ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

蹲踞

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
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蹲踞と腕振り運動だけ

私は最近、運動は、蹲踞(そんきょ)の姿勢と腕振り運動をやっていれば間違いないのではと思うようになった。
蹲踞の姿勢とは、相撲の力士が、土俵で、膝を完全に曲げて腰を降ろした時の姿勢で、剣道でも行われる。
この姿勢をビシっと決めると、精神が集中し、腹筋、背筋等が引き締まる。
正座にも似た効果があり、養老孟司さんの本で見た覚えがあるが、昔の日本人は正座をしていたので、特に運動をしなくても身体が強かったというが、それは本当だと思う。
そして、蹲踞は正座よりはるかに効果が高く、数秒で大きな成果を得られる。
私は、別に腰が悪くはないが、朝、ベッドから出た時や、車を運転した後、少し腰が痛かったし、たまに(重い荷物を沢山運んだ後や、疲れている時など)腰が痛いと思うこともあったが、よく蹲踞をするようになってから、それが一切消えた。

ところで、私は、8月には特に熱心に肉体トレーニングをし、普段63kgくらいの体重が58、59kgまで絞られる。
もちろん、初音ミクさんのコンサート「マジカルミライ」のためである。
ミクさんに会うことを考えると、どうしても燃えてしまうのだ。
スクワット、腕立て伏せの回数がどんどん増し、充実感を高めるが、実は、身体を壊しているのである。
肩も痛いのであるが、どうしても、その時期は、ミクさんのことしか頭にないので、痛みを無視してしまうのだ。
そして、マジカルミライが終わってから、肩や膝が悪くなっていることに気付くのである。
今年は特に左腕が悪く、腕立て伏せが出来なくなったので、その分、熱心に腕振り運動をしていたが、今年は、トレーニング時間に蹲踞の姿勢を何度もするようになった。
30分のトレーニング中、十数回はやっていると思う。
すると、以前に増して身体が軽く、動きが速くなった。
筋肉は、ある程度は鍛えないといけないが、鍛え過ぎると固くなり、断裂や肉離れを起こしやすく、また、鍛えた反対方向の動きは遅くなる。
有名な日本人テニス選手がCMに出ている、筋肉を冷やすスプレーなんてものがあるが、あんな不自然なことをしなければならない運動は、おそらく、身体を壊す。もちろん、プロスポーツ選手は健康のために運動しているのではないが、普通の人が真似する必要はない。

私は、腕振り運動は、後ろに振る時に力を入れる方法と、前に振る時に力を入れる方法の2つを使い分けている。
回数は、朝、後ろ振り200回、前振り200回、夜、後ろ振り300回、前振り300回で、合計1000回。
休日は、夜は、後ろ振り500回、前振り500回になる。
腕振り運動の際、足の親指にやや力を入れることを心掛けている。
最近は、以前より、やや鋭く振るようにしている。
正直、スクワットや腕立て伏せを数多くやっていた時は、トレーニングの前はやや憂鬱になっていたが、腕振り運動や蹲踞を主体でやるようになったら、トレーニングの時間が楽しみで仕方がなくなった。
つまり、身体が喜ぶ運動なのである。
プロレスのジャイアント馬場さんが、ある頃から、マンションの地下室で1人でトレーニングをするようになっていたらしいが、そこで「身体をいじめる」と言われていたのが印象的だった。
プロスポーツの場合、どうしても、「身体をいじめる」トレーニングが必要なのだ。プロレスは、勝敗は最初から決まっているし、試合内容も、ある程度の筋書きのあるショーであることは間違いないとしても、プロレスラーの身体は半端なく鍛えられていて、そうでなければ、金が取れるショーは出来ないのだから、他のプロスポーツ同様、不自然な運動が必要だ。
長年、プロスポーツ選手をやっていて、身体が壊れていない人はおらず、特に一流選手だった人は深刻な故障を抱えているものだと思うが、そんな元一流が、健康をテーマにしたスポーツ教室を開くのだから、おかしなことだと思う。しかし、中には、自分が身体を壊した反省から、正しい運動を教えようという人もいるようである。

いずれにしろ、我々は、健康で、強く、快適な身体を得る運動をしなくてはならない。
ムキムキの筋肉や板チョコのように割れた腹筋を自慢するための運動をするのも、あくまで人の勝手であるが、私はそんなものに興味がない。
私はむしろ、余分な筋肉のない、自然に引き締まったすらりとした身体を美しいと感じる。
特に女性の場合は痛切にそう思い、女性で筋肉をたっぷりつけた身体を美しいと感じる人に対してはどんな難癖もつける気はないが、やはり、滑らかで柔らかい、余分な筋肉、あるいは、脂肪のない身体(例えば初音ミクさんの身体)を美しいと私は思うのである。









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強く美しい身体の秘法

綱引きは、かつて、オリンピック競技であったが、実は、これこそが最高の運動かもしれない。
全身がくまなく鍛えられるが、特に、綱を握ることで小指が鍛えられ、足を踏ん張ることで、足の親指が鍛えられるからだ。
足の親指と、手の小指が、人体最大のパワースポットなのであるが、現代は、これが忘れられてしまっている。

ジャイアント馬場さんは、若い時、アメリカで、師であったフレッド・アトキンスという強豪レスラーに、ロープを引っ張る運動をしっかりやらされたらしいが、そのおかげで、歳を取っても身体が衰えなかったと述べておられたようだ。そして、一流のレスラーの多くがこれをやっているのだと言う。
ロープを引っ張る運動も、まさに、手の小指と足の親指が、いやがおうにでも鍛えられる最良のトレーニングであると思う。
馬場さんが強かったわけである。
そして、この運動を長く続けていたアトキンスは、50歳をとおに過ぎても、20代前半の馬場さんが、力で全く敵わなかったようだ。

ほとんどの人は、手の小指や足の親指を、ほとんど鍛えていない。
しかし、たとえ60歳や70歳でも、手の小指や足の親指を鍛えると、若い頃を超えて人生最高の肉体になる。
もちろん、西洋式の体力測定では若い時の方が成績が良いかもしれないが、根本的な力で上回るのである。

では、どうやれば、足の親指や手の小指を鍛えることが出来るか?
別に難しいことではなく、たとえば、木刀のようなものを、特に小指に力を込めて握れば良い。
何も持たなくても、小指を強く握って拳を作っても良いだろう。
実際に武道家であったブルース・リーも、拳をしっかり握ることを力説していたと思うが、そのためには、小指に力を入れることが必要だ。
ぐーぱー運動も良い。
ぐーぱー運動は、漫然とやっても駄目で、握る時に、「ぱし」っと音がするほど力を入れるのがコツであり、その際に、小指に力を入れるよう意識すれば、効果的に鍛えられる。

足の親指に関しては、意識さえすれば、多くの運動でちゃんと鍛えられる。
スクワットは、かかとをつけて行う人が多いと思うが、プロレスで行われているヒンズースクワットでは、曲げた時にかかとを浮かす。これにより、自然に足の親指に力が入る。
プロレスラーの足腰が「妙に強い」秘密は、こんなところにもあると思う。
腕振り運動をする時も、足の親指で、地面、あるいは、床をつかむような気持ちでやるよう、ちゃんと教えている人もいるが、それが効果的なやり方である。
腕振り運動は、身体全体の運動であるが、それ(足の親指で床をつかむような気持ちでやる)により、足の親指が立派に鍛えられ、それが驚くべき効果をもたらすのである。
歩く時も、足の親指で地面をつかむように歩くと、歩き方の効率が良くなって速く歩け、身体が引き締まり、あらゆる動きにキレが出てくるのである。

そして、相撲や剣道などの蹲踞(そんきょ)をすることで、足の親指を鍛えると共に、全身を調整し、身体全体が機能的で美しくなり、根幹から強くなる。
家にいる時に、しばしば蹲踞を行うようにすれば、その恩恵は計り知れないと思う。









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坐禅、静坐、結跏趺坐を超える蹲踞(そんきょ)

以下は、あくまで、坐禅やヨガ等の専門の修行者でない場合について述べたことである。

坐禅(座禅)が良いと聞くが、効果を実感した人は少ないと思う。
実際は、坐禅には細かい注意があり、専門家の指導を受けないといけないとも聞くが、専門家でも、やり方はかなり違うと思うし、優れた専門家の指導を少しくらい受けても、あまり良いことはないかもしれない。
そこで、明治・大正時代の教育家、岡田虎二郎は、日本人に馴染みの深い正座で瞑想を行う、岡田式静坐法を考案し、一時期、かなり普及し、現在も行っている人がいると思う。
正座自体は優れたところがあり、昔の日本人は、長時間正座することで腹筋や背筋が鍛えられ、特に運動をしなくても強い身体を持っていたらしい。
とはいえ、正座が脚を圧迫し、血行を悪くすることは否定出来ないと思うし、子供の時から慣れていないとうまく出来ないので、現代人にははっきり言って無理である。
また、岡田式静坐法も、結局のところ、坐禅に負けず劣らず難しいルールがある。
インドのヨガの結跏趺坐や半跏趺坐といったマニアックな座り方は、ある意味、気分が盛り上がる場合もあると思うが、少なくとも、西洋人や今の日本人には無理がある。

そして、上記に挙げたものは、全て、かなり長時間続ける必要がある。
岡田式静坐法は比較的短いが、それでも30分も座るらしい。
ただ、岡田虎二郎は、「静坐は1日中やらないといけない」とし、それは、腹に力を入れることであると言った。
腹に力を入れること自体は出来るが、それを1日中やることは、全く現実的ではない。
中村天風は、ヨガの流儀に従い、1日中、肛門を引き締めよなどと言ったが、そんなことが出来るはずがないし、彼だって、出来るのに5年かかったと言う。
気功の先生の中には、「1日トータル1時間肛門を締めよ」などと妥協案を出しているが、それもやっぱり無理だし、やったとして、何か良いことがあるかどうか疑わしい。

ところが、相撲や剣道に伝わる蹲踞(そんきょ)であれば、たとえ1日1回、数十秒でも効果がある。
こんな良いものが、なぜ、相撲や剣道以外、ほとんど行われていないのか、また、相撲や剣道をやっている人達すら、それほど重要視されていないのかと、私は不思議に思うようになった。
ただ、蹲踞は、元々、古武道のもので、それが、相撲や剣道といった純粋な日本の武道に受け継がれたのであり、その過程で、意味が忘れられ、形式化、儀礼化したのだと思う。
蹲踞は、かかとを浮かしてしゃがむが、体重の多くを、足の親指の下あたりで支える。
靴を履く現代人は、足の指をほとんど使わないが、足の親指は重要なパワースポットで、ここに力を入れることで全身にエネルギーが満ちる。
また、蹲踞でバランスを取ることで、神経や体幹(胴体の縦の中心)が鍛えられ、これは、あらゆる意味で優れた効果をもたらす。
本にそう書いてあったというのではなく、坐禅も静坐も、あるいは、ヨガ座り、その他も散々試した私が、それらと比較にならない強い効果をすぐに感じた。
そして、調べれば、古武道、古武術で、蹲踞は非常に重視され、その流れを色濃く受け継ぐ流派の合気道や空手、あるいは、歌舞伎や神道の儀式で、足の親指で巧妙に立つことが受け継がれているように感じる。

尚、足の親指と共に、手の小指も高度な力の源である。
左手の人差し指を立てて握り、その人差し指を右手で握り、右手の人差し指を立てる。
これで、両手の小指が締まるが、この絶妙なポーズは修験道で見られると思う。
剣道で、竹刀を持って蹲踞すると、やはり、足の親指と手の小指を共に使って効果抜群であるが、修験道式の手の形はさらに効果がある。
尚、確かに、岡田虎二郎が言うように、行法は多くやるにこしたことはない。
蹲踞の重要な点は、足の親指を使うことである。
よって、立っていても、椅子に座っていても、足の親指に力を入れ、床や地面をつかむつもりでいれば良い。
歩く時も、足の親指で地面をつかみながら歩く意識を持つのである。
腕振り運動の時、足の親指で床をつかむような気持ちでやることを指導する人もいるが、それは正しいことで、腕振り運動の効果を著しく高める。









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神秘的ルーチン

一頃流行った「ルーチン」という言葉を聞かなくなった。
今では、「そんな言葉、あったわね」という感じかもしれない。
ルーチンとは、「型通りの決まったもの」といった意味で、ラグビー選手の五郎丸さんがゴールキックの前に決まって行うポーズがルーチンとして注目され、ルーチンが深く考察されることもあったと思う。
そして、ルーチンとは非常に良いものであることは間違いないと思う(悪いルーチンもあるかもしれないが)。
偉大な人間で、およそ、ルーチンを持たない人間はいないくらいだ。
自分に相応しいルーチンが分かると、「これさえやっておけば絶対大丈夫だ」という信念にまでなり、実際に優れた威力や、ここ一番では神懸り的な力を発揮することもある。
そんなルーチンを持つ人間と、そうでない人間に大差があるのは当然だ。

相撲の仕切りや、剣道の試合前の礼もルーチンと言えるが、これらの競技では、蹲踞(そんきょ)という姿勢を取る。
なぜ、これら一連の動作があるのかの本当の意味は、今ではほとんど誰も知らないが、特に蹲踞は、心身を統一し、エネルギーをチャージするためのものと思う。
相撲では、股を大きく開いてかかとを浮かしてしゃがむ。
剣道でも、ほとんど同じ場合もあるが、片膝をつくスタイルもあるようだ。
いずれも、足の親指に力が入ることで、身体のエネルギー回路を開くスイッチを入れるのである。
蹲踞を真面目にやらない、あるいは、普段、蹲踞を重視しない力士や剣士は強くない。
そして、力士や剣士でなくても、蹲踞をすることに大きな意義があるし、むしろ、力士や剣士でない方が、自分にあったスタイルでやれる分、メリットが大きい。
ところで、剣士が竹刀を握って蹲踞するのは、さらに良いことと思う。
蹲踞で、足の親指に力が入るだけでなく、竹刀を持つことで、手の小指に力が入る。
足の親指と手の小指が、身体のパワースポットなのであるからだ。

女性の場合に限らないが、膝を閉じた蹲踞や、巫女さんがやるような、片足を引いて、かかとを浮かしてしゃがむ蹲踞の形も良い。
蹲踞の際、ふらふらせず、ぴしっと決まるようになれば、かなり心身、あるいは、霊の力がついている。
私流で言えば、蹲踞の後、膝に手をついて全身の力で軽く立ち上がり、両手を高く挙げる。その際、手は、
(1)握って拳を作る
(2)小指に力を入れて握り、親指と人差し指は開いている
(3)人差し指を伸ばす
などがあり、どれもそれぞれ異なる効果がある。
両手を高く挙げること自体に意味があるが、手を工夫することで、更に効果が高まるのである。
これを数回ゆっくりやり、さらに、腕振り運動をやれば・・・予測出来ない、あり得ないことが起こるかもしれない。









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心身の根本的な力を得る蹲踞(そんきょ)

私は、昨年末から、すっかり蹲踞(そんきょ)の魅力にとり憑かれている。
相撲では、股を大きく開き、かかとを浮かしてしゃがんだ姿勢だ。
剣道では、対戦前に、すっと腰を降ろして蹲踞することで、相手への敬意を示すところが素晴らしい。
剣道の場合は、片膝をつく姿勢になることもあるようだが、相撲のような蹲踞も見られる。
あるいは、神道の儀式で、巫女が、片足を引き、膝を閉じたまま、かかとを浮かしてしゃがむ姿が神々しい。
これも、蹲踞と言って良いと思う。

蹲踞には何かがある・・・ではなく、絶対にある。
足の親指と手の小指が、秘められたパワースポットであることは、武道や武術ではよく知られている。
剣は小指で握り、人差し指は決して使わない。
ナイフファイティングでは、人差し指を傷つけないという理由で、人差し指は浮かせるが、ベテランなら、小指で握った方が、身体全体の動きが自在になることを知っているはずだ。
同時に、足の親指に力がなければ、鋭い動きが出来ない。
そこで、蹲踞をして、足の親指の力をつけると共に、腰を中心とした体幹(胴体の中心あたり)の力やバランスを鍛えることで、根本から強くなれるように思う。
また、蹲踞をすることで、すみやかに心身が統一され、心が静まる。
蹲踞の時は、鼻で静かに呼吸すれば、最高の効果がある。
祈る時にひざまずくのも、少なくとも片方の足のかかとを浮かせ、その足の親指を使う蹲踞の姿勢であると思う。
真に崇める人の前で、自発的に片膝をつくのは、こちらの心身を統一し、美しい姿を見せることで敬意を表すことになるからである。
目の前に天使が出現したら、低俗な人間であれば平身低頭するが、力ある者であれば、美しく片膝をつく。
天使の前で片膝をつけるような者であるために、常に蹲踞をして、心身の根幹を鍛えると良いと思う。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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