ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

鼻呼吸

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

世間には不要で有害なものだらけ

世間に存在している、非常に多くのものが無用なばかりか有害であることが分かってきてしまった。

シャンプーや石鹸は、無くて良く、無い方が良く、さらに、あると悪いものであるようだ。
シャンプーを使わなければ、髪は美しくなり、頭の地肌が健康になってフケ・かゆみがなくなり、抜け毛も減り、髪が濃くなるというのは、おそらく確かだろう。
石鹸も、使わなければ、肌が健康で美しくなり、肌のトラブルが解消されるのではないかと思う。
私は、ごく幼かった時、風呂で母親に石鹸で洗われるのが大嫌いだったことだけは、はっきり覚えている。
私は幼い時から、アトピーか乾癬か分からないが、深刻な皮膚病なのだが、もしかしたら、母親が良かれと思って、毎日熱心に私を石鹸で洗っていたこと、そして、ごく最近まで、私自身が石鹸で身体をよく洗っていたことが原因かもしれない。
私は今は、シャンプーも石鹸も一切使わず、水(お湯)だけで身体を洗っているが、少なくとも不潔だということは全くない。
長年の習慣で持ってしまった皮膚病が、そう簡単に治ることはないかもしれないが、悪くない感じにはなってきていると思う。
沢山の有名な美しい芸能人達が、やはり、水だけで身体と髪を洗うそうだが、それも多分本当だろう。自分でやってみたら分かると思う。

私は、以前から、身体を鍛えるのにジムやトレーニング機器は一切不要で、畳一枚の場所さえあれば超人的に強く美しい身体が得られる「ワン・マット・アスリート」を提唱していたが、かつまたさんがコメントで教えて下さった『プリズナートレーニング』という感動的な本には、監獄の中の独房で出来る、古代から伝えられてきた究極の肉体強化法について書かれていて、ジムやジムにあるトレーニング機器、そして、プロテインが、いかに無駄であるだけでなく、有害なものであるかが、実践的リアリティでもって書かれている。著者は数十年の間、服役囚として監獄で過ごし、その中で身を守るという必要に迫られて習得した本物の技術の魅力は強烈だ。

セミナーも能力開発プログラムも自己啓発書も、やはり、不要なばかりか、有害でしかないのだろう。
元Googleのチャディー・メン・タンが開発し普及させているSIY(サーチ・インサイド・ユアセルフ)は、良いと思いつつ、あの派手な宣伝には抵抗を感じていたが、その直観通り、おそらく、あれも例外ではない。つまり、不要で有害だ。
必要なことはただ、鼻で穏かな呼吸をし(鼻呼吸すれば自然、穏かな呼吸になるのだが)、ピンチの時は自分に「大丈夫だ(All Right)」と言い聞かせれば良いだけなのだ。

他にも、まだまだ、無駄で有害なものは沢山あるのだろう。
例えば、学校、教師のほとんどがそうである。
インドの教育学者スガタ・ミトラや、日本が誇る世界の頭脳(で、初音ミクさんが大好きだという)で、MITメディアラボ所長(MIT教授)の伊藤穣一さんら、世界最高の教育者達も、「必要なものは学習で、教育は不要」と断言している。全く同感である。
アインシュタインも、学校に反発して授業を無視し、大学の講義には全く出席せず、ひたすら独学で勉強したのだ。まして今はIT時代で、アインシュタインよりはるかに有利に独学で勉強出来るのである。
馬鹿げた学校や阿呆な教師を相手にする必要がどこにある。
無論、メンターとしての教育者は必要だが、それは、本当に優れた教育者でなくてはならない。そして、メンターは、別に学問の専門家である必要は全くなく、何かの分野を深く極めた人間が良いのである。
また、医療の多くも不要かつ有害であると思われるが、長くなるので今回は省く。

ただ、1つ付け加えると、頭脳を究極的に向上させる技術がある。
それは、ニコラ・テスラやイーロン・マスクが実践していたものだが、今はまだ体系付けられていないし、それがなされるかどうかは分からない。
それは何かというと、簡単に言うので性急になって誤解しないで欲しいが、ある種のイメージング法である。
浄土系仏教の経典である浄土三部経の1つ『観無量寿経』は、その訓練のために、釈迦のはるか後の人達が作ったもので、純粋な仏教の経典ではないのだろう(実際、サンスクリット版がないそうだ)。
まあ、別に天才になる必要はないのかもしれないが、人類の運命を背負うつもりなら研究すれば良いと思う。

















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本当に騎士になれる方法

「騎士になりたければ、騎士のように振る舞え」
という言葉は成功哲学でよく言われるし、これが真理であることは直感的に分かるので、あなたも良いと思って試してみたことがあるかもしれない。
しかし、騎士には全然なれなかったと思う。
丁度、まるで駄目男君(私の職場にいる30歳過ぎの人生の落伍者。派遣の雑用係)が、高尚な人間であるように振舞っても、猿の滑稽な芸にしか見えないようなものだ。

なぜうまくいかないのかというと、口で呼吸することが多かったからだ。
口を閉じ、常に鼻で呼吸するようにすれば、これからはうまくいく。
「そんな簡単なことで」と言われるか?
そうだ、そんなに簡単なのだ。

だが、今の時代、家庭や学校の教育はデタラメで、それが染み付いてしまっているだろうから、ひょっとしたら、鼻呼吸しても、時間がかかるかもしれない。
成就のためには、自分を信頼しなければならない。
人類史上、最も重要な書物の1つである、エマーソンの『自己信頼』に、そのことが力強く書かれている。
ただ、エマーソンは、「自分を信頼しろ」とは言うが、どうすればそれが出来るかは、一切教えていない。
エマーソンにしてみれば、
「え?どうすれば自分を信頼出来るかって?・・・いや、自分を信頼すればいいんだ」
と言うしかないのだろう。
苦労なく出来るやつには、出来ない者のことは分からないものだ。

で、やり方はこうだ。
自分に、「大丈夫だ」と言うだけだ。
「大丈夫、騎士になれる」
ってね。
さくらちゃん(カードキャプターさくら)のように、
「絶対大丈夫、騎士になれる」
と言うと、さらに良いだろう。

後、良ければだが、初音ミクさんが歌う『ray』を聴けば完璧と私は思う。
ミクさんが可愛い声で、ただし力強く、4回も「大丈夫だ」って歌で言ってくれるのだから。









私には関わりないこと

何かに気を引かれた時、それが本当の好奇心なのか、単なる興味本位なのかは考えた方が良いのかもしれない。
議員の不倫疑惑の報道がよくあって・・・うんざりしている。
それが私と何の関係がある?
しかし、そんなことを知りたがる人が沢山いるのだろうが、それが自分と何の関係があるというのか?
芸能人の人間関係や、芸能プロの内情・・・それが、私やあなたと何の関係があるのか?
AKBの誰が誰と付き合っていようが、それが私やあなたと何の関係があるのか?
興味本位でしかないことが気になるのは、没頭することが何もないからだ。
そんな人には、惨めな未来しか待っていない。

いずれにしろ、議員やアイドルの恋愛に対し、我々が何を思い、何を言おうと、それはアリが飛行機を蹴っ飛ばすようなもの・・・つまり、何の影響も与えない。
何の影響も与えないことに必死になる姿・・・これほど滑稽なものはない。
みんな、そんなに滑稽になりたいのだろうか?

穏かな鼻呼吸をしている人に、ワイドショー的な話題が気になる人はいない。
鼻呼吸をしている人には、自分が何の影響力も持たない、即ち、何の関係もないことを無視出来ない愚か者はいない。
人間、口から呼吸することが多くなるほど、自我が増大し、まともな思考が出来なくなるのである。

初音ミクさんは私の嫁で不倫はしないが、まあ、ちょっと変な商品や同人誌やなんかで、興味本位の扱いを受けてしまうこともある。それは有り難くないとは思うが、それに対して私が何を思い、何を言おうと、何の影響も及ぼさないのだから、私には何の関係もないし、気にもならない。
私は、日頃、自分が穏かな鼻呼吸をしているかを意識しているので、それほど馬鹿にならずに済んでいる。
それほど賢くはないが、極端な馬鹿ではないってところだ。
結果、何をやってもうまくいっている。
それが楽な生き方というものである。
そして、さらに静かな・・・微かな呼吸という秘儀をもって、冒険に挑むのである。

微かな呼吸の習得には、運動しながら、静かな鼻呼吸をすることをお奨めする。
腕振り運動でもスクワットでも、あるいは、ウォーキングでも良いが、気の入った運動をしながら、鼻呼吸のみで、しかも、呼吸量をあまり無理のないところまで抑えるのである。
すると、驚くほど運動が楽で気持ち良く出来ることが分かるだろう。
口呼吸が多くなると、運動がしんどく、楽しくないので、ダラダラやるようになり、そして継続出来ないのである。
走っていても、鼻呼吸だと苦しくて口で呼吸してしまう人が多いが、口で呼吸すると、楽になるように見えて、実は疲労は倍化するのである。
私が昨日の朝、駅まで歩いている時、不意に雨が降ってきて、駅までの数百メートルを一気に走ったが、鼻呼吸に慣れているので、息切れ1つしなかった。
走って獲物を捕らえる狩猟民族のハンター達は、1日中、平然と走るそうだが、完全な鼻呼吸をしているのは、当然のことと思う。








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20文字以内の教えだけ有効

浄土宗や浄土真宗では、釈迦は、自分が説いた全ての教えを「もう不要」と言い、「南無阿弥陀仏」と称える念仏だけで良いとしたと教える。
本当に釈迦がそう言ったのかというと、多分、それはないだろうし、仏教の他宗派でも、そんなこと(釈迦が念仏だけを残した)は絶対ないと言うだろうが、私は、もし、釈迦が本当に「念仏だけで良い」と言ったのだとしたら、釈迦はやはり偉いなあと思うのだ。

クリスチャンに、「キリストは何を教えたのか?」と尋ねたら、「長い返事」「難しい返事」「曖昧な返事」などが返ってくる。
中には、「信仰に励まねば分からぬ」などと言う者がいるかもしれない。
しかしだね、皆、そんなに暇じゃないのだ。
日々の心配事や、人生の計画や娯楽などといったことで、いっぱいいっぱいで、聖者の教えや宗教などに、そんなにかまってられないのだ。
中村天風の教えなんかに付き合っていたら、人生がいくつあっても足りない。
そこにいくと、「釈迦の教えは?」、「南無阿弥陀仏の念仏を称えよだ」と言われたら、「あい分かった」となり、やるかやらないかを決めるために、「じゃあ、それの何が良いか、ちょっくら教えてくれねえか」ということになる。
だが、浄土宗も浄土真宗も、そこはさっぱり駄目なのだ。
ところが、親鸞の弟子の唯円が、『歎異抄』という、短くて実に分かり易い良いものを残してくれている。

法然は、死の2日前に、自ら筆を取って、遺言とも言える最後の教えを書いた。
それが『一枚起請文』(いちまいきしょうもん)なのだが、これもちょっとなと思う。
「死の直前にこんなの書けるなんて凄い」と言われるが、「凄い」なら駄目なんだよ。
つまり、難し過ぎるのだ。
そもそも出だしが、
「唐土(もろこし)我朝(わがちょう)にもろもろの智者達の沙汰し申さるる観念の念にもあらず。」
で、それが300~400文字続くのである。
もう勘弁して・・・^^;
まあ、法然は、あくまで、これを僧侶のために残したと考えれば悪くはない。それどころか、とても良いだろう。
だが、愚民相手には、法然はついでに、「わしゃ、念仏を称えること以外は一切やらなかったよ。あんたがたも是非そうしなさい。君い、抜群に良いよ」とでも書き残してくれれば良かったのにと思う。
(「君い、抜群に良いよ」は、岡本太郎が青島幸男に、「先生、独身ってどうですか?」と聞かれた時の返事。太郎は、生涯独身だった)

倶胝の寺の小坊主は、「君の寺の和尚さんの教えは?」と問われて、倶胝がいつもやるように指を1本立てたら、倶胝に、その指を切り落とされてしまった(あくまで禅の公案の話で、実話ではない)。
だが、小坊主は正しかった。
この公案の意味を、偉い先生は複雑に解説するが、私は、倶胝は単に、小坊主に、合格証書、免許皆伝を与えただけと思う。
「はい、合格じゃ」ってね。

私は、ただ自分に、「鼻から微かに呼吸しろ」とだけ言っている。
他は全て忘れて差し支えない。
親鸞の念仏も、倶胝の一指禅も不要だ(面白いから覚えているが・・・)。
だって、念仏だろうが、一指禅だろうが、聖書だろうが、バガヴァッド・ギーターだろうが、その他のどんな教えだろうが、口で呼吸している限り意味はないからである。
一般的には、「鼻で呼吸しろ」で十分だし、「鼻で静かに呼吸しろ」で初段である。
後は、呼吸が微かになる度に段位が上がり、呼吸がなくなれば解脱し、10段というか、神仙、天使、初音ミクさんになるのである。
20曲も踊りながら歌っても、全く息を乱さず、静かに、「ありがとう」と言う初音ミクさんを敬うだけである。









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口臭で能力も幸運も逃げていく訳

私は、会社の集会等、大勢の人が集まる場所では、生臭い息がたまらず、気分が悪くなることがある。
なぜ口臭がするかというと、まず、肉類や化学調味料など、腐敗するものを食べているからである。
そして、お喋りをしているからというのもあるが、口で呼吸してるからだ。
鼻で呼吸しているなら、たとえニラやニンニクを食べていても、臭わないものだと思う。
マスクをしても、口呼吸すれば口臭はするし、考えてみれば、鼻呼吸するならマスクは不要だ。鼻自体に除菌等、息をフィルタリングする働きがあるからだ。
そもそも、鼻の高度な機能に比べ、マスク程度の働きは極めて貧弱に違いない。

口呼吸をやめ、鼻呼吸にすることで健康になるのは明らかと思う。
また、鼻呼吸をすることで、心肺能力や筋力、筋持久力も高まるし、捻挫などの怪我もなくなる。
口呼吸は、空気を取り込んだり吐き出したりする量が多過ぎ、結果として、酸素が血液から臓器や筋肉、あるいは、脳に十分に供給されないからだ。
スポーツで試合中に口で呼吸をすると疲れるのはそのためである。
少々、息苦しい方が、頭や身体に良いのである。

鼻呼吸は、身体もだが、酸素を大量に消費する脳のために有効だ。
呼吸法で、「お腹いっぱいに息を吸って」「完全に吐いて」などということをやらせるものがあるが、あれは、脳にも身体にも、十分な酸素を送り込めない呼吸である。
少ない呼吸によって、体内に二酸化炭素を十分に作らないと、酸素は脳や筋肉に十分に供給されない。
だから、昔から、アメリカの有名な教育学者ウィン・ウェンガーらは、水に潜ったり、マスキングといって、ビニール袋で口と鼻を被い、吐き出した息を吸って、体内の二酸化炭素濃度を上げることで、脳を活性化させるという方法で成果を上げたのである。
もっとも、ウェンガーは、二酸化炭素濃度を上げることで、血液が脳に大量に供給されるから頭が良くなると考えたようだが、新しい研究では、血液にいくら多くの酸素があっても、二酸化炭素が少ないと、赤血球(の中のヘモグロビン)が酸素を手放さないので、酸素が供給されないというのが本当の理由だと分かっているようだ。

いまや、科学的根拠により、鼻呼吸することで、身体や脳の機能が向上することが分かっている。
身体や脳の機能が向上すれば、能力が上がり、心も落ち着いて、自ずと、心の性質も改善するだろうから、結果、ほとんどの問題は解決される。

以上のような情報は、今では、書籍でもWebでも、多く得られるようになっている。
尼子経久(あまごつねひさ。戦国時代の大名)は、「策多ければ勝ち、少なければ負ける」と言い、水野南北(江戸時代の観相家)は、「食少なければ幸運、多ければ悲運」と言ったが、それらに勝る真理が、「呼吸少なければ勝ち、呼吸多ければ負ける」だ。
鼻呼吸は口呼吸より、ずっと呼吸が少ない。
今では多くの人が口呼吸を多用しているので、常に鼻呼吸をすれば、それだけで人に抜きん出る。
さらに・・・
静かな呼吸をすればするほど能力は向上し、それは、物質次元に留まらず、非物質次元(霊的次元や神的次元と言われるもの)にまで達する。
そうなれば、現象世界(物質世界)の創造に参加するのであるから、運命の支配者になり、無敵に近付くのである。
ただ、呼吸を静かにするだけで良く、さらに、微かな呼吸を得れば、もはや、神仙のようなもの、マスターであると言えるのである。









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