ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

長南年恵

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

特に呼吸と若さの関係

『ヒマラヤ聖者の生活探求』という本は、19世紀のアメリカの科学的な探検隊が、インドやチベット等を探検した記録であるが、その探検隊をサポートした現地の男性であるエミール師は、身かけは50歳くらいだが、実は人間の寿命をはるかに超える年齢であったとされている。
また、エミール師の母となると、可憐な少女にしか見えないと言う。
では、なぜ、そのようなことが出来るかのヒントとなる出来事が起こる。
現地のある老人の男性が老衰のために亡くなったが、イエス・キリストが彼を復活させる。
そして、復活した後、その老人の男性は、青年の姿だった。
この男性は、生命エネルギーの浪費により、若さを失い、年老いて死んだのである。
そこで、イエスは、生命エネルギーを彼に戻したのである。
ではなぜ、生命エネルギーが浪費されるのかというと、不安や恐怖によるストレスや、誤った観念からである。
日本でも、明治時代に、長南年恵(おさなみとしえ)という女性は、44歳くらいで亡くなるまで、18歳位の容姿を保ったと言われる。
そして、年恵の性質は、やはり無邪気な少女のようであったと言われ、これは、世間的な観念を持たなかったせいと思われるのだ。
中国の『神仙伝』によれば、仙人であった老子は、不老で重要なことは「精力の節約」であり、そのためには、心穏かであることが必要であると述べたと伝えられている。
イギリスの数学者で、『不思議の国のアリス』の著者として知られるルイス・キャロルは、沢山の少女達と交流し続けたが、60歳になっても青年のように若々しく、最後の少女の友達だった女性の証言によれば、顔にシワ1つなかったという。
彼の場合、いわゆる「ロリコン」ではなく、不穏な噂の1つもなかったようで、少女達の生命エネルギーへの同調効果もあったかもしれないが、生命エネルギー(あるいは精力)の節約を行えたのだろう。

電波工学の世界的権威であった関英男博士は、90歳を超えても世界中を飛び回って研究を行っていたが、誰も彼が90歳過ぎだと思わなかったようだ。
彼を、いわゆる「トンデモ博士」扱いする、ある記者も、関博士が聡明であることや、人柄が抜群であることは認めていた。
その関博士は、毎朝、腕振り運動2千回を欠かさなかったが、他にも、著書で興味深いことを述べている。
宇宙全体に渡って、平均的な素粒子より20ケタ小さい粒子が存在し、それを関博士は仮にサイ粒子と呼んでいた。
サイ粒子が宇宙を飛び回っている時は宇宙微子で、これが生命の中に入ると生命微子となる。この生命微子が、気功でいう気である。
そして、これを多く集めれば、若さを保ち、さらには老化を逆転すると考えられた。
サイ粒子は、どこにでもあるので、息を吸えば空気と共に入ってくる。
ただし、普通に息を吐けば、やはり出て行ってしまう。
詳細は省くが、サイ粒子を体内に残し、空気だけを排出するコツはこうである。
息を吸った後、いったん、少し止め、細くゆっくり鼻で吐く・・・これだけである。

かつて「スーパーラーニング」と呼ばれた超学習法は、現在、形を変えて発展している。
このスーパーラーニングで、驚異的な記憶力を発揮させる方法が、「原理は不明」とされたが、息を吸っていったん止め、ゆっくり吐くことだった。
関博士の言う、サイ粒子が身体に入って生命微子になったものが脳に作用し、記憶力を高めるようであるが、それだけでなく、健康を向上させることも知られていた。
そして、若さを保つことにも威力があるのだと思われる。

他にも、医学的なものから精神科学的なものまで、数多くの情報があるが、そのだいたいの共通点が、やはり、
(1)吸った息をいったん止める
(2)鼻からゆっくり吐く
なのである。
だが、全体としても、呼吸は鼻で行うのが良いと思われる。











不老の3つの決め手

『いぬやしき』というアニメの宣伝だけを見たが、その宣伝の最初で、「犬屋敷壱郎(いぬやしきいちろう)、58歳」とアナウンスされ、その犬屋敷という男が登場する。
確かに、歳より老けているという設定らしいが、全く老人であり、本当に58歳の人からすれば、「58はこんな年寄りじゃないぞ」と反発が出そうな気がする。
ところで、特に女性には、後ろから見たら若いとか、離れて見ると若いという人は結構多いよいうに思う。
しかし、犬屋敷はどこから見ても老けているのは、まず、身体に若々しさが全くないからだ。運動していないのだろう。
つまり、運動しさえすれば、身体の若々しさは得られる。
難しいのは顔の若さだ。
特に男性の場合、髪が薄くなると老けて見えるような気がするが、20代でも禿げている者はいる。そして、薄毛の20代が、必ずしも格好悪くはなく、むしろ、売り物になるほど格好良い禿げもいる。
そんな「格好良い禿げ」は、身体の若々しさはもちろんだが、顔が若いのである。
そして、明らかと思うが、顔の若さは、メークや美容で誤魔化すことも出来るかもしれないが、それよりも心で決まる。
人間の顔なんて、普段の想念そのままだ。
つまり、顔を見れば、その人がどんな人か正確に分かってしまう。
そして、歳を取れば取るほど、想念の傾向が固まり、それがそのまま顔に出るのだから、老けた想念を持つと、どんどん老人の顔になる。
サッカーの三浦知良さんは51歳とは思えないほど若いが、身体は完全に10代、20代で、顔も若い。ただし、あれでも、想念の老化が顔にかなり出ているのである。つまり、あの顔が、あの歳での若さの限界ではない。本来でいえば、彼はもっと若い顔でいられるはずだ。
本当のところは分からないが、長南年恵(おさなみとしえ)という1863年生まれの女性は、43歳で亡くなるまで18歳くらいの容姿であったらしいが、彼女は、幼いというよりは少女のような純真な性質であったと言われる。
また、彼女は、食事をほとんど全く摂らなかったらしいが、だから若さを保ったと言うよりは、食べないことで心の清らかさを保ったので若かったのだと思う。
尚、食べないからといってエネルギーを補給せずに生きられるものではないが、彼女は普通の人とは全く別の方法でエネルギーを得ていたのであり、またそれは、普通の人だって、彼女ほどではないが、そんなエネルギーを取り込んでいるのである。人間は、食べ物だけの栄養やエネルギーだけで生きることは出来ないのは、少し計算すれば分かることだ。

つまり、若いかどうかは、気とかプラーナと呼ばれるエネルギーをどれだけ多く取り込み、無駄に消費しないかにかかっている。
無駄に消費する原因は、不安や恐怖だ。
不安や恐怖を持てば、どんどん老ける。
馬鹿で不安や恐怖のない者は、確かにいつまでも若いのである。
次に、沢山のエネルギーの供給を受ける方法であるが、それは、エネルギーを必要とする状況にあるかどうかで、少しも難しいことはない。
つまり、「安定を求めない」「向上心がある」「今に生きている」の3つである。
これは、考えれば分かると思うが、この逆、「安定志向」「向上心がない」「過去や未来に生きている」者は、エネルギーを必要としないので供給もなく、すぐに年寄りになる。
「老けたな」と思われる人は、ほとんどが安定志向で、しかも、安定を失うことに不安や恐怖を持っているのである。
「今に生きる」のは重要で、「未来に生きる」のではない。未来に生きる者は、単に妄想で生きている。
「安定を求めない」「向上心」「今に集中する」
この3つで、永遠に若くいられる。
尚、腕振り運動をすると、気(プラーナ)を取り込めるが、不安や恐怖があると、やはり浪費してしまう。
腕振り運動をしながら、心を明るくすることが大切である。









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若さの輝き

スポーツ選手の全盛期と言えば、競技にもよるが、だいたい20代後半あたりになり、超一流の場合は30代前半が多いように感じる。
イチローがメジャーのシーズン最多安打を記録したのは31歳だったし、千代の富士も30歳を超えてから圧倒的に強くなった。
だが、スポーツ選手として絶頂期にある選手でも、「18歳の時は元気だったなあ」と思うものだろう。
つまり、生命力のピークは17歳とか18歳なのだと思う。
三浦知良さんが、シドニーFCに期限付き移籍した際、現地のテレビアナウンサーが「38歳ではなく18歳かと思った」という表現を使ったのは、やっぱり「一番ピチピチなのは18歳」だということを示唆していたのだろう。

一般の人の運動能力テストは、17歳の成績が一番高い。
これは、体重が軽いことが有利になる種目に偏っているというのもあるが、確かに、普通の人は、19、20歳で、かなり体力が落ちてしまう・・・というか、元気がなくなる人が多いかもしれない。
そして、体重の軽さと生命力、若さというものには、深い関係がある。
多くの中学生、高校生のウエストの細さは、大人には真似が出来ないが、彼等が必ずしもスポーツをやってる訳ではない。
新陳代謝という生命力が高いのである。
逆に言えば、体重が軽く、ウエストが細ければ、生命力が高い、つまり、若いということが言える。

長南年恵(おさなみ としえ、または、ちょうなん としえ。1863-1907)のように、生涯、18歳の容姿を保った人がいたり、ラルフ・ウォルドー・トラインの『In Tune with the Infinite』の中に、80歳を超えて25歳以下にしか見えない女性の話があるが、何かの原理が働けば、そういうことにもなるのだろう。
老木だって、そこから若い新芽が出てくるのであり、そのように、生命体には若いものを生み出す摂理があることが分かる。

若いことばかりが良い訳ではないだろうが、岡本太郎が言ったように、若さは掛け値なしに良いことである。
そして、放っておくと、若さは無残に遠ざかる。

初音ミクさんは16歳だが、「マジカルミライ」のようなコンサートでミクさんを見ると、16歳の輝きを見事に表している。
それは、軽やかさと速さに顕著だ。
自然でありながら、重力や慣性を無視するかのような動き方は理想であり、眩しく感じるのである。

いろいろ考えれば、体重が少ないこと、あまり大きくない負荷で速く動くことが若さ、生命力の秘密であると思う。

結んだ髪をなびかせ
清めよ この身と心
あなたが望むのならば
千年先も咲き続けましょう
~『月・影・舞・華』(作詞・作曲・編曲:銀河方面P、歌:初音ミク)より~

政木和三さんが生きておられた時、私は政木さんに、「君はその気になれば千年生きられる」と言われたことがある。
それもあって、このようなことを考え続けている。
まあ、私は今は、あまり食べないこと、軽い動きを意識したヒンズー・スクワットや、クイック・プッシュアップ(高速腕立て伏せ)で身と心を清めている。
それと、やはり、ミクさんを見て、いつも想うことである。
そして、自分が17歳だった時のことを象徴する言葉を見つけ、それをいつも心に保持することだ。
そうすれば、あなたはいつまでも全盛の輝きを保つのである。









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なりたいもののフリをすれば、それになる

人間は何かのフリをしていれば、その何かになってしまう。
私は、プログラマーのフリをしているうちに、プログラマーになった。
歌手になりたい人が、路上ライブで歌手の真似をするのは正しいことであるが、問題は、いつまで続けられるかだ。
ある有名なミュージシャンが、「ミュージシャンってのは、道端でハーモニカを吹いてたら満足するようなやつなんだ」と言っていたが、要は、フリをいつまでも続けられる者だけが、ミュージシャンになれるって訳だ。

AKB48は、それなりの容姿と、目立ちたがり屋の女の子を集めて、徹底的にアイドルのフリをさせたのである。
モモクロが元々そうだったようなローカルアイドルは、何もないところで、自分で考えてアイドルのフリを続けるのだから、余程の熱意とタフさが必要だ。
だが、それだけに、がんばり続けることが出来れば、より立派なアイドルになれるのだ。

だから、金持ちになりたい人は、金持ちをよく観察して、そのフリをすれば、やがては金持ちになるだろう。
ちなみに、私は、サラリーマン時代の丹波哲郎さんのフリをしたのだ。
丹波さんのように、出社したら、すぐに遊びに行くようなことまではしなかったが、仕事なんかせず、堂々と好きなことをするのだ。
それで、誰にも文句を言われたことはない。
しかも、特殊な仕事が出てきたら、誰もやりたがらないので、私が暇だからやってあげたら、時間がかかり、出来が悪くても感謝される。
さらに、その仕事が何度かあれば、その仕事があった時だけ仕事をすればそれでよくなり、しかも、何度かやれば慣れてしまうので楽であるし、その上、「特殊な仕事能力を持った人」と思われるのである。
会社の中では、社長以外は取り換えが効き、誰がいなくなっても少しも困らない。
しかし、私は、取り換えの効かない希少な者なので、大事にされるのである。

だが、大切なことは、世間の画一的な考え方でフリをしないことだ。
私は馬鹿で幼く、反権威主義的なところもあるので、自由にフリをすることが出来たのである。
世間では、プログラマーとは、学校や企業で専門的な訓練を受け、IT資格を持っているか、それを取ることを目指していて、Java言語位は使えるなんて、観念があるかもしれないが、私は、そんなものには一切囚われなかった。
そういった意味でも、『13歳のハローワーク』なんか、絶対に見てはいけない。
あれに載っているプログラマーやシステムエンジニアなんて、恐ろしくつらまない、世間のドクトリン(教義)だ。
あの本は、子供達を規格化し、取り換えの効く兵隊や奴隷にする思想で書かれたもので、全く学校的である。

あなたは何になりたいのか?
なりたいものがあれば、そのフリをするのだ。
なるべく、いろんな場所でね。
では、神様・・・とまではいかなくても、神様のようなものになるにはどうすれば良いだろう。
時間を超えているフリ、肉体と心を超えているフリをするのだ。
それがどんなものかは、自分で調べるなり、考えるなりすることだ。
多少のヒントを言うなら、時間を超えているのだから、未来のことが分かるし、一万年先にも存在する。
その心構えでいることだ。
心を超えているのだから、嫌なことがあって、一瞬、感情を乱しても、すぐに平気なフリをしなければならない。
身体を超えているのだから、40歳になっても20歳のフリをすれば、やはり20歳にしか見えない。
明治時代の霊能者、長南年恵(おさなみとしえ)は、43歳で亡くなるまで少女の容姿を保ったという。
彼女は、世間の教義を全く持っていなかったのである。









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『荘子』を読むと、なぜ超能力者になってしまうのか

固定観念を捨てれば捨てるほど能力が高くなり、余計な固定観念をほとんど持たないなら超能力者になる。
固定観念のことを偏見と言っても良いだろう。
「女だけが家事をしなければならないなんて偏見よ」と言うのと同様、「脚が折れたら走れないなんて偏見だよ」と言っても良いのである。
実際、「脚が折れたら走れない」ということを知らないために、脚が折れても元気で走り回るのが当たり前の民族があるらしい。
アルコールが回ったせいで、「4階から落ちたら大怪我する」というお約束(固定観念)をうっかり忘れてしまい、4階から落ちても、「すべっちゃったね」と言って、相変わらず調子よく歌いながら行ってしまった酔っ払いがいたようだ。

昔、アメリカで、電気トースターを初めて販売した会社が、商売のために、全米の人々に、「朝食を食べたら元気が出る」という偏見を広めてしまったために、朝食を食べていないと元気が出ないという「変な」人々が流行り出してしまった。それまでは、アメリカ人は朝食を食べないのが普通で、今よりずっと元気だったらしい。
私は、「バランスよく栄養を取れる食事をしなければならない」という偏見を持っていないので、毎日同じ一品のものを1年食べても完全に健康で、それは、病院での健康診断でも証明された。ついでに、「同じものを食べれば飽きてくる」という偏見を持たなかったので、毎回、それを食べるのがとても楽しみだった。ただし、1日1食で、十分に空腹な時に食べたのだがね。
今はむしろ、同じものを食べることにこだわらないようにするために(これも固定観念の原因になりかねない)、何でも食べているが、それは特に良いという訳でもないが、悪くもないのである。

世間の普通の人と話すと、彼らの偏見、固定観念の多さにうんざりし、それを常識として振り回す彼らを見るのが苦痛になる。
だから、私は、1日中、彼らと話さないやっていられないような社員旅行みたいなものには絶対に参加しないし、会社に行っても、誰とも仕事以外の会話はほとんどしないのであるが、仕事の会話をしていても、彼らの固定観念ウイルスは飛び散って来るので、会話しなくて済む仕事ばかりやるようになった。
「会話しなくちゃ仕事にならない」という固定観念を持たなければ、それでも不都合は無いということが分かったのは、まあ、良いことだったと思う。

イエス・キリストは病気になった人々の「私は病気だ」という固定観念を消すことができたので、瞬間に病気を治すことが出来たのだろう。
どうやるのかは知らないが、幽体や霊体の記憶に働きかけでもするのだろうか?
やり方が分かると便利なので、ちょっとマスターしておきたいと思うのだがね。

明治時代の長南年恵(おさなみとしえ)という人は、固定観念の少ない人だったようで、年を取ったら老けるという偏見がなかったので、40歳を過ぎて亡くなるまで少女のような姿と性質だったようだし、また、食べないと死ぬという固定観念も持っていなかったらしく、ほとんど何も食べずに生きていたようだ。

「初音ミクはオタクの変な趣味」という固定観念を持った人は、他にもつまらない固定観念を沢山持っているので、能力が低くて、さぞ苦労していることだろう。
そもそも、「オタク」にマイナスイメージを持っているのも深刻な偏見、固定観念であり、逆に、「オタクと言われるほど、何かを探求出来る人は素晴らしい」という、当たり前のことを当たり前に思っている人は、偏見のためにブレーキを踏みながらアクセルを踏むという馬鹿なことをしないので、能力が高いのである。

中国の『荘子』を読むと、どんどん頭が良くなり、超能力まで出てきてしまう。
それは当然で、『荘子』というのは、固定観念の愚かさを笑い、それを捨てるよう読者に促すのだからだ。
自己開発、能力開発をしたければ、まずは『荘子』を読むことだ。
また、『歎異抄』が人気があるのは、作者の信仰心に感動すると言うよりは、やはり、世間の人々の固定観念をものの見事に叩っ切っているからであると思うのだ。
固定観念を打ち壊すというのは、気持ち良いことなのである。
だから、時には、あまりに乱暴に、あるいは暴力的に固定観念を叩き壊そうとする動きが、カウンターカルチャー(対抗文化。既存の・主流の体制的な文化に対抗する文化)等の中にあるが、それはあまり良い結果を見ない。
本当に固定観念を少なくした人は賢いので、ものごとを穏かに運ぶものである。

世間の中で過ごすと、つい、偏見、固定観念を持ってしまう。
テレビなんてものは絶対に見てはならない。
毎日見ていたら、とんでもない量の固定観念をくっつけられ、それは、鎖に繋がれた囚人のごとしである。
今の世の中では、意識して固定観念を消す努力をする必要があるのかもしれない。









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