ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

神仙伝

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

若さを保つ仙道の秘法

今夜は、若さを保つための簡単なアドバイスをしようと思う。
人間の身体は、血管と神経という2つの道が張り巡らされている。
若い間は血管の機能がとても良く、そのために栄養が身体中に行き渡り、肌がきめ細かく、そして、艶があって美しい。
しかし、年を取ると、血管の硬化が進み、血液の循環も悪くなって、肌の色艶も当然、悪くなる。
一方、神経は、若い間は未発達なのだ。
「年を取ったら反射神経が衰える」と言うが、そうではなく、神経自体は年を取ると、ますます発達するのだが、血液の循環が悪いので、肉体が反応できないのだ。
だから、年を取っても動こうという意志はあるのに、身体がついてこないと感じるのである。
若い時は、神経が十分に働いていないので、意外に鈍感なのだが、年を取ると、本来は敏感で思慮深くなるように出来ているのだ。
これは、1つには、若い時は、決行が良くて回復力があるので、少々身体を乱暴に扱っても良いために、さほど神経が敏感でなくて良いのだが、老人は身体の回復力が低いので、予防のためにも神経が細かくなるのである。

古代の中国には、年を取っても若者に負けないほどの色艶を保つ者がよくいて、その度合いが特に大きな者は、仙人のように思われたし、おそらく、伝説の仙人のような人もいたのだと思う。
抱朴子の書いた『神仙伝』や『抱朴子』には、老人になって、さらに何十年も経っても、ますます若くなる人や、やはり、老人の年齢でありながら、15歳くらいの美少女にしか見えない仙女が度々登場するのである。
そのような仙人達は、血管の機能を高く保ち、あるいは、回復させ、さらに、神経を過剰に敏感にしないことで若さを保っているのである。
東洋では、『抱朴子』などにある仙人の研究成果から、優れた養生の法を発見し、それを生かすことが出来た人達が今でもいて、大いに成果を上げている。
これは、必ずしも、現代の漢方薬や東洋医学と同じものと限らない。

抱朴子が残した貴重な仙道の法から、我々にも役立ち、しかも、手軽に実践できる、若さを保つ方法を取り上げてみよう。
抱朴子は、偉大な知識を持っていただけでなく、論理的で科学的な考え方のできる善意に溢れた人だったと思う。
まず、食べ物であるが、仙人が好んで食べたもので、我々でも入手しやすいものとして、肉桂(シナモン)、松の実、ドライあんずなどがある。
こんな良いものを、現代の日本人はあまり食べないのだから不思議である。
また、木の実一般に、松の実のような効用があり、アーモンド、クルミ、カシューナッツ、ピーナッツなどにも、血管の働きをよくする効果があるが、やはり、松の実は特に良いと思う。また、シナモンは、『荘子』にもよく登場する、八百年あるいは千年以上、若いまま生きたと言われる有名な仙人であった彭祖が愛食したようだが、これを食べると、確かに、全身を気が巡るのを感じるように思う。ただ、これの食べ過ぎは良くなく、私は、あらゆる飲み物に適量入れて飲んでいる。

だが、普段の食事に加えて、これらを食べるのではなく、余分な食事を減らして食べるべきだろうし、食べ物だけで十分な訳ではないと思う。
彭祖も、老子も、食事と共に、性的な慎みを強く奨めているが、総合的に言っても、エネルギーは大切に蓄えるが、その浪費は防ぐという考え方なのであり、意外と単純で分かり易いと思う。
疲れ過ぎず、怠惰過ぎずで、規則正しい生活をし、心を静かに保つことが、いつまでも若くいる最良の方法なのである。
また、神経を使い過ぎることを防ぐためには、適量のアルコールも良いだろう。酒を上手に楽しんでいる仙人の話も、実際、多いのである。
そして、老子や彭祖の時代はもちろん、それよりずっと後の抱朴子(283-343年)の時代より後に、達磨大師がインドから中国に伝えたと言われる(達磨は5世紀から6世紀の人と言われる)腕振り運動は、若さのエッセンスとも言える、活性化した気を体内に蓄える秘法なので、仙人になることを誰よりも望んだ抱朴子は、これを知っていたら、さぞ喜び、熱心にやったに違いないと思うのである。だから、我々が代わりにやれば良いのである。
腕振り運動に関しては、当ブログ内の以下の記事を参考にして欲しい。

エンティティー(生命体、本質、実体)の脅威の力
決して、自分の意志で生きてはならない
腕振り運動は天と調和するための簡単で優れた方法である

















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『老子』を本当に分かっている唯一の人

『老子』は元々『道徳経』と言い、老子という至高の賢者が書いた81章からなる短い聖典である。
なぜこのような稀に見る驚くべきものが書かれたのかというと、こんな話が、抱朴子(葛洪)の『神仙伝』にある。
これが良い話であるのだ。
あくまで概略で述べるが、見ていただきたい。

老子が周の国を出て、いよいよ仙山(仙人が住むべき山)である崑崙(こんろん)山に登ろうとした時、周の関守である尹喜(いんき)が直感により、ここを大変な聖者が通ることを察知した。そこで、その大聖人が通るであろう道を40里(中国では一里が500mなので20km)も清掃して待ち受けた。
尹喜は、牛車に乗ってやって来た老子を一目見て、「この人だ」と分かったが、老子も尹喜を見て、「人物」であることを認めた。
その時、老子は、従者への長年の賃金が未払いで、それが膨大な額になっていたのだが、従者がその支払いを要求していた。
ただし、老子は、その従者が昔、貧しく、また、放っておいたら死ぬ運命だったので、身近に置くことで救ってやったのだった。しかも、いずれ賃金は支払ってやるつもりだった(仙人である老子には、黄金など自由自在に無限に得られた)。
尹喜は、自分が代わりに従者への賃金を支払うことを申し入れ、さらに、その無知な従者への恩赦を願うと、老子は受け入れた。そして尹喜は、老子に拝礼し、丁重にもてなしながら教えを乞うと、老子は快く説いた。
その後、尹喜がさらに教え(真理の精髄という意味と思う)を求めると、老子は五千語で口述し、後でそれを尹喜が筆記したものが『道徳経』、すなわち、『老子』である。つまり、『老子』は、説いたのは老子で、書いたのは尹喜であるということになる。
孔子もまた、老子に弟子入りしたことがあった。
しかし、孔子はこう言って悩んだ。
「私は相手がどんな人間でも、鳥のようなものであればそれを矢で射落とし、魚のようであれば、釣り上げることができなかったことはない。しかし、老子は竜だ。仕留めるどころか、追う事すらできぬ」
つまり、老子は、孔子にとって、全く掴みどころがなく、あまりに格違い、桁違いの境地の存在であることを認めざるを得なかったのである。
孔子はなまじ天才であるだけに、老子の側にいると、気狂いになりかねず、老子から離れた。凡人であれば、老子の偉大さの欠片にも気付かないのであるから、その点はさすが孔子なのである。

ところで、その『老子』の22章は、「曲即全」という言葉で始まる。日本語で読み下せば、「曲なれば、即ち、全(まった)し」で、「曲がれば完全だ」である。
上に述べた通り、『老子』は、老子の口述であり、宇宙の真理の概要である。
細かい説明はない。
よって、この「曲即全」も、様々に解釈でき、学者をはじめ、多くの人達が、本当に色々な解釈をし、それを発表している。
だが、私は、この「曲即全」を見て、ぞくっとした。
誰だって、頭では分からなくても、真理に出会うと、衝撃を感じ、身体や世界の存在を忘れてしまうものだ。
その時の私がそうだったのだ。
「曲即全」
何の説明がいるだろう?
曲がれば、あるいは、曲げれば、完全だ。
日本語も中国語も堪能な詩人、王明さんは、余計な解説をせず、「屈伸できれば自由自在である」と訳した。
このくらいで丁度良いかもしれない。王明さんの、詩で訳した『老子』は素晴らしい。
「曲即全」
「屈伸できれば自由自在である」
ただ覚えていれば良い。
呪文のように、ただ無心に唱えたって良いと思う。
頭で意味を考えない方が良い。
ただ覚えていれば、この教えは、あなたに最大の作用をするだろう。

ただ、五井昌久さんという有名な宗教家が『老子講義』という本で、この意味を解説されていたのを見て、私は本当に感服した。
五井さんは、解説することを余計なことだとは自分でも述べているのであるが、あまりに親切な人なのだろう。本当に懇切丁寧に説明しておられた。
無論、私など思いつきもしない大変な解釈である。五井さんは、老子と霊的に合体したと言うが、それは本当だろうと思った。
私は宗教には興味はないが、五井昌久さんという人そのものに対しては、ああ、この人は本当に聖人なんだろうなと思う。
無論、老子も完全に理解しておられる・・・いや、老子そのものであるのだから当然であるが。できれば、生きておられた時に一目、お姿を見ておきたかったが、きっと今でも、望めば誰でも逢えるのだろう。









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『雨ニモマケズ』の偉大さを再認識する

中国の葛洪(かつこう。283年-343年)は、その代表的な著作である『抱朴子(ほうぼくし)』という著作名でもある通りの、抱朴子と呼ばれることもある。
彼は、仙人や仙道の研究者で、仙人の存在を深く信じ、『神仙伝』という、数十名の有名な仙人について述べた本を書いている。
仙人という、人間を超越した超人について書かれたものでありながら、不思議なリアリティと、そして、てロマンに溢れている。
当然ながら、それは、一般的には、中国の各地に残る迷信深い人々の伝承と考えられているのだろうが、それは世界中にある神話や伝承も同じであり、例えば、ギリシャ神話、ケルト神話、旧約聖書、そして、我が国の『古事記』や『日本書紀』、あるいは、それ以前にあったと言われる『ホツマツタヱ』や『カタカムナ』文献もそうなのである。
そして、これらは、普通の考え方によれば、人間の想像であるということになる。
だが、およそ近代の知恵者と呼ばれる者であれば、その全てが崇敬すると言っても良いと思う、アメリカの思想家、哲学者、詩人であるラルフ・ウォルドー・エマーソンが、「想像と空想は違うのだ」と述べていたのが印象深いのである。彼は、ギリシャ神話は想像であっても空想ではないと言う。それは、世間的な意味ではないが、極めて現実的なのである。
同じく、葛洪の書いた『神仙伝』の仙人の話も現実である。
そして、『神仙伝』に登場する仙人が述べる教えが、ことごとに素晴らしいのであるが、その内容自体は、実に平凡に感じることも多いのである。
しかし、それは、人間にとって、非常に重要なことを素朴に述べているのであり、当たり前のことのように思われながらも、我々はそれをほとんど守っていないのである。
例えば、インドの聖典『バガヴァッド・ギーター』で、至高神クリシュナがアルジュナ王子に説いた教えの多くもそうである。
クリシュナは、「食を過ぎてはいいけない。だが、少食過ぎてもいけない。惰眠を貪ってはいけないが、睡眠が少な過ぎるのも良くない」と述べている。
『神仙伝』の最後の封衡(ほうこう)という仙人は、「節食すべきだが(過ぎた)空腹はいけない。脂濃いものや刺激の強いものは食べるな。喜怒の情を抑えよ。性的なことを慎め」と教えているが、やはり、ありふれたことながら、実に重要なことである。

多くの仙人達の教えを読んでいると、私は、宮沢賢治の『雨ニモマケズ』を鮮明に思い出した。
仙人達の教えの真髄とそれが全く同じであると感じるからだ。
私は、『雨ニモマケズ』をほとんど覚えていなかったのだが、昨年(2012年11月23日)に、東京オペラシティ・コンサートホールで公演された、冨田勲さんの『イーハトーヴ交響曲』で、冨田さんが曲をつけた『雨ニモマケズ』の荘厳な合唱をCDで繰り返し聴く間に、すぐに自然に覚えてしまった。素晴らしい音楽の力を実感したものである。
『雨ニモマケズ』は、宮沢賢治の死後に発見された、彼の黒い表紙の手帳に書かれていたという、単なる個人的手記でありながら、日本人の誰もがおぼろげながらも知るほどのものであるが、実際、これほど偉大な言葉はないと思う。
それが、人間を超えながらも、誠実で慈愛に満ちた仙人達の教えと本質において同じものであると思うのである。
よければ、間違いなく日本の偉大な遺産になると私は思うこの素晴らしい交響曲の演奏を収めたCDをお聴きになることをお奨めする。
尚、『雨ニモマケズ』の詩は、下にご紹介した『銀河鉄道の夜』(角川春樹事務所)の中にも収められている。









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仙人になれる素質とは明白なものに違いない

葛洪(かつこう)こと抱朴子(ほうぼくし。283年~343年)が書いたとされる『神仙伝』を読むと、元は普通の人であったのだが、数百歳になっても20歳とか50歳に見えたり、あるいは、少年や少女にしか見えない仙人達が数多く登場する。
彼らのほとんどは、先輩の仙人の教えを受けて仙人になるのであり、自分がいかに仙人になりたいと望んでも、先輩の仙人に見込まされなければ、仙人になる方法を教えてはもらえない。
そして、どんな人間が仙人となるに相応しいかには、はっきりとした共通の性質が見られる。
まずは、非常に忍耐強いことだ。
多くの場合、仙人になりたい者は、仙人の身の回りの世話をすることから始める。それは、黙って、淡々と、誠意を持って懇切丁寧に行うのであるが、仙人の方では、何をしてもらっても、どんな物をもらっても、礼の一言も言わない。それが何年も、ことによっては、何十年も続くのである。それができなければ仙人になる見込みはない。
次に、非常に謙虚であることだ。
仙人に対してはもちろんだが、他人を見下して、自分を重んじるような者は、優秀な人間であっても、すぐに仙人に見放される。

仙人は皆、慈悲深く無欲である。
仙人は薬を作るのが上手い者が多く、とてもよく効く薬を作るのだが、それを自分で1日売り歩き、かなりの金を得ると、それを貧しい者にほとんど与えてしまうのである。
また、自分が物乞いをして得た金を、やはり貧しい者に与えるという仙人もいる。
そして、仙人達は、病気の者など、困っている人を放っておくことができないのである。
一方で、王侯と言えども、仙人を臣下として扱おうとすれば、仙人は去っていく。これは、決して仙人のプライドが高いというのではなく、身分の高い者の傲慢さを嘆く気持ちからだと思う。実際、多くの王侯は、仙人に会うと、王といえども平伏するのである。国を治める王ほど、眼力が必要が必要であり、たとえどんな姿をしていようが、仙人を一目見て、それが自分よりはるかに高い存在であることが分からないようでは、王たる資格が無いに違いない。

さて、仙人になる方法であるが、本当は意外に簡単なのかもしれない。
しかし、愚かな人間は、その簡単なことがなかなかできないので、やはり、仙人の助けを必要とするのだろう。
彭祖(ほうそ)という有名な仙人は、仙道を修得するには、ただ、「精力を浪費せず」「心を静かにし」「適切な食事をする」ことで十分であると言った。
老子もまた、精力を溜めて浪費しないことを何より重んじたというが、そのための根本的なことは心を静かに保つことであると思う。
インドの聖者ラマナ・マハルシも、必要な修行を聞かれた時、「適切な会話」「適切な睡眠」「適切で清らかな食事」とのみ答えた。
これは、『バガヴァッド・ギーター』で、至高神クリシュナが教えたことにも合致する。
ただ、やはり我々は、こんな簡単なことも、高い存在に導かれなければ行うことができないのかもしれない。
江戸時代の高名な観相(顔や身体の相で運命を鑑定する占術)家であった水野南北は、文字は読めなかったが、仙人に観相を教わったことを明かしている。
そして、仙人になるというのではないが、人として幸福に生きるのは、ただ1つ、食を慎みさえすれば良いと言った。
食を慎めば、心が静まり、心が静まれば、精力を浪費することもなくなるのである。
それができれば、あと一押しがあれば、仙人にもなれるのであろうと私は思う。
アメリカの科学技術者で探検家でもあったベアード.T.スポールディングが書いた『ヒマラヤ聖者の生活探求』に登場する大師達は、まさに仙人のような存在であるが、彼らは、自分達が特別な存在ではなく、ただ、人間本来のあり様を示しているに過ぎないと強調した。そして、彼らのようになるための特別な修行がある訳でもないとはっきり言った。
仙人とは、ただ、人が成長した先のものであると私も思う。きっと、普通の人の中に、仙人も紛れているに違いない。私はそう思えてならない。









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コメントに対しての今後の方針

沢山のコメントを書き込んでいただき、有難う。
ただ、なかなか、1つ1つのコメントに丁寧なご返事を書くことが出来ずに、心苦しく思っている。
どのコメントも興味深く拝見しており、記事の参考にしたり、あるいは、記事の中で、さりげなく返答・応答させていただいていることもある。
非常に参考になる、素晴らしいコメントも少なくはなく、とても有難いと思っている。

よろしければ、これからも、どんどんコメントいただければ嬉しいと思っている。
また、書いて欲しいテーマがあれば、なぜそれを書いて欲しいのかという理由を添えてコメントとして書いていただければと思う。他の方々にも有益なことを書けそうだと判断すれば、書かせていただく。
また、ご質問があれば、質問の趣旨と共にコメントとして書いていただければ、良い質問であれば・・・つまり、やはり、他の方の参考になると思えば、本文記事として返答させていただく。

ただ、以下のようなコメントは原則として、公開にも至らないことをお断りしておく。
・1行コメント。
・名前なしのコメント、あるいは、「名無し」「通りすがり」などの名前や、その他、不適切な名前のコメント。
・記事の内容と関係のないコメント。
・それを希望する理由が分からない記事のリクエスト。
・なぜ聞きたいのか理由が分からない質問。
・批判は歓迎するが、個人的な理由での批判や、あまりに後ろ向きであったり、的外れなもの。その判断は、勝手ながら私が行う。

私も、そこそこには経験豊富で、もしかしたら、世間的には不可思議な力の恩恵を得ているのかもしれない。だが、生来の引きこもり気質と世間に疎いせいもあり、皆さんが何を本当に知りたいのかは、多分、あまり分かっていない。それが分かれば、おそらく、もっと有益な記事も書けると思う。
そのような訳で、ご助力いただければ有難く思う。

ところで、最近、皆様にご紹介している関係上、私も、高藤総一郎さんの仙道の本を読み直してみた。
『秘法!超能力仙道入門』の続編が『脅威の超人気功法』と言って良いと思う。いろいろな修行が書かれているが、後の本では、ほとんど仙道や気功の修行をせずに超人力を発揮する僧の話があって面白い。私も修行は全くしない。
私は、特に高藤さんに傾注しているというのではないが、彼の本は、非常に貴重な資料であるし、意識改革の参考になると思う。
また、仙道を学ぶには、『列仙伝・神仙伝』は読んでおくことをお奨めする。ロマンがあるし、他愛ないことが書かれているようで、大きなヒントがあるものである。









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