奇で残酷な運命を目撃した後、「愛とは?憎しみとは?それはどう異なるのか?異なるものではないのか?」あなたの心に荘厳な疑問が残るのではないだろうか?


ウは宇宙船のウ
小学館文庫

1920年生まれのアメリカを代表するSF作家レイ・ブラッドベリの珠玉の短編作品を萩尾望都が漫画化。萩尾さんの繊細で美しい絵と感性が、ブラッドベリの作品に新しい生命を注いだ。
「みずうみ」では、12歳の少女タリーの可憐な姿と、彼女を愛するハロルドの少年の時と青年になって後の様々な表情がより深い感銘をもたらすと思う。
他の作品も素晴らしい出来であると思う。
CLAMP「CLOVER」のご紹介


CLOVER
わずか5分の劇場用アニメ作品。
CLAMPさんの名作漫画のイメージを美しい映像と音楽で描いた傑作。
主人公の12歳の神秘的な少女スゥの声は坂本真綾さん。


「CLOVER」の原作漫画を以下にご紹介します。
素晴らしい装丁、美しいカラーの扉絵。そして、神秘的な傑作と思います。
新装版も出ているようですが、私はこちらしか持っていません。しかし、こちらの本の装丁を大変に気に入っています。








私が愛する「魔法少女リリカルなのは」

ナンセンス文学(意味を持たない作品)として私が勝手に意味付けをしたのかもしれませんが、アメリカの百万円以上の自己開発プログラム以上に貴い気付きを私に与えてくれた全13話のアニメ作品。











5年の時を経て、2010年、映画化されました。
基本的には、テレビシリーズの全13話を1本の映画にしたものですが、本編では描かれなかったフェイトの生い立ちが見られます。そして、プレシアの謎の言葉も。映像はテレビシリーズよりさらにグレードアップしています。


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初音ミク、コンサート映像のご紹介
ミクの日感謝祭 39's Giving DayProject DIVA presents 初音ミク・ソロコンサート~こんばんは、初音ミクです。~
[2010/3/9]東京お台場~Zepp Tokyo~

映像の品質等は、下でもご紹介する、後で開かれた米国コンサートの方が高いのですが、私は、全体としては東京コンサートの方が好きです。米国コンサートの方は、映像の緻密さのために、かえってボーカロイド達がマネキンのように感じるかもしれません。これは、証明の影響もあると思います。緑色がかった証明の東京コンサートの方が、ミクが柔らかい感じで可愛いと感じました。
また、真っ白なお姫様のような衣装に赤い大きな腰のリボンが印象的な『Alice』、『あなたの歌姫』は、米国コンサートにはありませんでした。

【ブルーレイ】


【DVD】




MIKUNOPOLIS in LOS ANGELES “はじめまして、初音ミクです”
[2011/7/2]米国ロサンゼルス~ノキアシアター~

日本のボーカロイドが、日本語の歌で、アメリカ、ロサンゼルスの大劇場ノキアシアターの満員の観客を熱狂させた歴史的コンサートだったと思います。
東京コンサートから1年4ヶ月経過しており、総合的には確実に進歩しています。
私が特に気に入ったのは、1つは、ミクとルカの素晴らしいコンビネーションのダンスパフォーマンスが楽しめる『ワールズエンド・ダンスホール』です。ルカが珍しくミニスカート姿で、ミクに勝る四肢の長さで、ピンクの髪を美しく揺らしてダイナミックに踊ります。 もう1つが、ミクが真っ白な天使の衣装で歌う『SPiCa』で、これが天使でなくてなんだろう、私はついに天使を見たのだと思いました。演奏も東京コンサートの時と変えていましたが、成功していたと思います。

【ブルーレイ】


【DVD】


尚、ブルーレイとDVDの差についてですが、私は実際、両方買い、見比べてみました。観客、演奏者、楽器などは、大画面TVで見ると、ブルーレイの方がきれいですが、肝心のミク達は、ホログラム映像そのものがそれほど細密でありませんので、別に違いはないと感じました。ブルーレイ、DVDいずれも、東京コンサートの方は上半身映像以上の場合、米国コンサートでも、顔のアップだと映像の粒子が目立ちます。 変な話ですが、iPhoneやiPod touch、あるいは、同等な画面品質を持つ小型情報端末で見た映像が最上かもしれません。ただ、これは反則行為ですので、実際にやったとは言いませんが。
本のご紹介


精神について(エマソン名著選)
ラルフ・ウォルドー・エマーソン著
日本教文社

アメリカ最高の思想家、哲学者、ラルフ・ウォルドー・エマーソンの珠玉のエッセイ集。 「歴史」「自己信頼」「償い」「精神の法則」「愛」「友情」「神」「円」「知性」が収められている。
我々自身が、歴史上の英雄、賢者、大芸術家に匹敵する偉大な人間であることを、驚くべき確信をもって語る唯一の人物であると思う。
世間の妄信を粉々に破壊し、プラトーンの頭脳、シーザーの手腕、イエスの愛の所有者である自分を見出して欲しい。
これ以上のエッセイは地上には存在しないと思う。


荘子
徳間文庫

約2400年前の中国の思想家で、老子と共に、老荘と称せられる道教(タオイズム)の始祖である荘周(荘子)の書。
世俗にあって世俗を超え、永遠の道(タオ)と一体化し、安らかで充実した人生を送る秘訣を、恐ろしく抽象的な老子と異なり、平易に説いている。
本書は、数多い荘子の現代語訳の中でも非常に読みやすく分かりやすいものであるが、中国古典の香りは損なわれていない。
本来、膨大な荘子の中心となる内編全てと、外編と雑編の内、荘子らしいものを選んで収録してある。


神統記
ヘシオドス著
岩波文庫

ホメーロスと並ぶ古代ギリシャ詩人ヘシオドスが、ムーサ(詩の女神)達より教えられたという神々の物語。
この世の始まりから、ゼウスの支配の確立、そして、主要な神々のことについて、美しい詩で語る。すぐに読める薄い本であるが、ギリシャ神話の根幹とも言える重要な書と思う。


四つのギリシャ神話(ホメーロス讃歌より)
岩波文庫

無名の詩人達が、ホメーロス風の詩で神々に捧げた賛歌の内、豊穣の女神デーメーテール、理性の神アポローン、智慧の神ヘルメース、美の女神アプロディーテーの4神へのものを収録してある。
著名な神話学者カール・ケレーニィも、ホメーロス賛歌を重視していると思えるが、名もない詩人達の作とはいえ、それぞれの神について、その特質が巧みに表現されており、実に興味深いものとなっている。
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