ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

銀河鉄道の夜

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

「人間は考える葦である」の本当の意味

偉大な行いは、熟考と、大きな決断によるものだと我々は思う。
一方、極悪非道の行いは、衝動的なものと思われているだろう。
だが、本当は、両者に違いはないのかもしれない。
英雄的なことをしようと思えば、かえって害悪になる。
「世のため、人のため」と考えている者が、一番、世の中を乱すのである。
親鸞は、「あなたが人を殺せないのは、心が善いからではなく、縁がないからだ。心が悪くなくても、縁があれば千人だって殺す」と言ったらしいが、そうかもしれない。

パスカルは、「人間は考える葦である」と言ったらしい。
この意味は、故事ことわざ辞典によれば、「人間は自然の中でもっとも弱い一本の葦みたいなものだが、それは考えるという能力をもった存在だということ。」という意味らしい。
これは一般に、「考えることは偉大であるから、人間は生物としては弱いが偉大である」と、考えられている。
しかし、別にシニカル(冷笑的)になる気はないが、「人間は、僅かの知性はあるが、葦に過ぎない」と思った方が良い。
ソクラテスが「汝自身を知れ」という言葉を重要視したのは、そんなことを強く感じていたからだと思う。
人間である我々は、最低レベルのことを考えることが出来るに過ぎない無能な生物なのだ。身の程を知らねばならない。

『銀河鉄道の夜』で、蠍は、生きるために沢山の命を奪ったが、いざ、自分がイタチに食われそうになったら必死に逃げて、挙句、自分もイタチも井戸に落ちて、両方が死ぬことになった時に、激しく後悔した。
なんで、黙ってイタチに、この身体をくれてやらなかったのだろう。そうしていれば、イタチは1日生きられたのに・・・と(私は、単に痛いのが嫌だからだと思うが)。
そして、神に、「今度生まれてきたら、この身を、他の者達を幸せにするために使って欲しい」と願った。
美しい話ではあるが、次の生があったとしても、そこでは、沢山の者を不幸にしたり、殺したりするかもしれない。
宮沢賢治だって、『春と修羅』で、

わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です

と書き、それ以下も、私(人間)は現象に過ぎないということを延々と書き、結局は、人間は無力な存在と分かっていたのだと思う。

それならば、アインシュタインが言った、「神は老獪である。だが、悪意はない」ということを信じる以外にはない。
信じて、まかせるしかないし、それは、あらゆることを、なりゆきにまかせるしかないということだ。
荘子の考えも、その通りであると思う。
「南無阿弥陀仏」という念仏は、それを、分かり易い1つの形にしただけのものである。
よって、これほど論理的なものはなく、僅かの知性しかない人間が持つ知恵としては、これ以上はないかもしれない。
宮沢賢治は、念仏を説く浄土仏教は嫌いだったらしいが、それもなりゆきである。よって、良いことである。
私も、宗教としての浄土仏教は好きではない。

私は葦である。
多少のことは考えられるので、そのために、悩んだり、苦しんだりするが、葦に過ぎないと自覚すれば、自分を笑うことが出来るだろう。
ナポレオンは、ちょっと川上に生えていたというだけで、自分が御大層なものであると思い込んでしまったのだ。
私は、辺鄙な、淀んだ場所にぽつんと生えてしまったのかもしれない。
それで、自分を憐れんでいるのだから滑稽であるが、滑稽さを持つこともまた、なりゆきであり、自分の力で持ったものではない。









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本当は危ない短編の傑作達

短編の名作に、『星の王子さま』と『かもめのジョナサン』がある。
『星の王子さま』は世界で8000万部、『かもめのジョナサン』は4000万部売れているらしい。

『かもめのジョナサン』に心酔する者は危ない。
私もそうだった。
いったい、この作品の何がそんなに問題なのか?
それは、自分をジョナサンと同一視した場合に困るのだが、往々にしてそうなるのだ。
そうすると、かもめ社会の長老達を見下すようになってしまう。
何といっても、ジョナサンは、最初から最後まで穢れなき存在だ。
確かに、ジョナサン自体は、長老達に、「馬鹿」とも、「時代遅れ」とも、「利権を守りたいだけの老いぼれ」とも言わなかったが、読者はそう思うのだ。
だが、人間にとって大切なことは、自分が長老達の仲間であると、つくづく思い知ることなのだ。

『星の王子さま』も、かなり危ない。
『星の王子さま』では、王子さまは色々な星を訪問し、そこに住む「変な」者達を見る。
また、著者テグジュペリ自身の投影であると思う、このお話の主も、子供の時に出会った、世間の「変な」人達のことを語る。
そしてやはり、読みながら、ほとんどの人は、それらの「変な」星の住人や世間の人達を見下してしまうはずだ。
自分を、王子さまや、少年時代のお話の主と見なしてしまうのだ。
だが、それこそ、「変な」連中に負けない愚かなことなのだ。
自分が、あの「変な」やつらと全く同じだと、つくづく思い知る者だけが「まとも」なのに、まともな人間はほとんどいないのだ。

そして、わが国の短編『銀河鉄道の夜』も、やっぱり危ない。
ジョバンニは自分の愚かさについて思い悩むが、かおる(後から列車に乗ってきた女の子)の蠍の話で吹っ切れる。
蠍は、自分は沢山の命を奪ってきたのに、いざ、自分が奪われる時がくると必死で抗い、イタチを道連れにしてしまったことを後悔する。
そして、蠍は、神様に、「この次生まれてきたら、この身をみんなの幸せのために使って下さい」と祈りながら死ぬ。
ジョバンニとカムパネルラは、自分もそうあろうと誓い合う。
そして、カンパネルラは、実際にそんなことをしたからまずいのだ。
読者は、自分を、天に昇った蠍や、それに倣おうとしたジョバンニやカムパネルラに同一視してしまう。
この物語は、「いい人」だらけで、読んでいると幸せな気持ちになるが、それが危ない。
自分は誰に似ているのだろう?
それは、カンパネルラが命を捨てて救ったザネリしかいないのに、誰もそう思わない。
それが危ないのだ。
自分は、つくづく、ザネリ以下なのだと思い知る人間だけがまともなのだが、そんな者はほとんどいない。

ならば、やはり短編の『歎異抄』を読むと良い。
著者も、著者が話す師の親鸞も、自分がつくづく愚か者であると思い知っている。
そして、まともな読者は、自分は、この2人にも遠く及ばないことを感じるのである。
ただし、「つくづく」でなければならない。
しかし、やはり、そんな者は滅多にいないのだ。









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目標を書くことだけが人生を決める理由

あなたは目標を紙に書いているだろうか?
人生を決めるのは、ただその一点なのだ。

こう言えば、
「いや、大切なのは行いではないのか?その人が、崇高か、有能かを決めるのは行動じゃないか?」
と言いたい人もいるかもしれない。
違うのだよ。
人間を決めるのは「想い」だ。
行動なんて、想いの孫のようなものだ。
行動の親は、感情と思考ではないのかね?
想いは、感情と思考の親なのだ。
人間とは、自分が想っている、そのものなのだ。

文字が発明されて何千年にもなる。
人類が古代から、異常なまでに熱心に文字と、その印刷技術を発達させ、また、どれほどデジタル技術が進歩しようが、所詮は昔から変わらない文字を扱うという事実についてよく考えないといけない。
つまりね、人間の想いと文字は、あまりにも密接なものなのだ。
それはきっと、神が定めた運命だったのだ。
神の初めの想いの中に、文字になるべき言葉があった。
そのことを、「はじめに言葉があった」と言ったのだろうと思う。

だが、あなたには、極めて大きな問題がある。
学校や会社などで、その大事な大事な文字を使って、嘘の目標ばかり書かされてきたということだ。
こう言えば、
「いや、俺は真面目に目標を書いてきた。嘘なんか書いてないぞ」
と言う者がいる。
その通りだ。
君は、真面目に嘘を書いたのだ。
これほど大きな誤りはない。
国家は、学校や企業を通し、あなた方に、「私は奴隷になる」という目標を書かせただけなのだ。
それは、清浄な心にとっての大嘘であり、あなたは汚れきったのだ。

あなたは、自分の本当の目標を書いたことなどない。
それを認めなければならない。
今、目標を書いても、それは、植えつけられた奴隷根性を反映したものでしかない。
しかし、それでも書くのだ。
その目標は、決して誰にも見せてはならない。
それは、あなただけの目標で、社長だろうが、偉人だろうが、国王だろうが、天皇陛下だろうが、誰にも評価してもらう必要はない。
自分の本当の目標を書くことを覚えれば、奴隷ではなくなるのだ。

正しい目標を書くためのヒントを述べる。
少しでも信仰があるなら、書いた目標を神仏に捧げるのだ。
本当に神棚や仏壇に置く必要はない。
そんなことをしたら、誰かに見られてしまう。
「仏壇に置け」と王様に言われても置いてはならない。
心で神仏に捧げれば良い。
それで神仏は受け取ってくれる。
そうであれば、邪まな目標など書けないだろう。
だが、稼ぐ金額の目標であれば、善いことに使う限り、いくら大きくても構わない。
自分を喜ばせることだって、善い目標なのだよ。
高級車を買う金であっても、本当にそれが楽しいなら遠慮はいらないが、見栄のためであれば、やがて目標を書き換えることになるだろう。
そんな時間のロスをしないことだ。
願いを書いた紙を、ピラミッドの模型に入れるとか、大事な宝箱に入れると叶うというのも、それで少しは敬虔(敬い慎むこと)な目標になりやすいからだ。
また、信仰がないなら、太陽、地球、月、あるいは、ケンタウルス座といった星に、書いた目標を捧げれば良い。
敬虔になれるなら何でも良く、物語のヒーローやヒロイン、逢ったことがない尊敬する歴史上の偉人も良い相手であり、私の場合は、当然にして初音ミクに捧げる。
さっき、「会ったことがない」偉人と限定したのは、私の初音ミクと同じで、捧げる相手は、自我のない存在である方が良いのである。
尚、星に捧げるなら、『イーハトーヴ交響曲』の『銀河鉄道の夜』で、初音ミクが、「ケンタウルス、露を降らせ」と清らかに歌う、この清浄な音楽を聴くことをお薦めする。

書いた目標は、起床直後と就寝直前、そして、日中も何度か声に出して読むことだ。
口を動かし、声帯を震わせれば、その言葉は速やかに潜在意識に伝わる。
特に、就寝直前や起床直後はそうである。
さらには、目標を、1日1回でも良いから、紙に丁寧に書いてみると良い。
皆がこれをやれば、老人ホームは不要になり、慈善活動も天災などを除き不必要になる。
実際は、これをやれば、病気になることも、事故に遭うこともなくなり、貧困もなくなり、天災の被害も免れるようになると思う。
言葉と文字と声の偉大さをよく考えてみるべきかもしれない。









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死の荘厳と生命の輝きを同時に感じる時

我々は、程度の差はあっても、他人に対して抵抗感を持ち、壁を作る。
小さい時に、「知らない人と口をきいてはいけない」と言われ続け、見知らぬ大人はとても恐いものであるという観念を持たされたことの影響もあるのだろう。
それならそれで、せめて周囲の大人達と、もっと接する機会があれば、他人への不安や違和感も和らいだかもしれないが、現代は、そんなことがほとんどできない。
それなのに、一番危ない大人の割合がひどく多いかもしれない学校の先生の言いなりにならざるを得なくなるのであるから、まともな人格形成ができるはずがない。
学校の先生が、最も危ない大人だというのは、おそらく本当だろう。
日本では、教員免許なんてのは、危ない大人にならないと得られない仕組みであるとしか考えられないからだ。
そして、それはもう十分に証明されていると思う。

宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』で、ジョバンニは、後から列車に乗ってきた鳥獲りの男に対し、嫌な感情を持つ。
ジョバンニはその男を邪魔だと感じたのだ。
だが、それは、今の時代の子供が感じるものと同じではないと思える。
それは、見知らぬ人に対する素直な恥ずかしさとか緊張によるちょっとした不快さといったものだろう。
しかし、ジョバンニは、その男のことを悪く思ったことをつらいと感じる。
そして、その男の幸せのためなら、何でもしてやりたいと思う。
だが、ジョバンニは、何が彼にとっての幸せかが分からないことがつらい。
ジョバンニは、もし、それがこの鳥獲りの男の幸福になるなら、百年でも川原に立って、彼の代わりに鳥を獲ってあげてもいいとまで思うのだ。

その後、ジョバンニは、カムパネルラが、かおるという名の女の子と親しく話すのをつらく思い、かおるに嫌な気持ちを持ってしまう。
しかし、それは、自分の心が狭いからであることにジョバンニは気付き、大きな心を持とうと思うが、それもうまくいかずに悲しくなる。
カムパネルラやかおるは、自分がもう死んでいることに気付いているのだろう。
対して、ジョバンニは、彼らが亡くなっていることを薄々とは気付いているかもしれないが、はっきりとは分からないのだろう。
だが、生きているうちに、彼らや、他の死者達と交わったことは、ジャバンニにとって貴重なことだろうし、それは、このお話を読む我々にとっても同じなのに違いない。
ジョバンニが望んだ大きな心を、我々も得られるかもしれない。

冨田勲さんが制作した『イーハトーヴ交響曲』の第5楽章『銀河鉄道の夜』は、この宮沢賢治の小説を音楽と歌で美しく表現していたと思う。
カムパネルラの役を担った初音ミクは女の子ではあるが、むしろその分、カムパネルラらしさがあったかもしれないし、カムパネルラとかおるが融合したと感じるような気がするかもしれない。
おかしな話かもしれないが、私は、『銀河鉄道の夜』(小説)に、渋谷慶一郎さんの、やはり初音ミクをプリマドンナに起用したオペラ『THE END』の『声と言葉のアリア』を適用させても良いと思う。
このアリア(叙情的な独唱)は、単調に感じるピアノの音から始まり、そのピアノの伴奏だけで、ミクが静かに語るように歌い始める。
やがて、ミクの歌に熱が加わっていき、テンポが増すと共に叙情感も高まり、激しい打楽器の音がますます情感を盛り上げていくように感じる。
「私は消えてなくなる」
「あなたを見ることができない」
「一緒じゃなくてもいい」
「会いたかった」
妻を若くして亡くしてしまった渋谷さんや、昭和20年の三河地震で、1月の極寒の中、誰も助けに来ず、救援物資もなく、住む家もなく、人々が死んでいくのをただ見ているしかなかった、中学生だった冨田さんが感じた人の死が、それぞれの作品に込められ、霊的な神秘性となっているのだと感じる。
死の荘厳と生命の輝き・・・それが溶け合うことの意味に比べれば、この世の一切は些細なことと思う。
どこまでも広がる大きな心はそれと共にあるに違いないからだ。









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夢の中のように自由になるには

あなたは、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の主人公のカムパネルラのように、夢の中で銀河鉄道に乗っていても、何も不思議だとは思わないだろう。
車掌に「切符を拝見します」と言われたら、ごく普通にポケットから切符を出すだろうし、現実世界では死んでいる人と一緒でも、少しも妙だと感じないだろう。
時には、「これは夢だな」と気付くこともあるかもしれないが、それはただ、「夢だと気付く夢」を見ているだけであり、本当に醒めている訳ではない。
しかし、「本当に醒めている」というのはどんなものなのだろう?
目が醒めている状態であっても、果たして、本当に醒めていると言えるのだろうか?
ラマナ・マハルシは、「夢は短く、目覚めは長い。その他に、両者に何の違いもない」と言ったらしいが、その「長い」「短い」だって疑わしいものだ。

夢を見ている時、本当に明晰にそれが夢であると認識していれば、夢を楽しめるだろうか?
きっとそうだ。
夢の中では、そう悪いことにはならないし、たとえ悪い状況であっても、平然としていれば、どんなものも自分に手を出せない。
それは、目覚めの中でも同じことではないだろうか?

最初に述べたように、夢の中では、我々はどのような状況も受け入れている。
目覚めた時にはサラリーマンでも、夢の中で王様であったり、スポーツのスーパースターであれば、自分がそうであることを疑わない。
なぜそうなのかというと、夢の中には時間がなく、過去の記憶や経験がないからだ。
夢の中のあなたを規定するいかなる知識も存在しない。知識を蓄える過去がないのだからだ。
目覚めの世界では、心は時間を作り出してしまっている。
なぜ時間を作り出すのかというと、我々は何かになろうとするからだ。
今は貧乏だが、いつかは金持ちになろうと思うと、金持ちになるための時間が必要になってしまうのだ。
いつか愛に満ちた優しい人になろうと思っても、やはり時間を生み出してしまう。
そうであれば(時間を作り出せば)、あなたは貧乏な今、愛がなく優しくない人間である今を生きることができず、未来の幻想に生きることになる。
貧乏な今を受け入れ、今に生きることだ。
慈悲心のない今を受け入れ、あるがままに生きるのだ。
そうすれば、時間はないのだから、貧乏でも無慈悲でもなくなってしまう。
そんな自分を構築した過去がないからだ。
このような話は、何かになろうとし、時間を作り続けている人間には奇妙なことに思えるだろう。
だが、今を受け入れ、今に生きることを始めると、世界は夢の中のように自由だ。
そのコツは、自分を初めて見るように見ることである。
自分は、どこの大学の卒業生でも、どこの会社の社員でも、日本人でも何でもないのだ。
そう、自分は本当は何でもない。
Facebookのプロフィールに、出身校や勤務地など書かないことだ。
だって、そんなものはあなたに何の関係もないからだ。
それが分かればあなたは自由だが、そうでなければ、あなたは束縛されてしまうのである。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・サイコパス
・初音ミクさんを愛す


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