ある男が、岡田虎二郎に、金に窮していることを訴えた。
この偉人に、何か一言、言って欲しかったのだろう。
虎二郎は、こう答えたらしい。
「金?腹に力がつけば、金はいくらでも出来ますよ」

腹に力をつけるとは、どういう意味だろう?
岡田虎二郎は、「常に腹に力を込めよ」と教えていたが、それを、腹を引っ込めるとか、腹式呼吸をすることだと思う人が多い。
それはそれで間違いではないが、もちろん、根本的にはそうではない。
普通にだって、「腹をくくる」とか「腹を決める」と言うだろう。
あるいは、「腹を据(す)える」とも言う。
使い方としては、「腹を据えて取り組む」のように言う。
据えるとは、「しっかりと置く」「落ち着ける」という意味だ。
そして、虎二郎の言う「腹」とは、肉体の腹と言うよりは、心という意味だろう。
つまり、「腹に力がつく」とは、心が落ち着いていることで、一言で言うなら「不動心」だ。

ところで、肉体と心の関係は実に面白い。
まず、呼吸と心が似ている。
心が乱れている時は、呼吸も荒く、心が落ち着いていれば、呼吸も静かだ。
つまり、呼吸と心は同じところから出ており、呼吸を落ち着かせると、心も落ち着く。
よって、まずは、静かな呼吸をしなければならない。
静かというより、「微(かす)かな呼吸」を心掛けると良い。
まるで、誰かのすぐ近くに隠れていて、気付かれないよう、息を殺すようなものだ。

それだけでも、かなり力がつくが、十分ではない。
頭で考えると・・・つまり、意識を頭に置くと、思考が目まぐるしく起こり、落ち着かない。
胸で考えると、思考は起こらないが不安になる。
「胸の内に収めてくれ」とか言うだろう?
これは、「お前は、このことを知ってしまったが、考えないでくれ」という意味だ。
だが、「胸に一物」と言うように、胸に重いものがあると、苦しいし不安になる。
そこで、「腹に収める」のである。
胸はタンスの引き出しのようなもので実に狭い。
ところが、腹は宇宙の広さだ。途方もなく広くて、大問題と思っていることも、なきに等しい。
その広い腹に収めることを「腹を据える」と言うのである。

こう言うと難しく思うかもしれないが、難しいことは考えなくて良い。
単に腹式呼吸をすれば良い。
ただし、形式的にやるのではない。
「はい、吸って、吸ってー。はい、吐いて、吐いて」といったように、軽薄にやるのではないのだ。
背筋を伸ばし、「本気で」「気を込めて」腹に息を吸い込むのだ。
息を吸い込んだら、腹に力を込めて、しっかり止める。
腹の力だけで息を止めるのだ。
そして、しばらく経ったら、細く長く息を吐けば、想いは腹の宇宙が預かったままとなり、空気だけ出て行く。
この鍛錬をすると、腹に力がつくのである。