ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

習慣

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
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勝つ人はここが違う

優れた野球のバッターになりたいなら、1回でも多く素振りをすれば良いのだし、剣の達人になりたければ、やはり、1度でも多く剣を振れば良い。
結果、「いつもバット振ってるよね」「暇さえあれば剣を振ってるよね」と言われるようになる。
誰も見ていなければ、壁や天井や床がそう言ってくれる。

「でも、俺、バッターでも剣士でもないし」なんて思ってはならない。
私は、一流の経営者が部下の幹部達に、
「俺とお前達との差は、素振りの回数だ」
と言うのを聞いたことがある。
こう言えば、「つまり、努力しろってことだな」と思うかもしれない。
しかし、苦しい努力は長続きしない・・・というのも、さっきの一流の経営者が言ったことなのだ。

これに関しては、何かで世界一、あるいは、史上一の人に学ぶのも良いかもしれない。
それで思い出すのが、有名なプロレスラーだったジャイアント馬場さんのことだ。
彼は、世界一でも、まして、史上一でもないが、世界一、史上一に学んで、日本一、アジア一になったのだ。
なら、我々だって、会社一(笑)・・・いや、もしかしたら、業界一くらいにはなれるかもしれない。
上の、一流の経営者は、おそらく、日本の業界で30番くらいだった・・・いや、それでも大したものなのだ。
日本で30番のイラストレーターやパティシエなら大金持ちだ。

で、馬場さんが学んだ世界一、史上一は、バディ・ロジャースという超一流のレスラーだった。
馬場さんは、心底、ロジャースに憧れていた。
ご存じかもしれないが、プロレスは決してスポーツではない。ショーである。
これはもう、あるプロレスの元レフェリー(ミスター高橋さんだが)が著書でモロにバラし、その元レフェリーは「あの本のことで誰も文句は言って来なかった」と言っているようだ。
馬場さんが、ロジャースの「世界一の素振り」について、こんなことを本に書いている(自分では書いていないだろうが、言ったのだとは思う。ちなみに、どの本だったかは分からない)。
馬場さんの時代、アメリカでは、プロレスラー達は、次の試合会場のある町まで個々に移動したが、自然、集団で移動することになる。行先は同じなのだから。
よく一緒に移動するレスラー同士は顔馴染みになり、仲良くなる(反りが合わない者同士もいるだろうが)。
それで、移動中の電車の中で、仲の良い者同士、一緒に酒を飲みながら雑談したり、トランプゲームなどをするようになる。
ところが、ロジャースは、そういったことを全くしなかったそうだ。
馬場さんは、ロジャースはいつも「考えていた」と言う。
ロジャースは常に、プロレスのことを考えていたらしい。
試合でやることとか、ショーマンシップとか、とにかく、お客さんを喜ばせることをロジャースは考えていたのだ。
馬場さんは、「そりゃ、ずっと考えている人と、そうでない人では差がつきますよ」と述べている。
ちなみに、上で述べた「元レフェリー」、ミスター高橋さんも、ずっとプロレスのことを考えていたのだろう。だから、あんな本を書いても、誰にも文句を言われないのだと思う。

パスカルの「人間は考える葦である」の通り、1日中、何を考えているかで勝負は決まるのだろう。
藤井翔太君は、きっと、1日中、将棋のことを考えているのだ。これは、憶持(常に念頭に置いて忘れないこと)しているということだ。
藤井君と、他の棋士の違いは、憶持の差・・・それが、あの一流の経営者が言う「素振りの差」なのだろう。
それは単に、「注意を向ける」「意識する」程度のことかもしれない。
しかし、平凡な人間は、その注意や意識が分散し、散漫になるのだ。
『観無量寿経』(『浄土三部経』の中の1つの経典)で、釈迦は、ただ「阿弥陀仏の名を億時せよ」と言ったのである。それが正しい念仏である。

引用した本と、これらのことについて、参考になりそうな本を下にご紹介しておく。








一流と三流の違い

一流の人間と三流の人間の違いは、安定か気まぐれかではないだろうか?
一流は、毎朝5時に起きると決めれば、1年365日、よほどのことがない限り例外なく、10年、20年と続けるが、三流は、決めてから数日後に、「今朝は5時に起きましたよ」と言う。
その差は絶望的だ。

野球の一流のバッターには、決まった時刻になれば、宴会中だろうが、バットを持って外に出て素振りをする人がいるが、三流は、自分もそれをすると決めても、やったりやらなかったりだ。

スーフィーの偉大な格言、「神を信用しろ。だが、駱駝はつないでおけ」を実践すれば、望みが叶わぬことはないが、駱駝は、毎日必ずつないでおかなければならない。
「駱駝をつなぐ」に相当することは、人それぞれである。
ある人は、トイレのスリッパを必ず揃えて出ることがそれにあたるが、それを一度の例外もなくやれば、やっぱり、何か良いことはあるのだと思うし、それを一生続ければ、良いことの方も一生続くだろう。

良いことをする掟もあれば、悪いことをしない掟もある。
禁酒、禁煙の誓いを立てても、三流の人間は、せいぜい数ヶ月は、「俺はもう酒は飲んでいない」と自慢するが、いつのまにか、また飲んでいるのである。
一流なら、いったん禁酒を誓えば、一生飲まない。

『ローム太霊講和集』という本に、「自己に制約を課すと、その倍の力を神は与える」と書かれていたのを見て、それが真理だと思ったが、自己制約も1日では極めて僅かな力にしかならず、百日でやっと少し、そして、1年で目に見えるほどになるのだと思う。

私は5年以上、腕振り運動、スクワット、腕立て伏せを欠かしていないが、回数は変化することがある。
ところが、この数年の、これらのほぼ最低の合計回数万円が年収とぴったり一致するのに気付き、ゾっとした。
つまり、たとえばだが、毎日、腕振り運動を1000回、スクワットを100回、腕立て伏せを10回、欠かさず、5年もやれば、年収は1110万円になる。
アメリカでなら、11万1千ドルといったところか。
必ずしもこの通りでなくても(他の習慣の影響もあるかもしれない)、こんなものだと思えば良いと思う。

習慣、掟、自己制約・・・何と呼んでも良いが、それなしに成功した人はいないと思う。
この「成功」とは、地獄からの距離のことで、本来は地獄にいる人が、地上で最底辺だとしても、それは成功である。
そして、地獄から出ることは、掟の力で誰でも出来るのだと思う。
成功していない、地獄にいる・・・それは、掟を持っていないからである。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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