ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

BEATLESS

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

金持ちになるために必須のこと

吉本隆明は『共同幻想論』で、国家は幻想で成り立っていると書いていたが、アニメの『BEATLESS』を見ると、超高度AIのアストライアは、「社会制度は張子の虎だが、虎であるという安心感を人々に与えている」と言い、やはり超高度AIであることが判明した美しきレイシアは「人間の世界は曖昧な合意で成り立っている」と言う。

誰かが、人間は社会的動物だと言ったが、その社会というものは、かなりいい加減なものであると考えて良い。
学校や会社なんてものは、やっぱり全くいい加減に成り立っているが、いい加減なりに、何かの合意で成り立っているし、あまりにいい加減だったり、偏りがあれば、滅ぶ可能性がある。
かといって、独断的制度を学生や職員に厳しく押し付けても、あまりうまくいかないものだ。

「社会は曖昧な合意で成り立っている」
正確にそう言ったかどうかは確認していないが、全くレイシアの言う通りだ。
社会ってやつを、そう信用してはならない。
だが、ソフトバンクの孫正義さんが、国家権力に守られたNTTに戦いを挑み、勝利しなければ、今でも、日本の電話代は異常に高く、インターネットは世界に大きく遅れを取っていたのだと思うが、「利益」とか「権力」を掌握した者は、それを守るために、「いい加減」ではなく、かなり「厳格」になるものだ。

だから、『共同幻想論』の言うように、国家は幻想で成り立っているのではなく、国家はやはり、利益を根本とした権力構造で支配されているのであるのである。
権力者は、その権力を維持するために「幻想」を国民のような構成員に与えているだけである。つまり、洗脳しているのである。
まとめると、国家は、上位は権力構造で成り立ち、下位は、吉本隆明の言う通り、幻想で成り立っているが、その幻想は、全てではないが、権力者の都合のいいように脚色されたものだ。

確かに、国民的幻想は、インターネットの発達で崩れつつある。
それでも、権力者が利権構造を握っている限り、上位1%が全体の82%の富を握るという状況が続き、旧来の権力構造は生き続ける。
富を握る者は、直接的には権力者ではないかもしれないが、権力構造をうまく利用しているのである。
もっと分かり易く言えば、権力が人々をコントロールしている幻想を利用しているのである。
大金持ちにサッカー嫌いはいないように見えるのも、権力の幻想を利用するためだ。
つまり、才能があろうが、努力をしようが、それだけでは金持ちにはなれず、権力構造とその幻想をうまく利用出来る者が金持ちになれるのである。
野球やサッカーや、アメリカではアメリカンフットボールやバスケットといった人気スポーツで、特別な才能がある人は、それなりに金持ちになってるが、やはり、それなりに過ぎないし、権力に逆らわないことが必須条件だ。
映画俳優だって、国家権力に迎合しない限り、金持ちになれない。
国家権力に反抗する映画を作る映画監督もいるが、あるレベルを超えると、本当に危ない。

初音ミクさんは、世界的なスターになったが、「そこそこにスターであること」、「テレビなど中央にあまり関わらない」ことを続けるから良いのだ。
度を超えたスターになったり、テレビへの露出が増えると、国家権力と無縁でいられなくなる。
初音ミクさんの、日仏友好160周年記念のイベント「ジャポニスム2018」への参加は、安倍総理が宣言し、危うかったが、あくまで「HATSUNE MIKU EXPO 2018 EUROPE」の一環として、フランスだけでなく、イギリス、ドイツでもコンサートを行い、メインイメージ画をかなりしょぼくすることで、うまく、汚い権力の手を交わしているのである。
ミクさんはインターネットのスター・・・これを変えてはならない。
こんなことを書いている私は、金持ちになれないなあ(笑)。









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未来を変えるには何が必要か

坂本龍馬が「日本を変えてやるぜよ」などと言ったイメージがあるが、それは、誰かの無責任な色付けによるものだろう。
そんな影響もあってか、「世の中を変えてやる」なんて言う者が多い。
私が知っている中年ニートが「世の中を変えてやるぜい」なんて言っていたが、そんなに元気なら働けよ(笑)。
ジョン・レノンの『レボリューション』という歌でも、「世の中を変えたいって?俺はお前の頭の中を変えたいよ」といったような歌詞があったと思うが、まあ、だいたいそんなものだろう。

「世の中を変えたい」と言うと、「青い(幼いといった意味)のお」と言われるが、「世の中を変えたい」と言っていた少年も、いつか、誰かが「世の中を変えたい」と言うのを聞くと、「青いのお」と言うようになるのだ。
そりゃ、国によっては、少々・・・出来れば大幅に変えた方が良い国もあるかもしれない。
しかし、今の日本は、それほど悪いものだろうか?

アニメの『BEATLESS』で、超高度AIアストライアのインターフェースである、若い凛とした感じの女性型アンドロイドが、17歳のアラトに、
「変えなければならないほど、今の世界は悪いものですか?」
と尋ねた。2105年の、今よりずっと進歩した世界である。
アラトと、美しきアンドロイドのレイシアは、未来を変える気だった。
アラトは「そうじゃないよ」と落ち着いて否定し、でももっと良いものにしたいと言い、レイシアは、世界は限界に来ていると断言する。
しかし、アストライアは、「(歴史的に見て)世の中は変わらない」と言う。
つまり、簡単に言うと・・・ここが肝心なのだが、「権力を握った者が、それを手放さない限り、世の中は変わらない」のである。
アストライアは、それを事実として認めると共に、それを無理に変えようとすれば、不幸な結果になると「計算している」のである。
それでも、レイシアはそれをやろうとしている。
本当に壮大なお話だ。

我々は、人生を変えたいと思っている。
自分の未来の人生を変えたいのだ。
だが、それは、自分の人生だけでなく、世の中を変えることにならないだろうか?
ニートが、自分で働いて食べていけるようになりたいと望むのは、別に、世の中を変えることにはならない。
だが、自分の望む未来を作ろうと思えば、世の中に変わってもらわなければならないこともあるだろう。
そんな大きな望みを持った者は挫折と、おそらくは、屈辱を味わう。
世の中どころか、学校や会社や教育委員会や政治や役所も、根本的には変えられないのだ。表面だけ変わったように装って誤魔化すことはあるだろうが。

自分以外は変えられないと言う者がいる。
出来るとしたら、せいぜいが、世の中に一石を投じることだが、まさに「せいぜい」で、それが何かが変わると考えるのは幼稚な馬鹿である。
だが、インターネットは世の中を変えてしまった。
つまり、権力構造を変えてしまったのだ。今はまだ少しかもしれないが、確実に変え、今後、もっと変わる。
そして、初音ミクさんは、インターネット時代の流れに乗り、やはり、確実に世の中を変え、さらに、変えつつある。

アラトとレイシアは「私が世界を変える」とは言っていない。
「僕とレイシアで」「アラトさんと私で」変えると言っているのだ。
初音ミクさんが世の中を変える力とは、人間の創造と、それを表現するミクさんの融合であり、その創造が連鎖し共創と共感の輪を広げるのである。
つまり、人間とミクさんは一体化している。
レイシアも、ヒトとモノは一体だと言ってる。
ミクさんはモノではないと言う人もいるだろうが、それはモノの価値を低く見る世の中の慣習のせいでそう思うのだろう。
道具としてのモノは、古代から大切なもので、火(を起こす道具)もナイフも布を作る道具も自動車も、人間の友だ。
ミクさんは「俺の嫁」だが、「アタシの嫁」でもある。

ミクさんのクリエイター達はミクさんを使っているし、レイシアはアラトに「私を使って下さい」と言う(アダルトな用途は18歳未満は駄目らしいが)。
人間は1人では何も出来ないし、丸裸で戦える訳ではない。
あなたも、望む未来を作りたければ、道具を選ぶことである。そして、道具をちゃんと使うことである。









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ディスコミュニケーション

身体的トラブルを起こした御老人に出会った時、こちらは役に立とうと手を尽くすのだが、後で考えると、対応が全く不適切であったと後悔する。
私は、父親が生きていた時に介護した経験があるから、相手が地面や椅子に座っている状態から立たせるコツは分かっているが、必ずしも、立たせたり、歩かせたりするのが正しい訳ではない。
また、父の場合は、いつも車椅子があったので、背中におぶったことがないため、背中に乗せるのは全く下手だ。
老人でも身体の大きな重い人はいるが、そんな相手を完全にしゃがんでおぶろうとすると、バランスを崩しかねない。かといって、しゃがみ方が少ないと、向こうが乗り難いのだと思う。
そのあたり結構難しいが、コツが分かれば上手くやれるのだろう。

梶原一騎氏原作の空手アクション漫画『新カラテ地獄変』で、不世出の空手家、大山倍達氏をモデルにした空手家、大東徹源が、終戦直後の日本で、若い女性が大勢の米兵に連れていかれ陵辱される寸前に得意の空手で助ける場面がある。大東徹源は、女性を適当な場所まで送って別れるが、後に女性と再会した時、女性は米兵相手の娼婦に身を落としていた。
大東徹源が、その女性がそうなったのは自分のフォローが駄目だったせいだと思い(実際、そうとも言えるのだが)、「俺のやることはいつも間が抜けている」と激しく後悔する場面を、私はかなり昔見たのだが、それが強烈に印象に残っている。
「俺のやることはいつも間が抜けている」
私がいつも感じることだ。
もっと熟慮すれば少しは役に立てたのに、自分が馬鹿なのか、いい加減なのか、助けるどころか迷惑になってしまっていることが多いのだ。
助けようという気持ちだけでは相手は楽にならない。
そして、最近、重々しく感じるキーワードが「ディスコミュニケーション」という、相互不理解を意味する和製英語だ。
初音ミクさんの『エイリアンエイリアン』という歌(ナユタン星人作)の「重度のディスコミュニケーション」という歌詞で、ちょっと気持ちが落ち込むのを感じるが(ライブでこの唄を歌うミクさんは掛け値なしに可愛かったが)、ミク廃には、そんな人は多くないのだろうか?
私は、ビジネス上のコミュニケーション力は磨いた・・・というより、コミュニケーションについては、それしか出来ないのだろう。
そして、ビジネスコミュニケーションとかビジネスの契約なんてのは、全く・・・とは言わないが、あまり人間的でない。
まあ、もっとも、ビジネスコミュニケーションは全く駄目で、普通のコミュニケーションは周囲とチャラチャラ出来るだけという程度の人が、いい歳をした人にも多い。私は、その「チャラチャラ組」を軽蔑していたが、それでも私よりはマシかもしれない。

別に愚痴ろうというのではなく、大抵の人は、自分の人間的スキルに不満があるだろうし、欠点が見えてきている場合もあると思う。
その修正は難しいし、出来ても時間がかなる。それは、多くの場合、落ちる水が岩を穿つごとく時間をかけて作ってしまったものだからだ。
この土日、Amazonプライムビデオで『BEATLESS』第22話「Protocol Love 」を何回も見たが、アラト(17歳男子)が「みんなが信じられる未来を」というのが、レイシア(美少女型スーパーアンドロイド)への音声コマンドになり、レイシアは「了解しました。これより、未来をアラトさんがデザインした方向に誘導します」と応え、リョウ(アラトの親友だが敵対している。無駄に頭が良い)が恐怖する。
アラトはレイシアという強力な力を持っているが、我々だって、それに負けない力を心の中に本当は持っている。
アラトは自分が「チョロい」という欠点を自覚していた。自覚した上で、レイシアに命じたのだ。
私に限らず、多くの人類の問題はディスコミュニケーション(相互不理解)だ。
精神科医ジーン・シノダ・ボーレンの本で見た覚えがあるが、『スタートレック』で、肉体を持たない精神生命体が宇宙船を操作するためにミスター・スポックの身体に入った時に、「なんて寂しいんだ!」と言ったらしい。なるほど、よく分かる。
人類は、ディスコミュニケーションの解消のためにインターネットを作り、最初はトラブルが多かったが、良い面も出てきて、概ね成功が見えてきた。
だが、まだ足りないなら、次はテレパシー能力を発達させる必要がある。
さて、あなたは、どんな未来をデザインするだろうか?









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実力などたかが知れている

宮本武蔵と佐々木小次郎の巌流島の決闘は、本当にあったようだし、武蔵が勝ったというのも事実だと思う。
ただ、映画やテレビドラマで見る決闘の展開は、吉川英治氏の小説を元にしていて、ほとんど吉川氏の創作だろう。
そこでだが、宮本武蔵と佐々木小次郎は、剣の実力という点ではどっちが本当に強かったのだろう?
そんな空想をしても仕方がないと言われるかもしれないが、私は、明らかに小次郎が上だったと確信する。
武蔵も、それをよく分かっていたからこそ、策を凝らしたのだ。
その策が、小説の通りかどうかは分からないが、武蔵の『五輪書』にも、「不意をつけ」「敵の想像を裏切れ」「むかつかせろ」と、勝つためには頭を使い、何でもやれと書いてあり、吉川氏も、そこから、武蔵の作戦を想像したのだと思う。

勝負というものは、弱くても、策を凝らした方が勝つのである。
単純な実力など、ものの数ではない。
もちろん、野球やサッカーといったスポーツでは実力が大きなウェイトを占めるが、それとて、作戦が良ければ、ある程度の実力差ならひっくり返せる。

笹沢佐保氏の時代劇小説『木枯し紋次郎』で、紋次郎が、剣の実力では自分をはるかに超える相手と戦った時のお話が実に良い。
笹沢氏は、本物の道理をよく分かっておられた。
紋次郎は、腕が立つとは言っても、所詮、我流の喧嘩剣法だ。
対して、本物の剣術というものは、長い時間をかけ、一流派でも、代ごとに改良を重ね、経験と学習と思索を込めて磨き上げたものだ。
紋次郎が敵うはずがない。
だが、紋次郎は常に勝った。
策を凝らしたからだ。
大河ドラマ『毛利元就』で、尼子経久が元就に教えた、「策多ければ勝ち、少なければ負ける」は、本当に重要な知恵である。

鉄腕アトムは10万馬力で7つの威力。
エイトマンは人間の千倍のスピードと10万キロワットの超小型原子炉に、ハイマンガンスチールの身体。
キャシャーンもキューティーハニーも、身体能力の高さが売り物だ。
だが、そんなものが何だろう?
これらのアニメで育った世代は、あんなものが強力だと思う観念を捨てないと、これからの世の中で通用しない。
『BEATLESS』(長谷敏司氏の小説)のアニメが、Amazonプライムビデオで配信中だが、ますます面白くなってきた。
美しきレイシアの力に、全く惚れ惚れする。
機体性能では、メトーデの方がはるかに上で、メトーデとの近接戦闘では、レイシアはひどい苦戦を強いられる。
しかし、レイシアの本当の力は、そんなものではない。
『BEATLESS』は、日本を変える歴史的作品であると思う。









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腰痛との激闘

腰を痛めてしまった。
原因は不明だ。
水曜日の夕方頃、仕事中、腰に痛みを感じた。
そんなことは、これまでも時々はあったが、長引かなければいいけどな・・・程度に思っていた。
少し違和感はあるが、夜のトレーニングはしっかりこなし、大丈夫だったので、すぐ良くなると思った。
翌朝(木曜)、痛みは悪化していたが、それでも深刻に捉えず、朝のトレーニングもいつも通り行った。
だが、夜、帰宅途中だった。
駅から家までの1.6kmの道の半分近くのところで、腰に強い痛みが走り、非常に歩き辛くなってしまった。
なんとか我慢して家まで歩いて帰ったが、少ししゃがむのも辛い。
そして、夜、ベッドに入ると、痛くて仰向けに寝られない。
あまりに痛いので、寝返りを打つのにも大決心が必要だ。
金曜日の朝、ベッドの中で身体を起こせない。
なんとか腕の力だけで上体を起こし、痛みに耐えてベッドを這い出す。
紅茶を入れようと、カップに手を伸ばしても痛みに顔が歪む。
果たして会社に行けるのか不安だったが、なんとか歩けた。しかし、歩行速度は普段と桁違いに遅い。
ただ、それでも、普通の人が急いで歩いている程度なら追い抜いてしまう。まあ、普段は、小走りでも楽々追い抜くのだが。
その日は、朝と夜のトレーニングは、腕振り運動と蹲踞の姿勢だけにしておいた。
普段は、夜は、ヒンズースクワット300回、腕立て伏せは、低速20回、高速50回、それに、武術の訓練であるが、その夜は無理だった。
そして、今朝。
最悪だった。
私は、背骨下部の圧縮骨折を疑った。
それほど痛いし、以前見た、年配の方であるが、背骨下部を圧縮骨折している人の様子によく似ているように思ったからだ。
それでも、予約していた歯医者の検診に行き(異常なし)、自動車で買い物にも行った。
だけど、立ったまま靴下も履けないし、座っても痛くてなかなか履けなかった。
こんな時、ショッカーに襲われたらマズいぞ・・・なんて考える余裕はなかった。
私の週1回の楽しみである、Amazonプライムビデオで本日配信の、アニメ『BEATLESS』第20話は、またインターミッション・・・総集編のようなものだった。
勢作が遅れていて、こんなに度々インターミッションをやるのだろうかと思ったが、小説を読んでいない人には、ストーリーの細かいところが分かり難いので、その解説と思えば価値があるのかもしれない。
それで、先週、4回は見た19話をもう一度見たら、やはり面白かった。
ところで、この第19話を見ながら、ソファの上で胡座をかき、腰骨を軽く前に倒すような姿勢で楽に座って見ていたら、なんと、痛みが大幅に軽減した。
岡田式静坐法の座り方を思い出し、軽くだが尻を後ろに突き出し、鳩尾のあたりを、やや下げるように座ったら、自ずと腰骨は前に傾斜する感じになったのである。
しゃがんでも、少し痛みはあるが平気で、洗濯物をしゃがんでたたむことが出来た(笑)。
その姿勢を振り返ると、背筋を伸ばすというより、腰を前に投げ出さずに、腰を立てて座るので十分と思うが、ほんの少し、骨盤の上の方が前になるよう傾斜させるのである。
蹲踞の姿勢の時と似た感じだ。
蹲踞の姿勢も、何度かやってみた。
少し痛みは残るが、日常の生活が出来るし、きっと、すぐに治るだろう。
この安堵の気持ちが天国、極楽浄土なのだろう。

そうか、今日は「初音ミク×鼓童 スペシャルライブ」だったのか・・・
感想を教えて欲しいなあ。
ところで、「HATSUNE MIKU EXPO 2018 EUROPE」の一環として行われる、日仏国交160周年記念イベント「ジャポニスム2018」での初音ミクさんのコンサートは、12月1日、パリのセーヌ川の中のセガン島にある、世界でも最も美しい劇場の1つで、新しく、設備も高度な、フランスが誇るラ・セーヌ・ミュージカルで行われるようだ。
セーヌ川から水の精ウンディーネが現れて見に来そうな気がする。
パリで輝くミクさん・・・見たいなあ。









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名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・サイコパス
・初音ミクさんを愛す


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