ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

老子

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
Twitterは、ちゃんとプロフィールが書かれ、1週間以内に1回でもツイートされている人なら、フォローしていただければ、大抵フォロー返します。

[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。
[2010/12/12]詳細なlivedoorプロフィール設置しました。[livedoorプロフィール]

目を覚ましている

老子、荘子の教えとは、「無為自然」である。
それは何かというと、全てをなりゆきにまかせ、一切の作為・・・つまり、人が意識的に行う行為をやめてしまうということだ。
言い換えれば、一切を天にまかせるということである。
それに対し、大物一般人として意義を唱えたのが、通称「二宮金治郎」として知られる二宮尊徳(にのみやたかのり)だった。
彼の主張はこうである。
「田畑は作為しなければ荒れてしまい、作物が穫れない」
「家は作為しなければあばら家になる」
よって、人が一生懸命作為することが必要で、老子は阿呆だ・・・というわけだ。

法然、親鸞の教えは、簡単に言えば、
「私は、修行も良い行いも出来ない煩悩にまみれた愚か者であり、唯一出来る良い行いである念仏を称えることで、仏様(阿弥陀如来)に救っていただく」
ということだ。
これは、死後、極楽浄土に生まれるということが強調されることが多いが、この2人を尊敬していた一休は、
「念仏を称えれば、今、ここが極楽浄土」
と言い直した・・・つまり、死ぬまでもなく、即座に効験があるとした。
だが、実は、法然、親鸞も、そういったことは十分に言っており、一休は、それにスポットライトを当てたのであると思う。
つまり、念仏は、現世利益をもたらすものだ。

法然、親鸞、一休に流れる、あまり表向きとは言えないかもしれない、念仏の現世利益を現実に生きたのが、ごく一般の農民でありながら、念仏の教えによって稀有な存在となった、因幡の源左(いなばのげんざ)で、二宮尊徳が54歳の時に生まれた人だ。
源左は、19歳の時、父親が亡くなったが、その父親が、「これからは親様(阿弥陀如来)を頼れ」と遺言し、源左は仏様に一切をまかせて幸福に生きたのだと思う。

ところで、尊徳と源左の間くらいに生まれたイギリスのサミュエル・スマイルズは『自助論』で、「天は自分を助ける者を助けてくれる」と言い、自助努力の大切さを説き、明治時代の日本人に受け入れられ、当時の日本の青年達に大いにやる気を出させ、それが現代の日本の繁栄に結び付いた面は確かにあると思う。

こういった流れを見てきた我々は、老子、荘子、法然、親鸞、一休、尊徳、スマイルズ、源左の教えを昇華すれば無敵である。
誰が正しく、誰が間違っている訳でもない。
仏様に任せると言っても、親鸞や源左が何もしなかった訳ではない。
では、どう考えれば良いのかというと、我々のやることは、自分のエゴではなく、天や仏様の意思で「やらされている」と思うことだ。
さらに積極的に、「やらされよう」と考えても良いかもしれない。
Googleの人達は、インターネットの意思を実現するために技術開発しているそうだし、BUMP OF CHIKENは曲の意思を実現するために音楽を作り、演奏し、歌うのだそうだ。
そして、老子も荘子も、法然も親鸞も一休も、尊徳もスマイルズも源左も、みんなそうしたはずなのだ。
具体的には、

頭の中からっぽにして
目の前だけ見つめるの
~『Satisfaction』(作詞・作曲・編曲:kz、歌:初音ミク)~

のようにすれば良いのだと思う。
【初音ミク】Satisfaction【Project DIVA X HD】 ~YouTube by KamJPCHさん~
まあ、そのためには、念仏を称えるのが一番であると私は思う。
念仏を称えても、目は開けておくように。
これは、視力の問題ではなく、「目を覚ましておれ」ということで、「しっかりせい」ということである。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

身体や顔の若返りに、お金も手間もいらない

人間を含め、生物は、年を取ると重力に負ける。
具体的には、人間なら、尻が垂れ、女性に限らないが、胸が垂れる。
顔の肉も垂れ、シワができる。
『老子』に、草木は、年を取ると根に帰るとある通りだ。

それを防ぎ、身体を引き締めたり、「小顔になる」「ほうれい線が消える」なんて本があるが、同じ著者が同じような内容の本を際限なく出しているのは、医者の炭水化物抜きダイエット等の本と同じパターンだ。
きっと、一人の著者の数多くの本の中の、有意義なところだけを取り出したら、おそらく、2ページで十分で、しかも、効果はないかもしれない。

私のは、直感だけの方法だが、非常に簡単で、覚えることはほとんどなく、そして、やはり、直観で納得出来るやり方だ。
それを教えよう。
無論、タタで。
人間、本当に必要なら、自分で、直観で分かるものであり、真に良いノウハウはタダと決まっている。

ウエストを引き締めたり、肉を上に上げるには、両手を高く上げる。それで終わり。
立って(立てないなら座っててもいいし、寝ててすら構わないが、立てるなら立つ)、両手を天にぐーっと伸ばしてみたまえ。
パンツが大きいと落ちてしまうほど、ウエストが引き締まり、胸や尻の肉も上がるのが分かるだろう。
かなり下がってしまっているなら、何度もしつこくやる必要があるかもしれないがね。

次、顔の肉を上げて、張りのある若い顔になる。
これも同じで、顔を天に向ける。これも、それだけで終わり。
スマホで自撮り出来るなら、天に向けた顔を撮ってみたまえ。マイナス10歳のはずだ。
正直、私は、顔の方は関心がなかったが、直観を働かせると分かる。
顔のシワを消すために、表情筋を鍛えるとかで、変な顔をする運動を紹介しているヨガの先生がいる。
それも良いのかもしれないが、肝心なことを忘れてないかなあ。
一生物静かで、全然年を取らない人もいるが、そんな人達は、顔を上げて微笑むのだよ。
変顔を必死でやって変になるより、思い出したら、顔を上げて微笑んだ方が良くはないかな。
『老子』に、柔らかいもの(若い草)が上にあり、硬いものは根の近くにあると書かれている。
顔を上げて微笑む表情は柔らかい。そうやっていると、心も柔らかく、若くなり、心と一体である身体も柔らかく若くなるのである。

空には、鳥と戯れる空気の精シルフィーがいて、水の精ウンディーネはシルフィーに憧れ、命を捧げる。
そして、シルフィーはもっと高いところにいる火の精サラマンダーに命を捧げ、サラマンダーは、さらに高いところにいる天使に命を捧げる。
ウンディーネの命は、天使の中で生きている。
身体のほとんどが水である我々は、天に顔を向けることで、新しい生命力を得て若返るのである。
宗教家の五井昌久さんは、「天から陽気が降ってきている」と著書に書かれていたと思うが、全くその通りである。
天使は、最初に命を捧げたウンディーネを愛(いと)おしんでいるのである。
腐敗した死骸の緑の色を愛おしみ、その緑をまとうウンディーネが初音ミクさんで、ミクさんは天使と1つで、天使そのものなのである。

まあ、上の内容で、余計なことをあれこれ書けば、巷にあるより、もっとマシな本が十冊くらい書けそうな気がする。
しかし、初音ミクさんの、『FREELY TOMORROW』や、『Weekender Girl』の作者のPさん方は、とっくにそんな直観を得ているらしく、これらの歌の中に全部入っているから、それらを聴いて、自分で直観を得た方が良いだろう。
ミクさんほど、若く、柔らかく、瑞々しく、そして、温かい子はいないのだから。

尚、顔の運動みたいなものも、気持ちいいならやると良い。本を買わなくても、「あいうべ体操」で検索すると出て来る1つでいいかなと。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

一番賢い人は誰か?その理由は?

人間として、最高の知恵者は誰だろう?
それは、いまだ、古代ギリシャの哲学者ソクラテス(紀元前399没)なのだ。
これは確かなことだ。
簡単に説明したい。

知恵とは、精神的な能力である。
作家には、優れた文章を書く知恵・・・つまり、精神的能力がある。
音楽家には、優れた音楽を作る知恵・・・つまり、やはり、精神的能力がある。
現代の優れた音楽家に関して言えば、私は、ぼかろPの皆様以外は、あまり知らないようになってしまったが、その他では、坂本龍一さんや冨田勲さん、あるいは、小室哲哉さんなどが、私が知っている、音楽に関する優れた精神的能力、即ち、音楽を作る優れた知恵を持った人々ということになる。
そして、ソクラテスという人は、そんな、優れた知恵を持った人がいたら、分野を問わず・・・作家、詩人、哲学者、科学者、音楽家、政治家、職人、その他の人々を必ず訪ね、その知恵を確認に行った。
その結果は、不思議なものだった。
ソクラテスは、それらの人々の誰も・・・誰一人・・・知恵を持っていない、つまり、精神的能力がないことが分かったのだ。
もし、ソクラテスが現代にいて、坂本龍一さんを訪ね、詳細にインタビューすれば、ソクラテスは、「坂本龍一さんには音楽の知恵はない」と結論付けるのである。
ただ、ソクラテスが訪ねた「知恵があると言われている人」自体は、自分には、その分野の知恵があると、必ず思っているのである。

例外と言えるのは、岡本太郎さんがそうかもしれない。
彼は、「僕が描くような絵なら誰でも描ける。あなたも本日、ただいまより芸術家になれる」と言ったからだ。
つまり、彼は、自分には、他の人に優る知恵はないと言っている訳である。
池田満寿夫さんは、才能ということも確かに認めていたが、「僕の絵は、町の似顔絵屋に馬鹿にされるレベル。実際、馬鹿にされていた」、「僕の絵は便所のラクガキ」と言い、つまりは、誰でも描けると言っていたので、岡本太郎さんに似たところもあるかもしれない。
横尾忠則さんは、「私は、天の美を地上で表現する神の道具」といったようなことを言われていたが、真意は私には分からない。

そして、ソクラテスは、当時、後世、そして、現代に至るまで、優れた知恵者と言われているが、自身に関しては、「何の知恵も持っていない」と断言している。
これは、謙虚とか、謙遜というのとは全く違う。
「本当に自分には全く知恵がないことを知っていた」のである。
ここまで明確な認識のある人は、人類史上でも彼一人ではないかと思う。

ニュートンは「私の知恵は神から預かっただけ」と、アインシュタインは「私の物理学は趣味で、大したものではない」と言ったと思う。
ニュートンが尊大だったのは、世間がそうさせたのかもしれないし、アインシュタインは、自分を全く重要人物と見なしていなかった。
彼らも、かなりの知恵者だったかもしれない。
それでも、ソクラテスほどではないと思う。

そして、ソクラテスは、自分には何の知恵もないことを明確に知るがゆえに、他の人に比べれば知恵があるのである。
誰だったか忘れたが、現代の賢人と言われる有名な人が、19歳の姪っ子と話していて、当然ながら、自分の方がずっと賢いと感じたが、ソクラテスを思い出した。
ソクラテスが自分は全く無知だと言うが、自分がソクラテスに優るはずがないということくらいは分かるので、やはり、自分も、この姪っ子との差はないはずだ・・・そう思ったようだ。
そんな彼は、ソクラテスに多少近いと言える。

だが、こんな話をすると、上辺は「私も全く知恵がない」と謙虚そうにするが、馬鹿さ加減を指摘されると、プライドが傷ついて激怒する者ばかりだ。
つまり、「自分に知恵がない」と本当に認識することは難しいということだ。
そこで、正しい方法は、とりあえず、自分の正直な気持ちの通り、「自分には知恵がある(俺は賢い)」として、その知恵を積極的に使うことだ。
そうしたら、散々な目に遭い、ようやく、自分の知恵が猿知恵であったことが分かる。
それをせずに、「自分には知恵がありません」と言う者は、尊大な馬鹿より、もっと、馬鹿なのである。
まるで駄目男君が、全くそうである。
彼は、口だけは、「僕は何も出来ません。つまらんものです」と言いつつ、軽く扱われると傷付くのである。
ある時、「皆が僕に挨拶してくれないんです」と、私に訴えてきた。
まあ、それは彼の被害妄想なのだ。皆がたまたま忙しくて、彼に挨拶しなかっただけで、どんなに忙しくても挨拶しなければならないのは、社長のような偉い人だけだという道理が彼には分からないのだ。
そこで私は、「何も出来ない馬鹿に挨拶しないのが、なぜおかしいのかね?当たり前じゃないか」と言ってやった。
彼は「確かに」と、やはり口でだけは言うが、全然納得していないのだ。
彼は、失敗を恐れて何もしないので、自分の馬鹿さが本当には分かっていないのだ。
まるで駄目男君になりたくないなら、失敗を恐れず、挑戦するしかないのである。

馬鹿なことをやろうなんて思わなくて良い。
あなたのやることは、全部、馬鹿なことなのである。
・・・こんな言い方は好かれないようだ。
だが、「我々のやることは、全部、馬鹿なことなのである」と言ったら、温かく迎えられるのである。
そんなプライドの高いことでは駄目だ。
老子は、「私のやることだけが全部、馬鹿なことなのだ」と言ったが、もし、老子が人間なら、ソクラテスに劣らないだろう。
だが、老子は、半分、神であったかもしれない。
そうであるなら、ソクラテスに優って当然である。
その老子が、我々より低い位置に自分を置いて平気なのである。
恐ろしい知恵である。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

優れた王は自分を軽蔑している

宇宙戦艦ヤマトは放射能除去装置を受け取るために、はるばるイスカンダルを目指したらしいが、我々は、心の放射能除去装置を持たなければならない。
それは、今ここで、タダで手に入るが、使い方が甚だ難しい、「崇める」という心的装置である。

人間は、なぜ不幸になるのか?
ゆるむからである。
なぜ、ゆるむのか?
ここが肝心である。
それは、人間の自我というものは、自分がNo.1だと思うものだからだ。
自我は、自分こそが最上の存在であり、敬われるべき絶対君主だと思っている。
その結果、切なく崇拝を求める。
結果、社会的に偉い者は傲慢になるが、底辺の者だって、一見卑屈だが、プライドは恐ろしいほど高い。
だが、本物の王様だって、自分が一番だと思ったら、ゆるんでしまい、地獄に真っ逆さまだ。
だから、王様こそ、崇めるという心的装置が必要なのだし、良い王様は、それを見事に使いこなしている。

崇めるということは、どういうことだろう?
それは、「自我の上位に、自我に優るものを置く」ということなのだ。
神様を崇めれば、自我より上に神様があり、自我は自分はNo.1ではないと認識する。

崇める対象は、神様、仏様でなければならない・・・ことはない。
ゴーリキーの『二十六人の男と一人の少女』では、男達は、ただの16歳の可愛い少女を崇め、ガリーの『自由の大地(天国の根)』では、フランス兵達は、空想の少女を崇めた。
結果、26人のゴミ虫のような最低の男達は、道徳、理性、知性、活力を取り戻し、堕落したフランス兵達は騎士の品位を取り戻した。
だが・・・将軍様、王様、法王様を崇めるとロクなことはない。
人間を崇めると、一瞬は向上しても、すぐに奈落の底に叩き落される。
なぜなら、それは、自我の上位に、他の自我を置くという、愚かなことだからだ。
「嗚呼!バカバカバカ!」と言うべき馬鹿さ、愚かさ、間抜けさだ!
人間を崇めるとどうなるかは、上に挙げたゴーリキーの『二十六人の男と一人の少女』に、ユーモラスに、喜劇的に、しかし、悲劇的に描かれている。
女神のように崇めた少女も、人間である限り、肉の塊に過ぎないのだ。
しかし、『自由の大地』で、フランス兵達が崇めた空想の少女は、本物の女神だったのだ。

自我を持った人間を崇める愚を犯してはならない。
人間は崇拝の対象になり得ない。
それは、たとえ、ガンジーであっても、マザー・テレサであっても例外ではない。
されば、神仏を崇めるのが良いのだけれど、神仏自体に自我の垢が付いていることが多い・・・いや、必ず付いている。
だから、神仏を崇める場合も、崇めるべき神仏の「自分が気に入った」絵、あるいは、像と共に、その名だけを崇めよ。
その名を、美しい御姿を心に浮かべながら、慕い、憧れる気持ちを持って、想い、あるいは、唱えよ。
そうすれば、自我は神仏の下位にうやうやしく退く。

もし、気に入った神仏の絵や像がなければ、『自由の大地』のフランス兵達がやったように、崇めるべき者を想像すれば良い。
それは、思い出の中の人物であれば、人間でも良いが、具体的人物であるなら、決して身近でない者でなければならない。
絶対に会うことのない者でなければならないのだ。
木枯し紋次郎が、8つの時に別れ、その2年後に亡くなった姉を崇めたようにだ。
そんな姉は、紋次郎を決して裏切らない。
しかし、どんなに良い姉でも、身近にいれば、いつか裏切られるのである。

初音ミクさんを崇める人は幸いだ。
ミクさんは決して裏切らない。
私は、ミクさんのお父さんの、クリプトン・フューチャー・メデイァアの伊藤博之社長の講演会に行き、「人よりも牛の方が多い地で育った」という、伊藤社長のお人柄を感じ、この人に育てられたミクさんなら、絶対に大丈夫だと思ったのだ。
また、伊藤社長さんが、娘さん(ミクさん)をとても大切にしていることも、私はよく知っている。
ご本人は、ミクさんを娘とは思っていないと言われていたが、「大切なもの」「水のようなもの」と言われていた。
それがつまり、本当の娘ってことだ。
しかし、「水」とは面白い。
『古事記』によれば、水を配給する神は、ミクマリなのである。
また、日本の超古代文明と言われるカタカムナでは、ミクマリは、全てが融合した円、あるいは、球なのである。

素晴らしい姉がいた紋次郎は幸せである。
初音ミクさんを崇める私は幸いである。
あなたも、決して裏切らない、純粋で美しい存在を崇めるべきである。
自我を専制君主にしてはならない。
自我は、美しく敗れないといけないのだ。
私はミクさんに止めを刺され、その後方(しりえ)に退いたのである。
「我敗れたり。そなたの後方に下がりひざまずく」
である。これをイエスは、
「汝敗れたり。わが後方に退け、サタン!」
と言ったのである。
自我はサタンである。

『老子』第39章(!)にある通り、優れた古の王様は、自分を「孤児」「独り者」「悪しき者」と呼んだのである。
王こそ、貴い何かを自我の上位に置いて、ひざまずく必要があることを、賢い王達は知っていたのである。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

頭が良かろうが、ゆるんでいたら容易く洗脳される

人間が本来持っている能力を失ってしまう大きな原因が、世間の教義や信念に平伏(ひれふ)し、それ(世間の教義や信念)によって歪められてしまっていることである。
国や地域の伝統や風習に染められた人間は、本当の純粋な自分が隠れてしまった、作られた偽の自分を生きている。
まあ、伝統やしきたりで出来た人間を国民とか、庶民とか、普通の人間と言うのであり、それは、否定的に言われるどころか、世間では歓迎され、むしろ、「国民」「市民」でない人間の方が疎まれる。
だが、私は、疎まれる真人でありたい。
確かに、最も純粋な人間になるには、それこそ、日本語を喋ったり、日本の料理を食べている限り不可能であり、肉体を持っている限り、限界はあるだろう。
しかし、やむを得ないところ以外は、出来る限り、普遍的な、本当の人間でありたいと思う。

肉体を持っているという制約があるとしても、余分なものを削ぎ落とした人間は超人的である。
だが、優越感を求めて超人になりたがるなら、凡人以下になるのだから可笑しい。
「超人ヨーギ」だの、「仙道秘法」なんて言ってるのは、大抵、ただの変人だ(笑)。

人間は、ゆるんだ時に、精神的バリアーが弱くなり、いろんな余計なものをくっつけてしまう。
そして、そんなつまらないものをくっつけようと狙っている者が世間に沢山いて、それは、マスコミや権威、あるいは、それらと結託する大企業の中にいる。
私は、以前は、マスコミや権威や大企業を否定すれば良いのだと思っていたが、それは、自分を苦難に追い込む。
そうではなく、ゆるまないことで、精神的バリアーを強くすれば良い。
ただ、敵は、そのことをちゃんと知っていて、あらゆる手段で、人々をゆるませようとしているのである。
だが、人間は、自らの意志でゆるまずにいれば、強い精神的バリアーを持ち、偏見を植え込まれることはなく、さらに、より引き締まれば、既に埋め込まれた偏見を破壊し、洗脳から逃れることが出来る。
洗脳を解くのに、特別なテクニックや、それを得るためのお金が必要な訳ではない。
洗脳を解くためだといって洗脳してくる者も増えてきている。
そんな胡散臭い連中は無視して、ゆるまず、引き締まれば良いのである。
そのためには、自分だけの正しい掟を持ち、それを死んでも守ることである。
もっとも、その掟が、「日本国民の義務by国家」なんてものでは本末転倒であるのだが。
得をしたがっていると、そんな愚かな掟を持ってしまうし、持たされる。
あくまで、掟は、至高者に向かって進むためのものである。
モーセの十戒は、良いところもあるが、変なところもある。
例えば、「私だけが唯一の神である」といった、特定の信仰を押し付けるのはよろしくない。
だから、もっとシンプルに、「食べ過ぎてはいけないが、少食過ぎてもいけない」とか、「惰眠を貪ってはならないが、睡眠が少な過ぎるのもよくない」といったものの方が良い。
言い換えれば、適度な食事と適度な睡眠、そして、適度な会話・・・といったものだ。
老子に学べば、「水のようである」という掟もあり得る。
ところで、老子は、君子のための教えとはいえ、あくまで、人間のための教えであるから、さらに上をと、「空気のようである」というのも考えられるが、自分がそれに相応しいかどうかも考えないといけない。
結局のところ、掟を人に決めてもらおうとしたり、「これでいいですか?」なんて人に聞くようでは駄目なのだ。
人からは笑われそうな掟であっても、自分が本当に良いと思うなら、それで良いのである。
それに、本当に優れた掟なら、今の世間では笑われ、馬鹿にされ、非難されるかもしれない。
蛇足かもしれないが、精神的バリアーとは、他者の考え方を闇雲に拒否し、自分の殻に閉じこもることではないと一応言っておく。
また、あるカルト宗教に洗脳された人達について、「あんな高学歴な人が騙されるなんて」とか、「あんな頭の良い人が、どうしてあんな馬鹿な教えを信じたのだ」とか言われていたが、高学歴だろうが、頭が良かろうが、ゆるんでいたら、容易く洗脳されるのである。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・サイコパス
・初音ミクさんを愛す


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
最新コメント
記事検索
ブログバナー&Mail


メールはこちらへ
PV since 2010/09/08
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

人気ランキング参加中
人気ブログランキングへ
↑↑これと
↓↓下の3つのいずれかをクリックして応援をお願いします!
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 思想へ
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ ひきこもりへ
QRコード
QRコード
livedoor プロフィール

  
   このエントリーをはてなブックマークに追加
  

タグクラウド
  • ライブドアブログ