ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

空海

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

「うまくいって当たり前」思考

目標を設定し、その実現に向かって奮闘する姿は素晴らしいかもしれないが、そうでないこともある。
つまり、目標にこだわって視野が狭くなったり、目標が餌のようなもので、その餌を必死に求める姿が浅ましかったり、あくせくし過ぎのように見えることが、世の中で非常に多いのである。
「それでも、目標がなく、何もしないよりマシではないのか?」
と言う人もいるだろうが、そんな「マシ」より、もちっとマシな「マシ」を取れば良いじゃないか?
人間なのだから。

鼻先にぶら下げられたニンジンを求めて突進する馬のようにならないための良い話がある。
受験、就職、結婚、出世・・・どれも心の持ち方次第では良い目標なのだが、これらが鼻先にぶら下げられたニンジンのようにしか見えない者が多過ぎる・・・いや、ほとんどがそうかもしれない。
だから、どれにも、あまり良いイメージがない。

ひろさちや氏の古い本『空海入門』にこんな話がある。
ちなみに、私は、ひろさんの数百冊の著書の中で、私が知る範囲でベストは、この本と思っている。
空海は803年、遣唐使の一員として中国に渡った。
中国に渡った・・・なんて簡単に言うが、当時の船で中国に行くのは、無事到着する方が珍しいという危険なことだったらしい。
実際、この時の遣唐使の数隻の船も、全部が無事中国に行けた訳ではなかったし、空海が乗った船も危うく海の藻屑となりかけ、目的地とはかなりズレての命からがらの到着だった。
そうなることは分かっているので、日本を出発した時、遣唐使達は不安や、さらに、恐怖を感じていたかもしれない。
しかし、ひろさちや氏は、空海は超然としていたと書いていた。
もちろん、本当のことが分かるはずがないが、そうでないといけないのだ。
船上の空海は、こう考えていた(とひろさんは思っていた)。
「次はインドにでも行こうか」
空海は、自分をブッダと見なしていた。
ブッダは人々を救うものだ。
そんな自分が中国に着くのは当たり前である。
「無事に着けるか?」などという馬鹿げた発想など全くない。あるはずがない。
これこそが、引き寄せの極意である。
空海には、引き寄せは出来て当たり前である。自分はブッダなのだから。

我々もそうだ。
なるほど、受験は1つの目標かもしれない。
しかし、それが最終目標になってしまっているから、愚かで格好悪くて惨めで浅はかで馬鹿なのである(ひどい言い方だなあw)。
まあ、私も大手予備校に仕事で関わったことがあり、内情をたっぷり見たのでリアルにそう思うのである。
大学など、入りたければ入って当たり前。入ってから何をするか考えれば、大学の方で「入ってくれ」と懇願してくる。
金持ちになりたいなんて下種な考えで、金持ちになったら、その財力で何をしたいのか?
それがさっぱり分からない者ばかりなので、金を欲しがる者達は餓鬼ばかりなのである。
ドナルド・トランプは、大統領に再選されるかどうかなど、全く心配していない。
邪な国に侵されたアメリカの闇を一掃し、アメリカを再び偉大な国にして地球に民主主義を確立させる英雄なのだから、再選されるのは当たり前過ぎて、目標でも何でもないのである。
>








引き寄せマスター空海

私は以前から、数百冊の著書がある仏教学者のひろさちやさんの本の中でも、私が思う最高傑作は、ひろさちやさんの若い頃(と言っても47歳位だが)の著書『空海入門』(1984)と思う。
ただ、この本は、仏教の専門家(僧侶、仏教学部の大学教授等)には、おそらく評判が良くないような気がする。
また、この本には、ひろさちやさんの独断もかなり入っている。
しかし、この時、ひろさちやさんには、空海が乗り移っていたように感じられ、渡部昇一さんも、この本(祥伝社版)のカバーの推薦の言葉に「この本で空海に開眼した」と述べておられる。

まず、この本の良いことは(専門家的には悪いところになるかもしれないが)、ひろさちやさんは、空海は、自分は仏陀(釈迦と同等の存在)だという信念を持っていたということだ。
もっとありきたりな言い方をすれば、空海は、仏陀になり切っていた、あるいは、自分は仏陀だと深く思い込んでいた。
まさに、「私が価値があると言えば、それが価値になる」と言う、エマーソンの『自己信頼』のごとき信念だ。
※ 「私が価値があると言えば、それが価値になる」自体は、青池保子さんの『エロイカより愛をこめて』の、エロイカのセリフだが、エマーソンも同等のことを述べているのだと思う。

このことから、空海が引き寄せの達人だったことを確信する。
空海が打ち込んだ密教では、世界は精密な曼荼羅(マンダラ)であり、現代でいうVR(仮想現実)世界であることを見抜いた天才によって構築されたのが密教なのであり、それは引き寄せの技術に直結する。
何より、空海の行動自体が、この仮想世界を動かす引き寄せの法則に則っている。
例えば、当時は無事に到着する方が珍しい、唐(当時の中国の王朝)に船で渡る遣唐使の一員になった時も、他の団員が「途中で転覆して死ぬのではないだろうか」と不安に思っている中で、空海は引き寄せマスターの貫禄を見せ、超然としていた。
引き寄せでは、目標は既に成ったと見なさなければならない。
だから、空海は、唐に着くのは当たり前であり、不安など全くなかったのだ。
その揺るぎない自信は、自分が仏陀であるという信念からも来ている。
つまり、「仏陀である私が唐に行きたいなら行けて当たり前。さあ、次はインドにでも行くか」と思っていたのだ。
引き寄せが下手な者は、目標を達成したという視点に欠けるのである。
だから、目標を達成したら、それで終わりと思っているので、目標に生命力がない。
例えば、一千万円が目標としても、それを得て何をするかという発想がないので、情熱が起こらない。
しかし、空海は、唐に行って中国の仏教を学んで、もっと仏教の理解を深めようというのだから、そもそも、唐に着くこと自体は、大したことではない。
やはり、着いて当たり前なのだ。

ひろさちやさんは、仏陀になり切るのはどうすれば良いかというと、仏陀の真似をすることだと書いている。
仏陀らしく話し、仏陀らしく飯を食い、仏陀らしくクソをする・・・だ。
尚、最も効率が良いのは、私が今朝書いた通り、「仏陀らしくあくびをし」「仏陀らしくガッツポーズをする」ことだ。
仏陀のガッツポーズは、さぞや雄大で力強く、そして、爽やかであろう。
また、仏陀のあくびは、ゆったりとして気品があり、筋肉は力強く振動しているのではあるまいか。

むろん、誰もが仏陀になりたい訳ではない(むしろ少数だろう)。
金持ちになりたければ、金持ちらしいあくびをし、モテモテになりたければ、モテモテに相応しいガッツポーズをすれば良い。
これこそが密教であると私は思う。








会社の中で大切にされるには

コロナ後の世界では、企業は危機管理にもっと力を入れるようになるだろうし、社内留保(株式などとは違う運用可能な資産)をもっと欲しいと思うようになると思う。
それと共に、社員の質というものを、少しはしっかり見るようになるだろう。
これまでは、いくら、実力の時代だと言っても、実際はちっともそうではなく、まだまだ、年功序列や、仲良し人事が横行しており、優秀な人が日陰者になることは少なくなかった。
確かに今後は、起業する場合もだが、会社とは独立した形で働く人も増えるだろうが、それは、経験を積んだ有能な人間に限られる。

そこで、今回は、特にアフター・コロナの世界で、まともな会社で重んじられることについて書こう。
これまでだって、例えば、2人の若い社員がいて、能力や経験に大差がないのに、片方は非常に大事にされるのに、もう片方は軽んじられたり、厳しく扱われるということがよくあった。
それが単に、上司や先輩の好みの問題ということもあるが、そうではなく、いかなる上司や先輩の下でも、良い扱いを受ける者は良い扱いを受け、きつい扱いを受ける者は嫌な目に遭うことも多いのだ。
その違いは何だろう?
それは、その者が発する波動の周波数である・・・などと言ったら怪しく感じるかもしれないが、いずれ、量子論で簡潔に説明されるようになるかもしれない。

ちなみに、私は、いつも良い扱いを受ける方だった。
稀に、私にきつく当たる者もいたが、そんな連中はロクな目に遭わず、思い返せば、ほとんどの場合、消えていったと思う(笑)。
私は、敵を消すかどうかはともかく(笑)、良い思いをするために必要な波動のことを、超然とした波動と呼んでいる。
その出し方を簡単に教えよう。
必ず、あなたの役に立つはずだ。

事例を用いて話した方が分かり易い。
例えば、ある会社に入社したい場合、あるいは、ある女の子(男の子)と付き合いたい場合、あるいは、ある仕事につきたい場合、皆さんはどうするだろう?
まあ、いろいろあるだろうが、どの場合も「超然とした波動」を出せばうまくいく。
「超然」とは、「(世俗的な)物事にこだわらず、そこから抜け出ているさま」という意味だ。
どんな危機の時も、あまりに平然としていたら、それを「超然としている」と言えるだろう。
では、ある可愛い女の子と付き合いたいとしよう。
そんな時、普通は、「どうやって口説こう」とか、「何をすれば好意を持ってもらえるか」など、つまらないことを(笑)考えるものだ。
それでは、顔のいいやつ、面白いやつ、金のあるやつ(笑)に適わない。
そこでこうせよ。
付き合ってもらえるかなどといった、つまらんことはどうでも良いという態度でいることだ。
付き合うのは、もう決まっているのだから、その先を考えるのだ。
何をして遊ぼうか?どこで食事しようか?
住むのはどこにするか?(笑)
子供は何人か?(爆)

もう返事は決まってるはずさ
「Wedding」そうヴィジョンは完璧!
そうだ、住むのは松涛あたりがいいな♪
子供は3人かなぁ(^ω^ )
~『スキキライ』(作詞・作曲・編曲:フェルナンドP。唄:鏡音リン・レン)より~

会社の入社試験を受ける場合も、受かるに決まってるのだから、超然として、「次はどこに転職しようかなあ?」などと考えても良いのである(笑)。

私が、数百冊の著書を持つ仏教学者のひろさちやさんの最高傑作と思っている『空海入門』で、空海が遣唐使に参加した時、船の中で、他の乗員は皆、無事に唐に着けるかを不安がっていたと書かれていた。
そりゃ、遭難する確率の方がはるかに高い時代だから、不安なのが当然だ。
しかし、空海は超然とし、「次は天竺(インド)にでも行くか」と考えていたのではないかと、ひろさちやさんは書いていた。
ブッダたる自分が乗っているのだから、唐に着くのは当たり前なので、その次を考えていれば良いのである。
イエスだって、「願いは叶ったものと思えば叶う」と言っていたではないか?
その最上の方法が空海式なのである。

では、会社で良い扱いを受けることに戻る。
全く同じだ。
丁重に扱われて当たり前なので、その中で何をするか考えれば良いだけである。
実に簡単だ。













当ブログ著者、KayのAI書。
AIを理解している人材が必要な時代です。ましてや、実用AIを作ることが出来る人は貴重です。
しかし、実用AIを作るために、数学、プログラミング、難しいAI理論は不要です。
それよりも、AIを作るために必要なコツやセンスを身に付ければ良いのだと思います。
自動車を運転したり、電子レンジで料理するために、熱力学やマイクロ波科学が不要なのと同じです。
それ(コツやセンス)を、興味深い問題にAIで挑む楽しい実習を通して習得します。
本書のほぼ全ての実習が出来るデータを作れるExcelマクロを無料でダウンロード出来ます。

魔剣を得る方法

何度かご紹介したが、私が好きな時代劇に、
『剣』(1967~1968。全46話)
の、第1回、
『天下一の剣豪』
がある。
丹波哲郎演じる戸沢一刀斉は、織田信長に仕える剣士で、あらゆる名人・達人と対戦するも、一度も遅れを取ったことがなく、遂に、信長に「天下一の剣豪」を名乗ることを許される。
ところで、この戸沢一刀斉が、不思議な名刀を所持していた。
その剣を持つと、剣が、「あなたは日本一です」と語りかけてくるのだ。

これは、時代劇、あるいは、「お話」ではない。
ありふれた、しかし、重要な話だ。
つまり、「あなたは日本一です」と語りかけてくるのは、剣ではなく、この場合、戸沢一刀斉の潜在意識に沈んだ暗示・・・もっとはっきり言えば「思い込み」である。
それがあるからこそ、戸沢一刀斉は天下一の剣豪になれたのだ。
「最後の天才」と言われた画家、サルバドール・ダリも、ある木片を肌身離さず持っていたが、それが、戸沢一刀斉の剣と同じような作用を起こす象徴的な何かだったのだろう。
実際は、自分が何かを思い込む道具にさえなれば、剣でも木片でも聖書でも何でも良い。
ある偉大な発明家は、ゲルマニウムに自分から語りかけていたそうで、そうすることで、ゲルマニウムからアイデアをもらえるのである。もちろん、アイデアの出所は、ゲルマニウムではなく、自分の潜在意識につながった無限の意識である。

私が総務課の社員だった時、同じフロアにいた技術課長が、私にプログラミングの勉強を勧めたが、彼は、自分はプログラミングが出来るようになれなかったという。
だが、私は楽々プログラミングをマスターした。
その違いは、単に、「自分に出来て当たり前」という思い込みだけである。
私は、何の根拠もなく、「私なら絶対出来る」という確信を持っていた。
それは、当時読んでいた、ひろさちやさんの『空海入門』に、空海は自分を仏陀だと勝手にみなし、仏陀の真似をしたから仏陀のようなものになったと書かれていたのを見て、私は、高級プログラマーらしくしていたのである。
思い込みだけでやっていたのは、間違いなくスティーブ・ジョブズだ。
彼は、「人間は信じるしかないんです」と言っていたのだ。
で、どんな人が信じ易い、つまり、思い込みを持ち易いかというと、やはり、素直で偏見がないことだ。
自分が賢いと思っていたり、優越感の強い者ほど、偏見を持ち易く、権威ある常識や世間の常識以外のことを信じられない。
ジョージ・アダムスキーが本当に宇宙人とのコンタクティーだったかどうかは分からないが、彼の話をすぐに「下らない」「馬鹿馬鹿しい」と言いたがる者は、残念ながら飛躍出来ない。
ある意味、馬鹿で子供っぽい方が良いのだと思う。
それでいて、何か1つのことを自主的に欠かさずやれれば(それが本当の子供と子供の心を持った大人の違いだが)、必ずや、戸沢一刀斉の名刀を持てるだろう。








↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

超然さとIQ

人間の最も強い状態を一言で言えば、「超然」だと思う。
超然とは、辞書によれば、「物事にこだわらず、平然としているさま」であるようだ。
それは、自分が何にも影響を受けないということだろう。
外部の一切を重要と見ないので、意識を外に向けず、自己の内に留めている。
それは、言い換えれば、自分が自分であることなのである。
ちょっと曖昧な感じもするかもしれないが、そのような状態に憧れないだろうか?

イエスは船の中にいて、暴風が吹き、荒波が押し寄せても、超然として、眠っていた。
空海は、半分以上が難破すると言われる遣唐使の船の中にいても、心乱れず、超然としていた。
そんな者に対しては、風だって言うことを聞くし、何者も、そんな者を傷付けることは出来ない。

だが、我々凡人はそこまではなかなかいけない。
イエスや空海は、天の理を十分に理解するほどにIQが高いので、自然が完全に味方をする。
自然が味方する者には、誰も敵対することすら出来ない。
理解は力なのである。
我々の場合は、普通の人よりずっと高いIQを持つことによって、普通の人に関与する関心を持たなくなり、同時に、普通の人からの関与を受けなくなるのである。
だが、それでいてこそ、大きな影響力を持ち、人々は、なぜかは分からないが、あなたを敬うのである。

強い意思を持って、超然とすれば、それに応じて、天の理が分かるようになり、当然、IQも高くなる。
ただし、気力や根性のようなもので、超然さを保つことは出来ない。
鍵は、想像力を使うことだ。
例えばこんなふうにやれば良いだろう。
英雄の姿を想像し、それはまさに自分であると見なす。
そして、何が起こっても、「人々の生命を守る英雄たる私が、この程度のことで害されるはずがない」と思うのである。
それを簡単に行うために、GeniLax(Android、iOS用無料アプリ)を使い、無の状態に馴染むことが役に立つはずだ。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんを愛す
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
最新コメント
月別アーカイブ
記事検索
ブログバナー&Mail


メールはこちらへ
PV since 2010/09/08
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

人気ランキング参加中
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ ひきこもりへ
タグクラウド
QRコード
QRコード