ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

魔法

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
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[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

最高の定義の通りの魔法が誰でも使える

イギリスの著名な魔法使いウォルター・アーネスト・バトラー(Walter Ernest Butler. 1898~1978)は、貴重な書『魔法入門』の中で、魔法の定義について、3つのことを取り上げていた。

まず、当時の通俗的な辞書では魔法の定義は、
「自然的原因を、驚くべき結果をひきおこすために応用する技術」
とあるが、バトラーは、これでは未開人にとって、ラジオや電話や飛行機が魔法になってしまうとして退けた。
次に、当時の魔法使いの1人が述べた、
「思うままに変化を起こす技術」
については、「ただの肉体労働や精神労働でも、そんなことが可能な場合がある」として否定した。
まあ、一般的には、これが魔法であるような気もするが、「変化」の範囲をはっきりさせないといけないという訳だろう。
そして、結局バトラーは、偉大な魔法使いダイアン・フォーチュンの定義を採用するが、それは、
「思うままに意識の中に変革をひきおこす技術」
であった。
なるほど、これは優れた定義であり、このような力を得れば、人間に不可能はない。
例えば、「自分はとてもではないがお金持ちにはなれない。頭は悪いし、人付き合いは下手だし、学歴もないし」と思っている人が、「私には隠された能力が沢山あり、それを発揮することで、お金持ちになれる」と信じることが出来れば、それが潜在意識の力によって実現するというのが、ナポレオン・ヒルら多くの成功法則の要諦であり、日本ではいまひとつ受け入れられていないが、アメリカでは高校の正式科目として教えられるなど、ごく一般的であるようだ。

魔法とは、「思うままに意識の中に変革をひきおこす技術」である。
しかし、バトラーも、フォーチュンも、そして、ヒルも、それが出来るようになるための難しい方法を提示し、魔法を実際に使えるようになった人は滅多にいない。
今年の初音ミクさんライブ「マジカルミライ2020」のテーマ曲を担当するピノキオPさんによる、「マジカルミライ2019」でミクさんが歌った楽曲『好きなことだけでいいです』にあったように、
「全人類の願いが叶ったら 地球が爆発するから」
ということかもしれない。

だが、簡単な「思うままに意識の中に変革をひきおこす技術」、つまり、魔法の使い方は存在する。
それは、私の経験的にも確実であるが、今回は自慢話は控えよう(これまで何度も書いたが)。
さっきの、自分は金持ちになることは不可能だと信じていた人が、自分も金持ちになれると信じるに至った意識の変革について考えよう。
それを実現する魔法の技術とは?
早い話が、自己暗示・・・これだけである。
だが、自己暗示(あるいは他者暗示)については、確かに沢山の人が指導しているのに、ほとんど成果は上がっていない。
その理由は、単に、「数が少ない」からである。
「私は金持ちになれる」という自己暗示で十分なのに、ある人は、「いや、『私は金持ちになりつつある』と言わねばならんのじゃ」とか、「いやいや、『私は金持ちになれました。ありがとうございます』という感謝の心が必要であるのだぞよ」と、好き勝手言うが、結局、どれも効果はない。
そうじゃなくて、「私は金持ちになる」と、千回、言えば良いのである。
ほとんど誰も、千回言わないのだ。
千回で駄目なら1万回。それで駄目なら10万回。
どういう原理かというと、人間の脳というのは、1分間に300から1000の言葉がつぶやかれていて、普通の人は、よほど気分が高揚した一瞬を除き、そのほとんどが否定的な言葉だ。
それを肯定的にすれば良いのだが、脳というのは、繰り返しで確実に変化するように出来てる。
最初の数十回、数百回は、肯定的な言葉に対し心が反発するが、千回も肯定的なことを言うと、脳が変化し、心は反発しなくなる。
よほど否定的な人でも、いつかは、唱えている言葉に従うが、そのためには、よほどのことがない限り、そんなに長くはかからないし、仮に、異常に長くかかったとしても、長い人生の中では、ほんの一瞬だ。そして、他に方法はないのである。
しかし、特に今は、「1分でOK」だの「1週間で出来る」みたいな言い方が流行りで、たったの千回に取り組む人がいない。よって、千回やれば、あなただけが勝てる。
また、せっかく、「口癖」としての自己暗示について本に書いてくれている人もいるのだが、余計な話を盛り込み過ぎて(本1冊書くとはそういうものなのかもしれないが)、読者の大半は、やる気をなくしてしまうのである。確かに、子供の時なら、1秒で千回唱える不思議な力を発揮することがあり、私もそれで何度も救われた記憶がある。そして、大人でも、自己暗示を重ねていけば、そんなことが出来るようになるかもしれない。
だが今必要なことは、ただ数多く唱えることである。

尚、ウォルター・アーネスト・バトラーの『魔法入門』は絶版で、古書があっても高価であるので、紹介は控える。
とはいえ、本来、優れた魔法書と言えども、もはや読む必要はないと私は思いながらも、面白いし、学ぶことは多いとも思う。











恐るべきパワーの持ち主になる

どんなことでも、10年間、たゆまずやれば、かなりの腕前になる。
ピアノだって、10年、少しずつでも毎日練習すれば、ピアニストとは言わないまでも、かなりの腕前になるはずだ。
今、ピアノを一曲だけ、それなりの腕前で弾けるようになるレッスンが流行っているらしいから、ピアノも、案外簡単かもしれない。

私のように何百年もプログラミングをしていると(♪)、プログラミング言語自体は何でも同じだが、私は、アプリを作ることより、データ操作やデータ処理に関心があるので、VBAと、後、SQL言語が使えれば十分だ。
SQL言語といっても、ぱっと見て分からない複雑なものは書きたくないので、複雑なデータ構造を定義する時は、Accessで言うクエリー、SQL Serverで言うビューを、もっぱら使う。
そうそう。VBAが使えるようになったら、SQL Serverを使えるようになると良い。そうすると、ExcelやAccessを使って、巨大データベースを扱えるようになる。
そのために、少し、SQL言語も使えるようになれば良い。
このように、VBAは、Excel内で使うだけでも十分に強力だが、その先に無限の可能性があるのだ。
ちなみに、SQL Serverは、無償のExpress版でも、企業のそれなりのシステムでも、十分使える。実際、中規模の企業の基幹システムで使われていることも珍しくはない。
ましてや、個人用途や、ちょっとしたデータを使うアプリなら、大抵は余裕綽々だ。

世間的に認知されたものばかりではない。
超能力だって、10年、絶えず訓練すれば、必ず身に付く。
超能力と言っても、テレパシーやサイコキネシス、あるいは、念写といった、あまり実用的でないものより、『エル・カザド』の、私の気に入りのキャラクター、エリスが使う魔法のようなものが良い(いきなりアニメの話で恐縮だ)。
エリスの力は、素粒子(電子等)の動作を支配するというよりは、最新の知見によれば、素粒子と意思の疎通を行って、動いていただくというものだ。
それは、ある程度、量子力学的にも可能性があると思うが、おそらく、実際に可能だ。
だから、希望の状況(ただし、欲張らずに)になるよう、空間に偏在するエネルギーに願ってみると良い。
元々、人間は、そんなことが出来る能力があるので、コツを掴めば、割と出来るようになる。
名人になるには10年かかるが、毎日、楽しみながらも弛まずやれば、案外に早く出来ると思う。








魔法とは思考が消えた時に現れる力

定義をきちんとさせないといけないことで、ふわっとした概念を用いるのは良くない。
一方、定義や公理のような共通の認識でないことを、きちんとさせたがるのは良くない。
しかし、世の中では、この真逆が行われていることが多いのだ。
つまり、曖昧にしちゃいけないことを曖昧にする・・・政治家やITサービスの契約にはこれが多い。
また、きちんとしようのないことをきちんとしろと言う・・・「君は理系か文系か」とか「共産主義者か資本主義者か」とかね。

で、超能力とは何か、魔法とは何かは、定義や公理がある訳ではないので、ぼやっとさせておくが、まあ、「不可思議な力で願いを叶えること」と言えるかもしれない(必ずしもそう思う必要はないが)。
もちろん、超心理学では、ある程度は共通の定義もあるし、ウォルター・アーネスト・バトラーの魔法の定義(自在に精神に変革を起こす)は個人的には気に入っているが、今回は置いておく。
そもそも、超能力や魔法に興味を持つのは、利己的な場合が多いかもしれないが、自身の力を大きく拡大するためだ。

前置きが長くなって申し訳ない。
私の本意としては、あまり楽しくない人生を送っている人に、喜びを掴み取る力を得て欲しいということだ。まあ、そのためには、現実的な努力をせいということになるのかもしれないが、どうも、楽しい人生を送っている人は、嫌な努力をさっぱりしない・・・というか、努力してもどうなるものでもないと諦めた人のように思う。
少年時代から、起きている時間全部でバットを振りたがるほどだったテッド・ウィリアムズ(メジャー最高のバッターの一人)は、好きでやってただけで、むしろ、練習を止められるのが苦痛だった。このウィルアムズの場合も含め、人に喜びを与える唯一の力は実は超能力や魔法であると思えてならない。

究極、あるいは、本質を言えば、超能力を得るには、心を無にすれば良い。この言い方は難しいので、もっと現実的に言えば、優越感を消せば十分だ。
人間の最大の関心事は優越感であり(ディール・カーネギーは「自己重要感」と言ったと翻訳されているが、同じである)、人間の思考の根本にあるのは優越感である。
だから、思考そのものを消してしまえばいい。
矢追純一さんが「僕は頭が悪いから、考えることを諦めた」と言ったらしいが、これが極めて優れた方法と思う。
残念なのは、自分は頭が良いと思っている人だ。断言する。そう言うアンタの頭も絶対に悪い。
人間の思考力なんてのは、小学校低学年の算数をやる程度にチューニングされている。
だから、そのレベルのことはしっかりやらないといけないが、それを超えるほど愚かになるのだ。
また、具体的方法で感心したのは、保江邦夫さんが『神様ののぞき穴』に書かれていた「龍の首」のポーズだ。
猫背になって首を前に倒し、顔だけ上げる・・・前にも書いたが、矢吹丈のノーガードが全くそうだ。このポーズをすると、個人的な想念が消える。
常に龍の首は出来ないかもしれないが(この点、ひきこもりは有利だ)、常に鼻で呼吸するよう気を付けると良い。余計なことを考える時は呼吸過多になって口で呼吸するものだからだ。まあ、鼻息が荒いのもみっともないが、鼻呼吸を意識すると、呼吸も収まり、思考も静まる。呼吸と想念は同じ根っこから出ているのである。







魔法使いは子供っぽい

誰でも、子供の時、たまには好きな夢を見ることが出来るように、現実を自由に創る魔法を使っていたはずである。
それを覚えていないとしたら、それが子供にとって、魔法でも何でもなく、当たり前で自然なことだったからだろう。
普通の人で、いくつまでそれが出来るのか分からないが、私の場合、二十歳をかなり過ぎても出来たと思う。
そして、そんなことが出来た理由は何かというと、「子供っぽかった」と言うより「幼稚だった」のだと思う。
だが、外で子供達を見ていると、「こいつ、もう魔法は使えないだろう」と思う子供が多い。
どんな子供かというと、大人を小さくした子供だ。
少し分析的に言えば、「自分は特権を持っている」と思っている子供だ。
普通の大人は、特権意識を持っている。
言い換えれば、「自分は特別だ」と思っているということだ。
社会的身分や資産の大きさに関係なくね。
だが、自分が「世界に1つだけの花」と思うのは別に良いのだが、「だから特別だ」と思うと、普通の大人・・・つまり、愚民になり下がり、魔法の力と無縁になる。
我々は、「オンリー・ワン」ではあっても「スペシャル・ワン」ではないのだ。
別に「私はつまらない者だ」と自分を卑下する必要はないが、「大したものではない」と思えれば良い。
老子が、「低い場所に甘んじる」水を称賛したようにね。

現実を自在に創造する魔法は、特別なものでも何でもない。
だからだろうか、自分を特別な人間と思っている者には、魔法は使えない。
スポーツで、若くてあまり有名でない選手が、オリンピックでメダルを取って、将来を大いに期待されるが、その後さっぱりということがよくある。
その選手は、自分は特別でないと思っていたので、魔法を使ったのだが、ちやほやされて自分を特別視して、魔法を失くしたのだ。
そこから伸びる選手というのは、謙虚と言うか、「どうしてみんな私のやることが出来ないのだろう?」といった顔をしているものだ。
そして、確かに、本当は、みんな同じようなことが、自分らしいことで出来るのである。

自分が特別であるとか、自分は誰にでも愛されていると思うのはやめよう。
そうすれば、自然に特別になるし、誰にでも愛される。
マリリン・モンローなんて、自分は滑稽で、少しも愛されているとは思っていなかったらしいのだ。









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日常魔法の秘訣

自分で使った魔法の使い方は言語化し難い。
藤子・F・不二雄さんの有名な『パーマン』という漫画や、そのアニメ化作品のパーマンというのは、パーマンの専用マスクを顔に付けると筋力は6600倍になり、マントを付けると時速91kmで空を飛べるという夢のアイテムを、宇宙人スーパーマンに授けられたというお話だ。
ところがある時、パーマンのマントを付けて飛ぼうとした男が、全く飛べないので、「どうやったら飛べるんだ?」と尋ねると、パーマンは「飛びたいなあって思えばいいのさ」と言う。
全く衝撃的だ。魔法の秘訣をさらりと言うのだからだ。

私が小学4年生の時、「天体望遠鏡が欲しいなあ」と思ったら、そのタイミングで、漫画雑誌で天体望遠鏡の懸賞付クイズがあったので応募した。
ただし、天体望遠鏡は一等の賞品で、普通に考えたら、当たるはずがない。
しかし、私は当たると思い、結果発表を待ったが、結果は、一等はおろか、下位の賞品も当たってなかった。
ところが、しばらくしたら、大学生の従兄が不意に、あの一等賞品とそっくりの天体望遠鏡を譲ってくれた。
あの時、私は、「当たれ!当たれ!」と念じていた訳ではなく、やはり、「欲しいなあ」と思っていたのだ。
そして、念願の天体望遠鏡を手に入れ、しばらく月を観測していたが、星というものは、大抵、天体望遠鏡で見たところで、やはり光の点に過ぎない。
しかし、土星なら輪が付いているはずなので、是非見たいと思ったが、どれが土星かなんて、私に分かるはずがなく、インターネットもなかった当時は、調べるのは難しいし、調べる気もなかった。
しかし、すぐに土星を捉え、ちゃんと輪っか付きの姿を見ていた。思っていたより随分小さかったが、それでも感動した。
どうやって土星をキャッチ出来たかというより、土星を創造してしまったのかもしれない。私は、いつでも土星を見つけることが出来たのだから。
そして、そのコツがまさに「土星を見たいなあと思う」ことだった。ただし、言葉で「土星を見たいなあ」とは言わなかったかもしれない。しかし、言っても悪くは無いと思う。
これが、熱意を込めて「土星よ出て来い!」とか思ったり、執念深く「土星土星」と思ったら、土星を見ることは出来なかったかもしれない。

中学1年くらいの時、広くもない庭だが、猫でいっぱいにしたことがある。
そこまでしたのは1回だけだったが、猫集めはいつでも出来た。
そのやり方は・・・そう、「猫がいればいいなあ」と思うことだ。

高校生の時、アメリカのテレビドラマ『大草原の小さな家』を見て、メアリー役のメリッサ・スー・アンダーソン(当時、10代半ば)に惚れでもしたのか、原作本でもないかなと思って図書館に行ったが、アメリカ文学のコーナーに行こうと思うまでもなく、真っ直ぐ歩いた先の棚に『大草原の小さな町』という本を見つけた。
後で分かったが、『大草原の小さな町』は、『大草原の小さな家』から数年後のお話である。
本を手に取って、登場人物の紹介を見たら、メアリーについて「盲目だが美しい娘」とあり、メアリーが後に盲目になると知って驚いたものだった。
この本を見つけたのも、少しも論理的でなく、「見たいなあ」と思っただけだった。

『眠りながら成功する』で、ジョセフ・マーフィーは、「潜在意識の力を引き出すには、ソフトタッチであることが必要」と述べていたが、全くその通りと思う。









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