ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

黒住宗忠

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

仙人になる方法

アンダルシアは、スペイン王国の州の1つだが、「(ゲルマン系)ヴァンダル人の国」という意味の「ヴァンダリシア」が、いつか、「アンダルシア」になったと言われる。
ただ、アトランティス大陸を意味する「アル・アトランティダ」も語源ではないかと言われている。
それはともかく、「アンダルシア」と3回繰り返して言うと、お金持ちになれると言われ、昔、日本国内でそんな話がちょっと流行った時に、それをやった人の幾人かが、実際に金持ちになった。
まあ、流行ったと言っても、数十人レベルで、金持ちになったのは実際は2人だという話だったと思う(笑)。
でもね、その2人は、まゆつばだと思ったかもしれないが、真面目に3回言ったのだと思う。

最近、Marina ChannelというYouTubeのチャンネルの動画で、ある簡単な言葉を3回唱えるだけで、プレアデス人(宇宙人)がヒーリングしてくれるというものを見た。
信じる根拠は何もないが、それは確かに起こる。
本人が信じればね。だから、嘘ではない。
3回唱えるだけ⭐️ヒーリングが起こります〜実際に体感して下さい ~YouTube~

江戸末期の偉大な神道家、黒住宗忠は、イエス・キリスト並の力を持つ神人だったが、彼なら、これらの話を馬鹿にしないと思う。
実際、彼の好きな話に、こんなものがある。
仙人になりたいと熱望する純真な若者が居たのだが、ある男が、「俺の言うことを聞いてくれたら、仙人になる方法を教えてやる」と、その若者に言ったが、その男は、本当に仙人になる方法など知っている訳ではなかった。
その若者の疑うことを知らない素直な心につけ込み、タダでこき使ってやろうと思っただけだった。
だが、若者は、その男に真面目に仕え、熱心に奉公したが、かなり月日も経ったので、若者は男に、「そろそろ教えて下さい」と言った。
そこで、男は若者に、庭の高い木に登るように言い、家の屋根よりずっと高い枝にぶら下がるよう言った。
そして言う。
「その枝から手を放せ。そうすればお前は仙人になれる」
若者は感謝しながら手を離すと、仙人になって空に飛んで行った。
黒住宗忠は、よほどこの話が好きらしく、よく人々に語って聞かせたそうだ。

まあ、実際は、この若者のように危険な真似をしてはならないかもしれないが、世界は信じた通りになるのである。
宗忠も、そのことをよく解っていたのだ。
だから、彼は、あらゆる奇跡を起こせたのである。








「人を呪わば穴二つ」の本当の恐ろしさ

「思考は現実化する」という言葉をよく見るが、圧倒的に正しいのは、「気分は現実化する」だ。
つまり、良い気分でいれば、良い気分にさせてくれる状況が現実化し、悪い気分でいれば、悪い気分にさせられる状況が現実化する。
思考は、それと適応した気分を伴えば現実化するが、圧倒的に気分が優先されると思って間違いないだろう。
例えば、良い気分でいれば、考えていた通りのこととは違うことが起こっても、それで気分が悪くなることはなく、むしろ、もっと良くなる。
それどころか、この世の楽しみとは、予想外のことが起こることなのだ。
想定内の出来事など、面白くもなんともない。

「どんなことでも、予想外でさえあれば、起こることが最善だ」
~『カルヴァリー』(W.B.イェイツ)イエスに対するローマ兵の言葉~

「この世で一番楽しいことは何か知ってるかね?スピネル」
「何ですか?エリオル」
「予想しなかったことが起こることだよ」
~『カードキャプターさくら』(CLAMP)より~

江戸末期の神道家で、イエスに匹敵する神秘力を備えていたとも言われる黒住宗忠は、若い頃、ある疑問を持っていた。
それは、悪人が楽しく暮らしているのに、善人が苦しい状況にある場合がよくあることだ。
そして、宗忠は、それは、心が陽気か陰気かの問題で、悪人でも陽気であれば楽しい状況になるし、善人でも陰気であれば、苦しい状況になるのだと気付いた。
ただし、悪人には悪人なりの仁義というものがあり、それに背くと気分が悪くなり、状況もそれに速やかに続くのである。
また、陰気な善人というのは、心が弱い。いかに良いことをし、悪いことをしなくても、自分で自分を「しゃんとさせる」責任は自分にある。
だから、小善人、小市民が一番良くないのである。それなら、大悪人の方がずっと良い。

「人を呪わば穴二つ」と言う。
呪うというのは、思考ではなく、間違いなく感情である。
呪いの感情・・・つまり、最悪の気分を持っていれば、もう確実に最悪の状況がやって来る。
まさしく、「人を呪わば穴二つ」である。
これほど明白なことはない。
レディー・ガガらが推進するMeToo運動というのも、レイプをする男への呪い、憎しみが強ければ、自分にも呪われるべき状況が「次々に」起こる。
しかし、女性の幸せを願う運動であり、それにより良い気分でいられれば、良い状況になるのである。

動物愛護運動も、動物を虐待する者達への憎しみ、非難で行えば、ますます動物は虐待される。
しかし、動物を幸せな状態にする(自然な状態にするという意味だ)ための運動で、気分良く行えば、目標通りかどうかは分からないが、良い状況になるだろう。

ある大学を目指して勉強し、自信もあって気分も良かったのに落ちてしまい、別の大学に入ることになった時、誰でもその時は悪い気分になる。
しかし、大学生にもなれば、大人であり、そこで気持ちを切り替える責任は自分にある。
それが出来ず、悪い気分を引きずれば、やはり、あまり良くない状況が展開されていく。
だが、気持ちを切り替え、良い気分でいれば、その大学で生涯の師、生涯の友に出会い、その大学に入って良かったと心から思える・・・といった状況になるだろう。

Hey Jude, don’t make it bad
Take a sad song and make it better
ジュードよ、そうしょげるなよ
悲しい歌も気分次第で楽しくなるさ
~『Hey Jude』(ポール・マッカートニー)より~

苦しい状況でも、思い切り舌を出して気分をしゃんとさせ、笑顔を作り、ガッツポーズをして良い気分になれば、状況は変わり、逆転勝利を収めるだろう。








陽気は無敵

江戸時代末期に、黒住宗忠(くろずみむねただ)という神道家がいた。
私は、この宗忠に関する本を4冊ほど見たが、これほどシンプルに幸福というか、成功への道を示し、自ら実践していた人はいないと思う。
しかも、宗忠の場合、平凡な幸福から、イエスのように、難病を治したり、嵐を鎮めるといったミラクルも自在に「引き寄せ」た。
彼のやり方は、本当は、極めて簡単であり、誰でもすぐ出来るはずのものだと思う。

彼の人生の大転換期となった重要な出来事がある。
彼は神社の三男坊だが、いろいろあって家を継いだ。
そして、妻子もいる30歳を過ぎた頃、両親が相次いで亡くなって悲観し、病気になってしまう。
病気はどんどん重くなり、もはやこれまでという状態にまでなった。医者にも見捨てられたようだ。
死を受け入れた宗忠は、最後に神を拝そうと思い、入浴させてもらい、座って、太陽神、天照大神の化身である太陽に向かった。
すると、心に何かが起こって事態は好転し、どんどん病気は治り、完全に健康になってしまった。
この時、何が起こったかは、神秘体験のように考えることも出来るし、伝記の著者には、「よく解らない」と正直に述べていた人もいたと思う。
だが、陽気になったということは間違いなさそうだ。
宗忠の教えは、一言で言えば、「陽気になる」ことと言っても良いのではと思う。
敬愛する両親が相次いで亡くなったことをきっかけに病になり、ずっと、心が陰気で、ついには死の直前にまで至ったが、入浴し、温かい太陽の光に照らされていい気分になった時、陽気の大切さを思い知ったのだと思う。
陽気であること、つまり、いい気分であることが、何より大切なのであると思う。
最近、よく書いているが、ビートルズが『I FEEL FINE』という歌を作り、他の多くの曲でも、feel alright、feel fineなどという言葉をよく使ったように、feel fine(いい気分)こそが人生で最も大切なものであることを明るく訴えていたと思う。
そして、『ザ・シークレット』のDVDの一番最後は、著者ロンダ・バーン自身が砂浜に『FEEL GOOD(いい気分)』と書いて締めくくったように、やはり、いい気分こそが成功、幸福の鍵なのだ。
ただ、陽気とは別に大騒ぎをすることではない。
むしろ、大騒ぎしてストレス解消したつもりで、その後、陰気になってしまうことも多い。
1人静かに座り、1分間微笑んだ方が、本当に陽気に、いい気分になれるのであると思う。

宗忠も、人生が難航している人に、無理にでも笑うことを薦めた。
当時の武士であれば、おかしい時でもなかなか笑わないのに、何もないのに笑うというのは、かなり難しかったと思うが、宗忠の指示に従い、夜中に1人で、最初は苦労しながらも、何とか笑い続けた者は、皆、悩みを消すことが出来た。
繰り返すが、宗忠の教えはただ、「陽気になれ」で、より現代的に、あるいは、ビートルズ的に、あるいは、ザ・シークレット的に言えば、「いい気分でいろ」だけと言って良いと私は思う。
宗忠の研究者的には、それではいけないのだろうが、彼の教え実践する身であるなら、それだけで良いと思う。
そして、陽気になる、いい気分でいるには、とにかく、笑うことである。
アメリカの心理学の父、ウイリアム・ジェイムズが言ったように、「幸せだから笑うのではない、笑うから幸せになるのだ」である。
私は、より笑い易くなるよう、ガッツポーズをお薦めしたい。
元気がないなら、世界最高のラグビーチームである、ニュージーランド代表オールブラックスの試合前の踊りであるハカでやるように、あるいは、ヨガのライオンのポーズでやるように、舌を大きく出すことだ。なぜかそれでエネルギーが溢れ、笑い易くなるだろう。
陽気になれば、いい気分になれば、いかなる引き寄せも自由自在である。








正しい感謝はこの上なく楽しいものである

感謝すれば奇跡が起こるとか、感謝すれば願いが叶うといった話をよく聞く。
そうだと思うが、こんな感謝の話をよく目にする。
1万回とか、10万回、「ありがとう」と言いなさいといったものだ。
まあ、なかなかそんな回数言えるものではないので、何かあるのかもしれないが、それ、楽しいだろうか?
何だか、苦行のような感じがしてしまうのである。
実際は、苦行で奇跡が起こったり、願いが叶うことはないと思う。
苦行をして苦しいと感じれば、苦しい状況が引き寄せられるだけなのではあるまいか?
私はそう思う。

感謝とは楽しいものである。
楽しくなければ感謝ではない。
胸がトキめいて、エロい・・・ことはないが、恋する気分だ(笑)。
実際、深く感謝すると、トキめきが高まり、胸が痛いほどだが、それはまるで好きな女の子に踏まれているようなもので、痛いのに嬉しいのである(笑)。

本当に有り難いと思った人や出来事等を探して感謝すると楽しくなる。
たとえば、昔、自分が困っていた時に、手を貸してくれた見知らぬ人がいなかっただろうか?
もし、その人がいなければ、かなり悪いことになり、ひょっとしたら、人生が変わっていたかもしれない。
あるいは、苦しい状況にあった時に、励ましてくれた人がいたおかげで、乗り越えることが出来たという記憶がないだろうか?
考えれば、そんなことは沢山あるはずである。
あるいは、偶然のきっかけで出会った人と結婚したり、親友になったりすることもあり、その出来事に感謝したい気になるだろう。
そんなことに気付き、感謝するようになるほど、さらに、沢山の感謝すべきものが見つかる。
それらのことに心を込めて感謝するようになれば、幸運に恵まれ、奇跡も起こり、願いが叶うのだと思う。
そして、そういったことは、とても楽しく、良い気分になるのである。
幸運とか、良い奇跡、願いの成就なんてものは、良い気分の時にやって来るのであるが、本当の感謝というのは、最高に良い気分になるはずのものだ。
そうでないなら、その感謝が本物かどうか疑わしいような気もするのである。

ただ、一見、苦行のような形で入って、良い結果になることもある。
江戸時代末期の神道家、黒住宗忠は、ハンセン氏病(らい病)にかかった武士に、1日1万回、心を込めて「ありがたい」と言うよう指示した。
武士がそれを忠実に実行すると、7日後、吐血して意識不明になり、意識が戻った時には完治していたという。
たとえ、少なくとも初めは、形だけで、苦行のようであっても、心を込めて「ありがたい」と数多く言えば、自ずと、まず、身近なものに感謝の心が芽生えるかもしれない。
そして、生きていることに感謝するようになれば、奇跡だって起こるのだと思う。
だが、自分で感謝すべきことを見つけて感謝する方が楽しいのではないかと思う。
黒住宗忠の場合、相手の武士の病状が緊急を要したので、納得なしに出来る方法を教えたようにも思うのである。








ラッキーボーイ、ラッキーガール

運に恵まれ、神の加護を得るには感謝の心が大切なようだ。
しかし、見返りを期待して感謝するというのも、どこか引っかかる。
感謝は道具ではないし、強要する義務や責任でもない。
しかし、実際のところ、感謝しない者は、あまり良いことはないかもしれない。

江戸末期の神道家、黒住宗忠は、ハンセン氏病(らい病)になった武士に、毎日百回「ありがたい」と言わせ、それで効果が出ないと、毎日千回、それでも駄目なら、毎日1万回唱えさせ、1万回を7日唱えたところで、その武士は吐血して意識不明となり、目が覚めた時は治っていたという。
私は、この武士は、それまで、感謝のない人生を送ってきたのだろうなあと思う。
しかし、難病にかかって追い詰められた中で、1日1万回も「ありがたい」と唱えたことで、ようやく、感謝の気持ちが生まれたのだと思う。
なぜ、そうなったのかというと、「ありがたい」と数限りなく声に出して言ううちに、それまで気付かなかったが、実は、ありがたいことが沢山あることが分かったからだと思う。
少なくとも、武士の家に生まれて、生活の心配はないし、それまでは、無事に奉職出来ていたのだから、それは、非常にありがたいことだ。

アニメ『ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンライン』の1話で、パートナーに「お前は運は良い方か?」と尋ねられたレン(ヒロイン)は、暫く考えた後、
「私は運がいい、ラッキーガールだよ」
と言う。
自分が、ラッキーガール、ラッキーボーイだと思っている者は、間違いなく運が良い。
では、どうすれば、自分が運が良いと思えるかというと、自分の運の良さを自主的に探すことだ。
例えば、世界の半分以上が戦争状態であるこの惑星で、日本に生まれたおかげで、ほとんど生命の危険を感じずにのうのうと暮らせるのは超ラッキーである。
ホームレスの老人や女性も増えている中で、屋根のある家で寝られ、しかも、クーラー付であれば大ラッキーではないか?
2015年の神戸での、クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長の講演会で、伊藤社長は「初音ミクに来て欲しいという国は豊かな国」と言われていたのが印象的だった。
世界中のほとんどの国では、実際の話、初音ミクさんどころではない。
それなのに、ミクさんが生まれた国でみっくみくになっていることは、相当なラッキーであることが分かる。
他にも、受験に受かったことや、今の彼氏や彼女、友人に出会えたことなど、考えれば、ラッキーだらけであることが分かるだろう。

ミュージカル映画『サウンド・オブ・ミュージック』の中で、『何かよいこと』という歌がある。
主人公のマリアは、「私は、惨めな子供時代、暗い青春時代を送ってきたが、その中にも、何か良いことがあった」と歌う。
「俺の人生は悪いことだらけだ」と思っている人も、やっぱり、良いことも沢山あったはずなのだ。
「生きているだけで丸儲け」とまで思えたら、超ラッキーマン、超ラッキーガールだろう。

そんなふうに、積極的に自分がラッキーであることを探し、見つければ、自然に感謝の心も起こると思う。
宇多田ヒカルさんのお母さんの藤圭子さんの、今でも有名なヒット曲(オリコン10週連続1位)『圭子の夢は夜ひらく』で、
「十五、十六、十七と あたしの人生暗かった」
と歌われるが、その中にあった良いことを見つけ、自然に感謝の心が育つと、圭子の夢は夜も昼も開くだろう。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんを愛す
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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