ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

涼宮ハルヒの憂鬱

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

奇跡のコースター

懐かしいものが出てきた。
アニメDVD『涼宮ハルヒの憂鬱4 笹の葉ラプソディ』の付録の1つであるコースター(コップ受け)だ(もう1つの付録は、中学1年生のハルヒのイラスト)。

haruhi coaster.png2

これには、面白い思い出がある。
それは、旧ブログに書いたが、上のDVDを購入したのと同じ時期に、英国の作家コリン・ウィルソンが、ルドルフ・シュタイナーについて書いた『ルドルフ・シュタイナー その人物とヴィジョン』を購入したことで起こる。

haruhisteiner_2

購入日は、
『涼宮ハルヒの憂鬱4 笹の葉ラプソディ』2010年3月24日
『ルドルフ・シュタイナー その人物とヴィジョン』2010年4月15日
で、こういったことが、Amazonの「購入履歴」で簡単に調べられるのだから便利だ。

その、『ルドルフ・シュタイナー その人物とヴィジョン』の表紙の赤い正方形部分と、そのコースターがぴったり一致するのである。

stach_1

stach_2

まあ、なかなかないことだ。

その時、私は「面白い」とは思ったが、それほど驚かなかった。
このようなこと(偶然の一致としては極めて珍しいこと)は、私には、子供の時からよくあることだった。
そんな話は、時々、このブログで紹介しているが、例えば、私が小学4年生の時、天文の知識は全く無かったが、いつも、満天の星の中から、土星を一発で特定したことや、中学1年生の時、以前見たテレビドラマを録画したくて、テレビを付けて録画装置のリモコンを持ち、放送されることを期待したら、しばらくしたら、まさに、その放送が始まり、希望通り録画することが出来た。
奇跡と言えば奇跡である。

また、こんなことを思い出した。
ローラ・インガルス・ワイルダーの自伝の1冊目である『大きな森の小さな家』で、ローラがまだ小さい子供だった時、彼女の父親のチャールズが、彼女に、こんなお話をしてくれる場面がある。
「昔、ある男が、大きな猫と小さな猫を飼っていた。男は、壁に、猫たちの出入り口として、大きな猫のために大きな穴を、小さな猫のために小さな穴を空けた・・・」
その時、ローラが、
「え?でも・・・」
と口を挟むと、ローラは、母親か姉に、「人の話を途中で遮るのは良くない」と注意された。
実は、私は、この話のおかしさを、少し考えなければ分からなかったので、小さいローラより頭が悪いのかもしれなかった(笑)。
しかし、そんな間抜けなこと(2匹の猫のために2つの穴を空ける)を素でやる、その男の馬鹿さよりはマシだと思って、気を取り直した。
まあ、そんな馬鹿が実在するとも思えなかったが。
その後、しばらくして、数学者の矢野健太郎の『すばらしい数学者たち(新潮文庫)』を読んだ。
その中に、人類で最も有名な数学者・物理学者と言えるかもしれない、アイザック・ニュートンの章があった。
雰囲気的に、こんなことが、ニュートンについて書かれていたと思う。
「ニュートンは、時々おかしなことをする人だった。猫を2匹飼っていたが、大きな猫の出入り口用に大きな穴を、小さな猫の出入り口用に小さな穴を空けた」
つまり、「そんな馬鹿、本当にいるわけがない」と思った馬鹿は、
「世界は暗かった。そこで神は言った。『ニュートンをこれへ』。すると世界は明るくなった」
とまで言われた、人類最高の天才アイザック・ニュートンであった。
天才とは、少々変わっているものかもしれない。

私は、自分にはありふれていた奇跡を再現する原理と起こし方を探求し、少しは分かったので、なんとか伝えようとしているのである。








本当の信頼

人間の幸福度は、何をどれだけ信頼しているかにかかっているのかもしれない。
究極的には、自分や神を信頼しているかだが、こんな疑問が浮かぶ。
それは、「信頼とは何か?そもそも、信頼というものが本当に存在するのか?」である。
政府や大企業は、すぐに信頼という言葉を使い、いかにも自分達が信頼ある存在であるかのように言うが、それらのものに裏切られ続けた人々がそれらのものを信頼しているかは疑問だ。
親はともかく、教師への信頼も低いのではないかと思う。

たとえ架空の世界の話でも信頼を描くのは難しいが、それが出来れば、その作品はヒットする。
例えば、『涼宮ハルヒの憂鬱』から始まる『涼宮ハルヒ』シリーズは、それに成功していると思う。
涼宮ハルヒという高校1年生の少女は、相当な美少女で性格は風変わりとはいえ、その他はいたって普通に見える。
だが、本人は気付いていないが、気分次第で世界を消滅させることが出来るだけの力を持っている。
それで、ハルヒやキョン(主人公の1人。ハルヒのクラスメイトの男子)達SOS団(ハルヒが作った同好会)が選手として参加している野球チームが負けそうになるだけで、世界はマジな危機になり、キョンや長門有希や古泉一樹らが宇宙的反則技を使って試合に勝ち、世界を救うという、とんでもないことをやるハメになる。
だが、その後、SOS団が、今度は、コンピューター研究会(ハルヒの高校の部活)とパソコンゲームの勝負をすることになり、敗北の可能性が高かったが、キョンはそれほどあせっていなかった。
ここで、古泉一樹(見かけは普通のイケメン男子高校生。実はハルヒを監視する「機関」のメンバー)は、キョンに、ハルヒとキョンの間にある信頼関係を指摘する(キョンは反発したが)。
その「信頼関係」が見事で、私は感動する。
まず、キョンのハルヒに対する信頼だが、「ハルヒも精神的に成長しており、もうゲームに負けるくらいのことで、世界を危機に陥れることはない」で、キョンは、その信頼を持っているからこそ、その状況で落ち着いているのだ。
一方、ハルヒのキョンに対する信頼は、「キョンなら何とかしてくれる(今回のゲームでも負けない)」で、その信頼もまた、揺るぎなく強いものだ。
何だか、初めて、信頼というものを見た気がする。

ところが、私は最近、もっとくだけた漫画・アニメで、素晴らしい信頼を見た。
『からかい上手の高木さん』という、非常に人気がある作品だ。
中学1年生の高木さん(女子)と西片(男子)というクラスメイトのドタバタ劇だ。
ことあるごろに高木さんは西片をからかい、西片があせったり、恥ずかしがったりする様を見て高木さんが楽しむという構図で、西片はなんとかやり返そうとするが、全く高木さんに歯が立たない。
中学1年生では、女の子の方がずっと大人だが、確かに子供っぽい西片に対し、高木さんは本来は大人っぽく落ち着きがある。
その上、高木さんは、かなり頭が良い少女ということもあり、いともたやすく西片を手玉に取りスキがない。
さらに、高木さんは、明らかに、自分が美少女だというアドバンテージ(優位性)も利用するのだから、どう考えても西片に勝ち目はない。
それで、いつも一方的に西片が高木さんにからかわれ、悔しい思いをし、高木さんが喜ぶのだが、2人の間に大きな信頼があることに気付く。
まず、西片の高木さんへの信頼であるが、「いくらからかっていても、高木さんに悪意はなく、限度も超えない(加減してくれている)」である。
そして、高木さんの西片への信頼は、「いくら私にからかわれて悔しい想いをしても、西片は許してくれる」である。
もちろん、2人は、そんなことを理屈で考えているわけではないが、この信頼関係は揺るぎなく、しっかりと成り立っている。

上でも述べたが、この信頼関係があるからこそ、作品が大ヒットするのであり、単に面白い作品が成功するのではない。
この2作品で信頼を学べば、友人、恋人、夫婦、仲間と良い関係を築き、さらに、自分や神を信頼するコツが分かると思う。








あなたはループする世界の中に居る

こう言うと、ほとんどの人に断固否定されるかもしれないが、神に願えば、何でも即座に叶えられる。
神に願えば叶うということを信じないという人には2通りある。
1つは、神に願ったことがない人だ。
そして、もう1つある。
それは、願いは叶ったが、キャンセルされたのだ。
この2つ目の「願いがキャンセルされる」ことについて述べる。

昔話で、神様が、3つの願いを叶えてくれるというものは、どこの国にもある。
だいたい、同じパターンで、具体例で言えば、こんなものだ。
お爺さんとお婆さんがいて、神様が、願い事を3つだけ、何でも叶えてあげるという。
そこで、お爺さんは「大きなソーセージ」と願うと、大きなソーセージが現れる。
すると、お婆さんは、「3つしか願えないのに、下らないものを願って」と怒り、ソーセージがお爺さんのほっぺたにくっつくよう願うと、その通りに、お爺さんのほっぺたにソーセージがくっついてしまう。
そして、ソーセージはどうやっても取れず、やむなく、3つ目の願いは「ソーセージを取って下さい」になる。
すると、ソーセージは消え去る。
こんなふうにして、大切な3つの願いを使い切ってしまう。
これは、愚かであってはならないという教訓だ。

しかし、これではまだ、実感に乏しいのだ。
そこで、世界最高のSF作家、H.G.ウェルズは『奇跡を起こせる男』という短編で、もっとしっかりとしたことを書いた。
内容は言わないが、上の、お爺さんとお婆さんのお話で言えば、ソーセージに関する一連の出来事が終わったあと、お爺さんとお婆さんは全て忘れてしまうというものだ。

あなたも同じなのだ。
願いは叶ったが、それはキャンセルされ、神の配慮で全て忘れさせられたのだ。
例えば、男であれば、愛しい女性と結ばれるよう祈り、めでたく、結ばれる。
しかし、その後、どうしようもなく不幸なことになり、男は、こんな女と結ばれなければ良かったと思う。
すると、神は「キャンセル可能だ」と言うので、男は願いをキャンセルし、世界は、男がその女性と結ばれるよう神に願う前まで戻り、男も全て忘れる。
ただ、当然ながら、その先がある。
全てを忘れた男は、再び、その女と結ばれることを願うのだ。

さて、では、どうすれば良いか?
良いヒントが、アニメ『涼宮ハルヒ』の伝説の全8話のシリーズ『エンドレスエイト』の中にある(原作小説では『涼宮ハルヒの暴走』に収録)。
キョンやハルヒ達は、同じ年の夏休みを15,532回(638年と110日)繰り返すが、リセットされるごとに記憶が消える。
ところが、記憶は消えるが、微かな印象は残るようで、デジャヴ(既視感)を感じ、不可思議な疲れもある。
結局、キョンが答を見つけない限り、いつまでも繰り返される。
この『エンドレスエイト』は視聴者に大不評で、これのおかげで、それまで好調だったDVDの売上げは激減したと言われる。
だが、この『エンドレスエイト』は、重要なことを教えてくれるのである。
それは、あなたもまた、答を見つけないといけないということだ。

「私は〇〇だ」と心で唱えれば、必ず〇〇になる。
しかし、ある時、なぜか、「私は〇〇だ」と唱えるのが、何か嫌になる。
それは、実は、あなたは本当に〇〇になったのだが、それで散々な目に遭い、結局、叶う前に戻り、全てを忘れたが、やはり、僅かな印象は覚えており、もう願う気にならなくなったのだ。
では、どうすれば良いか?
簡単だ。
自分が〇〇になっても大丈夫なように準備すれば良い。
そうすれば、再び「私は〇〇だ」と唱えたくなるかもしれないし、もっとレベルが上がった〇〇を思いつくはずだ。
いずれにしろ、「私は〇〇だ」は叶うのである。
良い例が、『シンデレラ』だ(『サンドリヨン』『灰かぶり姫』のタイトルになっている場合もある)。
本当は、シンデレラだって、同じことを数え切れないほど繰り返したのだ。
しかし、シンデレラが優しい心を持ち、姉達を許して良くしてあげた時に、物語は、あのよく知られるハッピーエンドになったのだ。








涼宮ハルヒという神様になる方法

作家の谷川流さんの小説『涼宮ハルヒの憂鬱』(2003)から始まる『涼宮ハルヒ』シリーズは、現在全12巻で、直近の作品は、2020年の『涼宮ハルヒの直観』である。
シリーズ全部で、世界で2000万部以上が発行されているようだ。
2006年にはアニメ化され、5巻『涼宮ハルヒの暴走』の『エンドレス・エイト』と、その後、いくつかあたりまで(よく覚えていない)放送されたが、どうも『エンドレス・エイト』があまりに不評なために、製作が終わってしまったような気もする(少なくとも、それで、好調だったDVDの売上げは急激に下がったらしい)。
ちなみに、『エンドレス・エイト』の不評は有名で、毎回、ほとんど同じ話を延々繰り返したのだから、そりゃ、面白くない。

ところで、『涼宮ハルヒ』シリーズがなぜ、日本や世界で大ヒットしたかというと、お話が面白いことや、人気イラストレーターのいというのいぢさん描く作画を含めたキャラクターの魅力などもあるが、思想的な興味深さがあったからだ。
その、思想の核となるのは、涼宮ハルヒという女子高生が(実質で)神様であるのだが、なぜ、涼宮ハルヒが神様かということだ。
涼宮ハルヒは「元々神様だった」のではなく、「神様になった」のである。
言い換えれば、涼宮ハルヒは、何らかの特権や偶然で神様になってのではなく、自分の意思で神様になった。ただし、涼宮ハルヒは、自分が神様になろうと思ったわけではないし、自分が神様になったことを知りもしないのである。

そして、ここが肝心なのであるが、涼宮ハルヒが神様になったことは、単なる作り話ではなく、何らかのリアリティーを感じるのである。

つまり、涼宮ハルヒのようであれば、誰でも神様になれる・・・それはつまり、我々だって神様になれるのである。
じゃあ、涼宮ハルヒは、どうやって神様になったかに興味が出ると思うのだが、そこまで考える人がどのくらいいるのか、私には分からない。

涼宮ハルヒは、「神様」というものになろうとしたわけではない。
しかし、「神様のようなことをしたい」と思い、本当に出来るようになってしまったのだ。
ここらを、単なる小説だと思う人も多いだろうが、そんな人だって、心の奥では、それは実際に可能であると感じているのだ。
いや、実は、可能であるというより、人間とは、最初から、そんなものであるのだ。
それを、この作品中で、古泉一樹(こいずみいつき。男子高校生)は「人間原理」によって説明している。
「人間原理」とは、簡単に言えば、宇宙は人間のために存在するという考え方である。

古泉一樹は、涼宮ハルヒの正体を説明するために「人間原理」について語ったが、「人間原理」と言うからには、人間全部に普遍的に通用する原理であるから、やはり、涼宮ハルヒの力は誰でも持っているのである。
ところで、理論物理学者で武道家で、だいぶ前からスピリチュアル界で人気のある保江邦夫氏が、一般セミナーで「今後は”人間原理”が最も重要です」と言って説明していたが、彼の説明は相変わらずなっていない(笑)。なぜなっていないかというと、彼は我が強過ぎ、結果、「私は」「私が」「保江邦夫は」「保江邦夫が」が多過ぎ、話がおかしくなってしまうのだ。だから彼は私に毛虫かゲジゲジのごとく嫌われる(笑)。
とはいえ、「人間原理」が重要というのは、その通りなので、その点では、彼も良い働きをしていると言えるだろう。
また、MRTという心身の健康を実現する会社を創業した内海康満氏が、「人間原理」という言葉は使わなかったと思うが、宇宙は人間を中心に存在していることを説明しておられ、いまひとつの説明だったが、やはり、人間の重要性を示唆しておられたことは素晴らしいことだったと思う。

難しい話はともかく、涼宮ハルヒが神様であるのと同様、我々は皆、神様なのである。
もちろん、我々の本体が神様であると言うべきかもしれないが、つまるところ、我々は、絶望したり、諦めたり、自分が制限された存在だと思う必要はないし、思ってはならないのである。
けれども、1つ、大きな問題があることが分かるのである。
それは、「どうすれば、我々は涼宮ハルヒになれるか?」である。
これは、「どうすれば、我々は神の力を行使出来るか?」ということである。
ノーマン・ヴィンセント・ピールは、『積極的考え方の力』で「誰でも出来るように説明した」と言うが、実際は、あれでは難し過ぎる(良いヒントはあったが)。
だが、簡単で確実は方法は、もう分かっている。
それは、いつも私が言うように、「真言を唱えることで」である。
涼宮ハルヒの力は不安定で、彼女は力を意識的に使えない。
結果、彼女の力の使い方は、行き当たりばったりであり、周囲はもちろん、本人もあまり幸福ではない。
だが、彼女は、類まれな願望を持ち、それが、「人間原理」とでもいう宇宙の法則にぴったりと合ってしまったのだ。
それで、彼女は奇妙な神様になってしまった。
しかし、我々は、真言を唱えることで、意識的で安定した神様になれる・・・というか、神様と一体化するほどに、神様と親しくなれるのである。
イエスが言った、神の宮で神と食事をする間柄になるのである。
浄土仏教で言えば、念仏を唱えることで、阿弥陀如来の極楽浄土に生まれ、阿弥陀如来と親しくなるということだが、一休が指摘した通り、極楽浄土は遠い先にあるのではなく、ごく近く・・・今、ここにあるのである。
念仏、あるいは、自分が好きな真言に励めばそうなる。
ちなみに、一休は念仏を勧め、自ら、宗派を超え、最後は念仏を唱えていたのである。








『歎異抄』と『涼宮ハルヒの憂鬱』を読むと良い理由

人間の能力は、固定観念を壊せば壊すほど大きくなる。
ある意味、純真無垢な子供のようであるほど、能力が高いのである。
子供は、知識と経験がなく、いわゆる「やり方」というものを知らないので出来ないことが多いが、ご存じのように、物覚えが速く、場合によっては、あっという間に大人と互角以上になる。
(だが、子供が高い学習能力を発揮するのは、あくまで興味がある場合で、学習を強要すると学習能力自体に障害をきたし、学べない子になる)

固定観念を壊すには、馴染んだものから離れる必要がある。
しかし、普通の大人は、馴染んだことばかり見たがり、聞きたがり、やりたがるので、一般に、歳を取るほど馬鹿になるのである。
だから、新しいことを始めないといけない。
固定観念を壊すために、いわゆる「ビックリ体験」をすることは良いことだが、金持ちの中には、金を出して、受け身のビックリ体験ばかりしたがる者も多いが、そんなものでは、単に面白いだけで、向上することはない。
新しい体験で自分を良い方向に変えるには、「自分が否定される」ことが必要だからだ。
だから、純粋に向上心のある一流・・・例えば、大経営者、トップのスポーツ選手や音楽家や画家などの芸術家は、自分を若い人に否定してもらいたいと本当に思っているが、やがて、口では「私を否定してくれる者を歓迎する」と格好の良いことを言いながら、今の自分を称賛してくれる崇拝者を求める。
つまり、崇められてニコニコするようになったら、もうすっかり下り坂なのである。

本を読む時も、心地良く感じるもの・・・つまり、自分の思想性に合ったものを読んでも仕方がない。
そんな本は、沢山読めば読むほど、自分の固定観念を強化するだけで、本人は、「私は沢山読んでいる。それで賢くなっている」とでも思っているのだろうが、単なる物知りの馬鹿になっているのである。
世間的常識に染まることを、悪い意味で「大人になった」と言う。
『涼宮ハルヒの憂鬱』で、涼宮ハルヒは美少女なので、中学生の時から、沢山の男子が彼女に交際を求めたが、ハルヒは、「ただの人間には興味ないの」と片っ端から振っていく。
つまり、普通の人間は、中学生にもなれば、世間的常識・・・つまり、固定観念が多くなってしまっていて、ハルヒに嫌われるのである。
キョン(高1男子)もハルヒに「普通になること」を求めたが、ハルヒはそのことについてはキョンを受け入れず、ハルヒはキョンの扱いに困って、精神を乱してしまうのである。
私は、そこそこ大きな会社の新しく社長になる人に『涼宮ハルヒの憂鬱』を読むよう勧めた。面白いことに、その会社の若い女子社員の中にも、彼にこれを勧めた人がいたらしい。しかし、結局、彼は、「俺には無理」と読まないことに決めた。その会社は、彼が社長になってからも、どんどんつまらない会社になり、業績は低下していった。彼は早々に社長をやめたが、そんな者ばかり社長にするその会社は、そろそろ終わりかもしれない。
そんな訳で、『涼宮ハルヒの憂鬱』を是非読みなさい。

固定観念を壊してくれる本には、中国の『荘子』がある。
大人の固定観念に馴染まない本なので、当然、『論語』に比べれば人気がなく、『荘子』を読んでいる大人は少ない。
固定観念の多い大人から見れば、『荘子』は、子供向けのおとぎ話のように感じるのである。
そして、『荘子』は、世間的常識に凝り固まった人間を笑うが、これを読んで一緒に笑えるのは、その世間的常識という固定観念を壊せた者だけである。
一方、最初から固定観念を持たない者にとっては、ちょっと面白いおとぎ話程度に感じるかもしれない。
そんな訳で、面白く感じるまで『荘子』を読みなさい。

おそらく・・・と言うより、確実に私も固定観念を強く持っていたのだが、そんな私に衝撃を与えてくれたのは『歎異抄』だった。
『歎異抄』は、親鸞聖人の弟子だった唯円が、親鸞聖人の教えを思い出して綴ったものである。
短い本だが、どんどん私の「常識」を裏切り、そして、幸い、壊してくれたと思う。
ところが、『歎異抄』の解説本となると、これが、下らないものが多い。
『私の歎異抄』『歎異抄を読む』みたいなタイトルの本の大半がそうで、そんな本は、著者が一度は『歎異抄』で固定観念を壊された経験があるのだろうが、彼らは、今度は、『歎異抄』で作った固定観念をダラダラ書いているのである。
つまり、『荘子』も『歎異抄』も、永遠の聖典であってはくれない。
これらの本に、内容自体の解説は必要ない。
だから、解説本は読まない方が良い。そんな本を読んで、気持ち悪いと思ったら、まだ救いがある。
『荘子』や『歎異抄』で腐ってしまった人は、科学や数学の本を読んだり、コンピューターの勉強でもすると良いかもしれない。あくまで興味があればだが。

宮沢賢治が、『法華経』を読んで感動したのは、彼がまだ厚い固定観念を持っておらず、『法華経』で固定観念を壊せたからだろう。
そこらは、彼がおぼっちゃんで、あまり苦労をしていないことの、良い面だったかもしれない。
しかし、彼は、別の面の固定観念が強く、浄土仏教(法然や親鸞の教え)の方は、受付けなかった。
だから、彼の能力はどこか歪(いびつ)で、精神的、肉体的にも健康でなかった。
ここらは、秀才であったことの悪い面だったのだと思う。

『法華経』や『聖書』は、固定観念の強い大人から見れば、特に、大人になってから初めて読もうとしたら、とても読めたものではない。
子供騙しの馬鹿げたおとぎ話としか感じないだろう。
また、子供の時から、これらに馴染んでいたとしても、固定観念が増えてくると、読むのが苦痛になる。
よって、『法華経』や『聖書』を大人になってからも熱心に読める人には、天才が多い。
『聖書』全体は長くて大変だから、『福音書』を読んでみると良いと思う。普通の大人には、おそろしくつまらないだろうが。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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