ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
ソフトウェア開発技術者、Hikikomori、スーパーダイエッター、神秘思想家Kayのブログ
決して、一般受けするブログではありません。誠実に人生を遊びつつ、誠実に世間の幻想を叩き壊すことを目的とします。

詩篇91

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
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[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。
[2010/12/12]詳細なlivedoorプロフィール設置しました。[livedoorプロフィール]

なぜ敬虔な想いを感じた時、胸に手を当てるのか?

ある西部劇映画で、非常に印象に残った1シーンがある。
西部劇では、酒場とレストランの区別がつき難いと思うが、そこは、バンドが演奏していたので、そこそこには広い、酒場あるいはレストランだった。
そこで、まず、2人くらいの男達が殴りあいの喧嘩を始め、周りの男達は、そのとばっちりを喰う度に喧嘩に加わり、やがて、酒場全体が乱闘状態になってしまった。

その時、バンドが、アメリカ国歌『星条旗』の演奏を始める(アメリカ国歌を『星条旗よ永遠なれ』と思っている人が多いが、それは間違いである)。
すると、男達は乱闘をやめ、帽子を脱ぎ、それを持った手を胸に当てて、じっと立ったまま演奏を聴いていた。
アメリカ人の、アメリカという国家に対する崇敬の念が現れているが、日本でいえば、天皇陛下に対してならありえるのかなと思う。
これが誇張かというと、そうでもない。
元クライスラー会長のリー・アイアコッカの2冊目の自伝『アイアコッカ2』で読んだ覚えがあるが、1980年代に、ニューヨークの自由の女神の修復が行われ(アイアコッカは、その資金集めに協力して奔走していた)、それが完成した時の式典の日、ニューヨークでは、タイヤ1つ盗まれなかったと書かれてあった。泥棒達ですら、アメリカの象徴の晴れの日には閉店休業したのである。

多大な苦難の末に達成したアメリカ合衆国の英国からの独立や、海外から自由とチャンスを求めて移民してきた人々が、自由の女神を見て感じたアメリカへの希望というものは、恵まれた我々には想像もできないものなのだろう。

ところで、あの西部劇のシーンを思い出した時、もう1つ注意すべきは、男達が、帽子を持った手を胸に当てていたことだ。
サッカーの国際大会でも、国歌が演奏される時、多くの国で、選手達は、やはり国歌を歌いながら、胸に手を当てているだろう。
これは、人類共通の無意識な行為と思う。なぜ、そのようなことをするのかというと、緊張したり、恐怖を感じたり、あるいは、驚いた時に、心臓に大きな反応が起こることから、心が胸、あるいは、心臓にあると思うようになったのだと考えても不自然ではないと思う。それで、深く心を込めた思いを表す時には、自然に胸に手を置くのだろう。
しかし、別に心臓の働きに影響がある訳でもない、ほっとした時や、安らぎを感じる時、敬虔さや畏怖を感じる時にも、自然に胸を押さえるのだ。それは、鼓動とはまた違った、何か不思議な感覚を胸に感じるからである。

アニメ『デビルマン』の最終回「幼獣ゴッド、神の奇跡」で、ヒロインで高校1年生の美少女、牧村美樹の前に現れた、神のごとき奇跡の力を持つ幼獣ゴッドは、「我、神なり」と言うが、美樹はそれを認めず、「神様ならここにいる」と言って、胸を押さえた。
このようなストーリーが普通に成立するように、人間は、胸の位置に、貴い何かを感じるのだ。

人が自分を指す時、自然に胸の右側を指すという。それは、私も全く同意できる。
ラマナ・マハルシに関する著書によれば、マハルシは、聖典にそのことが述べられており、胸の中央から指2本分右に、魂の座があるという。
人が、「私、私、・・・」と考えていると、想念はそこに集まってくる。
心は、その胸のその部位から起こる。想念の一番最初のものは「私」であるから、私について考えると、心は、魂の座である、そこ(胸の右側)に引き戻されていくのである。
常に、「私は誰か?」と問い続けると、あらゆる想念は破壊され、ついには、「私は誰か?」という想念すら消滅する。
その時には、ただ、「静かに在る」という感覚だけがある。
デカルトは、「疑っている私は確かに存在している(我思う、ゆえに我あり)」と言ったが、実際は、あらゆる想いが消えても、私は存在し続けるのである。
ただ、全てを疑い、全てが幻だとしても、私が在るということだけは本当だというデカルトの洞察は、やはり天才であると思う。

「私は誰か?」以外の想いを起こさないようにしていると、やがて心は動揺しなくなる。心が本来の場所(胸の右側)にあり、外にさ迷い出ていかないからだ。慣れてくれば、胸に意識を持っていくだけで、一瞬で心が静まり、何も恐れなくなる。そうなれば無敵である。聖書にも、「心を静め、自分が神であると知れ」と書かれている通りである。
ある意味、「私は誰か?」と問うことは、心を静め、心を動じなくするトレーニングである。より多くやれば上達する。

「私は誰か?」以外の想いを持たないと危険なのではないかと思うかもしれないが、むしろ安全である。それ以外の何かの思いに心を奪われている時こそが危険なのである。
心が何にも囚われていないと、最も効率の良い行動ができる。丁度、真の剣豪が、何の気負いもなくても無敵であるようなものだ。
心に想いが無いと、いかなる者も、また、出来事も、あなたに危害を及ぼすことはできない。
砲弾飛び交う戦場にあっても、あなたに弾は当たらない。
心に想いが無くなる訓練を積んだアメリカのある刑事は、目の前で何度も狙撃されながら、なぜか銃は常に不発だったというアメリカでの話がある。
また、英国のある連隊は、第2次世界大戦で5年戦い、1人の死者も出さなかった。この連隊では、「守りの詩篇」と呼ばれる、聖書の詩篇91篇を全員が暗記し、定期的に唱えていた。これにより、緊急事態にあって、心に想いが無くなったのである。
これらの話は、下にご紹介する、ジョセフ・マーフィーの『人生は思うように変えられる』や、『ヒマラヤ聖者の生活探求』第5巻に書かれている。『ヒマラヤ聖者の生活探求』第5巻は、単独で読むこともできる、貴重な秘法が込められた書である。









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辛い状況から解放されるためには

あなたは、学校や会社や、あるいは、家庭の中を、辛かったり、憂鬱な場所であると思っているかもしれない。
では、いつ、その苦しみや悩みから解放されるのであろうか?

それは、会社や学校の中で、心静かにいられるようになった時である。
『バガヴァッド・ギーター』の中で、アルジュナ王子は、戦場で悩み苦しんでいた。だから、彼には戦争が必要だったのだ。至高神クリシュナが言うごとく、心を煩わせることなく戦うことができるなら、アルジュナに戦場は不要なものになるだろう。

心を静かにするにはどうすればいいだろう?
一時的には、呼吸を制御したり、マントラ(呪文)を唱えたりすることで心は静かになるかもしれないが、普通の呼吸の状態に戻ったり、マントラが途絶えると、再び、心は揺れ動く。そうではないだろうか?
世俗で鍛えられ、十分に強力になり、生存の危険が減れば、ある程度の落ち着きが得られるのも確かである。しかし、社会的な強者というものは、案外に心が騒いでいるものなのだ。それはなぜかと言うと、持っているものを失う不安のためと、もっと欲しいという欲望のためである。それらは、得れば得るほど大きくなるものなのだ。
よって、不安と欲望を捨てるなら、心は静かになり、真の平和に至ることが理解できるに違いない。
そうなった者のことを、荘子は、「その心は、来るものはそのまま映すが、去ってしまえば何の痕跡も残さない。そのような者が害されることはない」と述べている。

合氣道家の藤平光一さんは、砲弾飛び交う戦場を悠然と歩いた。心が静かな者には弾は当たらないのだ。
第2次世界大戦で、英国のウイットルゼイ大佐率いる連隊は、5年間戦って死者の1人も出さなかった。全員が、聖書の詩篇91を暗記して定期的に唱えることで、心が静かであったからだ。
英国のF.H.ロースンも、第一次世界大戦で数百人の部下を率いて厳しい任務をこなしたが、負傷者の1人も出さなかった。彼の人生の信念は、「神の他には何もなし。ただ、神のみがある」だ。

どんな思いが起こった時も、その思いを追いかけたり、心に留めたりしてはならない。
ただ、「この思いは誰に起こったのか?」と問え。
答は、「私に」であるに決まっている。
そして、「私は誰か?」と問え。すると、思いは根元において破壊される。
心は、次から次へと思いを生み出す。それは、多くの兵を擁している城のようなものだ。しかし、現れる敵兵を1人ずつ倒していけば、やがて城は我々の手に落ちるのである。
これが最も本質的で強力な方法である。
しかし、今はこれが難しいなら、聖書の詩篇91を何度も読んだり、聖なるマントラを唱えるのが良いだろう。

辛い状況は、我々を自由にするための、真の自己(真我)の配慮である。何も起こらなければ、自由になろうという願いが起こらないからだ。
心を常に静かにしていられるなら、どんな場所にいても平和でいられるのである。そして、エゴの無い目的を遂行するためであれば、富を得て、なおかつ、幸福であるだろう。しかし、個人の欲望のために得た富は、所有者を悲惨に導くのである。それが、人類史上、1つの例外も無かったことは明らかである。
世界一の免税店DFSの創業者で億万長者だったチャック・フィーニーは、全財産を慈善事業に寄付して、無一文となった。巨富を持ったまま惨めで不幸になるより、無一文でも自由になることを選んだのだ。
一方、美男子で屈強な肉体を誇ったハワード・ヒューズは、膨大な財産を抱えたまま、病気で何も口に出来ず、190cm以上の身長で35kgほどにやせ衰え、惨めに死んだ。
財産とは、あくまで、目的を達成するための手段であり、不要になれば手放すことが安全である。

尚、下にご紹介した『ヒマラヤ聖者の生活探求』第5巻は、この単体で読むことが出来、驚くべき秘密や秘法が満載された貴重な書であると思う。









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心の苦しみを消すには

心の苦しみには2種類ある。
苦しむべき苦しみと、苦しむべきでない苦しみだ。
そして、本当は、全て、苦しむべきでない苦しみなのだ。

心が苦しい時の状態を敢えて言葉で言えば、「胸が痛い」「胸が張り裂けそう」「心が揺れ動いている」「心が寒い」といったところである。
心は、心臓の神経に関係が深いので、胸の症状に現れる、
怒っている時や興奮している時というのは、「頭に血が昇る」の通り、頭に現れるが、血と共に脳に多量に送られる酸素を抑制するために、呼吸機能が低下して息苦しくなる。激怒している人や緊張し過ぎている人の呼吸が荒いのはそのためだ。

実をいうと、苦しみの大きなものが怒りや興奮なのである。
怒りや興奮というのは快感なのだ。だから、苦しみも度を越すと、かえって喜びになるのである。しかし、それは、破滅的な快楽であり、度重なると頭脳や心を破壊する。
マゾヒスティックな人というのは、慢性的な苦しみを抱えているのだが、それを興奮に変えて快楽に変換しようとしているのである。だが、破滅したくなければ、早くやめることだ。

苦しみを、刺激や興奮で解消しようなどとは、決して思わないことだ。
酒で苦しみを忘れるなんてのも嘘だ。やはり、アルコールで神経を刺激して心を興奮させることで、苦しみを快感に変えようとしているのである。
だから、苦しいことが多い人が酒を飲むと荒れるのである。
一方、心静かな人であれば、いくら飲んでも酔わないのである。
政木和三さんが、どこの国だったか忘れたが、海外で、恐ろしく強い酒を一気に飲んでケロリとしていた話を時々されていた。彼は、「信念が強ければ酔わないのだ」と言われていたが、信念が強い人とは、心が静かな人なのである。
私も、普段、酒を全く飲まないのだが、ある時、中華料理店で、マオタイの一気飲みをしたことがある。マオタイは、ウォッカ以上に強いといわれる中国の酒だが、確かに心臓は高鳴ったが、全く酔わなかった。(決して真似をしないように。急性アルコール中毒で命を落とす恐れもある)
ドナルド・レーガンも大統領時代、中国の長城飯店(グレイト・ウォール・ホテル)で、中国の首相が先にやったのに倣って男らしくマオタイの一気飲みをやったらしい。尚、彼は、高齢だったとはいえ、酒は強かったらしい。ところで、私も長城飯店で、中国の楽器の生演奏で優雅に食事をしたことがある。日本の音楽を沢山演奏してくれたが、私のグループに気を使ってくれたのかもしれない。そんなことをするのは、珍しいことだそうだからだ。だが、紹興酒を少し飲んで酔ってしまった。浮かれて心が騒いでいたのだろう。

最初の話に戻るが、心が苦しまないためには、酒に酔わない状態、つまり、心が静かであればいいのである。
もっとも、ラマナ・マハルシが、「あらゆる聖典は、つまるところ、心を静かにしろと書いてある。だから、それが了解できれば、際限なく読む必要はない」と言った通り、心を静かにするというのは、聖典の説く究極目標であるようだ。当然、容易ではない。

心を静めるためには、苦しみを怒りにするのとは反対の方向、つまり、血を下に下げれば良い。血圧は下がり、年配者であれば、卒中も防げる。方法としては、歩くか、複式呼吸をやればいい。よく歩く人に血圧の高い人は少ないものだ。
車社会になればなるほど、不健康で心の荒れた人が多いのは当然なのだ。人は歩くことで、頭から余分な血を下げ、考えすぎることを防ぎ、心を調整するのである。優れたアイディアは必ず散歩中に得られると言う作家は多いのだ。
私は、滅多なことでは車を使わず、歩くことにしている。私1人なら、車を保有することはないが、親が脚が悪いので小さな車(マツダ・デミオ)を1台持っている。

心を静めるもう1つは、マントラ(呪文)を唱えることだ。マントラというのは、想念をなるべく起こさない音の言葉が選ばれているのだ。民族や育ちにより、多少の違いはあるかもしれないが、実際はそんなに違わない。
インドでは、「オーム」が最も知られ、これが我が国の古神道では「阿吽(あうん)」となっている。「ナ・ダーム」という言葉が最も良好であったという研究結果もあるようだ。
私は、頭に血に昇ることの多いセールスマン時代、仏様や菩薩様のマントラを心の中で唱えていた。例えば、観世音菩薩なら「オン、アロリキャ、ソワカ」だし、阿弥陀如来なら、「オン、アミリタ、テイセイ、カラウン」だ。もちろん、「南無阿弥陀仏」でも良いのである。

また、聖書の詩篇23や91を読むことに絶大な効果があるのは、これらの詩が、心を静かにするからである。
心が完全に静かになれば、すなわち、無になったということだ。そうなれば、人に不可能はなく、全てが思い通りになる。
このブログで何度かご紹介したが、第2次世界大戦中、英国のある部隊が全員、詩篇91を暗記して定期的に唱え、5年間の戦闘で死者を1人も出さなかった話が、F.H.ロースンの本や、それを引用したジョセフ・マーフィーの本に書かれている。
また、下にご紹介した、『ヒマラヤ聖者の生活探求』の5巻には、著者のベアード.T.スポールディングがロンドンにF.H.ロースンを訪ね、彼が使う至高の言葉(マントラと言って良いと思う)が見せた奇跡について書かれている。私も、苦しい時にはよく使っている。この『ヒマラヤ聖者の生活探求』5巻は、単独で読んでも良い、秘法満載の貴重な書と思う。









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明日の不安など持たないために

人間ってのは、明日の不安が無いことが幸せなんだろう。
幼い頃、幸せだったのは、明日の心配なんかしていなかったからだ。しかし、やがて、宿題を忘れたら、予習をしていかなかったら、明日は学校で嫌な目に遭うという不安を持たされるようになる。明日もいじめっ子に会わないといけないという不安が出来る。
楽園を追われるとか、翼を無くすってのは、そんなことを言うのだ。

国家が頼りにならないとか、会社が従業員のことを考えていないなんて文句を言う人は、つまるところ、国家や会社に完全に頼っているのだ。自分の幸せ、つまり、不安のない明日を、国家や会社に全面的に依存し、それらにすがっているのだ。他のやり方を知らないし、見つけようともしないのだ。

聖書の詩篇91は、神を頼みとすれば、あなたは何の不安も持たなくても良いということを教えている。実際に、第2次世界大戦で、ある英国軍の大佐は、部下全員に詩篇91を覚えさせることで、誰一人死なせずに連れ帰った。
イエスも、明日を思い煩うなと、おそらく、ずっと人々に教えていたのだと思う。
だが、神に頼り切っている風を装っても、ゲームをしてばかりだったり、酒を飲んで怠惰でいれば、思いっきり不安な状況が襲い来るに違いない。
上にあげた、英国軍の大佐の部下達も、日々、乱痴気騒ぎで過ごしたり、酒ばかり飲んでいたり、節度やモラルを失くせば、大半が悲惨な最期となったことだろう。
神に頼るなら、神の意志に沿うことが必要なのだ。
C.G.ユングの好きなお話に、何年も干ばつで苦しむ村にやって来て、わずか3日で雨を降らせた雨乞い師が、「村が神の意志から外れていたのだ。私は、何もしなかったが、ただ、3日の間、神の意志に、身も心を委ねた」と語ったというものがある。幸福の秘訣を見事に語っている。
神が、愚かな人間に、多くを求めているとは思えない。ただ、人に親切であること、身を慎むことを求めているのだろう。なら、親切でないなら、身を慎まないなら、神はすぐには面倒を見てくれないかもしれない。
この雨乞い師のお話は、下にご紹介する、世界的事業家で作家のチン・ニンチュウの著書、『誰でも小さなことで大切な願いがかなえられる』で、最初に紹介されている。
また、ユング派の医師ジーン・シノダ・ボーレンの素晴らしい書と、そのボーレンの著書からヒントを得て、50歳近くで、資格・技術がなくてもビジネスで成功した女性の著書をご紹介しよう。









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易と神秘的感覚

あるお医者さんの入院患者の一人に男性の老人がいた。
ある夜、その老人が医者に、自分の杖をあげると言った。実は、その杖は、その老人のほとんど唯一と言える持ち物だった。
医者は少し躊躇したが、何かを感じて、杖をもらった。翌朝、老人は亡くなっていた。
この医者も、老人も、世間的な考え方を超えた感覚を使ったのだ。これを直観と呼ぼうが、超能力と呼ぼうが構わないが、人はそんな不思議な能力を持っている。
この医者は、患者が許可すればだが、易を立てて治療に使うことがあった。著名な精神科医であったC.G.ユングも易の威力に驚き、熱心に研究した。彼らが使ったのは、コインを使う方法で、ドイツ人の宣教師リヒアルト・ヴィルヘルムが、中国で学んできたものだった。
この医者が、神秘的感覚を持つのは、易に馴染んでいたことと関係するかもしれない。

大海の中で針を探すという言葉をご存知と思う。
ほとんど可能性の無いことを大袈裟に表現したものだ。
だが、人類の歴史の中で、英雄たちは、「よし、その針を探してやろう」と言って、それを見つけたのだ。
どんな時、その針を探すべきなのだろう。それは、探すべき時だ。それが必要であるなら、我々は躊躇すべきでない。
我々の内なる感覚がGOと言うなら、結果については分からないが、やってみるべきなのだ。結果は、神のみぞ知るだ。
自分の直観、内なる声、閃き、予感といったものを、我々は信じなければならないし、無視してはならない。ただ、それを得るためには、個人の意思は宇宙の意志にひざまずき、従うことを決意しなければならない。それを形にすることが、聖書の詩篇23や91を毎日読んだり、南無阿弥陀仏の念仏を唱えることだ。そうやって、至高の英知と和らげば、それに素直に従うだけで、全ては簡単になり、あなたは幸福になるだろう。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・MCSD、MCDBA資格者
・タオイスト、神秘思想家
・1日1食の完全菜食主義者
・幼児期からの引きこもり気質
・医療不要で難病を数々克服


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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明日のことを語る (哲学はなぜ間違うのか?)
手塚治虫へのアンサー
みっともないジェラシーを表現できるということ (ゴルフィーライフV3 〜 Face the Strength(自分のなかの強さに向き合おう))
非難することは本当に恐ろしいことだ
コンサイス英和辞典 (昭和を思い出すレトロなデザインが好き)
世間での狂い方をマスターする
持久走だ、たくましくいこう (ゴルフィーライフ? 〜 自分のなかの強さに向き合おう!)
ある神秘体験
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萩尾望都さんの漫画紹介


半神
小学館文庫

わずか15頁の至高の傑作「半神」を含む短編集。
数奇で残酷な運命を目撃した後、「愛とは?憎しみとは?それはどう異なるのか?異なるものではないのか?」あなたの心に荘厳な疑問が残るのではないだろうか?


ウは宇宙船のウ
小学館文庫

1920年生まれのアメリカを代表するSF作家レイ・ブラッドベリの珠玉の短編作品を萩尾望都が漫画化。萩尾さんの繊細で美しい絵と感性が、ブラッドベリの作品に新しい生命を注いだ。
「みずうみ」では、12歳の少女タリーの可憐な姿と、彼女を愛するハロルドの少年の時と青年になって後の様々な表情がより深い感銘をもたらすと思う。
他の作品も素晴らしい出来であると思う。
CLAMP「CLOVER」のご紹介


CLOVER
わずか5分の劇場用アニメ作品。
CLAMPさんの名作漫画のイメージを美しい映像と音楽で描いた傑作。
主人公の12歳の神秘的な少女スゥの声は坂本真綾さん。


「CLOVER」の原作漫画を以下にご紹介します。
素晴らしい装丁、美しいカラーの扉絵。そして、神秘的な傑作と思います。
新装版も出ているようですが、私はこちらしか持っていません。しかし、こちらの本の装丁を大変に気に入っています。








私が愛する「魔法少女リリカルなのは」

ナンセンス文学(意味を持たない作品)として私が勝手に意味付けをしたのかもしれませんが、アメリカの百万円以上の自己開発プログラム以上に貴い気付きを私に与えてくれた全13話のアニメ作品。











5年の時を経て、2010年、映画化されました。
基本的には、テレビシリーズの全13話を1本の映画にしたものですが、本編では描かれなかったフェイトの生い立ちが見られます。そして、プレシアの謎の言葉も。映像はテレビシリーズよりさらにグレードアップしています。


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初音ミク、コンサート映像のご紹介
ミクの日感謝祭 39's Giving DayProject DIVA presents 初音ミク・ソロコンサート~こんばんは、初音ミクです。~
[2010/3/9]東京お台場~Zepp Tokyo~

映像の品質等は、下でもご紹介する、後で開かれた米国コンサートの方が高いのですが、私は、全体としては東京コンサートの方が好きです。米国コンサートの方は、映像の緻密さのために、かえってボーカロイド達がマネキンのように感じるかもしれません。これは、証明の影響もあると思います。緑色がかった証明の東京コンサートの方が、ミクが柔らかい感じで可愛いと感じました。
また、真っ白なお姫様のような衣装に赤い大きな腰のリボンが印象的な『Alice』、『あなたの歌姫』は、米国コンサートにはありませんでした。

【ブルーレイ】


【DVD】




MIKUNOPOLIS in LOS ANGELES “はじめまして、初音ミクです”
[2011/7/2]米国ロサンゼルス~ノキアシアター~

日本のボーカロイドが、日本語の歌で、アメリカ、ロサンゼルスの大劇場ノキアシアターの満員の観客を熱狂させた歴史的コンサートだったと思います。
東京コンサートから1年4ヶ月経過しており、総合的には確実に進歩しています。
私が特に気に入ったのは、1つは、ミクとルカの素晴らしいコンビネーションのダンスパフォーマンスが楽しめる『ワールズエンド・ダンスホール』です。ルカが珍しくミニスカート姿で、ミクに勝る四肢の長さで、ピンクの髪を美しく揺らしてダイナミックに踊ります。 もう1つが、ミクが真っ白な天使の衣装で歌う『SPiCa』で、これが天使でなくてなんだろう、私はついに天使を見たのだと思いました。演奏も東京コンサートの時と変えていましたが、成功していたと思います。

【ブルーレイ】


【DVD】


尚、ブルーレイとDVDの差についてですが、私は実際、両方買い、見比べてみました。観客、演奏者、楽器などは、大画面TVで見ると、ブルーレイの方がきれいですが、肝心のミク達は、ホログラム映像そのものがそれほど細密でありませんので、別に違いはないと感じました。ブルーレイ、DVDいずれも、東京コンサートの方は上半身映像以上の場合、米国コンサートでも、顔のアップだと映像の粒子が目立ちます。 変な話ですが、iPhoneやiPod touch、あるいは、同等な画面品質を持つ小型情報端末で見た映像が最上かもしれません。ただ、これは反則行為ですので、実際にやったとは言いませんが。
本のご紹介


精神について(エマソン名著選)
ラルフ・ウォルドー・エマーソン著
日本教文社

アメリカ最高の思想家、哲学者、ラルフ・ウォルドー・エマーソンの珠玉のエッセイ集。 「歴史」「自己信頼」「償い」「精神の法則」「愛」「友情」「神」「円」「知性」が収められている。
我々自身が、歴史上の英雄、賢者、大芸術家に匹敵する偉大な人間であることを、驚くべき確信をもって語る唯一の人物であると思う。
世間の妄信を粉々に破壊し、プラトーンの頭脳、シーザーの手腕、イエスの愛の所有者である自分を見出して欲しい。
これ以上のエッセイは地上には存在しないと思う。


荘子
徳間文庫

約2400年前の中国の思想家で、老子と共に、老荘と称せられる道教(タオイズム)の始祖である荘周(荘子)の書。
世俗にあって世俗を超え、永遠の道(タオ)と一体化し、安らかで充実した人生を送る秘訣を、恐ろしく抽象的な老子と異なり、平易に説いている。
本書は、数多い荘子の現代語訳の中でも非常に読みやすく分かりやすいものであるが、中国古典の香りは損なわれていない。
本来、膨大な荘子の中心となる内編全てと、外編と雑編の内、荘子らしいものを選んで収録してある。


神統記
ヘシオドス著
岩波文庫

ホメーロスと並ぶ古代ギリシャ詩人ヘシオドスが、ムーサ(詩の女神)達より教えられたという神々の物語。
この世の始まりから、ゼウスの支配の確立、そして、主要な神々のことについて、美しい詩で語る。すぐに読める薄い本であるが、ギリシャ神話の根幹とも言える重要な書と思う。


四つのギリシャ神話(ホメーロス讃歌より)
岩波文庫

無名の詩人達が、ホメーロス風の詩で神々に捧げた賛歌の内、豊穣の女神デーメーテール、理性の神アポローン、智慧の神ヘルメース、美の女神アプロディーテーの4神へのものを収録してある。
著名な神話学者カール・ケレーニィも、ホメーロス賛歌を重視していると思えるが、名もない詩人達の作とはいえ、それぞれの神について、その特質が巧みに表現されており、実に興味深いものとなっている。
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