本当に頭が良ければ、判断は正確になり、失敗や、それに伴う損失を避けることが出来る。
では、本当に頭が良いとはどういうことだろう?
それは、「脳のイメージ記憶がきれいである」ことだ。
よく喩えられるのが、頭(あるいは心)は部屋のようなもので、部屋が整然と片付き機能的であれば快適であるが、ガラクタだらけで混乱していれば、つまづいたり、必要なことをするにも手間がかかったりトラブルが起こる。
頭の中のガラクタとは、「嘘の情報」のことだ。

自分で確かめた訳でもないのに、人の言うことを信じてしまうと、頭の中のガラクタが増える。
「A子とB男はデキてるらしい」
「C部長はDを嫌って冷遇しているようだ」
「Eは過去に悪いことをしているに違いない」
「ウチの会社はもうすぐ倒産する」
など、誰かが無責任に言ったことや噂話を信じると、それは、頭の中のガラクタになり、イメージ記憶を乱し、結果、思考はデタラメになる。
井戸端会議で、下らない噂話を、さも本当のように言い合う主婦が、恐ろしく馬鹿であることを思い出せば納得出来ると思うが、今は、多くの人が、同じようなことを日常的にやっている。

テレビのゴシップを好んで見る者は、どんどん頭が悪くなっていくのは当たり前である。
しかし、今は、ネット上(SNSやその他のWebサイト)には、デタラメな情報だらけである。
「これで簡単に痩せるかもしれません」「毛がフサフサに生えたという人多数」などと言う広告や、「AKB48の○○、お笑いタレントの××と熱愛か」「Jリーグの△△選手、プレミアリーグに移籍か」など、ロクな根拠もないことを、さも、何かの裏付けがあるかのように書くのは、もうありふれているが、これらを見て、「そうなのかもしれないぞ」と思えば、もう頭の中にガラクタを持ち込み、イメージ記憶は乱れ、どんどん馬鹿になっていく。

古代から中世の科学者は、星の動きを観察して賢くなった。
星の運行は、法則を純粋に示すからだ。
だが、もっと昔は、海の果てには怪物がいるとか、地上は巨大な亀に支えられているというデタラメを信じる者が多く、それがイメージ記憶を乱し、人々の頭を愚鈍にしていた。
天動説は、デタラメな情報をくっつけて成り立ったもので、それを頑なに信じる教会の者達は馬鹿で、人を救うことなど出来なかった。

簡単に言えば、賢くなりたければ、ゴシップ(噂話)を信じない・・・というか、可能な限り聞かないことだ。
また、それほど悪質な噂でない場合、聞いて楽しんだとしても「単なる噂」とちゃんと認識することだ。

そこで、困るのは宗教である。
イエス・キリストが水の上を歩いたり、数個のパンを数千個に増やしたとか、西の方に、西方極楽浄土というユートピアがあるなどというのは、事実ではない。
これらは、あくまで象徴的な話なのであり、一休は「極楽浄土は西にはない。南にある。つまり、皆身(みなみ)、すなわち、我々の中にあるのだ」と、親切に解説したが、キリスト教の偉い人達は、イエスの奇跡の説明が出来ないのである。イメージ記憶が乱れていて、思考力がないのだろう。

悪口、陰口というのは、最もデタラメな噂話であり、それをするほど、頭が悪くなる。
だから、陰口を叩く者は絶対に信用出来ないのである。
また、見栄を張ると、嘘を言わざるを得なくなり、しかも、その嘘を自分で信じてしまう。だから、自分を実際以上に大きく見せようなどと思わないことだ。
そして、下らない噂話には、絶対に関わってはならない。
しかし、このような「頭が悪くなる」ことを無節操にする者がいかに多いかは恐ろしいほどである。









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