ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

黒住宗忠

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
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[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

効果のある呪文の称え方

ラマナ・マハルシは、常に「私は誰か?」と問えと教えたが、一方で、「私は誰か?」を呪文にしてはいけないと言ったらしい。
『ヒマラヤ聖者の生活探求』の著者、ベアード.T.スポールディングは、「神(God)」という言葉を言い、想うことを強く薦めているが、それでもやはり、この言葉を呪文のように繰り返してはならないと言う。
日本の、沢山の著書があるお金持ちのある事業家は、「ツイてる」「有り難いなあ」「幸せだなあ」という言葉を千回言えば、状況が良くなると著書に書かれているが、こちらは、ただ、言えば良いと教えていた。ただし、彼はひっきりなしに本を書いていて、これはつまり、言葉の呪文だけでは効果はほとんどないということと思う。

呪文くらいしか出来ない我々凡人には、辛いことである。
そこで、正しいやり方を述べるが、それは江戸末期の神道家、黒住宗忠のやり方である。
宗忠は、現代医学でも難病である重病にかかった者に対し、「ありがたい」という言葉を、1日百回、それでだめなら、千回、それでもだめなら1万回言わせたところ、1週間で完治したという。
宗忠の注意は、「心を込めて」、「熱心に」、あるいは、「一心不乱に」だったと思う。

つまり、棒読みのように、口先だけで言ったり、よそ事に気を向けながら・・・いや、その言葉自体がよそ事のように想っても駄目である。
しかし、心の込め方を知らない人が多い。
気を入れなくても、スイッチ1つ、タッチ1つで出来てしまうことばかりやっているからだ。
料理1つ熱心にやっていても、心の込め方、気の入れ方が分かるが、せいぜいが、コンビニで買ってきたものをレンジでチンするだけの人も多い。
注意深く手紙を書かなくても、電子メールが使えるが、その電子メールも、お決まりの言葉や、簡略、粗雑な言葉しか使わないようになってる。
そんなことでは、願いを叶えることは出来ない。
そこで、例えば、私のように、普段から、初音ミクさんを心から崇めていると、自然に心を込めることが出来るのである。
他にも、絵を熱心に書いたり、楽器を演奏したり、真剣にスポーツに打ち込むことは良いことなのである。
それが、純粋に好きでやっているなら、より、熱心さ、心の込め方が分かるようになるだろう。

せめて、真剣な顔で、言葉を使うことだ。
表情は、心に強く影響を与える。
口元を引き締めながら、いい加減に言葉を使うことはない。
皆、口元が弛んでいることが災いの原因なのである。









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黙って修行する

私には、最低の人間の知り合いがいる。
私の職場にいる、30歳過ぎの派遣の雑用係で、私は「まるで駄目男君」と呼んでいる。
私は、まるで駄目男君を救える魔法の杖がないかと思っていた。
別に、まるで駄目男君のためを考えてのことではないく、自分でそれ(魔法に杖)を使うためなのだが。
まるで駄目男君を救えるなら、誰でも、私でも救えるはずだからね。
簡潔に言うなら、「それ」はあるし、簡単に示せる。

大事なものは全てあるのさ 最初から
君の中に
~『積乱雲グラフィティ』(作詞:Dixie Flatline、作曲・編曲:ryo、歌:初音ミク)より~
♪『積乱雲グラフィティ』 -YouTube - ♪

黒住宗忠が何年も病気で寝込み、いよいよ最後と思った時、身体の中に、天照大神の命が入り込み、宗忠は急速に回復したという。
ただ、天照大神の命は、元々、宗忠の中にあったのだし、誰の中にもあるのだが、宗忠は、それに対して、心を閉ざしていたのだ。
ジョセフ・マーフィーは、神は自分の手足より身近にいると言い、一休は、心そのものが阿弥陀如来だと言った。
賢者達は皆、同じことに気付き、それを教えようとしたのだろう。

ここにおいでよ
一歩ずつでも
そんな笑顔ができるなら
~『Satisfaction』(作詞・作曲・編曲:kz、歌:初音ミク)より~
♪『Satisfaction』 -YouTube - ♪

一歩ずつ、そこに近付く、あるいは、それに対して「開いていく」しかない。
それは、地味で根気がいることなんだろう。
しかし、決して苦痛ではないはずだ。
それをやるかやらないかの違いだ。
天才数学者、岡潔でさえ、毎朝、かなりの時間、念仏を称えたというし、エドガー・ケイシーは、9歳の時から生涯、毎朝、聖書を読んだ。
電波工学の世界的権威、関英男は、毎朝、2千回の腕振り運動を続け、90歳を超えても元気に世界中を飛び回り、常に海外から論文を取り寄せ、研究に余念がなかったという。
そして、そういったことをを全くやらなければ、まるで駄目男君になる。それだけのことだ。

簡単に言えば、何でもいいから、これはと決めた修行を一生やれということだろう。
1つの修行を、何年、何十年と繰り返してこそ力になる。
黒住宗忠は、病気で寝ている時に、何かしていたのではないだろうかと思う。それが何かは分からないが、それは問題ではない。
我々は、自分で決めたことをやれば良いのだから。
トイレ掃除でも、トイレの下駄は必ず揃えて出るでも良い。
ただし、「黙って黙々とやる」だ。
いちいち、「私、これやってます」と言いたがる者に見込みはない。
隠す必要はないが、とにかく、それは、「私の時間」なのである。

同じ顔同じ声たった一つ違うのは
あなたとの出会い私だけの時間
~『私の時間』(作詞・作曲・編曲:くちばしP、歌:初音ミク)より~
♪『私の時間』 -YouTube- ♪









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嘘も本当になる

「ザ・シークレット」とか「引き寄せの法則」とか、潜在意識の法則とか、ナポレオン・ヒルの成功法とかSMIとか、数多くの有名な、願望・目標達成法があるが、これらについて、「本当に効果があるのか?」、「そもそも、本当のことを言っているのか?」という疑問も多いかもしれない。
これらを作った人達は、人々をうまく騙して大儲けしようとしただけかもしれない。
その通りかもしれない。
しかし、それはどうでも良いことでね。
作った人にとっては嘘でも、信じてしまうえば本当になる。
逆に、作った側が真面目で誠実で有能でも、使う側が疑えば威力を発揮しない。
国を発展させた教条が、実は作った者はただの与太者だったなんて話があっても、少しも不思議ではない。
全然勉強が出来なかった者の怪しいアドバイスで有名校に合格する生徒だっている。

黒住宗忠というキリスト並の奇跡を起こせた神道家がいたが、彼が好きな話に、デタラメな仙人になる方法を真に受けた若者が本当に仙人になるという話があった。
つまり、宗忠もまた、何事も信念が大事だと言っていたわけである。
もちろん、馬鹿げていると思うことを信じるわけにはいかない。
しかし、信じてもいいやと思い、信じて得なことなら、そして、それで人様に迷惑をかけないなら、安心して信じれば良い。
スティーブ・ジョブズだって、「勇気、運命、人生、カルマなど、何でもいいので何かを信じなくてはならない」と言っていたが、そういうものなのだと思う。
完全な引きこもりで、誰ともうまくやれなかった私も、ジョセフ・マーフィーの教えを少し信じたおかげで、社会の最底辺には入れたのではないかと思う。
こと経済に関しては、わりと裕福だ。
これは、引きこもりにしては、あり得ない快挙かもしれない。

宗教に関しては、信心の強い人から金を巻き上げようとしている宗教団体があるし、そもそも、宗教というのは、現実的には、そんな面があるのだと思う。
だって、宗教家の生活は布施で成り立つのだし、宗教家だって贅沢したいだろうからね。
そして、宗教家は、信者に良いことを信じさせてあげれば、十分に高い布施に見合うのである。
ただ、私は、宗教に入る気は全くなく、沢山の宗教家や学者のイエスや釈迦の教えの解説も、あくまで、参考程度に見ている。
谷口雅春氏の『生命の実相』は実に素晴らしいし、五井昌久氏の教えも素晴らしい。
どれも良いという態度が一番と思う。
あれがこれよりレベルが高い・・・などと考えるようになれば、おかしくなってくる。
釈迦やイエスの生まれ変わりなんていない。
いるとしたら、あなたなので、それは黙っていることだ。

迷ったら、ジョセフ・マーフィーの本を1冊選ぶと良い。
立派な社長さん達の書棚を何度か見たが、マーフィーの本が1冊はあることが多かったと思う。
ただ、マーフィーの解説本は読まないことをお奨めする。
1冊を、出来るだけ淡々と、百回くらい読めば、金に困ることはないだろうと思う。









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無意識を信頼すれば奇跡も起こる

腰痛持ちの人は多いと思う。
しかし、腰痛の大半は、病院で検査しても、骨や筋などに異常はないのだそうだ。
つまり、心因性(心が原因で起こった症状)であり、大雑把に「ストレスが原因」などと言う。
腰痛は、よくあるものだが、珍しいものとしては、耳の器官に何の異常もないのに、耳が聴こえなくなるというものもある。
面白いことに、耳が聴こえないからと、その人と筆談をするのだが、途中でさりげなく、声で、「そりゃ大変だね」とか言うと、その耳が聴こえないはずの人が、「ええ、そうなんですよ」と答えたりするのである。こちらも心因性である。

心因性の病気や障りというのは、無意識が起こしているのだろう。
無意識は意識よりずっと大きいと言うが、どのくらい大きいのかは本当は見当も付かない。
だが、無意識は悪意があって、病気等を作るのではない。
腰痛も、耳が聴こえないことも、その他の病気も、必要あって、無意識が作るのだろう。
では、全ての病気のうちで、無意識が作るものはどのくらいの割合かというと、いろいろ意見はあるようだが、全部と考えて良いと思う。
つまり、あらゆる病気は、心因性であり、無意識が作り出したものであり、一般にはストレスが原因である。

では、腰痛や肩こり等の悪い症状がある時、どうすれば良いのかというと、それらを作り出した無意識を信頼することだ。
一休は、「心そのものが仏」と言い、黒住宗忠は、「人の心は天照大神様の心の一部」と言ったが、これらの心は無意識のことである。
無意識は、だから、阿弥陀如来であり天照大神であり、仏であり神なのだ。
イエスも、神を信頼してまかせることを、特に強調していた。
そういったことを一番簡単にやる方法が念仏である。
念仏というのは、阿弥陀如来を信頼してまかせることであり、現代科学的に言えば、無意識を信頼してまかせるということである。
驚異的に優秀な精神科医であったミルトン・エリクソンは、やはり「無意識を信頼しなさい」とよく言っていた。
彼は、数秒で精神や肉体を劇的に改善し、「魔法を使って治している」とまで言われた。
手のつけられない不良高校生を一言二言の会話で、礼儀正しい真面目な生徒に変えたことがあったが、その時、エリクソンが何を言ったのかは、あまり意味はない。
ただ、エリクソンは無意識が教える通りに話し、それが相手の無意識に反応を起こさせたのだ。
高校教師であったエリクソンの娘は、教え子であるプロレスラーのような巨漢の不良高校生に野外で襲われかけた時、一瞬で、その不良高校生を自分の忠実な僕に変えた。
それは、頭で考えて出来ることではなく、無意識を信頼して従うことでしか起こせないことであると思う。
普段から念仏を称えていれば、誰でも出来るようになる。
日本には、妙好人という、無学でも、念仏を称えることで驚異的なことをする人たちが沢山いたのである。
好きな子がいれば、無意識を信頼して、無意識の指示通りに話し行為すれば、虜にすることも出来るだろう。
エリクソンの15歳だった娘も、そんなことをやったそうだ。
我々の場合、ただ、念仏を称えれば良い。

今年の、初音ミクさんのコンサート「マジカルミライ2017」は、幕張メッセ国際展示場3ホールで行われるようだ。
企画展は1・2ホールで行われるので、1~3ホール占拠という豪華なイベントである。
そして、「マジカルミライ」5周年メモリアルチケット抽選先行が、今日の12時から始まる。
4月3日の12時59分までで、抽選だから、慌てて申し込む必要はないと思う。
今年のコンサートは、9月1日(金)の夜公演、9月2日と3日の昼・夜公演の5回になるようだ。
私は、昨年は、土曜の夜公演と日曜の昼公演に行ったが、今年もそうしようと思う。
まあ、会社を盛大に休んで、全公演に行くというのもありかな・・・と思う。
★マジカルミライ2017公式サイト









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どうしても、念仏、真言が嫌な人は

少なくとも、朝1回、ガッツポーズ(パワーポーズ)をし、さらに、起きている間、神仏の名、あるいは、念仏を、出来るだけ多く称えていれば、全てうまくいく。
これは、宗教や信仰の部分があっても良いが、理屈で説明出来る科学である。
ただ、そうであるなら、神仏を一切信じない、スティーヴン・ホーキングのような人はどうすれば良いのかというと、どうしようもない。
とはいえ、神仏に抵抗や反感があるのは、大抵の場合、宗教や世間の信仰が気に入らないのであり、心の底から神や仏、あるいは、超越的存在を信じていないという人は、まずいないのである。
ところで、そんな人は、「ありがとう」とか「愛しています」という言葉を称えれば良いと言う人もいるかもしれず、それは確かに良いのであるが、そこにおかしな教義がくっついている場合は、何か嫌なものを感じるのである。
何も考えずに、ただ、そう称えれば良いのであるが、人間とは、何かを信じやすく、洗脳されやすく、偏見を持ちやすいものである。実際、世間で、そんな弊害が多く見られる。

実は、「ありがとう」「愛しています」より、「ありがたい」「おかげさまで」「いただきます」はもっと良い。
別に、「ありがとう」「愛してます」が悪い訳ではない。
だが、「ありがたい」「おかげさまで」「いただきます」がもっと良いのは、やっぱり理屈で説明出来るのである。

「ありがとう」というのは、英語のThank Youであり、「あなた」、つまり、人に感謝している。
つまり、1万円くれたからありがとう、肩をもんでくれたからありがとう、仕事を手伝ってくれたからありがとう・・・という感じである。
しかし、「ありがたい」というのは、心の奥では神仏に感謝しているのである。
急用が出来たせいで乗らなかった飛行機が墜落した時、「ありがたい」と言うのであるが、それは、誰か人に言っている訳ではない。
そりゃ、急用を作ってくれた人に「あたたのおかげで命拾いした。ありがとう」と言うかもしれないが、言われた方は困る。
そうじゃなくて、無意識に、自分に幸運をもたらしてくれた神仏、あるいは、何かは分からない不可思議な存在を意識して、「ありがたい」と言うのである。
それは、自分より高い存在に意識が向いているということであり、その時、自我は退くのである。
念仏、真言の力は、「自我が消えた時に生命エネルギーが高まる」ことを原理としている。
「おかげさまで」も、普段、全く関わりのない人に、「おかげさまで家族みな元気です」と言うのであるが、これも実は、神仏といったものに感謝しているのである。
「いただきます」も、食べさせてくれる親や、料理を作ってくれた人に言っているのではなく、本当は、恵をもたらしてくれた神仏に対して言っているのである。
子供が食事の前に「いただきます」と言った時に返事する親は愚か者である。
それは、キリスト教の家庭で、「主よ、今日の糧を与えてくれたことに感謝します」と家族でお祈りをした時に、お父さんが、「うむ。感謝の気持ち、受け取ったぞ」と言うようなものである。

だが、このあたりの理屈はややこしいので、理屈に弱い人は、宗教や信仰に行ってしまう場合が多いのだと思う。
黒住宗忠は、ハンセン氏病にかかった武士に、1日1万回「ありがたい」と言わせたら、1週間で、その武士は完治したという。
当時の武士の風習などから、それが、自我を超えた存在に意識を向ける最も良い方法だったのかもしれないし、現代でも、神仏にどうしても馴染めないという人には良いかもしれない。
確かに、食事の前に必ず、「いただきます」を言う人は、そう不運になることはない。
また、単なる習慣を超え、真面目に「おかげさまで」と言う人もそうである。
「いただきます」を絶対に言わず、念仏、真言も決して称えない人を何人か知っているが、やはり悲惨な目に遭っているのである。
だが、私のような不真面目な者は、「いただきます」も「おかげさまで」も言わない・・・いや、言えない。
だが、昔から真言を唱えているおかげで、残念なこともいろいろあるが、奇跡的なほどうまくいっているのである。ありがたいことである。









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