ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

潜在能力

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
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[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
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暗示で潜在能力を引き出す

旧ソ連では、超能力研究に多額の予算をかけ、実用目的を念頭に研究が行われていたという話を書籍などで見たことがある。
その中で、こんな話を印象深く憶えている。
おそらく、ソ連の国家研究機関で行われたことだと思う。
1人の平凡な、絵心など全くないと思われる労働者に催眠術をかけて催眠状態(変性意識状態、あるいは、トランス状態)にし、「おまえは偉大な画家だ」という暗示を与えた。
すると、その後、この労働者は猛然と絵を描き始めたが、最初は、彼が描いたのは子供が描くような絵だった。
しかし、みるみる上達し、作品は高く評価され、クレムリン宮殿に展示されるほどだったという。
多数の事例があれば良いのだが、私が知っているのはこの1例だけである。
しかし、どんな人間にだって無限の能力が秘められており、これも、特に驚くような話とは思わない。

では、次の話はどうだろう。
これは、著名な発明家で超能力研究家であった橋本健氏(工学博士)と、やはり著名なヨガ研究家であった本山博氏(文学博士)の共著である『超能力入門』(1983)にある話である。
ポーランドの芸人ボルト・メッシングは、舞台で超能力パフォーマンスを披露していたが、1939年のナチスのポーランド侵攻時にソ連に逃亡した。
経緯は省くが、メッシングは、ソ連の最高指導者ヨシフ・スターリンの別荘に単独侵入することになった。
当然、スターリンの別荘は大勢の兵士により厳重に警備されていたが、そこに、通行許可証も持たずに一般人であるメッシングが入って行き、スターリンに会おうというのである。
どう考えても不可能なことであるが、メッシングは楽々とやり遂げた。
どうやったのかというと、メッシングは「私はベリヤだ」と強く念じたのだ。ベリヤとは、誰でも顔を知っている秘密警察長官で、彼であれば、通行証も誰の許可もなくてもスターリンの別荘に入っていけた。
私は、催眠術的パフォーマンスで、これと似たことをやるのを、実際に見たことが何度かある。
1つは、ある気功師が講演の際、講演会場にいた受講者に気をかけ、受講者に、この気功師を自分の父親だと信じさせた。
これは、気の力とは言っても、催眠術の一種のように思えたが、メッシングの場合は、催眠術による集団催眠を使ったのではなく、何らかの超能力で、兵士達の意識に影響を与えたと思われる。
この本では、念じることで、自分のなりたいものになる方法も書かれていたが、それは、そもそもは、「私は〇〇だ」と自己暗示をかけることだろう。
フランスの著名な心理学者エミール・クーエは、他者暗示も本質的に自己暗示であると述べており、暗示は自分で出来るはずである。
そして、暗示が効果を発揮するポイントは、「トランス状態で暗示が与えられる」、あるいは、「反復して暗示が与えられる」ことである。
ならば、誰でも出来ることとして、「私は〇〇である」と、繰り返し唱えれば良い。
ただし、感情的に唱えると心が反発する危険があるので、「静かに、ゆっくり、丁寧に」唱えれば良いと思う。
次に、トランス状態で自己暗示を行う場合を述べる。
自分1人でトランスになるには、呼吸を調整すれば良いが、禅の修行法である「数息観(すうそくかん)」が簡単で薦められる。
これは、ただ、自分の呼吸を数えるのだが、次のようにやるのがやり易いと思う。
息をやや深く吸った後、心で「ひとつ」と言いながら、細く長く息を吐く。
これを「ひとつ」「ふたつ」「みっつ」と数を数えながら行い、「とお(十)」まできたら、次は「ひとつ」に戻る。
十まで数えることを数回繰り返せば、ある程度のトランス状態になっているはずである。
ただし、十まで数えるつもりが、気がついたら「じゅうういち」「じゅうに」とどこまでも数えてしまうことが多いものである。
それは雑念のためであり、それではトランスが浅いだろう。
この数息観をちゃんと出来るようになれば、かなりの精神統一が出来ていて(トランス状態になっていて)、自己暗示が潜在意識の中に入り込み、「私は〇〇だ」という状態になっていくだろう。
2つの方法を合わせて行うと、非常に効果的と思うが、まずは、自分に合った方法はどちらかを考え、そのやり方で行えば十分と思う。








アインシュタインは物理学が趣味だった

能力を高めるための原則がある。
それは、学校やマスコミから教わらなかったことで、ほとんどの場合は、親からも教わっていない。
能力を高めるとは、「秘められた力を引き出す」ことだ。
例えば、100メートルを18秒かけないと走れなかった人が、訓練して14秒で走れるようになるとは、「14秒で走ることが出来る秘められた力を引き出した」のである。
秘められた力のことを「潜在力」と言っても良い。
人間には、実に沢山の潜在力がある。
そして、面白いのは、1つの潜在力を引き出せば、自動的に、他の潜在力も引き出されることだ。
例えば、握力を鍛えて、20kgだったのが30kgになったら、腕や肩といった手に近い部分だけでなく、腹筋や背筋、さらには、脚の筋肉だって、いくらかは強くなるし、さらには、筋肉以外の力も引き出される。
勉強でも、何か1つの科目で優秀になれば、他の科目も出来るようになる。

ただし、握力とか、腕力を鍛える時、鍛える手や腕以外を固定してしまうと、他の部分の力がつかず、鍛えた部分と鍛えなかった部分の断絶が起こり、故障が起こる場合がある。
歴史の勉強を熱心にやって、歴史は百点なのに、「私は数学は嫌いだ」と思っていると、国語と数学の間に断裂が生じ、全体のバランスが悪くなって、思考力も歪んでしまうかもしれない。
握力を鍛えつつ、腕や脚が自然に動くままにすれば良い。
例えば、握力を鍛えるために、野球ボールを握ると、自然、特に腹に力が入るだろうし、腕や脚にも力が入るものである。
筋肉も、神経も、全身がつながっているのである。
「僕は数学だけでいい。文学は不要だ」とか、「僕は握力だけでいい。脚は鍛えなくていいんだ」という、おかしな考えは持たないことである。

運動をする機会がないという人に、ぐーぱー運動といって、手を握る開くを繰り返す運動を薦めることがある。
それだけやっていれば、不思議なことに、全身のスタイルが良くなる。つまり、全身がそれなりに鍛えられるのだ。
あるいは、野球やテニスのボールを持ち歩いて、それを握って鍛えるのも良い。
握力を鍛える器具があり、それで調子良くやれるなら使えば良いが、私は、軟式の野球ボールが一番具合が良かった。
また、頭の中で、出来るだけ早く数を数えることを何度も繰り返しやれば、思考スピードが上がる。計測すると、数える速さも、やればやるほど速くなって驚くだろう。

本を読むことも、潜在力を引き出す訓練である。
歴史に残るある偉大な人物は、貧しい家に育ち、家にあった本は聖書だけだったが、それを繰り返し読むことで、聖書自体の素晴らしさもあっただろうが、やはり多く読むことで精神的な力が鍛えられて、生涯使える知恵を得たのだと思う。
面白いことに、アメリカ最高の精神科医、ミルトン・エリクソンは、育った家に、聖書と辞書しかなかったが、なぜか彼は辞書を選んで、それを繰り返し読んだことが非常に良かったと述べていた。
ジョセフ・マーフィーの『あなたも金持ちになれる』という本を、暗記するまで読み込んでいた人は、引き寄せ力が総合的に磨かれたのだと思うが、彼は、その気になれば、いつでもギャンブルで儲けることが出来るようだ。ただし、彼は「欲張らない美徳」を持ち合わせているが、それは引き寄せの高度な技術であり、それも、『あなたも金持ちになれる』を熱心に読んだことで身に付いたことだと思う。つまり、この1冊で鍛えることで、何をやってもうまくいく能力を得たに違いない。

アインシュタインは「物理学が趣味だったので、ずっと続けてきました」と言ったそうだ。
つまり、自分が好きなことをすれば良い。
人間は、
「私は大したことは何もしてこなかったが、これだけは自分に合っていたので、ずっと続けています」
というものがあれば良いのだと思う。
ただ、それだけ言うと、本当につまらないことをやるという馬鹿がいて、うんざりさせられることがある。
一生を決めるものだ。
少しはマシなことをやるべきである。








自分の潜在能力を信じ、開発するには

自分の潜在能力(今は表には表れていないが、隠し持っている力)が、どれほどのものと考えているかは重要だ。
あなたは、それがどれくらいの大きさのものだと信じているだろうか?
親の力にも劣るのか?
せいぜいが、親や周囲の普通の大人のレベルか?
並の人間よりは上のレベルか?
優秀な一握りの人間と言えるほどか?
天才か?
ただ、一流大学や大学院を出ているという理由で、「自分は優秀だ」と言う者は、それで本当に自信があれば結構なことだが、実は、全く自信がない場合が圧倒的に多いのである。
脳科学者の中野信子博士が著書に書かれていたが、メンサという、人類の上位2パーセントに入るIQ(だいたい132以上)があれば入れるという団体があるらしいが、彼女も入ってみたが、凡人ばかりなのでやめたという。あんな入会テスト(知能検査)で合格することは、練習すれば誰でも可能だし、そもそも、IQ132程度で天才とは言えない。
まあ、それでも、メンサに入れて本当に自信が出来れば良いのだが、まあ、そんなことはあり得ない。なぜなら、本当の力がなければ、現実の自分は無力であることを思い知るしかないからだ。

そして、多くの人間は、幼い時から親に、自分は大した人間ではない・・・それどころか、バカでグズで役立たずで、駄目な人間だと言われ続けている。
学校でも、教師の歪んだ劣等感のために、生徒達は愚かな人間として扱われる。
そのようにして、虫けらのような能力しかない「凡人」が出来上がるのである。

平井和正さんが原作の、桑田次郎(二郎)さんの『エリート』という、数十年前の漫画がある。
その中で、普通の人間は、脳の5パーセント、筋肉の10パーセントの力しか使っておらず、もし、全ての力を使うことが出来れば、天才・超人になると説明され、竜太郎という、出来の悪い中学生男子が、宇宙生命体アルゴールによって、その全潜在力を解放され、たちまち、世界最高の頭脳と、超人の肉体の持ち主になる。
それが知的で温かい雰囲気の中で描かれている。
小学生とか中学生、せめて、高校生の時に、この作品を読んでいた人は、卓越した能力を発揮出来るのではないかと思う。

本当の自分は、想像も出来ないほどの素晴らしい力を持っていることを知らないまま大人になったのであれば、それを自分で知ろうとした方が良い。
ただ、脳科学や心理学などの難しい本を読んでも上手くいかないことが多い。
その理由は、学術的な本は、他の専門家の批判を恐れて、解り易さよりも正確さを重視し、回りくどい表現をするが、その正確さにしても「教科書に反しない」という意味のものであるから、結局、お茶を濁したようなものになっている。
自分は前衛的(時代に先駆けている)な研究者であるという者が優れたことを書くこともあるが、その中身の大半は独善的で押しつけがましい場合が多いのだ。
釈迦やイエスが素晴らしいことを言ってはいるのだろうが、それを解説する専門家は、大抵の場合、せっかくの素晴らしい教えを駄目にしてしまうものなのだ。

過激でなく、また、高圧的・権威的でもなく、そして、偏見がなく、親切に、人間が隠し持つ潜在能力のことを、そして、その使い方を説くものを学ぶことは、充実した人生を送る上で極めて有益なことだろう。
そんなことを目指したのが、『トーチェ氏の心の法則』であったと思う。
これは当時(1950年代)の科学に基いていたので、現代では、やや遅れの部分もあるが、やはり、有益な示唆を与えてくれると思う。
また、賢く読めば、やはり、半世紀以上、世界でロングセラーを続けるジョセフ・マーフィーやクラウド・ブリストルらの著書が役に立つだろう。
2006年の『ザ・シークレット』には、科学者や哲学者、作家、事業家、神秘学者らが共通の見解としての、人間の極めて高い能力を示してくれている。
ただ、こういったことは、本で読むより、耳で聴いた方が理解し易い面が多いと思われる。
だから、出来れば、CDやビデオで見ることをお勧めするのである。








我らの敵、それは固定観念

人間が本来持っている能力は途方もなく大きい。
だが、ほとんどの人間は、その力を使うことが出来ず、いわば、「眠れる巨人」の状態である。
その隠れてしまっている力の、ほんの一部でも使うことが出来れば、誰もが、天才、超人になれるというのは、紛れもない(明白な)事実である。
では、どうすれば、普通の人は有ることさえ知らない、その力を使えるようになるのか?
本来の「巨人」として目覚めることが出来るのか?

その答は、一言で言えば、「固定観念を壊す」である。
我々は、幼い時に親から、学校に行くようになったら教師から、そして、マスコミや地域社会から、固定観念を叩きこまれる。
それによって、平凡な人間に成り下がってしまうのである。
その長期に渡って、執拗に叩き込まれた固定観念を壊すのは難しい。

固定観念が、どのように能力を制限するかの、よく知られた例が、象(ゾウ)をつなぐ杭の話だ。
大きな象が、小さな杭にロープでつながれている。
象は、そんな杭など簡単に引き抜いて自由にどこにでも行けるはずなのに、それをしない。
なぜかというと、象は、幼くて力が弱かった時に、杭につながれ、その時は、どんなに引っ張っても、杭はビクともしなかった。
それで、自分には杭を倒せないという固定観念が出来、大きく強くなっても、杭をどうすることも出来ないと思い込んでいるのだ。
他にも、小さな箱に閉じ込められたノミが、箱の高さ以上に跳べなくなるという実話もある。
そして、我々がまさに、そんな象やノミと同じ状態なのである。

では、どうすれば固定観念を壊せるか?
その方法はいろいろあるが、人類には昔から、固定観念を外すための書物がある。
それらは奇想天外な内容で、世間的な固定観念に凝り固まっている者には、馬鹿馬鹿しく感じて読むことが出来ない。
だが、それを「もっともだ!全く無理がない!」と思って読むと、固定観念が消えていく。
そんな書物は沢山ある。
例えば、新約聖書の福音書で、イエスが水の上を歩いたり、難病を治すのを読み、「馬鹿馬鹿しい」と思わず、「なるほど」と思った時に、固定観念は少しずつ外れる。
他にも、『バガヴァッド・ギーター』『法華経』『荘子』などがあり、いずれも、天才達に愛読された。
天才達は昔、固定観念に侵され、凡人への道を無理矢理進まされていた時、これらを読み、親や学校、あるいは、社会から叩き込まれた固定観念を壊すことで、内なる無限の能力をいくらか掘り起こし、そのような天才になったのである。
人間の隠された能力の中には、知恵や超人的体力の他に、あらゆる超能力(神通力や霊能力とも言われる)もある。
そんな力は、自分のものであり、我々には、それを使う権利があるのである。








本当にヤバいことが出来る能力はどう鍛えるのか

人間の中の、いかなる未知の能力も、それを使うために難しい手順は必要としない。
だって、どんな能力も、使うために用意されているのであり、それを、秘儀を伝授された人だとか、特別エリート訓練を受けた人しか使えないような差別を、自然がするはずがないじゃないか?
単純に言えば、いかなる能力も、その能力に対応したDNAスイッチをオンにすれば良いだけで、それは簡単なことである。
では、どうすれば、そのDNAスイッチをオンに出来るのかというと、あまりに当たり前の答しかない。
つまり、その能力に相応しい状況に出会うこと。
大抵は「危機に直面する」ことだ。
普段の生活では不要ないので表に現れない能力も、それを必要とする危機的状況になれば、勝手に出てくるのである。
アマゾンの奥地にでも1人で行けば、1ヵ月後には、なかなかのスーパーマンになっているはずだ。持病があったとしても、大抵はすっかり治っているだろう。
ただし、死ななければだが・・・

人間の脳の中にある第一の指令は「生きろ」なのであるから(唯一の指令と言う人もいる)、生命の危機になれば、持てる全ての能力が、既知のもの未知のものを問わず、総動員されるのである。
だから、昔の常勝の将軍というのは、敵国に上陸したら、乗ってきた船を燃やし、「敵を倒さないと生きれない」状態にして、部下達の能力を高めてやるのだ。

「そんな厳しいのは嫌だ!」って声が聴こえてきそうだ。
同時に、「そうだ!それこそが人間向上の原理である!」という雄叫びも。
どっちが正しいもない。
死と隣り合わせでないとやる気が出ないという人もいるだろうから、そんな人は、家族や国家に迷惑がかからないよう気をつけて無茶をやれば良い。

楽な方が好きな人は、ゲームでもやると良い。
人間の脳は、現実と想像の区別が出来ないので、本当にゲームにのめり込んで危機を感じれば、本当にDNAが発火する。
そのためには、よく出来たゲームでなければならないが、今は、そんな目的に合うゲームが沢山あると聞く。
しかし、私のようにゲームをやらない人は、普通に想像力を使えば良い。
つまり、頭の中でシミュレーションを行うのだ。
シミュレーションの中に自分が入り込むので、自分の顔、首、背中等は見えない。
大きな立体空間で、なるべく明るく描くと良い。
脳は、そんなイメージを本物と見なす。

別に、YouTubeにアップするのが目的ではないので、本当に走っている車の屋根に立つ阿呆な真似はしなくて良い。
それを克明に想像すれば良いだけだ。
熱心にやれば、不思議なほど想像に現実感が出てくる。
なぜなら、人間の脳は、普通の人が思っているよりはるかに優秀で、その程度のシミュレーションイメージは造作もなく頭の中に作り上げることが出来る。
だが、やはり、真剣さは必要で、それがないと、イメージが貧弱になるし、想像にも飽きてしまう。

ところで、普通の人は、とりたててマッチョマンを叩きのめしたいとは思っていないだろうし、マシンガンを持った敵と戦う気もないだろう。
火星探検は夢はあるが、それよりもまずは、潤沢な生活費と、それなりにモテることが大切かもしれない(まあ、人によるが)。
そのためのマズいやり方は、自分が贅沢している場面や、モテモテの場面を想像することだ。
だってそうじゃないか?
剣術に強くなりたいなら、想像のシミュレーションでは、強敵を相手に危機一髪の名勝負を想い描くだろう。では、お金や生活も同様だ。
DNAは危機に対応するようになってるのだから、最悪を思い描けば良い。
破産してホームレスになったり、好きな女の子に無視されたり、妻がイケメンと浮気する場面でもどうだろう?
すると、あなたの脳は記憶の中の役に立つ情報を引き出し、DNAは、そんな危機を回避するのに役立遺伝子情報を活性化させるのである。

ただし、本当に危機的状況にあるなら、現状を直視するだけで良い。
大抵の人は、それで十分なのに、問題から目を逸らしたり、やるべきことに背を向けるから駄目なのだ。
必要な問題は神様が与えてくれる。
それから逃げずに受け止めれば、自然に隠れた能力が目覚める。
ではなぜ、上のようなお話を長々したのかというと、未来のためである。
日常に対処した上で、今はまだ非現実的な状況をイメージするのである。
それは、みんなが仲良くしてる平和ボケしたイメージではなく、例えば、宇宙人と対話するようなことだ。あなたが交渉を誤ると、とてもマズいことになる危険もあるイメージだ。
想像力が貧困で、そんなイメージが湧かなければ、まずは『涼宮ハルヒの憂鬱』でも読むと良いかもしれない。
小説や、映画や、漫画や、アニメは、楽しむと共に、想像力を鍛えるために役立てるべきものである。
巨大IT企業の大者達は、SFの名作を愛読した、あるいは、愛読しているらしい。
彼らは、現実の中でボロボロになって能力を鍛えただけではないのである。
子供の時からSFの名作を読んで、想像力を伸ばしたからヤバいことが出来るのかもしれない。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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