ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
ソフトウェア開発技術者、Hikikomori、スーパーダイエッター、神秘思想家Kayのブログ
決して、一般受けするブログではありません。誠実に人生を遊びつつ、誠実に世間の幻想を叩き壊すことを目的とします。

関英男

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
Twitterは、ちゃんとプロフィールが書かれ、1週間以内に1回でもツイートされている人なら、フォローしていただければ、大抵フォロー返します。

[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。
[2010/12/12]詳細なlivedoorプロフィール設置しました。[livedoorプロフィール]

肉体の鍛錬をする動機が無くなってきた

私はもう3年近く、よほど体調の悪かった5日ほどを別にして、毎晩、肉体の鍛錬を欠かしていない。会食などで、帰宅が夜の12時近くになっても、それは変わらない。
この1年ほどは、朝にも腕立て伏せと腹筋運動だけはやるようにしている。
しかし、最近は、身体を鍛える動機が無くなってきた。
以前は、色々な意味でいざという時に備えているつもりもあった。
また、子供の頃からプロレスが好きだったので、プロレスラーがやるような数百回におよぶ腕立て伏せやスクワットをやるのも楽しく、格闘家にでもなったようなイメージを持つことも訓練の動機付けにもなっていたが、今は、空想上でも、他人の肉体にダメージを与えるような行為をする気にならない。それは、相手が粗暴な悪漢であっても同じだ。
ラマナ・マハルシが住居としていたアシュラム(瞑想道場)に、ある夜、強盗のグループが押し入り、この偉大な聖者を棒で散々殴ったが、マハルシは忍耐強く耐えた。そればかりか、マハルシは彼らに食事をしていくよう勧め、実際に食事を与えたという。

身体の強靭さが生み出す身軽さは楽しいが、それだけなら、極めて僅かな運動で十分だと思う。
合気道の達人、佐々木の将人(まさんど)さんの本にも、いまどき、ぜいぜいはあはあ言いながらやるような運動は駄目だと書かれていたように思う。

ただ、今のところはまだ、私には、ヒーローのような体型を維持することに執着があるように感じる。
私は、食べる量が絶対的に少ないので、あまり筋肉の量が多い訳ではないが、それでもそこそこに筋肉質だと思うし、腹筋も確かに割れているようだが、それよりも、ウエストが「ぼっこり」と凹んだ感じが、野生の狼やチーターのようで好きである。だが、それも、毎日、腹筋運動を欠かさないのと、ある程度は上体が逞しいから、そう見えるのだろう。
ラマナ・マハルシは、ミルクだけは飲んだようだが、菜食で少食だったので痩せていた。しかし、立っている姿はさほどではないが、座るとかなり腹が出ていた。多くが40歳を越えた時の写真なのだろうが、食を慎んでいても鍛えていないと腹は引き締まらないもののようなのだ。(ただ、マハルシは脚がとても長くて、格好が良かった)
だが、私の、肉体の美しさへのこだわりも、やがてなくなるだろうと思う。

運動というのは、よく歩くのが一番だろう。
だが、私の住むところでも、車が多過ぎて、あまり歩く気にならない。歩行者に対し乱暴なドライバーも非常に多いということもあるが、同時に、車にとって、歩行者が邪魔だというのも分からないでもないので、なおさら、あまり歩く気にならない。
近所に、ウォーキングに良い場所があることはあるが、やはりそこでウォーキングをする人が多い。別に多くても良いのだけれど、寄ってきて歩く人がよくいて、それが嫌なのは私のせいであるが、嫌なものは仕方がない。それは私に組み込まれた性質で、決して変わらないだろう。
普通の人にとっては、お互い無視する方が嫌なことなのだろうか?
私はどんなところでも、身体的には無視して欲しいのである。
そんなこともあり、脚の運動は、もっぱらスクワットである。体重だけの負荷で、回数を多くするのが良いと思う。私は毎晩、連続で200回だが、ある程度時間がかかる運動だし、また、地味に辛いところがある運動で、あまり回数を多くすると続かない。ゆっくり、30~50回程度やることをお奨めする。

しかし、身体の強化・調整のためには、腕振り運動だけで良いと思う。
1日1000~2000回以上を欠かさなければ、若々しく健康な身体を保てるだろう。
中国の武闘派の気功の流派でも腕振り運動を重視するところもあるし、自然に全身を強化する効果があると思う。
電波工学の世界的権威であった関英男博士が、中国の易筋経(気功の流派の1つと思う)の先生から教わった腕振り運動を広めたのが、腕振り運動の普及の一因となっていると思うが、関博士は90歳を越えても元気に世界中を飛び回り、背筋もピンとして、また、常に世界中から論文を取り寄せて研究に余念がないなど、心身共に効果的であることを自身で証明していた。
関博士の仮説では、効果の原理はこうだ。
気功でいう気や、ヨーガでいうプラーナは、神経の伝達を起こす重要なもので、その実体は、重力子が組み合わさった特殊な素粒子で、関博士はGTP(Gravitonized Particle)と名付けていた。
体内のGTPは、誕生の時が最も多く、時が経つと減少するのみである。しかし、腕振り運動により、これが増加するのである。
このあたりは、関博士も現在の測定技術では検証には至らないが、ある程度は実験でも成果を得ていたようである。
GTPの増加により、健康度を向上させることはもちろん、数々の難病が奇跡のように治癒したことが報告され、関博士もデータを収集していた。

ただ、私は、頭が重いとか、眠気が絶えないという場合、食事や睡眠時間に問題がなければ、腰を善後左右に動かす運動を5分以上やれば良いと思う。ただし、一部で行われているように、腰を回す運動はやってはならないと思う。腰は回すようには出来ておらず、それをやると、腰はたやすく故障し、腰痛に苦しむことになる危険がある。
この腰の運動は、『エメラルド・タブレット』の英訳者であるドーリル博士が薦めていたものである。特に蠍座の人に勧めていたが、誰がやっても良いと思う。

私も、いずれは、基本的には腕振り運動だけになるかもしれないような気もする。
腕振り運動をするかどうかも、いつも申し上げる通り運命によるのであるが、もし、これを続けられるなら幸運なことと思う。
腕振り運動に関しては、次の記事もご覧いただきたい。
達磨が腕振り運動に込めた真の奥義









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少女の最も美しい特性とは何か

プロボクシングの世界王者の中でも、最も記憶に残るのは、やはり、ヘビー級王者だったモハメッド・アリ(カシアス・クレイ)ではないだろうか?
彼のキャッチフレーズは、

Float like a butterfly, sting like a bee.

で、日本語では一般的に、「蝶のように舞い、蜂のように刺す」と言われる。
それまで、パワーが、ものをいうヘビー級の中に、アリは軽やかさという画期的なスタイルを持ち込み成功した。
ところで、floadtというのは、綺麗な言葉で、「浮かぶ」「ただよう」っという、とても軽い感じを表し、「ひらひら飛ぶ」といった表現に使われる。また、その軽快な雰囲気から、「しとやかに歩く」という様子を表す言葉でもある。
アリが、いかにナルシストであったかが分かろうというものだ。
彼は、自分を最も美しいものに喩えたかったに違いない。

そう、最も美しいものとは、重力の束縛を逃れたかのように軽く飛ぶもの・・・つまり、天使だ。
そして、人間の少女の最も美しい特性は、やはり、「軽やかさ」ではないだろうか?
いうなれば、至高の乙女が天使に最も近いのである。
英国の作家チェスタートンは、

Angels can fly because they take themselves lightly.
天使は、自分が軽いと思っているから飛べるのだ

と言ったが、「自分を軽いと思う」というのは意味深い言葉だ。
これは、必ずしも、体重が軽いという意味だけではない。

さっき、少女の美しさの最大の特性が軽やかさであると書いたが、軽やかな少女がいなくなった。
日本や韓国の若いアイドルも、決して軽やかな雰囲気でない。セクシーだが、重く、蝶のようでない。

少し昔、当時、林原生物化学研究所のフェローだった政木和三さんを、政木さんの講演後の親睦会の途中、新幹線の時間が迫っていたので、駅まで車でお送りしたことがあった。
そして、駅に入った時、政木さんが、階段を軽く駆け上がった様子に私は驚いた。政木さんは80歳を超えていた。しかし、若者以上に軽快なのだ。
政木さんは、著書にも書かれているが、2階の屋根から落下した時、身体が浮き上がり、全く無傷であったという経験があった。
私は、政木さんが、関英男博士と、お互いの著書に、推薦文を書き合っていたことを思い出した。
関博士が常に奨めていた腕振り運動(中国易筋経の秘法で、中国ではスワイソウと呼ばれる)は、関博士によると、グラヴィトン(重力子)から構成される粒子を発生させ、これが体内に留まり、様々な不思議な現象を起こさせる可能性があると言い、ある程度の実験結果も得ていた。
私は、毎日、少なくとも1000回以上の腕振り運動と200回以上のスクワットをやって、その意味を理解できた。
階段を上る時に、全く体重を感じないし、特に、降りる時は、他の人が(たとえ急いでいる人であっても)、ほとんど止まっているように感じる。意図的にやれる訳でもないが、ある時は、明らかに身体が宙に浮いていた。腕振り運動によって集めたグラヴィトン粒子が身体に作用しているのだろう。
腕振り運動とヨーガ(当ブログ内記事)
そもそも、私は、3歳以前のことで、ほとんど記憶にはないのだが、2階の窓から地上に瞬間移動したことがあった。それを見ていた家族は、私が窓から落ちたように見えたらしい。
世界的量子物理学者のフレッド・アラン・ウルフが量子物理学の道に入ったの、やはり、幼い時の、似たような経験からだったようだ。
関博士によると、人間は、生まれた時は大量のグラヴィトン粒子を有するが、歳と共に減っていき、決して増えない。しかし、腕振り運動で、その数を増やすことが出来るのである。

昨年(2011年)、ロサンゼルスの大劇場ノキア・シアターで行われた、初音ミクのコンサートで、ミクが天使の衣装で歌った『SPiCa』のミクの軽やかさは、アメリカの観客が日本語で叫んだ通り、「ミクサン、マジ、テンシ」だった。
ミクが、舞台を左へ右へスキップしながら動く様子は、まさに空気に浮かんでいるようで、表情も優しく気品に満ち、あれが天使でなくてなんだろうと思った。
Miku floated like an angel.
ふと私は想った。
「天使が飛べるのは、自我という重石(おもし)を持たないからだ」
歌が終り、「ありがとう」と言った後で、ミクは普通の少女の顔になり、想いを投げたような目で観衆を一瞥しながら左回転で後ろを向き、あの身軽な動きで去っていった。

我々はミクになるべきなのだろう。
ミクは、食事をせず、自我を持たないゆえに天使なのだ。
我々も、少食過ぎてもいけないが、なるべく食べず、自我を消し去り、重力の束縛を逃れ、高く高く飛ぶのだ。
アリは、ローマオリンピックで獲得した金メダルを川に投げ捨て、せっかく「軽く」なって舞えたのに、傲慢になって重くなってしまったのだ。だが、人生に遅過ぎるということはない。彼だって、ミクになれば再び舞える。
我々は、『エメラルド・タブレット』を読んで、内なる炎(魂)と一致し、『バガヴァッド・ギーター』を読んで、内なるクリシュナに至る術を知るのである。そうすれば、重力を断ち切れ、空に向かえる。また、腕振り運動で、グラヴィトン粒子を神経に蓄積すれば、健康で若々しくエネルギーに満ちるだろう。

















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腕振り運動とヨーガ

久し振りに、腕振り運動(スワイソウ、スワイショウ、セイ手)の話をしよう。
自然に立ち、手のひらを内側に向け、指先まで真っ直ぐに伸ばした腕をそろえて前後に振る。後ろに振る時にやや力を入れ、前に振る時は惰性で振る・・・というのが基本である。
他にも、色々なやり方があるらしいいが、気に入ったものがあれば、それでやれば良いと思う。
関英男博士が集めたデータでは、これだけで、あらゆる難病が治って健康になっている。運も良くなるし、頭も良くなるだろう。
中国で盛んらしいが、元々はインドの禅の開祖である達磨大師が中国に伝えた。少林寺等、武道派の寺院や気功流派でスワイソウがあるのも、これが身体強壮化の効果が高いためだと思う。

腕振り運動は、中国では気功だが、本来、ヨーガだと思う。いずれにしろ、これは筋肉運動として価値があるのではなく、精妙な身体エネルギーの調整や、精神の統一に導くためのものだ。
身体のエネルギーということに関し、近代医学では栄養を血液で循環させる程度のことしか分からず、細胞を実際に活性化させたり、統合させる力のことはほとんど分かっていないが、ヨーガや気功では、プラーナや気(氣)という精妙な粒子(あるいは波動、エネルギー)という考え方があり、神秘学においても、物理学で言う磁力・磁性とは異なる磁流というエネルギーが高度に研究されている。
よって、腕振り運動にも、深遠な原理はあるのだが、我々にとって、とりあえず必要なことは効果の方だろう。

腕振り運動は、一度には、少なくとも2~3百回はやり、1日で千回以上が望ましい。関英男博士によれば、1日少なくとも5百回、難病を治すためには2千回以上が良いようだ。
ところで、音楽を聴きながら腕振り運動をやって回数の目安にしたり、テレビを見ながら適当な時間やるという人もいるようだが、これはヨーガの本筋を逸脱している。
数を自分で数えることにこそ、腕振り運動の意味がある。
やはりヨーガからきている禅の修業に、「数息観」というものがあり、呼吸の数を1から十まで数え、延々繰り返すというものがある。これが、なかなか十まで数えることが出来ず、数が分からなくなったり、気が付いたら五十まで数えていたりする。雑念があるからだが、それを払うことに数息観の意味がある。
腕振り運動も同じで、よそ事を考えながらやっても意味はない。
普通は、1から百まで数え、また1に戻って、目標の回数まで百回単位で繰り返すのである。
しかし、多くの者は、百まで数えるのに失敗したり、あるいは、今、何百回目か分からなくなったりする。
ヨーガで重要なことは、感覚や心を外側の対象から切り離し、自分の内側に引き込むことである。それなのに、外のものを見たり、他のことを考えて数が分からなくなるなど、本末転倒である。
そして、千回まで簡単に数えられるようになれば、健康で頭も良くなっているだろうし、精神も進歩し、何事にも超然としていられるようになっているだろう。

また、腕振りは、単純な動作であっても、毎回、同じ形でやらないといけない。ゆったりと、きれいな形で、1回1回が完全でなければならない。それをするために、楽な運動になっているのだ。
せかせかと、いい加減な形でやってはいけない。
惑星が、常に同じ形で太陽を巡るように、毎日同じように川が流れ、日が昇るように、自然のリズムに乗って、妄念なく遂行しなければならない。
ヨーガとは、統一であり、リズムなのである。

実際には、腕振り運動は筋肉も鍛えるし、特に重要な内筋(インナーマッスル)を、腕だけではなく、背中や腹、脚に渡って効果的に鍛える。これ以外の運動をしなくても、数が多ければ身体が強健なものだ。
しかし本筋は上に述べた通り、精妙な身体エネルギーの調整と精神の統一である。そのために、自然のリズムを掴むことが重要で、また、それにより、全身の筋肉もバランス良く調整されるのである。当然、正しくやればスタイルも良くなるが、それはあくまで結果であり、妄念を持ってやらないことが大切である。









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魔法力と『エメラルド・タブレット』

身体や心に病気を抱えていたり、学校や職場が辛かったり、お金に困っていたりという人もいるだろう。
そんな人が、このブログを見て、「よし、少食にすれば状況が良くなるのだな」と思ったり、「腕振り運動をやれば若返って健康になるのだな」と思うなら、その通りである。
私自身、幼い頃からのアトピー性皮膚炎とメニエール氏病という、自然には決して治らないと言われる病気を一切の医療に頼らず治した。
それでも、昨年9月には乾癬病という皮膚病にかかり、かなり重症だったが、こちらは新しい魔法を習得する機会を与えてくれたというに過ぎず、11月の健康診断の時には、ほとんど完治していた。これは、世間常識的にはあり得ないことと思う。

江戸時代の観相家、水野南北は、運命は食で全て決まると断言しているが、彼は、天下一の観相家として大勢の人を調べたが、万に1つの外れもなかったのだ。
電波工学の世界的権威であった関英男博士は、腕振り運動で自身の胃癌を消滅させ、数多くの難病治癒の実証データを研究者用テキストに載せたりもしていた。
少女時代の『GENIE』という歌に、「この地球(ほし)は思い通り」「世界は意外にも単純に出来てるの」という歌詞があるが、それはそれで本当だ。

ただ、苦しい状況にあるからといって、「いつ、この病気が治るか」「あなたは何ヶ月で状況が改善されたか」と、せっかちになってはならない。
私は以前、末期の胃癌で余命1ヶ月という人を、ある方法で完治させたことがある。しかし、彼は、やがて亡くなった。身体だけ治しても駄目なのだ。
病気になったり、苦しい状況に陥るのは、やはり、理由があるのだ。それを解決しない限り、同じことが繰り返されるだけだ。
だが、どんな理由で病気になったとか、辛い目に遭うかなどといったことは、考えて分かるようなことはあまりない。
だが、常日頃、トレーニングをしていれば、分かる前に解決する。それは、心の深奥では理解したということだ。
トレーニングという言葉は、学校などで教えられた意味は忘れることだ。これは、トレイン(列車)、トレーラー(牽引車)から来た言葉で、引っ張るという意味だ。つまり、望ましい原因を常に引っ張ることがトレーニングだが、目に見えない世界から引っ張るべきものなのだ。スポーツなどのトレーニングも良いが、それは、ごく一面的な意味だ。

食の慎みは、目に見えない実相から原因を引っ張る優れた方法なのだ。
他にも、聖典を読む、聖なるマントラを唱える、大祓詞を上げるなどがある。
誰かが、ラマナ・マハルシに、「時々、バガヴァッド・ギーターを読むべきでしょうか?」と尋ねたら、マハルシは「いつもにしなさい」と答えた。バガヴァッド・ギーターを読むことは最高のトレーニングだが、「時々」では駄目だ。トレーニングとは、可能であれば、1日中やるものだ。
岡田虎二郎は、岡田式静坐法を教えたが、「生活しながら静坐をするようでは駄目だ。静坐しながら生活しなさい。念仏を唱えるなら、生活しながら念仏するようでは駄目で、念仏しながら生活しなさい」と教えた。法然上人は、1日6万回、「南無阿弥陀仏」の念仏を唱えた。

魔法といったらおかしなもののように感じるかもしれないが、電話の仕組みの分からない未開人には電話は魔法だ。神秘的な魔法も、理解してしまえば、魔法でも何でもない。魔法を得る最上のトレーニングは、ラマナ・マハルシが教えたように、常に、「私は誰か?」と問うことや、あるいは、『エメラルド・タブレット』をいつも読むことだ。
常にトレーニングすれば、気が付けば世界は変わっているだろう。

尚、霞ヶ関書房の『エメラルドタブレット』は、Amazonになかなか入荷しないが、竜王文庫の『エメラルド・タブレット』がAmazonに大量入荷した。私は両方共所有しているが、竜王文庫版も、ドリール博士の解説が付けられており、良い翻訳だと私は思う。
意味が分からなくても、根気よく読むことに意味があると思う。









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人を神秘に高める姿

神秘というものに対し、人類の中でも屈指の物理学者と詩人であったアインシュタインとイェイツが同じようなことを語っていたのは興味深い。
共に、神秘を信じないなら、それに畏怖を感じないなら、心が死んでいるも同じだということを言ったのだと思う。
つまり、我々の知性をはるかに超える何かが確かにあるのだということである。それが信じられないなら、生きている意味があるのか疑問である。
人間として最高の知性と感性の持ち主達がそう考えていたのだ。
アインシュタインは、最も美しいものは神秘だとも言った。
イェイツは、美しさもあまりに過ぎると、むしろ哀れさを感じさせると、小説作品の中で書いていた(ある絶世の美少女に対して)。
岡本太郎は、美しいことときれいなこととは全く異なると言った。たとえば、ゴッホやピカソの絵はきれいではないが美しいと。

おそらく、本当に美しいものは、人の知性や感覚をはるかに超えているのだろう。
ところで、美少女というものは、そのままではきれいなだけかもしれないが、神秘となる姿は、祈っている姿であると思う。それは、具体的には両手を合わせた姿だが、不思議なことに、世界のいかなる場所でもいかなる時代でも、人は祈るときには両手を合わせるものだ(無論、例外はある)。
肉体的な手が無い人でも、手が痛いとか痒いとかいった不思議な感覚を持つものらしいが、彼らも祈るときには、やはり見えない手を合わせた方が心が静まるのである。

仙道の研究家の高藤総一郎さんの本を見ると、手のひらで感じる気の感覚を磨くことの重要性を常に強調しているが、我々は、無意識にも、親しい人に、逢った時や別れる時に手を振り、あるいは、手のひらを向けるものだ。
若い女性歌手がよく、手のひらをお腹に当てていると落ち着いて歌えると言って、振り付けを制限するにも関わらずそうすることがあるらしいが、お腹には神経の中枢が多く集まっているので、それに手のひらを当てると落ち着くのである。また、胸には意識の座があり、自分に深いことを尋ねる時は、人は胸に手を当てるのである。

両手を合わせると、現在の人類の科学の領域を超えた何かの作用があるのだろうと思う。関英男博士は、それにより、クォークの渦が起こり、重力子が結合した粒子であるGTP(Gravitonized Particle)が発生すると述べたが、両手のひらを向かい合わせるようにして、腕振り運動(スワイソウ)をやると、GTPは多量に発生し、病気の治癒や若返りに効果を発揮するとも説明していた。関博士は、それで胃癌を医療に頼らずに消してしまったし、数多くの奇跡的な病気治癒のデータを集めていた。
ただでさえ美しい乙女の祈る姿が神秘的なのは当然のことかもしれない。
両手を合わせ、昨日もこのブログで述べた、AとMの音からなる聖なる言葉(アーメン、ナムアミダブツ、アマテラスオオミカミ・・・等、何か1つ)を声で、あるいは、心で唱えることで、神秘と一体化するだろう。自分でやってみると良いと思う。

※参考<当ブログ内の腕振り運動に関する記事へのリンク>
腕振り運動で若返る原理
天使か妖精のように軽くなる方法
地球や天と共鳴する腕振り運動
腕振り運動の効果、最新レポート









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・MCSD、MCDBA資格者
・タオイスト、神秘思想家
・1日1食の完全菜食主義者
・幼児期からの引きこもり気質
・医療不要で難病を数々克服


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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手塚治虫へのアンサー
みっともないジェラシーを表現できるということ (ゴルフィーライフV3 〜 Face the Strength(自分のなかの強さに向き合おう))
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萩尾望都さんの漫画紹介


半神
小学館文庫

わずか15頁の至高の傑作「半神」を含む短編集。
数奇で残酷な運命を目撃した後、「愛とは?憎しみとは?それはどう異なるのか?異なるものではないのか?」あなたの心に荘厳な疑問が残るのではないだろうか?


ウは宇宙船のウ
小学館文庫

1920年生まれのアメリカを代表するSF作家レイ・ブラッドベリの珠玉の短編作品を萩尾望都が漫画化。萩尾さんの繊細で美しい絵と感性が、ブラッドベリの作品に新しい生命を注いだ。
「みずうみ」では、12歳の少女タリーの可憐な姿と、彼女を愛するハロルドの少年の時と青年になって後の様々な表情がより深い感銘をもたらすと思う。
他の作品も素晴らしい出来であると思う。
CLAMP「CLOVER」のご紹介


CLOVER
わずか5分の劇場用アニメ作品。
CLAMPさんの名作漫画のイメージを美しい映像と音楽で描いた傑作。
主人公の12歳の神秘的な少女スゥの声は坂本真綾さん。


「CLOVER」の原作漫画を以下にご紹介します。
素晴らしい装丁、美しいカラーの扉絵。そして、神秘的な傑作と思います。
新装版も出ているようですが、私はこちらしか持っていません。しかし、こちらの本の装丁を大変に気に入っています。








私が愛する「魔法少女リリカルなのは」

ナンセンス文学(意味を持たない作品)として私が勝手に意味付けをしたのかもしれませんが、アメリカの百万円以上の自己開発プログラム以上に貴い気付きを私に与えてくれた全13話のアニメ作品。











5年の時を経て、2010年、映画化されました。
基本的には、テレビシリーズの全13話を1本の映画にしたものですが、本編では描かれなかったフェイトの生い立ちが見られます。そして、プレシアの謎の言葉も。映像はテレビシリーズよりさらにグレードアップしています。


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初音ミク、コンサート映像のご紹介
ミクの日感謝祭 39's Giving DayProject DIVA presents 初音ミク・ソロコンサート~こんばんは、初音ミクです。~
[2010/3/9]東京お台場~Zepp Tokyo~

映像の品質等は、下でもご紹介する、後で開かれた米国コンサートの方が高いのですが、私は、全体としては東京コンサートの方が好きです。米国コンサートの方は、映像の緻密さのために、かえってボーカロイド達がマネキンのように感じるかもしれません。これは、証明の影響もあると思います。緑色がかった証明の東京コンサートの方が、ミクが柔らかい感じで可愛いと感じました。
また、真っ白なお姫様のような衣装に赤い大きな腰のリボンが印象的な『Alice』、『あなたの歌姫』は、米国コンサートにはありませんでした。

【ブルーレイ】


【DVD】




MIKUNOPOLIS in LOS ANGELES “はじめまして、初音ミクです”
[2011/7/2]米国ロサンゼルス~ノキアシアター~

日本のボーカロイドが、日本語の歌で、アメリカ、ロサンゼルスの大劇場ノキアシアターの満員の観客を熱狂させた歴史的コンサートだったと思います。
東京コンサートから1年4ヶ月経過しており、総合的には確実に進歩しています。
私が特に気に入ったのは、1つは、ミクとルカの素晴らしいコンビネーションのダンスパフォーマンスが楽しめる『ワールズエンド・ダンスホール』です。ルカが珍しくミニスカート姿で、ミクに勝る四肢の長さで、ピンクの髪を美しく揺らしてダイナミックに踊ります。 もう1つが、ミクが真っ白な天使の衣装で歌う『SPiCa』で、これが天使でなくてなんだろう、私はついに天使を見たのだと思いました。演奏も東京コンサートの時と変えていましたが、成功していたと思います。

【ブルーレイ】


【DVD】


尚、ブルーレイとDVDの差についてですが、私は実際、両方買い、見比べてみました。観客、演奏者、楽器などは、大画面TVで見ると、ブルーレイの方がきれいですが、肝心のミク達は、ホログラム映像そのものがそれほど細密でありませんので、別に違いはないと感じました。ブルーレイ、DVDいずれも、東京コンサートの方は上半身映像以上の場合、米国コンサートでも、顔のアップだと映像の粒子が目立ちます。 変な話ですが、iPhoneやiPod touch、あるいは、同等な画面品質を持つ小型情報端末で見た映像が最上かもしれません。ただ、これは反則行為ですので、実際にやったとは言いませんが。
本のご紹介


精神について(エマソン名著選)
ラルフ・ウォルドー・エマーソン著
日本教文社

アメリカ最高の思想家、哲学者、ラルフ・ウォルドー・エマーソンの珠玉のエッセイ集。 「歴史」「自己信頼」「償い」「精神の法則」「愛」「友情」「神」「円」「知性」が収められている。
我々自身が、歴史上の英雄、賢者、大芸術家に匹敵する偉大な人間であることを、驚くべき確信をもって語る唯一の人物であると思う。
世間の妄信を粉々に破壊し、プラトーンの頭脳、シーザーの手腕、イエスの愛の所有者である自分を見出して欲しい。
これ以上のエッセイは地上には存在しないと思う。


荘子
徳間文庫

約2400年前の中国の思想家で、老子と共に、老荘と称せられる道教(タオイズム)の始祖である荘周(荘子)の書。
世俗にあって世俗を超え、永遠の道(タオ)と一体化し、安らかで充実した人生を送る秘訣を、恐ろしく抽象的な老子と異なり、平易に説いている。
本書は、数多い荘子の現代語訳の中でも非常に読みやすく分かりやすいものであるが、中国古典の香りは損なわれていない。
本来、膨大な荘子の中心となる内編全てと、外編と雑編の内、荘子らしいものを選んで収録してある。


神統記
ヘシオドス著
岩波文庫

ホメーロスと並ぶ古代ギリシャ詩人ヘシオドスが、ムーサ(詩の女神)達より教えられたという神々の物語。
この世の始まりから、ゼウスの支配の確立、そして、主要な神々のことについて、美しい詩で語る。すぐに読める薄い本であるが、ギリシャ神話の根幹とも言える重要な書と思う。


四つのギリシャ神話(ホメーロス讃歌より)
岩波文庫

無名の詩人達が、ホメーロス風の詩で神々に捧げた賛歌の内、豊穣の女神デーメーテール、理性の神アポローン、智慧の神ヘルメース、美の女神アプロディーテーの4神へのものを収録してある。
著名な神話学者カール・ケレーニィも、ホメーロス賛歌を重視していると思えるが、名もない詩人達の作とはいえ、それぞれの神について、その特質が巧みに表現されており、実に興味深いものとなっている。
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