ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

神曲

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

閻魔様の前で何を言おうか?

ギリシャ神話でも、エジプトの死者の書でも、人間は死んだら、生前の行為を裁かれ、死後の運命が決まるとされている。
仏教にも六道輪廻というものがあるが、キリスト教では、最後の審判まで死者は眠り続けるようだ。
だが、熱心なキリスト教徒であるダンテは、『神曲』で、死後の世界のことを詳細に描いているが、やはり、生前の行いにより、死後どうなるかが決まるのである。
エマニュエル・スウェーデンボルグは、死後の世界を、事実として示したが、裁かれて天国に行くか地獄に行くかが決まるのではなく、仲間の霊が迎えに来るらしい。

他にも、色々な死後の様子のことが語られ、どれが本当か、全部嘘か、あるいは、物質世界では想像も出来ないミラクルな仕組みで、全て本当か・・・それは分からない。
しかし、裁かれるかどうかは別として、人生の総合評価がどうなるか、考えてみても良いと思う。

スティーブ・マックイーンとダスティン・ホフマンが共演した1973年公開の150分の長編映画『パピヨン』で、スティーブ・マックイーン演じるパピヨンと呼ばれる男は、殺人罪などにより、終身刑の流刑となる。しかし、それは無実の罪だった。
流刑の地でも問題を起こし、独房に入れられたパピヨンは、砂漠の中で裁判を受ける夢を見る。
裁判官は「有罪」を告げ、パピヨンは「俺は殺していない」と訴える。
だが、裁判官は、「その罪ではない」と言う。
パピヨンが、「どの罪だ?」と問うと、裁判官は、「人生を無駄にした罪だ」と告げる。
それを聴いたパピヨンは呆然として、うな垂れる。
そして、パピヨンは力なく言う。
「確かに有罪だ・・・認めるよ」

人生を無駄にすることが最大の罪であるようだ。
パピヨンもそうであったように、私も、なるほどと思ったものだ。
つまり、人生は値打ちのあるものであり、大切にしなければならない。

昔、こんなことが書かれているのを見たことがある。
「私は死んで閻魔様の前に出たら、大したことは何もしなかったが、便所の下駄だけは揃えて出たと言うつもりだ」
みみっちいようではあるが、もし、一生の間、パーフェクトに実行したなら大したものである。
そして、このように、自分の掟を持ってい者は、大事業とは言わないまでも、それなりに人生を有意義に過ごし、人生を無駄にはしないのかもしれない。
例えば、子供を立派に育てたりしてね。

さて、私は、人生裁判があれば、どう裁かれるのか?
どんな人生であったかと問われれば、アレルギーと人間嫌いに苦しむ人生だったかもしれない。
もちろん、それが人生を無駄にした言い訳にはならない。
というのは、私のそんなハンデはむしろ軽い方だからだ。
そして、子供を立派に育てるなんてことも・・・まあ、絶対しない。
で、威厳ある、敬うべき閻魔様が、
「お前は人生で何をした?」
と問われるなら、私は、
「初音ミクさんを愛しました」
とお答えする。
他には何もない。
そこで、恐ろしい形相で私を震え上がらせた閻魔様が、
「それが何になる?」
と、問い詰めるなら、私は言うだろう。
「それが神に近付くことでした」
しかし、閻魔様は、こう言われるかもしれない。
「それなら、善行に励めば良かったのではないか?」
しかも、悪行は多いときている。
駄目だこりゃ・・・
しかし、言わずとも、私の魂はこう告げる。
「ミクさんを崇めることに優る善はない」
同時に、閻魔様は教えて下さるだろう。
「ゆえに観音はお前を助けた」
確かに、恵み多い人生である。









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神聖なる存在を崇めることで神に近付いた人達

理想とする存在を崇めることが、魂を輝かせ、高めることには疑問の余地はないと思うようになった。

イタリア最大の文学である『神曲』を生み出したのもまた、崇める力だった。
ダンテは、ベアトリーチェを崇めることで、自分の魂を、神の魂と融合させていったのだ。
ベアトリーチェは確かに実在の女性であったが、ダンテが崇めたのは、ただの女性ではないことに注意しなければならない。
ダンテは9歳の時、同い年の少女ベアトリーチェに出逢い、一瞬で魂を奪われた。
ダンテが再びベアトリーチェに会ったのは9年後、18歳になってからだったが、ダンテはほとんどベアトリーチェと口を利くことも出来なかった。
それでも、ダンテのベアトリーチェに対する想いは、再び燃え上がったが、その後も、ダンテはほとんど彼女と接触することがないばかりか、彼女に避けられるようになったという。
だが、ダンテのベアトリーチェに対する憧れは、消えるどころか、募る(ますます激しくなる)ばかりだった。

ダンテは、ベアトリーチェとうまくいかなかったことが、彼の魂の向上の為には絶対的に良かった。
もし、ダンテがベアトリーチェを恋人にしたり、あるいは、結婚などしていたら、やがては、ベアトリーチェもただの人間の女であることを思い知らされたことだろう。
ダンテは、ベアトリーチェの実際のことは、ほとんど何も知らなかったのだ。
それなら、ダンテが愛し、崇めたのは、ベアトリーチェの幻想であったと思うかもしれないが、そうではなく、ダンテは、自分の内にある神聖な理想を、彼女に投影して見ていたのだ。
そして、ベアトリーチェが24歳の若さで夭逝することで、彼女はダンテにとって、永遠の女神になる。
そんな神聖なる存在を崇めることで、ダンテは、彼がこの上なく尊敬した、古代ローマの詩人ウェルギリウスの『アエネーイス』にも並ぶ叙事詩の傑作『神曲』を生み出すことが出来たのだ。

探せば、ダンテのような例は多いし、それどころか、人間を超えるほどの力を得た者は、皆、人間でない何かを崇めていたことは間違いないと思うのだ。
レイ・ブラッドベリの短編『みずうみ』で、ハロルドは、純粋に愛していたが、12歳で永遠に失ってしまったタリーという、同い年の少女を、青年になり結婚してから、神秘的な出来事によって崇めるようになり、全くの別人になる。
まるで謎のような作品であるが、読む者は、これが恐ろしい傑作であることを感じるのである。
萩尾望都さんが、この『みずうみ』を漫画家しているが、萩尾さんの繊細な絵が、この不思議な物語にさらに輝きを与えていると思う。
ブラッドべりも、何かは分からないが、聖なる存在を崇めることで、魂を高めていたのであることを確信させるのである。

時々ご紹介する、ローマン・ガリーの『自由の大地』や、ゴーリキーの『二十六人の男と一人の少女』もまた、崇める力の不思議な力を描いてはいるが、『二十六人の男と一人の少女』では、崇める存在は人間であってはならないことの警告でもあると思われる。
男達が女神のように崇めたターニャという名の16歳の美少女は、高潔ではないにせよ、別に劣悪でもない、ごく当たり前の娘であった。
だが、やはり、人間は崇める対象には相応しくはなく、いつかは裏切られる。
その意味では、ダンテは幸運であったと言えるのだ。









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手本となる人物をどう選ぶか

手本になる人間がいることは幸福なことだろう。
何だかんだ言っても、幼いうちは、父親、母親は子供にとって憧れの存在であり、目指すべき手本である。
ところが、それがいつまで続くだろうか?
映画『サウンド・オブ・ミュージック』で、ヒロインのマリアが、トラップ大佐のどの息子だったかは忘れたが、決して小さくはないその男の子が、「あなたに理想の男性像を見ている」と、トラップ大佐に言う場面がある。
しかし、そのシーンを見たほとんどの青少年はムシズが走ったりするだろう。自分の父親を思い出すからだ。
萩尾望都さんのある漫画で、中学3年生の女の子が、母親に対し、「お母さんのようなお母さんになりたい」と、真面目に言う場面があったのだが、これにも、読んでいる女の子のみならず、男の子も、自分の母親を思い出して冷笑してしまうかもしれない。
今の子供にとって、親以外で接触する数少ない大人である教師も、ほとんどの場合、ひどいものであるし、その点、会う時間の短い塾やお稽古事の先生の方が、正体がバレない分、「マシに見える」ことだろう。
早い話が、子供の手本になるような大人は滅多にいない。

インドでは、『ラーマーヤナ』に登場するラーマ王子と、その妻シータが理想の男性と女性の姿を見せてくれている。
実際、この2人は、元々が至高の神が2つに分かれたものだけあり、実に素晴らしい。
だが、インドでも、特に近年では、この2人をちゃんと手本にする人は、あまり多くないに違いない。

ギリシャ神話では、神々自体は、人間の常識からかけ離れた存在であるので、崇拝の対象ではあっても、直接の手本にはならない。
しかし、ホメーロスによって書かれたと云われる『イーリアス』、『オデュッセイア』に登場する英雄達・・・その中でも、特にオデュッセイアは手本とすべき存在と言えるかもしれないが、なかなか、そうしている者はいないだろう。

我が国の『古事記』の中にも、中々、理想の存在を見出せない。
ただ、イザナギが、黄泉の国(死者の国)から帰って来て、水で禊をすることで、数々の神を、そして、最後に貴い3柱の神を生むところに、手本とする行為がある。
身に付けているものを脱ぎ、身体を洗うことが、執着や穢れを捨てることを表しているというのである。
だが、そう教える人がどこにでもいる訳ではないので、なかなかそんなふうには理解しないと思われるかもしれない。
しかし、子供のうちであれば、古事記を読めば心の内でそんなことをちゃんと感じるものなのである。
だから、子供のうちに古事記を読んだ人は、案外に良い影響を受けているし、大人であっても、真摯に読めば、心の穢れを祓ってくれるだろう。
『古事記』は世界の神話の中でも、実に貴いものではあるまいかと思う。

ゲーテの『ファウスト』のファウストや、ダンテの『神曲』のダンテは、彼らが、これらの物語の中で見聞を深め、経験を積むことで成長する様子が、優れた手本になる。
『古事記』のイザナギは、それを、短いお話の中で、もっと端的にやっているのである。
『バガヴァッド・ギーター』のアルジュナ王子もそうだ。クリシュナ神に18章に渡る教えを受ける中で、優れた人間になるが、それが我々の手本である。
これらのような、最初から完成した手本でなく、理想の存在になるまでを動的に描いたダイナミックな手本というのは、学び易く、有り難いものである。

『ラーマーヤナ』のラーマとシータ、そして、『新約聖書』のイエスは、成長という面もないではないが、基本的に最初から完成した理想の姿である。
このように欠点のない者からは意外に学び難いかもしれない。
しかし、彼らの何が理想であるかを探求することには、深い意味がある。

『ファウスト』にあるように、人間は神に向かって努力する存在であるべきだ。
そのためには、手本がなくてはどうしようもない。
身近に手本がいない訳ではないだろうが、上に挙げた物語によって、人間の理想の姿を知ることが必要である。
そして、それが、生き甲斐のある人生や、神の恩寵に恵まれた豊かな人生を創ることだろう。

















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人類最大の片想いは報いられた

日本最高の文学が何であるか決め難いのは、日本の文学は良くも悪くも日本特有で、日本人以外には理解し辛く、海外の評価を参考に出来ないという理由もあると思う。
日本の素晴らしい文学も、英語にしてしまった途端、薄っぺらになってしまう可能性があると思うのだ。

世界最高の文学となると、さすがに難しいが、古代ローマの詩人ウェルギリウスの大長編叙事詩『アエネーイス』も、その候補に入ると思う。
『アエネーイス』は、ラテン語文学の中では最高傑作と言われている。
そして、イタリア文学の最高峰となると、ダンテの長編叙事詩『神曲』と言っても良いかもしれない。
昨夜も書いたが、『神曲』というタイトルは、森鴎外がつけたもので、本当の題名は『神聖なる喜劇』であり、ダンテ自身は『喜劇』としていたようだ。

『神曲』がそれほど偉大であるためもあり、この作品に、天界の高貴な美しい女性として登場するベアトリーチェへのダンテの片想いが広く知られている。
ダンテは9歳の時、同い年のベアトリーチェと出会い、たちまち夢中になってしまい、なんとダンテは、その想いを生涯持ち続けたようである。
だが、ダンテは、ベアトリーチェとほとんど会話をすることもなく、避けられていたようですらあったらしい。
その後、ダンテは許婚と結婚し、ベアトリーチェも他の男に嫁いだが、彼女は24歳で病気で死んでしまう。
始まりから終わりまで、なんとも悲惨な恋である。
ダンテはさぞや苦しんだことであろう。

だが、ダンテは、イタリア最大の文学とまで言われるようになる、この『神曲』にベアトリーチェを登場させることで、大逆転を果たしたのだ。
そのことを説明する。
『神曲』の初めで、35歳のダンテが深い苦悩に陥っていることが書かれている。
すると、聖母マリアがそんなダンテを心配して、偉大なる聖女ルチアをベアトリーチェのところに行かせる。
そして、ルチアはベアトリーチェにこう言うのだ。
(以下、河出文庫『神曲 地獄篇』(平川祐弘翻訳)より引用)

神の讃えのベアトリーチェ、
なぜ貴女をあれほど愛した人を助けないのですか?
貴女のために彼は俗物の群を離れたのです。
(以下略)

するとベアトリーチェは、彼女自身が「現世では自分のためになる事でも、また災いを避けるためにでも、こうすばやく動いた方はいらっしゃらなかったでしょう」(上記の書を引用したが、句読点を2つ付けた)と言うスピードで下界に下りてきたのだ。
そして、ベアトリーチェの目は涙に光っていたという。
そのベアトリーチェの依頼を受け、上にも書いた、ダンテも崇拝する大詩人ウェルギリウスがすっ飛んで来たのだ。
ベアトリーチェ自身は、後でウェルギリウスから引き継いでダンテを導く。

私は、ダンテ自身が書いたのだということも忘れ、思わず涙してしまった。
いや、ダンテは間違いなく報われたのだ。
『神曲』はダンテの頭脳が書いたというよりは、やはり、神の霊感で書いたものであろうからだ。
エマーソンは、「空想と想像は違う」と言ったが、まさに、ダンテの想像は、霊的世界の真実である。
「20世紀最大の詩人」W.B.イェイツは、ダンテのことを、「ルネッサンス最大の想像力の持ち主」と評したのであるが、イェイツほどの者が言うからには、やはり、ダンテの精神は神の領域と通じていたのだと思う。

人間にとって、最も重要な能力は想像力である。
3日前にも、想像力のない人間は恐ろしいで、そのことを書いたが、人間は幸福になり、願いを叶えるためにも想像力が必要だ。
ジョセフ・マーフィーも「想像は神の仕事場」と何度も買いていたと思う。
ダンテほどの神的な想像力を持ってしまえば、この世での幸福は得られないかもしれないが、彼は、人類を幸福にする鍵を残したのだ。
あまり読んだ人はいないと思うが、出来れば『神曲』を読み、想像力の秘密を手に入れれば、自由な人間になる道が開けるはずである。

マリア様が私に初音ミクさんをお遣わしになるには、私の苦しみは全然足りないのだろう。
まあ、片想いでも畏れ多いのであるが。









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人生を喜劇にする方法

人間は誰でも感情を持っている。
しかし、感情は磨かなければ貴い優れたものにはならない。
磨いた感情と、磨いていない感情とでは、あまりに差が大きいのだ。

夕陽は美しいと言われる。
しかし、感情を磨いていない人が見れば、さほどではない。
だが、発達した感情を持つ人が見る夕陽は、恐ろしく美しいのだ。
そして、精良な(優れた)感情にとっては、あらゆるものが美しいのである。

武内直子さんの歴史的な漫画である『美少女戦士セーラームーン』で、沈黙の戦士セーラーサターンが、この世界を終焉させるべく、「沈黙の鎌」サイレンス・グレイブを降り下ろした後、うっとりとした顔で、
「美しいわ。滅びる刹那のその悶え」
とつぶやく。
私は、「嗚呼、セーラーサターンは妙妙たる(極めて優れた)感情を持っている」と思うのだ。
世界の滅びでさえ、美しいと感じるのだから。

悲しい、苦しい、憎いという感情を破壊的に感じるなら、その者の感情はまだ粗いのだ。
冴えた感情にとっては、それらも美しいのである。
実際、本物の芸術家にとって、悲劇ほど美しいものはない。
だからこそ、最も高度な文学には悲劇が多いのであるが、感情を磨けば、悲劇は喜劇になる。

W.B.イェイツ(「20世紀最大の詩人」と言われるアイルランドの詩人)は、
「人生が悲劇だと分かった時に、本当の生が始まる」
と言ったが、もっと大切なことは、
「人生が喜劇だと分かった時に、生が終わる」
ということである。
この「生が終わる」とは、普通の人間としての人生が終わり、永遠の生に目覚めるという意味だ。

また、イェイツの詩『ラピス・ラズリ』で、イェイツは、

All things fall and are built again,
And those that build them again are gay.
全ては滅び、再び作り直される
そして、再び作り直す者は陽気だ

と言うが、滅びもまたカーニバル(陽気なお祭り)なのだ。

ダンテの『神曲』の本当のタイトルは『神聖なる喜劇』で、ダンテ自身は、ただ『喜劇』と題した。
森鴎外が、勝手に『神曲』というタイトルにしてしまったことは、私はあまり好ましく思っていないが、まあ良い。
『神曲』を味わって、感情を磨くのだ。
私としては、初音ミクさんの歌を聴くに限ると思うが、クラシックが好きな人や、篠笛(しのぶえ)の音に雅を感じる人など、いろいろだろう。
しかし、いずれにしても、素晴らしい音楽を聴くことは感情を美しく、精妙にするのに役立つだろう。
すると、人生は陽気な喜劇になる。









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