ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

魔法

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
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魔法修行

修行と訓練は違うと思う。
『葬送のフリーレン』というアニメで、フェルンという名の一見、ただの可愛い魔法使いの少女が登場するが、彼女は、他の魔法使い達に、その若さで驚異的な実力があることと共に、そうなるには相当な修行を積んだに違いないことで静かな敬意を受けているように思えた。
フェルンの修行は、幼い頃から始めた、遠くの岩を魔法攻撃で破壊することであったが、おそらく、毎日長時間をかけ、10年以上かかったのかもしれない。
修行とは、そんなふうに、1つのことを長い間繰り返すことだ。当然、その他の訓練もするのだが、訓練はどれほどやろうと、補足のようなものだ。
フェルンはたまたま魔法修行であったが、修行というものは、ある意味、魔法のような力を得る。
魔法とは、精神の変革により物理的な力を超えたあり得ぬことを起こすことだ。
それは、いつの世でも、今でも、当たり前に存在する。
だが、物質的な世の中にあれば、それは忘れられる。

最近知った修行で思い出すのが、大東流合気柔術の達人、佐川幸義の1人の弟子が、佐川幸義が考案した佐川流四股を、寝食を忘れるほどひたすら行い、元々、合気道の高段者であったらしいが、佐川幸義以外には誰も倒せなくなったらしい。ただし、その者も倒す方はさほどでなかったというから、防御専門の達人になったようだ。
これも、1つのことを繰り返す修行で魔法の力を得たようなものだ。佐川流四股は、別に筋力を鍛えることでも、技が上手くなることでもなく、やはり、訓練ではなく修行であると思う。

政木和三さんは、小学校5年生の時、毎日1時間の腹式呼吸を行い、数か月くらいかかったのだと思うが、すっかり超人に、つまり、魔法使いのようなものになった。
仏教のお経を聞いたら、教わったこともないのに意味が分かってしまい、習ったこともないピアノが弾けるようになった。その後は発明も行うようになり、学生にしてとんでもない金持ちになったそうだ。

架空の話であるが、本宮ひろ志さんの古い漫画である『武蔵』で、ただの荒くれものだった武蔵が、木刀で杭を打つだけの修行を1年行ったら、不思議な剣の力を得た話があるが、これも魔法修行のようで私の好きな話だ。
山岡荘八の『春の坂道』(後に『柳生宗矩』に改題)と『徳川家康』を基に制作されたドラマ(NHK大河ドラマ)『春の坂道』でも、少年の時の徳川家光が、柳生新陰流の開祖、柳生宗徳の指導で、同じように、木刀で杭をひたすら打つ修行をする場面がある。

あるアメリカの人気作家は、ヘミングウェイなどの文豪の作品を、ひたすらそのままタイプするという修行をしたらしいが、何のきっかけで始めたのか分からないが、魔法的修行を行った作家であるようだ。
私も、コンピュータープログラミングを始めた時、なかなか上達しなかったが、雑誌に載っていたプログラムをひたすら自宅のパソコンに打ち込むことで自在にプログラミング出来るようになった。私もまた、魔法使い的プログラマーであるわけだ。

このような修行の例は、私はいくらでも上げられる。
そして今は、ニサルガダッタ・マハラジが教えた「存在の感覚にしがみつく修行」をひたすら行い、やがて本物の魔法使いである(笑)。
ついでに行っている、眉間を指先で軽く叩く修行でも十分と思うが・・・。

夕暮れ
AIアート757
「夕暮れ」
Kay


人間は、修行をした人間と修行をしていない人間の2種類しかない。
だが今は、修行をしていない人間が増え、魔法を使えない人間ばかりになってきた。
是非、何か1つ修行をすべきと思う。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)アイ・アム・ザット 私は在る ~ニサルガダッタ・マハラジとの対話~
(2)魔法修行―カバラの秘法伝授
(3)この世に不可能はない(政木和三)
(4)武蔵 第1巻 (本宮ひろ志)
(5)柳生宗矩(1)(山岡荘八)
(6)葬送のフリーレン(Amazon Prime Video)

簡単だが特級の魔法修行

最近、2つのメソッドを行っている。
これまで書いたことがあるかもしれないが、簡単で即座に効果があり、気持ちいいこともあり、暇ならずっとやっていられるので、やっている感じだ。
1つは、これ以上はないほど簡単なことで、眉間(みけん。眉と眉の間)を中指で軽く叩くことだ。
目と眉の距離が非常に近い西洋人顔の場合は、眉と眉の間より、やや上になる。
最も良い場所は、指先を近づけたらムズムズするところだ。
指ではなく、ペン先などを額に近づけたら、特定の場所が何かムズムズするのを、より強く感じるかもしれない。
その場所が最も良いが、分からなければ、とりあえず眉間の辺りで良い。
私は、小学2年生の時、尖ったものを額に近付けると、眉間がムズムズするのが興味深く、ずっとやっていたことがある。
その場所は、ヨガで言うアジュナ・チャクラで、第三の目とも言われる。
私の場合、目を閉じて、そこを中指で軽く30回ほど叩き、目を開けて花のようなきれいなものを見ると、鮮明に見えて驚くことがある。
肉眼の目と共に、霊的な目で見るからであるかもしれない。
毎日やっていると、妖精や天使が見えるようになると思う。鮮明には見えなくても、何か見える感じはするのではないかと思う。
そうやって第三の目(サード・アイ)が活性化してくると、引き寄せ力もぐんと高まる。

もう1つは、「存在の感覚にしがみつくこと」だ。
これは、『アイアムザット』の表現だが、「存在の感覚を意識する」「存在の感覚に注意する」と言った方がぴったりする人もいると思う。
簡単に言えば、「自分が存在するという感じを感じる」ということだ。
自分の何が存在するかだが、本来は意識なのであるが、別に身体でも構わない。
どうもよく分からない場合には、「私は在る(私は存在する)」と心でそっと言ってみても良い。
あるいは、「私は在る」をマントラとして心で唱えても良い。
ニサルガダッタ・マハラジも「私は在る」が最高のマントラだと言っていたらしい。
そして、大切なことは、やっているうちに、やがて、存在の感覚がはっきりしてくることだ。
そうすれば、「私は在る」と唱える必要もなくなる。
やや日数がかかる人もいるだろうが、それでもわずかな期間だ。
たとえ数か月かかろうが、後から考えれば一瞬で、それをやった価値は計り知れない。
そして、存在の感覚が分かるようになるほど、魔法力というか、現実創造力が高まる。つまり、引き寄せ自在になる。
尚、上の、眉間を叩く方法と併用すると、さらに存在の感覚を掴みやすくなると思う。

空き家の妖精
AIアート752
「空き家の妖精」
Kay


ある強力な魔法使いは、師匠から上の2つの方法だけを教わり、それを愚直に実行したらしい。
フリーレンではなかったと思うが(笑)。

◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)アイ・アム・ザット ~ニサルガダッタ・マハラジとの対話~
(2)チャクラの覚醒と解脱(本山博)
(3)オプティミスト(ヘレン・ケラー)※『Optimism』翻訳書
(4)楽天主義(ヘレン・ケラー) ※『Optimism』翻訳書
(5)想定の『超』法則(ネヴィル・ゴダード) ※『The Power of Awareness』翻訳書
(6)その思いはすでに実現している! (ネヴィル・ゴダード) ※『The Power of Awareness』翻訳書

古い魔法少女はなぜいなくなったのか?

魔法少女アニメは昔から現在まで変わらぬ人気がある。
そもそも魔法少女の起源はギリシャ神話の少女神・・・つまり、アプロディーテ、アテーナ、アルテミス、ペルセポーネ、ヘカテーらであり、神話学の権威カール・ケレーニイが言うように、少女と魔法は相性が良く、昔から人々は、少女の不可思議な生命力に神秘なものを感じていたのである。
だが、私が不思議に思うのは、魔法少女アニメは今も量産されているが、「汎用魔法」を使う魔法少女がいなくなったことだ。
つまり、今の魔法少女は、炎を出したり、凍らせたりといった特定の用途の魔法・・・つまり、特殊魔法は持っているが、何でも出来、どんな用途にでも使える「汎用魔法」を使う魔法少女がいない。いや、いるのかもしれないが、私は知らないし、いたとしても非常に少ないのだろう。
昔は、『魔法使いサリー』や『魔女っ子メグちゃん』といった、呪文1つでどんなことでも出来る魔法少女がいたものだ。

なぜ、汎用魔法を使う魔法少女・・・というか、汎用魔法が登場しなくなったのかというと、時代と共にIQが高くなってきた文明国の人には幼稚過ぎるからであるとも考えられる。
炎を出す魔法や凍らせる魔法、あるいは、空を飛ぶ魔法や瞬間移動するといった特殊魔法は、まだ科学的に説明も出来るが、汎用魔法では非常識過ぎてそれが出来ない。そんなものは、あまりに幼稚であると思われるのだ。

私が小学2年生の時、学校で「欲しいもの」を書かされたが、皆、野球グラブとか人形とかゲーム機といったお金で買えるものを書いていたが、私は魔法の杖と書き、後で私の親が教師に、「あなたの子供は変わっている」というか「幼稚だ」と言われたようであった。
それで、天才の私はハードパワー(国や政治団体の力)を感じたのだった(笑)。
つまり、国を動かす闇の支配者達は国民に、汎用魔法を、幼稚なもの、下らないもの、馬鹿げたものだと子供のうちに教えるよう、学校に指令を出しているのである。
いや、冗談だと思っていただきたい(笑)。

汎用魔法は引き寄せの特級版で、やはり闇の支配者は、凡民に引き寄せの力を持たせたくないのだが、実のところ、その特級の汎用魔法も存在する。
汎用魔法のことが公然と書かれた本に『ヒマラヤ聖者の生活探求』があるが、もちろん、この本は、一般には怪しげなオカルト書とされ、文部科学省推薦図書には決してならない(笑)。
ちなみに、『ヒマラヤ聖者の生活探求』には、汎用魔法はどうやったら使えるのかと書かれているかというと、修行など一切必要なく、誰でも即座に使えるとある。
『列仙伝』『神仙伝』には、汎用魔法を使う仙人達が登場し、これらの仙人達は長い修行を積んだことになっているが、私が思うに、彼らは修行を積んだフリをしているだけだ。やはり、本当は修行は必要ない。
もちろん、『ヒマラヤ聖者の生活探求』や『荘子』『列子』には、汎用魔法の使い方が書かれているが、教科書のように書かれているわけではなく、行間を読まないといけない。しかし、そう、難しいとは思えない。
これらの本により、汎用魔法とまでは言わなくても、自然に引き寄せが出来るくらいにはなるのではないかと思う。

古木
AIアート664
「古木」
Kay


◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)神話学入門(カール・ケレーニイ、カール・グスタフ・ユング)
(2)ギリシアの神話(カール・ケレーニイ)
(3)ヒマラヤ聖者の生活探究 第1巻
(4)解脱の真理 改訂版―ヒマラヤ大師の教え(マード・マクドナルド・ベイン)
(5)荘子(岸陽子訳、徳間文庫)
(6)老子・列子(徳間文庫)
(7)列仙伝・神仙伝 (平凡社ライブラリー
(8)カラー版 魔法使いサリー(横山光輝)

魔法の使い方に関する随想

謙虚を美徳と考える私が、今はそれを忘れ、むしろ不遜を厭わずに言えば、私は、幼い時から何度も魔法としか思えない力を使ったが、同じことが出来たのは、証拠はないながらイエス・キリストだった。
ただ、イエスは立派過ぎて今一つ親近感がなかったが、江戸末期の神道家であった黒住宗忠の話を知ると、彼も魔法力を持っている上に、元々が、割と根暗で頼りないところがあり、親近感というかリアルさを感じたのだった。

量子物理学者のフレッド・アラン・ウルフは、幼い時に奇跡体験をし、それが彼を量子物理学の分野に進ませるきっかけになったらしい。
だが、大人が考えると、彼が体験した奇跡(2階から1階へのテレポート)が、量子ジャンプに似ていると考えることも出来るが、幼い子供がそのようなことを考えるとは思えず、彼が量子物理学の道に入ったのにも何かの力が働いたのかもしれない。
私も科学好きではあったが、科学者を志すような家庭環境になかったり、そもそも勉強がさっぱり出来なかったので、そういうことにはならなかった。代わりに、随分変な道が用意されたものだった(笑)。

フレッド・アラン・ウルフは、ロンダ・バーンの有名な引き寄せ書やDVDである『ザ・シークレット』に登場する変な科学者として、いろいろ言っているし、本も書いているが、彼は魔法の使い方を分かっているのだろうかと疑問に思う。言うことが曖昧でおかしいからだ。
だが、頭で考えながら言葉で言えば、やはり、ああいった感じになるのだろう。
いくら頭が良い人だって、現状では凡人とそれほどの違いはなく、高次元に属すことは、それほどはっきりとは分からないので、むしろそれを補うために量子物理学の数式に頼るのだが、数式というのは、どこか逃げの部分があり、「数式でなら分かるが、本当は分からない」という状態に陥ることがある。

上では魔法という言葉を使ったが、世間で言う引き寄せと同じと思って良い。
魔法は心が起こすものではなく、魂とか潜在意識とか内なる神と呼ばれるものが起こすが、心の願いを叶えることがよくあるし、割としょーもない願いを叶えることもある。
では、願いが叶う時と叶わない時の明確な違いはあるのかというと、それはある。
それは何かと言うと、願いの強さということであるが、願いの強さは願いの純粋さから来ているのであり、もっと分かり易い言い方をするなら、それが「本当の願いであるか」である。
たとえば私は全然その気はないのに、やむにやまれず大学受験をしたが、そんなことでは魔法の力は働かず、受からなくても別にがっかりはしなかった。しかし、「とりあえず入っておこう」というのでも、それが本音であれば自分にとって都合の良い大学に入ることは出来るのである。
私が社会人になって最初にやった仕事はセールスマンで、さっぱり向いていないことは分かっていたが、気まぐれを起こして良い成績を上げる気になれば、社内の強豪セールスを抑えてセールスコンテストで優勝してしまう。
私の魔法の使い方はしょぼかったと思われ、日本を変えるとか世界を変えるみたいなことは、おそらく本気では考えていなかったのだろう。

魔法の使い方を公式化出来るのかというと、それはよく分からない。
と言うのは、こんなもの、本当は誰でも出来るのであり、出来ないとしたら、出来ないと洗脳されているだけだ。
まあ、この洗脳を解くのが難しいらしいのだが。
洗脳に関しては、苫米地英人さんの『洗脳原論』や岡田斗司夫さんの『ぼくたちの洗脳社会』という素晴らしい本があり、私も大いに感激したが、これらを読んで洗脳が解けるわけでもないと思う。
※『ぼくたちの洗脳社会』はPDFで無料公開されている。岡田斗司夫公式ブログの中の「『ぼくたちの洗脳社会』pdf版」のリンク。

世界の花
AIアート547
「世界の花」
Kay


しかし、洗脳されていなくても、叶わない方が良いことに関しては、うまく調整が入って叶わないようになっていると思う。
たとえば、ニートが大金を得てもロクなことにはならないので、大抵はそんなことは叶わない。叶うとしたら、害がないよう本人が変化する場合である。
自分が卑しいまま変わらないのに、公式的なメソッドやコツだけで、金持ちになりたいとかタイムリープしたいというのは滑稽な馬鹿である。
そこで、自分が変わるために修行をするのだが、修行とは、単に長く続けることで、別に荒行とか宗教などで決められた修行をする必要はなく、何でもいいと言えば何でもいい。
それで、実益を兼ねて、腕振り運動や佐川幸義流四股や深呼吸をお奨めするのである。
私はやったことはないが、毎朝、公園の掃除をするといった、善意あることであれば効果が高いという話もある。

魔法の使い方についてつらつら書いてしまった。参考になればと思う。

◆当記事と関連すると思われる書籍・メディアのご案内◆
(1)洗脳原論(苫米地英人)
(2)新約聖書 福音書 (岩波文庫)
(3)いのちの教え―黒住宗忠に学ぶ自然体の生き方
(4)黒住宗忠 (人物叢書)
(5)聖なる量子力学9つの旅(フレッド・アラン・ウルフ)
(6)大きく考えるための小さな本(フレッド・アラン・ウルフ)
(7)ザ・シークレット:デア・トゥー・ドリーム(Amazon Prime Video)
(8)パイロットが空から学んだ運と縁の法則

第3の方法は魔法道

今朝、思考(=心)を消す方法は2つと書いたが、あと1つ、特殊な方法がある。
これは、このブログで重要視するW.B.イェイツが教えたものだが、イェイツがどこで知ったのかは分からない。
ただ、彼はヨーロッパの伝統ある魔法結社の会員であったので、その方面かもしれない。
実際、イェイツの著作を読んでいると、そのように感じる。

思考を消す2つの方法は、「私は誰か?」と自分に問う方法と、「神への明け渡し」だが、この第3の方法は、一見、「神への明け渡し」に似ている。
だが、これの使い手である、とある崇拝される賢者によれば、全く違うと言う。
方法自体は、別に難しいことではない。
「全ては神の意志」とするのが「神への明け渡し」なら、「全ては私の意志」とするのが、この3つ目の方法だ。
つまり、初めから、自分が神であるとするのである。
たとえば、サイコロを投げてみる。
すると、3が出たとする。
普通の人にとっては、3が出たのは偶然である。
「神への明け渡し」を実践する人にとっては、それが神の思し召しである。
しかし、第3の方法を取る者にとっては、これは私の意志である・・・つまり、自分が3を出したとするのである。
さっき述べた、この方法の使い手の人生はどうであったかというと、富豪になったこともあったが、家族は皆殺しにされ、最後は奴隷になった。
だが、彼は歓喜に満ちていたのだ。

赤い花弁
AIアート180
「赤い花弁」
Kay


思うに、この第3の方法は、思考(=心)をあまり消したくない者のための方法だ。
そして、少し採用するのは有意義であるが、さっきの使い手のように、全面的に採用すると、奴隷になるなど、苦しいこともある。まあ、それで本人が満足ならそれでも良いだろう。
しかし、不幸は避けた方が良い。
だが、うまく使えば、この第3の方法は楽しいだけでなく、思考を消すことを加速する。
これは、魔術師や占い師が使う手でもある。
例えば、サイコロを振ったり、トランプのカードを1枚選ぶ。
その時出た目、あるいは、カードは、自分の意志で出したと思うのだ。
これは一種の訓練で、これにより魔法力が上がる。
ただし、メインでやるのは、あくまで、「私は誰か?」と自分に問うことにすべきである。
でなければ、魔法力を得て快楽は尽くせるが、魔道に落ちる危険がある。
魔法はそこそこに遊ぶべきである。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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