ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

潜在意識

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[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。
[2010/12/12]詳細なlivedoorプロフィール設置しました。[livedoorプロフィール]

願いがそのまま叶ったら悲惨だ

昔から、念仏を称えれば、死後、極楽浄土に行くことが出来る、つまり「極楽往生」が出来ると言われている。
ところで、経典によれば、「極楽往生」にも、9つのレベルがあるそうだ。
生前の行いが立派なほど上のレベルで、悪行悪徳が多いほど下のレベルになる。
念仏を称えれば、誰でも「極楽往生」出来るが、上のレベルだと、極楽浄土ですぐに仏様になれるが、下のレベルほど時間がかかるらしい。

それで、法然の弟子だったかもしれないが、ある念仏の行者が、自分は一番上のレベルでの極楽往生でなければ、極楽往生をしないと言って、修行に励んだのだそうだ。
本人が言うところでは、すぐに仏になって、苦しんでいる人々を救いたいというのと、一番上のレベルで極楽往生した者しか、人間を救えないからとかであるらしい。
しかし、この人、念仏の教えを根本的に誤解している、あまりに残念な人だ。
念仏ってのは、阿弥陀如来に全てをまかせるということなのに、この人は、自分の力でどうこうしようとしている。
また、人間は愚かで、ちっとも立派でないかtら、死後は地獄に落ちるしかないのに、それを阿弥陀如来が救おうということであるのに、この人は、自分は立派な人間になれると思っている。自惚れ、傲慢も甚だしい。
それに、あんたが仏様になって救わなくても、念仏を称えれば、みんな勝手に救われるのだ。

私は、現世にしか興味がないので、死後、極楽世界に行けると言われても、それはそれで結構なことだと思うが、今のところどうでも良い。
だが、死んだ時に極楽往生するとすれば、もちろん、一番下のレベルと思っている。それ以外、あり得ない。
仏様になるのに時間がかかると言っても、超快適な場所で、酒は美味いし姉ちゃんは綺麗・・・かどうかは知らないが、安楽であれば、全然構わない。
いや、それほど待遇が良くなくても、特に悲痛でなければ大満足である。
それよりも、初音ミクさんのコンサートに行けるのかが気になるところである。
きっと、極楽浄土でも、年に数回とか、適度な回数でミクさんのライブがあるだろう。しかし、それは阿弥陀様におまかせする。

念仏なんてのは、死後、極楽浄土に行くためのもの・・・なんかではない。
一休も言ったように、今、ここを極楽浄土にするためのものであり、親鸞が言ったように、現世で利益を得るためのものである。
今流に言えば、無意識、あるいは、潜在意識を信頼して全ておまかせし、楽しく生きるための呪文なのだ。
ただし、どんなふうに楽しいかは、やっぱりおまかせするしかないのだ。
イエスもそう言っているが、それで悪いようにはならない。
悪いようになるとしたら、自分の思い通りでないといけないという心の固さ、こだわり、傲慢さが強いからだ。
もちろん、誰だって、具体的な願いを持っているだろうが、それがどうなるかは、神様仏様、無意識、潜在意識にまかせることだ。決して悪いようにはならないから。
だが、巷にある、引き寄せの法則だの、潜在意識による成功法則(あるいは少女時代の何かの歌)では、自分が願ったことがそのまま実現するなんて、とんでもないことを言っている。
もしそうなら、どれほど悲惨なことか、少しの知性があれば分かりそうなものだ。
有り余るお金が欲しいと思うのは一向構わないが、阿弥陀様におまかせすれば、自分に見合った、そして、大抵は十分以上は入るようにしてくれる。
可愛いあの子を彼女にしたいとか思うことだってあるだろうが、それもまかせることだ。もっと自分に合った子と縁が出来るかもしれない。そして、案外に、「以前好きだったあの子が彼女にならなくて良かった」と思うことになる。ここらは、阿弥陀様の判断の方が絶対確実である。
まあ、時には、キリキリ舞をさせられ、大いに楽しむこともある。
人生、楽しいこと、安楽なことばかりではつまらないに決まっているからね。









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覗き見てしまった人間の正体

潜在意識が願いを叶えるというのは、完璧に願いが叶った状態が出現するのではなく、その方向に流れを作るということだ。
だから、詰めが甘いと最後に失敗するし、良い感じだったのは最初だけ・・・ということは多いのである。

このブログでよく書いているが、潜在意識の力の働き方は、「予感」として感じる。
「受験に合格しそうだな」という予感があれば合格するし、「あの子を彼女に出来そうだ」と予感するなら、やはりそうなる。
つまり、予感を作り出せば、そして、最後までやりきれば願いは叶う。
その方法は、ここで時々書いているが、2つのやり方が最も簡単と思う。

1つは、メンタルトレーナーの西田文郎さんの「かもの法則」と同じである。
「俳優になれるかも」と思えば、その方向に風が吹くし、「お金持ちで立派な人にプロポーズされるかも」と思えば、そんな状況に運ばれていく。
妄想だろうと、「かも」と思えば、何らかの流れは起こるし、日本人が「アメリカの大統領になれるかも」と思うと、その通りにはならないまでも、それを象徴するような出来事を引き起こすか、大抵は、そんな思いを持つことに飽きてしまう。
もう1つは、ミルトン・エリクソンが瞬間治療で使った方法だ。
「もし優勝したら、嬉しいだろうなあ」と思うと、優勝する。仮に、駄目だったとしても、別の大会で優勝したり、優勝したのと同等以上の嬉しいこと(そっちの方が本心の願いである場合が多い)がある。
例えば、「あの美しい女性を彼女に出来たら嬉しいだろうなあ」と思っても、その女性に既に彼氏がいた場合、彼女と雰囲気が似た、もっと素晴らしい人を彼女にしてしまうといったものだ。

まあ、実際は、こんな甘い話ばかりではないかもしれないが、経験上、これで大抵のことはあっけなく叶う。
ところで、私は、子供の頃から、ものごとの表面を無視し、根本的に考えた。
例えば、小学校低学年の時、「私が今欲しいもの」を発表し合った時、他の子達が、ゲーム機や服や自転車といったものを挙げる中で、私は、魔法の杖と言った。それがあれば何でも手に入るからである。
大人になってからも、何かのセミナーに行った時、願望を数多く紙に書くよう指示されると、他の受講者達が、家だの車だの、あるいは、独立起業だのと書く中で、私は、金と仙人になること以外は、全く望まなかった。家も車も、金さえあれば手に入るのだし、仙人になる以上の達成はないからだ。

そんな私が、こう思ってみた。
「何でも思う通りになるかも」
これはまあ、良かった。
問題は、エリクソン式だ。
「もし、何でも思い通りになったら・・・」
「嬉しいなあ」とか、「愉快だなあ」という言葉が続かない。
何だか、複雑な感情が起こるのが分かる。
「嫌だなあ」とは違う。
「拙(まず)いなあ」は、近い。
結局、感情は消え、「意味がないなあ」という「考え」にたどり着く。
人間の正体を、覗き見てしまったような気がした。
それは、次のようなことだ。

作家で自己開発指導者のチン・ニンチュウが本に書いていたが、人間は、限界があるフリ、不自由なフリをしている神なのだ。
なぜ、そんなことをしているのかというと、間違いなく「楽しいから」であるらしい。
だが、実際の神の思いは、人間に分かるようなことではないに違いない。
しかし、人間が、不自由なフリをした神であることは、だいたい合っている。
そして、理由は分からないが、不自由でないと「拙い」し、「意味がない」のだ。
その理由は、勝手な詮索をしないことだ。人間に分かる程度のことではないのだから。

人間に、万能性は与えられない。
そもそも、人間の心だけで願いを叶えるのではなく、人間の心につながった宇宙の心が協力することで、願いが叶うのだ。
大きな願いであれば、その時点では叶えるべきでない場合は、叶わないか、途中までしか叶わない。
しかし、大抵のことは、予感を持てば、あっさり叶う。
もし叶わないなら、自分のレベルが低いのだと思い、それほど厳しいことはしなくて良いが、少しは修行して、心を磨くことだ。
それで思い通りにならなかったことなど、1つもなかったと思う。









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本当に憧れることは、実は稀だ

現実世界での願いを叶えるために、「これで駄目なら諦めた方が良い」と思う方法は、時々述べている、「自分がなりたいと思う、実在、あるいは、空想上の人物を称賛する」というものだ。
潜在意識は自他の区別をしないので、誰かを誉めたら自分を誉めたのと同じだし、憧れの人物は本気で誉めるだろうから、自分を本気で誉めたことになる。
本気で誉めると、潜在意識は、それは事実と見なし、それを必ず実現する。
この方法の成否を握る要因は、「本気で誉める」ことである。
「自分が、あの人物のようになりたいから」誉めるという、邪まさ、助平根性(欲深さ)が出ているほど、潜在意識には、憧れとは逆のイメージが作られる。
なぜなら、欲望を持って「ああなりたい」と思うのは、「自分はそうではない」と思っているということだからだ。
イエスの言うように、「幼子のごとく」ならなければ、つまり、純粋に憧れる気持ちを持たなければ天国には行けないのである。
早い話が、自分が憧れの人物のようになろうなんて気持ちは、捨てた方が良い。
しかし、それでも憧れるなら本物なのである。
だから、「諦めた願いしか叶わない」と、よく言われるのである。

そのような理由(純粋に憧れることは少ない)で、ほとんどの人は、あまり大きな成功を収めることはない。
だが、福山雅治さんの歌のように、「いつか父さんみたいな・・・」というのは、父親に対する本気の称賛であるから、父親のようにはなれるのである。

本気で憧れるためには、憧れる対象について、よく知っていなければならないし、憧れの対象がやっていることを、ある程度は理解していなければならない。
だから、「いつか父さんみたいな・・・」という願いは、ある程、叶い易い理由が分かると思う。
実際の父さんは、案外に遠いが、それでも身近で見ているのだから、全く分からないということはない。
一方、間近に接することのない大物に本気で憧れる者というのは、行動のある人である。
例えば、ビル・ゲイツに対する本気の憧憬を持つには、彼が若い頃にやったように、自分も熱心にプログラミングをやってみる必要があるし、少しくらいは、彼のように、コンピューターが世界の人々を幸福にするというビジョンを持たなければならない。
プロレスラーの誰かに憧れるなら、自分も毎日トレーニングし、本式に何かの格闘技をやってみて、出来るだけ現実的なイメージを持たなければならないのである。

純粋に憧れるとは、妄想することではなく、憧れる対象に対する鮮やかなイメージを持っているということである。
それが出来ない、幻想の憧れでは、何も起こらない。
ところが、神に憧れるというのは、案外に本物になり易いのである。
それは多くの人がやったので、環境やノウハウは想像以上に豊富で充実しているからだ。
だが、それを中途半端にやった者が、過激派やカルト宗教家になるのである。
神に憧れるのにも、神について、よく知らなければならない。
それには、忍耐が必要なのである。
そのために、聖書やコーラン、あるいは、ギリシャ神話や古事記やホツマツタヱといったものを熱心に読み、深いイメージを持たなければならない。

梶浦由紀さんの『幻想楽園』という歌にあるように、「憧れだけが明日へ続く扉を開ける」のである。
天才、梶浦由紀さんの作詞、作曲、編曲で、貝田由里子さんの歌が素晴らしいこの曲を、よろしければ、一度聴かれることをお奨めする。
Amazonのデジタルミュージックで僅か250円だ。









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偉人達も、自分が憧れる人物の美点を、心の力で取り込んだ

アメリカの哲学者ラルフ・ウォルドー・エマーソン(1803-1882)と、日本の啓蒙家、岡田虎二郎(1872-1920)という偉大な2人は、共に、4人の人物を尊崇していたのだと思う。
エマーソンは、プラトン、シーザー、イエス、シェイクスピアで、それぞれの、頭脳(プラトン)、手腕(シーザー)、愛(イエス)、詩(シェイクスピア)を、人類の至宝と考えていたのだ。
そして、岡田虎二郎が心の師としていたのは、ソクラテス、孔子、イエス、そして、二宮尊徳(二宮金次郎)だった。

エマーソンと岡田虎二郎は、原理は直接には知らなかっただろうが、それぞれが選んだ4人を褒め称えることで、潜在意識の力によって、その4人の優れた特質を自分のものにしたのである。
特に、エマーソンは、「英雄について書かれたものを読む時は、自分のことが書かれているのだと思え」と述べていることから、人間はいかなる偉大な人物にもなれるし、実相(宇宙意識)の世界においては、既にそうなっているのだと分かっていたのだろう。

彼らの時代には、情報技術が発達していなかったので、あまり多くの優れた人物を知ることは出来なかった。
しかし、現代では、各自が、自分が持つに相応しい特質を備えた人物を、容易に見つけることが出来る。
例えば、こんなのはどうだろう?
「格好良さでは、ジュリアーノ・ジェンマ」
「お金が有り余っていることでは、ビートたけし」
「英知ある人類の教師としては、ジョセフ・マーフィー」
「ビジネス手腕では、川上量生」
イエスやソクラテスでは偉大過ぎて、自分と同一視し難いし、偉大だとは思っても、どこが偉大なのかピンとこないだろう。
それなら、いくらかでも自分が理解出来、自分が好ましいと考えている美点を持つ人物を選べば良いのである。
潜在意識は、自他を区別しないので、それらの人物を褒め称えると、それは、自分を本心から褒め称えたことになり、それらの人物が持つ、あなたが憧れる美点は、潜在意識の力によって、やがて、あなたのものになる。

以上、参考にしていただきたい。









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「馬鹿と言う者が馬鹿」「かしこ(賢)と言う者がかしこ」は貴い教え

「馬鹿」と言われた子供が、言った相手に、「馬鹿と言う者が馬鹿」と言い返すのを、よく聴くことがある。
多くの親が、この、「馬鹿と言う者が馬鹿」という言葉を子供に教えるのだろう。
そんな親は賢い親であり、この言葉は真理である。
ただ、教えた親が、どれだけ、この言葉を重く考えているかで効果は変わるのだろうが。
また、「馬鹿と言う者が馬鹿」という言葉を「応用」して、「かしこ(賢)と言う者がかしこ」と言う子供もいるが、これもまた真理である。

深い心である潜在意識には、自他(私とあなた、私と彼、私と彼女)の区別はない。
まさに、誰に対して「馬鹿」と言っても、それは、「私は馬鹿」と確信を込めて、心から宣言していることになる。
そして、潜在意識は、宇宙意識との仲介役であり、表の心である顕在意識が本気で伝えてきた、どんなことも宇宙意識に伝えて、万能の宇宙意識はそれを確実に実現するのである。
(上記の場合は、「私は馬鹿」を)、確実に実現する。
また、上で述べた、「かしこと言う者がかしこ」であるが、これはどうだろう?
誰かに「馬鹿!」と言う時は本気だが、誰かに「かしこ!」と本気で言うことは、あまりないものだ。
よって、多くの場合、「私はかしこ」は潜在意識に伝わらず、宇宙意識に送られず、実現もしない。
ただし、誰かを心から、「賢いなあ」と思えば、本気で「私は賢い」と宣言したことになり、潜在意識は宇宙意識に、「この者を賢くして下さい」と伝え、結果、その者は賢くなるのである。

母親のことを、「クソババア」と言う女子高生が時々いるが、そんな女子高生を見ると、彼女自身が、まさに「クソババア」であることが一目瞭然である。
父親のことを、「クソオヤジ」と言う子もまた、まさに、「クソオヤジ」の雰囲気たっぷりである。
父親や母親が嫌いなのは仕方がなく、無理に好きになれなんて言う気はサラサラないが、つまらない悪口などは言わないことだ。
教師や、クラスメイトに関しても同じだ。
悪口を言う暇があったら、好きな芸能人やスポーツ選手でも褒め称えた方が良い。
ただし、「きゃあステキ!」とか「最高だぜえ!」といった感覚的なものは、単なる「反応」なのであり、誉めていることにならない。
だが、石原さとみさんを見て、心から、「素敵な人だわ」と思ったら、この本気のメッセージを潜在意識から受けた宇宙意識は、その人を石原さとみさんにしてしまうし、男性の場合は、彼と一体化する石原さとみさんと等価の存在を、彼のところに引き寄せるのである。

特に芸能人がそうであるが、庶民にとって、有名人とは、羨望の対象であると同時に批判、粗探しの対象でもある。
だが、羨望とは、心は、自分がひどく劣っていることを「本気」で宣言しているのと同じであるから、潜在意識は、「私は劣ったつまらないものだ」と宇宙意識に伝えるのである。
また、批判の場合は、例えば、あるタレントのことを「格好つけてるけどダサい」と言う時は、かなり本気で言っている場合が多いので、やはり潜在意識は、宇宙意識に、「私は格好つけているけどダサい」と伝え、その通りの自分になる。
多くの人達が、自分が貶める芸能人や有名人と(貶めた部分だけ)そっくりになっているのである。なんとも間抜けな話である。
相手が有名人の場合も、悪口を言う暇があったら、本当に素敵だと思う有名人を本気で誉めるべきである。

金持ちになりたければ、本当に金持ちだと感じられる有名人のことを、「本当に金持ちだなあ。素晴らしい!」と思えば良い。
しかし、いくら金持ちとは聞いていても、ビル・ゲイツでは実感を持てないに違いない。
だが、例えば、ビートたけしさんが、フェラーリやランボルギーニといったスーパーカーを3台まとめて「金減らし」のために買ったと聞いたら、「たけしさんって、やっぱり金があるんだなあ」と思うだろう。
そうしたら、たけしさんのことを、「たけしさんは本当に金持ちだ。素晴らしいなあ」と感慨深く思えば、「私は本当に金持ちだなあ。素晴らしいぞ」と本気で宣言したも同じで、潜在意識は、その想いを宇宙意識に伝える。
それが正しく伝わった証拠に、あることをやりたいという強い想いが心の奥から湧き上がり、それをやらずにはいられなくなり、それをやっていく中で困難に遭っても、さして辛いと思わずにやり続け、やがて、金も入ってくるようになるだろう。
アメリカの不動産王ドナルド・トランプが大統領選挙に出馬し、「金の問題で負けることはない」と豪語するのを聞いたら、「トランプはやはり金持ちだ。立派だ」と思えば良い。
ドワンゴ会長の川上量生さんが、使いもしないのに別荘を買ったという話を見たら、「川上量生さんは金持ちだ。大したものだ」と素直に讃えるべきで、それを否定的に言ったり、思ったりしてはならない。

「馬鹿と言う者が馬鹿」
「かしこと言う者がかしこ」
この貴い教えを忘れないことだ。
そして、もう立派な大人になったのだから、このありがたい真理を賢く応用すべきである。









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