ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

荘子

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

この世はコンピューターが作った仮想世界

成功にはいろいろな形があるが、ドナルド・トランプ大統領と、AmazonのCEOジェフ・ペゾスがある意味、世界一の成功者と言えるだろう。
トランプは世界最強の国アメリカの政治トップだし、ペゾスは世界一の大富豪だ。
彼らが呪文を使っていることは疑いないと思う。
それなら、この2人が普段、どんな呪文を使っているか、ちょっと知りたい気もするが、おそらく、超単純なものに違いない。
トランプは、いつかのロッカールームトークで言った「俺はスーパースターだ」かもしれないし、大統領選で圧倒的不利と言われていた時にも自信満々だったように「勝利のみがある」かもしれない。
ペゾスは、自信に満ちているように見えて、案外に小心者かもしれない。天才的に頭が良いが、呪文は平凡かもしれない。
最も効果的な汎用呪文「絶対、大丈夫だ」や「全て順調だ」が、これほど似合う者もいまい。

ところで、話は変わるが、この世界はシミュレーテッド・リアリティであるという、案外に有力な説がある。
つまり、我々は天然の現実世界に住んでいるのではなく、コンピューターが作った幻想世界に住んでいるというものだ。
それに気付いた人は昔から時々いた。
2400年ほど前の荘子は「私もあなたも間違いなく夢を見ているが、それに気付いていない」と言っている。
ルネ・デカルトが、この世がシミュレーテッド・リアリティであるという「シミュレーション仮説」を唱えていたと言われることがあるようだが、彼は、「我々には、世界が本当はどんなものか分からない」と言っただけであると思う。
そもそも、我々が認識する世界というものは、脳の中の情報処理に過ぎず、例えばの話だが、我々は、培養液で満たされた水槽にプカプカ浮かぶ、沢山の電極をくっつけられた、あるいは、ナノマシンを何億個も入れられた脳かもしれないのである。
『美少女戦士セーラームーンSuperS』の映画『ブラック・ドリーム・ホールの奇跡』では、宇宙人が地球の子供達を、夢を見ながら眠る沢山のカプセルに閉じ込めていった。
それは幸せな夢なので、怒るセーラームーンに対し宇宙人は「私は子供達を幸せにしている。いったい何が悪いのだ?」と問う。
すると、セーラームーンは「苦しくても現実の方が良い」と言う。
しかし、果たしてセーラームーンは正しいのだろうか?
そもそも、我々は既に、ずっと昔から、そのような宇宙人に夢を見させられているのかもしれない。あんまし楽しくない夢のような気もしないでもないが(笑)。

電気自動車メーカーのテスラや、宇宙船開発のスペースXなどのCEOであるイーロン・マスクは、この世は、ほぼ間違いなくシミュレーテッド・リアリティであると言っているようだ。
『バガヴァッド・ギーター』も仏教の経典も、シミュレーテッド・リアリティという視点で見れば、案外に分かり易い。
オックスフォード大学の研究者が、宇宙をシミュレートするコンピューターを作ることは理論上不可能として、この世界はシミュレーテッド・リアリティではないと言ったらしいが、その提示した「宇宙をシミュレートするのに必要なコンピュータの性能」を示す数字「10の122乗の量子ビット」は確かに途方もない。
しかし、案外に、世界は単純な方程式でシミュレート出来るかもしれないし、そんな性能のコンピューターを作ることが出来るかもしれない。

何らかの意味で、この世界がシミュレーテッド・リアリティであることは間違いないだろう。
そんなこと、この世界の「わざとらしさ」を見れば分かると思うのだが・・・
そんな世界の中でどう生きるかというと、やっぱり呪文を唱えるしかない。
人類最高の数学者の1人である岡潔は、世界がシミュレーテッド・リアリティであることに気付いたことから、毎日熱心に念仏を唱えていたのかもしれないと私は思う。









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恋愛の行く末を神様にまかせると

古代中国の賢者の荘子と、近代インドの聖者ラマナ・マハルシやニサルガダッタ・マハラジの教えは似ていて、その根本を一言で言えば「人生の明け渡し」になると思う。
マハラジの弟子、ラメッシ・バルセカールも、「人生の明け渡し」を第一としていた。
「人生の明け渡し」とは、人生がどうなるかの一切を神(あるいは高次の力とか至高者)にまかせてしまうことである。

ただ、マハリシもマハラジも荘子も、まかせた結果、どうなるかは全く述べていないし、そうすることで、悲惨な状況で一生を送る可能性があることを、それとなく示すこともあったと思う。
一方、まかせた結果は良いことばかりと断言したのが、江戸末期の偉大な神道家で、イエス並の力を現実に持っていた黒住宗忠だ。
宗忠自身、重病で何年も寝たきりだったのが、神(天照大神)への全託(全てまかせること)に目覚めた途端、わずか数日で全快してしまった。
また、イエスも、「お前達ですら、自分の子供の面倒を熱心に見るではないか。ましてや、天の父である神が、我々に良くしてくれるのは当たり前じゃないか。心配するな」と言っている。

中国出身のアメリカの作家で、事業家、自己啓発指導者でもあるチン・ニンチュウは、ある夜、自分が羊になり、羊飼いに会う夢を見て、自分は羊飼い(神)にしっかり面倒を見てもらいさえすれば良く、自分が努力する必要はないのだと悟り、安心と安堵で涙が流れて止まらなかったと言う。
アメリカの著名なイラストレーターで、啓蒙家としても名高いフローレンス・スコーヴェル・シンも、自分が努力しようなどと決して思ってはならず、神様にまかせること・・・「神が自分の代わりに戦う」のであることを強調した。

ところが、手強い論敵がいた。
日本の誇る二宮尊徳である。
彼は努力を力説した。
「老子が言うように、無為自然で何もしなければ、畑は荒れ、家はあばら家になるではないか」
だから、しっかり努力せよと言う訳だ。
なるほど、現代だって、好きなものを好きなだけ食べ、運動もしなければ、肥満してモテなくなるばかりか、病気になりかねない。
だが、スーフィー(イスラム教神秘主義)には、こんな教えがある。
「神を信頼しろ。だが、ラクダはつないでおけ」
いくら何でも、ラクダをつないでおくくらいのことはすべきだ。
それに、そうでないと、退屈でやってられないはずだ。
上に挙げた、フローレンス・スコーヴェル・シンも、こんな話をしている。
ある女性が、無職でお金がなくて困っていたが、彼女は自分は努力しない人なので、周囲の人が、仕事が出来るよう段取りしてくれた。
すると、その女性は、「そうじゃなくて、私は家で雑誌を読んで過ごせるようになりたいの」と言う。彼女は、本当にファッション誌が好きだった。
シンは、この女性は、雑誌記者を目指すべきだと言う。
そうすれば、楽しく生き甲斐がある人生になり、ついでにお金も入るという訳だ。その道は神様が開いてくれるので、それに関しては努力しなくて良いが、やはり、ラクダをつなぐ程度のことはしなくてはならない。
アメリカの作家、マイク・ハーナッキーも、自分が作家になれた経緯を元に、簡単に出来る成功法則の本を書いたが、「言う通りにやっても何も起こらない」と文句を言ってくる読者がいた。
だが、聞いてみると、その読者は、成功のために電話1本しなかったと言う。
神に一切をまかせることとは怠惰になることではない。
あなただって、いくら子供が可愛くても、子供が寝転がって口を開け、「ここにチョコケーキを入れて」と言ったら、「自分で食べろ」と叱責し、また、マナー良く食べられるよう指導するはずだ。
我々が似たようなことをしたら、神様もちょっとした罰を与えるのかもしれない。
(いつまでも改まらないと厳罰になるかもしれない)
好きな女の子には、告らないまでも、親切にはすべきである。
後は神様にまかせておけば・・・もっと可愛い子と出会うかもしれない(よくあることだ)。









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努力したら負け

フローレンス・スコーヴェル・シンは芸術家(画家)、チン・ニンチュウは作家という2人の女性は、共に著名な自己啓発指導者というところが共通している。
そして、2人とも、「自分で努力するな」「神様にまかせておけば良い」と断言する。
「努力しなくて良い」のではなく、「努力してはいけない」で、それは両者共、実に徹底している。
そして、彼女達は、本当に「怪しくない」。

そして、日本でも同じことを言ったのは、江戸末期の偉大な神道家、黒住宗忠だ。
宗忠の教えは「まること(丸ごと)」で、まること、即ち、一切合財全て神様にまかせてしまえば、面白いこと、嬉しいことばかりになるというものだ。是非、涼宮ハルヒに聞かせたいものである。
また、江戸末期から昭和初期まで生きた因幡の源左(いなばのげんざ)という男は、平凡な農民ではあるが、特異な念仏行者として知られている。
彼が18歳の時、父親は死に際に、「これからは親様(阿弥陀如来)を頼れ」と言い残したらしい。
それから、ある時、源左は、牛に草を負わせ、自分もかついでいたが、どうにも疲れて、自分の草も牛に負わせたら、牛は全く平気で自分は楽になった。その時、「これが親様に任せることだ」と悟ったらしい。
つまり、親様である阿弥陀如来は、計り知れない力を持っているので、自分でうんうん努力しなくても、一切まかせてしまえば、それで良いことが分かったという訳だ。

2400年前の中国の人物で、老子と共に道教の賢者として名高い荘子は、神様という言い方はしないが、「一切をなりゆきにまかせ、自分は何もするな」「無能に徹しろ」と教えた。

全く怪しくないばかりか、真に敬うべき方々が皆、こう述べているのである。
しかし、普段、目にする、一切の努力を放棄したような者達は、ロクデナシの愚か者、どうにも始末に負えない、バカ、クズばかりだ。
このあたりの折り合いは、どうつければ良いのだろう?
簡単だ。
緩んだ愚か者達(まるで駄目男のような)は、頭の中で、マイナスの言葉をつぶやきつづけている。それだけだ。現代人は、放っておくと、そうなり勝ちなのだ。
一方、上に挙げたような方々は、無自覚な場合もあるだろうが、常に、頭の中で、肯定的な言葉をつぶやいているのである。
「大丈夫」「順調だ」「うん、いいね」「うまくいくに決まってる」「絶好調」「ツイてる」「よくなる」
そして、頭の中で、肯定的つぶやきを続ける秘訣は、「言葉は1つであること」「感情を込めないこと」だ。
ぞんざいに唱えるのも、1つの感情の現れなので、淡々と唱えることが大事だ。
それが出来ていることの判断も簡単で、それは、「続けられているか」である。
言葉が複数あったり、感情を込めていると、続かないからだ。

本日、初音ミクさんのライブコンサートと企画展「マジカルミライ2018」の最後のチケットが届いた。
幕張メッセでの、宿泊プランのものだ。
コンビニで発行したチケットより、郵送のものは、ちょっときれいな感じだ。
まずは26日(日曜)に、インテックス大阪で観劇し、6日後には、新幹線で幕張メッセに向かう。
ときめく気持ちが凄いので、それ以降の人生のことは何も考えられない(笑)。
しかし、宇宙の活力に一切をまかせてしまうので、何をやってもうまくいくだろう。
ミクさんが、これほどときめかせてくれるので、そうなったのである。









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本当に無視出来れば必ず勝つ

「知らん顔をすれば必勝」
今風に言うなら、
「スルーすれば勝ったも同じ」
である。

私が子供の時、西洋のテレビドラマで、貴族の美男子がこう言った。
「攻撃こそ最大の防御なり。最大の攻撃とは無抵抗なり。つまり、何もしない者が一番強いんだ」
子供の時、一瞬聴いただけで、忘れることが出来ないのだから、これは、内なる神の教えと思って良いだろう。
そして、実際、その通りだった。
スルーすればいかなる時も勝ち、反応すれば、負けるか、拙いことになる。
それはいつもそうだ。
だが、人間は、ついつい余計なことをしてしまう。つまり、反応させられているのだ。

聖書に、こんな言葉がある。
「神が我々の味方なら、誰が我々を傷付けることが出来ようか」
中国の古典『荘子』にも、こう書かれている。
「鏡は来るものは映すが、去ってしまえば何も残らない。鏡のようであれば、傷付くことは決してない」

魔力を得るための試験はこうなのだ。
全く好みのタイプの女(あるいは男)が、最も好ましい誘い方をしてくる。
それをスルー出来れば、あなたが欲してやまない魔法の力を得る。

LINEでも、嫌な相手をスルーするのは易しい。
しかし、好きな相手に心動かされないのは難しい。
それが出来れば、この世に不可能はない。
無、不動心こそ最強だというのは確かだ。
だが、間違ってもらっては困るのは、生命力を低下させ、老人になって、何事も面倒になるのとは違うのである。
意思の力で心を停止させることだ。
それが出来れば、悪霊も悪神も、精神的宇宙人も、あなたに手は出せない。
それには、やはり言葉を使うことである。
「心を乱さぬ私は無敵である」
実際は、心が乱れることが多くても、こう言葉で言う限り問題はない。
何せ、願いは千分の一秒で叶うのだからだ。








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自分の価値観を尊重するには

ほとんどの人は、幼い時に、工場労働者の価値観を叩き込まれている。
工場労働者の価値観とは、周りの誰とでも仲良くし、トラブルを起こさず、権威者に誉められると喜び、権威者に嫌われることを恐れるといったものだ。
価値観が違う者に対しては、違和感や嫌悪を感じるが、その価値観が強いほど、それは強くなる。

いくら、「これからは組織に所属せず、個人の創造性で生きる時代」だと言われても、学校で工場労働者の価値観を叩き込まれた者には、そんなことは全く不可能だ。
それに、学校で嫌な目に遭ったせいで、学校の価値観、つまり、工場労働者の価値観を嫌悪したら、学校や社会でうまくやっていけない。
また、一見進歩派だが、実は、恵まれた環境のせいで、上位の工場労働者になれたに過ぎない者が、「これからの時代は工場労働者の価値観では駄目なので、それを壊しましょう」とか言うが、そう言っている本人が、国民を工場労働者にしたがる権威側に立っていたりする。
そんな者の特徴は、学歴や自分の社会の立場・肩書きを自慢することだ。

今の日本の社会では、魂を売らないと豊かになれない。
『荘子』によれば、賢者は社会の中に溶け込んでいて、愚者との見分けがつかないのだそうだ。
独自の価値観を持ってはいるが、それを主張することもなく、それでいて、一般的な価値観に迎合しない。
彼は、何の価値観も持っていないように見えるかもしれない。
だが、それでいて自然に周囲を従えるようでなくては賢者ではない。

ライオンのような猛獣ですら、必ずしも肉体の力の大きな者がボスになる訳ではない。
何らかの精神的な力が、その順列を決めている。
その精神的な力の正体は意思の力で、動物ですら、それが力になる。
まして人間では、意思の力が最強のものになる。
独自の価値観を持つことは、状況を作り出せる意思の力があってこそ良いのである。
自分の価値観を知ること。
そして、その価値観のために修行することだ。
それで強い意思を持てる。
単純な例で言えば、美しいことに価値観を持っているなら、適切な運動や食事で美しくなれば良いのである。決して「美しいと誉められる」ために何かするのではない。他者の評価が必要なうちは、所詮、工場労働者の価値観である。
「私が良いと言えば、それが価値である」
そう思えねばならない。

上で、「単純な例」と書いたが、価値観は単純な方が良い。
難しい哲学的価値観となると、もう自分でも、どうすれば良いか分からない。
一流の、そして、役に立つ哲学者の価値観は案外にシンプルなのである。









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