ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

Access

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

IT時代の英雄

ITの発達は広大な範囲で、実に多様な影響を与えているのだが、その中で、ある1つの非常に面白いことを起こしている。
それは、学歴も特技もない者が、ITの発達のおかげで、かなり良い思いをするとか、立派になって、良い人生を送ることがよくあることだ。
1983年に、ある大企業に勤務する45歳の男性がパソコンに出逢う。
当時のパソコンで出来ることといったらBASIC言語でプログラミングをすることくらいだったが、その男性はこのBASIC言語をしっかりマスターして仕事に適用し、高卒ながらその企業で次長にまで出世するという、本来、有り得ないことを成し遂げた。
全てはBASIC言語のおかげだった。
こういった人達を「ITの英雄」とでも言っておこう。
1980年代の特に前半の頃のITの英雄には、ワープロ専用機を使える人達がいた。当時は、それだけでスペシャリストで通用したのだ。
80年代から90年代初期にかけては、上に挙げたような、パソコンのBASIC言語で自在にプログラミング出来る人が、代表的なITの英雄だった。
当時のパソコンはBASIC言語が必ずと言って良いほど付いていたが、言い換えれば、BASIC言語以外には何もなく、パソコンというのはBASIC言語でプログラミングするものとすら言えた。
だが、BASIC言語をマスター出来るのは百人に1人とも言われ、それが出来れば英雄たる価値があった。
その後は、ITの英雄も多様化する。
90年代は、ロータスのマルチプランやマイクロソフトExcelといった表計算ソフトでマクロプログラミングまで出来たり、dBASEやR:BASEといったパソコンで使えるリレーショナルデータベースでプログラミングができる人達がITの英雄だった。
また、一方、90年代に、WWW(World Wide Web)が発達すると、WebページをHTML言語で作成できる人がITの英雄に加わった。
さらには、CSS(カスケーディング・スタイル・シート。単にスタイルシートを言うことも多い)を使って綺麗なWebページを作ったり、JavaScriptを使って動的なWebページを作れる人のITの英雄としての価値が高まった。
さらに、Webでは、Perl言語やPHP言語で本格的なWebシステムを作れる人が、昨日まで惨めだったのが、ITの英雄として輝いた。
また、90年代に、マイクロソフトオフィスが企業で不可欠なものになってくると、ExcelでVBA言語プログラミングまで出来る者がITの英雄に加わり、AccessをVBA言語まで含めて使いこなせば、トップレベルの英雄だった。

現在でも、HTML+CSS、JavaScript、PHP+リレーショナルデータベース、Excel+VBA、Acces+VBAのいずれかでも駆使出来る者がITの英雄であるが、ITの多様化、高度化で、これらが出来る者達のITの英雄としての値打ちは下がる傾向がある。
これらを高度に使える者は相変わらずITの英雄であるが、逆に言えば、高度でなければITの英雄とは認められない。
だが、こういったものを高度にマスターしていれば、不思議なほど、これらを使う仕事を引き寄せ、自然にITの英雄としての価値を高めるのである。
今後、どんなことが出来る者が、新しいITの英雄になるのか、よく分からない。
Google Apps Script(基本はJavaScript言語)は有望であるが、まだ分からない。
スマートフォンアプリの開発や、FileMakerもどうかは分からないのだが、とはいえ、これらを高度に出来るなら、やはり、仕事を引き寄せて、ITの英雄に加わるだろう。
だが、実はこうだと思う。
自分がたまたま出逢い、興味を持ったものに熱心に取り組み、実力をつければ、その能力を活かせる環境を引き寄せ、ITの英雄になれるに違いない。
だが、それをやる者が少ないのである。
それは、ただ、やろうとしないだけなのだ。その理由は、普通の人達が、自分に出来そうにないこれらのことに反感を持ち、貶すことが多いという理由もあると思う。
そんな抵抗には構わず、確固とした武器を持ったITの英雄になってはどうかと思う。









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マイクロソフトはなぜこんなに駄目になったのか

アメリカのマイクロソフト社は、落ちぶれたとは言えないが、かつての栄光は見る影もない。
その原因が、モバイル戦略に乗り遅れた・・・つまり、スマートフォンやタブレットPCに取り組むのが遅かったと考える人が多いが、私は、そんな戦略的なことではなく、ハートの問題だと思っている。
まあ、全くの私見であるが。

私は、ニートはみんな、プログラマーというか、システム開発者になれば良いと思っていた。
引きこもったり、世間的な仕事が嫌いというのは、開発者に向いてるのだ。
しかし、マイクロソフトの一番簡単な開発ツールであるAccessを、マイクロソフトは開発ツールとしては捨ててしまっている。
マイクロソフトが、Accessを良い開発ツールにしようと本気で思っていたら、今頃、さぞ、素晴らしいものになっていたはずだ。
Accessは、世の中にある他のものに比べたらずっとマシだが、それでも、まだまだ難し過ぎるし、そもそも、わけの分からない挙動をする部分が多過ぎるが、それを改善する気が、マイクロソフトには全くないようだ。
それどころか、Accessは、開発ツールとしては、全く駄目なものになろうとしている。
マイクロソフトの主力の開発ツールであるVisual Studio(ビジュアル・スタジオ)は、ツール的なソフトウェア・・・例えば、MikuMikuDance(初音ミクさんの3Dアニメを制作するソフト。非常に優秀なソフトだが、開発者は無償で公開し、プロ・アマを問わず、これを使って素晴らしい作品が創られ続けている)みたいなものを作るには良いが、業務システムを作るには、あまりに効率が悪い。
Accessなら、Visual Studioの4~6割の時間で作れるが、Accessは不安定要素が多過ぎて、安心して使えない。

ところが、イギリスのマジックソフトウェア・エンタープライズが開発したMagicは、Accessのさらに4~6割の時間で開発が可能で、しかも、(あまり細かいことはできないが)安定した品質のシステムを作ることができる。
だが、これは値段が高過ぎる。
確か、1ライセンス60万円くらいはすると思う。
また、実行版(ランタイム)が、PC一台分で6万円くらいする。
これでは、普及するはずがない。
私は、せめて、開発版20万円、ランタイム無料であれば、ビジネスシステム開発の世界は変わってしまうと思う。
本当は、開発版で6万円くらいが望ましく、無料なら、尚良い。
マジックソフトウェア・エンタープライズは、そんなビジネスモデルを作れるよう、考えに考え抜くべきである。
そうすれば、急成長し、最大のIT企業の1つになると思う。

マイクロソフトにも、VisualFoxProという素晴らしい開発ツールがあったが、2007年に廃止を決定して開発をやめ、今年でサポートも終わるのだと思う。
VisualFoxProは、日本では販売されなかったが、日本でも販売されると共に、これの開発が継続され、安価に販売されていれば、幸福な開発者が増えていたはずだ。
しかし、マイクロソフトは、戦略のために、VisualFoxProというより、VisualFoxProのユーザーを捨てたのである。
マイクロソフトがすっかり駄目になったのは、そんなことをする会社になったからだ。
マイクソフトは、一時期、VisualFoxProの代わりに、あるいは、Accessの代わりにと、VisualStudioLightSwitchというものを作ったが、あんな変なものを使う人がいるはずがない。
私は、本当に「馬鹿か!」と思ったものだ。
実際、全く売れず、事実上、これもマイクロソフトは捨ててしまった。
マイクロソフトは、かつて、一般開発者のことを考える会社であったはずが、今は、企業や、消費するだけのコンシューマーしか見ていない。
ビル・ゲイツは、ハーバード大でのスピーチで、「君たちは恵まれているのだから、世界中の貧困な人々のために何かして欲しい」と言ったが、まずは、マイクロソフトは、かつて、世の中の落ちこぼれ達に希望を持たせたような、開発ツールを作るべきではないかと思う。
ビル・ゲイツのサインの入った(印刷だが)MCSDやMCDBAの認定証をもらって喜んでいた時代が懐かしい。









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私は雑用をさせられたことがない

時々言うが、全てのことを、そこそこにしかできない、あるいは、そこそこにもできないというのは、どちらも最悪で、何か1つで良いから、磨き抜くことだ。
その際、「この技能は、これからの世の中で有望そうだから」というのは、考えない方が良い。
あまりに的外れなものではいけないかもしれないが、それでも、自分が本当に興味を持てるなら、それをやれば良い。
昔、塗装機械が出来て、塗装工の仕事が無くなったなんて言われたが、腕の良い塗装工は、むしろ、儲かるようになったのだ。
仕事が無くなったのは、そこそこの塗装工だ。

戦国時代、太刀だ、槍だ、弓だ、柔術だ、馬術だと、あらゆる修行をしたって、天才でもない限り、どれもせいぜいが「そこそこ」で、手柄どころか、あっさり殺されてしまうものだ。
しかし、「俺は弓だけ」と決めて、弓術を磨きに磨けば、弓の名手として敬われ、弓以外はやらなくて良いということになり、安全なところにいられるようになる。
自分ではそうなるように画策などしなくても、不思議と自然にそういう状況になるものである。

私も、ある時期から、仕事ではプログラミングしかやらなくなった。
初めのうちはC言語ばかりやっていたが、次は、楽だからという理由でdbMAGIC(現在のMagic)ばかりやり、面白くて比較的楽だからVisual Basicに落ち着いたが、それから、もっと楽なAccessとVBAしかやらなくなった。
今は、さらに楽なものはないかと思い、FileMakerとか、Google Apps Scriptとかを物色している。
私は、ExcelとVBAだけとか、Cobolだけで高収入な人もちゃんと知っている。
PHPしかできない世界的プログラマーだっている。
一方で、JavaにRubyにObjective-CにC++と、やたらいろいろできる人達は、私の知る範囲では、皆、例外なく低収入だ。そんな者は、会社にとっては都合が良いだろうが、やっている者は何も良いことはないはずだ。
私は、特化型に徹していたら、若い頃から、雑用なんて一切やらされなかったし、プログラムの仕事がない時は、他の仕事なんかせずに、プログラミングの腕前を磨くか、そうでなければ、遊んでいた。
遊ぶ時は、堂々と遊んでいたが、誰にも文句は言われなかった。

もちろん、仕事はプログラミングだけではないので、自分の好きな1つの技能を磨き、それ以外は一切やらないと決めてしまえば良いと思う。
我々は、学校で、「赤点が1つでもあってはならない」と、全科目、万遍なく勉強するように癖付けられているが、それは、教師の雇用とプライドのために、そうさせられるだけであって、生徒にとっては最悪のやり方なのだ。
前にも述べたが、私は中学2年から、数学しかやらなかったが、それで別に困りはしなかった。
私は、木枯し紋次郎の時代に生きていたら、紋次郎のような長脇差(ながドス)よりは、短剣投げに特化し集中したと思う。
そうであれば、不思議なほど、それだけで困らない状況になるのである。
どうもこの世は、何かを磨き、高度化すると、その力を守るように、宇宙が力を貸す仕組みになっているのではないかと思うのだ。
絵ばかり描いていたら、ゴッホのように、弟がお金のことは全部面倒みてくれたりするのである。
もし、ゴッホが、弟に悪いからと、意に沿わないが、他のことを色々やっていたら、あんな傑作は描けなかったし、弟だって充実して生きられなかったと思う。
好きなことを磨くのは楽しいし、傍目には修行のように見えても、本人は楽しんでいるだけだ。

上に書いた通りではなくても、参考になるのではと思う。









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我流で本格派に勝つには

悪魔に魂を売ってそうなったと言われるほど上手かったイタリアのヴァイオリニスト、パガニーニの演奏技術は独学だった。
アインシュタインの科学も独学だった。大学には行っていたが、彼は講義には一切出席しなかった。
魔法を使って治していると言われた精神科医のエリクソンも独学と言って良いと思う。

師を奉っているうちは、師の半分にもならない。
親鸞は法然を敬ってはいたが、法然の教えと明らかに反することも教えた。
そして、親鸞には、実際は沢山の弟子がいたが、親鸞自身は、「私は一人の弟子も持っていない」と言った。
師や弟子の関係なんて、手ほどきが終わったところで解消すれば良い。
慢心もいけないが、会社で、いつまでも創業者に平伏しているような人間ばかりなら、その会社も長くはないだろう。
むしろ、師や創業者を否定しなければ発展はないというのは、それが自然なことだからである。

木枯し紋次郎の剣は、全くの我流で、度胸と経験を頼りにしていた。
紋次郎は、武士と戦うことになった場合、腕で劣ることをはっきり自覚していた。
紋次郎が、食べるものもなく、餓えながら農作業をやらされていた年齢には、武士の子達は栄養のあるものを十分に食べてみっちり剣術を仕込まれていたのだから、敵うはずがない。
しかし、達人の武士を相手にしても、紋次郎は機転を利かせて勝ってしまう。
それは正々堂々の戦いではないかもしれないが、それでも、達人の武士は紋次郎に切られて死ぬのだ。
紋次郎は架空の人物であるが、宮本武蔵だって、決して正々堂々の戦いを信条とせず、不意打ちや、敵をむかつかせるといった心理作戦もためらうことなく駆使した。
武蔵もまた、独学の剣士だった。

私のコンピュータープログラミングも独学だ。
学校はもちろん、企業の研修で学んだこともない。
だから、プロなら恥ずかしくてやらないと言われるやり方も特に抵抗はない。
紋次郎と同じで、正式にコンピューターサイエンスなんてものを学んだ者に叶う訳がないと思っているので、かえってうまくやれるのである。
例えば、マイクロソフトAccessは素人が使うものだと言われるが、私はこれを使って、大手の開発会社では3人で3ヶ月かかると言ったシステムを一人で1ヶ月で作ることもよくある。
何かの本で読んだが、ある有名なQ&Aサイトは、大手開発会社が数億円の見積りを出したものを、大学生が一人で数万円のバイト料で作ったらしい。

決して、素人の方が良いというのではないが、素人でも、謙虚で観察力があれば、専門家以上のことができることもあるのである。
だから、何でもやってみることだ。
だが、謙虚に、そして、探偵のような観察を忘れないように。
本格派は、この2つを忘れてしまうものなのだ。









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WindowsタブレットPCの欠点

WindowsタブレットPCの売上げが伸び、シャアが高まっているらしい。
WindowsタブレットPCの最大の利点は、豊富なWindows用ソフトが使えるということだ。
Windowsのストアアプリはまだ少ないが、そんなものはなくても良いと思う人も多いだろう。
私も、完全にそう思っている。私はWindowsに限らず、ストアアプリという仕組みは大嫌いだ。
Windows用アプリは、しっかりとした実用的なものが多く、特にビジネス用途のものは信頼性が高い。
ここらは、全体として、iPad用アプリやAndroid用アプリとは、圧倒的な違いだ。
つまり、WindowsタブレットPCは、タブレットPCと言いつつ、中身はWindows PCそのものなのである。
USBもコネクタがフルサイズで付いている場合が多く、USBメモリ等の周辺機器をそのまま接続でき、もちろん、Blu-ray/DVD/CDドライブもそのまま接続できるといったことも、iPadやAndroidタブレッととは大変な違いだ。

だが、同時に、中身がWindows PCで、Windows用ソフトが使えることが、Windowsタブレットの欠点なのだ。
Windows PCに限らないが、時代が経つにつれてディスプレイは大型化していき、最近は、ノートで15インチ、デスクトップなら少なくとも18インチ以上で、20インチ以上が普通だと思う。
ビジネスやデザイン用途では、ディスプレイは大きければ大きいほど作業効率が高い。
そして、最近のタブレットPCは解像度が高く、WindowsタブレットPCの場合、7~8インチでHD(1366×768ピクセル)、10インチならフルHD(1920×1020ピクセル)のものも多い。
22インチのディスプレイでもフルHDで十分にきれいなのに、10インチ以下なら、HDでも非常に緻密だ。
しかし、画面が小さい上に高解像度だと、その分、表示が非常に小さいのである。
つまり、22インチと10インチの両方がフルHDなら、そのまま縮小されるのだから、本当に馬鹿みたいに小さく、指でなど、とてもではないが操作できないことが多い。
タッチペンは反応が鈍い場合が多く使い難い。
私は、10インチならせめてHD以下にすべきと思う。画面の表示範囲は狭くなっても、多少は大きく表示され、操作性は少しはマシだからだ。
しかし、やはり、Windows用ソフトは15インチ以上が前提で、しかも、15インチ以下ならHD以下でなければ、文字等が小さ過ぎて使い難いのだ。
ここらは、最初から小さな画面を前提に作られた、iPadやAndroidタブレットのアプリが比較的、機能は単純ながら、ちゃんと指で操作できるのとは違うところである。

用途にもよるが、私は、まずは、しっかりとしたキーボードの付いたノートPCを買うべきと思う。
キーボードで文字を沢山、速く入力することで、ITや、その他の能力を高めることができるのだからだ。
タブレットPCは、便利なことも多いだろうが、これを使っても、ITや仕事の能力を高めることはできないのだ。
私は、高解像度のタブレット端末の用途は、高品質な動画を見る以外にはないと思っているが、ブルーレイディスク等の映像を取り込むことは法律で禁止になってしまったので、もう何の意味もないと思っている。
せめて、法律施行前に取り込んだブルーレイの動画を見ているが、新しいブルーレイディスクは滅多に買わなくなった。
ノートPCを買って、例えば、ExcelやAccessのVBAをマスターし、良い立場で高い給料を取って欲しいと思う。









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