ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

神経言語プログラミング

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

祈りは一瞬でないと叶わない

NLP(神経言語プログラミング)の共同開発者リチャード・バンドラーは、NLPで病気を治すのは儲からないと著書に書いていた。
なぜかというと、瞬間で治ってしまうからだ。
病気は、時間をかけて治さないと儲からないらしい。
だが、NLPは「時間をかけて治せない」のだ。
病気の種類は問わない。
というのは、バンドラーは、全ての病気は心因性と決めつけているので、NLPの精神操作テクニックで治せる。
一切の病気は心因性と言っていたのは「心身医学の父」と言われるドイツのゲオルク ・グロデックも同じだった。
彼は、転んで怪我をすることすら、心因性と言っていたのであるが、私も全く賛成だ。

リチャード・バンドラーが高く高く評価し、NLP開発のために研究したのは、ミルトン・エリクソンの精神療法であるが、エリクソンは「魔法を使って治している」とまで言われたほどのあまりに優れた精神科医だった。
そして、エリクソンも、信じられない速さで患者の精神を変革し、心身の病気を治した。
病気ではないが、エリクソンは、ある手のつけられない不良高校生を、一言の対話で完全に更生されたこともあった。
そのエリクソンの娘も凄かった。
彼女が高校生の時は、一面識もない学園のヒーローを1本の短い電話で「落とした」。
また、高校教師になってからは、超暴力的で、全ての教師から恐れられていた危険な男子高校生を、一瞬で自分の崇拝者にしてしまい、彼が卒業するまでボディーガードにしていた。

NLPやエリクソンによる病気治療は、潜在意識による願望達成と似ている・・・というよりは、原理は同じなので、願望達成も一瞬でなければ成功しない。
具体的に言えば、願望を潜在意識にインプットすれば叶うのだが、潜在意識に願望をインプットするのは、一瞬でないと出来ないのだ。
例えば、事業が成功するよう、1時間祈ったとしても、その1時間の中で一瞬「事業が成功する」と潜在意識にインプットすればうまくいくが、逆に、1時間の祈りの中で一瞬「どうせうまくいかない」と潜在意識にインプットすれば確実に失敗する。
いつも、「富、富、・・・」と唱えていたら富がやってくるのも、そのどれかの「富」という言葉が、偶然に理想的な条件になった時に唱えられることで潜在意識に送られるからだ。
効率の良い方法は、息を吸って止め、「富」と唱えることだ。
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるで、百回もやれば、一回くらいは、潜在意識にうまく届くかもしれない。
病気を治したいなら「治った」だ。
ただ、いかなる願いも、「成った」で良い。
部長になる、彼女を作る、結婚する、就職する、イケメンになる・・・何でも「成った」で通じる。
もちろん、ぴったりくるなら「よし」でも「はい」でも何でも良い。
あせらずにやることが大切だ。








境界知能

「境界知能」という言葉をご存じだろうか?
IQ(知能指数)の平均は100で、85から115の間が平均的とされる。
IQ70未満は知的障害と判定される。
問題は、「平均的とは言えないほどIQが低いが、知的障害には入れない」という、IQ70から84というグレーゾーンであり、これを「境界知能」と言うのである。
境界知能に属する人は、14%ほどもいて、日本中に1700万人もいると言われている。
境界知能に属する人は、普通の人と同じとして扱われ、学校では普通のクラスに入り、社会でも、普通の人のように働く。
そして、重要な問題が、境界知能に属する人は、ほとんどの場合、自分が境界知能に属していることを知らないことだ。

学校で、境界知能に属する人が、勉強が出来ることは、まずないと思う。それは特に、中学生になればはっきりしてくる。
境界知能に属する者は、他の子には理解出来ることが自分には理解出来ないことが不安になったり、ストレスになったりする。
また、自分は真面目にやっているつもりなのに、教師や、時には、親から、「怠け者」と非難されることもある。
宿題をやってこなかったことを怒られるが、やろうとはしたが、本当に出来ないのである。
勉強が出来る子が親切に勉強を教えてくれたりすると、その優しさに報いるためにも、しっかり理解しようとするが、どうしても分からない。そんなことを繰り返すと、その出来る子が立派な子であったとしても、忍耐にも限度があって見捨てられるし、自分がその(出来る)子に、自分が不真面目な子だと思われているかもしれないことが辛いこともあると思う。

境界知能に属する者は、社会に出て仕事に就いても、少し難しい仕事だと、どうしても覚えられず、仕事を教えてくれる上司や先輩に「不真面目なやつ」「やる気のないやつ」と思われ、厳しい扱いをされる。
あるいは、仕事でしょっちゅうミスをして、上司や、あるいは、顧客に厳しく怒られ、苦しい思いをする。

境界知能に属する者が、たまたま何かのきっかけで精神科の病院やクリニックに行き、検査を受け、自分が境界知能に属すること、つまり、普通の人に比べ、知的能力が劣ることを知ると、ほっとする場合が多いという。
これまでは、「なぜ自分がこんなに怒られるのか」「なぜ、自分が人に迷惑をかけ、嫌われるのか」「なぜ、自分はどうしても失敗するのか」が分からなかったが、その長年の疑問が解決するのであるから、むしろ、喜びの方が多いものらしい。

上記のようなことは、少しは注目されてきているらしい。
ところで、私は、別のことを問題にしたいのである。
それは、「パートタイムの境界知能」である。
普段は、平均的な知能、あるいは、それ以上なのであるが、時として、境界知能以下の知能になってしまうことだ。
もちろん、酒を飲んだりといった極端な場合を始め、睡眠不足である時や、不安やストレスを抱えている時、何か非常に気になる問題を抱えている時には、知的能力が大きく低下する場合はある。
しかし、周囲から普通に見えるだけではなく、自分でも普段通りと思っているのに、なぜか、分かるはずのことが分からなず、出来るはずのことが出来ない。
アルツハイマー病の初期症状としても、そんなことがあるらしいが、そういうわけではなく、子供の時から、そんなことがよくあるという場合である。
実は、私は、しょっちゅうなのだ。
私はシステムエンジニアだが、顧客や他の技術者とのシステムの打合せの際、そうなってしまって、相手の言うことが全く理解出来ず、戸惑ったことがある。
電車の切符の自動販売機で切符を買おうとして、そうなってしまい、必要な切符を買うことが出来ず、自動販売機の前で固まってしまい、後ろに並んでいた人に迷惑そうな声をかけられたこともある。

この「パートタイムの境界知能」について、L.ロン.ハバートの、知的能力の原理とその開発技法である『ダイアネティックス』が、割とうまく説明しているように思えたので、一頃、夢中になったことがあるが、今は、『ダイアネティックス』は矛盾も抱えた原理と技法だと私は思っている。しかし、それでも、興味深い部分はやはりあるのだ。
それで、『ダイアネティックス』が正しいかもしれない部分として、パートタイムの境界知能を引き起こすには、トリガー(引き金のこと。何かを開始するための命令や信号)・・・つまり、何かのきっかけがあるということだ。
それが何であるかは分からないが、その人間固有のトリガーがあり、それは、一度、その人間にとりつくと、一生消えない。
そして、明確な境界知能を起こすトリガーでなくても、知的能力を低下させるトリガーなら、普通の人間で数百はある。
例えば、境界知能を引き越すトリガーが「飛行機」という言葉であるかもしれない。
普段は聡明な人間が、たまたま「飛行機」という言葉を聞いたら、たちまち、境界知能の状態に陥るのである。いや、境界知能どころか、知的障害にまで陥る、さらには、狂人の状態になる場合もある。

『ダイアネティックス』の書籍は世界中で2千万部も売れた、人類の歴史的ベストセラー書の1つであるが、批判も多い。
そもそも、著者のL.ロン.ハバードが批判の多い、いわくつきの人物と見なされることが多い。
良く知られたところでは、ハリウッドの大俳優トム・クルーズが熱心に信仰する宗教で、他にも著名人の信者も多いサイエントロジーを作ったのはハバードだが、サイエントロジーをカルト指定している国もあり(フランスがそうであったと思う)、サイエントロジーには、あまり良いイメージはないかもしれない。
一方、ハバードの書いた教育書は、稲盛和夫氏や、地位のある教育関係者が公式に推薦していたこともある。
これは誰も言わないが、私は、ハバードとは、「パートタイムの境界知能に陥ることのある非常に優秀な人間」と思っている。

人間の脳や心は、複雑で神秘的で、闇も多いのかもしれない。
脳の欠陥と言うか個性と言うかは微妙だが、脳のある種の特徴によって、その脳の持ち主がサイコパスになるという説もある。
「神経限度プログラミング(NLP)」は、脳の性質を高度に理解し、脳を有効に使おうとする技術としてリチャード・バンドラーが研究し、構築したものである。

私は、頭の悪い人間に「キチガイ」と言われることが時々あるが、人に「キチガイ」などと言うのは、頭の悪い馬鹿に決まっている。
ただ、私は、彼らが私に「キチガイ」と言うのに、どこか納得しているのである。
彼らは、私の中に、自分と似たものを認めるからこそ、そう言うのだろう。
『ダイアネティックス』では、知能の低下を起こすトリガーを「エングラム」と言うのだが、それを自分で消すのは不可能で、「オーティティング」という技術が必要なのだが、詳しくは言わないが、これがかなり怪しい技術であると私は個人的には思っている。
私は、自分で、エングラムを消す方法を作ろうと思う。まあ、自信はあるのである。








現実になる想像とは

ジョセフ・マーフィーの、お金を引き寄せる優れたテクニックに、1憶円の使い道を考えるというものがある。
想像力を働かせて1憶円をどう使うかを考えることで、1憶円を使う現実が引き寄せられるのである。
ただ、普通の人は、なかなか1憶円の使い道を思いつかない。
そりゃ、1憶円あったら、実際は変えないもの・・・例えば、超高級車や宝石などを買えるだろうが、そんなものを買ったことを想像しても、大抵は、「だから何?」ということになり、その空想世界は灰色になり、小さな凍った世界になってしまう。
精神を操作する技術であるNLP(神経言語プログラミング)において、強く印象付けたいイメージは、
・大きく
・近く
・カラーで
・明るく
・動きがある
ように想像しなくてはならない。
そこで、自分が超高級車に乗っている様子を、大きく、近く、カラーで、明るく、動きのある映像として想像しても、普通は、そう長くは続かない。
つまり、それは本当の望みではないのだ。
面白いことに、失業していて就職したい人が、自分が通勤する様子や、オフィスで働いている様子を、そのように想像しても、どこか虚しく感じ、長く続かず、下手したら、モノクロの暗く静止した映像を想像し始めることがある。
このような人は、なかなか就職出来ないし、ひょっとしたら、働くことが向いていないのかもしれない。

これまで、このブログで何度か、「気分が良ければ、さらに気分が良くなる幸運がやって来る」と書いたが、それは確かなことである。
そして、気分が良いとは、大きく、明るく、カラーの動く映像として、楽に想像出来ることなのだ。
だから、動く、大きな、明るい映像として、楽に想像出来ることを求めれば、簡単に手に入る。

ところが、こんな話がある。
高校からずっとバンドをやっている大学生がいたが、彼は、自分が将来、バンドをやっている姿を想像しても、暗く、小さく、そして、遠い情景にしかならなかった。
それほど本気でやっているわけではなかったのである。
本人も、自分がバンドをやっているのは、どこか無理があると分かっていたのだが、何かつまらない理由でしがみついていたのだ。これは、よくあることである。

自分が何をしている姿が、大きな、明るい、動く映像として想像出来るのか、分からない人が多い。
それは、そんな想像が出来るはずのことを、育った家庭や学校やテレビで禁じられている場合が多いからだ。
イタリア映画『愛のほほえみ』という作品で、オルガという名の可愛い少女(9歳くらい)が、タバコを手に、主人公のルーカス(もうすぐ9歳)に「火をお持ちでないこと?」と言って驚かせるが、オルガは、「あたし、やっちゃいけないって言われることは全部やりたいの」と言う。
オルガは、明るく躍動する想像力を捨てずに済むだろう。

中河原啓さんの『持っているだけで奇跡が起こる本』という本がある。
この手の本を胡散臭く思う人もいるだろうが、この本がまさに、明るく、大きく、躍動するイメージを与えてくれる絵が描かれた本で、見ていると、自然な想像力を取り戻し、そんなイメージに相応しいことを思い出させてくれるのである。
つまり、奇跡も起こるのである。
とはいえ、慌てなくても、例えば、「神様の奇跡が起こる」と唱えていれば、やがて、気分も良くなり、幸運が訪れるが、あまりに心が固くなってしまっていて、変化に時間がかかる人は、参考にしても良いと思う。








狂信の魔力

思い込みの力は全くあなどれない。
思い込みの力について、よく知られているのは、プラシーボ(偽薬効果)で、砂糖も薬と信じて飲むと病気を治してしまうことがある。
あるいは、重症だが「大したことない」と言われたら、実際、すぐ治ったり、逆に、医者が「絶対治らない」と言っても、治ると信じたら治ったという話は少なくない。

明治時代の霊能力者、長南年恵は、当時としては平均的な寿命の44歳で亡くなるまで、少女のような容姿だったと言われるが、これも、本人が、自分はずっと少女だと思っていたからだと思う。
ところで、逆の思い込みというものもある。
例えば、ある未開の部族では、脚が折れても元気に走り回るのだそうだが、彼らには「脚が折れたら走れない」という思い込みがないのだ!
(『トーチェ氏の心の法則』より)

カップラーメンが身体に悪いと思って食べたら、実際に体調が悪くなるが、メジャーリーグのホームラン記録保持者バリー・ボンズは、日本のカップラーメンは身体に良いと信じ、毎日5~6個食べ、それで、ホームランを打ちまくっていた。
また、きっと彼は「俺は誰よりもホームランを打てる」と思い込んでいたのだろう。

狂信的信仰は、実際に奇跡を起こすこともある。
決して多いとは言えないが、フランスのルルドの泉水の水を飲んだり、水浴することで奇跡的治癒が起こることが、確実にあるらしい。
これも、患者本人の狂信的・・・と言ったら失礼だが、とにかく、極めて強い信念や思い込みがあったから、奇跡が起こったのだと思う。

新約聖書の福音書にこんな話がある。
イエスの弟子ペテロが、湖の沖に浮かぶ船に乗っていた時、イエスが水の上を歩いて近付いて来るのを見て感激したペテロが、
「先生!あなたが来いと命じて下さったら私にも出来ます。どうか命じて下さい」
と言うと、イエスは、応えて、
「私は命じる。来い!」
と言った。
すると、ペテロは水の上に下りて、イエスのところまで歩いて行った。
イエスが「来い」と言ったことで、ペテロは揺るぎない信念を持つことが出来たのだろう。
方やイエスは、自分には、こんなこと、出来て当たり前だと思っているに違いない。

これが信念の力である。
それなら、あなたも、好ましいことを「狂信」すれば良い。
やり方については、リチャード・バンドラーの『神経言語プログラミング』に書いてあることが参考になる。
即ち、自分が信じていることを、人に言わない・・・というより、人に納得させようなどと、決して思わないことだ。
大抵の人は、自分が信じることについて、他人に同調して欲しがるが、それが大間違いなのである。
例えば、自分はキリストの愛人だと言い張って精神病院に入れられている女性がいた。
この女性の間違いは何だろう?
自分がキリストの愛人だと思っていることか?
そうではないのだ。
「思うのは勝手」だ。
彼女の間違いは、他人に、それを認めさせようとしたこと・・・そもそも、自分がキリストの愛人だと人に言ったことだ。
ちなみに、初音ミクさんは私の嫁だが、決して誰にも言わないさ(笑)。

さて、その上で、もっと強力な方法がある。
マントラ(真言)を唱えれば、レベル5の信念を持てる。
つまり、誰かに出来ると思えることなら、自分にも出来ると信じられるのである。
そして、ナーマスマラナ(神仏の名を心で唱えること。念仏もその1つ)を唱えれば、レベル3以上の信念を持てる。
これは、誰にも出来ないことでも、自分には出来ると信じられるレベルである。
レベル1になれば、800歳でも17歳でいられるが、かなり励まないといけない。
ちなみに、言う必要はないが、レベル4は、悪魔に出来ることが出来ると信じられることである。












沈黙の力

人間は、非常に単純に出来ているところがあり、ガッツポーズをすれば元気が出る。
また、ヨガにライオンのポーズというものがあり、基本は舌を思い切り出すのだが、それだけで生命力が溢れ、ある有名な冒険家が、これを毎日習慣的にやっていることで、かなりの年齢になっても、驚くべき若さとバイタリティ(活力)を保っているようだ。
なぜ、こんな単純な方法が効果があるのかというと、やはり、人間の想像力のためと思う。
人間の想像力は、うまく使うと、驚くべき威力を発揮する。
例えば、古いNLP(神経言語プログラミング)の本に、多重人格を解消する方法が書かれていたが、あまりの単純さに驚く。
そのやり方はこうである。
右手の上に1つの人格、左手の上に別の1つの人格を想像し視覚化する。
そして、両手を近付けていき、両手が合わさった時、その2つの人格が融合する。
何重人格であろうと、ただ、この操作を繰り返せば良い。
だが、どうしても相容れない人格同士というものがあり、そんな場合は、手を近付けることが出来ないようだ。
そんな場合はどうすれば良いか?
単に、他の人が(場合によっては数人がかりで)手を合わせてやれば良いのである。
例えば、1つの人格は、初音ミクさんのようなボカロキャラが好きだが、別の人格は、人間のアイドルが大好きで、1人の人間の中で、
「人間の女なんて汚らわしい」
「二次元好きなんて、おかしいんじゃないの」
と反発し合っている。
それを、数人がかりで無理矢理融合してやれば、初音ミクさんも人間のアイドルも好きになるというわけである。
それが良いのか悪いのかは分からないが(笑)。

そして、こんな簡単な方法が、超人や超能力者になるために使えるのである。
そもそも、人間を超えた存在になるには、普通の人間のように頭の中でおしゃべりをするのを止め、無(無我、忘我、没我)になれば良いのである。
具体的にどんなふうにやるかは、いろんなバリエーションがあるが、例えばこんなものがある。
頭の中で、絶えず大声でしゃべり続けているロボット(あまり人間に似ていない、いかにもロボットという感じのものが良い)を想像し、そのロボットのバッテリーを切るのである。そのロボットのリモコン装置の電源スイッチを切るのが一番簡単と思う。
そうすると、頭の中のおしゃべりは止まり、頭の中は静かになり、無念夢想となるのだ。
あるいは、想像の中で、スピーカーから煩いCMメッセージを轟かせながら飛ぶ飛行機(昔はよくあった)をはるか彼方に飛ばしてしまったり、やはり、想像の中で、誰かが騒々しくおしゃべりをしているテレビの電源をリモコンで切ってしまうのである。
人によっては、大量の泡が湧き出ている海底を思い浮かべ、その泡をぴたりと止めるとか、荒れ狂う海の想像を、静かな海の想像に瞬間に切り替えるという方法を好んでいる。
単純で分かり易ければ何でも良い。
「思考停止」の一言で、頭の中のおしゃべりをぴたりと止められる人もいる。
頭の中のおしゃべりである自我の思考が停止した時、高次の思考である直観や閃きが訪れるのである。
慣れてくれば、そんな「クリアー」な状態にすぐになれる。
それを持続させることが出来れば、無意識の扉が開き、決意を持っていれば、それがそのまま形になるのである。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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