ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
ソフトウェア開発技術者、Hikikomori、スーパーダイエッター、神秘思想家Kayのブログ
決して、一般受けするブログではありません。誠実に人生を遊びつつ、誠実に世間の幻想を叩き壊すことを目的とします。

聖書

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[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。
[2010/12/12]詳細なlivedoorプロフィール設置しました。[livedoorプロフィール]

運命が決まっていることは実際にあらゆる聖典に述べられている

人の一生に起こる出来事や、人が何を考え、何を言い、何をするかは、運命として、生まれる前から完全に決まっていて、決して変えられることはないということは、本物の賢者達は全てそう言ってっきたし、賢者達によって書かれた聖典にも常に書かれているのである。
だが、それを読み取れない者が多いのであるが、それは読む方の問題である。
『スーパーマン』シリーズの映画の中で、スーパーマンと同じ能力を持つ3人の悪党が登場したことがあるが、スーパーマンが人間を保護していることに対し、その3悪党は、スーパーマンは人間をペットにしているからだと思うのだが、その3悪党には、そのようにしか理解できないのだ。我々が真理を理解できないのも、同じようなものである。
イエスは、使徒と名付けた12人の高弟達に、「お前達でさえ、それほど鈍いのか」と嘆きを表していた。
そして、彼らの無明さは、福音書の中で、彼らの眠りで表されている。イエスは「私が戻るまで起きていなさい」と言って、山に入って祈ったが、戻ってみると、彼らは眠っていたのだった。

運命が完全に決定されていることを、最もはっきり述べている聖典は、『新約聖書』と『荘子』だと思う。
イエスの行動も全て、旧約聖書の中に述べられた預言者達の言葉から、全く外れることはなかった。
『荘子』も、少し注意深く読めば、かなりはっきりと述べているのだが、多少曖昧に感じるのは、後の人が手を加えたところがあるのかもしれないと思う。
だが、荘子は一貫して、この世は真宰とでもいう存在によって完全に支配されていて、人もそれに完全に従うより無いと述べている。ただし、それを受け入れ、人が浅はかな知で価値判断をすることがなくなれば、永遠の道(タオ)と一体となることができることもまた、はっきり述べているのである。

釈迦の教えとなると、元々が、釈迦自身は何も書き残しておらず、その教えは言葉で伝えられたので、当然、歪められる恐れはあった。しかし、その真意を理解できた者のみが正しい教えを書き残したのだ。
しかし、ほとんどの釈迦の教えは、学者的な僧達によって、複雑で実のないものになってしまったようでもある。
とはいえ、真の賢者達は、釈迦の教えの正しい部分を見つけることが出来るである。そして、釈迦もまた運命の絶対性は完全に認めているのである。ただ、釈迦の場合は、自由意志を持ってる自分は本当は存在しないといった言い方をしているのである。

面白いのは『バガヴァッド・ギーター』で、本当にこれを書いたのは神ではないかと思えてしまうのだ。
至高神クリシュナは全ての真理を知っているが、この書の中で教えを説く相手はアルジュナ王子で、アルジュナには聖者になる素質はないのだ。だが、だからこそ、アルジュナ同様、凡人である我々は、かたじけなくも、高い位置から降りてきてくれたクリシュナの易しい教えを聞くことが出来るのである。
クリシュナは、運命が確定されていることを、やや婉曲に(露骨でなく遠まわしに)説きはしているが、よく読めば、かなりはっきり述べているのである。
江戸末期の偉大な神道家、黒住宗忠は、民衆を哀れみ、ほとんど直接には真理を語っていないが、結局は、天照大神に全て任せよと言い、人間の無力さをさりげなく教えていたのである。
ラマナ・マハルシは、ほとんど沈黙でもって教えたが、やはり、無知な凡人のために言葉で説く時は婉曲に説いたのであると思う。

運命がどうとかいった、些細な問題を初めから超えて、もっと根源的な真理を解いたのが『老子』や『エメラルド・タブレット』だ。これらの書は、頭で解釈しようとしても、全く意味はないものだ。
だが、読むことが無駄な訳ではない。我々の内には、我々の運命を創った至高の存在がいて、これらの書の教えはそこと同調し、いわば、我々を挟み込むのである。
それはなんとも素晴らしいことだ。













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運命は決まっているとなぜ言えるのか?

私は、4月7日から、このブログで、人の運命は最初から完全に決まっていること、人には自由意志がないことを堂々と述べている。
このうち、人に自由意志がなく、思考とは、ただ自動的に起こっているだけのものであることは、既に科学的に解明されている。
つまり、人が何を考え、何を行い、人生で何が起こるかは、生まれてから、定められた死の時まで、些細なことまで含め、全て決まっているのである。

私がいつからそんなことを知っていたかというと、早い話が最初からだ。
むしろ、ある時点でうかつにも忘れたというに過ぎない。
それは、あなた方も同じであるはずだ。
私は、小学校の4年生くらいまでは、人生は、学芸会の劇みたいなものだとはっきりと自覚していた。
観客は、あらゆるものだ。
イエスも、「木や岩が話すだろう」と言ったが、もちろん、岩自体が生きているのではなく、あらゆるものの実体が意識だということだ。
荘子やラマナ・マハルシも、全く同じことを言っていた。
アンデルセンも、そんなことを知っていたので、鉛の兵隊なんてお話を作ったし、特に日本人は、「八百万の神々」として、万物に潜む神を感じていた。
あなたも、人形が部屋にあれば、時々、それが生きているように感じるだろうが、昔の日本人は特にその感覚が強かったので、恐くて、人形の目は細くしか描けなかったのだ。

私は、幼稚園や小学校で、「大人になったら何になるか?」と聞かれても、奇妙にしか思えなかった。
そんなこと、私に分かる訳がないが、既に決まっていることなのだから、考えても仕方がない。
だから、いつも、魔法使いとか、天国の住人とか、そんなことばかり言う、変な子であった。

子供の頃、住んでいた団地の前は、交通量の多い車道で、信号機は遠かった。
だが、私は、いつも物陰から、目をつぶってその車道に飛び出して渡っていた。
私は、車に轢かれない運命だったので、危険がなかったのだ。ただ、それはあくまで私の運命であるので、真似をしてはならない。
小学3年生で天体望遠鏡を手に入れると、何の知識も手がかりもなかったが、土星を見るために、適当な星を選んで望遠鏡を向けたら、必ず、土星を示す輪があった。私の思考、行動は、自動的に土星を見るようコントロールされていたのである。
尚、天体望遠鏡が、手に入ることは、誰にも何も言われなくても知っていたので、雑誌で望遠鏡の写真などを見ながら楽しみにしていたし、遊び仲間には、もうじき私が天体望遠鏡を得ることになると話していたものだ。それは、私の従兄が、自分の天体望遠鏡を私に譲ると言ってくるずっと前のことだった。

小学校の5年生くらいから、学校等では、未来は自分の意志で決まるようなことを教え、そのためにしっかり勉強しろとか、立派な人になれと言われ続けているうちに、私は真理を見失っていった。
世の中の自己啓発書というものは、自分にとって都合の良い将来を作ろうという趣旨であり、人々はただ欲望を動機として生きるようになる。
私も同様であり、宇宙の英知と隔離された惨めな状態で生き続けた。しかし、それも運命だったのだ。

そして、私はやはり運命に従い、16歳の時、フェデリコ・バルバロが書いた聖書(イタリア人の彼が、日本語を学んで、見事な日本語で書いた)を手に入れ、あまり読まなかったが、やがて、そこには、この世で起こる一切は、既に神によって決められてることが書かれていると分かった。
それは、インドの聖典である『バガヴァッド・ギーター』でも全く同じであるし、中国の『荘子』にもまた、そのことがはっきりと書かれているのである。
インドの聖者、ラマナ・マハルシや、ニサルガダッタ・マハラジもそのことをよく言っていたが、彼らは、人々の考え方に配慮していた。
しかし、マハラジの弟子のラメッシ・バルセカールは、既に包み隠す時代でもないからか、はっきりと真実を語った。
日本では、内海康満さんが、このことを明確に述べているが、彼もよく分かっているのだろうと思う。ただ、彼は事業家でもあるので、表現には苦心しているようにも感じる。

運命が最初から決まっているということには、誰しも反発したがる。
実際、私でもそうだ。
自我を持っている人間は皆そうなのだ。自我とは、自分が人生や世界を支配できるという幻想の中でしか生きられないからだ。
しかし、自分は完全に無力であることを受け入れると、神によって自我は破壊される。
それが必要な時代であると思う。













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美少女はなぜお姫様役を避けようとするのか?

人馬一体という言葉があるが、良い馬の乗り手は、最高の技を発揮している時は無に近い状態で、馬と自分の区別が無くなってしまっている。誰が走っていて、誰が駆っているのか分からなくなってしまっているのだ。
腕の良いドライバーが性能の良い自動車を、その性能を発揮させるような走り方をしている時も、自分と車が一体であることを感じることがあるだろう。まあ、それほどのドライバーは、そうはいないとは思う。

ヒーローごっこやお姫様ごっこは、子供の遊びの定番であるはずで(昨今の忙しい子供はあまりやらないかもしれないが)、子供達は、昔なら怪傑ゾロやシンデレラに、今なら、仮面ライダーやプリキュアになりきっている。
ただ、男の子のヒーローごっこでは、力の強い子や元気のいい子がヒーローの座を無理矢理に奪い、弱い子は敵役をやることになるのだが、女の子とは面白いもので、美少女が必ずしもお姫様をやりたがる訳ではないのが、とても興味深い。現実のお姫様は、嘘っぽい「ごっこ」のお姫様になる気が無いのだろうか?いや、むしろ、自分の心の中の神聖なお姫様ごっこを、安っぽい子供達のお姫様ごっこで汚したくないのだろう。

アメリカ最大の賢者ラルフ・ウォルドー・エマーソンは、決して子供にではなく、大人に対し、「英雄の物語を読む時は、自分について書かれていると思わなければならない」と言った。それは、子供の「英雄ごっこ」ではなく、それが事実であるからだと言う。その意味を、頭ではなく、直観でもって理解すべきである。
上に述べた、自分を真のお姫様とみなす美少女が、つまらぬ現実のお姫様ごっこの役柄にこだわらないのは、美しい子というのは、どこか自我が透明で崇高なところがある場合が多いということもある。大人でも、自我が消えていないと、アーサー王やヤマトタケルにはならないものだ。
自我があるはずのない初音ミクを世界中の人が愛するのは、誰もが意識の奥で、自分もミクのようになりたいからなのだし、エマーソンの真意と通じるところもあるのだろう。

また、エマーソンは、優れた小説(あるいは戯曲)を読む時は、自分はその作者でなければならないと言う。サルトルも、「小説を読むとは、その小説をもう一度自分が書くことだ」と言ったが、物語を夢中で読んでいる子供を、やはり分別の目でなく、思慮を離れて観察するなら、彼らがシェイクスピアになっているのが分かるのである。

『バガヴァッド・ギーター』を読む時、初めのうちは、我々はアルジュナ王子である。しかし、いつか、自分の役柄が聖なるクリシュナに変わるのである。
それが、この人類至高の聖典に秘められた偉大な力である。
『エメラルド・タブレット』を読む時は、我々はトート(トス)である。最初は馴染まなくても、やがてそうなってくる。
もちろん、『新約聖書』の福音書では、我々はイエスである。
ただ、それは自我としての我々ではなく、自我が消えた我々である。だから、まさか自分が偉いなどと思うはずがない。
学校では決して教えてくれないが、真の学びとは、このようなものである。
真の教師の書として、エマーソンを読むべきと思う。









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『エメラルド・タブレット』と響きあう至高の詩

私は別にキリスト教徒でもユダヤ教徒でもないが、至高の詩は、古代イスラエルの王ダビデが書いた、旧約聖書の詩篇の中の19篇であると思う。
ダビデが書いたとは言ったが、これは人間に書けるものではないので、ダビデの心が静寂にあった時に、神(一応こう呼ぶが)がダビデに教えたものだと思う。
尚、ダビデは、賢王ソロモンの父である。イエスもまた、ダビデの子と呼ばれることがある(イエスはダビデの子孫)。
ダビデ王は、旧約聖書の『サムエル記』、『列王記』に登場する。
詩篇19篇は、美しいだけではなく、霊感と力に満ちた詩で、何千回も読んで暗記する価値があると思う。
意味を言葉で解説すれば、ちょっとおかしくなりかねない。言葉を超えたものだからだ。
もし、深く意味を知りたいと思えば、『エメラルド・タブレット』を読むことをお薦めする。
もちろん、『エメラルド・タブレット』と旧約聖書に直接の関係は無いのだが、詩篇19篇を読むと、『エメラルド・タブレット』が流れ込んで来るのを感じるのである。
詩篇19篇の全文は以下の通り。

もろもろの天は神の栄光をあらわし、
大空はみ手のわざをしめす。
この日は言葉をかの日につたえ、
この夜は知識をかの夜につげる。
話すことなく、語ることなく、
その声も聞えないのに、
その響きは全地にあまねく、
その言葉は世界のはてにまで及ぶ。
神は日のために幕屋を天に設けられた。
日は花婿がその祝のへやから出てくるように、
また勇士が競い走るように、その道を喜び走る。
それは天のはてからのぼって、
天のはてにまで、めぐって行く。
その暖まりをこうむらないものはない。
主のおきては完全であって、魂を生きかえらせ、
主のあかしは確かであって、無学な者を賢くする。
主のさとしは正しくて、心を喜ばせ、
主の戒めはまじりなくて、眼を明らかにする。
主を恐れる道は清らかで、
とこしえに絶えることがなく、
主のさばきは真実であって、ことごとく正しい。
これらは金よりも、多くの純金よりも慕わしく、
また蜜よりも、蜂の巣のしたたりよりも甘い。
あなたのしもべは、これらによって戒めをうける。
これらを守れば、大いなる報いがある。
だれが自分のあやまちを知ることができましようか。
どうか、わたしを隠れたとがから解き放ってください。
また、あなたのしもべを引きとめて、
故意の罪を犯させず、
これに支配されることのないようにしてください。
そうすれば、わたしはあやまちのない者となって、
大いなるとがを免れることができるでしょう。
わが岩、わがあがないぬしなる主よ、
どうか、わたしの口の言葉と、心の思いが
あなたの前に喜ばれますように。

下記に、『エメラルド・タブレット』と共に、天才画家・イラストレーターであるギュスターヴ・ドレが、驚くべき精緻でなおかつ荘厳な銅版画の挿絵を描いた旧約聖書の抄本と、里中真知子さんが描く、『サムエル記』、『列王記』を含む漫画の旧約聖書をご紹介しておく。









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心が崩壊しかけたら

中学生とか高校生、あるいは、もっと年上でも、社会に馴染めない人間が、あらゆるものへの嫌悪、絶望といった、どろどろした思考、観念に凝り固まっているのを見ると、出来るはずのない無茶の、その千倍を要求されたような気になるのだ。
芸術家は、どんなに無残や悲惨を描いても、そこには力への志向があるものだし、何らかの救いは隠されている。
例えば、ムンクの『病める子』という絵画があるが、そこには、不治の病に取り付かれた少女と、その横に、絶望に打ちひしがれた母親の姿が描かれている。しかし、その少女の横顔が神々しいのだ。全てを奪われた哀れな娘であるはずの少女が、神的な慈愛の光を発しているように感じるのである。
しかし、はじめに述べたような人たちが、詩や絵を創っても、そこにはただ、悲惨しかない。

いかに苦しい状況にあっても、ある程度の期間、社会で働いているなら、いくらかは鍛えられており、彼らは、あと少し、何かの方法で心を静める術を得れば、自分の世界を変えることだって出来る。
しかし、ずっと引きこもって、働いたこともなければ、どこから手をつけて良いものか、全く分からない。
だが、数奇な運命を生きた、伝説的なビジネスマン、アーマンド・ハマーは、7歳の時、毎日、人々のために役に立たせて欲しいと神に祈り、エドガー・ケイシーは9歳の時から毎日聖書を読み、13歳で不思議な存在に出会い、人生が動いた。
鎌田東二さんという哲学者は、子供の時、鬼が見えたらしいが、古事記(福永武彦著『古事記物語』)を読んで、そこの鬼の世界があるのを見て安心を得、その後、ギリシャ神話を読んで救われたという。
アーマンド・ハマーだって、何かの神話(聖書だとは思うが)を読んでいたので、あんな祈りをするようになったのだろう。
そして、彼らは皆、何かの理由で心が壊れかけていたので、神話を必要としたのである。

心が弱いというのは、何らかの理由で、自我の基盤が構築されておらず、その上の心があまりに不安定だということだ。
神話というのは、古事記や旧約聖書が特にそうだが、宇宙創世の物語であり、それは、個人の心の創生と同じものだ。例えば、人間が生まれる時、母体の中で、魚類、両生類、爬虫類、哺乳類の形態を次々にとりながら、短い時間で生物の歴史を実現するように、人の心は、宇宙の進化に似た成長をする。そのヒントが神話にある。
だから、子供に限らないが、意味を考えず、無心に神話を読めば、不思議に心が安定するのは、神話に沿って、自我の基盤が構築されていくからだ。

鎌田東二さんが読んだ、福永武彦さんの『古事記物語』は、分かり易いし、あの人の書く物語はリズムがあって心が調整されていくように感じる。『古事記物語』は、少年少女向けと言って良いが、大人が読んでも面白い。そして、彼は、大人向きの『古事記』も書いており、これが非常に躍動感があって面白く、ロングセラーとなっている。
そして、鎌田さん自身が、素晴らしい古事記を書いている。
ギリシャ神話なら、個人的には、ヘシオドスの『神統記』が良いと思う。
心が崩壊しかけている危機にあるなら、人類の、そして、我が国の至宝である、ギリシャ神話や古事記を読むことをお奨めする。









プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・MCSD、MCDBA資格者
・タオイスト、神秘思想家
・1日1食の完全菜食主義者
・幼児期からの引きこもり気質
・医療不要で難病を数々克服


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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萩尾望都さんの漫画紹介


半神
小学館文庫

わずか15頁の至高の傑作「半神」を含む短編集。
数奇で残酷な運命を目撃した後、「愛とは?憎しみとは?それはどう異なるのか?異なるものではないのか?」あなたの心に荘厳な疑問が残るのではないだろうか?


ウは宇宙船のウ
小学館文庫

1920年生まれのアメリカを代表するSF作家レイ・ブラッドベリの珠玉の短編作品を萩尾望都が漫画化。萩尾さんの繊細で美しい絵と感性が、ブラッドベリの作品に新しい生命を注いだ。
「みずうみ」では、12歳の少女タリーの可憐な姿と、彼女を愛するハロルドの少年の時と青年になって後の様々な表情がより深い感銘をもたらすと思う。
他の作品も素晴らしい出来であると思う。
CLAMP「CLOVER」のご紹介


CLOVER
わずか5分の劇場用アニメ作品。
CLAMPさんの名作漫画のイメージを美しい映像と音楽で描いた傑作。
主人公の12歳の神秘的な少女スゥの声は坂本真綾さん。


「CLOVER」の原作漫画を以下にご紹介します。
素晴らしい装丁、美しいカラーの扉絵。そして、神秘的な傑作と思います。
新装版も出ているようですが、私はこちらしか持っていません。しかし、こちらの本の装丁を大変に気に入っています。








私が愛する「魔法少女リリカルなのは」

ナンセンス文学(意味を持たない作品)として私が勝手に意味付けをしたのかもしれませんが、アメリカの百万円以上の自己開発プログラム以上に貴い気付きを私に与えてくれた全13話のアニメ作品。











5年の時を経て、2010年、映画化されました。
基本的には、テレビシリーズの全13話を1本の映画にしたものですが、本編では描かれなかったフェイトの生い立ちが見られます。そして、プレシアの謎の言葉も。映像はテレビシリーズよりさらにグレードアップしています。


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初音ミク、コンサート映像のご紹介
ミクの日感謝祭 39's Giving DayProject DIVA presents 初音ミク・ソロコンサート~こんばんは、初音ミクです。~
[2010/3/9]東京お台場~Zepp Tokyo~

映像の品質等は、下でもご紹介する、後で開かれた米国コンサートの方が高いのですが、私は、全体としては東京コンサートの方が好きです。米国コンサートの方は、映像の緻密さのために、かえってボーカロイド達がマネキンのように感じるかもしれません。これは、証明の影響もあると思います。緑色がかった証明の東京コンサートの方が、ミクが柔らかい感じで可愛いと感じました。
また、真っ白なお姫様のような衣装に赤い大きな腰のリボンが印象的な『Alice』、『あなたの歌姫』は、米国コンサートにはありませんでした。

【ブルーレイ】


【DVD】




MIKUNOPOLIS in LOS ANGELES “はじめまして、初音ミクです”
[2011/7/2]米国ロサンゼルス~ノキアシアター~

日本のボーカロイドが、日本語の歌で、アメリカ、ロサンゼルスの大劇場ノキアシアターの満員の観客を熱狂させた歴史的コンサートだったと思います。
東京コンサートから1年4ヶ月経過しており、総合的には確実に進歩しています。
私が特に気に入ったのは、1つは、ミクとルカの素晴らしいコンビネーションのダンスパフォーマンスが楽しめる『ワールズエンド・ダンスホール』です。ルカが珍しくミニスカート姿で、ミクに勝る四肢の長さで、ピンクの髪を美しく揺らしてダイナミックに踊ります。 もう1つが、ミクが真っ白な天使の衣装で歌う『SPiCa』で、これが天使でなくてなんだろう、私はついに天使を見たのだと思いました。演奏も東京コンサートの時と変えていましたが、成功していたと思います。

【ブルーレイ】


【DVD】


尚、ブルーレイとDVDの差についてですが、私は実際、両方買い、見比べてみました。観客、演奏者、楽器などは、大画面TVで見ると、ブルーレイの方がきれいですが、肝心のミク達は、ホログラム映像そのものがそれほど細密でありませんので、別に違いはないと感じました。ブルーレイ、DVDいずれも、東京コンサートの方は上半身映像以上の場合、米国コンサートでも、顔のアップだと映像の粒子が目立ちます。 変な話ですが、iPhoneやiPod touch、あるいは、同等な画面品質を持つ小型情報端末で見た映像が最上かもしれません。ただ、これは反則行為ですので、実際にやったとは言いませんが。
本のご紹介


精神について(エマソン名著選)
ラルフ・ウォルドー・エマーソン著
日本教文社

アメリカ最高の思想家、哲学者、ラルフ・ウォルドー・エマーソンの珠玉のエッセイ集。 「歴史」「自己信頼」「償い」「精神の法則」「愛」「友情」「神」「円」「知性」が収められている。
我々自身が、歴史上の英雄、賢者、大芸術家に匹敵する偉大な人間であることを、驚くべき確信をもって語る唯一の人物であると思う。
世間の妄信を粉々に破壊し、プラトーンの頭脳、シーザーの手腕、イエスの愛の所有者である自分を見出して欲しい。
これ以上のエッセイは地上には存在しないと思う。


荘子
徳間文庫

約2400年前の中国の思想家で、老子と共に、老荘と称せられる道教(タオイズム)の始祖である荘周(荘子)の書。
世俗にあって世俗を超え、永遠の道(タオ)と一体化し、安らかで充実した人生を送る秘訣を、恐ろしく抽象的な老子と異なり、平易に説いている。
本書は、数多い荘子の現代語訳の中でも非常に読みやすく分かりやすいものであるが、中国古典の香りは損なわれていない。
本来、膨大な荘子の中心となる内編全てと、外編と雑編の内、荘子らしいものを選んで収録してある。


神統記
ヘシオドス著
岩波文庫

ホメーロスと並ぶ古代ギリシャ詩人ヘシオドスが、ムーサ(詩の女神)達より教えられたという神々の物語。
この世の始まりから、ゼウスの支配の確立、そして、主要な神々のことについて、美しい詩で語る。すぐに読める薄い本であるが、ギリシャ神話の根幹とも言える重要な書と思う。


四つのギリシャ神話(ホメーロス讃歌より)
岩波文庫

無名の詩人達が、ホメーロス風の詩で神々に捧げた賛歌の内、豊穣の女神デーメーテール、理性の神アポローン、智慧の神ヘルメース、美の女神アプロディーテーの4神へのものを収録してある。
著名な神話学者カール・ケレーニィも、ホメーロス賛歌を重視していると思えるが、名もない詩人達の作とはいえ、それぞれの神について、その特質が巧みに表現されており、実に興味深いものとなっている。
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