ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
ソフトウェア開発技術者、Hikikomori、スーパーダイエッター、神秘思想家Kayのブログ
決して、一般受けするブログではありません。誠実に人生を遊びつつ、誠実に世間の幻想を叩き壊すことを目的とします。

観無量寿経

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
Twitterは、ちゃんとプロフィールが書かれ、1週間以内に1回でもツイートされている人なら、フォローしていただければ、大抵フォロー返します。

[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。
[2010/12/12]詳細なlivedoorプロフィール設置しました。[livedoorプロフィール]

シャンバラに招かれる者とは

落語に『死神』というものがあるが、どこかで見たり聞いたりしたことがあるかもしれない。
その落語のお話の中で、ある真っ暗な洞窟の場面がある。そこには、無数のロウソクが燃えている。
このロウソクは、地上の1人1人の人間の寿命で、ロウソクが燃え尽きた時、その人は死ぬのである。
このお話は、グリム童話の『死神の名付け親』から来ている。このお話でも、地獄の洞窟の中に、人の寿命を示すロウソクが沢山燃えているのだ。

ひょっとしたら、似たような話は他にもあるかもしれない。
私も誰かに教えられた訳ではないが、小学校の低学年の頃、あるところに存在する沼に、泡(あぶく)が絶え間なく浮かび上がって来るが、その泡の1つ1つが、人間1人1人であると考えたことがあった。なぜ、そんなことを考えたのかは分からないが、ひどく確信を持っていたものだ。

ギリシャ神話では、3人の運命の女神モイライが、それぞれの人間に対応した糸を切れば、寿命が尽きるとされていた。
北欧神話にも、似たような3女神ノルンがある。

人の運命とは分からないものだが、その構造は、案外に単純だということだろうか?
そして、人の運命は、何ものかの手委ねられているのだ。
いずれにしても、人は自分の運命や寿命を、自分ではどうすることもできない。
ほたるの光を、人の命に喩えることもよくある。
やはり、人の命は儚いものであると思われるのだろう。

だが、こう考えてみても良いだろう。
地球の地下深くに、地獄や黄泉の国ではないが、地上とは異なる別世界がある。
昔から、シャンバラ、シャングリラ、ザナドゥ、桃源郷などと呼ばれていた世界だ。
地上の人類とは比較にならないほど進歩したその世界は、人類が現れるよりはるかな昔から存在していた。地上に現れた超人、聖人達は、この世界から地上に出た者達だ。
その中の、ある荘厳な建物の中の一室は闇に包まれている。
しかし、そこには、無数の小さな蛍火が光っている。
それが、地上の人間1人1人の魂だ。
進歩した魂は、明るく力強い。しかし、欲望に従って生きているだけの愚鈍な魂は薄暗い。
ひと際明るく輝く魂があれば、この世界の聖者は地上に出て行き、その者の前に現れる。聖者は、その素晴らしい魂の持ち主に教えを授け、そうして、その者がさらに進歩し、光が強くなれば、その者を地下の世界に迎えるのである。
新しく地下の世界に参入した者は、引き続き、学習や修行を行う。この世界では、エネルギーや食料などは無限に容易く創り出せるので、労働する必要はない。地上の人間の知らない身体や心の使い方もマスターし、その寿命は、地上の人間とは比較にならないほど長くなり、いつまでも若い。
そんな世界に、意識レベルの低い者が来ることは決して無い。太古の昔、そんな世界が地上にあったが、住人の中に欲望が強くなって堕落する者が現れ、そんな者達のために大惨事が起きて世界が滅びたことがあった。その生き残りが地下のこの世界に逃れたのだ。だが、その時、堕落した人間を助けることはしなかった。

地下の世界で学び続け、十分な進歩を遂げると、地上の人間を導く役目を負うことになる。
こういった世界を、釈迦は極楽浄土と言い、イエスは天国と言ったのだろう。もちろん、彼らも、地下世界の聖者だった。
経験的に言えば、地下世界を実際に訪れて、目で見ることは難しくても、感じることはできるものだ。
地下とは言っても、言ってみれば四次元的な世界で、地上とはかなり異なる。
世間での生活が辛く苦しくても、欲望を捨て、魂を磨くことだ。地下の聖者は、全ての人類をそこに迎えるか、あるいは、地下の都を地上に移すかしたいと思っているのだ。
あなたの進歩も、シャングリラの聖者により注意深く見られているのだ。

考えてみれば、地下の世界の様子は、『観無量寿経』に書かれた極楽浄土のようだ。
難しいことではないが、肉食をやめ、食を慎み、性行為は、エロチックなものを見たり、考えたりすることも含めて避けていると、感覚が研ぎ澄まされ、そんな世界のことが心に浮かぶようになる。『観無量寿経』では、釈迦が、その世界を思い浮かべる方法を教えている。実際は、その通りにやることは不可能かもしれないが、それが出来ない場合のことも教えているのである。
地下世界の様子は、『エメラルド・タブレット』を読めば、いくらか想像がつくようになるかもしれない。
それで、確信が持てれば、魂の光を輝かせることを考えるようになるだろう。









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今年の健康診断も完璧な結果でした

今日は、先日受けた健康診断の結果をもらった。
全項目について問題なしという結果で、例年通り、完全に健康という診断である。
4年ほど前は、「異常」「要精密検査」だらけであったのが嘘のようだ。あの頃は、肉食中心の1日3食で、特に昼と夜は満腹するまで食べ、間食も多かった。
それが、4年前の7月の末頃に、不意に1日1食の菜食主義となり、一切の間食もやめた。
それでも、2年くらいは、魚や卵は食べていたし、野菜コロッケや天ぷらもよく食べていたが、今は、会食の時を除き、魚介類も卵も、揚げ物も食べないし、米も食べなくなった。
現在、毎日食べているのは、パン、野菜、根菜、果物、ナッツである。それで不満は一切なく、美味しく、楽しくいただいている。
そして、毎日、腕振り運動を2000回欠かさずやっているのだから、健康であるのは自然なことと思う。それでも、今年は、乾癬(難病の皮膚病)にかかったり、発熱とめまいで倒れたりしたが、それは、無理な仕事や寝不足などによる精神ストレスのためで、反省して身体をいたわると、以前以上の体調になり、乾癬も治った。乾癬というのは、自然に治ることはほぼ無く、何十年も苦しみ、それに耐えられずに自殺したという人すらいるという辛い皮膚病である。しかし、私は、『観無量寿経』を読んで、念仏することを覚え、少し多く寝るようにすることで、自然に治してしまった。

インドの至高の聖典、『バガヴァッド・ギーター』で、最高神クリシュナは言う。「食べ過ぎてはいけないが、少食過ぎてもいけない」と。全くその通りだ。食事は楽しむものだ。
私は、1日1食で、完全な菜食主義だが、そこまでやる必要はない。肉食はあまりお奨めしないが、魚は日本人に合っているはずだ。
出来れば、昼食は抜くか、ビスケット2枚程度にするのが良いと思う。慣れるまでは辛いが、慣れてしまえば快適になる。もちろん、自分に合ったようにやれば良い。
水野南北は、人の運命は食で全て決まると断言したが、食を慎めば、幸運の共時性が起こり、嬉しいことが起こるようになるはずである。

※腕振り運動については、当ブログ内の以下のリンクを参考にして欲しい。
腕振り運動で若返る原理
天使か妖精のように軽くなる方法
地球や天と共鳴する腕振り運動
腕振り運動の効果、最新レポート









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人は聖者になど成れない

『方丈記』の著者である鴨長明(かものちょうめい)は、法然上人と親鸞聖人の中間くらいの年齢だろう。長明が13歳の時、平清盛は太政大臣になっている。そんな時代だ。
長明は、神官の名家の出身で、文芸の才能に恵まれ、世間での誉れも高かったが、50歳を過ぎて、山の中に隠遁した。理由は、思うように出世できなかったことをきっかけに、世間が嫌になったのだろう。十分に偉くなっていたと思うが、それも自己評価と釣り合わなかったのだろう。
それで、聖者を目指し、自給自足で修行する清らかな生活を送った。学のある彼のこと。いろいろ、立派なことを考え、それを書いたりもした。
ところがある朝、気付いてしまう。
聖人ぶっていても、所詮、自分はただの俗物だと。
彼は、悟りでも開きたかったのだろう。しかし、そんなものと程遠い。せっかく俗世を離れ、がんばったのに・・・という思いでもあっただろう。彼は激しく落胆し、憂鬱に落ち込んだのかもしれない。
いったい、なぜ、こんなにうまくいかないのだろう?
彼が自分に尋ねた時、自然に、「南無阿弥陀仏」の念仏が出てきたのだ。

私の知る範囲でだが、これほど美しい文学のラストは無い。
これを、偉い学者先生たちは、えらく難しい解釈をする(それが学者の仕事なのだろうが)。
『方丈記』が書かれた年とされるのが、法然上人が亡くなった年というのも、偶然としては出来過ぎと思う。
ところが、あの聖人と誉れ高い法然も、自己評価としては、最初から、この時の鴨長明と変わらなかった、あるいは、もっと低かったかもしれない。さらに、有名なその弟子、親鸞となると、さらに低い。法然は、自分は念仏以外に何も出来ない俗物だ。だから、ひたすら念仏だけやった、それだけだと言ったのだ。

「南無阿弥陀仏」とは、「阿弥陀如来に帰依します」、つまり、「阿弥陀如来様を心から信じ、全てお任せします」という意味で、自分の力を全く頼まない、絶対他力の意志だ。
長明は、自分の力で悟りを開こうとしたのだろう。そんなことが出来るとでも思ったのだろうか?
阿弥陀如来というのは、もちろん、本当に大仏のような姿の存在ではなく、宇宙の英知とでもいうべきものだろう。
人は聖人になることは出来ない。そんなことは諦めて、絶対的な存在に頼りきってしまうことだ。長明の深い心はそれを知っていたのだろう。だが、長明の愚かな表の心はそれが分からなかったのだ。一度、栄誉を得た人間はそんなものなのだろうか?
法然は、自分の愚かさを嫌というほど思い知っていたのだろう。そのあたりが、法然と長明の違いかもしれない。
釈迦が念仏の教えを説いたと言われる、『観無量寿経』は、釈迦がインドの王妃に説いたものだが、ある人の解釈では、その王妃が、自分の愚かさを思い知った時、釈迦は、彼女がそれを悟ったことを喜んで、この教えを説いたものとしている。
仏教でも、キリスト教でも、道教でも同じで、自分の愚かさを本当に知った時が救いなのだと思う。
アダムスキーは、自分はキリスト教徒ではないが、イエスは崇拝すると言っていた。彼は、個人の自我が、宇宙の英知に従うことを決意し、それをすれば、自我と宇宙の英知が融合して1つになると言った。そのためには、自我は、自分の愚かさを認めるしかないだろう。









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不老不死の教え

昔、中国で、ある仏教の僧が病気になり、彼は、道教の大学者のところに行って仙道の不老長寿の秘法を学んだ。そして、仙術の貴重な大巻の書である『仙経』を得ることができた。
ところが、その僧は、インドから来たある僧に偶然出逢い、もっと優れたものがあると言われた。それが、『観無量寿経』という仏教の経典である。それは、さして長くないもので、1冊に収まっている。その内容は、お釈迦様が、インドのある王家のお妃に説いた教えで、それを聞いていたお釈迦様の弟子が後の世に伝えたものだった。それを見て、僧はたちまち、その偉大さに驚き、『仙経』を焼き捨て、『観無量寿経』を学んだ。『仙経』が不老長寿なら、『観無量寿経』は不老不死の教えとも言える。

日本で仙術を学ぶことは難しい。実際は、本場中国でも難しい。教書は難解であるからだ。このあたりは、西洋の魔法書カバラーに似ている。そして、仙術の教書で、日本語に翻訳されたものはほとんど無い。
だが、高藤聡一郎さんが、多くの中国の原典を調べ、そのまま翻訳するのではなく、分かりやすいようにまとめて本を書いてくれている。その正確さを検証する方法は無いが、彼は、自分が納得したことを本に書いてくれており、信用して良い。高藤さんの本は、彼の独断と言えばその通りであるが、この世のいかなる教えも、実際は独断なのだ。人の独断を、自分勝手にではなく、自分の内にある英知と響き合わせて取り入れることが、学ぶということなのだ。それと全く違い、偏見を強制的に叩き込まれるのが学校教育であり、そこで奴隷化された人間が、政府や大企業の決めた掟を叩き込まれた人民の集合が国家なのである。

『観無量寿経』の翻訳で、学術的で正確なのは、岩波書店版のものだ。私は、これを読んでいてめまいを覚えた。表面的には、同じようなことを延々と繰り返すからだ。このあたりは、素人なのだから仕方がない。
一方、高橋信英さんが書いた『観無量寿経』の現代語訳は、全く彼の独断であるが、ハートに溢れた楽しいものだった。
この『観無量寿経』と、『阿弥陀経』、『無量寿経』と合わせて、浄土三部経と言う。最も長い、根本的なものは『無量寿経』で、別名『大無量寿経』という。
法然上人が、中国の高僧による浄土三部経の解釈を分かりやすくまとめ、さらに自分の解釈を加えたものが、『選択本願念仏集』で、法然の代表的著作とされている。もっとも、法然自体は、この書を依頼してきたある人以外に見せる気はなかったようである。私は、これのおかげで、岩波版の『観無量寿経』なども、よく理解できるようになった。

高橋信英さんが書いた『観無量寿経』の現代語訳を読むと、お釈迦様の教えの精髄に触れて生命を取り戻し、自信を得るのではないかと思う。生命力を得れば、あらゆる能力も開発されるだろう。









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真の生きがいとは

人は、生きがいがあれば色鮮やかな人生を生きていけるが、生きがいがなければ、本能だけで動く空虚な灰色の人生を生きなければならない。
生きられると、生きねばならないの違いは大きいだろう。

だが、我々は、子供の頃に生きがいを壊されてしまっている。
子供の時、本当の生きがいは魔法使いになることだったのに、お医者さんになるとか、サッカー選手になるというものに、無理矢理変更させられなかっただろうか?
いつまでも子供の夢を見ていてはいけないという、もっともらしいことを言う者もいるが、だからといって、奴隷としての生きがいを持ってはならない。
テレビで、小学生の子供が、焼肉やハンバーグといった美味しいものを食べに行くのを最大の楽しみにしているのを見せた番組があったが、本来、子供というのは、楽しいことをやっていれば寝食を忘れるものである。あの子供は既に奴隷であり、生きていないのである。本当の生きがいがないと、人は食べることとセックスにしか関心を持たないのである。
それに引きかえ、魔法使いになるというのは、高貴で賞賛されるべき生きがいである。
ただ、それが、自分だけの、個人の欲望に基く生きがいであるなら、確かに、早く卒業すべき子供の夢であり、大人にとっては妄想である。
しかし、ただ金持ちを目指すのは愚かなことで、魔法使いになるついでに金持ちになることが合理的なら、そうすれば良いだけのことである。
「子供が私の生きがい」なんてのもとんでもない。子供は早くあなたを不要とするようにならなければ、そのあなたの生きがいとやらは死んだも同然なのだ。あなたは迷惑なのである。

つまるところ、人間の目標なんて1つしかない。神や仏になることだ。
だが、人に神や仏は見えない。だから、イエスは人の形をとった神の姿(それをキリストという)の手本を示し、目指すべき生きがいを人々が持ちやすくしたのだ。また、浄土系仏教の聖典『観無量寿経』では、仏の姿を見る方法と、それになる道を示した。興味深いのは、イエスも、『観無量寿経』も、それを成し遂げるまでは、神や仏がその人を守ることを保障している。つまり、本当の生きがいを持つ者は天に保護される。
サミュエル・スマイルズは「天は自分で自分自身を助ける者を助ける」と言ったが、本当に自分自身を助けるとは、真の生きがいを持って生きることである。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・MCSD、MCDBA資格者
・タオイスト、神秘思想家
・1日1食の完全菜食主義者
・幼児期からの引きこもり気質
・医療不要で難病を数々克服


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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明日のことを語る (哲学はなぜ間違うのか?)
手塚治虫へのアンサー
みっともないジェラシーを表現できるということ (ゴルフィーライフV3 〜 Face the Strength(自分のなかの強さに向き合おう))
非難することは本当に恐ろしいことだ
コンサイス英和辞典 (昭和を思い出すレトロなデザインが好き)
世間での狂い方をマスターする
持久走だ、たくましくいこう (ゴルフィーライフ? 〜 自分のなかの強さに向き合おう!)
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萩尾望都さんの漫画紹介


半神
小学館文庫

わずか15頁の至高の傑作「半神」を含む短編集。
数奇で残酷な運命を目撃した後、「愛とは?憎しみとは?それはどう異なるのか?異なるものではないのか?」あなたの心に荘厳な疑問が残るのではないだろうか?


ウは宇宙船のウ
小学館文庫

1920年生まれのアメリカを代表するSF作家レイ・ブラッドベリの珠玉の短編作品を萩尾望都が漫画化。萩尾さんの繊細で美しい絵と感性が、ブラッドベリの作品に新しい生命を注いだ。
「みずうみ」では、12歳の少女タリーの可憐な姿と、彼女を愛するハロルドの少年の時と青年になって後の様々な表情がより深い感銘をもたらすと思う。
他の作品も素晴らしい出来であると思う。
CLAMP「CLOVER」のご紹介


CLOVER
わずか5分の劇場用アニメ作品。
CLAMPさんの名作漫画のイメージを美しい映像と音楽で描いた傑作。
主人公の12歳の神秘的な少女スゥの声は坂本真綾さん。


「CLOVER」の原作漫画を以下にご紹介します。
素晴らしい装丁、美しいカラーの扉絵。そして、神秘的な傑作と思います。
新装版も出ているようですが、私はこちらしか持っていません。しかし、こちらの本の装丁を大変に気に入っています。








私が愛する「魔法少女リリカルなのは」

ナンセンス文学(意味を持たない作品)として私が勝手に意味付けをしたのかもしれませんが、アメリカの百万円以上の自己開発プログラム以上に貴い気付きを私に与えてくれた全13話のアニメ作品。











5年の時を経て、2010年、映画化されました。
基本的には、テレビシリーズの全13話を1本の映画にしたものですが、本編では描かれなかったフェイトの生い立ちが見られます。そして、プレシアの謎の言葉も。映像はテレビシリーズよりさらにグレードアップしています。


PV since 2010/09/08
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初音ミク、コンサート映像のご紹介
ミクの日感謝祭 39's Giving DayProject DIVA presents 初音ミク・ソロコンサート~こんばんは、初音ミクです。~
[2010/3/9]東京お台場~Zepp Tokyo~

映像の品質等は、下でもご紹介する、後で開かれた米国コンサートの方が高いのですが、私は、全体としては東京コンサートの方が好きです。米国コンサートの方は、映像の緻密さのために、かえってボーカロイド達がマネキンのように感じるかもしれません。これは、証明の影響もあると思います。緑色がかった証明の東京コンサートの方が、ミクが柔らかい感じで可愛いと感じました。
また、真っ白なお姫様のような衣装に赤い大きな腰のリボンが印象的な『Alice』、『あなたの歌姫』は、米国コンサートにはありませんでした。

【ブルーレイ】


【DVD】




MIKUNOPOLIS in LOS ANGELES “はじめまして、初音ミクです”
[2011/7/2]米国ロサンゼルス~ノキアシアター~

日本のボーカロイドが、日本語の歌で、アメリカ、ロサンゼルスの大劇場ノキアシアターの満員の観客を熱狂させた歴史的コンサートだったと思います。
東京コンサートから1年4ヶ月経過しており、総合的には確実に進歩しています。
私が特に気に入ったのは、1つは、ミクとルカの素晴らしいコンビネーションのダンスパフォーマンスが楽しめる『ワールズエンド・ダンスホール』です。ルカが珍しくミニスカート姿で、ミクに勝る四肢の長さで、ピンクの髪を美しく揺らしてダイナミックに踊ります。 もう1つが、ミクが真っ白な天使の衣装で歌う『SPiCa』で、これが天使でなくてなんだろう、私はついに天使を見たのだと思いました。演奏も東京コンサートの時と変えていましたが、成功していたと思います。

【ブルーレイ】


【DVD】


尚、ブルーレイとDVDの差についてですが、私は実際、両方買い、見比べてみました。観客、演奏者、楽器などは、大画面TVで見ると、ブルーレイの方がきれいですが、肝心のミク達は、ホログラム映像そのものがそれほど細密でありませんので、別に違いはないと感じました。ブルーレイ、DVDいずれも、東京コンサートの方は上半身映像以上の場合、米国コンサートでも、顔のアップだと映像の粒子が目立ちます。 変な話ですが、iPhoneやiPod touch、あるいは、同等な画面品質を持つ小型情報端末で見た映像が最上かもしれません。ただ、これは反則行為ですので、実際にやったとは言いませんが。
本のご紹介


精神について(エマソン名著選)
ラルフ・ウォルドー・エマーソン著
日本教文社

アメリカ最高の思想家、哲学者、ラルフ・ウォルドー・エマーソンの珠玉のエッセイ集。 「歴史」「自己信頼」「償い」「精神の法則」「愛」「友情」「神」「円」「知性」が収められている。
我々自身が、歴史上の英雄、賢者、大芸術家に匹敵する偉大な人間であることを、驚くべき確信をもって語る唯一の人物であると思う。
世間の妄信を粉々に破壊し、プラトーンの頭脳、シーザーの手腕、イエスの愛の所有者である自分を見出して欲しい。
これ以上のエッセイは地上には存在しないと思う。


荘子
徳間文庫

約2400年前の中国の思想家で、老子と共に、老荘と称せられる道教(タオイズム)の始祖である荘周(荘子)の書。
世俗にあって世俗を超え、永遠の道(タオ)と一体化し、安らかで充実した人生を送る秘訣を、恐ろしく抽象的な老子と異なり、平易に説いている。
本書は、数多い荘子の現代語訳の中でも非常に読みやすく分かりやすいものであるが、中国古典の香りは損なわれていない。
本来、膨大な荘子の中心となる内編全てと、外編と雑編の内、荘子らしいものを選んで収録してある。


神統記
ヘシオドス著
岩波文庫

ホメーロスと並ぶ古代ギリシャ詩人ヘシオドスが、ムーサ(詩の女神)達より教えられたという神々の物語。
この世の始まりから、ゼウスの支配の確立、そして、主要な神々のことについて、美しい詩で語る。すぐに読める薄い本であるが、ギリシャ神話の根幹とも言える重要な書と思う。


四つのギリシャ神話(ホメーロス讃歌より)
岩波文庫

無名の詩人達が、ホメーロス風の詩で神々に捧げた賛歌の内、豊穣の女神デーメーテール、理性の神アポローン、智慧の神ヘルメース、美の女神アプロディーテーの4神へのものを収録してある。
著名な神話学者カール・ケレーニィも、ホメーロス賛歌を重視していると思えるが、名もない詩人達の作とはいえ、それぞれの神について、その特質が巧みに表現されており、実に興味深いものとなっている。
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