ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
ソフトウェア開発技術者、Hikikomori、スーパーダイエッター、神秘思想家Kayのブログ
決して、一般受けするブログではありません。誠実に人生を遊びつつ、誠実に世間の幻想を叩き壊すことを目的とします。

灼眼のシャナ

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
Twitterは、ちゃんとプロフィールが書かれ、1週間以内に1回でもツイートされている人なら、フォローしていただければ、大抵フォロー返します。

[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。
[2010/12/12]詳細なlivedoorプロフィール設置しました。[livedoorプロフィール]

この世はままならぬから楽しい

世の中には、「願いが叶う方法」とか「希望が実現する方法」といったものがあるように言われ、それを商売にしている者も多い。
そういった者の中には、イエス・キリストこそ、希望、願望を実現させる力を持つ代表的な存在であると述べる者もよくいる。
イエスは、いかなる難病も即時に治し、数個のパンと数匹の魚を数千人に食べさせて満腹させ、水をぶどう酒に変え、死人すら蘇らせた。
しかし、イエス自身は、実際は何もしていない。
例えば、イエスは、弟子に、「この先を行くと、子ロバがつながれているから、それを解いて連れて来なさい」と言い、弟子が行くと、やはりつながれた子ロバがいる。
それで、その子ロバを解こうとしたら、持ち主が、「何してんだ?」と言うので、やはりイエスに教えられたとおり、「主がお入用だ」と言うと、邪魔されずに連れてくることができた。
しかし、それは別にイエスの力によるものではなく、はじめからそうなると決まっていたと、ちゃんと福音書に書かれている。
イエスに起こった一切の出来事は、イエスが起こした奇跡を含め、全ては最初からそうなると決まっていたのであり、主だったものは、大昔に書かれた聖書(旧約聖書)に書かれていたのである。

我々も同様だ。
我々には、人生や世界に対し、何のコントロールをすることもできない。
願いが叶ったように見えても、それは、最初からそうなると決まっていたことでしかない。
だから、願ったことが叶ったように見えることがある一方、願いもしなかったことが叶ったり、願っても叶わないことの方が圧倒的に多いのである。
いうなれば、我々は、シナリオ通りに演じる舞台の役者である。
シェイクスピアやイェイツは、それを深く感じていて、人生が舞台のようなものである、あるいは、舞台のようなものでしかないと度々言っていたものだ。
イェイツは、人生は悲劇だが、演じる役者が泣いていてはいけないと言った。ただの舞台なのだから。
シナリオは完全に決まっていて、役者がそれを変えられる訳がない。
つまり、我々個人個人の思いの通りに世界が変わるはずがない。

我々の運命は、全て完全に決められているが、それの何が不満なのだろう?
そりゃ、金持ちになったり、可愛いあの子と結ばれることは無いかもしれず、病気になり失業して悲惨な目に遭うのが運命かもしれない。
しかし、全て受け入れていれば、たとえどんな状況でも、心晴れやかで喜びすら満ちるのである。
シラーの詩をベートーヴェンが歌にした『歓喜の歌』でも、別に億万長者になったり、美女を侍らせたから歓喜するのではなく、内なる魂を知ることで喜びに満ちるのである。
一方、金持ちになり、名誉を受けた者ほど惨めで不幸なのかもしれないのだ。

『灼眼のシャナ』という小説・アニメで、ベルペオールという名の、大変な力を持つ3眼の美女は、大きな計画が最後にいつも躓くのだが、そんな時、「やはり世の中はままならぬ」と言って、多少の無念さは見せるが、案外サバサバしていた。この「ままならぬ」は彼女の口癖のようなものだったが、最後の最後は、ままならぬままで良いと受け入れたのか、実に幸福そうであった。
イエスとて、自我では、「ままならぬ」と思っていたはずだ。
イエス自身、「私の想いではなく、あなた(神)の想いがなされますように」と祈ったのである。
つまり、イエス個人の願いや希望があっても、それが叶うということではなく、既に神が決めた通りになるのであり、イエスはそれを完全に受け入れていたから神のキリストだったのである。
キリストになるとは、つまり、こういうことなのである。
イエスの秘法を一言で言えば、スコットランド出身の聖者マード・マクドナルド・ベインの身体を借りて言ったように、「私自身は無だ。神が全てを為す」であると思う。
我々はキリストになるべき時であり、そうでなければ、どうも危ないようなのだ。
そんな時、邪まなことを言って、我々を惑わす者が多いことも予言されている。「あなたの願いは必ず叶う」とか「望みを全て実現する法」とか言って商売する者達もまたそうなのかもしれないが、そんな連中は下っ端なのであり、本物の強敵はその後で出てくるかもしれない。









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手が届いてしまえば、興味を失くすものだ

イエスは、「山に、動いて海に入れと命じ、そうなると信じて疑わないならそうなる」と言った。しかし、酔っ払いだってそんなこと信じたりはしない。
なら、彼は、「願いがあれば、すでに叶ったと思って感謝しなさい。そうすれば叶う」とも言っている。しかし、誰も、叶ったと思えないのだ。
イエスのこの言葉を曲解して、「感謝すれば叶うのです」とか「ありがとうございますと言いなさい」と言った者は多いが、信じてもいないのに感謝などすれば、だんだん心が腐ってくるのを感じるはずだ。
引き寄せの法則とか潜在意識の法則といった呼び名は違っても、中身は全部同じだ。「信ずれば叶う」だ。しかし、誰も信じないのだ。
ブリストルの『信念の魔術』って本には、信じれば何でも叶うと書かれているが、それは上に述べた通り、2千年前にイエスが言ったことだが、どうすれば信じられる、つまり、信念が持てるのかが分からないのだ。
藤平光一さんという合気道の達人は、毎朝、鏡に向かって「お前は信念が強くなる」と言うのだそうだが、それは、すでに信念を持った人間のやることだ。

デカルトは、「我思う、ゆえに我あり」と言ったといわれるが、本当は少し違うことを言ったのだ。それは、「疑っている我は、確実に存在する」だ。
つまり、疑うことが我の最大の特性なのだ。
ならば、疑わずに信じることは、人には出来ない。疑わなければ存在しないのだ。存在するとは疑うことだ。

だが、本当の逆転の発想とは、こういうことを言うのだろう。
本当に信念を持つ方法を言った人が3人いる。
禅僧の至道無難(しどうぶなん)、明治・大正の教育家、岡田虎二郎、そして、イエス自身だ。ただ、イエスはお得意のたとえ話で言ったので、誰も分からなかったのだ。
イエスは、アイルランドの詩聖イェイツが誉めるほどのたとえ話の達人だが、達筆過ぎる文字は読めないものなのだ。

言いはしないが、他にも、本当に信念を持った人を何人かは知っている。
では、信念を持てば、韓流スターのようにイケメンになれるのか?少女時代やKARAのようなナイス・バディーになれるのか?ビル・ゲイツのように金持ちになれるのか?
造作もない。あまりに他愛ない。
しかし、私の知ってる信念強き者は、ハゲてるし、脚長くないし、さすがに生活に困っている人はいないが、大して金を持っていない。
だが、イエスは金などなくても、いろんな人の家で食事した。
ベアード.T.スポールディングも、財産というものは無かったが、全米中、どの家でもずかずかと入っていって座れば、必ず快適に食事が出来たという。
信念を持った者というのは、世間の人が欲しがるものに何の興味もないのだ。

デカルトに勝てば、あなたも信念を手に入れる。
デカルトは、「疑っている我は確実に存在する」と言ったのだったな?
なら、存在しなきゃいいのだ。

他愛ないアニメに、そんなヒントがある。
『灼眼のシャナ・ファイナル』で、「祭礼の蛇」坂井悠二は、天を指差し命じた。「神門よあれ」と。
たちまち、天に変化が現れ、壮麗な門が形作られた。悠二は満足して言う。「なった」と。
旧約聖書にも、神が「光あれ」と命じると、光が顕れたとある。
「祭礼の蛇」は、創造神と呼ばれている。
その後、坂井悠二は、吉田一美と田中栄太の前に姿を見せた時、「祭礼の蛇」のことをこう言う。
「他の者のためになることをしたくて、いつもうずうずしてるんだ」
ユニティ教会の創始者チャールズ・フィルモアも同じことを言っていた。
「神は与えたくてうずうずしている」
チャールズ・フィルモアの思想に関しては、下にご紹介した『無限供給の鍵』で、谷口雅春さんが分かり易く説明している。

至道無難は言った。
「生きたまま死人になって、思うままにやれば良いのだ」
岡田虎二郎は言った。
「自分を埋葬しちゃいなさい。そしたら、何でも出来るよ」
イエスは言った。
「死なないと命を得られないよ」
本当は、皆、もっと荘重な言い方をしたのだが、そんな形に囚われると、さっぱり分からないので、これで良いのだろう。
岡田虎二郎は、自らの信念に従い書は残さなかったが、下にご紹介した、直弟子で、日航の社長や日銀の副総裁であった柳田誠二郎氏の著作にその教えが書かれている。

もう分かっただろうか?
分からないと言っているのは誰だろう?
それを見つければ、全てを得る。そう教えたのは、ラマナ・マハルシである。









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弱者が強者に登りつめた時

弱くて、辛く苦しかった者が、強くなって、自分を虐げてきた者達に復讐を果たす物語は沢山ある。
今、引きこもったりして、辛い毎日を送っている者は、そのような姿に憧れるかもしれないし、また、そうあるべきと考える者もいるのではないかと思う。

手塚治虫さんの『バンパイヤ』という作品では、中学生の時、皆にいじめられていた間久部緑郎(まくべろくろう)という男が、強力無比な巨大犯罪者、通称「ロック」となり、自分を虐げた世界に復讐するかのように大きな悪事を繰り返し、その世界をも手にいれようとする。だが、ある時、ロックと同じ歳くらいの若い男が、ロックを訪ねてくる。どう見ても、ただの田舎者だが、彼の顔を見ると、冷酷無情のロックの顔が見る見る緩み、子供のようになる。しかし、その男は、有無を言わせず、ロックの顔面にパンチを叩き込み、さらに、容赦なくてロックを叩きのめす。彼は、社会的には下層の庶民だが、子供の時、いじめられていたロックをかばい、いじめっ子達をやっつけ、そして、ロックと一緒に遊んであげていたのだった。天才的頭脳の情け無用の極悪人ロックも、彼にだけは弱かったのだ。
世の中で、富と権力を傘にのさばっている者達だって、そんな存在の1人や2人はいるものだ。
結局、ロックは滅ぶことになる。

イタリアの大俳優だったジュリアーノ・ジェンマが主演したマカロニ・ウエスタン『怒りの荒野』では、父親の知れない娼婦の子であるスコットは、町の皆に虫けらのように扱われながら生きてきたが、流れ者の凄腕ガンマン、タルビーの子分になってのし上がり、遂に、タルビーと共に町を手中に収め、かつて自分を虐げた連中を震え上がらせる。
スコットにも、弱い相手がいた。親代わりに彼の面倒を見てくれたマーフという老人だった。ところが、今は小さな馬屋を営むマーフは、昔、遠い町で保安官をやっていた。その時、タルビーのことを知っていたのだ。マーフは、町の支配者となったタルビーを追い出し、スコットを救うために、保安官に復帰するが、タルビーに殺される。目が覚めたスコットはタルビーと決闘して見事、タルビーを倒すが、自分も銃を投げ捨てる。
スコットの場合は、破滅を免れた。

弱かった者が、復讐心を起こすと、とりあえず悪霊と言うが、そんな闇の力の援助を受け、急に力がつき、思いを果たしていって快楽に酔うことがよくある。
だが、悪霊としては、そうやって、心の弱い者をもてあそび、また、自分も偽りの力を楽しむのだが、最後には、その者を、悲惨な状態で捨てて喜ぶのである。
そうやって滅んだ、成り上がりの事業家、政治家、犯罪者は数知れない。ヒットラーなんてのも、そんな者だったのかもしれない。
『エメラルド・タブレット』にも、闇の力に対する警告は、何度もしつこく繰り返している。このような秘教の教えに熱心に取り組む者には、復讐心を持つ虐げられた人達は少なくないことを知っているのだろう。そして、それはそれで悪いことではない。人間は苦しい目に遭わなければ、強くなろうとは思わない。幼い頃から恵まれてきた人間というのは、意気地がないものだし、それはやはり正しいことではない。
しかし、いつまでも、復讐心や恨みの心を原動力にしていては、やがて、暗黒の力に絡め取られ、餓鬼、阿修羅の世界に入り、やがて地獄に落ちる。
そして、『エメラルド・タブレット』が、ただものが書いたものではないのは、この書では、悪の力を否定するのではなく、その中にも、透明な力があることを教えていることだ。

子供の女の子に人気がある、アニメのプリキュア・シリーズの最初の作品『ふたりはプリキュア』では、敵がどこか、見ている者に痛みを感じさせた。子どもには分からないだろうが、敵達は、心が弱いから悪になったことが、大人が見れば分かるのだ。ポイズニーという名の敵の女戦士は、「力のない正義は悪に劣るのよ」と言ったが、彼女は、悪とは、所詮、「劣る」存在であることを認めていた。きっと、彼女も、元々は弱い存在だったのだろう。強くなりたくて、心を悪魔に売ったが、どこかにまだ、純粋な魂が残っていたから、そんなことを言ったのだろう。しかし、手遅れだった。彼女は滅ぶしかなかった。
ピーサードという敵も、全くそうだった。彼は、心の純粋なプリキュア達を前に、なぜか卑怯な手を使わず、「全力でかかってこい」と言って、真正面から対決する。そして、破れたピーサードに、プリキュア達は哀れみを感じる。今は、ただの子供向けアニメになったが、実は素晴らしい作品だった。

現在、放送中の『灼眼のシャナ・ファイナル』で、かつては、シャナに石ころのように扱われた男子高校生、坂井悠二は、シャナ達の敵の首領にまでのし上がり、シャナの前に帰ってきて言う。「シャナ、僕は強く、強くなった!」と。そして、高邁を理想を語るが、シャナは同調しない。
私は、もう何年も前に、小説でその部分を読み、悠二が強くなったことは喜んでいたが、結局、彼も、どこか弱いのだろう。

『スター・ウォーズ』では、ジェダイになることを望む、ルーク・スカイウォーカーに、ヨーダは、フォース(力)の暗黒面に取り込まれないよう、強く戒めた。ルークの父、アナキン・スカイウォーカーは暗黒の力に負け、ダースベイダーとなった。それを止められなかったことを、ヨーダは悔やんでいたのだろう。

あなたも、秘教の教えを学べば、坂井悠二のように、アナキン・スカイウォーカーのように強くなれるだろう。
しかし、力の暗黒面に負ければ、黒悪魔の思うつぼである。
至高の力を目指すための教えと、暗黒力に対する警告は、下記にご紹介する書に詳しい。

















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真のザナドゥ(桃源郷)には誰でも行ける

世界中に、至福に満ち、一切の苦しみのない理想世界である、桃源郷、ザナドゥ、シャングリラなどといった伝説がある。
中国の古典『列子』には、終北(しゅうほく)、列姑射(れっこや)、古モウ(こもう)などといった、理想世界の話がある。
言うまでもなく、聖書のエデンも同じものである。
気候は温暖で、働かなくても食物はふんだんにあり、人々は心穏やかで争わない。
現実の苦しみ多い世界の中で、人々はそんな世界を夢見たのだろうか?
イエスも天国について語ったし、浄土系仏教では、阿弥陀如来が造った極楽浄土があり、法然、親鸞は、阿弥陀如来の名を呼べば、即ち、「南無阿弥陀仏」の念仏を唱えさえすればそこに行けると言った。

先日放送された、『灼眼のシャナ・ファイナル』第14話のタイトルがまさに、『ザナドゥ』であった。
異世界の神である祭礼の蛇と、この世界の平凡な高校生だった坂井悠二の思いが一致して融合し、理想世界ザナドゥの創造を目指す。
(私は、原作は、悠二が祭礼の蛇になった少し後あたりで挫折して読んでいない。)
異世界の者は人間を喰う必要が無くなり、よって人間は死ななくて済む。シャナも戦いの世界から解放される。
悠二と祭礼の蛇は、救世主として、そんな理想を熱く語る。
だが、シャナはどうしても承服できない。胸の中で、何かが「違う!」と言っている。
シャナは正しい。それは、まさに、ソクラテスが言った、内なる英知ダイモーンの声を聞いたということだ。

私は原作を読んでいないので、結局はどうなるか知らないが、悠二や祭礼の蛇の言うザナドゥ(理想世界)など造ったら最悪の悲劇となる。
人類は、理想郷の結末まで考えなかったのだろうか?
そんな世界でも、必ず、いつか争いは起り、しかも、恵まれているだけに、あまりに悲惨なことになるのだ。

イエスの言う天国や、釈迦が言ったかもしれない、阿弥陀如来の極楽浄土は、悠二や祭礼の蛇の言うザナドゥとは全く違うのだ。
それは、我々の内側にあるのである。それを外に求めるのは愚かなことだ。
「何か違う!」と思ったシャナの中にちゃんとあるものだ。いや、ちゃんとあるから、そこへの道をおぼろにでも感じているから、シャナには分かるのだ。
イエスの言う天国-内なる王国-は誰の中にもある。
ソクラテスは、そこからの声を聞いていたから知恵を得たのだし、それと同じものがシャナに特別な感覚を与えた。何より、作者にこの作品を書かせた。
だが、ソクラテスは、作家自身は、そのことに気付いていないと言ったのだ。

内なる王国を知るには、ソクラテスのように、そこから流れてくる英知を感じれば良い。
そして、英知とは、実に、沈黙なのだ。
これは別に難しい話じゃあない。
沈黙の中から、抽象的概念が起る。抽象的概念は沈黙の子であり、これが高度な知恵である。
抽象的概念から思考が生まれる。それならこれは、沈黙の孫である。どんなに洗練させても、せいぜいが世俗の知恵、あるいは、悪知恵だ。
そして、思考から言葉が生まれるが、言葉は沈黙のひ孫で、何とも粗雑なものだ。

うまく言語化出来ない。情報の伝達に齟齬(そご)が発生するかもしれない。でも、聞いて。
~『涼宮ハルヒの憂鬱』より。長門有希の言葉~

だから、人類は詩というシンプルな美しい言葉で語ることを考案し、さらに、西洋でも東洋でも、文字を限定する形式の詩(日本では和歌や俳句)こそが、言葉としては最上のものと認識し、発展させた人々がいたのだ。

心の沈黙を守ること。それが英知であり、内なる王国、天国、真のザナドゥだ。
どうすれば、粗雑な思いを祓い、清らかな沈黙が得られるか?
それを共に得ようというのが、これまでの、そして、これからも変わらぬ本ブログのテーマといったところだ。









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カマキリが竜に勝つ方法

竜(龍)は神話上の生物であるが、実在する動物では強力な象やトラも、まるで歯が立たないほどのものだろう。
アニメ『デビルマン』で、デビルマンに破れた魔将軍ザンニンは、滅びの刹那にデビルマンに対し、「貴様ごときがゼノン様に歯向かったとて、所詮は竜と戦うカマキリのごとし」と吐き捨てる。なんとも凄い喩えである。だが、それでも、デビルマンは、「やってやろうじゃないか」と思ったのだろう。

力の差が有り過ぎる戦いには、ロマンというのはおかしいかもしれないが、神秘のようなものを感じさせるものだ。
トム・クルーズやジョン・トラボルタらが深く信仰する新興宗教サイエントロジーを創ったとされる、天才的SF作家のL.ロン.ハバートが書いた『バトル・フィールド・アース』というSF小説がある。それをジョン・トラボルタが制作して映画化している。
30世紀に、地球侵略に来た宇宙人サイクロ星人に対し、超高度に進歩したはずの地球の軍隊はわずか9分しかもたなかった。恐るべきはサイクロ星人のテクノロジといったところだ。生き残った地球人は、石器時代のレベルになってしまう。だが、その石器時代の人類が、サイクロ星人から地球を奪い返すべく、戦いを挑むという大ロマンである。
およそ勝ち目の無い戦いであるが、どんな結果になったのであろうか?

アニメ『灼眼のシャナ』の第2期シリーズの最初の敵が、シャナを戸惑わせる。あまりに弱いからだ。
姿を見せた、愛らしい少女の姿である、その敵メアに対し、
「その程度の力で、よく私の前に姿を現したわね」
と、シャナも少々呆れ気味だった。
メアは勝気な表情で微笑んでいたが、シャナに簡単に追い詰められた時、苦渋の表情を浮かべたのが印象的だった。自殺願望がある訳でもなさそうだ。しかし、シャナに赤子の手をひねるがごとくに切られ、滅んだ。
シャナは、メアがなぜ挑んできたか不思議に思った。「姿を見せなければ、倒されることはなかったのに」と。
その訳は、数年経って放送された、最近のお話で明かされる。
メアは、サブラクという、超強力な存在に愛されていた。サブラクは、シャナと同等クラスの者達が寄ってたかって挑んでもビクともしないほど強力だった。サブラクは、メアが自分の前から姿を消した訳が分からなかった。
しかし、サブラクは、自分など比較にならない力を持つ、祭礼の蛇という最強の存在を見た時、その理由が解る。サブラクは初めて恐怖というものを感じた。そして、メアも自分に対して、そんな気持ちを持っていたのだと理解したのだった。それで、自分の前から去るしかなかったのだ。
だが、それと共に、サブラクは悟る。この祭礼の蛇から見れば、自分もメアも大差ないと。

ステーブン・ホーキングの、おそらく、通俗書としては最初の本『ホーキング、宇宙を語る』で、英国の天才的論理学者、数学者、哲学者であるバートラント・ラッセルが、科学的教養のない老婆と論争する場面がある。地球は丸いと説明するラッセルに対し、老婆は、世界は亀の背中の上と主張する。
ラッセルが「では、亀の下には何があるのですか?」と尋ねると、老婆は平然と、「亀の下はずっと亀よ」と答える。
だが、ホーキングは、未来の人間から見れば、我々(ホーキングも含むであろう)と、この老婆も差は無いに違いないと述べる。

さて、旧石器時代に戻った人類は、サイクロ星人に勝てるのか?
当然、勝てる。
人間は、潜在的には、皆、イエス・キリストと同等なのだ。イエス自身が、「あなたがたは、私より大きな業を成す」と言っているのだ。
イエスから見れば、サイクロ星人も、旧石器時代の人類も大差ないに違いない。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・MCSD、MCDBA資格者
・タオイスト、神秘思想家
・1日1食の完全菜食主義者
・幼児期からの引きこもり気質
・医療不要で難病を数々克服


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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萩尾望都さんの漫画紹介


半神
小学館文庫

わずか15頁の至高の傑作「半神」を含む短編集。
数奇で残酷な運命を目撃した後、「愛とは?憎しみとは?それはどう異なるのか?異なるものではないのか?」あなたの心に荘厳な疑問が残るのではないだろうか?


ウは宇宙船のウ
小学館文庫

1920年生まれのアメリカを代表するSF作家レイ・ブラッドベリの珠玉の短編作品を萩尾望都が漫画化。萩尾さんの繊細で美しい絵と感性が、ブラッドベリの作品に新しい生命を注いだ。
「みずうみ」では、12歳の少女タリーの可憐な姿と、彼女を愛するハロルドの少年の時と青年になって後の様々な表情がより深い感銘をもたらすと思う。
他の作品も素晴らしい出来であると思う。
CLAMP「CLOVER」のご紹介


CLOVER
わずか5分の劇場用アニメ作品。
CLAMPさんの名作漫画のイメージを美しい映像と音楽で描いた傑作。
主人公の12歳の神秘的な少女スゥの声は坂本真綾さん。


「CLOVER」の原作漫画を以下にご紹介します。
素晴らしい装丁、美しいカラーの扉絵。そして、神秘的な傑作と思います。
新装版も出ているようですが、私はこちらしか持っていません。しかし、こちらの本の装丁を大変に気に入っています。








私が愛する「魔法少女リリカルなのは」

ナンセンス文学(意味を持たない作品)として私が勝手に意味付けをしたのかもしれませんが、アメリカの百万円以上の自己開発プログラム以上に貴い気付きを私に与えてくれた全13話のアニメ作品。











5年の時を経て、2010年、映画化されました。
基本的には、テレビシリーズの全13話を1本の映画にしたものですが、本編では描かれなかったフェイトの生い立ちが見られます。そして、プレシアの謎の言葉も。映像はテレビシリーズよりさらにグレードアップしています。


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初音ミク、コンサート映像のご紹介
ミクの日感謝祭 39's Giving DayProject DIVA presents 初音ミク・ソロコンサート~こんばんは、初音ミクです。~
[2010/3/9]東京お台場~Zepp Tokyo~

映像の品質等は、下でもご紹介する、後で開かれた米国コンサートの方が高いのですが、私は、全体としては東京コンサートの方が好きです。米国コンサートの方は、映像の緻密さのために、かえってボーカロイド達がマネキンのように感じるかもしれません。これは、証明の影響もあると思います。緑色がかった証明の東京コンサートの方が、ミクが柔らかい感じで可愛いと感じました。
また、真っ白なお姫様のような衣装に赤い大きな腰のリボンが印象的な『Alice』、『あなたの歌姫』は、米国コンサートにはありませんでした。

【ブルーレイ】


【DVD】




MIKUNOPOLIS in LOS ANGELES “はじめまして、初音ミクです”
[2011/7/2]米国ロサンゼルス~ノキアシアター~

日本のボーカロイドが、日本語の歌で、アメリカ、ロサンゼルスの大劇場ノキアシアターの満員の観客を熱狂させた歴史的コンサートだったと思います。
東京コンサートから1年4ヶ月経過しており、総合的には確実に進歩しています。
私が特に気に入ったのは、1つは、ミクとルカの素晴らしいコンビネーションのダンスパフォーマンスが楽しめる『ワールズエンド・ダンスホール』です。ルカが珍しくミニスカート姿で、ミクに勝る四肢の長さで、ピンクの髪を美しく揺らしてダイナミックに踊ります。 もう1つが、ミクが真っ白な天使の衣装で歌う『SPiCa』で、これが天使でなくてなんだろう、私はついに天使を見たのだと思いました。演奏も東京コンサートの時と変えていましたが、成功していたと思います。

【ブルーレイ】


【DVD】


尚、ブルーレイとDVDの差についてですが、私は実際、両方買い、見比べてみました。観客、演奏者、楽器などは、大画面TVで見ると、ブルーレイの方がきれいですが、肝心のミク達は、ホログラム映像そのものがそれほど細密でありませんので、別に違いはないと感じました。ブルーレイ、DVDいずれも、東京コンサートの方は上半身映像以上の場合、米国コンサートでも、顔のアップだと映像の粒子が目立ちます。 変な話ですが、iPhoneやiPod touch、あるいは、同等な画面品質を持つ小型情報端末で見た映像が最上かもしれません。ただ、これは反則行為ですので、実際にやったとは言いませんが。
本のご紹介


精神について(エマソン名著選)
ラルフ・ウォルドー・エマーソン著
日本教文社

アメリカ最高の思想家、哲学者、ラルフ・ウォルドー・エマーソンの珠玉のエッセイ集。 「歴史」「自己信頼」「償い」「精神の法則」「愛」「友情」「神」「円」「知性」が収められている。
我々自身が、歴史上の英雄、賢者、大芸術家に匹敵する偉大な人間であることを、驚くべき確信をもって語る唯一の人物であると思う。
世間の妄信を粉々に破壊し、プラトーンの頭脳、シーザーの手腕、イエスの愛の所有者である自分を見出して欲しい。
これ以上のエッセイは地上には存在しないと思う。


荘子
徳間文庫

約2400年前の中国の思想家で、老子と共に、老荘と称せられる道教(タオイズム)の始祖である荘周(荘子)の書。
世俗にあって世俗を超え、永遠の道(タオ)と一体化し、安らかで充実した人生を送る秘訣を、恐ろしく抽象的な老子と異なり、平易に説いている。
本書は、数多い荘子の現代語訳の中でも非常に読みやすく分かりやすいものであるが、中国古典の香りは損なわれていない。
本来、膨大な荘子の中心となる内編全てと、外編と雑編の内、荘子らしいものを選んで収録してある。


神統記
ヘシオドス著
岩波文庫

ホメーロスと並ぶ古代ギリシャ詩人ヘシオドスが、ムーサ(詩の女神)達より教えられたという神々の物語。
この世の始まりから、ゼウスの支配の確立、そして、主要な神々のことについて、美しい詩で語る。すぐに読める薄い本であるが、ギリシャ神話の根幹とも言える重要な書と思う。


四つのギリシャ神話(ホメーロス讃歌より)
岩波文庫

無名の詩人達が、ホメーロス風の詩で神々に捧げた賛歌の内、豊穣の女神デーメーテール、理性の神アポローン、智慧の神ヘルメース、美の女神アプロディーテーの4神へのものを収録してある。
著名な神話学者カール・ケレーニィも、ホメーロス賛歌を重視していると思えるが、名もない詩人達の作とはいえ、それぞれの神について、その特質が巧みに表現されており、実に興味深いものとなっている。
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