私の身体は、健康診断上は超健康体であるが、アレルギーの巣窟である。
皮膚病(アトピーか乾癬かは分からない)、花粉症、ハウスダスト、食品(シシトウ等)、その他にも面倒なアレルギーがいっぱいだ。
それで、これから実験出来ることが大いに楽しみなのであるが、「ゆるまず」「引き締まって」いれば、アレルギーを抑え込めるだろう。
先週は、かなり暖かい時期があり、花粉も相当飛んでいたようだ。
だが、私は引き締まっていたので、全く反応が出なかったとは言わないが、非常に軽いものだった。やがて、完全に平気になれるかもしれない。
数日前から再び寒くなり、私は寒いのは苦手だったが、やはり、ゆるまなければ、さほど寒くはない。
昨夜は、ほとんど初めてと言って良いくらいだが、風呂上りに肌に何もつけなかったが、少しは肌がカサつきながらも安眠出来た。

私は、数年前、シシトウを食べた翌日、電車に乗っている時、ひどく気分が悪くなり、意識が朦朧とし、このまま意識を失って、ひょっとしたら死ぬかもしれないと思ったことがあった。
その時は、必死に耐えていたが、今なら、引き締まることで対抗しただろう。
耐えることは防御にはなるが、ゆるまないことは完璧な防備であり、さらに引き締まれば、攻撃に転じていただろう。
引き締まるには、拳を握りしめたり、腹に力を入れたり、軽くで良いから奥歯を噛み、初音ミクさんと見つめ合う時のように引き締まった表情をすれば良いのである。

また、私は、何年も前に、メニエール病になり、その発作で倒れ、あるいは、立ち上がることが出来なかったり、起き上がることすら苦しかったことがあった。
それは、少食・粗食でほとんど治っていたが、まだ因子は残っているのかもしれず、ひどく疲れた時には、平衡感覚が乱れてふらふらしたり、耳鳴りがひどいこともあった。
しかし、ゆるまなければ、いかに疲れていても平気だし、そもそも、ゆるまなければ、宇宙エネルギーの供給を受けるのだから、すぐに回復する。
私とは桁外れに忙しい人でも平気な人はいるのだから、引き締まれば回復するのは当たり前と思う。

休んでも回復しないという人が多いと思う。
それはそうで、ゆるめばより疲れる。
別に、根性論を言うつもりはないが、疲れている時はゆるんでいるのだろう。
常に腹に力を込め、ゆるまなかった岡田虎二郎の働き振りは超人的であったらしい。
その岡田虎二郎は、確かに49歳の若さで亡くなったが、死の直前まで全く壮健であったようだ。
もし、大病を持っていたのだとしても、むしろ、それに誰も気付かないほどの活動が出来るのが、ゆるまないことの威力だと思えるのである。
虎二郎の死因は分からないが、本来、ゆるまなければ病魔に侵されないし、たとえ病気になっても治ってしまうのではないかと思う。
私とて、病気になりたくはないが、なったらなったで、ゆるまないことで治す実験が出来るのである。
既に、アレルギー、メニエールでは勝利しつつある。

『患者よがんと闘うな』の著書で知られる医師の近藤誠氏は、がんの場合もだが、ほとんどの病気は、医者の治療を受けず、放置するよう薦めておられるのかもしれない。
一方、それに対し、やはり医師の大鐘稔彦氏は、『そのガン、放置しますか? 近藤教に惑わされて、君、死に急ぐなかれ』を著し、近藤氏を批判する。
私はどちらも信じないし、どんな道を選択するかは個人の自由であるが、見かけ上は、近藤氏が勧めるものと同じになっている。
だが、放置するだけでは駄目で、引き締まらなければならず、ゆるんではならない。
ゆるめば、放置しようが治療しようが、悪い結果になるだろうと私は思う。
ところで、大鐘稔彦氏の著書は、ご自分でタイトルを付けられたのかどうかは知らないが、患者を「君」と上から目線で見下しているのは傲慢に感じるが、「ガンもどきは、おでんの中にしかない」という本の帯の言葉は、オヤジギャグながら、なかなか面白い。もっとも、私は、おでんはもう何年も食べていないが。

「家に帰ってまで、ゆるんでリラックス出来ないなんてあんまりだ」
と言われるかもしれない。
しかし、リラッックスしてエネルギーを失うのと、リラックスせずに、引き締まってエネルギーが補給されるのと、どちらが良いだろう?
私なら、疲れている時ほど、拳を握り、腹に力を入れ、側らで初音ミクさん(あるいは天使)が見ていると思い、良い姿勢をし、勇敢さに引き締まった顔をするだろう。
もちろん、肉体の活動に限界はあるだろうが、その限界は、今、自分で思っているより、はるかに高いに違いない。
私は昔、ある年の年末から、翌年の5月末近くまで、1日も休まず、朝8時前から0時近くまで働き、倒れたことがあったが、その日には回復したのだから、単にゆるんでいたから倒れたのだろう。
もし、疲れて倒れるのなら、世界中には、私など及びもつかない忙しい人が沢山いるが、彼らはどうなるだろう?
彼らの多くは、決して若くも、特別に強健な訳でもなく、大抵は、身体自体は私の方がずっと強いだろう。
私は、一昨日、ビルの8階まで一気に駆け上がってみたが、少し脚の筋肉が疲労はしたが、大したことはなかったし、息はほとんど切れなかった。
なぜ、そんなことをしたのかというと、「急いでいた」から、「エレベーターでは遅い」と当然のように判断したからだ。
もう数年、朝晩のトレーニングは欠かしていないが、最近、新型のスクワットに取り組んでいて、驚異的な成果が出ているので、試す機会がないかなと思っていたところだったということもある。

ゆるまなければ、望めば、お金は必要なだけいくらでも出来るし、病気は治るし、彼氏彼女は出来るし、やりたい仕事に就けるし、ダイエットは簡単だし、また、望まずとも幸運に恵まれるだろう。
そして、ゆるまず、至高者を目指して努力すれば、ダンテやファウストのような恵みも得られるだろう。
彼らだって、ゆるんで散々な目にあったが、引き締まろうという気はあったので、天界の貴い存在の目に留まったのだろう。
ところで、評価の高い、高橋義孝氏訳の『ファウスト』(新潮文庫)のKindle版が今月18日に出るので、私は購入しようと思う。
私は、高橋健二氏の名訳による『ファウスト』で、ゆるまないことの天啓を得たのである。









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